9.魔術基礎
「指導って、なにを……」
「救世主様はまだ自身の魔術を完璧に使いこなせていないとお聞きしましたので、この僕が指導係りとして選ばれました」
確かにぼくは感覚で魔術を扱っている。
最初、リリィは魔力を自由に操作出来る魔術と言っていたが、そもそも魔力について理解していない。
これは色々知るためにも必要なことだ。
「分かりました」
ぼくは一言返事した。
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「ここは……?」
壁も白、床も白の四角い何もない施設に入り、呟いた。
ぼくはてっきりここは病院だと思っていたが、そうではなかった。
あの部屋を出てここに着くまでにマップを見てみたところ、なんと五十階建ての二百メートル越えの超大型の建物だったのだ。
リマロズが言うには、このは都市の中心部にある研究施設らしく、ぼくが二度お世話になった病室のような場所は、彼女の定位置とのことだ。
自室であって自室でなく、仕事場であって仕事場ではない、言わば定位置だとリリィが自分で言った言葉らしい。
「ここは簡単に言えば多目的エリアみたいなものです。壁は物理的な衝撃ではほぼ壊れない頑丈さを持っています。魔術もある程度なら防いでくれますが、過信はしないように。壊すと面倒ですから」
「で、何を教えてくれるんですか?」
「じゃあまずは魔力の理解から始めましょうか。簡単ですので、直ぐに終わります」
リマロズは壁に設置されてあったタブレットのような機械を取り出し、何やら操作した。
数秒後、丸いテーブルとそのテーブルを挟むように白いイスが二つ、結晶のように煌めくエフェクトを形成しながら、徐々に目の前に映し出されていく。
ホログラム、というやつだろうか。
「そこに座ってください」
いや映像に座れって言われてもと言おうと思った時には、リマロズはもう椅子を引いて座っており、テーブルの上にタブレットを置いていた。
どうやらこれはホログラムではなく、実物らしい。
だが、すぐにその答えは否定された。
ぼくはイスに座るためにイスを後ろに引くと、あまりの軽さに身体の後ろの方まで引いてしまったのだ。
「実物と思ったでしょうが、実物ではありません。これはホログラムを映し出し、映し出された場所の空気を固めたものです。そうすることによってまるでホログラムが実体化しているようになる、というわけです」
すごい、と少し前までなら驚いていたかもしれないが、もうこの程度では驚かない身体になっていた。
ぼくはイスを座りやすい位置に置き、着席した。
「では本題に入りましょう。魔力に関して覚えて貰うことは、たった四つです」
「四つですか」
「はい、四つです」
リマロズは指で四という数字を作り、にこやかな笑顔をぼくに向けた。
「その四つに色々情報が詰まってたりしません?」
「僕が嘘を付いているように思えます?」
「そういわれると何も言い返せませんが……」
リマロズはまた笑顔を向ける。
あまりにも輝いていて、ぼくには眩しいものに見える。
恐らくぼくはこういう眩しい人が苦手なんだろう。
「一つ目、体内の魔力が無くなると死にます。魔力は言い換えれば生命力。生命力が体内から無くなれば、人は死にますよね?」
「じゃあ、その魔力は__」
その言葉を遮るように、リマロズは言葉を放った。
「二つ目、魔力はあらゆる場所に存在します。大雑把に言うと、空気中にも魔力は存在します。呼吸で酸素を身体に取り入れると同時に、魔力も取り入れているのです」
まさかの呼吸。
ぼくはこうしているうちに魔力を吸い込んでいるのか。
靴飛ばしで綺麗に靴底が地面に着地したときくらいの小さな感動だ。
「三つ目、魔力は人間の体内でも生産しています。言わば自給自足です。自分で作った魔力と吸い込む魔力の二つで、消費した魔力を補給します」
「体内で生きる糧を作って、自分で消費しているってことですか?」
「その通りです」
一言返事。
うん、すごく分かりやすい。
「四つ目、あらゆる魔術は魔力からなっています。例えば、炎を出す魔術があるとします。その炎は炎ですが、厳密には炎ではないのです」
炎のゲシュタルト崩壊が起きそうだが、言ってる意味は分かった。
「厳密には炎ではなく魔力、ということですか」
「正解です。これは簡単でしたね」
リマロズは混じりっけのない100パーセントの笑顔を見せた。
きっとこの人は教師に向いている。
女子生徒に笑顔を振り撒きながら会話する像が見える見える。
「さて、ここまでで何か聞くことはありませんか?ないなら、ここからは魔術の指導を行います」
「ある程度理解出来たので大丈夫です。後は慣れるだけです」
習うより慣れろとはよくいったものだ。
後は自分が生活していくなかでどうにかなるだろう。
「では、これから魔術の実践練習に入りましょうか。立ってください」
ぼくは席を立った。