8.識別番号1
「…………後悔するって言われたら余計気になるだろ」
一言呟いてぼくはまた、あの時のベッドの上で目を覚ました。
白い天井に、横には眼鏡の女性。
ぼくの視線に気付いたのか、こちらにキャスター付きのイスに座りながらぼくの方へ寄ってくる。
「ん?起きた?」
軽い声で、ぼくの顔を除き込む。
「大丈夫です。身体の方も全然」
「ごめんね、魔力増強剤なんて意味分かんないもの使っちゃって。それの副作用で、君は三日眠ってたんだよ」
「みっ!?」
三日もと、思わず叫びそうになった。
それもそうだ。
そもそも、ぼくが寝たのはあの後家に付いてからすぐ、彼女に用意された自分用のベッドで眠りについたのだ。
起きた場所が違う時点でおかしい。
つまり、その間にここに運ばれたということだろう。
「魔力増強剤は使うと、一定時間経つと副作用で急激な魔力の低下と眠気がくるからね。身体の方は何ともない?」
「特におかしいところはないです」
腕を回したり、首を回したり、色んなところを動かしてみるが、やはり異常なところはない。
「じゃあ一応身体をチェックするから、そのまま横になっててね~」
リリィは耳に取り付けているパネル・ギアのボタンを押し、空中にパネルを展開させた。
さらにそのパネルを操作すると、今度はパソコンのようにメインパネルの下にキーボードパネルが現れた。
「じっとしてて下さいねー」
そう言うと、ぼくの足の方から青い光の線が頭に向かってスキャンされるように流れていく。
どうやらこれでチェック出来るらしい。
この世界の科学は進んでいる。
数秒でチェックは済んだのか、すぐにリリィが終わりを告げた。
「はい終わり。身体に異常は関知されませんでしたっと」
「ありがとうございます」
「礼はいらないよ。身体を勝手に操作してるのはアタシだから」
「身体を操作?」
「初めて身体を診た時は君の魔術を発動させないために、魔力の量を出来る限り低下させる魔力減弱剤を使ったからね。身体、少し重かったんじゃない?」
確かに思いあたることがある。
「そういえば、簡単に息切れしたような……」
「それは魔力がまだ完全に回復してなかったから。魔力は生死に関わる、言わば第二の血みたいなものだからね。減少すればするほど、身体に悪影響が出るってこと」
「じゃあ何で__」
「それをぼくに使ったかって?それは君の魔術を使えなくするためかな。魔術は魔力を使って発動する。その魔力を生命活動で精一杯になるラインまで減らせば、自動的に魔術は発動しなくなるんだよ」
「なら」
ウインクしながら、彼女は自分の口に一本の指を立てた。
___分かってるから黙ってて
と言っているのはすぐに伝わった。
「質問が多い少年だねぇ全く」
「知らないことが多いので、気になったことは質問しておきたくて……」
そりゃあこれだけ質問攻めする人は面倒臭いだろう。
自分がリリィの立場ならうんざりしているところだ。
「よ~し、ならお姉さんどんどん答えちゃおっかなぁ~!」
「え?」
「じゃあ話の続き!魔力ぞ__」
___バチン
刹那、何か叩かれる音が部屋に鳴り響いた。
「___っ~~~!!!」
頭を抱えて、リリィはその場に座り込んだ。
声にならない痛みがそこにはあるのだろう。
「い、今のは……!?」
にょろっとしていてうねうね動く、まるでツタが意思を持ったようなものが目の前に現れた。
なるほど、これで頭を叩いたわけか。
同時に、そのツタが少し開いているドアの隙間から出ていることにも気づく。
ならこれは彼女の右手かとすぐに分かった。
そう結論付けた瞬間に、ドアが完全に開いた。
「大きな声が聞こえると思ったら、なに話を長引かせようとしてるの?」
「痛いよ!ちょっとは手加減して貰えるかな!?」
リリィは彼女が来た瞬間に立ち上がり、ドアの前で立つ彼女に詰め寄る。
その目は涙ぐんでいた。
よっぽど痛かったのだろう。
「ほら、さっさと私のメンテナンスするわよ。貴女が彼の目覚めまで待つんだって言うから、こっちも時間調整してあげてるんだから」
彼女はそのままあのツタを使い、リリィの身体をぐるぐる巻きにして持ち上げた。
「え?ちょっと?ガ……いや12号さん!?」
「貴女今……」
「言ってない、言ってないでしょ!?訂正したじゃん!」
「まぁギリギリセーフってとこかしらねぇ。もう少しでそのまま圧縮してたところかしらぁ?」
「怖い!怖いって!」
「それじゃ、後はよろしく」
彼女は後ろを見て言い、そのままリリィを引きずってこの場を去った。
彼女は一体誰に向かって言葉を発したのだろうと思っていたが、その疑問は直ぐになくなった。
「失礼します。救世主様」
低い声、けれどそれほど低くはない、心地よい低さのテノールの声。
ある者の心を奪い、ある者の心を嫉妬へと変化させるような抜群の甘いマスクに男性の平均をゆうに超えるその身長。
金色のさっぱりとした短い髪の毛、碧い目は、まさに少女ならば一度は夢見る王子様である。
ぼくが男なのが惜しいというくらいだ。
「は、はい」
「すみません、彼女たちが騒がしくて。ここからはこの僕、リマロズが救世主様を指導させいただきます。……珍しい名前ですが、どうぞお見知りおきを」
リマロズと名乗る男はは手を胸に当て、ぼくに礼をした。