7.精神世界にて
『また来たな、救世主』
目を開ける。
見たことがある、何も見えない真っ暗の風景。
自身がどこを向いているのか、耳に入ってくる無愛想な男の声がごこから聞こえるのか、あらゆることが不明な空間だ。
「救世主って教えてくれたの、あなたですよね……多分」
『そうだ。まったく、ここに戻ってくるのが早いやつだ』
「とりあえず、この場所を教えてくれませんか」
『話が早くて助かる。いわゆる精神世界というやつだ。気を失っている時、寝ている時、要は意識がない時に俺がお前の脳に接続することによって、お前の脳内で会話が出来るという仕組みだ』
なるほど?完全理解は出来ないが、要は意識がない時にこのよく分からない人と意思疏通が出来る訳か。
「でも、あの森の時に確かに頭に声が……」
『無理矢理繋げたのだ。あそこで全身食われていたら即死だからな。あんな手間と労力とエネルギーを使う真似はもう二度とやらん。先に言っておくが声、というか言葉は全てお前のいた国の言葉で通じるようになっているから安心しろ』
「そうだ、それであなたは一体___」
『教えてやるからいちいち聞くな。面倒だし時間の無駄だし何より効率が悪い。お前と話せる時間は限られている』
「……分かりました」
『まずは自己紹介といきたいところだが、お前と同じで名前がない。あるとすれば、この世界を管理する仕事を任されていることから、管理者と呼ばれるのが適切だろう。お前をその世界に送り込み、記憶を消したのも俺だ』
「なっ……!?」
『救世主には適正がある。その世界に適合する人物でなければ、救世主にはなれない。星の数ほど存在する世界の中で、お前はその適正があった。具体的に言えば、その右眼だな』
「……右眼?」
独り言のようにぼくは呟いた。
「お前の右眼には義眼があるが、転生前の世界でもお前は義眼をしていた。だが目が覚めた時に右眼はなかった。何故なら俺がこの世界に転生させたときにくり貫いたからだ」
「なん……だって?」
「そして記憶だが……記憶は足かせになる。世界を救わせるためにお前を召喚したのに、敵と戦うときに変な感情を持たれては困る。だから記憶と、お前の記憶に関深く関わる右眼をくり貫いた。以上だ」
「ぼくが元々付けていた義眼が記憶に深く関係する……」
やはり何も出てこない。
しっかり記憶が消えている。
「…………ヒントをやろう。お前自身の義眼は、透視機能と望遠機能が存在している」
「それは嘘だ。記憶が抜けても、知識は残ってる。そんな高度な機能を備えた義眼はぼくの知識に存在しない。つまり、ぼくの生きた世界にそんな高性能な義眼は存在しない」
敬語が無くなった。
相当熱が入っているのが自分でも分かった。
『安心しろ、お前の知識は正しい。この世界と違ってお前のいた世界に魔術は存在しないし、空中にパネルを展開させる小型デバイスも存在しない。精々スマートフォンがある程度だ』
「なら__」
『なら何故そんな知識がないか。お前が人類で初めてその義眼を付けたからだ。そしてさらに疑問が生まれる。義眼を付けたのならその時に知識は得られたのではないかとな。その答えは簡単だ』
「簡単……だって……?」
『__お前は現実逃避したんだ。そんなことあり得ないとな』
「___は?」
一瞬、言葉が出なかった。
「そんな理由で……?」
『今ある自分の記憶を辿れ。本当かどうかは自分で分かるだろう』
「辿れって、それとこれとは話が__」
眼を見開いた。
この空間で眼という概念は存在しないが、覚醒していたならそうなっていただろう。
そういうことだったのか。
『お前は腕を無くしても、自分の魔術で突然ロボットが目の前で壊れても、無くなったはずの腕が再生しても、突然床から木のツタが生えてきても、この世界を夢だと現実逃避していた。そんなお前が一回義眼を埋め込まれた程度で、素直に受け入れるわけがない』
反論出来なかった。
確かに、それなら知識として頭に残っていないのも納得出来る。
そして、どこにもぶつけられない悔しい気持ちが込み上げる。
『だがまぁ、真相は分からんがな』
「……は?」
いや、なら今自信たっぷりに話してそうな感じはなんだったんだ。
『記憶を消したのは俺だが、生憎消せる範囲までは決められなくてな。右眼の記憶が消えた理由は今言ったのが理由からなのか、もしくはお前の思い出だからという二択だ。義眼を埋め込まれたのなら強く思い出に残っている可能性がある。思い出は良いことだけではないからな』
「じゃあ、真相は闇の中ってこと……」
『そうなるな』
「姿を現してください一発殴るんで」
『そろそろ時間だ。これくらいの時間が精一杯か』
その言葉を聞き、ぼくの視界に光が差した。
管理者の最後の言葉を聞きながら。
『記憶の詮索はするな、きっと後悔する。…………調子にのってヒントを出した俺が言うのもなんだがな』