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4.救世主、此処に3

「開けていいわよ」


 その声を聞き、ぼくは覚醒した。

 目の前にある暗くて見えないフタを左手で押すと、白い煙りと共に視界が一気に明るくなり、目を何度かまばたきする。

 やがて視界が安定すると目の前には、あの時の彼女がいた。


___『転送装置』


 身体を魔力に分解し、転送装置から転送装置へと魔力を移動させて転送先で身体を元に戻して移動させる機械、らしい。

 正直理解していない。

 リリィが言うには「身体を水に変換して下水道で一気に流す感じ」と言っていたが、それでもいまいち分かった気がしない。 

 

「酔ってない?」


「はい、全然」


 割りと気にかけてくれるらしい。

 イメージと一致しない。

 自分の記憶では『私に人間を触れというの?』と言っていた辺り、触れたくないくらいの人間嫌いだと思っていた。

 リリィも出発前に、


『組ませた理由とか、気になるところは後で彼女から聞いてくれる?私結構時間使っちゃったみたいで、もう出なきゃいけないから。アイツ人間嫌いで何かと冷たいだろうけど、案外可愛いところあるから安心して』


 と言って誤魔化していたが、結局人間嫌いなのは間違いない。

 自分の記憶でも彼女が人間嫌いということはイメージ出来るし、リリィにまで直接言われたらもう親しくなんて無理なのだろう。

 同居なのだから、最低限やっていけるような仲にはなりたいのだが。


「じゃあついてきなさい。広い部屋で基本自由に使ってくれて構わないけれど、一応貴方の部屋を用意してるから」


 彼女は180度向きを変え、一人歩きだした。

 ぼくは転送装置から身体を起き上がらせ、彼女の後を付いていく。


「案外優しいんですね」


「やれって言われたことをやってるだけ。貴方が救世主じゃなければ極力関わることを避けるでしょうね」  


 彼女はぼくの方に全く向かずに淡々と話した。

 先導していても話すときは多少なりとも後ろを向きそうなものだが、それがないということはつまりそういうことなのだろう。

 そのまま二階へ行き、階段を上がった先の一番手前のドアを開けて、彼女はさらに口を開いた。

 

「ここが貴方の部屋。後は勝手にしてくれていいわ。私は仕事があるから」


 そう言って彼女は今来た道を戻るように足を動かした。

 ぼくはそのあまりに冷たい態度を見て、少しからかってみたくなった。


「何でぼくと同居なんですか?」


「仕事があるからまた今度」


「名前はなんですか?」


「だから仕事が」


「何で人間が嫌いなんですか?」


 瞬間、彼女の足が止まった。

 そしてまた、ぼくの方を向かずにこう言った。



「……人間は身勝手な生き物だからよ」


 そして唐突に話を続けた。


「言い忘れてた。救世主だってことは誰にも言わないでおくこと」


 彼女はこちらに顔だけ向けて、睨むような目でぼくを見つめながら言った。


「救世主がいると分かったら、天使と戦ってる魔術使い達、その関係者が安堵して手を抜くかもしれないでしょう?全部救世主が何とかしてくれるって。それを防ぐためよ」


「……それが、人間が身勝手な生き物っていう理由ですか?」


「それも含めて、ね。救世主がいるからって自分が手を抜いていい理由にはならないのに、人間はそう思ってしまうのよ」


「本当にそうですかね」


 

 沈黙。

 そして彼女の口が開く。


「……私は行くわ。後は好きにしてて」


 静かな声で言い残し、彼女は階段を下りていった。



###


 

 彼女が出ていった後、ぼくは家を一通り見て回ることにした。

 この家は全部木造で出来ているのか、壁や床に木目が目立つ感じの家になっているようだ。

 リビングに行ってみると、椅子やソファなどどこのリビングにも置いてありそうなものが置いてあり、特にこれという家具はない。

 他の部屋にも一通り目を通してみようと家を散策してみるが、元は一人暮らしだったのだろうかあまりごちゃごちゃいておらず、全体的に必要最低限しか置いていないシンプルな部屋が多かった。

 中にはよく分からない部屋もあったが、分からないのでそれは保留する。

 後残すところは寝室だ。

 ぼくは最後のドアに手を掛けた。


「ま、こんなもんか」


 シングルベッド、その横にサイドテーブル、その上にある小さなテーブルライト。

 まさに寝ることだけを考えてそうな部屋。

 確かにそれが寝室なのだが、何かこう、言葉に出来ない感情があった。

 

「じゃあこの後はどうするか……ん?」


 もういいやとドアを閉めようと思った時、違和感に気づいた。

 違和感といってもそんな大層なものではなく、今までの部屋と比べてこの部屋特有の何かあったような気がした。

 あまりに適当に見すぎていて見逃しそうになった二度見と同じ類いのもの。

 ぼくはベッドに近づき、ある物を持った。


「これは……」


___ぬいぐるみ?


 デフォルメされたくまの可愛いやつ。

 しかも丁寧に枕の上に頭がくるように置かれていて、まるでそのぬいぐるみが寝ているかのように布団が被せられてあったのだ。

 可愛い。

 確かに可愛い……が、なんだろうか、この感じは。

 とても見てはいけないものを見てしまっている感じがして落ち着かない。


「待てよ……つまり、彼女はこれと一緒に寝ているのか?」


 想像、そして硬直。

 数秒後、口から言葉が漏れる。


「…………マジかー」

 

 彼女のイメージが壊れたような気がした。

 だが、ここからさらに思考を巡らせる。

 彼女の性別が女である以上、可愛いものが好きなのは当たり前だという結論に達するのではないか?

 彼女のクールなビジュアルと話し方が高圧的なだけで、根は普通に可愛いものが好きなのではないか?

 そう考えてみると、案外彼女のことが可愛く思えてきた。

 これが所謂いわゆるギャップ萌えというやつか。


「案外可愛いところあるんだな、アイツ」


「…………え」

 

「え?」


 女性の声?

 いや、彼女は仕事に行っているはず。

 この家ににいるのはぼくだけだということはここの部屋に入る前に大体の部屋を見て回って確認している。

 じゃあ誰だ?

 ぼくはドアの方を見た。


「な、なな、なんで……」 


 顔を真っ赤にして立っている彼女がいた。

 死を、直感した。


「あのー…………仕事が……その……あったんじゃ……」


「い、い、今……なんて」


 どうやら全く聞こえてないらしい。

 こちらもこちらで殺されない言葉選びに必死だ。


「な、何って、何を?」


 人のことを言えなかった。

 その証拠にぼくも質問に答えられるほど頭が回っていない。

 両方ぎこちない、が、慌てぶりでは彼女の方がよっぽどひどい。

 何とかすれば切り抜けられる。


「ぼくは今ここに来たところだけど、何か見たくないものがあるなら出ていくけど」


「嘘……」


「嘘って……」


「じ、じゃあその手に持ってるものは何!?」


 切り抜けられると思っていた自分が馬鹿だった。

 左手を見ると、思いっきりくまのぬいぐるみを掴んでいたのだから。


「…………」 


「……して」


「ボーッとしてないで返しなさい!」


 彼女は右手で壁を叩くと瞬間、信じられない光景が起きた。


「……な!?」


 ()()()()!?

 いや、これはツタか?

 とにかく、床から触手のように動くツタか縄か分からないものが生えているのだ。

 意味の分からない光景を目にし、ぼくの足は動く暇もなく一瞬で手に持っていたぬいぐるみを縄でからみ取られてしまった。

 縄(ここでは縄とする)はそのままぬいぐるみを放物線を描くようにして宙へ飛ばし、彼女の胸にストライク返球。

 彼女はそれを大事そうにキャッチした。




「…………は?」


 いやいやいやいや。

 あまりにも突っ込みどころが多すぎないか?

 ようやく頭が今の状況に追い付く。

 何故地面から縄が生える?あまりにもシュールすぎる。

 しかもその縄の動きが異次元過ぎて、まるで生きた触手のようで気持ち悪い。

 縄という芯がないへにゃへにゃなものが、あんな綺麗な放物線を描いて物を投げられるとは。

 いやそもそも、大事そうにキャッチするようなものを投げるか普通?


「何よ、何か文句でもある?」


「いえ全くございませんが」


「ならよろしい。後、用がないんならそろそろこの部屋から出ていってもらえる?」


 出会ってから初めて見せた笑顔は素晴らしいものだった。

 これだけで面接が受かりそうなくらい笑顔が眩しく光っている。

 ぼくは短く「はい」と答え、そのまま部屋から出ると直ぐに、ガチャ、と鍵の掛かる音がした。

 もう二度とこの寝室には関わらないと誓い、ぼくは歩き始めた。

 が、


「……ん?」


 二、三歩したところで、ぼくは寝室から声が聞こえ、足を止めた。

 二度と関わらないと誓ったがどうしても気になってしまい、ぼくはゆっくりと耳を壁に当て、神経を尖らせた。


「あの人間、私のこと……………て」


 最後の方、よく聞こえなかった。

 壁越しに聞き耳を立てているのだから当然だろう。

 ぼくは壁から耳を離し、その場から離れた。

 次は外にでもいってみよう。

 寝室に行ったのは悪手だったが、勝手にしてくれていいとは言われているし、外に出るなとも言われていない。

 そういえば、彼女は何のためにこの場所に戻ってきたのだろうか。

 仕事の休憩にしては早すぎるし、忘れ物か何かで戻ってきたのが妥当だろう。

 まぁ、聞く意味もないのだけれど。

 ぼくはそう思いながら玄関へ向かった。


「魔術ってすごいんだな」


 と、一言呟いて。

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