3.救世主、此処に2
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「は?」
長い沈黙の後にぼくの口から出た言葉は短かった。
リリィは話を続けた。
「一から説明します」
リリィはポケットから、小型の機械を取り出した。
それを受け取りよく眺めてみると、何個かボタンのようなものが付いていることが分かるが、それだけ見ただけではどう使うのか分からないものだった。
「『パネルギア』という機器です。耳に付けてみてください」
そう言われたので、大人しく従うことにした。
装着し適当にボタンを押してみると、目の前に下敷きくらいの大きさの画面が展開された。
「おぉ……」
思わず声が出る。
よくSFに出てくる、空中に浮き上がる画面だ。
かなりテンションが上がった。
「メールボックスに一件のメールが入ってるはずですので、それを確認してください。タッチで動きますんで」
指示通りメールっぽい封筒のマークをタッチすると、一件のメールが届いていた。
それをさらにタッチすると、結構長い文が表示された。
「言葉だとあまりにも長くなりそうなので文にさせていただきました。まず、目を通してください。後で質問に答えます」
真剣な目、流し見をすると殺されそうなくらい。
取り合えず理解してみようと、ぼくは目を通した。
報告書のような形式ではなく、作文のような形式。
恐らくはこのリリィが書いたんだろう。
ぼくは数分間の間、分からないところを飛ばしつつ一通り読み終えた。
一通りまとめるとこうだ。
〈数十年前、人型殺戮兵器、通称『天使』が襲来。天使は突然街に現われ、身元が確認できなくなるまで殺し尽くす人型兵器。さらに天使の出現と同時に周辺のジャンクロボや機械が暴走する。出現する場所、時間に法則性はなく、この兵器の出現により壊滅した街はかなりの数になっている。天使を倒すには人間の力だけではかなりの時間と武器の消費と犠牲が伴う。だが……〉
「現在はそれに加え、アンドロイドによる天使の駆逐が主となっている……」
この空中パネルといい、殺戮兵器天使、さらにはアンドロイド。
ここは中々メカニックな世界らしい。
だが、まだ信じられないというのが心境だ。
信じられないというより、ぼくがただ信じたくないだけかもしれない。
こんな技術の進んだ、こんな物語のような設定はもちろん、街が壊滅するほどの殺戮兵器がノータイムで現れるなんて世界なんて、信じたくもない。
だが、リリィの目がずっと真剣な目でこっちを見つめているのだ。
この目が、ぼくに〝これは真実です〝と言っている気がしてならなかった。
「まぁアタシみたいに引きこもってるアンドロイドもいるんだけどね」
「……え?」
今何と?
「アンドロイド?リリィさんが?」
「そう!私は人の手によって作られた人造人間!識別番号5!通称リリィ!ちなみに君を救った彼女もアンドロイドだよ」
「…………で、結局ぼくにどうしてほしいんですか?」
次にいこう。
これ以上聞くと意識が飛びそうな予感がする。
アンドロイドがいると言葉で言われるのはまだいいが、目の前の人がアンドロイドだと言われるのは違う。
ぼくはまだこの世界を夢だと思いたい。
こんな世界あるはずがないと思いたい。
「それはねぇ、君」
リリィも特に反応することなく、ぼくの質問に答えてくれるらしい。
そしてたっぷりと間を置いて、告げる。
「……………実はまだ何にも決まってないんだよねぇ~」
「えぇ……」
思わず苦笑いする。
そこはこう、ビシッと言ってくれるところじゃないのか。
「そこの文にも書いてある通り、天使がいつどこで現れるか、何で現れるのかすら全く分かってないんだよねぇ。だから基本的には天使が出たら行ってもらうくらいしかないんだけど、今の君は魔術を上手く使いこなせていないだろうから、下手すれば天使の攻撃一撃で死んじゃうのが難しいところってとこかな」
「アンドロイドが造れるくらいなら、人間の防具ぐらい造れそうな気もしますけど」
「言ってくれるねぇ君。天使の攻撃を防具で耐えたところでどうするの?って話だよ。一発や二発耐えたところで、生身の人間がどうこうできる問題じゃないからね。いくらぶっこわれチート魔術を持ってる君も、天使の攻撃を食らえば一撃だよ」
それもそうか。
「でも、魔術を使いこなせることが出来れば……その限りじゃないけどね」
「そういえば、魔術ってなんですか」
聞くことを忘れていた。
魔術はさっきも触れていたが、救世主の話になって聞くタイミングがなくなったのだ。
「そういえば説明してなかった。魔術は人間の体内にある魔力を使って生み出す神秘。アタシの『偽癒過去』も魔術。君の『魔力支配』もそうだね」
「魔術?の種類ってどれくらいあるんですか?」
一応聞いておくだけ聞いておこう。
この世界は設定が凝っている。
聞けるだけ聞いてあげようじゃないか。
「無限大、だね。でも、大体は探せばそこら中で同じ魔術を扱う人が見つかると思う。簡単な魔術ほど、その割合が多くなるかな」
なら自分の魔術は人とあまり被らないのだろうか。
魔力を操作する魔術など意味が分からない。
「……って今まで強そうに説明してきたけど、実は魔術ってそこまで強くないんだよねぇ」
「そうなんですか?」
正直その魔術が使える人と対面すると何も出来ずにやられそうなイメージがあったので驚いた。
というか、強くないわけがないと思うのだが。
「まず魔術を扱う人のことを魔術使いって呼ぶんだけど、その魔術使いの大半がぱっとしない魔術しか使えない。炎魔術って言っても、精々手のひらに火の玉を浮かべられるくらいしか出来ないんだよ」
「でも魔術にかわりないから魔術使い、と……」
「そういうこと。あそうだ、そろそろ今後のことを話しておこうかな。本当は全部の質問に答えてあげたいけど、アタシも仕事があるからここにずっといるわけにはいかないし」
「そういえば、住む場所はもう確保したとか何とか言ってましたね」
「そう、当たり」
何か不敵な笑みを浮かべながら、リリィはそう言った。
面白いことでもあるのだろうか。
「出発は今日の夜くらいから出来るかな~。もう少し腕の様子を見てからでもいいんだけど、今日一日安静にしてたら多分大丈夫かな」
「あの、何でそんなに笑顔なんですか?」
あまりに気になるので聞いてみる。
「実は聞いてるんでしょ?出てきたら?」
そう言うと部屋のドアがスライドし、一人の女性が現れた。
布のような、マントのようなもので隠された右腕を見ると、それが誰だかは直ぐに分かった。
「あなたは確か……あの時の」
「……仕方なく助けたのよ。感謝しなさいよね」
こちらに目を合わせずに、そう言った。
そういえば彼女はかなり高圧的な口調で、とても親しくなれそうにない上から目線の性格をしていたような記憶が徐々に復元されていく。
同時に、リリィの笑顔の意味が分かった気がした。
「ということで、彼女の家に同居して貰います!」
ぼくはとても彼女とやっていける気がしなかった。