13.生人、ただ一人2
ぼくはあの後、道端に倒れている猫を見つけてカランの家に猫を届けた。
どうやら明日も明後日も同じ作業をするらしい。
ぼくも基本的に何をしろとは言われていないため、また今日みたいに協力してもいいのだが、いつ連絡が入るか分からない。
そのため、カランには「行けたら行く」と信用してはならない言葉ナンバーワンの返事をして帰ってきた。
「ただいま」
鍵は開いていた。
彼女が家にいるか、あのロメリアというメイドがまだこの家で仕事をしているのだろう。
それかぼくの身体も知らない間に生体登録されていて、ぼくがドアに近づいた時に解除されたの可能性もある
まぁ、その事は後に聞くとするか。
「あら、おかえりなさい。私が帰っても家にいなかったから、てっきり瓦礫に巻き込まれて死んだのかと」
「死にませんよ。この魔眼と魔術があるかぎり」
ドアを開けてすぐ、リビングのソファに座る彼女がこちらを見てにやけりと笑った。
玄関とリビングは繋がっているのだ。
リビングにいるだけで出迎えみたいなものになるが、今の会話はとても気分が良い内容ではない。
別に、悪くなるというわけではないのだが。
「それは残念」
「残念って……まぁいいです。それよりあのドアのロック、ぼくも生体登録されてるんですか?」
彼女は斜め上の方を見て、思い出したように言う。
「貴方が眠っている間に生体登録は済ませてあるわ。伝え忘れたのは私のミス、許してくれる?」
「……はいはい」
素で忘れていたのか?それとも意地悪?
彼女のその顔と言い方は普通に悪かったから謝っているという感じだ。
ぼくには彼女のことがよく分からない。
「そのことはメイドに聞いたのね?」
「何かお呼びですか?」
すると突然、後ろから声がした。
ぼくの身体が反射的にビクッと跳ねた。
「その……自分の名前が聞こえたので」
ドアが開き、手には食材が入ったバッグが下げられていた。
そういやぼくは玄関で話していたのだった。
ここでは邪魔なので、ぼくはドアの横へ移動した。
「今日聞いた生体登録のことだよ。ロメリアに聞いたって話を彼女にしていたんだ」
「……なるほど……じゃあわたしは関係ないですね。夕食の準備に取り掛かります」
簡単に、無表情に返事をし、ロメリアは台所へ向かった。
「ねぇ、少し面白いことしてみない?」
突然話題を変えられる。
そのニヤけた顔から察するに、何かあったのだろう。
新たに知った言葉を会話で使いたくてうずうずしている子どものような顔だ。
この前の寝室ぬいぐるみ事件といい、冷たい性格の割にかわいいところがある。
「……なんですか?」
ぼくは適当に気の抜けた返事をした。
振り回されるのにわざわざ力を入れて返事する必要はない。
「丁度暇を持て余していて困ってるの。メイドも一緒に、私の暇潰しに付き合ってくれる?今日ちょっと良い感じのミステリー紛いな話を聞いたのよ」
「……ミステリー紛い、ですか」
台所から荷物を置いたロメリアが言う。
「ミステリーにするには簡単すぎるわ。ミステリーに失礼よ。だから、ミステリーに似た何か。つまり、ミステリー紛いよ」
ミステリーのゲシュタルト崩壊が起きそうだ。
文字ではなく、言葉でだけど。
「……はぁ」
仕方ない。
あまり自信はないが、付き合ってみるか。
「街で、あるおじいさんがいたの___」
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「貴方、そんなところで何をしているの?」
彼女はある半壊した家の前で突っ立っている老人に話しかけた。
あまりにも長い間石のように固まって動かないため、気になったのだ。
「いやぁ、ここのアザレアとは古くからの友人でね。自分の家だけを見て帰るつもりだったが……少し、気になってしまってな」
「そう。でも危ないから、早く避難場所に帰った方がいいわ」
すると老人はある場所を指差して言った。
「……分かっているのだが……やはり、眺めたくなるものだな」
彼女はその指を指す方向を見た。
半壊している家の中、台所付近。
熱心に何か食べている生き物が存在した。
目立つ黄色い毛並みに、所々に傷跡のように刻まれる茶色の毛。
彼女はあれが何か一発で分かった。
「……トラ猫ね。何か食べているようだけど」
「多分アザレアの猫だ。実際に見たことはないが、彼は猫が大好きでね。よく話を聞かされた」
この街は野生の猫が多く住む猫街として有名だが、別に個人で猫を飼う人もいる。
何の不思議もない。
「わざわざすまんな。気にかけてくれたのだろう?」
「別に心配した訳じゃないわ。ずっと立っているものだから、気になって」
彼女の冷たい言葉を聞いても、老人は顔色一つ変えずにこう言った。
「そうか。では君の言った通り、私は帰るとするよ」
そう言って歩き出した老人の後ろ姿を、彼女はほんの少しの間見ていた。
そして彼女が興味本意でこの半壊した家に入ってみようと思い、老人から目を話した瞬間に、その声は聞こえた。
思わずもう一度老人の方を見る。
「……あいつ、本当に猫を置いて逝きおって」
恐らく、そう聞こえた。
あの猫の主人___この家の家主が死んだということだろう。
飼い主は天使に巻き込まれて死に、飼われていた猫が残っているという感じか。
彼女は今度こそ老人から目を離し、半壊した家へ入ってみた。
瓦礫の上を無理矢理歩き、家の中へと入る。
その姿にトラ猫は驚き、逃げるように部屋の隅へと素早く移動した。
見たところは特に尖ったところはない、普通の家。
だが部屋はかなり荒らされている。
家が半壊するほどの衝撃を受けているためか、何か台の上に乗っていた物は大体が地面に落ちている。
台所にある戸棚から落ちたであろう玉ねぎ、衝撃で開かれた冷蔵庫の真下にはペットボトルや新品の牛乳が落ちている。
冷蔵庫は独り暮らし用の小さいやつで、中に入っている食材はほぼ無く、目につくのは豚肉やチョコレートの二つだけ。
彼女は違和感を感じた。
(独り暮らしにしても、流石に食材が無さすぎる……気がする)
食材を買いに行く前に天使が襲撃してきた?
それで一応合点はいくが、見たところ玉ねぎと豚肉しかこの家に食べられるものがない。
食材がありそうなところを探してみても、それらしいものがないのだ。
すると、突然足に何か生暖かさと衝撃を感じ、彼女は下を向く。
さっきのトラ猫だ。
怯えて部屋の隅に移動したと思ったら、すぐにこちらへ戻ってくるとは。
「………おかしい」
そこにしゃがみ、猫をよく見た。
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「ここで問題。"この猫の外見はあるものがあったか無かったかで謎が解けたり新たに出来たりする"わ。あるものとはなんでしょう」
さらに彼女はニヤける。
「この答えは答えじゃない。これを当てられれば、真実にたどり着けるわ」