12.生人、ただ一人
「カラン!良かった、無事だったのか」
「あぁ、お前も無事で良かった」
見たところ怪我もなさそうだ。
あの家にまでは攻撃が届かなかったということだろう。
「それで、すごいって何が?」
一瞬、カランの表情が少しだけ曇ったように見えたが、すぐにいつもの顔に戻った。
「お前が話してたやつ、人間嫌いのアンドロイド様だろ?よく普通に話せるなって。しかも結構しゃべり馴れてた感じだったし」
返答に困る質問だ。
流石に彼女と同棲してるなんて口が避けても言えない。
だからここは適当にぼかして返答するしかない。
「彼女とは過去に色々あってね。悪いけど、どんな内容かは向こうから話さないでって言われてるんだ」
ぼくがそう話している間にカランは瓦礫のある場所へ歩き、その場でしゃがみこんだ。
無視されてる?と思ったが、すぐに返事は帰ってきた。
「ならしょうがないな。ま、別に仲良くなりたくもないしどうでもいいけど」
「仲良がいいってわけじゃないんだけど、話せるけどそれまでって感じかな。……それで、何してるの?」
「これだよ」
カランはその場を立ち、ぼくの方へと身体を回転させた。
その両手にあるものにデジャヴを感じた。
「猫……血だらけじゃないか」
「もう生きてない。死んでるよ」
瓦礫の下敷きになったのだろう。
天使の攻撃なら、きっと原型を保ったまま死体にはならない。
そしてカランは後ろの瓦礫に振り返り、静かに言った。
「他にも探せばいっぱい出てくる。ここは猫街って言われてるくらい、野生の猫が多いからな。今みたいに瓦礫の下敷きになってる猫、そこら辺で倒れる猫、天使の攻撃で真っ二つになった猫、まだ全然片付いていない」
「片付いていない……?」
ぼくは眉を潜める。
「ロボットは人間の遺体を優先して処理する。だから猫の死体はまだ放置されたままってことだ。……この街には基本猫しかいないけど、人間以外の動物の優先順位は低いんだよ」
「街に来てる理由はそれか。猫を放っておけないから……」
カランが聖人だということは初めて会った時に知った。
危ないから出来るだけ街には来こないでと彼女は言っていたが、カランはここにいる。
自分の命より、動物の死を憐れんで死体を回収するとは。
もう聖人を通り越して神みたいな人なんじゃないだろうか。
「そう。手当たり次第見つけたらばあさんに持っていく。死体の処理は分かってるし、死なずに怪我だけで済んだ猫がいるなら治せる」
「ならぼくも探そうかな。丁度何かしたかったんだ」
「……助かる。一人じゃ持てる数とか限りがあるからな」
そう言ってカランは少し微笑んだ。
「じゃあ街を回るか。何匹か持ったら俺の家に……」
カランが話している間に、ぼくは視界に入った壁際に倒れている猫を見て、すぐに駆けつけた。
「よっと…………これも死んでるか」
「人の話くらい聞いてからでも遅くはねぇよ。別に良いが」
後ろから若干叱られてしまった。
「まずはそこに行っても安全かどうか確認してからだ。今ここに建ってる建物は全部いつ壊れてもおかしくないからな」
大体の建物にヒビが入っている、ということを忘れていた。
これは自分のミスだ。
「ごめん、次から気をつけるよ」
「いきなり建物が壊れてお前が下敷きになったら巻き込んだ俺が悪いみたいになるからな。しっかりしてくれよ」
カランは話しながらそのまま歩きたし、ぼくはその後ろを付いて行った。
このまま無言で歩くのも何かあれなので、気になってることを聞いた。
「そういや、天使が出てきた時カランはどこにいたの?家?」
「それはこっちのセリフだ。お前が帰ってから直ぐだったろ、あれ」
「まぁ大丈夫じゃなかったよね。マグレクトにある大きい病院に連れて行かれた」
ぼくは笑って言ってみせた。
実際は都市マグレクトにある巨大複合施設アレイスターなのだけれど、まぁ似たようなものだろう。
その表情を見て、カランは呆れた表情になっていた。
「……マグレクト、か」
カランが僅かに聞き取れる声で、そう呟いた。
「どうかした?」
「マグレクトは魔術使いが集まる場所だろ?俺、あんまり好きじゃねぇっていうか、言葉に出来ない何かがあるんだ」
「その話、ちょっと興味ある」
話したくないのなら別にいいのだが、魔術の使えない者の考えを聞いてみたかった。
何かこう、あるのだろうか。
信念とかそういう、自分の考えが。
「マグレクトっていうか、魔術使いが集まるからそう思ってるだけだ。魔術なんて意味分からねぇもの、よく使えるよなって」
「……何で?」
「魔術使いって自分の魔術を使いこなせないやつが多いから、よく暴走するらしいんだ。だから、魔術使いは生まれたら暴走しねぇようにマグレクトで魔術の使い方を叩き込まれるって話だ」
この話もリマロズから聞いた話だ。
魔術使いはマグレクトに集められ、マグレクトにある学校に通わされると。
魔術使いと分かるのは出産時が多いが、生まれて何年も経ってから気付く場合があるから編入する人も少なからずいるのだとか。
「だからこの街に魔術使いはいねぇ。あんなすげぇ力、俺が持ってるって思ったらゾッとする。…………人間なのに、人間じゃねぇみたいでさ」
人間は普通、魔術が使えない。
だからこそ、魔術が使える人間は人間じゃないみたいだ、か。
___なるほど。
ぼくも自分に魔術があると言われたとき、素直に信じなかった。
人間は普通、魔術なんてものは使えない。
だからカランの言っていること、言いたいことは理解できる。
魔術のことをかっこいい、僕も使いたいって思うような人もいるし、逆にカランのように、人間は普通魔術が使えないものだから使えるやつは人間じゃないみたいだと思う者がいてもおかしくない。
この年頃の男は魔術に憧れそうなものだけど、どうやらカランは違うらしい。
「そうだ、お前の質問にもちゃんと答えないとな。俺は家でばあさんと妹と過ごしてたよ」
「妹がいるんだ。どんな感じ?」
「そうだな……まとめると……」
こんなしっかり者の兄がいるとは、妹はさぞ誇らしいだろう。
カランは少し考えるように斜め上を向き、口を開いた。
「まず俺より身長が高い」
「わお」
「誰もがビックリするような色白」
「なんかもうこれだけで美人って感じがする」
「家じゃ常に黒いコートを着てる」
「部屋着にコートって」
「んで性格は臆病、怖がりで友達もいない。俺とは仲良いんだけどな」
つまりまとめると、カランより身長が高くてみんなが驚くくらい色白で部屋着は黒コートの臆病な性格をした怖がりで友達のいない女の子。
あまりにも設定を盛りすぎているのではないかと思うほどにインパクトが強い。
しかもカランが普通にイケメンの類いの顔をしていることから、妹の顔面偏差値は保証されているようなものだ。
ぼくは頭のなかで、顔を想像した。
きっと、相当顔が整っている美人なのだろう。