10.彼女と魔術とメイド
メンテナンス室。
ある大きな機械が部屋にドンと置いてあり、その機械だけで広いはずの部屋が狭く感じる。
その機械に、機体ナンバー12、通称12号は仰向けになる。
「なになに?アタシのことずっと見て」
「あの救世主のこと、本当に救世主だって信じてるわけ?」
「そりゃもちろん。話してみた感じからして、悪い人ではなかったら」
リリィはキーボードを打ちながら、私の質問に答えた。
だがその答えは12号が欲している答えとは違った。
「そうじゃなくて、本当に救世主が来たって思ってるの?」
リリィの身体は一瞬固まって、キーボードを打つ手が止まる。
片手で眼鏡の位置を調整して、もう一度キーボードを打ち始めた。
「思ってるよ。そうじゃなくても、あの子はそれだけの実力がある。天使を目の前にしても立っていられて、最後は倒したんでしょ?メンタルも強い」
「……そうね」
救世主の彼が使えるのは分かるし、現状彼もそれを嫌がっていない。
12号は何か引っ掛かって、腑に落ちない顔をしていた。
「まだ15、16の子どもに、世界を任せたくはないんだけどね」
「使えるところまで使い潰せばいいのよ」
「ひっどいこと言うねぇ……」
「彼には記憶がないんだし、死んでも未練なんか残らないわよ」
「……メンテナンス終わり。もう戻って」
12号はその場から立ち、「ありがとう」と一言言ってドアへ向かう。
部屋から出る前に、12号はリリィに報告をした。
「街の修復、あと数日で終わると思うから。次の仕事用意しておいて」
「分かった。じゃあ頑張って」
と、リリィは返事をして12号を見送った。
「……本当は誰より人間を気にかける性格の癖に」
リリィは誰もいない部屋でそう呟いた。
###
ぼくはすごい魔術を手にいれてしまったらしい。
リマロズが行った魔術訓練の内容は、簡単にまとめるとただひたすらに魔術を放ち感覚を覚えるというあまりにも無茶苦茶で脳筋なトレーニングだった。
『今の救世主様は魔力をゼロにすることしか出来ないご様子。ですのでまずは魔術に慣れるところから少しずつやっていきましょうか』
ぼくはウェットスーツのような身体にびっしりと張り付く服に着替えさせられ、手当たり次第に魔術を発動した。
その度に、リマロズは手に持つタブレット機器を操作しながら、ぼくに魔術の応用が利くようにアドバイスをくれた。
タブレットと服は連動しているらしく、タブレットで着ている人の魔力を見て操作することによって、服が体内の魔力を整えてくれるらしい。
そして魔術をひたすら撃つこと、約5時間。
休憩無し。
だが、ぼくは全く疲れなかったのだ。
やってるうちに魔術の腕が上がり、自分の『魔力支配』で周囲の魔力濃度を上げることにより、一般人と比べて呼吸することで得られる魔力の回復を早めることが出来るようになったからだ。
故に、ぼくの魔力はほぼ無尽蔵である。
さらに、ぼくはリマロズから様々なことを聞かされた。
何故彼女と同棲することになったのか、この施設は何か、この施設の外はどうなっているのか、その他この世界に関する知識を中心に教えて貰った。
中でも興味深いのは、やはりこれだろう。
リマロズはぼくの魔術を完璧に理解したという。
ぼくはそれを聞いた時、自分の魔術の恐ろしさを知った。
魔術を完璧にマスターすれば、一瞬で世界に存在する全ての命が死滅する。
###
ぼくは転送装置を使って、家に戻った。
あの壊滅状態になった街がどうなっているのか確認したい。
特にやることは言われていないため、きっと自由にしていていいのだろう。
リマロズが彼女は自分のメンテナンスが終わったら街へ向かうと言っていたから、街に行けば多分彼女もいる。
だが、1つだけ難点がある。
家の戸締まりはどうすればいいのだろう。
この前は彼女が家にいたから普通に外に出ていったが、今は家にぼく1人のはずだ。
家の鍵がどこにあるのか、ぼくは知らない。
生体認証なら鍵の心配はないかもしれないが、そもそもこの家のロックがどんな形式で出来ているのかを知らないため、どちらにせよ分からないことに変わりない。
とりあえずリビングに行ってみよう。
この家は玄関とリビングが繋がっているため、まずはリビングを通らなければ玄関に行けないのだ。
ぼくはリビングのドアを明けた瞬間、その場で固まった。
「…………は?」
メイドがいた。
ぼくは目をこすってもう一度見る。
やはり、メイド。
「…………」
何も言わずに、こちらをずっと見てくる。
天然パーマなのか全体的に波がかった黒のショートヘアと、それとは対照的に目元が隠れるくらい長い前髪が少し変わっている。
視界が狭まったり髪の毛が目に入ったりして邪魔ではないのだろうか。
身長はぼくの鼻の辺りくらいで、かなり小さい。
顔つき的にも年齢はぼくと同じかそれ以下くらいか。
ぼくは永遠に黙る彼女に恐る恐る声を掛けた。
「あの~どちら様で……?」
「……でしょうか……」
「え?」
上手く聞き取れなかった。
今のはぼくが難聴だったのではなく、明らかに向こうの声量が低かった。
「えっと、もう一回」
「……ど、どちら様でしょうか?」
「一応、この家の人だけど」
「え」
予想外、というような顔で固まった。
彼女に害はなさそうだし、ぼくはそのまま彼女に近づいた。
が、彼女は後ずさりでぼくから距離を取る。
「……本当ですか?」
確かに言葉だけならいくらでも言える。
何か証明できるものはないだろうか。
「何をしたら証明できる?」
少し間を置いた後、彼女の口が開く。
「魔術が使えるとか……それなら……怪しい人ではないことは分かります。……住んでるかどうかは確信が持てないですけど」
なるほど、それは名案だ。
ぼくはリマロズに何個か教えて貰ったことがある。
『この世界の魔術使いは全員、この巨大複合施設『アレイスター』のある都市、『マグレクト』に集められます。魔術使いは力の使い方が自分では分からずに暴走する可能性があるため、救世主様がしたように魔力の調整が必要なのです。』
普通の魔術使いは都市マグレクトにしか住んでいない。
マグレクトの外で魔術が使える者は、天使討伐や魔獣狩り、街の警備などマグレクトの外で魔術を使うことが許されているアレイスターの関係者である。
つまり、ここで魔術が使えるということは彼女と同じ職場の人という証明にはなる。
「なら……」
ぼくは左手に力を込めた。
「…………きれい」
彼女はまるでぼくの魔術に心を奪われたかのように、静かに呟いた。
手のひらには、黄金色に煌めく粒子の塊が浮いている。
これは魔力の濃度が高くなればなるほど黄金色になり、実体化していく性質があるからである。
魔力は空間、空気中に存在するが気体ではないため、気体の理屈は通用しない。
魔力は濃度を極限にまで高めれば金属のように硬くすることも出来るのだ。
「これでどうかな?」
「……分かりました。とりあえず、警戒は解きます」
ぼくは彼女に近づきながら手をサッと払い、魔術をやめた。
今度は後ずさりせずに彼女はその場で止まってくれた。
そして近づいたところでぼくはほんの少し驚いた。
彼女の髪で隠れた目がハッキリと見え、かなりのツリ目だということが分かった。
ひ弱そうな性格、小さい身長からは思いもよらない目つきの悪さだ。
その髪と同じ鉛筆で塗りつぶしたような黒い瞳と目が合うが、彼女は直ぐに目を逸らした。
「……ロメリアです。本当に住んでいるのなら、これからよろしくお願いします」
少し低い落ち着いた声で、彼女は言った。