旅は道連れ
「ユーコが一緒なんて、本当に心強いわ、うれしい」
馬車に揺られながら、隣に座るリディアお嬢様はご機嫌に話しかけてくる。
王都のアカデミーなんて未知の世界に侍女が付くとはいえ、ひとりで赴かなければならないと考えていたのに見知った人間が傍についているという事で不安から少しは解放されたらしい。
まぁ、少しでも私の存在が助けになっているのであればそれはそれでいいのかな、とは思う。
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旦那様のお言葉から数日後、アカデミーから派遣されてきたという人間が3人屋敷にやってきた。
平民枠とはいえ貴族棟に控えることになる私の入学試験が執り行われることとなった。
筆記試験と面接。身元の保証は旦那様がしてくださるそうだ。すでに王からの許可は出ているが、肝心の学力を疑問視され、アカデミーの旧体制派と新体制派と中立の書記官が不正がないか立ち会うということになったらしい。 まぁ平民が貴族ばかりの学び舎に入り込むというのが特権階級の人間のプライドを傷つけていたのだとは思う。器が小さいというか、なんというか。
まぁ、旦那様の口添えで王からの許可が出たというのが面白くなかったんだろう。
この国の歴史なんかはまだ危ういけれど、有難いことに、日本で学んでいた知識はこの国よりもずいぶん進んでいて、数学なんかは中学1年で履修していた水準がこの世界の学者レベルらしい。
どっちかというと算数に毛が生えたようなものを高等学院では主に学ぶらしい。
いや、数字のパズルのようなものを解いていくよりは余程実生活には役に立つとは思う。
小説の無双状態に入っている感じ。ただ、理科や化学はこの世界ではあまり見かけない。
生態系から微妙なずれのようなものがあるみたいだけど、学ぶとまではいかないようだった。
そういうのは、ベテランの農家の人の方が、実地で研究している感じ。
ただ、今まで学校で学んできたことが土台になっているので応用というか、この世界の学問はなんとなく理解が速かった。何か見えない力に手助けされてる感じがするが、旧体制派の学者を悔しがらせ、旦那様をご機嫌にさせた今回の試験の結果に、とりあえず安堵した。学園に入っても何とかついていけそうな感じがする。
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慣れない馬車の旅だけれども、伯爵家の馬車は乗合馬車なんかよりははるかに座り心地が良い。
不安に押しつぶされそうになっていたリディア様は、年の近い私が一緒ということもあってテンションが高い。ただ、リディア様のご機嫌な顔を見ていると、旦那様から課せられたもうひとつの極秘の依頼が重くのしかかる。
< いいか、ユーコ、これはリディアに気取られないようにお願いしたいんだが……>
神妙な顔の旦那様が、こっそりと私に告げたのは、そろそろお年頃のリディア様が興味を持った貴族の男性が居たらこっそりと報告するように、とのことだ。
リディア様はもうすぐ14歳、そろそろ嫁ぎ先を決めてもいい頃だったが、引っ込み思案でなかなかお相手が定まらなかった。旦那様も、ご兄弟も恋愛主義なので、アカデミーでお相手を見つけられた。
ただ、純粋培養に近いリディア様は、男を見る目が無いに等しい。心配する旦那様の気持ちはよくわかる。悪意に包まれたことのない綺麗な心に付け入る悪い人間は世の中にあふれている。
騙されてリディアさまが泣かないようにしっかりと私がお護りしないと。
条件とかではなく、リディア様が選びそして、リディア様を守ってくれるような強く思いやりのあるような男性を見つけることが、アカデミーの卒業式までの私の課題になる。
責任重大だけど、卒業後に伯爵領でしっかり働けるように頑張らないと!と決意を新たにした。
王都までの道のりは馬車で2日くらい。車だったら2,3時間の道のりなんだろうけど、さすがは馬。
休憩しつつ進む。それに加えてリディア様はあまり屋敷から出たことがない。きょろきょろと馬車の窓から見える景色に興味津々だ。
私もこの世界に来てあまり出歩かないし、王都も初めてだけど、やっぱり馬車の振動が地味にダメージが来てる。伯爵家のメイドとして結構鍛えられてるはずなんだけどなぁ。
「ねえねえユーコ、アカデミーってどんな所なのかしら?」
「そうですね、私もよくは存じませんが 伝統のある学び舎だそうです。国でも最高峰の教師がそろっているとか。あらゆる学問の知識が習得できるそうなので楽しみです」
そう少しだけ高くなり過ぎたお嬢様のテンションにブレーキをかける。
とにかく、伯爵家の人間が学問をおろそかにすることはできない。
お嬢様は、ご両親やお兄様お姉さまのような素敵な恋人を夢見ているのだろうけれども、落第なんか婚活に支障がある。出来るだけ上位の成績をキープしておいていただきたい。
そして馬車は、王都にある伯爵家の屋敷に到着した。
石造りの立派なお屋敷の入り口には、王都の屋敷用の使用人たちが勢ぞろいで待ち構えていた。
「待っていたよ、リディア、疲れは出ていないか?」
そしてその中央に、伯爵家の嫡男のエルンスト様が立っていた。