理想の居場所
私は、3年前まで日本という国で中学生をやっていた。
ある日、親がいわゆるダブル不倫で離婚し、両親どちらからも引き取れないと拒否された。
最近では喧嘩もしなくなった両親に、ああ、もう駄目なんだなと子供心に察した。
泣いてもわめいても、両親とも私に関心なんかもうとっくに消え失せていた。親に対して期待することを諦めていた。
それぞれのパートナーとの間にすでに家族が出来てしまっていて、私の入り込む隙間がなかったらしく自由人な両親に対して怒った祖母に引き取られ暮らしていた。
祖母からは厳しくも、生きていく上での必要な知識を叩きこまれた。掃除や炊事等、学校が終わって勉強と並行してやらなければならないことが山ほどあったが、祖母は厳しいが不思議と辛いとは思わなかった。祖母なりに大事にしてくれたのを理解していたからだろう。質素ながら幸せに暮らせていたと思う。
しかし、自分たちとは違うと感じた同級生たちは、異物と判断した私をストレスのはけ口にした。
仲間外れ、いじめ、あからさまな嘲笑。物が無くなることもあった辛かった。必要な連絡が回ってこないこともざらだった。
担任に相談しても、ことなかれを絵に描いたような人物で何の解決にもならなず、学校にいじめはなかったと結論付けられ放置された状態で時間が過ぎていった。
学校という組織に失望していた頃、祖母が突然倒れ、帰らぬ人になった。
通夜の場でさえ、両親は私の事を押し付けあうように言い争い、親戚の人たちにたしなめられていた。
そんな雑音を背に、眠る祖母の無になった顔をじっと眺めていた。
祖母の葬儀も終わり、心ある親戚に励ましの声をかけてもらっていたが、祖母のように積極的にうちで引き取ると名乗り出る者は居ない。両親は部屋の隅でタバコをふかし、厄介者をどちらが引き取るかでもめていた。
私の年齢ではひとりで暮らすことは法律が許さないらしい。
逆に言うと、法律さえなければあの無責任な親たちはもうこの場にもいなかっただろうと思う。
父親と母親という存在へと成長できなかった獣の血を引いている私は、生きていく意味を見失っていたのだろう。
気が付けばふらりと近くのビルの屋上に立っていた。
街の明かりがまるで星が瞬くように光輝き、それぞれの窓の明かりの向こうには人が暮らしている事に思いを巡らせていた。
こんなに惨めな思いをしている人は他に居るのかな、と思わずつぶやき、街の景色は次第に歪んでいった。
気が付けば、手すりを乗り越えて飛んでいた。
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「おい、大丈夫か?」
凛とした男性の声が響く。
ここは、どこだろう。
私は、地面に倒れていたが、地面は柔らかい。今どき珍しい草の感触。
あれ? なんで生きてるの、私。
ビルの屋上から飛び降りたはずなんだけど、目を開けば木々が生い茂り、波の音がかすかにしている。
私に声をかけているのは、まばゆく輝く銀の髪のオジさんだった。
なんか、童話の世界の王子様が年取ったらこんな感じなんだろうか。
「痛みはないか?」
いかにも外国の人のはずなのに、言葉は日本語だなんて違和感が半端ない。
もしかしたら、天国なのか?こんなに綺麗な人がいるってことは。
「話せるか?」
天使はなおも私に語り掛ける。
「ここは……」
ようやく言葉を発した私に、安堵したのか銀髪のオジさんは口元をほころばせる。
「ここはベルナー王国の外れのアメルハイザー領だよ、旅の人」
それが、アメルハイザー伯爵との出会いだった。
伯爵は私を屋敷に連れて帰り、屋敷のメイド長のバルタさんに預けられた。
バルタさんは魔女のような容貌のわりに背筋の伸びた老婆で、どこか祖母に重なる部分がある。
厳しいんだけど筋は通す、みたいな。
何日か客間で看病されたあと、伯爵に今後の身の振り方を問われた。
どこか今まで私が暮らしていた世界とは違う場所で、右も左もわからない状態でどうしていいかわからない。行くところがありません。私は何故あんなところにいたのかもわからない、と素直に答えると、少し少し顎に手を添えて伯爵は、自分の行く道を定めるまで住み込みで働くようにと気遣い、手配してくれた。
どうやら今まで慣れ親しんだ日本ではないところに来てしまったようだ。
天国でも地獄でもなく、なんか、小説の設定にありがちな異世界、というのがしっくりくる。
学校で習った世界史にもベルナー王国なんて出てなかったし、ガスも電気も水道もないところらしい。
今までの暮らしは質素と思っていたけど恵まれているのをしみじみと感じる。祖母から叩き込まれたのは電気もガスも水道も使える近代的な家事だったから、かまどの火のおこし方や井戸から水を汲む方法も、何もかもわからない私に、丁寧にバルタさんは仕事を教えてくれた。
今までの環境や常識が通用しない場所で戸惑うこともあるけれど、今まで生きてきた中で、一番人間が温かく感じられていた。時が過ぎて次第に屋敷やこの世界に馴染んで、ここが私の居場所なんだと、しみじみ思っっていた……のに。