親ばか伯爵の飴と鞭
「旦那様、それはどういうことですか?」
私、下っ端メイドのユーコ・アリスエは、並の使用人が掃除以外で入ることも許されないような重厚な執務室で、雇い主であるアメルハイザー伯爵に失礼ながらも聞き返した。
「ユーコ、突然のことで驚いているのは理解できるが、リディアと共に王都の学園に入学してほしい」
突拍子もないことを言い出した雇い主に、下っ端のメイドである私は息をのむ。
年の頃は40半ばの男盛りの伯爵はこの国の王の覚えもめでたい重臣だ。
何事も見透かすような氷のような青の瞳に、冴えた月のような銀の髪。若い頃から変わらぬ美貌の主は
森と湖に囲まれた領地を治め領民からの信頼も篤い領主様なんだけど、
時折、ご自身のお子様方に過剰な愛情を傾け過ぎて、ちょっと眉を顰められてる。
アメルハイザー伯のお子様方も、貴族にありがちな我儘気ままの大馬鹿者とはならず、貴族の義務と責任をしっかりと身に着けた立派な人物に育っている。これは、少しの不作法も、家名を汚すことになるのだという奥様の徹底した教育賜物と思う。
嫡男のエルンスト様は御年19歳。王都で城勤めをされて、未来の宰相にとの声があちらこちらから出ているという。さすがです。
長女のエレイン様も同じく城で王妃様の侍女として、つつがなく勤めておられる。婚約者とも良好な関係を築いており、お輿入れまで近いのでは?というお話。
次女のリディア様は、少し年が離れておいでで、上ふたりが優秀過ぎて、ややご自分を卑下しているところが見られる。たぶん、立場に対する理想が高すぎるせいなんじゃないかな。
そのリディア様は春には王立アカデミーに入学することが決まっている。
王立アカデミーというのは全寮制の学校で、特例でない限りは入学が義務付けられている。
貴族の責任と社交界での繋がりを学ぶという事もあるけれども、未来の伴侶を選定する意味合いも強い。現に、兄エルンスト様も姉エレイン様もアカデミーで婚約者を得たという。
要は身分が釣り合う年頃の男女の出会いの場ってことだろう。
ただ最近は、先進的な王の采配で平民枠が創設され、身分に問わず優秀であると認められれば入学し、貴族と同じ水準の教育を受けられるという。しかも、学費、寮費、食費は免除。優秀な人材を育成し国力を増強したいというのが狙いという事だった。
ただ、学園の内部には旧体制を崩したくない派閥があるというし、新しいことを始めようとすると何かと摩擦が起こるっていうのは想像に難くない。
まぁ、学園寮といったって、警備の面で貴族の棟と平民の棟は分けられると考えるのが一般的だ。
確か、今年は王族のどなたかがリディア様と同じ学年で入学されるという話だし。警備の厳しさは過去最高ではないだろうか。
「リディアは大人しくて、いきなり濃度の濃い人間関係に放り出されて ひとりでやっていけるほど器用じゃない。何かあったらと思うと心配でたまらないのだよ。そこで、同じ年ごろの君にリディアを支えつつアカデミーで学んで来てほしい」
「身の回りのお世話をする侍女ってことですか?」
「ただの侍女では、日々教室に入れないだろう? 本当に傍で支えていてほしいと思っているんだよ」
雇い主の強い意向なのだから、これは決定事項となってしまった。
実際、旦那様は私の命の恩人ともいえる人なので出来ればお役に立ちたいけれども。
ふと考える。私、お嬢様を支えつつ学園生活を送れるんだろうか。
私自身が、学校という組織から脱落した人間だというのに。
「ただ過保護なだけでこのような提案をしているわけではないよ、ユーコ」
旦那様は、湖の水面のように穏やかな瞳でいう。
「君の、他にはない着眼点を見込んでのことだ。君の目の付け所はなかなかにユニークだ。今後、領での仕事を手伝ってほしいと思っている。今後の為に学んで来てほしいという私の我儘もあるのだよ」
そのひとことに、深く頭を垂れた。
「私の命を懸けて、リディア様をお支えいたします」