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物語を書く、ということ
自分はなぜ物語を書きたいのだろう、と思った時に、やはり書きたいものがあるから、と答える。実際、社会の荒波に心をすり減らされたためか、これを書きたい、というところまで気持ちを高められなくなったことも、筆を折った原因の一つにあると感じている。
ただ漫然と何かを書こうとしても、それがうまく形になってくれないのだ。他の皆さまがどのような気持ちに突き動かされて筆をとるのかはわからないが、少なくとも自分は、何万字もの文字を打ち出し、形にするという大変に難儀な作業を行うときに、強い原動力がなければ、とてもではないが書き切る自信がない。
この原動力は、時に怒りという強い感情を伴って現れる。自分が愛するものが、社会で認知されない、または歪んで認知されていることへの怒り。また、自分が愛するものが不当にゆがめられてしまうことへの怒り。それが、自分をパソコンの画面に向かわせるのである。
物語を書くということは、大変な時間と労力をかける作業だ。人間の時間というのは、仮に80歳まで生きたとしても約70万時間しかない。その時間を削ってでも書きたいもの、それを見つけた時、自分はまた物語を紡げるのだろうと思う。




