口のピアス
「みんな! 体育館集合! ‥‥‥沙里さん!? あんた誰!?」
莉子先生‥‥‥沙里さんって言っちゃってます。
「髪の色が戻ったの!」
「すごい可愛いわね! とにかく時間ギリギリだから、体育館に急いで!」
「はーい」
全員で体育館へ移動して、一番後ろに並ぶと、真横に一年生の二人も並んだ。
あー、見た目がやんちゃだ。怖いな‥‥‥。
「おはようございます」
「おはようございます!!」
愛梨さんの話が始まった。
「全生徒と新学期を迎えることができて、本当によかったです。今月は全学年がクラスごとにチームになり戦うイベントがあります。今から、その詳細について説明します。ルールはシンプル、バトンを繋ぐマラソン大会です。M組の生徒は人数が少ないので、全学年を合わせて一クラスにします。それでもハンデはありますが、それはM組に通うことになった時点でしかたありません」
「先輩と協力とか嫌なんだけど」
「マジそれね」
普通にそういうこと言うんだ‥‥‥怖い。
「一位になったクラスには約束通り、一つだけ欲しいものを与えます。本番は一週間後です。もちろん私も参加します。皆さんで協力して頑張りましょう。マラソンのルートは、各担任の先生に地図を渡してありますので、全員確認するようにお願いします」
愛梨さんの話が終わり、僕達は教室に戻り頭を抱えた。
この人数でマラソン大会!?
ハンデがありすぎる!
僕達が絶望する中、莉子先生は一年生のクラスの先生と廊下で話している。
「松坂先生! 今からマラソンの練習しませんか? 一年生とも、今のうちに仲良くなった方がいいと思うんです」
「そうですね! 二人を連れて外に向かいます!」
「分かりました!」
莉子先生が教室に入り、全員に指示を出した。
「みんなジャージに着替えて外に集合! マラソンの練習するわよ!」
だが、結菜さんが珍しく本気で嫌そうに言った。
「先生、この人数でマラソンなんて無理ですよ。辞退してもいいと思うのですが」
「愛梨さんが頑張って考えたイベントよ?」
それを聞いた沙里さんは、いきなりやる気を出してしまった。
「やろう! 皆んなで頑張ればなんとかなるよ!」
「頑張っても無理ですよ」
僕がそう言うと、沙里さんは目を大きく見開き、僕を睨みつけてきた。
「私に逆らうの?」
「や、やろう! 結菜さんも頑張ろうよ!」
「輝久君が言うなら‥‥‥」
「えー、めんどくさいよー」
「一樹君!! やるよね!! ね!?」
「あ‥‥‥う、うん」
それから全員で外に集合すると、一年生の二人組が気だるそうにやってきた。
なんだろ‥‥‥あの二人、ジャージが似合わなすぎる。
「走る順番は先生が勝手に決めちゃいます! 美波さん、芽衣さん、輝久君、真菜さん、鈴さん、結菜さん、一樹君、柚木さん、菜々子さん、沙里さん、瑠奈さんの順番ね! さぁ! 実際に走ってみましょ!」
「こんなのやる意味あるわけ?」
菜々子さんは地面に座り込んで走る気ゼロだ。
「こら! 先輩達を困らせないの!」
「莉子先生は自分の生徒だから庇うんでしょ? そういうのウザいから」
「目上の人への態度をわきまえなさい」
あっ、結菜さんにスイッチ入っちゃった。
「お前が結菜だろ。学校でも有名だよね、年齢で目上かどうかが決まること自体おかしいだろ」
「確かに、年齢で目上かどうかが決まるとは思いません。成人していても子供のような大人は沢山います。だからって年上を甘く見ると痛い目にあいますよ」
「痛い目ってなに? 暴力? やれるもんならやってみろよ。あんたには負ける気がしねぇ」
「ふふふっ」
「あ? 何笑ってんだよ!」
次の瞬間、菜々子さんは結菜さんの胸ぐらを掴んだ。
「菜々子さん! 離しなさい!」
「そうだ菜々子! 離せ!」
莉子先生と松坂先生が注意したが、結菜さんは余裕を見せた。
「先生方、これくらい問題ありません。菜々子さん? 貴方はよほど自分が上の人間だと思っているようですが、貴方は暴力でしか物事を解決できない子供です。そもそも、今の貴方より下の人間なんているのかしら」
「はぁ? たくさんいるだろ」
「それは貴方が暴力で黙らせてきた人のことですか?」
「それの何が悪いんだよ」
「悪いに決まっているじゃないですか。それすら分からない程度の脳みそしかないんですか?」
「クソが。瑠奈もなんか言ってやれよ! このまま舐められたままでいいのかよ!」
瑠奈さんは一瞬戸惑って口を開いた。
「えっ‥‥‥と」
「いいからさ、早く走っちゃって教室戻ろうよ」
「鈴に賛成。暑くてジッとしてるのもしんどいよ」
そう鈴さんと芽衣さんが言うと、松坂先生は菜々子さんと瑠奈さんを納得させようとした。
「そうだぞ? 走り終わらないと教室に戻れないからな」
すると、菜々子さんは結菜さんから手を離した。
「今日は許してやるよ」
それから莉子先生が決めた順番で、僕達は必死に走った。
※
走り終わると、全員地面に寝そべって死にかけだ。
「五十二分もかかったわよ? これじゃビリ確定ね」
「そうだぞ、お前らもっと頑張らないと」
柚木さんは息を切らせて言った。
「そんなこと言われても無理! これ以上速く走れない!」
「それもそうよね。個人で見れば皆んな足は速いんだけどね」
「やっぱり人数的に無理があるよ」
「美波さんの言うことも分かるけど、頑張るしかないのよ?」
「あーダルい。瑠奈! 教室戻るよ!」
「うん」
教室に戻ろうとする瑠奈さんに、沙里さんは寝そべったまま声をかけた。
「瑠奈」
「な、なんだよ」
「さっき、助かったって思っただろ。なにも言わなくてすんだって」
「な、何言ってんだよチビ!」
瑠奈さんは、そう言い残して教室に走って行った。
***
その日の放課後、沙里は一年生の教室に向かった。
それを見た柚木は、心配して沙里の後ろをこっそりついて行った。
「瑠奈」
「な‥‥‥なんだよ、わざわざ教室まで来て」
「菜々子は?」
「先生に呼ばれて本校舎に行ってる」
「それじゃ都合がいいや」
「なにが?」
「瑠奈さ、何に怯えてるの?」
「はっ、は?」
「菜々子といる時、無理してるでしょ」
「お前になにが分かるんだよ」
「私は自分を守るために武器を持った。だから、なんとなく弱い人間が分かる」
「意味わかんない」
「自分を守るために、そんな派手な見た目して、わざと悪い態度取ってるんでしょ」
「な、何も知らないくせに‥‥‥」
「うん、知らない。でも辛そうなのは見てて分かるよ。なんでも話してごらん」
瑠奈は表情が柔らかくなり、少し黙り込んだ後に口を開いた。
「せ‥‥‥先輩」
「なに?」
「私の話‥‥‥聞いてくれますか?」
「いいよ」
「私も聞くよ!」
「あ、柚木」
「や、やっぱりいい!」
「大丈夫、柚木はいい人だよ」
「わ、分かりました‥‥‥」
それから瑠奈は全てを話してくれた。
「菜々子とは、この高校に入ってから知り合ったんです。最初は菜々子も私も、こんな派手な見た目じゃなかった。とある一年のグループが原因です」
沙里が無言で聞く中、柚木は優しく聞いた。
「なにがあったの?」
「ただ、二人で仲良く話してただけだったのに、いきなり‥‥‥『うるさい』っていちゃもんつけられて、それから何故か虐められるようになりました。そのグループのストレスのはけ口にされて、それでとある日、菜々子は髪を金髪にしてきたんです。そして菜々子は、いじめっ子に反抗しました。それはもうボコボコに‥‥‥それから菜々子と話して、私も髪を派手に染めました。そうしたら、自分が強くなった気になれた。だけど‥‥‥本質的なところは変わらない。菜々子みたいに、強い自分には変われなかった」
「菜々子がM組に来た理由は分かるけど、瑠奈は? 髪染めたぐらいじゃM組通いにならないよ」
「その時は自分が強くなった気になって、私もいじめっ子メンバーにやり返しました。本当は皆んなと仲良くしたいのに‥‥‥先輩達とも‥‥‥」
「なるほどね、沙里はこの子の話を聞いて、どうしようと思ったの?」
「同じM組なんだし、救ってあげるよ」
「いじめっ子から?」
「それもあるけど、本当の自分で生きていけるように」
「そんなこと‥‥‥無理ですよ‥‥‥」
「無理じゃない」
「瑠奈、あんたなにやってんの?」
「な、菜々子」
先生と話し終えた菜々子が戻ってきてしまった。
「ねぇ菜々子、先輩達なんだけど、悪い人じゃないよ」
「何言ってんの‥‥‥いい人ぶって近づいて、ちょっと嫌なことがあればすぐに裏切る。どうせ先輩達もそうなんだ!! なぁ瑠奈、仲良しごっこなんかしてんじゃねーよ」
「仲良しごっこは貴方達じゃないかしら」
「結菜〜」
結菜の登場に、沙里は結菜にピタリと引っ付いた。
「迎えに来ましたよ。柚木さんも一緒に帰りましょ」
「うん! パンケーキ食べて帰ろうよ!」
「ちょっと待てよ、私達が仲良しごっこってなんだよ」
瑠奈は菜々子の手を握った。
「菜々子、やめて」
「菜々子さんは、瑠奈さんの気持ちを知っているんですか?」
「友達なんだから当たり前でしょ!」
「本当の気持ちを言い合える、言えないなら行動で示す。それが本当の友達です」
そう言って結菜達は一年生の教室を後にした。
「結菜、パンケーキって美味しい?」
「美味しいですよ」
「アイスが乗ってるんだよ!」
「アイス!? 早く食べに行こ!」
「沙里さん、お金はあるんですか?」
「結菜ちゃん♡ だいしゅき〜♡」
沙里は甘えるように結菜に抱きついた。
「ないんですね」
「お願いします!! 奢ってください!!」
「よろしい。柚木さんにも奢ってあげますからね!」
「本当!? ありがとう!」
「柚木はお願いしてないのにズルい!」
「柚木さんはいいんです」
「変なの!」
そして三人でパンケーキを食べていた時、店の外を一人で歩く瑠奈を見つけた。
瑠奈は三人と目が合い、三人に手招きされるままに店内に入った。
「あ、あの、なんですか?」
動揺しながら聞く瑠奈を見ながら、沙里は結菜を指差した。
「結菜が奢ってくれるって。座りな」
「私は何も言ってません」
柚木はニヤニヤしながら言った。
「奢るつもりで手招きしたくせに〜」
「ち、違います!」
「悪いですよ、私帰ります」
「待ちなさい。好きな物を注文していいですよ」
「‥‥‥そ、それじゃ‥‥‥先輩達と同じ物を‥‥‥」
瑠奈の元へパンケーキが運ばれてくると、瑠奈はおもむろに口元に手を持っていった。
「ちょっと失礼します‥‥‥」
瑠奈が口のピアスを外したのを見て、柚木が疑問に思ったことを素直に聞いた。
「ピアスって、針みたいなの付いてるんじゃないの? こんな丸み帯びてるもん?」
「あ‥‥‥磁石なので‥‥‥穴開けるのとか怖いし‥‥‥」
柚木は思った。
(怖いの?)
沙里は思った。
(この見た目で?)
結菜は思った。
(ちょっと可愛いです)
「先輩、そんなに見られたら食べづらいです。あと‥‥‥すごい見られてます」
瑠奈の指差す方を見ると、芽衣と鈴、美波と真菜の四人がガラスに顔をくっつけてパンケーキを見ていた。
結局四人も一緒に食べることになり、話も弾み、瑠奈は完全にM組の先輩達と打ち解けてしまった。
※
次の日、瑠奈が学校に行くと、瑠奈は後から教室に入ってきた菜々子に話しかけられた。
「昨日楽しそうだったね」
「え?」
「全部見てたから」
「ごめん‥‥‥」
「別にいいんじゃない? 私だけ仲間外れにして楽しんだって」
「そんなつもりじゃ‥‥‥」
「だったらさ、マラソン本番の日は走らないでよ。先輩達の頑張りを踏みにじってみせてよ」
「な、なんで?」
「じゃないと友達やめるから」
「そんな‥‥‥」
その会話を、柚木と沙里は聞いていた。
「沙里、どうするの?」
「なにもしない」
「え!? 助けてあげるんじゃないの!?」
「昨日、結菜が言ってくれたから。本当の気持ちを言い合える、言えないなら行動で示す。それが本当の友達だって、きっと瑠奈の心には響いてる」
「なるほどね、また結菜は人をいい方向に変えちゃうのかね」
「そうかもね、結菜って本当にすごい」
「今回に関しては、最初に行動した沙里が一番凄いんだよ?」
「すごくないよ」
「すごいの!」
「すごくない」
「素直じゃないなー」
内心喜ぶ沙里であった。
***




