ママ?
***
修学旅行最終日、結菜が目を覚ますと、沙里は鏡の前で自分の髪をみつめていた。
「おはようございます」
「おはよう。ねぇ結菜、昨日より黒くなったか見て」
結菜は沙里の寝癖をクシでとかしながら、髪を確認し始めた。
「昨日より黒くなってる気がします」
「本当? 私、そんな髪伸びるの早いのかな」
「白髪に関しては、伸びて黒くなるわけじゃないですよ? 染まるように戻っていくんです」
「そうなんだ!」
それから荷物をまとめて、みんと集合してバスに乗った。
「皆んな怪我の調子は? 痛いとことか、体調悪くなったらすぐに先生に言ってくださいね!」
「はーい」
「それじゃ! 今から、谷瀬の吊り橋に行くわよ!」
沙里が茎わかめをしゃぶりながら、気怠そうに言った。
「橋行ってなにするの? つまらなくない?」
「谷瀬の吊り橋は、全長二百九十七沢 メートルもあって、川からの高さは五十四メートルもあるのよ!」
「高さとか言われても、いまちい分からない。五十四ってことは、そうでもなさそうだね」
つまらなそうにする沙里に、結菜は優しく教えた。
「谷瀬の吊り橋は、たしか千九百五十四年頃に完成して、千九百九十四年までは日本一長い吊り橋だったらしいですよ」
「結菜って物知りだね、茎わかめ食べる?」
「(なぜ、物知りだと茎わかめなのでしょう‥‥‥)それじゃ、いただきます」
「はい、どいぞ」
結菜に茎わかめを渡した沙里は、カバンを漁って人数分のお菓子を取り出した。
「皆んな食べて、昨日のお礼」
皆んなに一つずつお菓子を配って、沙里は静かに満足そうな表情をしながら、また茎わかめをしゃぶり始めた。
「私には?」
「先生はカッコつけただけで、何もしてないじゃん」
「ちゃんと警察呼びましたよ!?」
「そっか、警察が来てくれなかったら結菜達が大変なことになってたんだ。今度、奈良の警察にお菓子を贈ろう!」
「だから先生は!?」
バス内が笑いに包まれ、そうこうしているうちに谷瀬の吊り橋に着いた。
***
沙里さんと結菜さんは、橋を目の前に足が震えていた。
「結菜さん、大丈夫?」
「だだ、だ、大丈夫ですよ? これくらい平気です」
「本当に?」
「ほ、本当です! 私は高いとろがすきやけん!」
「なんで今なまったんですか」
「たまたまやけん」
ダメだ、結菜さんはビビリすぎて動揺してる。
「沙里? 大丈夫?」
「だ‥‥‥だ‥‥‥」
「だ?」
「だー!!」
柚木さんに心配された沙里さんは、前だけを見つめて、全力で橋の上を走り出した。
それを見た結菜さんは、自分の両頬をパチンと叩いた。
「あー! おとろしい!」
いや、なんでいきなり奈良弁?
今の『面倒だ』って意味だよね?確か。
結菜さんも沙里さんに続いて走り出してしまった。
そして、結菜さんが橋の真ん中に来たとき、どこからかスピーカー越しの声が聞こえきた
「走らないようにお願いします」
結菜さんは橋の真ん中で立ち止まり、そこから動けなくなってしまったようだ。
それを見た僕達は、全員で結菜さんの元へ歩き、結菜さんは僕にしがみつきながら、無事に橋を渡ることができた。
すると莉子先生が追い討ちをかけるように言った。
「さて! 戻るわよ!」
結菜さんと沙里さんは青ざめて、沙里さんは莉子先生を指差して言った。
「人でなし! 独身!」
すると莉子先生は、今まで見せたことのない恐ろしい表情で沙里さをを睨んだ。
「今、なんて?」
「ひ、人でなし!」
「その次よ! たしかに結婚してませんけど!? 彼氏いるし! 私彼氏いるし! 沙里さんは彼氏もいないくせに!」
「彼氏いないからなんだ!」
「彼氏いないとか可哀想だな〜」
煽られた沙里さんは結菜さんと手を繋ぎ、結菜さんを見つめた。
「今の宮川さんに言いつけていい?」
「はい、むしろ私が言いつけてあげます」
それを聞いた莉子先生は、一瞬で結菜さんに泣きついた。
「ごめんなさい〜! 先生調子に乗りました〜!」
それからビビりながらも、また橋を渡り、バスに戻ってきた。
***
それからは、様々な有名スポットを巡り、帰りの新幹線では疲れからか、美波以外の全員が眠ってしまった。
美波はマジックペンを握り、ニヤリと笑った。
※
地元の駅に着き、全員目を覚ますと、皆んなお互いの顔を見て笑い出した。
「結菜さん! なんですかその顔!」
「輝久君こそ!」
全員、自分の顔に落書きされていることに気づき、一斉に美波を睨んだ。
「み‥‥‥みんな? そんなおもしろ、いや、怖い顔で睨まないで‥‥‥」
芽衣と鈴が美波の腕を掴み、沙里が美波のおデコに文字を書き始めた。
「な、なにって書いたの?」
「デカ乳首」
「やだー! 消して消して!」
「あ、これ油性だった」
「沙里‥‥‥お前ー!!!!」
「二人とも! 気をつけて帰るのよ!」
二人は鬼ごっこをするように帰っていった。
そのあとは全員無事に帰宅し、修学旅行の疲れを自宅で癒した。
***
二日後、何故かM組に愛梨さんが焦った様子でやってきた。
「沙里!!」
「愛梨〜!!」
「げ、元気そうですね」
「元気!!」
「それより、大丈夫なんですか!?」
「なにが?」
「柚木先輩に、修学旅行でのことを聞きました」
「大丈夫! それよりね、愛梨に渡したいものがあるの!」
「なんですか?」
「はい!」
沙里さんは愛梨さんの左腕にブレスレットをつけてあげた。
「ブレスレットですか?」
「うん! 本当はもっと綺麗だったんだけど、一回割れちゃって、結菜と一緒に直した!」
それを聞いた愛梨さんは嬉しそうにブレスレットを見つめた。
「きっと、割れる前より綺麗です」
***
沙里が嬉しそうに、ニコニコ笑うのを見て、愛梨は内心驚いていた。
(沙里がこんな笑顔で、こんな楽しそうに喋るなんて‥‥‥)
「あとねあとね! 見て!」
沙里は前髪を上げて、黒くなった根元を愛梨に見せつけた。
「黒くなってきた!」
すると愛梨は、何も言わずに沙里を見つめながら静かに涙を流した。
「愛梨? なんで泣いてるの?」
「沙里‥‥‥」
「ん?」
「おかえりなさい」
沙里はまた笑顔で答えた。
「うん! ただいま!」
その時、学校のチャイムが鳴った。
「あ、いけません。授業に遅れてしまいます。また放課後に来ますね! ブレスレット、大切にします」
「うん! 放課後ね!」
***
それから、いつもと変わらない普通の授業を受けていると、いきなり優しそうな大人の女性が教室に入ってきた。
「あの、どちら様でしょうか」
「はじめまして先生、沙里の母です」
その女性は沙里さんを見つめた。
「沙里、大きくなったわね。でも、髪はまだ白いのね」
「‥‥‥ママ?」
いきなりの出来事に、全員心配そうに沙里さんを見つめた。
「そうよ、お母さんよ」
「‥‥‥なにしに来たの?」
「沙里を迎えに来たの。新しい人とは別れてね‥‥‥私‥‥‥昔のこと反省してる。これからは沙里と幸せに暮らしたいの」
「え?」
「もう酷いことしないから。家族をやり直しましょう」
「本当に‥‥‥酷いことしない?」
「当然よ。沙里は私の大切な私の娘なんだから」
すると、沙里さんは泣きながら母親に抱きついた。
「ママー!」
「先生、今日は久しぶりの再会です。帰って親子の時間を楽しみたいと思います」
「は、はぁ」
母親が沙里さんの手を引いて教室を出ようとした時、美波さんが立ち上がった。
「ちょっと待って」
「沙里のお友達? いつも仲良くしてくれてありがとうね」
「‥‥‥なんだそれ。いかなり現れて母親みたいなこと言うなよ」
「私は沙里の母親よ?」
美波さんは明らかに怒っている。
でも、それは僕も同じだ。
「一度捨てておいて、今更のこのこと、よく会いに来れたな」
次の瞬間、芽衣さんも立ち上がった。
「同意だね」
柚木さんと鈴さんも立ち上がり、口を揃えて言った。
「私も」
真菜さんは、美波さんが暴れないようにか、後ろから美波の制服を掴んでいたが、真菜さんもいきなり現れた沙里さんの母親に苛立っている様子だ。
結菜さんはこんな状況なのに読書を始めたが、怒りからか、手が震えている。
「いきなり来たのはごめんなさい。でも私は沙里と親子をやり直したいの。次はきっと上手くいく」
次の瞬間、結菜さんが机に本を叩きつけて立ち上がると、沙里さんが優しい表情をして言った。
「大丈夫、私‥‥‥もう一回ママを信じてみる」
その言葉を言い残して、二人は帰ってしまった。
※
授業が終わって休憩時間になると、愛梨さんは放課後まで我慢できなかったのか、早くもM組に足を運んだ。
「結菜先輩、沙里がどこに居るか知りませんか?」
「さっき沙里さんのお母様が来て、二人で帰って行きました」
「どういうことですか‥‥‥」
「また親子をやり直すらしいです。沙里さんも、もう一度お母様を信じると言っていました」
「ダメですよ、そんなの‥‥‥あの人は、沙里のお母様は‥‥‥天使の皮を被った悪魔です。沙里は見た目より純粋で、それに何度も騙されて傷ついてきました」
愛梨さんは珍しく取り乱し、大きな声で言った。
「せっかく沙里が素直になれたのに! このままだと、沙里は‥‥‥また心を壊してしまいます!!」
すると、美波さんが教室を飛び出して行った。
「お姉ちゃん!?」
愛梨さんは結菜さんの手を握って言った。
「明日、考え直すように沙里を説得してください。お願いします!!」
「分かりました」
しばらくして、息を切らしら美波さんが帰ってきた。
「もういなかった。もう、沙里が傷つくなんて嫌だ!! あんな楽しそうに笑う、沙里の笑顔が消えるなんて嫌だ!!」
結菜さんが美波さんを落ち着かせようと、優しく手を握った。
「明日、私が沙里さんを説得します。私は沙里さんを守ると約束しました。もう、笑顔を奪わせたりなんかしません」
「私も説得する‥‥‥」
「はい、M組の皆んなで沙里さんを説得しましょう」
結菜さんが皆んなを見ると、全員結菜を見ながら頷いた。
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その頃沙里は、母親と車に乗りながら楽しそうに会話をしていた。
「またママと暮らせるなんて夢みたい!」
「そうね」
学校にいた時と急に雰囲気が変わった母親に、沙里は一瞬戸惑いながらも話を続けた。
「しゅ‥‥‥修学旅行に行ったんだ! それで、大変なことがあったんだけど、皆んなが助けてくれて! ほら、髪も黒く戻ってきた!」
「もう学校には行かせないから。それと、運転中は話しかけるな」
「‥‥‥ママ?」
「話しかけるなって言ったろ!!」
「ごめんなさい‥‥‥」
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