釣り対決
結菜さんの家に泊まり、目を覚ますと結菜さんはまだ隣でぐっすり寝ていた。
お泊まりで朝起きると、いつも何か事件が起きるから、まじまじと結菜さんの寝顔を見たことがなかったけど、寝顔も綺麗だな‥‥‥。
思わず結菜さんの唇にキスをすると、結菜さんが僕を抱き寄せて足を絡めて言った。
「好きです」
「お、起きてたの!?」
「キスで目を覚ましました」
「ご、ごめんね!」
「いいえ、すごい幸せです。もう一回してください」
僕がもう一度キスをすると、結菜さんは幸せそうに口元を緩ませて僕の胸に顔をうずめ、久しぶりに幸せな気持ちに包まれた。
※
約束の六時に家の外で待っていると、目の前に一台の車が止まり、窓が開いた。
「二人ともおはよう! 乗って!」
助手席に乗っていたのは真菜さんだった。
後ろには、美波さんと芽衣さんが乗っている。
さっそく結菜さんと車に乗り込むと、美波さんと真菜さんのお父さんがミラー越しに目を合わせて挨拶をしてきた。
「おはよう! 君達が結菜ちゃんと輝久君だね! いつも二人と仲良くしてくれてありがとうね! 今日は楽しもう! あ、俺のことは大雅さんって呼んでいいからね!」
結菜さんが車の中で軽く頭を下げた。
「誘ってくださりありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
「僕もよろしくお願いします!」
「はい! よろしく!」
この人が二人のお父さんか。すごい優しそうだな。
そして釣り場に向かう途中、皆んなはお菓子を食べたりして会話も弾み、大はしゃぎしているうちにどこかの山の駐車場についてしまった。
「この山の近くの川で釣りをするよ! 今日のお昼ご飯は釣った魚を焼いて食べるから、釣れなかった人は昼飯抜き!」
真菜さんは頬を膨らませ、大雅さんをムッとした表情で見つめる。
「いじわる言わないで! 皆んなの分のカップラーメン持ってきてるくせに」
「そういうことは内緒にしなきゃ! スリルが無くなる! あ、スリルと言えば、この山は熊が出るよ!」
芽衣さんは引き攣った笑顔で言った。
「またまた〜、そんなスリルいらないですよ!」
真菜さんと美波さんが真顔で芽衣さんを見つめる。
「それは本当だよ?」
その言葉に、芽衣さんは一瞬で青ざめてしまった。
結菜さんを見ると、結菜さんは無表情のまま青ざめている。
この二人大丈夫かな。
「結菜さん? 大丈夫?」
「だ、大丈夫ですよ?」
僕達は車を降り、大雅さんから釣竿を渡されて、大雅さんを先頭に川に向かっている途中、大雅さんが背負っているリュックには鈴が付いていて、本当に熊が出ると確信した。
少し歩くと、川の水が流れる音が聞こえ始め、真っ直ぐ茂みを抜けると、そこにはとても綺麗な川が流れていた。
それにしても、この前仲悪かった結菜さんと芽衣さんが、手を繋ぎなら周りをキョロキョロして怯えてるけど、本当に大丈夫だろうか。
「ゆ、結菜、熊出たらどうしよう」
「だ、だ、だ、大丈夫ですよ。美波さん達のお父様もいますし」
「で、でもさ、川だよ? 熊が魚を取りに来るかも」
「へ、変なこと言わないでくださいよ」
「ていうか、なんで結菜がビビってるの?」
「め、芽衣さんこそ、なんでそんなに震えてるんですか」
「だ、だ、だって、あんな間近で熊見たことがあるんだよ? 怖いに決まってるじゃん!」
「わ、分かります。すごい分かります。今回は芽衣さんに同意です」
怯えまくる二人を見た大雅さんが、心配そうに声をかける。
「そんな心配なくても、大きい音を出していれば熊なんて来ないよ? どうしても心配なら、爆竹鳴らしておこうか?」
結菜さんと芽衣さんが、声を揃えて言った。
「お願いします!」
そして山中に爆竹の音が響いた後、みんなで釣りを開始した。
大雅さんは釣りをする前に、美波さんと真菜さんはもちろん、僕達が釣りをしている姿をカメラで撮っていて、なんだか、やっぱりお父さんだなと、当たり前のことを思ってしまった。
「そういえば、一樹君は誘わなかったんですか?」
「人数的に車に乗れないからさ、誰か一人呼ばないとしたら一樹かなって。一樹ってイケメンだけど、モブみたいなキャラじゃん? いらないでしょ!」
「そんなに言います!?」
美波さんって、たまに素直でひどい。
「あはは! また機会があれば誘ってあげるよ! 多分ね!」
「輝久君、随分と楽しそうですね」
気づくと、結菜さんが真横で釣りをしていた。
「美波さん? 男を釣る前に、ちゃんと魚を釣ってくださいね」
「質問に答えてただけなんだけど!?」
やばい、結菜さんを嫉妬させちゃいけないんだった。
「釣れた!!」
真菜さんの嬉しそうな声がして、真菜さんの方を見ると、そこそこ大きな魚を釣り上げていた。
大雅さんは自分の釣りを中断して、嬉しそうに真菜さんの姿を撮り始める。
仲のいい家族っていいな。
※
しばらく経った時、芽衣さんが退屈そうに話しかけてきた。
「全然釣れないよー」
「僕もです。今のところ釣ってるのは大雅さんと真菜さんだけですね」
「輝久君、また浮気ですか?」
「話してただけですよ!?」
昨日、結菜さんが嫉妬していたということを僕に打ち明けたことによって、また嫉妬って感情に素直になってしまっている気がする。
芽衣さんが川に釣り糸を垂らして、大きな石に座りながら言った。
「結菜? ずるいことして輝久に近づかない。私はそう約束したよね!」
「そうですね」
「それじゃ、勝負しよ!」
「勝負ですか?」
「お昼ご飯までに、魚を多く釣っていた人がゴールデンウィーク中に輝久と二人でデートできる! 一日だけ恋人になれる権利をゲット!」
「嫌です」
「へー、逃げるんだ! 結菜って釣り下手そうだもんねー。負けるのが怖いんだ」
「やりましょう」
勝負乗っちゃったよ!!
負けたらどうする気だろう。僕にも被害が来そうだし。
「私も! 私もやる!」
「私もです!」
美波さんと真菜さんまで!?
「真菜は今からカウントね? イカサマしたら熊の餌にするから!」
「正々堂々勝負します!」
その会話を聞いていた大雅さんが、僕の肩に絶望感漂う表情をして手を置いた。
「輝久君は美波と真菜、どっちがタイプなんだい?」
「はい!?」
「俺の娘はやらんぞ!!」
「僕は結菜さんと付き合ってるので!!」
「なーんだ! ならよかった!」
いきなりビックリするよ。お父さんってそういうものか。
「勝負スタート!!」
さっそく釣り対決が始まり、僕はちょっと離れたところで、静かに釣りをすることにした。
僕も一匹ぐらい釣りたいな。
※
それからしばらく経ち、お昼の十二時。
大雅さんが皆んなに向かって声をかけた。
「みんな! ご飯にするよー!」
大雅さんは少し前から焚き火を作り、魚を焼く準備をしていた。
全員が焚き火の周りに集まり、芽衣さんがバケツを持って言った。
「結果発表! 私は六匹!」
「私も六匹!」
「私もです!」
三人はまさかの同点で、結菜さんは一気に機嫌が悪そうな表情に変わってしまった。
「私は四匹です」
「やったー!! 勝ったー!!」
皆んな凄いな。僕は一匹しか釣れなかったのに。
そんな場合じゃなさそうだけど。
すると、芽衣さんは嬉しそうに言った。
「それじゃ明日が美波で、明後日が真菜で、私は明々後日ね!」
それを聞いた結菜さんが手をあたふた動かし、急に慌てだした。
「三人なんて聞いてません! それにゴールデンウィークは後三日しかないのに、私と輝久君がデートする日がなくなります!」
「負けたんだからしょうがないじゃん!」
美波さんがそう言うと、結菜さんは力強い目力で僕を睨んできた。
いや、勝負したのも負けたのも結菜さんですよね‥‥‥。
その後、皆んなで魚を食べたり集合写真を撮ったり、川で水切りをして遊んだりして、帰りは各家に送ってもらい解散となった。
家に帰って来た僕は、トラブル回避のために、すぐに結菜さんに電話をかけた。
「もしもし結菜さん? 勝負に負けちゃってどうするんですか!?」
「約束は約束です。ですが、ずっと監視させてもらいます」
「う、うん。監視はいいけど、これ、結菜さんが勝手にした勝負だから、嫉妬して僕に変なことさせないでね」
「約束はしません」
そう言って電話を切られてしまった。
三日間、違う人とデートか‥‥‥。
事件の匂いしかしない。
あと約束してよ!!




