権力
結菜さんは堂々とステージに上がり、マイクに向かって喋りはじめた。
「皆さんおはようございます。橋下結菜です」
全校生徒は戸惑っているのか、挨拶を返しはしない。
だが結菜さんは続ける。
「挨拶も返せない犬以下の皆さん、おはようございます」
「おはようございます」
いきなりの煽りに我慢できなかったのか、みんな挨拶を返し始める。
「私が真の生徒会長です」
全校生徒や先生達が騒つき始め、愛梨さんはその場から動かず、様子を見ている感じだ。
なにもしないのが逆に不気味だ。
「先週、愛梨さんという方が生徒会長だと名乗り、好き勝手やったみたいですね。全校生徒の皆さんは、体育祭や学園祭をやらないことに不満をこぼしていたようですが、安心してください。体育祭も学園祭もしっかりやります」
それを聞いたみんなは表情が明るくなり、明らかに喜んでいる。
でもどこだ、どのタイミングで歯向かえばいいんだ‥‥‥。
「ただ、生徒会長として、皆さんを厳しい目で見ようと考えています。学校を辞めさせられたくない方は、私に従いなさい。ちなみに、まだ私を疑っている方はいるかしら」
すると、一人の男子生徒が声を上げた。
「生徒会長って証拠を見せてください!」
「いいでしょう。莉子先生、私はなんですか?」
「えっ!? 私!? ゆ、結菜さんは生徒会長で間違いありません!」
いきなり名指しされた莉子先生は、テンパったがしっかり答えた。
すると、莉子先生の隣にいた体育教師の山口先生が眉間にシワを寄せながら言った。
「さっきから黙っていたが、これはなんだ! 結菜は生徒会長じゃないだろ! 生徒会長は愛梨さんだ!」
そしてついに、愛梨さんが口を開いた。
「先生、大丈夫です。続けさせてあげてください」
結菜さんはいたって冷静な様子で、山口先生を見つめる。
「山口先生、そんな歳にもなって、自分が騙されていることに気づけないなんて哀れですね」
「お前! 先生に向かってその口の聞き方はなんだ!!」
「そう言うということは、山口先生はご自身の立場が生徒より上だと思っているのですね」
「当たり前だろ!! こっちはお前らにいろいろ教えてやってる立場だぞ!!」
「生徒達は教わる教師を選べません。選ぶ権利があるのなら、貴方のような教師は今ここにいないでしょうね。生徒というのは、自分と平等の立場で、友達のように関わってくれて、それでもしっかり勉強を教えてくれる教師が好きなんです。そういうものです」
「そんなのお前だけだろ!!」
「そうでしょうか。それでは何故、新任の先生に人気が集まるのでしょうか。新任の先生というのはまず、生徒と仲良くなろうとしますよね? だから生徒達はその教師を友達感覚で捉えて、気楽に相談とかもするようになります」
「生徒と友達感覚じゃ、生徒が言うことを聞かなくなるだろうが!」
「それは貴方の力不足です。友達のように近い立場でありながら、叱る時は泣かすぐらいに叱る。そうやって飴と鞭を上手く使い、自然と上下関係を作るんです。同じ立場で話してくれて、親身に相談を聞いてくれて、叱るときは叱ってくれて、褒めるときは褒めてくれる。そんな先生がいいんですよね? 皆さん?」
「そ、そうだそうだ!」
「自分が上だと思っている先生とかマジうざい」
「教師辞めちまえ!!」
凄い‥‥‥こんなに早くみんなを味方につけちゃった。
あまりの凄さに驚いていると、元生徒会長の悠人先輩が、僕に話しかけてきた。
「もしかしたら、君の出番は無いかもな」
「はい、結菜さんは本当にすごいです」
「結菜の言葉が結菜の本心かは知らないが、生徒達の共感を得るって意味では、すごい話術だな。あれなら本当に生徒会長にもなれただろうに」
「間違いないです」
結菜さんは頭の回転が速いだけじゃなく、シンプルに頭がいい。
前に返ってきたテストを見た時、結菜さんのテストはオール百点だった。
「それより悠人先輩、その大きなリュックはなんですか?」
悠人先輩だけが、何故か大きなリュックを背負っている。
ずっと気になっていて、思わず聞いてしまった。
「これは最終手段だ」
よく分からないけど、悠人先輩にも考えがあるのかな。
「山口先生? 何も言い返せないようですが、どうしたんですか? 自分より下だと思っていた人に潰されていく自分。プライドがズタズタに削がれて、言葉も出ませんか?」
「お前ら!! 結菜をステージから降ろせ!!」
山口先生に指をさされながら言われた結菜さんは、すかさず言った。
「皆さん、山口先生を体育館から追い出してください」
そう言った瞬間、結菜さんが僕達に視線を向けた。
合図だと察した僕達は、一斉に山口先生の所に走った。
すると、それに釣られるように、全校生徒が山口先生を追い出そうと、山口先生に群がり始める。
周りの先生は唖然としていて僕達を止められず、山口先生を追い出すことに成功すると、数名の先生が心配して体育館を出て行った。
その時、愛梨さんが結菜さんの元に歩き出したのが視界に入ってきた。
それを止めるように悠人先輩が変装を解き、愛梨さんの前に立ちはだかる。
「愛梨、返金だ」
悠人先輩はリュックに詰めた一千万円を愛梨さんに向かって、豪快にばら撒いたのだ。
初めて見る大金に驚き、僕達はニ人に注目してしまう。
「この金は受け取れない。よって愛梨、お前はもう生徒会長ではない」
愛梨さんは何も言わずに悠人先輩を見つめている。
お金が散らばり、静まり返った体育館に、杖をつく音が近づいてきた。
すると愛梨さんは微かに口元が緩み、一瞬淑やかな笑みを見せて言った。
「そういえば今日は、授業参観がありましたね」
そして、杖をついた白髪と白髭が綺麗なお爺さんが、体育館に入ってきた。
和服で貫禄があり、とてつもなくお金持ちそうな人だ。
「愛梨、教室に居ないから探したぞ」
「ごめんなさいお爺様。全校集会が長引いてしまって」
「そうかそうか。おーい、愛梨ならここにおるぞ」
「お父さんとお母さんも来てくれたんですね!」
愛梨さんのお母さんとお父さん?
てことは、僕のお父さん‥‥‥?
「愛梨が生徒会長になったのだから、当たり前よ」
「ありがとうございます!」
高そうなスーツを着ている、あれが僕のお父さん‥‥‥短髪でビシッとキマッていてかっこいい‥‥‥。
今日は話すチャンスかもしれない。
愛梨さんのお爺さんは、散らばったお金を見て、ゆっくり愛梨さんに近づいた。
「このお金はどうしたのじゃ」
「この男子生徒が、私は生徒会長じゃないって、お金をぶつけていじめてきました‥‥‥」
「い、いじめてなんてないだろ!」
「君、名前はなんという」
「悠人です」
「悠人、君のご両親の職業はなんだね」
「二人ともパン屋で働いてます」
「この時代にパン屋か。それは苦労しているじゃろ。一つ覚えておくといい、君の家庭を壊すことなど、ワシからすれば容易いことじゃ」
悠人先輩は、お爺さんの発言と雰囲気に圧倒されたのか、脚を震わせて、情けなく体育館を飛び出してしまった。
「お金忘れておるぞ。愛梨、後でしっかり返してやりなさい」
「もちろんですわ」
すると、お爺さんのところに、校長先生がやってきた。
「和夫さん、お久しぶりです」
「おー、校長。どうだね、最近の生徒達は」
「愛梨さんが来てから、みんな真面目になりました。全て愛梨さんのおかげです」
「そうかそうか! 愛梨、やっぱりお前は優秀じゃ」
「ありがとうございますお爺様。ですが、あのステージに立っている女子生徒が、私を偽物の生徒会長扱いして、自分が本当の生徒会長だとか言うんです」
お爺さんは結菜さんに近づき、ステージ下から結菜さんを見上げた。
「なぜそんなことをしたんじゃ」
結菜さんは相変わらず表情を崩さない。
怯む様子もなく普通に話しを始めた。
「愛梨さんが、この学校にいきなりやってきて、気にくわない人を次々と退学させようとするからです。そんな人に生徒会長を任せることはできません」
「ほう、私を前に堂々とした態度、君はそれなりの人生を歩んできたようじゃな。両親は何をしている人じゃ。今日の授業参観には来るのか」
「私の両親は死にました」
結菜さん‥‥‥そんな堂々と‥‥‥。
「二人ともか、それは何故じゃ」
「あの!!」
僕は結菜さんを心配して変装を解き、お爺さんのところに駆け寄った。
そして、何故か皆んなも変装を解き始めてしまった。
「そんなこと聞いてどうするんですか? 結菜さんが可哀想です!」
お爺さんは振り向いて僕を見つめ、少しだけ優しい表情に変わった気がする。
「君は素晴らしい」
「え?」
「誰かの目には悪に映る者も、誰かの目には善に映る。君はこの空気の中、一人の人間の心を守ろうとしたのじゃ。優しく真っ直ぐな心を持った少年じゃ、気に入ったぞ。愛梨の結婚相手に相応しい!」
「はいー!?」
結菜さんはマイクを手に取り、さっきまでの冷静さがまるで嘘だったかの様に言った。
「輝久君! 断りなさい! 今すぐに!」
「なんじゃ、君はあの子と交際しているのか?」
「そ、そうです!」
顔を真っ赤にした愛梨さんが、足音を大きく立ててこっちに向かってきた。
「おお、お、お爺様! 私こんな人嫌です! それに、この方とは血がっ! んー! んーん!」
僕は焦り、すかさず愛梨さんの口元を手で塞いだ。
愛梨さんの両親の前で言うのはまずい!
「輝久と言ったか。そんなに愛梨に抱きついて、気が早いのう。どうだ、今晩は泊まりに来るといい」
「えっ、えっと‥‥‥」
結菜さんがステージ上から、今までで一番怖い表情で僕を睨んでいる。
怖くて少しちびりそう。
愛梨さんの口元を塞ぐ僕の手を、愛梨さんは苦しそうに軽く何度も叩いてくる。
「あっ、ごめん!」
「苦しいです!」
「それで、泊まりにこんかね」
「ごめんなさい、僕には結菜さんがいるので」
愛梨さんは結菜さんを見つめ、なにか思いついた様に一瞬ニヤッと笑みを浮かべた。
「輝久先輩♡ 是非泊まりに来てください♡」
「い、いや!だから!」
「愛梨もこう言っているんじゃ、いいじゃろ? 遠慮することはない」
愛梨さんのお父さんが、僕だと気づいていないのか、普通に話に入ってきた。
「そうだ、遠慮なく泊まるといい!」
それに続くように、お母さんが笑顔で言った。
「今日はお赤飯かしら♡」
すると、結菜さんが明らかに怒った声で、ゆっくりステージを降りながら言った。
「待ちなさい」
「どうしたんですか? 結菜先輩」
「輝久君は私のです」
「ですが、お爺様が私の結婚相手に輝久先輩を選んだのです。結菜先輩、大人の言うことは聞くべきですよ」
結菜さんは急に走り出し、愛梨さんに飛びかかろうとした。
その時、お爺さんは結菜さんのお腹を杖で突き、結菜さんはお腹を押さえて倒れてしまった。
「結菜さん! 大丈夫ですか!」
お爺さんは苦しむ結菜さんの顔の前に杖を立て、結菜さんを見下ろす。
「君はもう諦めなさい」
そしてお爺さんは校長先生に言った。
「輝久を借りていいじゃろうか」
「勿論です」
「そうか。この散らばったお金は、さっき逃げてしまった生徒に返しておいてくれ」
「分かりました」
お爺さんと愛梨さんが僕の手を引き、外に連れて行こうとした時、柚木さんがいきなり横から愛梨さんに殴りかかった。
「うっ!」
柚木さんは、衝撃で倒れてしまった愛梨さんに跨って胸ぐらを掴んだ。
「てめぇー!!」
そして体育館には、お父さんお母さん、そしてお爺さんの声が響いた。
「愛梨!!」
「生徒会長だか、お金持ちだか知らないけど、調子に乗んな!!」
柚木さんはもう一発、愛梨さんの顔を殴ってしまった。
それを見たお爺さんは、明らかに怒った表情で先生達に言った。
「こいつを止めんか!!」
先生達は慌てて柚木さんの体を掴んで、床に押さえつけたが、莉子先生だけは、想定外のことに震え怯えているようだった。
そして、お父さんとお母さんが駆け寄って来ると、お爺さんは二人に指示を出した。
「輝久と愛梨を安全な場所に連れて行くのじゃ! 早く!」
僕は大人の力に反抗することが出来ずに、呆気なく連れていかれた。
***
連れて行かれる輝久を見た結菜は、立ち上がろうとしたが、お腹が痛くて立てないでいた,
「輝久君‥‥‥」
お爺さんは押さえつけられた柚木の顔スレスレの床を勢いよく杖で叩き、柚木を睨みつける。
「貴様は退学じゃ」
「黙れジジイ」
***
僕は駐車場に連れてこられ、愛梨家の車に乗せられてしまった。
実は、バレないように体育館を出る時、一樹くん、芽衣さん、そして美波さんと真菜さんに、目で助けを訴えてある。
お願い‥‥‥助けて!
***
その四人は今、車の後ろに身を隠していた。
美波は焦りながら小さな声で三人に言った。
「どうするどうする!? このままドア開けて、輝久だけ取り戻す!?」
一樹も小さな声で、車内に声が聞こえないように言った。
「失敗したらどうするの!?
真菜は一番慎重に、バレないように、携帯に文字を打って皆んなに携帯を見せて会話に混ざる。
『携帯のGPSをつけて、携帯を車に貼り付けよう!』
「それだ!」
思わず少し大きな声を出してしまった三人は、慌てて自分達の口を塞いだ。
そして一樹はすぐにアプリをインストールし、三人と携帯のGPSを共有した。
「あとは俺の携帯をくっつければいいだけだけど、ガムテープとか持ってないよね」
美波は少し悩んだ後、髪を結んでいたゴムを片方外した
「これで後ろのワイパーに固定できないかな」
芽衣は心配そうに美波の顔を見つめる。
「これ、いいの?」
「輝久を助けられるなら」
「わかった、私に任せて」
芽衣はバレないように、慎重にワイパーと一樹の携帯をゴムで固定した。
その時、そこにお爺さんが帰ってきて車に乗り、車は走り出した。
四人は結菜と柚木が心配で体育館に戻ったが、そこに柚木の姿は無かった。
四人は慌てて結菜に駆け寄ると、真菜は心配そうに結菜の体を支えた。
「結菜ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫です。ですが、柚木さんはどこかへ連れて行かれました」
「無事だといいけどね、それよりこれ! 輝久君の現在地!」
「今すぐ追いかけましょう。輝久君と連絡はつくんですか?」
「なにも持たずに連れて行かれたから、多分携帯も教室‥‥‥」
「そうですか、とにかく急ぎましょう」




