動く気持ち
真菜さんは僕の胸にハサミを当てたまま、僕に選択肢を与えた。
「お姉ちゃんと結菜ちゃん、どっちかを解放してあげる。でも残された方は両手両足の爪を全部剥ぐ。どうする?」
そんなの決められない‥‥‥どうしたらいいんだ。
美波さんは、自分が選ばれないと思っているのか、涙が止まらなくなって、呼吸も乱れてしまっている。
(輝久は絶対に結菜を選ぶ‥‥‥輝久が大切に思ってるのは結菜だって、本当は分かってた‥‥‥でもどこかで期待しちゃうんだ。輝久が声をかけてくれるだけで、やっぱり私のこと好きなのかもとか思ったり、でも、結菜と仲良くしてるところを見ると、心のどこかで私じゃダメだって思っちゃう。恋人じゃなくてペット‥‥‥それなら輝久の側にいれるかなとか思ってたけど、それもきっと迷惑だったよね、それでも結局‥‥‥恋人になりたいって気持ちは諦められなかったし、ダメだな、私)
「美波さんを解放してあげてください」
真菜さんはニヤニヤしながら結菜さんを見つめた。
「見捨てられちゃったね」
結菜さんは言葉を発することもせずに、静かに涙を流した。
でも大丈夫。僕にも考えがあって美波さんを選んだ。
絶対に真菜さんは許さない。
「早く美波さんを解放してください」
「いいよ、でも誰かに連絡しないように、お姉ちゃんの携帯は預かっておくね」
真菜さんは約束通り美波さんを解放した。
「はい、お姉ちゃんは自分の部屋で大人しくしててね」
美波さんは一瞬僕を見て、真菜さんの部屋を出た。
その瞬間、僕は美波さんに聞こえるように大きな声を出した。
「美波さん!! 外に芽衣さんがいます!! 助けを呼んでください!! 早く!!!!」
美波さんが玄関に向かって走る足音が聞こえ、真菜さんも焦って部屋を飛び出した。
「結菜さん、もう大丈夫ですよ」
「‥‥‥」
***
美波は裸足で家を飛び出して、芽衣の名前を呼んだ。
「芽衣! 助けて!」
芽衣と宮川は、全然帰ってこない輝久を心配して、車から降りて、家を見てる時だった。
「真菜!?」
ツインテールじゃなくなった美波は、顔が似ているせいで、一瞬真菜に見えてしまう。
「私は美波! 輝久と結菜が‥‥‥」
その瞬間、真菜がハサミを持ったまま玄関から飛び出してきた。
「お姉ちゃん!!!!」
それを見た宮川は、身に付けた護身術を使って簡単に真菜を押さえつけてしまった。
「なにをやっているんだ!!」
芽衣は、美波に引っ張られながら真菜の部屋に向かった。
***
「輝久大丈夫!?」
「先に結菜さんを!」
芽衣さんは結菜さんの顔を見て、事の重大さに気づいたようだ。
僕と結菜さんは無事に解放されて、僕は結菜さんをおんぶして外に出た。
結菜さんの顔を見た宮川さんは、押さえつけていた真菜さんの頭を力強く押さえつけた。
「お前!! 結菜お嬢様になにをした!! 警察呼ぶからな!!」
「痛い!! 離せー!!」
結菜さんは僕ににおんぶされながら、弱々しく小さな声で言った。
「許してあげてください‥‥‥」
「どうしてですかお嬢様!!」
「やったことは、必ず自分に返ってきます。私は真菜さんを自分の勝手な感情で殺そうとしました。人は誰だって被害者ぶりたい生き物ですが、自分のやったことを棚に上げて被害者ぶる人が私は嫌いです。私はそうはなりたくない。やられて当然のことをされただけです‥‥‥」
それを聞いた宮川さんは、真菜さんを離してしまった。
真菜さんは暴れることもせずに、よれた服を直して、家の中に帰っていった。
結菜さんを車に乗せると、結菜さんは美波さんを、痛々しい顔だけど、どこか優しさを感じる表情で見つめた。
「美波さんも乗ってください」
「う、うん‥‥‥」
助手席に結菜さん、後ろに僕と芽衣さん、そして美波さんが乗り、最初に宮川さんは、芽衣さんを家に送った。
芽衣さんは車を降りる時、結菜さんを心配して声をかけた。
「結菜、元気になったら遊ぼうね?」
「はい」
そのあと、僕を家に送ってくれた。
本当なら心配で、結菜さんの家に泊まりたかったけど、しょうがない。
そして車から降りる前に、結菜さんが話しかけてきた。
「今日はありがとうございます。また連絡します」
「うん、お大事にね。美波さんも‥‥‥巻き込んでごめんね」
「‥‥‥大丈夫」
全然大丈夫そうな表情ではない。
大事な髪を切られたんだから当然か。
***
その後結菜は、美波を連れたまま家に帰り、美波を自分の部屋に待たせている間、家の人に応急手当をしてもらった。
痛々しく腫れた目にはガーゼが貼られ、軽く切れてしまった口元には絆創膏が貼られた。
そして結菜は部屋に戻る前に、宮川にあるお願いをしていた。
「美波さんの為に、美容師さんを呼んであげてください。あの子がまた元気になるように可愛くしてあげてほしいです」
宮川は、車に乗っていた時の美波の髪を思い出し、全てを察した。
「かしこまりました」
「それと、しばらく美波さんを泊めてあげます」
「問題ありません」
その頃美波は、結菜の部屋で一人、考え事をしていた。
(あの時、輝久が私を選んだのも、結局は結菜を助けるためだった。輝久が大きな声で助けを求めた時、悔しかったのに、すぐに足が動いた。私はあの瞬間、負けを認めたんだ‥‥‥輝久が好きなのは結菜だ。でも、私が好きなのは輝久。負けを認めたって、諦める必要はない。絶対に輝久を私だけの男にする。そうだ、結菜の気持ちなんて関係ない‥‥‥何が何でも奪ってやる)
そんなことを考えていると、部屋に結菜が帰ってきた。
結菜はベッドに座り、真菜に付けられた首輪を外して、優しい表情で美波を見つめた。
「今、美容師さんを呼びました。きっと前より可愛くしてくれますよ」
美波は、切られた髪を震えた手で触りながら作り笑いをした。
「大丈夫大丈夫! 夏だし、切ろうと思ってたんだよねー。ちょうどよかったよ!」
美波はそう言うと、堪えきれずに泣いてしまった。
そんな美波を結菜は優しく包み込むように抱きしめ、優しく頭を撫で始める。
「大丈夫です。美波さんなら短くても可愛いです。きっと輝久くんもそう言ってくれますよ」
美波は泣きながら言った。
「本当に輝久がそんなこと言ったら、結菜は怒るくせに」
「今回は大目に見ます。それと、しばらくは私の家に泊まっていいですからね」
結菜の優しさに、美波は涙が止まらなくなってしまい、抱きしめてくる結菜に、思わず抱きつき返して泣きじゃくってしまった。
(どうして‥‥‥優しくするの‥‥‥もう、これじゃ、どうしたらいいか分からないよ。こんな時に優しくするとか、結菜は卑怯だ‥‥‥やっぱり憎い女だ。なのに、結菜の優しさに涙が止まらない)
その時、結菜の体の力が抜け、美波は必死に結菜の体を支えた。
「結菜!?」
「大丈夫です、疲れただけですから」
結菜はベッドに横になり、しばらく寝ることにした。
「しばらくしたら起こしてください。少し仮眠をとります」
「分かった、無理しないでね」
「はい」
結菜が寝てから十分程経った時、宮川が部屋をノックした。
「結菜お嬢様、美容師の方がいらっしゃいました」
美波はドアを開けて、結菜を起こさないよに小さな声で話した。
「結菜、疲れて寝ちゃいました」
「そうでしたか、それでは美波さん、こちらへ」
「私?」
「はい」
宮川に連れられ外に出ると、キャンピングカーのような大きな車が庭に停まっていた。
案内されるがまま車に乗り込むと、中には椅子や鏡があったりと、美容室のようになっていて、お客さんは一人しか入れない感じだ。
その時、店員さんが美波に話しかけてきた。
「あら♡ あなたが美波ちゃん?♡ 可愛いわね♡」
(お、オネェだ‥‥‥)
「ほら、座って座って♡」
店員さんは、細身で身長百七十五センチぐらいで、年齢は四十代ぐらい。
短髪で清潔感のあるオネェだった。
椅子に座ると、カットクロスをかけられて、髪をクシでとかしはじめた。
「綺麗な髪ね♡ 髪型はお任せでいいのかしら?」
美波は鏡越しに店員さんの髪を見つめた。
「店員さんみたいにならなければ‥‥‥」
「あら、言ってくれるじゃない。まぁ、私に任せなさい♡」
店員さんがハサミを持った時、美波は無理矢理髪を切られたことを思い出し、ハサミを避けてしまった。
すると店員さんは、美波の髪を優しく撫でながら言った。
「確かに髪は女の命だけれども、心が綺麗じゃないと、どんな髪型にしても意味ないのよ?」
「は、はぁ」
「でも美波ちゃんは大丈夫! 今までいろんな髪を見てきたけど、とっても綺麗な髪よ♡」
「ありがとうございます‥‥‥」
その後、なんとか髪を切り終わり、美波が恐る恐る鏡を見ると、天使の輪ができるほどツヤのある、綺麗なロングボブになっていた。
ロングボブになった自分を見た美波は、思わず口に出して言ってしまった。
「可愛い‥‥‥」
「だから言ったでしょ? 私に任せなさいって♡」
「あ、お金‥‥‥家に財布置いてきちゃって‥‥‥」
「今回は特別にタダでいいわよ♡」
「え?」
「私はね、お金の為に髪を切ってるんじゃないの。髪の毛が原因で心に傷を負った人、髪を切りたいけど、お金がなくて本当に困ってる人の髪を綺麗にしてあげたいのよ。髪の毛を増やす魔法は使えないから、ハゲは専門外なんだけどね」
「(ハゲにも救いを)それで生活できるんですか?」
「本業は、バーを経営してるから大丈夫よ♡ 美波ちゃんも大人になったら遊びに来てね♡」
美波は心なしか気持ちが明るくなっていた。
「はい! 絶対に行きます! ありがとうございました!」
美波が結菜の部屋に戻ると、すでに結菜は起きていて、美波の髪を見つめた。
「何の用かしら、真菜さん」
「私、美波なんだけど‥‥‥」
すると結菜はニッコリと微笑んだ。
「知ってるわよ。とっても似合ってますよ! 素敵です」
美波は少し照れながら頭を下げてお礼を言った。
「ありがとう、結菜って意外といい人だね」
「私は元からいい人ですよ?」
「う、うん、それより、本当に泊まっていいの?」
「もちろんです」
こうして、夏休み中しばらくの間、美波は結菜の家に泊まることになった。




