表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/132

挨拶回り

僕は朝早くからスーツに着替えて、咲花を迎えに行く準備をしていた。


「なんでスーツ?」

「咲花を迎えに行くからです」

「スーツじゃないとダメなの?」

「いや、なんとなくスーツの方がいいかなって」

「なるほどね。スーツ姿かっこいいじゃん」

「まぁね!」

「調子に乗ったからマイナス五億」

「元々何点なんですかそれ」

「一」

「そ、そうですか、それじゃ行ってきます」

「いってらっしゃい!」


僕が玄関を出ると、僕の携帯に沙里さんからメッセージが届いた。


『本当は一兆』

『ツンデレ可愛いですね!』

『私は何点!?』

『二』


すると、二階の窓が勢いよく開き、沙里さんが鬼の形相で睨んできて、僕は逃げるように走って咲花の元へ向かった。





「あの‥‥‥林咲花の父親なんですけど、また咲花と暮らしたいのですが‥‥‥」


声をかけた女性は笑顔で言った。


「お待ちしていました。いろいろ書いてもらわなければいけない書類等ありますので、一度別室にご案内いたします。本日は印鑑をお持ちですか?」

「はい! 持ってきてます!」

「ありがとうございます。それではこちらへ」


僕は咲花を連れて帰るための書類にサインをして、咲花の元へ案内された。


「咲花ちゃーん! パパ来たよ!」


咲花は嬉しそうな笑顔で僕の脚にしがみついた。


「パパ!」

「咲花、ごめんね‥‥‥今日から一緒に暮らそう」

「うん! パパ! 見て見て!」


咲花は僕のズボンを引っ張って、廊下の奥に連れて行った。


「これ!」

「これは‥‥‥」


そこに飾られていたのは、合宿の時、結菜さんが作った貝殻アートだった。


「咲花ちゃん、これを見ると、不思議とピタッと涙が止まるんです」


結菜さんの『この真ん中の貝殻は自分なんです。一人で寂しくても、勇気を出して周りを見れば、こんなに輝いてるよって意味です!』という言葉を思い出して、僕は思わず涙を流してしまった。


「パパ? どこか痛い?」

「大丈夫だよ‥‥‥」

「どうかなされました?」

「これ、僕の亡くなった結婚相手が作った物なんです‥‥‥一人で寂しくても、勇気を出して周りを見れば、こんなに輝いてるって意味が込められた作品です」

「すごい偶然ですね。咲花ちゃんがこれを見て泣き止むのも、きっとその方の優しさが込められているからなんでしょうね」

「はい‥‥‥咲花のこと、ありがとうございました」

「はい!」


僕は、咲花をおんぶして自宅に向かった。


「ママも会える?」

「会えるよ!」


咲花は幸せそうに僕の背中にしがみついて、安心したのか寝てしまった。




「ただいまー」

「咲花ちゃん!」

「シー! 寝てます」

「なんかいい光景。写真撮ってあげる」


沙里さんは携帯を僕に向けた。


「早く撮ってください! もう手がプルプルなんです!」

「うるさい! 咲花ちゃんが起きちゃうでしょ!」

「沙里さんもうるさいです!」

「うーるーちゃい!」


咲花は目を覚まして、僕の髪を両手で引っ張った。


「いてててて!! ハゲる! ハゲる!」


そのタイミングで沙里さんは写真撮り、咲花も沙里さんに気が付いた。


「ママ!」

「咲花ちゃん!」

「下ろして!」


咲花を下ろすと、咲花はすぐに沙里さんに抱きついた。


「ママ! 折り紙して!」

「いいよ!」

「沙里さん、ちょっと買い物に行ってくるので、二人で遊んでてください」

「了解!」

「パパ? どこ行くの?」

「すぐ帰ってくるから遊んでてね」 

「ママがお菓子作ってあげるから、待ってようね」

「うん!」


咲花を沙里さんに任せて、僕は玩具屋さんにやってきて、大きめなキッチンのおままごとセットを購入し、プレゼント用にラッピングしてもらった。


沙里さんにも感謝を込めて、なにか買ってあげようかな。

でも、沙里さんが喜びそうなものってなんだろう。


「‥‥‥なにこれ‥‥‥」


僕が見つけたのは、メガネの形をした長いストローだった。


これでいいや。





二つのプレゼントを持って玄関を開けると、二人は僕を玄関で待ちながら遊んでいた。


「パパ!」

「おかえり!」

「ただいま! 咲花、ずっと誕生日プレゼントとかあげてなかったから、これプレゼントだよ」

「プレゼント?」

「貰うと嬉しい物だよ」

「咲花ちゃん、パパにありがとうは?」

「パパありがとう!」

「どういたしまして! リビングで開けようか!」

「うん!」


僕がプレゼントを持ち上げ、咲花が嬉しそうにリビングに行くと、沙里さんが僕を肘で突っつきながらニコニコして言った。


「いきなり良いお父さんになっちゃって〜」

「沙里さんにもプレゼントありますよ」

「私も!?」

「パパ! ママ! 早くー!」

「今行くよ!」


リビングにプレゼントを運び、咲花と一緒にラッピングを外した。


「わー! なにこれ!」

「よかったね!」

「お料理するの?」

「そうだよ、ママと一緒にしようね!」

「しゅる!」

「す、る! する!」

「するる!」


沙里さんが正しい言葉を教えている時、僕は指輪をキーホルダーにした物も咲花に渡した。


「これは大切な物だからね。お部屋に飾ろうね!」

「分かった!」


そして、沙里さんにもプレゼントを渡した。


「はい! プレゼント!」

「開けていい!?」

「いいですよ」


沙里さんは嬉しそうにラッピングを外し、プレゼントを見ると微妙な反応をした。


「なにこれ」

「メガネ型ストローです!」

「あ、ありがとう」

「感謝したまえ」

「感謝感謝、嬉しすぎて泣きそう」

「それ八万円しました」

「だ、大事にする!」


本当は六百円だったけどね。


それから咲花と沙里さんは、さっそくおままごとセットで一緒に料理を作るふりをして遊び始めた。


「沙里さん、家を出てからどこにいたんですか?」

「芽衣の家」

「にんじん切れた!」

「すごいね!」

「芽衣さんにもお礼しなきゃね」

「なにしよっか」

「芽衣さんが欲しがってた物とかないんですか?」

「そんな話はしなかったな。でも、変態だから鈴が働いてる店からプレゼント選べばいいよ」


いや‥‥‥それはセクハラになりかねない‥‥‥。


「とりあえず、近いうちに僕からお礼しておきますよ」

「ありがとう」





夜になり、沙里さんはオムライスを作ってリビングのテーブルに置いた。


「咲花ちゃんもお料理休憩して食べるよー」


すると咲花は、おままごとセットで作った料理を持って、誰も座ってない椅子の前に置いて言った。


「ママも食べて!」

「咲花? ママはこっちだよ?」


沙里さんがそう言うと、咲花は椅子を見上げて不思議そうな表情をした。


「咲花、そこに誰かいる?」

「ママがいる!」

「‥‥‥結菜さんだ‥‥‥」

「咲花ちゃん! その人、何か言ってる?」

「ニコニコしてる!」

「輝久‥‥‥小さい子って、そういうの見えたりするって言うよね」

「結菜さん‥‥‥ずっと見守ってくれてたんですよ‥‥‥結菜さん! そこにいるんですよね! 大好きです!! 聞いてますか! 結菜さん!」

「今ね、ママがパパの手を握ってる! ‥‥‥パパ? なんで泣いてるの? 痛い痛い?」

「結菜! 私、もっと結菜といたかった。輝久と咲花は私が支えるから心配しないで! 絶対に二人を守から! 結菜が夢見た未来を、私が叶えてみせるから!! ‥‥‥咲花ちゃん、ママは? なんか言ってる?」

「今ね、お姉ちゃんに、ぎゅー! ってしてるよ!」

「結菜‥‥‥結菜‥‥‥」

「お姉ちゃんも痛い痛いなの?」


すると、咲花は前を見て相槌をし始めた。


「うん! うん! もう行っちゃうの? うん! バイバイ!」

「結菜さん!!」

「結菜!!」

「いなくなっちゃった」


僕は流れる涙を堪えることができないまま、咲花に聞いた。


「咲花、最後に何を話していたの?」

「パパとママの言うことを聞いてねって! 後はね、パパとママ! こっち来て!」


僕達は咲花の前にしゃがんだ。


「ぎゅー!! 二人が泣いてたら、ぎゅーってするんだよって!」


沙里さんも涙が止まらないまま聞いた。


「後は?」

「三人のことが大好きって! でも、ご飯食べないで帰っちゃった」  

「そっか、そっか‥‥‥結菜、ありがとう‥‥‥」


その後、僕達三人は食事を済ませ、咲花を寝かしつけた後、二人で僕の部屋に集まった。


「不思議なことがあるんですね」

「咲花ちゃん、あの時だけは、私のことお姉ちゃんって呼んで、結菜のことをママって呼んでた」

「結菜さん、ニコニコしてたってことは安心したのかな」

「きっとそうだよ」

「ちょっと、宮川さんに教えてあげよ」


僕はすぐ宮川さんに電話をかけた。


「輝久さん! お久しぶりです!」

「お久しぶりです。実は今日、不思議なことがあったんです」

「なんですか?」

「結菜さんが来てくれました!」

「そうですか。きっと三人のことが心配だったんでしょうね。沙里さんも一緒にいるんですか?」

「いますよ」

「良かったです」


次の瞬間、公園で聞いたチリンチリンという鈴の音が電話越しに聞こえてきた。


「宮川さん!今!」

「今、近くに結菜お嬢様がいたような気がしました‥‥‥」

「安心して、成仏する前の挨拶ですかね‥‥‥」

「そうかもしれませんね」


すると、電話越しに莉子先生や一緒に暮らしている人達の声が聞こえてきた。


「宮川さん! 今、鈴の音が聞こえました! すごい聞き覚えのある音です!」

「俺達もだ! あれは結菜お嬢様が携帯に付けてた鈴の音だった!」


そして、宮川さんが優しい声で言った。


「輝久さん、結菜お嬢様は皆んなを元気にするのが大好きですね」

「そうですね。結菜さんらしいです」


少し話してから電話を切ると、M組のグループチャットの通知が鳴った。


芽衣

『結菜が会いに来たかも!』

『私も!』

美波

『え!? 私と真菜のとこも!』

真菜

『あれは絶対に結菜ちゃんの鈴の音だった!』

一樹

『俺のとこも! 確かに聞こえました!』

柚木

『私のとこも来た!』

沙里

『結菜で間違いないよ』

輝久

『皆んなのとこにも来てたんですね』


みんなとチャットで話していると、沙里さんの携帯が鳴った。


「もしもし愛梨?」

「今、結菜先輩の鈴の音が!」

「結菜ね、皆んなのとこに挨拶しに行ってるみたい」

「沙里達のとこもですか?」

「うん、M組全員のとこも」

「結菜先輩‥‥‥やっぱり素敵な方ですね。ところで、沙里と輝久先輩の結婚はいつですか?」

「は!?」

「あれ‥‥‥なんでこんなこと聞いたんでしょう。ごめんなさい」

「い、いいけどさ、輝久には結菜がいるから」

「でも、なんだか結菜先輩が、二人が結ばれることを望んでいる気がするんです。不思議ですけど‥‥‥」

「そ、そっか」


電話を切り、沙里さんは僕の部屋を出ようとした。


「寝るんですか?」

「いや、お風呂」

「のぼせないでくださいね」

「覗かないでくださいね」

「なんで敬語なんですか」


沙里さんは僕を無視して、お風呂に行ってしまった。


「変なの」



***



沙里はお風呂で考えた。


(輝久と結婚‥‥‥そんなことしたら結菜に怒られちゃうよね‥‥‥)



***



「沙里さん! 沙里さん! 沙里さん!」

「きゃー!!!!」

「きゃーって、そんなキャラでした?」

「ひ、人の裸覗いといてなんなの!?」

「大変なんです! 咲花が!」

「え?」


沙里さんはタオルを巻いて、咲花の部屋に走った。


「咲花ちゃん!?」

「おかわり〜」

「え? 咲花ちゃん寝てるけど」

「なんだ寝言かー。いや、お腹すいたって言うから、急いで沙里さんを呼ばなきゃと思って」

「ほー、私の裸を見た理由がそれか‥‥‥覚悟はできてるよね」

「え、いや、昔裸で抱きついてきたじゃないですか」


僕がそう言うと、沙里さんは顔を真っ赤にしてお風呂に戻っていった。


本当に沙里さん、どうしたんだ?



***



沙里は愛梨の言葉で、輝久を改めて意識してしまい、キャラがブレだしていた。


「(んー、輝久ねー、輝久かー、結婚ねー、結婚かー‥‥‥まぁ、それは輝久次第だしね。今は忘れちゃおう!)はぁー、良い湯だ」

「沙里さん! 沙里さん! 沙里さん!」

「きゃー!!!! 次はなに!?」

「いや、二回目も叫ぶのかなって思って」

「なんなの? そんなに見たいの? 一緒に入る?」

「それはいいです!!」


輝久が逃げようとした時、さすがに怒った沙里は輝久の手を掴んだ。


「逃がさない。脱げ」

「いやいやいや!! やばいですって!!」

「こっち見なよ」

「見れませんよ!! なんでいきなり強気なんですか!」

「吹っ切れた」


その時、目を擦りながら、咲花が起きてきてしまった。


「パパ、ママ、うるちゃい」

「ご、ごめんね」

「なんでパパだけ服着てるの? お風呂では脱ぐんだよ?」


すると咲花は、輝久のズボンをガッツリ掴み、パンツごと脱がせてしまった。


「ちょっとー!?」

「咲花ちゃん、パパのブラブラしてるところ殴っていいよ」

「可哀想」

「大丈夫、パパ喜ぶから。ほら、そこのシャンプーのボトルで」

「わかった」

「沙里さん!? 離してください! 咲花! やめっ!!」

「えい!!」

「うっ‥‥‥」


倒れ込む輝久をよそに、沙里はお風呂を出て、咲花と部屋に戻って一緒に寝た。





翌朝僕は、せめてもの復讐として、沙里さんが毎日楽しみにしている、ブサ丸への餌やりを目の前でしてやった。


「なにしとんじゃー!!」

「うあっ!!」


見事に飛び蹴りされてしまった。


それからしばらく、家でボーッとしていると、突然家のチャイムが鳴った。

いや、チャイムが鳴るのはいつも突然か。


「はい」

「宅急便です」

「ありがとうございます」


どこからだろう、あっ、施設からだ。

咲花の忘れ物かな。


自分の部屋でダンボールを開けると、中には結菜さんが作った貝殻アートと手紙が入っていた。


『上の方に話したところ、是非渡してあげなさいということだったので送らせていただきました。大切にしてください』


嬉しすぎる‥‥‥。


僕は貝殻アートを持ってリビングに走った。


「二人とも見て! じゃーん!」

「それ! 結菜の!」

「わー!」

「施設の人がくれました! リビングに飾りましょう!」



***



嬉しそうにイキイキする輝久を見て、沙里は安心していた。

(思い出の品を見ても、辛いんじゃなくて嬉しそうにしてる‥‥‥本当によかった!)



***

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ