表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/132

ママに

沙里は芽衣にお礼を言い、輝久の元へ向かったが、家の前まで来て、沙里はなかなか家に入れずにいた。


「(どんな顔して会えばいいんだろう‥‥‥とりあえず最初に殴ったことを謝って‥‥‥普通に、普通に‥‥‥よし!)た、ただいま‥‥‥」


家の中は真っ暗で、かなり静かだった。


「輝久?」


輝久は家のどこにもいなく、リビングにはカップ麺のゴミとペットボトルが散乱していた。

それを見た沙里は、とりあえず掃除しながら輝久の帰りを待つことにした。



夜になっても輝久は帰ってこなく、沙里はご飯を炊いて、スーパーで買ったメンチカツを置いて芽衣の家に戻ってきた。


「戻って来ちゃった」

「どうして?」

「輝久いなかった」

「そっか、また明日行ってみな」

「うん、今日も泊まっていい?」

「いいよ!」


その頃、輝久は沙里と入れ違いで家に帰ってきて、リビングへやってきた。


(片付いてる‥‥‥沙里さん来てくれたのかな)


輝久は、沙里が炊いたご飯を見て、ため息をついた。


(何人前だろ。こんなに一人で食べれないよ‥‥‥)





次の日も、その次の日も沙里は輝久と会えなかった。

輝久は、輝久を心配した一樹に誘われ、一緒に畑仕事をしていたのだ。


「輝久君! 畑仕事って気持ちいいでしょ!」

「そうだね。緑に囲まれてると落ち着くよ」

「もう、沙里さんとは会わないの?」

「どうだろうね‥‥‥僕、最低なことしちゃったし」

「きっと、結菜さんも心配してるよ?」


輝久は何も言わなかった。


「ご、ごめん!」

「大丈夫‥‥‥」

「たまには気分転換に、一人でどっか行ってみたら?」

「そうだね‥‥‥」


輝久は畑仕事を終えて、昔、結菜と行ったカフェに向かっていた。


「(あの日、お爺さんが言っていたこと‥‥‥今の僕にはできていないな‥‥‥)あれ‥‥‥休み?」


店の前で独り言を言うと、隣の家で花に水をあげていたお姉さんが話しかけてきた。


「お客さんですか?」

「あ、はい」

「今開けますね」

「あの、店の人ですか?」

「はい、ここで働いていたお爺ちゃんの孫です。どうぞ入ってください」


店に入り、カウンターに座った。


「ご注文決まりましたら言ってください」

「あの、お爺さんは‥‥‥」

「去年ぐらいから体調崩し気味で、家で休んでもらってるんです」

「そうなんですか‥‥‥」


その時、誰かが入ってくる音が聞こえた。


「お爺ちゃん! 休んでないとダメでしょ!」

「いやー、久しぶりに店を開ける音が聞こえたからな。おっ、君はあの時の少年じゃないかい?」

「あ、はい、お久しぶりです(覚えててくれたんだ‥‥‥)

千秋ちあき、家に戻っていなさい」

「また倒れるよ?」

「この少年と話したら店を閉めるよ」

「わかったよ。約束だからね」


店の中でお爺さんと二人っきりになると、お爺さんは昔と変わらない優しい表情で話しかけてきた。


「なにか、悩みを抱えて来た様子ですな」

「分かりますか‥‥‥」

「いろんな人の表情を見て来たからの。あの日のお嬢ちゃんと喧嘩でもしたかい?」

「あの日の人とは、結婚して子供もいます」

「それはおめでたい!」

「ですか、結菜さんは亡くなりました‥‥‥」


お爺さんは僕に背中を向けて言った。


「コーヒーでいいかな?」

「は、はい‥‥‥」


お爺さんはコーヒーを作りながら、優しい声で言った。


「人生ってのは難しいのう。お前さんは今も、その結菜さんを愛せているかい?」

「愛してますよ。ずっと好きです。ですが、辛すぎて‥‥‥忘れようとしてます‥‥‥」

「あの日、君は結菜さんの何を見ていたんじゃ?」

「え?」

「あの日のあの子は、今の君と同じような状況にいたじゃろ。それを君が支えたんじゃ。きっと今の君のことも、支えてくれる人がどこかにおる。その人を大切にしなさい」

(沙里さん‥‥‥)

「ゴホッゴホゴホ」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃ、支えてくれる人を大切にして、結菜さんを大切に思い続けなさい」

「わかりました‥‥‥ありがとうございます。それじゃ僕は、これ飲んだら帰ります」

「代金は大丈夫じゃ」

「いえ、前もタダだったので今回は払います」

「前来た時にな、お嬢ちゃんがコップとコースターの間にお金を挟んで帰ったんじゃ、支払いはそれで足りるから大丈夫じゃ」

「そうですか‥‥‥わかりました。ありがとうございます」


輝久も、こっそりコップとコースターの間に千円を挟んで店を出た。


すると、沙里はまた行き違いでカフェ近くを歩いていた。


(今日も輝久いなかったなー。どこに行ってるんだろう‥‥‥ご飯は食べてくれたみたいだったけど。って、こんなとこにカフェなんてあったっけ、ココアでも飲もうかな)


沙里は少し休憩しようと、さっきまで輝久が居たカフェに入った。


「いらっしゃい」

「ココアってありますか?」

「ホットとアイス、どちらにしますか?」

「アイスでお願いします」


沙里がアイスココアを一口飲んで言った。


「お爺さん、お爺さんは悩みとかある?」

「そりゃあるさ。若い頃は大人になれば悩むこともなくなり、いろんなことが上手くいくと思っておったがな、この年になっても悩みだらけじゃ」

「そうなんだ」

「お嬢ちゃんも悩んでいるようじゃな」

「うん‥‥‥」

「他人だから話せることもあるじゃろ。話してみなさい」

「あのね、私には輝久と結菜って家族がいるんだけど、まぁ、本当の家族じゃないんだけどさ、家族だって言ってくれて、輝久と結菜は結婚して子供がいるの。でも、出産の時に結菜は死んじゃって‥‥‥それから輝久は凄い落ち込んじゃってね、子供を施設に預けて、私と輝久も関係が悪くなっちゃってさ‥‥‥仲直りしなきゃなって‥‥‥」

「そうか、あの方は輝久と言うのか」

「輝久を知ってるの?」

「二回だけ、この店に来たことがあってな」

「そうなんだ‥‥‥」

「君は輝久君と仲直りして、どうしたいんじゃ?」

「家族をやり直したい‥‥‥結菜が夢見た未来を叶えたい‥‥‥」

「君は優しいのじゃな」

「多分、私は輝久のことがずっと好きだったから、ほっとけないって気持ちも正直あると思う」

「理由はなんでもいい。誰かを救いたい気持ちを持つことは素敵なことじゃ」

「輝久と仲直りしたい‥‥‥結菜に会いたい‥‥‥」

「結菜さんは今も、きっと君達を心配そうに見ている。輝久君とも、いつ会えなくなるか分からない。生きてるうちに、お互いに逃げずに気持ちをぶつけあってみなさい」

「分かりました‥‥‥」

「そのココアは輝久君の奢りじゃ」

「どういうこと?」

「さっき、コーヒー一杯じゃ多すぎるお金を置いていったんじゃ」

「さっき!? さっき輝久が来てたんですか!?」

「来ていたぞ」

「ど、どっちに行きました!?」

「店を出て右じゃ」

「ありがとうございます! ココア美味しかったです!」


店を飛び出していった沙里を見て、お爺さんはカウンター裏に隠していたお婆さんの写真をみて微笑み、コップを洗いながら思った。


(輝久君、君を支えてくれる人が、こんなに近くにいるじゃないか)

「お爺ちゃん? 二人もお客さん相手にして、早く部屋に戻って!」

「すまんすまん。でも、今日は良い日じゃな」





沙里は街中を走り回って輝久を探した。


(公園かも‥‥‥)


沙里が公園に行くと、沙里の読みは当たり、輝久はベンチに座って泣いていた。

それを見た沙里は、自分の携帯から牛のストラップを外して輝久に近づき、ストラップを輝久に差し出した。


「これあげるよ」

「‥‥‥沙里さん‥‥‥」

「まったく、何泣いてんの? とにかくこれ」

「牛のストラップ‥‥‥」


輝久は今の状況で、結菜の『やったことは返ってきます』という言葉を思い出していた。


沙里は牛のストラップを輝久に渡して、輝久の隣に座った。


「‥‥‥殴ってごめん」

「僕も‥‥‥本当に‥‥‥本当に‥‥‥」

「咲花ちゃん、パパに会いたいってさ」

「咲花に会ったんですか?」

「うん、また一緒に暮らす気はないの?」

「もう、どうしたらいいか分からないんです」

「私はまた暮らしたい‥‥‥四人で‥‥‥」

「結菜さんがいないのに、沙里さんは僕と咲花と一緒に暮らしたいんですか? 沙里さんにも人生があるじゃないですか‥‥‥」

「それも、私はちゃんと考えて答えを出してる」

「聞かせてください‥‥‥」

「私は‥‥‥」


沙里は立ち上がり、涙を流しながら輝久を見て言った。


「私は、輝久に私の人生をあげる!! 死ぬまでずっと、あの家で暮らす!! 結菜が好きだから! 咲花ちゃんが好きだから! 輝久が好きだから! 大切だから!! だから‥‥‥また四人で‥‥‥」


輝久は泣きながら俯いて言った。


「僕も‥‥‥やり直したいです‥‥‥家族をやり直したい‥‥‥」


その瞬間、一瞬だけチリンチリンと、沙里の後ろから鈴の音が聞こたような気がして、輝久と沙里は音がした方を見た。


「輝久‥‥‥今」

「結菜さんがそこにいたような気がしました」


沙里は優しい表情で輝久に手を差し伸べた。


「帰ろっか」

「はい」


二人はそのまま手を繋いで同じ家を目指した。


「手なんか繋いで、結菜に怒られちゃうね」

「手を差し伸べたのは沙里さんからなので、お仕置き部屋送りは沙里さんだけですね」

「結菜に会えるなら、お仕置きでもなんでもいいけどね」

「僕もです」


二人は家に帰り、咲花の話を始めた。


「咲花、元気でしたか?」

「元気だよ。咲花ちゃん、私のことママって呼ぶんだよ。何回もお姉ちゃんだよっていってるんだけどね。それに、紙飛行機が地面に落ちると可哀想って言うんだよ? なんか、結菜みたいだよね」

「‥‥‥ママになってあげてくれませんか」

「え!?」

「お願いします」

「でも、結菜と結婚してるじゃん」

「僕は結菜さんが好きです。今も愛してます。でも、咲花にお母さんがいないのは可哀想です‥‥‥」


しばらくの沈黙の後、沙里は口を開いた。


「‥‥‥いいよ、輝久が死んだ時、結菜になにされても知らないからね」

「はい」


輝久は、結菜が買った分の結婚指輪を引き出しから出し、沙里に一つ渡した。


「これは?」

「結菜さんと僕がしてる結婚指輪とは別に、まったく同じものを結菜さんも買っていたんです。僕は結菜さんとの指輪を外したくありません。だから、沙里さんはこの指輪をつけてください、家族の証です」


沙里が指に指輪を通すと、少し嬉しそうに言った。


「ちょっとだけ緩いや」

「もしあれなら、チェーンとか買って、ネックレスにしましょう。もう一つの指輪は、ストラップにして咲花にプレゼントします」

「家族四人が同じ指輪を持ってるのって、なんか素敵だね」

「はい」

「咲花ちゃんを連れて帰るには、輝久が迎えに行かなきゃいけないんだってさ」

「さっそく明日行きます」

「よかった‥‥‥」

「沙里さん」

「なに?」

「ハンバーグカレー‥‥‥作ってくれませんか?」


沙里は立ち上がり、嬉しそうに笑顔で言った。


「大盛りにするから、ちゃんと全部食べてね!」

「はい!」





沙里が作ったハンバーグカレーを食べていると、輝久は何故か涙を流し始めた。


「どうしたの? 不味かった?」

「結菜さんと同じ味です‥‥‥」

「だって、結菜に作り方教えてもらったんだもん」

「そうだったんですか‥‥‥嬉しいです」

「それと輝久、これ」

「腕時計‥‥‥」

「次売ったら、本気でぶっ飛ばすからね」

「シリアルナンバーも同じです」

「当たり前でしょ?」

「ありがとうございます‥‥‥」

「いいから早く食べちゃって! 冷めたら美味しくないよ!」

「はい!(今後、沙里さんと本当に結婚するかは分からないけど、今日、本当の家族になれたような気がした)」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ