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私も......

今日もバイトが終わって、家でゆっくりしていると、スーツ姿の芽衣さんが訪ねてきた。


「どうしたんですか?」

「久しぶり輝久! 結菜いる?」

「今呼んできますね!」


結菜さんを連れて玄関まで行くと、ついでに沙里さんも着いてきた。


「結菜と沙里も久しぶり!」

「お久しぶりです!」

「久しぶり!」

「結菜、妊娠おめでとう!」

「ありがとうございます!」

「これ、M組メンバー全員から! あとこれが愛梨から! こっちが莉子先生と宮川さんから!」


差し出されたのは、九個の安産祈願のお守りだった。


「こんなにですか!?」

「本当は皆んなで一つを買おうって話だったんだけど、どうしても皆んなが買いたがったからさ!」

「実は僕も買ったんですよね‥‥‥」

「輝久君もですか!? んじゃ、安産の願いが十倍ですね!」

「これ、私も買った」

「沙里さんもですか!?」


芽衣さんは笑いながら言った。


「それじゃ十一倍だね! 結菜は愛されてるなー」

「こんな幸せな毎日を送れて、私は幸せです!」

「よかったね、いつ生まれる予定?」

「あと八カ月後ぐらいの予定です」

「それじゃ、私達が二十二歳の年で産むことになるのかな? 若いお母さんお父さんになるね! 沙里も、生まれてくる子のお姉ちゃんとして頑張りなね!」

「頑張る!」

「それじゃ、お腹冷やすと悪いから中に入りな! 生まれたら電話してね!」

「はい!」


芽衣さんはバイクで帰って行き、結菜さんは十一個のお守りを見て、とても嬉しそうにしている。


その日の夜、結菜さんと同じベッドに入り、ベッドの中で結菜さんと手を繋いだ。


「輝久君、子供が生まれるまでは我慢してくださいね」

「全然大丈夫だよ。それよりさ、子供が生まれて落ち着いたら、結婚式をしよう」

「結婚式のことを言ってくれるの、ずっと待ってました。嬉しいです」

「結菜さんのウェディングドレス姿、絶対に綺麗だよ」

「そんなこと言われたら、今から恥ずかしくなってしまいます」

「結菜さんって恥ずかしくなると、すぐに体温が上がるから分かりやすいね」

「上がりません‥‥‥」

「ほら、ほっぺも熱くなってる」


結菜さんは、恥ずかしくて喋らなくなってしまった。

無言で見つめてくる結菜さんも可愛い‥‥‥。





結婚式の約束をしてから月日は流れ、年も開け一月になり、結菜さんのお腹も大きくなって、出産予定日まで約一カ月だ。

結菜さんは、二人で買いに行った子供服やオモチャを眺めながら、日々ワクワクして暮らしている。


「輝久君、子供の性別ですけど、女の子らしいですよ」

「女の子か! 結菜さんに似て、可愛さと美人な雰囲気のある子になるね!」

「輝久君に似たら、優しくて、人の心に寄り添える子になりますね」


そんな会話を聞いていた沙里さんが、クッキーを食べながら言った。


「結菜に似たら、独占欲の塊になって、子供に輝久取られちゃうね」

「それは‥‥‥その時になったら考えます」

「名前とか決めたの?」

「まだですよ」

咲花さいかって名前がいい! 林咲花!」

「どんな字を書くんですか?」

「咲く花って書いて咲花! 花のように綺麗な心の持ち主で、花が咲く様に素敵な人生になるようにって意味で!」

「素敵です!」

「輝久にしてはいい名前じゃん!」


結菜さんは、自分のお腹を撫でながら言った。


「咲花、元気に生まれてね」

「僕にも撫でさせて!」

「私も私も!」


僕と沙里さんは、一緒に結菜さんのお腹を撫で始めた。


「咲花? 聞こえてるか? お前の名前は咲花だぞー」

「咲花ちゃーん、お腹蹴ってごらーん、わ! 蹴った! 本当に蹴った!」

「ちゃんと聞こえてるみたいですね」


幸せな時間を過ごしている時、僕は時計を見て我に返った。


「バ‥‥‥バイト遅れる!」



***



輝久が大慌てで家を出て行ったと思ったら、すぐにリビングに戻ってきて笑顔で言った。


「結菜さん! 愛してるよ!」


結菜が返事をする前に、輝久はまた家を飛び出した。


「朝から惚気ちゃって」

「輝久君はずるいです。私も言いたかったです」

「毎日言えるでしょ」

「気持ちは言葉にしなきゃダメなんです! 輝久君も言われた方が絶対に嬉しいですし、当たり前の日常の中で、一瞬でも幸せな気持ちにさせてあげたいです」

「本当に輝久のこと大好きだね」

「当然です! 輝久君が喜ぶことなら、なんでもしてあげたいんです」

「咲花ちゃんが生まれたら、輝久ばっかりにかまってられないよ?」

「輝久君と咲花の抱っこの取り合いとか、服はこっちの方がいいとか、咲花の誕生日プレゼントはこっちがいいとか、そんなことの言い合いが、きっと幸せです。前に二人で、咲花の服を買いに行った時、まだ男の子か女の子か分からなくて、買う服で揉めたんです。揉めたというか‥‥‥輝久君が子供の為に必死になってるのが嬉しくて、わざと反対意見を言ったんですけどね」

「同じようなこと、前に輝久も言ってたよ。結菜が子供に着せたい服を意地でも譲らないのが可愛くて、わざと反対意見を貫き通したって」


結菜はその日のことを思い出して、幸せそうに微笑んだ。


「本当に二人はお似合いだね。あと一つ教えてあげようか」

「なんですか?」

「この前、輝久の帰りが遅い日が何日か続いて、結菜の機嫌が悪くなった日があったでしょ?」

「ありましたね‥‥‥」

「あれ、結菜に内緒で『立派なお父さんになる』とか言って、バイト終わってすぐ、お父さん教室に行ってたんだよ」

「それは、謝らないといけませんね‥‥‥」

「謝罪なんて望んでないよ。ごめんより、ありがとう、愛してるよの二コンボで、輝久はスーパー幸せだよ」

「そうですね! 今日、輝久君が帰ってきたら伝えます! 今日の夜ご飯は、輝久君の大好物、ハンバーグカレーにします!」

「それ、私も大好き!」

「それじゃ、今日の夜は二人で作りましょうか!」

「うん! あっ、そういえばタイムカプセルって、今年のいつ掘るんだっけ」

「私の誕生日に掘り返すって話だったと思いますよ?」

「あー、そうだったね」





輝久が家を出てから一時間後の、午前七時になり、沙里が金魚に餌をあげようとした時だった。


「沙里さん‥‥‥」


結菜の苦しそうな声を聞いて、沙里は後ろを振り向いた。


「結菜!? どうしたの? お腹痛い?」

「生まれます‥‥‥」

「来月じゃなかったの!?」

「予定が早まったみたいです‥‥‥」

「今タクシー呼ぶから!」


沙里はタクシーを呼び、結菜が体を冷やさないように、輝久の大きなジャンバーを背中にかけ、玄関に待機させた。





タクシーが着き、沙里は慌てて言った。


「運転手さん結菜を支えて! 子供が生まれるの!」

「は、はい! 大丈夫かい? ゆっくりだよ、ゆっくり」


二人はタクシーに乗り込み、病院に向かった。

そして病院に向かう最中、沙里は結菜の手を握りながら病院に電話をかけた。


「林結菜の‥‥‥家族です! 子供が生まれそうで、今向かってます!」

「破水とかしてますか?」

「破水? 結菜、破水は?」

「少ないですけど、多分してます」

「してるみたいです!」

「分かりました。入り口で待っていますので、車は入り口に止めてしまってください」

「分かりました!」


病院との電話を切ってすぐ、輝久に電話をかけた。


「輝久大変!」

「どうしたんですか!?」

「子供が生まれそうなの! 今病院に向かってるから早く来て!」

「わ、分かりました!」


輝久は電話を切ってすぐ、店長に無理を言い、あと一時間で上がらせてもらえることになった。





結菜は病院に着くと、すぐに陣痛室で着替え、分娩台に運ばれていった。

部屋の扉が閉まる前に、沙里は怒られるのを承知で大声を出した。


「結菜! 頑張れ! 生まれたら、結菜に伝えたいことがある! 頑張れー!」


病院で大きな声を出した沙里を怒る人は誰もいなかった。

そして沙里は、気持ちを落ち着かせるために分娩台がある部屋の前にあるソファーに座り、輝久が来るのを待った。


***


約一時間半後、僕は病院に駆けつけた。


「輝久!」

「沙里さん! 結菜さんは?」

「今、この部屋で頑張ってる」

「いきなりだったのでビックリしました。あとこれ、家から持ってきました」


僕は一度家に寄り、みんながくれた安産祈願のお守りを持ってきた。


「看護師さんに言って、結菜の近くに置いてもらおうよ!」

「そうですね!」


看護師さんにお願いすると、看護師さんは結菜さんの近くにお守りを置いてくれた。


「無事に生まれるといいな‥‥‥」

「輝久が弱気になってどうするの! 大丈夫、安産祈願十一倍だから!」

「ですね!」





午後四時になると、宮川さんが駆けつけた。


「二人とも! 結菜お嬢様の様子は?」

「もう少しで生まれそうって、さっき、看護師さんに言われました」

「そうですか!」



***



結菜は必死に頑張っていた。


「結菜さん、もう少しですよ」

「うぅーっ‥‥‥」


宮川と輝久が話していると、分娩室から一人の看護師さんが飛び出してきて、すぐに五人ぐらいの看護師さんが、赤い液体の入った点滴を持って、分娩室に入っていった。


「沙里さん、宮川さん! 結菜さんは大丈夫何ですか!?」


沙里は内心不安ながらも、輝久を落ち着かせるために言った。


「大丈夫大丈夫! 結菜だよ? 最強だもん!」

「そうですよ輝久さん、大丈夫です!」


三人は不安の中で待ち続けた。

そして遂に、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。


「おぎゃー! ぎゃー! ぎゃー! おぎゃー!」


輝久と沙里は顔を見合わせて、笑顔でハイタッチをした。


「イェーイ!!」


その頃、分娩室では‥‥‥。


「結菜さん、生まれましたよ。しっかりしてください!」

「結菜さん、お子さんですよ。お母さんになったんですよ! 結菜さーん」

「もっと血液を持ってきて! 大至急先生も呼んで!」

「はい!」


分娩室から看護師さんが二人出てきて、一人は走ってどこかへ行ってしまい、もう一人の看護師さんが輝久に言った。


「お子様は生まれました。元気な女の子です。ですが今、奥様は必死に戦っています。もうしばらくここでお待ちください」

「結菜さんは! なにかあったんですか!?」

「出血多量で意識が朦朧としています」


それを聞いて、輝久は急に走り出した。


「輝久!?」


病院に残されて不安そうな沙里に、宮川は自販機でホットココアを買って渡した。


「きっと大丈夫です。結菜お嬢様は、とても強いお方ですから。それに、大好きな輝久さんを置いて死ぬような人じゃありません」

「うん‥‥‥」


その頃輝久は、近くの神社に来ていた。

お賽銭を入れ、結菜が助かるようにお願いし、安産祈願のお守りを九個買い、急いで病院に向かって走り出した。

そして自分を落ち着かせるために独り言を口にした。


「大丈夫、結菜さんなら大丈夫。絶対に大丈夫‥‥‥」


病院では、先生を含め、懸命に結菜を救おうとしていた。


「結菜さん、しっかりしてください! そのまま目を閉じないで、しっかりしてください!」


看護師が、沙里と宮川を分娩室に入れた。


「声かけてあげてください」

「結菜お嬢様!」

「結菜! しっかりしてよ! 子供生まれたよ? もうお母さんなんだよ? 輝久が悲しむよ? 結菜が大好きな輝久を悲しませるの? お願いだからしっかりして!」

「輝久君‥‥‥」

「結菜、無理に喋らなくていいから! 生きることだけ考えて! 今輝久を呼ぶから!」

「あり‥‥‥がとう、私も‥‥‥愛しています‥‥‥」

「今輝久はいないの! ちゃんと直接伝えなきゃ! 結菜!!!!」


喋らなくなり、目を閉じた結菜を見て、沙里と宮川に緊張が走った。


「‥‥‥一月十八日十七時二十二分。ご臨終です」


先生のその言葉を聞いた沙里は涙を流して暴れた。


「‥‥‥嘘だ、嘘だー!!」

「沙里さん! 落ち着いてください!!」

「嘘だ!! 結菜が死ぬはずない!! 心臓マッサージは!? 早くしてよ!!」


宮川も涙を流して言った。


「結菜お嬢様は頑張りました‥‥‥眠らせてあげましょう‥‥‥」

「嫌だー!!!! 離せ!! 結菜は死んでない!! 絶対死んでない!!」

「沙里さん‥‥‥」


沙里は宮川の苦しく辛そうな顔を見て、その場に脱力して涙を流し続けた。

それから二人はソファーに戻り、輝久の帰りを待っていると、輝久が息を切らせて走って戻ってきた。

そして輝久は、その場の雰囲気で、一瞬で全てを悟ってしまったが、受け入れられずにいた。


「ゆ、結菜さんは? 元気になりました?」

「輝久‥‥‥」

「ほら、見てください! お守り九個追加です! これで効果二十倍です!」

「輝久」

「早く結菜さんと会いたいなー! 結菜さんが子供を抱っこしてるところを写真に撮って、そのあと僕が」

「輝久!!」

「‥‥‥」

「結菜‥‥‥死んじゃったよ‥‥‥」


輝久は持っていたお守りをその場に落としてしまい、呆然とする中、一人の看護師さんが分娩室に輝久を入れた。


「結菜さん‥‥‥」

「お子さんを抱っこしてあげてください」


輝久は咲花を抱き抱え、結菜の側に座った。


「結菜さん‥‥‥咲花だよ。生まれたんだよ? 結菜さん? ‥‥‥返事してよ‥‥‥結菜さん!!」

「おぎゃー! ぎゃー! おぎゃー!」

「咲花‥‥‥」


輝久は結菜の手を取り、咲花の頬に結菜の手を当てた。


「分かる? 僕達の子供だよ‥‥‥大きくなったら、沙里さんも含めた四人で、沢山旅行行こうねって‥‥‥庭でバーベキューしたいとか言ってたじゃん‥‥‥結婚式するって‥‥‥結菜さんがいないと、僕‥‥‥」


沙里は輝久を見ていられなくなり、一人で外に出て、泣きながら愛梨に電話をかけた。


「沙里? どうしたんですか? 泣いてたら分からないですよ」

「結菜が‥‥‥死んじゃったの‥‥‥私の家族が‥‥‥死んじゃったの」


愛梨からの返事はなかった。


「私ね、結菜の子供が無事に生まれたら、結菜に対する気持ちとか、感謝とか伝えようと思ったの‥‥‥もう、伝えられなくなっちゃった‥‥‥」

「なぜ‥‥‥」

「赤ちゃんが生まれて、結菜は‥‥‥頑張ったんだけど‥‥‥」

「そう‥‥‥ですか‥‥‥」

「ごめんね、また連絡する‥‥‥詳しいことはお葬式で‥‥‥」

「はい‥‥‥」


電話を切り、沙里は怒りや悲しみが混じった叫び声を上げた。


「あー!!!!」


その苦しそうな声は、病院の中の輝久達にも聞こえていた。


***

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