初彼女がヤンデレかもしれない
「輝久、ちょっと面貸せよ」
誰も居ない放課後の教室で勉強をしていると、いつも僕をいじめてくる拓海くんと、ニヤニヤしている拓海くんの仲間達四人に呼び出された。
憂鬱な気持ちで拓海くん達に着いて行き、大人しく体育館倉庫に入ると、僕の唯一の友達、一樹君がボコボコにされて、目も腫れ、痛々しい姿になっていた。
ボコボコにされた友達を目の前に怯える僕を、拓海くんはニヤニヤしながら見つめる。
「フリでいいからよ、一樹のこと殴るポーズとれよ」
「こ、こうですか?」
僕はボコボコにされたくなくて、素直にポーズをとってしまった。
すると、倉庫内にカメラのシャッター音が響いた。
拓海くんは、僕の姿を携帯のカメラで撮ったのだ。
「け、消してよ! それじゃ僕がやったみたいじゃないか!」
「お前がやったんだよ。いい写真撮れたし、今日は帰っていいぞ」
僕は一樹くんを見捨てて、逃げるように慌てて体育館倉庫を飛び出した。
そんな僕を見た拓海くん達の笑い声が聞こえてくる‥‥‥僕は本当に惨めな奴だ。
※
翌朝学校にやってくると、校門前に担任の先生が立っていて、僕と目が合った瞬間に眉間にシワを寄せて駆け寄ってきた。
「やっと来たか輝久! ちょっとこっちに来い!」
「な、なんですか!」
「いいから来い!」
なにがなんだか分からないまま生徒指導室に連れてこられると、先生は一枚の写真を叩きつけるようにテーブルの上に出した。
叩きつける音に僕はビックリしてしまい、体がビクッと反応してまった。
すると先生は、廊下にも聞こえるんじゃないかというぐらいの怒鳴り声を上げた。
「輝久! これはどういうことだ!」
その写真は、昨日体育館倉庫で拓海くんに撮られた写真だった。
「は、はめられたんです!」
「こうやって証拠が出ているんだ!! お前は退学だ!!」
「そ‥‥‥そんな‥‥‥」
はい、僕の高校生活終了〜!
彼女も出来ずに終了〜!
高校生にもなれば、可愛い子が沢山いて、きっと僕にも彼女ができると思ってたんだけどな。
そんなことを考えながら、なにも言い返せずに絶望していると、生徒指導室に校長先生が入ってきた。
「まぁまぁ、落ち着きなさい。この学校の敷地内に、問題を起こした生徒だけが通う教室があるのは知っているだろ?」
「えっと、M組ですよね‥‥‥?」
「そうだ」
問題児をアルファベットにした時の頭文字を取って、M組と言われている教室だ。
敷地内と言っても本校舎とは離れていて、なんだか暗いイメージのある場所だ。
「あの教室には、今のところ女子生徒しかいないが、輝久くん、退学とどっちがいいか選んでいいぞ」
退学なんてことになったら、親にも悲しい思いをさせる。
ここまで一人で育ててくれた母親が泣く姿は見たくないな‥‥‥そうであれば僕の答えは一択だ。
「M組に通わせてください!」
「よかろう。それでは、今から私と一緒に行くとするか」
「は、はい!」
貧乏揺すりをする担任の先生が怖すぎて、目を合わせずに生徒指導室を出た。
※
「莉子先生、新しい生徒です」
校長先生に付いていってM組の前に着くと、校長先生は教室のドアをノックして、M組の担任の先生を廊下に呼んだ。
「あら、わざわざ校長先生が来てくださるなんて」
「いろいろあってな。それじゃ今日から輝久くんを頼みますぞ」
「了解です! 輝久くん、君は何をしでかしたのかな?」
「僕はなにも‥‥‥」
この学校にこんな綺麗な先生いたかな。
それにすごく優しそうだ。
年齢も二十代後半ぐらいだろうか。いや、前半かな?とにかく綺麗だ。
「ほら、教室に入って自己紹介しよう!」
言われるがまま教室に入ると、聞かされていた通り女子生徒五人しか居ない。
みんな可愛らしい子ばかりだけど、席は自由なのか、みんなバラバラに座っていて、尚更生徒の少なさを感じる。
「は、はじめまして! 輝久っていいます!」
自己紹介をすると、見るからに元気っ子な雰囲気が滲み出ている女の子が立ち上がった。
「輝久くんは彼女とかいないんですか?」
「い、いません!」
次に、まさにお嬢様のように整った顔立ちで、ツヤのある黒髪ロングの子が手を挙げた。
「それじゃ、私も質問です。好きな子はいるのかしら」
「す、好きな人もいません!」
なんでこんな質問をしてくるのか考えていると、莉子先生が教科書をパンパンと叩いて言った。
「はいはいみんな! そういう質問は休み時間にしてねー。輝久君は結菜さんの隣でいいかな?」
「私は構いません」
「ぼ、僕も大丈夫です」
それはお嬢様のような雰囲気の、黒髪ロングの子だった。
五人の中で、ダントツの美人。ラッキーだ!
僕が結菜さんの隣に座ると、結菜さんは淑やかな表情で僕を見つめた。
「今日からよろしくお願いしますね」
「よ、よろしくお願います」
こんなにお淑やかで綺麗な人、なんの問題を起こしてM組にいるのだろう。
そう思った次の瞬間、僕の目の前をカッターナイフが飛んでいき、結菜さんのすぐ右の壁に刺さった。
「ひぃ〜!!」
僕は一気に青ざめ、情けない声を出してしまった。
カッターが飛んできた方を見ると、さっきの元気っ子が、可愛いらしい笑顔で僕と結菜さんの方を見ている。
「ごめん結菜! 手が滑った!」
「これ、手が滑ったレベルじゃないでしょ!? 殺す気ですか!? いや、殺す気なかったとは言わせない!」
思わず立ち上がり、カッターナイフを指差して、大きな声を出すと、カッターナイフを指した僕の指を、結菜さんは優しく握った。
「いいのよ輝久くん。貴方が怪我をしなくてよかったわ」
「あ、ありがとうございます」
女性に手を握られたのが初めてだった僕は、心臓がバクバクして、今にも口から心臓が飛び出そうだった。むしろ先っちょ出た気がする。
結菜さんは、壁に刺さったカッターナイフを抜いて自分のポケットにしまってしまった。
こんな状況なのに、莉子先生は何も言ってこない。
何が起きたのか気づいてないだけだろうか。
そんなわけあるか!!
※
時間が経ち授業も終わり、休み時間になると、あの元気っ子が僕の机の前に来て話しかけてきた。
「私の名前は柚木! よろしくね!」
「よ、よろしくお願いします!」
次に声をかけてきたのは、金髪ショートカットの女の子だ。
女子生徒にも人気がありそうなイケメン系女子と言ったところだろうか。
「私の名前は芽衣! よろしくね!」
「よろしくです。そ、その髪、学校的に大丈夫なんですか?」
「分かんない! 先生も何も言わないし、いいんじゃないかな? それに柚木だって染めてるし」
「そ、そうなんだ」
確かに柚木さんも茶髪だな。
柚木さんの髪を見ていると、何故か柚木さんは顔をゆっくり近づけてきた。
「私には質問してくれないの?」
「っ!?」
柚木さんと僕の顔の間をカッターナイフが飛んでいった。
明らかに結菜さんの方から飛んできたが、結菜さんを見ると静かに小説を読んでいる。
この教室、やっぱりヤバい。
みんなの見た目が可愛くても、問題を起こしてここに居る人ばかりなのは確かなんだ。
ヤバくないわけがなかったんだ。
「私達を忘れてないですか?」
一人で震えていると、髪型が違うだけで、顔がそっくりな女の子二人が話しかけてきた。
ツインテールの女の子と、ボブの子だ。
ボブの子は胸が大きく、ツインテールの方は‥‥‥うん。
「今、私の体見ました?」
「み、見てないです!」
「そっか。私の名前は真菜。そしてこっちのツインテールの可愛い可愛い女の子が、美波お姉ちゃんです」
紹介された美波さんがドヤ顔で仁王立ちをした。
「私達は双子なのだ!」
「二人ともよろしくお願いします」
『よろしくね!』
顔が似てるのは双子だからだったんだ。
それにさすが双子、息ピッタリだ。
※
みんなと話しているうちに休み時間が終わってしまった。
次の授業が始まるチャイムが鳴ったとたん、僕はいきなり尿意に襲われ、なんとか我慢しようとしたが、どんどん我慢の限界が迫り、体に嫌な汗をかいていた。
すると、隣の席の結菜さんが手を挙げた。
「先生、輝久くんが体調悪そうです。保健室に連れて行ってもいいでしょうか」
「いいですよ」
よかった!これでトイレに行ける!
「先生! 私も連れて行きます!」
柚木さんは立ち上がり、元気にそう言ったが、莉子先生は首を傾げる。
「連れて行く人は二人もいらないでしょ?」
柚木さんは、しょんぼりした顔で席に座ってしまい、結菜さんは優しく僕の手を引いた。
「行くわよ」
「は、はい!」
廊下に出た僕は、恥ずかしながら事情を説明した。
「ありがとうございます。体調悪いんじゃなくて、トイレを我慢してて」
「あら、そうなの」
「はい、ぼ、僕、トイレ行きますね」
そしてトイレに入ろうとした瞬間、結菜さんは僕の手を離すどころか、強く握り締めて顔を近づけてきた。
「一目惚れだったわ。それに隣の席だなんて‥‥‥絶対に運命よね」
「ゆ、結菜さん!? ぼ、僕、トイレに!」
「ねぇ、運命に違いないわよね。ねぇ、ねぇ!!」
「も、漏れちゃいます!!」
僕は結菜さんの手を無理矢理振り払って、トイレに入った。
ギリギリセーフで間に合い、用を足している時、ゆっくりとトイレの扉が開いた。
誰かと思えば、結菜さんが堂々と入ってきたのだ。
「ここ男子トイレですよ!?」
「大丈夫よ。M組に男の子は輝久くんしかいないもの、誰も入ってこないわ」
「そ、そういう問題じゃなくて!」
「輝久くん‥‥‥ ♡」
用を足している最中の僕に、いきなり結菜さんが横から抱きつき、恥ずかしくて体を動かすと、バランスを崩してしまった。
「ちょっとー!?」
そして僕は倒れてしまい、案の定、僕と結菜さんは体操着に着替える羽目になってしまった。
※
体操着を着て二人で教室に戻ると、莉子先生が不思議そうに僕達を見つめた。
「あら? もう帰ってきたの? それになんで二人共体操着?」
「激しい運動をして、濡れてしまいました」
僕は変な誤解を招かないように必死になった。
「そんなことしてないですよね!? それに変な言い回ししないでください!」
すると、結菜さんは僕にしか聞こえないぐらいの小さな声で言った。
「輝久くんの‥‥‥すごい暖かくて......」
「それ、おしっ」
僕は言ってはいけないことを言いかけて、誤魔化すために、莉子先生に敬礼した。
「いえ、なんでもありません先生! 保健室に向かう途中、二人で転んでしまい、制服が汚れたので着替えました」
「そうなんだ。体調はもういいの?」
「はい! 問題ありません!」
そんなことより、さっきから柚木さんが結菜さんを睨んでるのが気になる。
なんとかトイレ事件はバレずに授業に戻り、授業の途中、僕は小さな声で結菜さんに聞いてみることにした。
「柚木さんと仲悪いんですか?」
結菜さんは、教科書を見たまま静かに答えた。
「普通です」
「さっき結菜さんのこと、すごい睨んでた気がするんですけど」
そのあと、結菜さんは何も答えなかった。
だが、授業が終わると、結菜さんは教科書を机にしまいながら声をかけてきた。
「ちょっと来てくれるかしら」
「え? はい」
結菜さんと教室を出ようとした時、柚木さんが大きな声を出した。
「あー! また輝久くんを独り占めしようとしてる!」
すると結菜さんは、柚木さんの方を見ることもせずに言った。
「保健室に忘れ物したのよ」
そして教室を出て廊下を歩いてる時、結菜さんは急に僕の手を引っ張り、男子トイレに入った。
「なんですか!?」
結菜さんは僕を壁に追いやって、顔を近づけた。
「ねぇ、どうして?」
「な、なにがですか?」
「どうして柚木さんを見ていたの?」
「あ、いや、たまたま視界に入っただけで‥‥‥」
「ねぇ、柚木さんって邪魔よね。私達の運命を邪魔しようとするんだもの」
「さっきも思ったんですけど、運命ってなんのことですか‥‥‥隣の席なだけじゃないですか。そ、それと、顔近いです」
結菜さんは顔を離すことはしなかった。
「輝久くん‥‥‥柚木さんのせいで、運命だと思えなくなってるのね。でも大丈夫よ! 私が柚木さんを消してあげるから!!」
「ゆ、結菜さん! なんかおかしいです! ぼ、僕、教室に戻ります!」
この場から逃げようとした瞬間、結菜さんは僕に抱きつき、いきなりなんの躊躇もせずに僕のファーストキスを奪った。
「ん〜!?!?!?!?」
「これでもう私達は恋人よね? ねぇ、私のこと好きよね?」
「すっ、好きです!」
僕は動揺したまま答えてしまった。
これが僕のファーストキス。そして初彼女だった。
でも、こんな美人な人にキスされて、恋人になるなんて、そんな嫌な気はしなかった。
でも思ったんだ、この人、絶対ヤンデレだー!!
「恋人になったことですし、連絡先を交換しましょう」
「あ、はい」
それから何食わぬ顔で教室に戻り、あっという間に全ての授業が終わり、下校の時間になった。
そそくさと教室から出ると、やっぱり結菜さんが話しかけてきた。
「本当なら一緒に帰りたかったんですけど、今日は予定があるので、明日一緒に帰りませんか?」
「あ、うん、分かりました。それじゃさよなら」
結菜さんは彼女であると同時に、なんだか怖い人だ。
何も否定せずにいた方がいいと、僕の本能が教えてくれている。
「さよなら」
結菜さんはニコッと笑って教室に戻っていった。
控えめだったけど、笑った顔も可愛かったな。
それにしても、前にネットで読んだことがある。
メンヘラとヤンデレとは付き合うなって。
ヤンデレなら付き合いたい人もいるみたいだけど、結菜さんみたいに綺麗な人がヤンデレか‥‥‥すごい積極的だったし。
でも、僕の勘違いかもしれないし、あまり気にしないようにしよう。
いや、やっぱり気になる。怖いし。
***
輝久が下校した後、結菜は教室に残る柚木に話しかけた。
「柚木さん、貴方、輝久くんのこと好きでしょ」
「うん! 一目惚れってやつ! しかも、このM組に来るなんて、私と輝久は運命だったりして! ちょくちょく目も合うし!」
「私、輝久くんとお付き合いを始めたの」
結菜のその言葉に、柚木の顔から一瞬で笑顔が消えた。
「は?」
それとは真逆に、結菜はニコッと笑う。
「冗談よ、柚木さんにちょっと意地悪しただけです」
「そ、そうだよね」
「輝久くん、貴方のことが好きって言っていたわ。輝久くんも一目惚れだったそうよ」
結菜は柚木に嘘をついた。
だが、それを聞いた柚木は笑顔になり、露骨にテンションが上がった。
「本当に!? やっぱり運命かも!!」
「だからね柚木さん、輝久くんが言っていたこと、いろいろ教えてあげるから一緒に帰りませんか?」
「うん! 一緒に帰ろ!」
結菜と柚木は一緒に学校を出た。
「で? 輝久くんはなんだって?」
「それはね‥‥‥」
結菜は、いきなり柚木を道路に突き飛ばした。
「私のことが好きだってさ!!!!」
車と柚木がぶつかる音が街に響き渡った。
***
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