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短剣ピエロも主人公を目指したい  作者: オウル・ゴジラ
チュートリアル
14/16

幕間~王国騎士団副団長~(sideセラ)

本当は毎日投稿したいのですが、神様に嫌われているため計画通りの行動ができない作者です。


今週は探索していたミャンマーの森の奥で謎の未確認飛行物体が不時着しているのを発見して現地人のウー・チーさんが半裸で腹踊りをしながらそれを讃える祭りをはじめるなどの騒動があったため、投稿が遅れました。


今回は視点が主人公クラウンではなく、第四話『ギルドにて』にちらっと出てきた師匠の部活、王国騎士団副団長セラさんの視点となります。

・・・ネタが無くなったから他の人の視点書いてるとか言った人、先生怒らないからこっち来なさい。

王国騎士団副団長。セラの朝は早い。



『黄昏』『機械人間』『鉄の女』『殲滅火力』『六属性魔術師(ヘキサゴン)』『王国騎士団副団長』『固有(ユニーク)持ち(ホルダー)


数多の称号を持つ彼女は、毎日毎日ルーティーンのように同じ行動を繰り返している。


それは、彼女が幼少の頃からずっと変わらない。このサイクルは彼女の中で機械式時計のようにチクタクと時を刻み続ける。



◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️




朝4時に起床。

軽いランニングを朝食前に行い、身支度を済ませたら、団長と共に一軍の兵士に加わり一日中ハードな訓練を行う。


「「「セラ様!!!おはようございます!!!」」」


「おはようございます。私の事は気にせず訓練を続けなさい。」


「「「は!」」」


一緒に訓練する部下たちに挨拶をされても、ニコリともせずに淡々と社交辞令のなんの感情も籠っていない挨拶を返す。これが彼女を取り巻く騎士団の日常だ。


誰に対しても愛想悪く接しているのに、他の団員から嫌われたり煙たがられる様子はない。むしろ、彼女はほとんどの団員から尊敬されている。


それは、皆が彼女が誰よりも努力している人間だということを知っているからである。


セラは、魔術師部隊の隊長であるにも関わらず、一日の運動量は並の戦闘用兵士よりも何倍も多い。

毎日、団長であるラッツと同じメニューのトレーニングを行なっていると言えばその努力量と過酷さがわかるだろうか。王国騎士団の中でラッツが行うハードトレーニングに唯一最後までついて行けている人物こそが彼女である。このトレーニングは精鋭部隊の第一部隊の騎士団員でも途中で脱落することで有名なものだ。それに加えて他にも彼女は、下級兵士の訓練の見回り、大規模討伐作戦への出張、等、など。様々な仕事を兼任している。


そして夕方になり、軽食を摂るとそれから深夜までのデスクワーク。

騎士団は、戦うことや訓練することだけが仕事ではない。市民からの要請で小さい問題の解消に出向く事もあれば、お偉方からの命令で動くこともある。

そうすると、手続きや事務仕事というものが発生するし、自然と集団の中で責任を持つ立場のものがそれを監督することとなる。

本当なら、その最高責任者、つまり王国騎士団団長であるラッツが全ての仕事を監督するべきなのだが、彼は体を動かす以外の仕事をしないことで有名なので(この間勇気ある王族がラッツに無理矢理書類仕事をさせようとしたら、ビリビリに破かれた)、小難しい書類仕事はセラの元へと流れることとなる。王族や貴族がお目にかかるような重要な書類は騎士団の中でも彼女しか作成しないし、目を通さない。


身元も家名も秘匿している彼女が何故ここまでの教養があるのかは王国騎士団七不思議の内の一つに数えられており、未だにその答えを賭けて盛り上がっている下級兵士も多数いる。まあ、答えが出ない類の問題であるため、掛け金が膨れ上がっていく一方であるのは言うまでもないが。


彼女の一日に休憩という文字はない。毎日疲労でヘトヘトなはずなのに、五時間睡眠を摂ったらまた一日中動き続ける。無表情に、冷酷に、毎日毎日。幼少からの習慣だけでなく、何よりも彼女の強い意志が疲弊程度で彼女の歩みを止めることを許さない。



◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️



そんないつ破綻してもおかしくない日常を送るセラだが、最近の彼女の一日はもっと酷い。


団長であるラッツがどこぞの馬の骨、いや鼠の骨とも知れぬ鼠人族の少年を弟子にとったためである。

その日の朝、ランニングを終えたセラはいつものように団長の部屋に向かっていた。トレーニングの誘いをしようとドアをノックしたのだが反応が無い。一応索敵を行うと団長の気配は部屋から消失していた。



ー。


ーーー。


ーーーーー。



『もう!どこ行ってたんですか団長!!会議がとっくに始まってるのに全然来ないから、探しに来る羽目になったじゃないですか!』


こういったことは初めてではない。むしろ、度々ある。

そのためいつものように王国最南端の村に出向いてみると、案の定そこにはラッツがいた。


『ちょっと散歩にな、風に当たりたかったんだよ。いつもあんな室内にいたら脳みそが腐っちまう』


今まで毎回、セラがラッツを追いかけてここに来る度に彼女らはこれと同じような掛け合いをしている。


セラがラッツを叱責して、ラッツはそれを適当にはぐらかす。


でも彼女は知っている。

ラッツは適当に散歩していたらここに着いてしまった訳ではなく、毎回ここに来たくて来ているのだ。


この街が、ラッツにとっての始まりの街。

この街が、人類最強を産んだ街。


「またそんな適当なこと言って!いつもあなたはここに、、、、、って、あれ?その、後ろの少年は誰ですか?」


しかし、いつもと違ったのはそこからである。何故かラッツは足元に子供を引き連れて冒険者ギルドに来ていたのである。


一瞬自分の知らない間に隠し子でも拵えたのかと思い頭に血が上りかけたが、理性の部分が即座に荒唐無稽なそれを否定する。


第一、いつもセラはラッツと一緒にいるのに誰とどうやって隠し子を作るんだという話である。


「これは、俺の弟子だ」


「弟子!?あなたが弟子をとったんですか!?

今まで、誰に頼み込まれても弟子をとらなかったあなたが!?」


セラは、これには本当に驚いた。


団長から弟子を取るなんて言葉が発せられる日が来るなんて思いもしていなかった。

大抵の凡人が、団長には着いて行けない。いや、天才でも団長には及ばない。今まで色々な人が団長に弟子入りを志願してきた。そのほとんどが今まで周りから天才だ奇跡だと褒めそやされてきた者ばかりで、実際に優秀な人材ばかりだったのだがそれでも足りない。試しに団長とともに行動してみても一日目で再起不能な程に心が折れてしまう。志願して、ラッツに『威圧』を受けて。倒れた所を騎士団で下級から鍛え直す。そんなテンプレートが常となっていた。実力不足な人ばかりが是非にと押しかけてきて、いつしか団長は弟子を取らなくなった。

団長とその師匠の関係を知っている、セラや数少ない団員は団長に弟子を取ってもらいたがっていたのだが団長本人が諦めてしまっているのだからと皆過剰に口出しはしないようにしていた。


それが、こんな少年を弟子にとると言い出すなんて。

何かの才能があるようには見えない所か、ステータスは一般人以下にしか思えない凡庸な少年。もう亡びたと思っていた鼠人族の生き残り。


『どうも、旅人のクラウンと申します。失礼ですが、あなたは、、、?』


旅人。


いつもならなんの引っかかりもなくその言葉を飲み込めただろう。

しかし今その自己紹介をするのはタイミングが悪い。


一週間ほど前から『旅人』と名乗る、構成員の種族、性別、年齢が全てバラバラな謎の集団が各地でおかしな言動を繰り返しているという情報が地方の騎士団員から報告を寄せられている。


構成員の中には犯罪行為を働いたものまでいるらしく、騎士団員によって補導された者は意味不明な言葉を繰り返しているらしい。



そして彼らの最大の特徴は、殺しても死なないということ。現在、何人かの『旅人』がモンスターに殺害されたあと街中で復活していた場面を確認できているらしい。


決して死なない彼らが王国で団結して暴動を起こしたら、一体鎮圧するまでにどれほどの血が流れるだろうか。そもそも鎮圧することが出来るのだろうか。


ラッツとセラが居れば、大抵のモンスターを狩れる。

しかし、殺しても殺しても死なない不死身の軍勢に対してどのような策が取れるだろう。セラの頭の中にはそんな不安ばかりが渦巻いていた。


そのため、今騎士団員は『旅人』という言葉に対してピリピリとしている。

セラは、過剰な程に最大限の警戒を込めて自己紹介をする。


『あぁ、申し遅れました。王国騎士団副団長、セラと申します。以後お見知りおきを』


少なくとも、彼が旅人というのは本当なのだろう。この街に住んでいる人間が団長のことを知らないはずがない。


(クラウン)の言う旅人が、ただの"旅人"なのか、それとも『旅人』なのかは分からないが。


『このネズっ鼻は、俺の威圧の中で、意識を保つどころか言葉を喋ったんだぞ。そんなん見せられたら、弟子にとりてぇって思うんが人情ってもんだろ。なぁ?』


こんな少年が団長の威圧を『抵抗(レジスト)』したなんて何かトリックを使ったんじゃないかなんて考えていた。


だって、犯罪者かもしれない弱そうな只の少年にしか思えなかったのだから。


『・・・分かりました。私の方で1ヶ月は団長の仕事を誤魔化すので、その間に彼を一人前にしてください。鍛え終わったら、彼は騎士団に入団させるのですよね?』


セラにとってはクラウンを育てることも魔王が復活することもどうでもよかった。


しかし結局、セラは団長の笑顔に負けて思わず一ヶ月の自由を許してしまった。



ーーーーー。


ーーー。


ー。



ラッツは元々書類仕事をするような人間では無いし、セラとラッツの仕事の内容も同じようなものなので、騎士団団員としてのセラの仕事はさほど増えていない。

では、何が問題なのか。


彼女は騎士団団員全員と王族貴族全てに"団長(ラッツ)"が失踪したことを報告していない"。

もちろんみんなも馬鹿ではない。セラがどれだけラッツが居ないことを隠した所で、何日も姿を見せなければいずれ団長の消失に気がつくだろう。


そのためセラは、魔術を使う事でラッツの存在を偽装した。

団長の偽物を魔術で作り上げ、あえてそれをみんなの前に晒すことで、彼がいつも通り騎士団の中にいて、毎日のようにハードなトレーニングをしていると周囲を欺いているのである。


これは並大抵の技術ではない。

まず、土属性魔術を使い、造型がラッツに限りなく近い人形を作る。

それに光属性魔術を用いて着色。鎧から肌、表情に至るまで細部にこだわった団長もどきが完成する。

誰か、団員やお偉い貴族に話しかけられたとしても、風属性魔術を操り人形の喉部分にある空気を振動させて、ラッツに似た声を同じような口調で発させる。

触られてしまっても違和感を持たれないために、水属性魔術と闇属性魔術を駆使して鍛え抜いた人間の肉体に限りなく近しい感触を再現する。


この世界では、二属性の魔術を同時展開するだけでも天才と言われるのに六属性全てに適性を持ち、またそれらを同時展開したまま一日中魔術を継続するということはいったいどれ程の技量と集中が必要なのだろうか。ここまで来るとそれは魔術と言うよりも古代に失われた技術である魔法と言った方がいいかもしれない。


六属性魔術を全て完璧に使いこなせる王国騎士団魔術部隊団長だからこそできる芸当であろう。

人類最高の魔術の使い手である彼女の魔術は、彼女以上の腕前を持たない全ての人類をだましきる。


いや、それだけでは無い。

彼女(セラ)が、団長をそこまで克明に再現できるのは、彼女がいつも誰よりも団長のそばに居るからであろう。

毎日、毎日、団長のことを見つめて、毎日、毎日、団長の声を聴いて、毎日、毎日、団長の背中を追いかけている彼女にしか出来なかったことだろう。

残念なことに、団長の体をベタベタ触るほど恥を捨てられない彼女は、肌の質感の部分は想像で作るしかなく、そこに少し不満を抱いているらしいのだが。


しかし、彼女は、海千山千の王国の人材全員を騙し切るという途方もなく集中が必要な作業のを、何日も無事にやり仰せた。

夜になった今現在、作った団長もどきは、団長の自室に入る振りをしたあと、部屋の鍵を閉めて部屋の隅で膝を抱えて床にしゃがみこんでいる。役割を終えたのた偽物は誰にも操られることがなくなりただの人形として一切覇気のない目で固まっている。本物の彼なら絶対にしないような行動だが、鍛え上げた体を持つ全身フル装備の大男が三角座りをしているといるシュールでコミカルな光景が出来上がってしまった。



◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️




『ーーーカリカリカリカリ。』


そしてセラは今、同じく団長の自室に入り、団長の机で、団長のペンを使っていつものように書類仕事をしている。


そこらの村人や一般市民にとっては、広い部屋であるが、王国騎士団の最高責任者、人類最強の男に宛てがわれる部屋にしては質素すぎる物だ。本来ならより豪華な部屋を下賜されるべきなのだが、団長たっての願いで広めの空間に大きなベッドを置いただけのただの居住空間としての部屋が渡されることになった。


いつもなら、もちろんセラは自分の部屋でデスクワークをしているのだが、この時だけは団長の部屋に自分のデスクを運び込み、誰かが部屋に尋ねてきてもすぐに団長もどきを動かせるよう、同じ部屋で待機しているのだ。


さすがの彼女とて、泥人形に自律思考を搭載して遠隔で動かすようなことは出来ない。

六属性魔術師(ヘキサゴン)も、人形ではなく人間を創り出すことは出来ない。




なので、彼女が人形を見張るために団長の自室に入ることは仕方の無いことなのだ。

決して、彼女の望みとは関係なく。

決して、セラの日頃の妄想とは無関係に。


『ーーーカリカリカリカリ』


誰もいない静かな部屋の中、ただセラが筆を紙に走らせる音のみが室内を響き渡る。



「私は今、団長の部屋で、団長の椅子に座り、団長の机に書類を置いて、団長のペンを持って、団長の部屋の匂いを嗅ぎながら、団長が普段吸って吐いている空気で呼吸をして居ます。」


事実確認をするセラ。

なんのことは無い。ただの事実だ。

これしきの事実を再確認した程度では、彼女は、『鉄の女』は揺らがない。ただの事実確認に何も感じる所はない。




「ふふっ」


笑った。


確実に彼女の口元は笑みの形を作った。

騎士団内では、笑うどころか怒った顔も悲しげな顔も見せたことがない、どんなに疲れていても無表情で次の仕事をたんたんと行うことで有名な彼女が微笑んだ。


自分でも思わず笑みを浮かべてしまったことを以外に思ったらしく、指先で自分の頬を触り、上がった口角を確認する。



彼女はいつも冷静で、その鉄仮面が揺らぐことは無い。

それが騎士団の団員の中では常識だった。故に『機械人間』『鉄の女』という二つ名がついている。


このような人間業とは思えない作業を終わらせても、彼女はその疲労と苦痛を表情に出さず泣き言も言わずまた次の日も同じことを繰り返す。いつもの彼女ならそうしていたはずだ。



だから、だからこんな思考は気の迷いだ。


ーーーーーいつもあなたに振り回されてばっかり。

ーーーーー笑うなんて、何年ぶりだろうか。

ーーーーーあなたといると、どうしようもなく・・・


この感情は一時の気まぐれだ。捨てきったはずの感情の残滓が見せた幻覚のようなもの。

自分にそう言い聞かせて、休めていた手を動かし始める。





◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️





そうして、今日の分の机仕事が全て完了した。

彼女は、ペンを置いて時間を確認するともう夜の十一時になりそうな時間であった。


時間としてはいつもと同じ。また五時間眠ったら次の日が始まる。しかし使った体力、魔力、精神力、集中力はいつもとは比べ物にならない。



「『清浄(クリーン)』」


これまた四属性複合魔術を使い、一日分の体と服の汚れを消去する。彼女にとってはシャワーを浴びている時間すら勿体ない。


一秒でも早く寝て、また一秒でも早く動き出さなくてはならない。


ラッツの部屋の中央にあるベッド。体長二メートル程もあるラッツが快適に寝るために特注で作られた馬鹿でかいキングサイズのベッドである。



セラは、そのベッドに思いっきり飛び込み、うつ伏せに寝転がった。結構思いっきり飛び乗ったのだが、彼女の体重が軽いこととベッドが王族のものよりも高価で頑丈だということもありあまりダメージが入ったようには見えない。


『ーーーーーーっ!!』


団長がいつも使っている枕に顔をうずめて胸いっぱいになるまで深く息を吸い込んだ。


『ーー!ーー。ーー!ーー。ーーーーー』


吸って吐いてを何度か繰り返し、最後の方は足をパタパタ動かしながら深呼吸をしていた。



繰り返しになるが、彼女がいま団長(ラッツ)の部屋にいるのは彼女の私利私欲とは全く関係なく、ただ団長の失踪を一ヶ月隠蔽しきるという作戦を遂行するためである。そもそも冷徹な彼女の思考は欲望なんて言葉とは無縁である。


だからきっと、彼女の『団長のベッドにうつ伏せになり、枕に顔をうずめたまま深呼吸をして足をパタパタ振る』という奇行も、きっと王国騎士団副団長の深謀遠慮の末の行動に違いない。


「ふふふ。ふふふふふ。」



にやけきった今の彼女は、一見恋する乙女が好きな人の部屋にこっそり忍び込んだ時のように見えるがこれも作戦のための行動の一部なのだろう。・・・きっと。・・・多分。・・・だといいなぁ。



ひとしきり団長のベッドを堪能した彼女は呼吸しやすいように仰向けになり、足元の折りたたまれている毛布を首元まで引っ張り大きく息を吐く。


「ふぅ。」


この世の全ての温かさを集めましたというような蕩けきった顔で口元を緩ませるセラ。


「・・・あっ!!」


満ち足りた表情をしていた彼女が、ふと何かに気がついたような声を上げる。右腕だけを毛布から出してサッと上に振り上げる。


『ーーー』


すると、さっきまで部屋の隅で縮こまっているだけだった団長もどきの目に魔術陣の光が灯り、人形はおもむろに立ち上がった。

そのまま彼女が寝転がっているベッドに近ずき、目の前に立つと立ち止まった。


もう一度彼女はサッと手を振る。


『ーーー』


今度は人形の頭の上に先程より大きな魔術陣が展開される。

そしてそのまま魔術陣は人形をスキャンするように頭から足先へ下がっていく。

人形の鎧部分に魔術陣が通ったらその部分の鎧のみが消えて元の魔力に分解されてしまった。鎧が消え人形の装備はコットンでできた鎧下のみになる。そして魔術陣は人形のブーツまで消し去ると役目を終えて光と共に消え去った。


最後にセラはサッと手を振る。


『ーーー』


すると人形は彼女が寝転がっているどデカいベッドに入り込んでいく。団長もどきが毛布をどかして乙女の寝ているベッドに侵入しようとしているにも関わらずセラはそれを拒む素振りを一切見せず、むしろ今か今かと待ち望んでいる。そうして人形はセラに並び同じ枕を使い寝転がる。


「むふー!」


いたく満足気なご様子で。


目の前に自分と一緒に寝っ転がっている団長人形を見て、満足気な顔で息を吐くセラ。


きっと今の彼女の様子を騎士団団員の誰かが目撃したら、あまりの驚愕に失神してしまうのではないだろうか。


しかし、彼女はそんなミスは犯さない。最高練度の風魔法を使った結界による索敵を今も張り巡らしている。今この部屋に入ることの出来るものがいるとしたら、彼女以上の魔術技量を持ち隠蔽を行いながら進むか、彼女が知覚できない程の超スピードでここに侵入することの出来る者しか居ないだろう。


前者は人類には居ないし、後者はそれを出来る人は今頃弟子の教育をするために遠い村にいる。


だからこそ安心して、好き勝手振る舞って居られるのだ。


ベッドですぐ隣に寝転がっている団長もどきにぎゅーーっと抱きついて声を漏らす。



「えへへぇ。だんちょぉ。・・・いえ、あ・な・たぁ。」


「呼んだか?」


「ぴ!」


突如、彼女以外誰も居ないはずの部屋に現れる謎の影。

それは、彼女が、無意識に発した独り言に返事を返した。


すわ権力者の命を狙う刺客の襲撃かと瞬時に頭を切り替え、いつでも迎撃出来るよう手を前に出すセラ。

すぐに敵に魔術を打ち込める体勢だ。

即座に身を翻し、声の発信源に振り返る。


そこには、王国騎士団の証である純白の鎧。燃えるような赤髪を逆立たせた髪形。気の強そうな太い眉が盛り上がった強面。見慣れた男。毎日顔を合わせているセラの想い人が腕を組みながら仁王立ちで立っていた。


「団長でしたか。敵かと思い警戒態勢に入ってしまいました。」


ラッツの姿を確認したセラは、すぐさま向けていた手をおろし戦闘状態を解除する。

本物か偽物かなんて考える必要も無い。セラの索敵を掻い潜ることが出来る人類なんてこの人しかいないのだ。


いつも通り、キリッとした表情で団長と応対する。

独り言で団長の名前を呟いていた事が本人にバレた程度では、『機械人間』の無表情は崩れないのだ!!


セラは、ラッツが自分のベッドの上に乗せられている自分の人形を不可解そうに見つめていることに気がついた。


何事も無かったかのように説明を始めるセラ。


「あぁ。この人形の事ですか。」


セラはベッドに手を付き起き上がろうとしたが、絹で出来たシーツに手が滑り、肩から人形の腹に落ちてしまった。


「団長が出ていってしまったことを隠そうと思って私が団長の偽物を魔術で作ってみたのですが。」


倒れてしまった体制のまま、何とかベッドから降りようともがくセラ。上半身がベッドから抜け出せたところで今度は足が団長人形につまづいてしまい、毛布をはためかせながら顔面を部屋の床に強打してしまう。


「私がこの部屋に入っているのも団長人形の事を見張っているためでしたし。」


人形と毛布ごとベッドから落ちて、キリッとした顔をして立ち上がっても鼻が真っ赤に腫れていてなんとも締まらない。


「団長は愚かな勘違いをしていないともちろん信じているのですが、一応説明しておきます。私がこのベッドで寝ていたのも、机仕事と魔術の展開を続けていたので少し仮眠を摂ろうと思っただけですし、団長を抱きしめながら寝ていたのもそれがしたかったからとかじゃなくて魔術人形に不備が無いか点検していただけです。あくまで仕事効率を上げるために行なったもので、そこになにか大した思惑なんてものは一切、本当に一ミクロンもありませんでした。」


誰もそこまで聞いてもいない。


「あぁ。もちろん俺は愚かな勘違いなんてしてねぇ。」


優秀な部下に『愚かな勘違いしたませんよね?』と言われたら、脊髄反射的に『していない』と答えてしまうラッツであった。

とことん考えるのが苦手な男である。


「それで団長。何しにここへ?私の記憶が正しければ、鼠人族の少年を訓練していたはずなのですが。何か問題でも起こりましたか?」


揺らがない!!

人前でこれだけの醜態を晒しても『機械()人間()』はしれっと普段通りの対応をしている。

無かったことにしようとしているとも言えるが。


セラは右手をサッと振り上げ、団長もどきをチラッと見る。

それだけで人形は、それを形作る魔力全てを奪われ肉体全てが空気に溶けて消えてしまった。

証拠隠滅完了。


「アイツのSPが切れちまってなんもすることが無くなったからなぁ。一旦ここがどんな騒ぎになってるか顔出しに来た。まぁ、お前が隠蔽してくれてたんだったらなんの心配も要らなかったな。あんがとな!」


自室に忍び込んで自分のベッドで自分を模した人形と寝ていた部下に対して全く嫌な目を向けずに応対するラッツ。

王国騎士団団長は細かいことを気にしないタイプの人間だった。


「(好き)・・・いえ、団長の補佐として当たり前のことを行ったまでです。」


「そんで、今日なんか俺に報告するようなことは起こったか?」


仕事の話になり、お互い一層真面目な顔になる。

そこに、さっきまでの弛緩した空気はなくただ二人の仕事人がいるだけであった。


セラは顎に手を当てて頭の中にある情報を高速で取捨選択する。


そうしながら、スタスタと部屋の中を移動してさっきまで仕事に使っていた自分の椅子を団長に差し出し、目で座るよう勧める。


ラッツは、部屋に一つしかない椅子を優秀な部下に譲ろうと同じく目でセラに椅子を差し出す。


しかし、セラはそのサインを無視。椅子をラッツの前に置くと、自分はさっさと団長のベッドに座り話を始めてしまった。

これはあくまでセラの気遣いであり、団長(ラッツ)のベッドに腰掛けることになったのは偶然である。


「そうですね、『旅人』を名乗る正体不明な軍団がどこからともなく現れていることはご存知ですか?」


「あぁ。何日か前に小耳に挟んだな。」


「彼らは年齢も性別も関係なく群れており、王国だけでなく、エルフ、ドワーフを初めとする様々な種族の国で活動しているそうです。お気を付けを。

しかし、クラウンと言いましたか?」


セラが思い出すのは、クラウンと名乗る少年との初対面の時のこと。


「あん?」


「団長のお弟子さんのことです。彼も『旅人』を名乗っていましたが・・・」


最後まで聞かずとも、付き合いの長いラッツにはセラの言いたいことが伝わる。


『ーーーもしも、(クラウン)が『それ』ならば、今の内に・・・』


しかし、ラッツはそれを否定する。


「アイツはそれじゃねぇ。」


「しかし、」


「アイツはその『旅人』ってやつじゃねぇよ。」


「団長の優しさは美徳です。しかし根拠もなく否定するのは如何なものかと。やはり、団長の師匠も鼠人族だったということが関係して・・・「口が過ぎるぞ。セラ」


苦言を呈するセラの言葉を、途中で強引に切るラッツ。


自分のことを見据える鋭い眼光と、意外な程に強まった語気にセラも思わずそれ以上を止めてしまう。


「俺の師匠のことは関係ない。」


「失礼しました。忘れてください。」


「別に、何も無根拠にアイツのことを信じてるわけじゃねぇ。何度も死ねる奴ってぇのはこれまで仕事で何回か見てきたが、そういう奴らは死に対する恐怖ってもんが欠落してやがる。

ちゃんと痛みと傷に対して恐怖できる人間だよ。アイツは。」


「そうでしたか。重ね重ね失礼致しました。

それで、弟子の彼はどうだったのですか?今日一日見てたのですよね。なにか見込みはありましたか?」


「全然ダメだな。」


「全然ですか。」


「あぁ。全然だ。」


クラウンのことを庇っていたさっきまでとはうってかわって途端に辛辣になるラッツ。

それとこれとは話が別。嘘を吐くのが苦手な男である。


「確かになんの才能もなさそうな子でしたもんね。それでも騎士団に入れて何年か揉めば愚鈍でも一般兵士としてぐらいは使い物になるでしょう。団長の威圧を受けても意識を保っていたとの事ですし精神力は高そうですね。

という事は、明日から団長は騎士団にお戻りになりますか?」


(ーーー結局彼も、今までの有象無象と同じ類でしたか。)


少しばかりの落胆が、セラの胸の中に立ち込める。

団長自身が選んだ弟子ですら期待はずれであったか、と。


それ以上に団長と一緒に訓練がしたくて仕方がない『鉄の女』は、どんどん話を勝手に進めていく。


「そうなるかぁ。まったく、見込み違いだったかぁ。ちょっとぶん殴った後に、猿王と戦わせて、『神速ステップ』を覚えさせようとしただけなのになぁ。」


「え!?」


「俺の試練に打ち勝ったんだから一月(ひとつき)(ぐれ)ぇは見てやろうかとも思ってたが、お前ぇから見ても才能が無ぇっつーならしゃあねぇな。うし!明日にでもアイツをここに連れてくっか!!」


考え無し男の気まぐれで、一人の鼠人族の少年の人生が狂わされようとしていた。


「ちょっ、ちょっと待ってください!」


セラは、さらっと語られたこの数日間の真実を聞き逃せなくて慌てて進もうとしている話を止める。


「どーした?セラ。今俺はめずらく頭を働かせて明日からの予定を考えてるんだが?」


「それは素晴らしいことですが、自分で『珍しく』とか言わないで常に考えていて欲しいですし、部下の一言を吟味せずに鵜呑みにすることを考えるとか言わないでください。

・・・それよりも、今なんて言いました?」


「え?だから、明日からアイツは下級騎士団員の所で訓練させて、俺はいつも通りここでトレーニングしよっかなって。」


「そこじゃないです。団長は今、今日一日弟子に何させてたって言いましたか?」


「あ?ボコボコにぶん殴った後、試練を受けさせて、猿王と闘わせて、『神速ステップ』を習得させようとしただけだ・・・」


「殴ったんですか?」


「もちろん手加減してたぞ?」


「それは当たり前です。『人類最強』の団長にその彼は殴られたんですか?」


「あぁ。何発か」


「何発()!?」


「ダメか?」


「ダメに決まってるでしょう!?」


『人類最強』とは、本当に人類の中で誰よりも強い者に与えられる『称号』である。それは冒険者が個人でつける二つ名や、セラの『機械人間』等のあだ名とは訳が違う。世界が最強を認めている証である。


『人類』という括りも、人族とはまたニュアンスが違う。一般に普人も森人(エルフ)矮人(ドワーフ)も小人も獣人も竜人も巨人も精霊も虫人も魔人も全て合わせて人類、『人に類する者』と呼ばれるのである。


その全ての中で最強。最も強いもの。正真正銘誰よりも強いラッツが一般人以下の少年を何発も殴ったと証言したのである。いくら手加減してもし足りない。


「そのあと何したって言いました!?ねぇ何したって言ったんですか?!」


セラがここまで声を荒らげるのは、物心ついた頃以来かもしれない。

今にもラッツの胸ぐらを掴みかかりそうなほど鬼気迫っているが、怒りの感情ではない。むしろ、困惑や錯乱に近い。


ラッツも初めて見るセラの様子に戸惑いながら答える。


「『試練』を受けさせて・・・」


「『試練』!?」


ぬわぁーー!!と頭を抱えるセラ。


『試練』とは、師弟関係、主従関係、神と人の関係など上位の存在が下位の存在に打ち破るべき壁を指定することを言う。

例として、王が騎士に国の危機を守るよう命じたり、貴族が専属の執事に家事全てを時間内に完了させるよう指示したり、精霊が信者に来るべき災厄を防ぐよう神託を施したりすることなどがある。


下位の存在がその試練に打ち勝つと、上位の存在になにか経験値などの報酬が与えられる。騎士には領地を。執事には給料と感謝を。信者には加護を。


「内容だってそんな難しいもんじゃねぇよ。俺がステータスを弟子と同じまで下げて、スキルもスキルレベルも制限した状態で戦うってだけだぜ?俺はまともに動くこともままならなかったし、神速ステップも最初に消費しちまったし、挑戦可能回数は無制限だったし、成功条件は勝利じゃなかったし・・・」



いつもと全然違う剣幕を持つセラにタジタジしているラッツ。


どんどん口調がいい訳臭くなっていく。


「そのあと、猿王と闘わせて、神速ステップを習得させようとしたって・・・。」


「いや、それだって・・・」


「いえ、もういいんです。それ以上語って頂かなくて結構です。」


(聞かなかったことにしよう。)


腰掛けていたベッドに倒れ込み、セラは現実逃避をした。


騎士団の人間がただの少年に、森そのもの、自然の権化と言われている神獣と戦わせたとか、使える人が団長(ラッツ)しか居ないため習得不可能とされている実質『固有(ユニーク)技能(スキル)』な『神速ステップ』を無理矢理習得させようとしたなんて話聞きたくない。


(ていうか、その弟子が不憫すぎますね。団長、SPが切れて倒れてるって言ってたけど本当はもう死んでるとかではないですよね?)


てっきり、クラウンとやらも今までの弟子候補と同じで団長の本気の威圧に屈して、すぐに倒れてしまっているのだと思っていたセラ。

まさか本当に今まで数日間ずっと訓練を続けていられていたなんて。


セラは再びラッツの方に向き直り、微笑みかける。


「分かってくれたか、セラ。」


「団長。彼をもう少し鍛えてみませんか。」


「あ?さっきと言ってることが違って・・・」


「団長。いえ、王国騎士団団長ラッツ様。同じく王国騎士団副団長であるセラとして提案します。鼠人族の少年クラウンを一ヶ月限界まで鍛え上げてみてくれませんか?」


セラにとってはクラウンを育てることも魔王が復活することもどうでもよかった。


セラが望むのは、団長(ラッツ)の幸福のみ。


『人類最強』


人類でただ一人しかいない誰よりも強い男。


誰よりも強いが故に、誰よりも孤独な男。


世界で最も愛おしい彼。


(ーーー私は団長の背中について行くのに精一杯でした。その背中を預けられることも、隣に立つことも出来ませんでした。)


(ーーー私には団長の孤独を癒せない。だからもし、)


(ーーーもし彼が団長と肩を並べさせることの出来る可能性があるのなら、)


(ーーー私はそれに賭けてみたい。)



ラッツとセラの二人きりの夜は更ける。

僕は、

『他人がいる所ではクールに振る舞うけど二人きりになったら甘えるタイプ』のクーデレとか、

『最初は事務的にしか関わっていなかったけどどんどんデレていくタイプ』のクーデレより、

『いつでもクールで頼れるけど行動だけがこっそりデレているタイプ』のクーデレが好きなんですけど共感してくれる人いませんか?


それはさておき、他の人の視点ってどうやって書けばいいんでしょうかね?冗長に次ぐ冗長で書きたいことの半分も書けなかったんですけど・・・。

シンプルに筆力が足りないのかも。

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