技術≠技能(3)
ペットのヤギが変死体で見つかった謎の真実を解明するため、我々はミャンマーの奥地に旅立った……。
ので、毎日投稿が出来ませんでした。
「う」
「う?」
「うぎゃぁぁぁぁあああああああ!!!!!」
足が破裂したことに気がつき、一拍遅れて停止していた痛覚が騒ぎ出す。
今まで体験したことの無い尋常ではない痛みが脊髄を駆け上がり脳内を陵辱する。
痛い。痛い。痛い。痛い痛い。痛い。痛い痛い痛い。
無くなった膝から先を、赤く溶けるまで熱した数千本の針で容赦なく突き刺すような痛みが襲う。
何とかしてこの痛みから逃れようと、脳が命令した訳でも無いのに無意識に手足が暴れ出す。
「足、脚。あじ。、ばじ、、、ぶ。ぉげえ。」
もちろんじたばた暴れるだけで痛みが収まるはずもなく振り回している膝からの止まらない出血が青々しい人工芝の地面と麻布で出きた自分の初期装備を侵食し、みるみるうちに赤く染め上げていく。
むしろ、暴れる度に膝が地面を擦れ、傷口に人工芝がチクチクと刺さることで余計に痛みが増してきた。
硬い地面の感触を顔面に味わい、無機質な緑の感覚がただただ自分の無力感を強調する。
『パッシブスキル『気絶耐性』が発動しています。』
『パッシブスキル『気絶耐性』が発動しています。』
『パッシブスキル『気絶耐性』が発動しています。』
「ひゅっ、、、。かひゅ。、け、は。」
脳は酸素を求めているはずなのに、息を吸うことも吐くことも出来なくて、痛みに叫ぶことも出来ずに喉からは痙攣したような音しかでない。
『カツ、カツ、』
後ろで師匠の全身鎧が地面を踏む音が聞こえ、その音がどんどん近づいてくる。
『ピチャ、ピチャ、』
振り向きたいが、それをするだけの力が湧いてこない。依然として傷口には痛みという名の熱が滞留しているのに、体の芯はどんどん熱を失っていき冷たい寂しさだけが残っている。
今失っていってるこの熱量が完全に失われた時、自分は死を体験するだろう。
『バシャッ』
突然、膝に、血とは違った何か冷たい液体が振りかけられる感触がする。
「うぅ。ん。あれ?」
痛くない?
つい先程まで脳内に巣食っていた苛烈な痛みが、急にすっとなりを潜めている。
明確に感じていた死という冷たさは、体の芯に戻ってきた温かみにとって溶かされていく。
うつ伏せから仰向けになり、ゆっくりと体を起こしてみると、まだ頭が少しフラフラするが激痛に苛まれるということはない。
視線を落として自分の脚を見てみると、さっきまでふくらはぎの骨が剥き出しになるほどの損傷が、きれいさっぱり消失している。
まるで無傷の脚を見ると、実は怪我をしていなかったんじゃないかと錯覚しそうになるが、自分後で真っ赤に染まった初期装備や、自分を中心に出来た血の池の噎せ返るような鉄錆の匂いが、傷を負った事実を思い出させてくれる。
「最高級回復薬だ。首が無くなっても生きてさえいれば絶対に完全回復するが、本来ならお前ぇみたいな小僧がお目にかかることすらできない貴重品だぞ。使ってやってありがたく思え。」
視線を上げると、目の前には師匠が立っていた。広がった自分の血の池を、装備が汚れることも厭わず踏みつけている。燃えるような赤髪を逆立たせる師匠は、この世で最も仁王立ちが似合う人だと思う。
指先から足の先まで純白に出来ている師匠の鎧の、足の裏周辺が俺の血で少し汚れている。
「・・・そこ、汚れてますよ。」
師匠の足を指さして、早くどいた方がいいんじゃないかと進言する。
「あぁ、これか。気にすんな。どうせすぐ綺麗になる。ここはそういう空間だからな。」
どういうことだ?勝手に綺麗になる?
「ほれ、見てみろよ。さっき俺が草むしりした跡がもう無くなってやがる。」
振り返ってみてみると、確かに地面には一面何の変哲もない人工芝が広がっている。
・・・いや、普通に人工芝があるのがおかしいのか。ほんの数分前に師匠が滅茶苦茶に師匠を荒らし回ったんだから。本物の植物ですらない人工芝が勝手に成長して地面の傷が無くなっている今がおかしいのだ。
そういえば、最初に言ってたな。訓練室は王国騎士団の魔術部隊の方達が作ってて、部屋の中には自動修復機能が付いてるって。だから好きに暴れ回れて質の高い訓練ができるって。
すっかり忘れてた。現実世界の感覚が抜け切ってなかったな。つくづくここは、なんでもありなファンタジーの世界だと思い知らされる。
「とりあえず、ありがとうございます。師匠。僕の傷を治してくれて。」
地面に手を着きながら、ゆっくり立ち上がる。傷が治ったとはいえ頭にまだ血が回っていないような気がするから、慎重に行動することを心掛ける。
「別に放置しててもよかぅたが時間の無駄だしな。もう、動けるようになったか。」
「はい。まだ頭が少しフラフラしますけど。」
「うし、じゃあもう一回だな!」
今なんて?
「いや、師匠。さっきやってみて失敗しましたし・・・。」
「おう。お前ぇセンスないな!あと百回はやらないと習得出来ねぇかもな!」
「あれ、めっちゃくちゃ痛かったんですよ?今日は休んで気力を復活させて、また明日にでも・・・」
あの痛みは、尋常なものではなかった。
今思い出しただけでも頭を壁に何度もぶつけて、脳に直接指を突っ込んで掻きむしりたくなる程に強烈なものだった。
いやいやと首を振り、辛いことからどうにか逃げようとする俺のセリフを最後まで言わせずに、師匠は被せて言った。
「馬っ鹿野郎!!今死ぬほど痛い思いをして、もう二度とやりたくないって考えて逃げたら、お前ぇ一生出来なくなるぞ!!"それ"がトラウマになっちまう前に今成功させて『なんだこんなもんか』って思えるようにしなきゃなんねぇんだよ!」
ちくしょう、RPが『不屈』の奴は言うことが違うぜ。
んな事はどうだっていいから俺を休ませてくれ。
「ほら、さっきの薬だって貴重なやつなんですよね?また失敗して消費しちゃったら勿体ないんじゃないですか?在庫だってもう少ないでしょう?」
「やる前から失敗することを考えるな。それに、在庫の心配はする必要が無い。ほら。」
そう言って師匠は、自身が身につけている純白の鎧の胸当てに手を突っ込み、ガサゴソと装備の裏をまさぐる。
そこから取り出されたのは、くたびれた革製のずた袋だ。中に何が入っているような膨らみは見受けられず、ただただ見たものに、みすぼらしいなという印象しか与えないぺちゃんこな袋であった。
しかし、師匠が袋の口を手で広げて、袋をひっくり返しながら少し揺すると、中から大量の小瓶がでてきた。
そのガラスで出来た繊細そうなデザインの小瓶には、中に翠色の透き通った液体が入っている。
師匠が袋を上下に振ると、絶対にあんな小さなずた袋に入り切らない量の小瓶が、ジャラジャラと出てくる。そうして落とされて地面にたまった小瓶の数は目測で数百個。
話の流れ的に、これらは全て最高級回復薬と言うやつなのであろう。師匠の様子からして、これだけじゃなくもっと他の場所にも沢山あるのだろう。なるほどこれだけの量があったら在庫の心配なんて全くしなくていい。
「ほれ、何回でも回復してやる。だからさっさと次のチャレンジをしてみろ。」
逃げ場を探して言葉を弄しても、次々に逃げ道が塞がれていく。
本当は師匠の言い分を理解はしているし、本格的にスキル『ステップ』を使うことがトラウマになる前に成功体験をしておくべきだというのは分かっている。
「えーっと。えーと。だから、その、えと。」
「あーもぉ!!しゃらくせぇ!!!『やれ』!!!」
師匠の命令が、俺の鼓膜を震わして、それと同時に体が脳の命令を受け付けなくなる。
俺は動こうとしていないのに、足は勝手に『ステップ』を使おうとしていて、無意識に腰を下げ、足に力を溜め始める。
なんで!俺はやりたくない!!あんな痛いのはもう嫌なんだ!!!
「まさか、『威圧』!?」
「そうだ。スキル『威圧』は、上手く使えば格下に無理矢理命令を聞かせることが出来る。」
クソっ!格下への行動の強制!?こんなことが『威圧』で出来るなんて!!
ちくしょう止まれ!止まれよ俺の体!!俺の体が、俺以外の命令を聞いてんじゃねぇよ!!!
咄嗟のことに我を忘れて、『演劇』を使うことで『威圧』に抵抗することも忘れる。
「スキルは、文字通りのことしか出来ないようなもんじゃねぇ。『威圧』然り、『ステップ』然りな。どんな技能でも、使い手の技術次第で大きくその能力を変異させる。」
俺の意志とは裏腹に、スキルを使い師匠の命令を実行する体勢は完全に作られてしまった。
このままスキル『ステップ』を使うけど、その力は堪えて、足に力を溜め込む。
師匠は、なんの気負いもなくスクワットをするぐらいの感覚でスイスイ何度も行っていたが、あれを出来るようになるイメージが湧かない。
上級者が何の気なしにやっていることは、初心者が傍から見たら簡単に出来るように見えるが、実際はとてつもない技量を必要とするプレイだったってやつだ。
しかも、今回は俺でも使えてた『ステップ』だったから余計に簡単に応用編も習得できると思い込みが加速してしまった。
中腰にはなったものの、一向にスキルを発動させない俺に向かって、師匠は腕を組み、厳しい顔でこちらを睨みつけて念押しとばかりに『威圧』を放ち早くしろと命令する。
「『やれ』。」
やめてくれ。
「『ステップ』!」
喉からは言葉を漏らすまいと、必死に口をつぐんでも、肺は空気を吐き、声帯は震え、顎はこじ開けられ、舌は滑るように動く。
抵抗を一切感じない声でスキル名を唱えた直後、俺の足には再びグッと力が掛る。
それと同時に悟る。コレを留めるのは無理だ、と。
『バァン。』
前に進もうという力と、その踏み出す力を堪えようとする力。二つの力が俺の足で拮抗して、俺の足はまたしても肉が弾けた。それはもうあっさりと。猫に水風船を渡した時ぐらい簡単に。
今回の弾け方は、さっきよりも酷い。前回はふくらはぎからちょっと骨が見えた程度で済んだが、今回は下半身が根こそぎ持っていかれた。
足裏、ふくらはぎ、前腿、後腿、尻、腹筋、背筋。
人がジャンプする時に使う筋肉が、尽く千切れた。さっき以上に肉と血が飛び散り、服の中で暴発したそれらによって、麻布で出来た初期装備はボコボコと膨れ上がり、服に跳ね返された肉片がぐちゃぐちゃになって俺の体にまとわりつく。
常に支えている肉が全て無くなった脚の骨は、骨盤から大腿骨が外れて、人工芝の訓練室の床に散らばる。
下半身が全て無くなった俺は、当然立つ事なんて出来なくなって床に這いつくばることとなる。
「はぶっ!!」
ろくに受け身も取れず顔から勢いよく地面に激突する。目には人工芝が刺さり、口の中に硬い芝や土が入り散々だが、そんな事を意識する間もなく脳は痛みに全ての思考を奪われる。
傷ついている部位の量が、さっきとは段違いに多いからか、痛みもまたより刺激的なものが俺を襲う。
「・・・!・・・!!がふっ。ごぶ。」
内蔵が傷ついたのか、叫び声を上げようとしても喉から次から次へと溢れ出る吐血で声も出ない。
ーーーーーー痛い、痛い、痛い、痛い、熱い、痛い、熱い、熱い、痛い、痛い、痛い熱い、熱痛痛痛熱
固い地べたの感触を顔面に味わいつつ、次々に襲い来る激痛に身悶えすることも出来ないで咳き込む。
「ぐっ。ご。・・・っうぷ。」
口からは血泡が零れ、コポコポとそれを吐き続けることしか出来ない。
体の半分をマグマに浸したような熱を感じているのに、同時に上半身は指先だけじゃなく腕の根元から感覚を失っていっている。もう冷たさも感じない。
ーーーー回復しなきゃ。回復薬、かいふく。
極限まで思考速度の落ちた脳髄で、辛うじてこれだけは考えて、目だけを動かし師匠の姿を探す。
ーーーーーーーー師匠が、かいふくやくを、もってるから、だから、
『ザッ。』
眼前、深紅のカーペットを敷き詰めた地面に、純白のブーツが現れる。
「じ、じじょ・・・。」
笑えることに、口からの吐血はここで打ち止めらしい。つまり、体の中の血が殆ど出つくしてしまったということ。
喉は、ドロドロの血と痰が絡まり、上手く声帯を震わせることが出来ない。結果、声を出そうとしてもガラガラに掠れた囁くような声しか出すことが出来なかった。
師匠が持っている小瓶の中には綺麗な翡翠色の液体が入っている。師匠は、最高級回復薬を持って地面に這いつくばっている俺の事を見下ろしていた。
「・・・じ、、。がび。、、、。」
ーーー師匠、回復薬を、早く。
そう伝えようとしたが、もう肺は空気を取り込んだり吐き出したりするだけの力を失っていた。
ただ、目で助けを求めるように、師匠と目を合わすが、師匠は全く動こうとせず不動を貫いていた。
ーーー師匠、なんで?
俺と確実に目が合っているし、俺が既に瀕死の状態なのは師匠も分かっているはずなのに。
「・・・」
「・・・」
俺は話せず、師匠も語らない。
そうこうしている間に、本格的に意識が遠のいてきた。痛みはもうほとんど感じてなくて、脳髄にタールが流し込まれたような重さだけが感覚に残っている。
瞼を重くて開けていられることも出来なくて、自然と瞳を閉じてしまう。
もう、何も見えない。
何も聞こえない。
ー。
ーーー。
ーーーーー。あぁ。眠い。
◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️
ーーーーー。
ーーー。
ー。
「・・・っは!!」
いつも寝起きは低血圧で機嫌が悪くなる俺にしては珍しいことに、意識の覚醒が早く、明瞭だ。
目覚めと共に、急いで自分の体を見回す。思い出すのは、自分の下半身がバラバラに弾け飛んだ記憶だ。
パッと自分の足先から、ふくらはぎ、太腿、股関節、と順繰りに見渡してみても特に怪我をおっている様子もなく、初期装備のズボンと上着も血で汚れている様子はない。
『あぁ良かった!なら安心だ。なんだ全部夢だったのか!今日も一日頑張ろう!!』
とはならない。
師匠はギリギリになってから回復薬を使ってくれたんだろうが、訓練室の効果で俺の服が綺麗になっているということは数分は気絶していたらしい。
「おら。起きたんならもっかいスキルを使え。今度は失敗するんじゃねえぞ。」
師匠が、俺の目の前で胡座をかいてニヤニヤしながら話しかけてくる。師匠が座っているところの左隣には、大量の小瓶が。
呑気に俺に向かって声をかけてくる師匠をきっと睨みつけ、できる限りの冷たさと鋭さを持って文句を言った。
「なんですぐに回復薬を使ってくれなかったんですか!!重症だったのは見ればわかるでしょうが!!」
「重症程度でこんな貴重な薬を使ってたまるかよ。死んでない限り絶対に治る薬なんだから、死ぬギリギリまで待たないと勿体ねぇだろうが!」
ーーーこの人、頭おかしい。
もったいない?そんな理由で俺が死ぬギリギリまでじっと見つめて待ってたっていうのか?
「・・・」
「殺し合いじゃあ『痛いよぅ!!』なんて言っても相手は待っちゃくれねぇぞ!相手はお前ぇのママじゃねぇんだ!!敵なんだよ!!敵と対峙したら死ぬまで隙を見せるんじゃねぇ!!!」
呆然として反論の言葉を失っているといると、師匠は更に言葉を続ける。一瞬、師匠の言葉に納得してしまって、それがまた悔しくて、顔がかっと赤くなる。
「分かったらさっさとやれ!!やんなきゃ、また『威圧』で無理矢理やらせんぞ!!!」
ーーーくっそがああああああぁぁぁぁぁぁぁあ!!!
やりゃあいいんだろ!?やりゃあよお!!!
今度こそ成功させて、てめぇの鼻を明かしてやっからな!?
元から他人に反抗するのが得意ではないタイプなので、言い返すことを早々に諦めて、せめてもの抵抗でぷいっと師匠に背を向ける
そうして俺は、もう一度スキル『ステップ』を使うために膝を曲げて、太腿を地面と平行になるまで腰を落とす。
「・・・。」
「どうした、お前ぇ。やんのか?やんねぇのか?」
「やりますよ!!今から!今!まさに!!」
背中越しに圧を掛けてくる師匠に、必要以上に大声を出して答える。
うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ!!!
どれだけ念じても、恐怖も躊躇も決して頭の中から消えてくれない。
さっきから何度も挑戦しようとしているのに、スキルを使おうとする度に、足が震えて動けなくなる。
ーーーちくしょう、震えてんじゃねぇよ!!
拳を握りしめて、思いっきり自分の膝を殴りつける。
それでも決して震えは止まらない。
殴った衝撃で、自分の眼から雫が流れ落ちる。なんだかよく分からない涙だ。それが悔しさから来ているのか、恐怖から来るものなのか、自分でもよく分からない。
「・・・す、『ステップ』。」
SPが消費されて、その力が俺の脚に強い負荷が掛かる。その感触を脊髄で感じた時に、脳裏に酷い痛みの記憶がフラッシュバックする。
その記憶が、俺に足を踏ん張らせることを許さなかった。
『ポヨン』
結果、なんの抵抗も無くスキルは作動して、俺の体は三メートルほど前に跳ぶこととなる。
一瞬だけ、足が地面から離れて体が浮いて、そして直ぐにまた地に足が着く。
何の痛みも無かった代わりに、何の教訓も得られない失敗をした。
背後から受ける師匠の圧がより強くなったように感じて、師匠の顔を見ることも、後ろを振り返ることも出来ない。とてつもない恥ずかしさが、火でできた蛇のように体にまとわりついて俺の身を灼く。
師匠が後ろで溜息をつく声が聞こえる。
「はぁ。もう1回だ。『やれ』。」
その後のことを語ると、何度も同じことを語ることになり冗長になってしまうので割愛させてもらうが、強制的にスキルを作動させられた俺は、失敗して、血反吐を吐いて、死にかけた。
◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️
「『やれ』。」
「『ステップ』。」
失敗。
◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️
「・・・」
「『ステップ』!」
失敗。
◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️
失敗。
◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️
失敗
◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️
失敗
◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️
失敗
◻️
失敗
◻️◻️◻️
失敗
◻️◻️◻️◻️◻️
ー。
ーーー。
ーーーーー。
◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️
「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハHAHAHAはHAHAHAは!!!!!!」
「・・・。」
「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろきえろきえろキエロキエロキエロ!!!!!」
『ガンッ!!ガンッ!!ガンッ!!ガンッ!!!』
自ら地面に頭を叩き付ける。
四つん這いになって何度も頭を地面に振り下ろす。
何度も。何度も。何度も。何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
「痛い」
ーーーあれ?なんで痛みを感じているんだ?
ーーーもう、足の傷は治してもらったはずなのに。
傷がなくなっても、何処か心の一番大事な部分が、絶え間なく痛みを叫び続けている。
俺はまた、両手と両足を地面に着けて、額を人工芝の生えた地面に叩き付ける。
まるで何かに慈悲を乞うように。まるで誰かに懺悔するかのように。
『ガンッ!!ガンッ!!ガンッ!!ガンッ!!!』
「痛い。痛い!痛い。痛い!!」
頭の中に巣食う、痛みの記憶がこの衝撃でどこかに飛んで言ってくれないかなんて、有り得もしない妄想に溺れて、正気を失いながら自分の頭を傷つける。
頭の痛みを感じているうちは、足が痛みを感じなくてもいいとでも信望しているのだろうか。自分でも俺のことが分からない。
『ガンッ!!ガンッ!!ガンッ!!ガンッ!!!』
俺が地面に頭を振り下ろしていると、師匠が煩わしそうな声でこう言った。
「うるせぇな。」
師匠は一歩も動かない俺に、ツカツカと近付いてきて、俺の頭を無理矢理地面から引き離しながら首を片手で掴んで持ち上げた。
俺の体は師匠の左手によって数十センチメートル地上から浮いて、そのまま固定される。
何の光景も瞳に映らない俺の目を覗き込んで、師匠の右手が 俺の頭蓋骨を貫いた。
「・・・。」
「・・・。」
頭からは血飛沫が迸り、師匠の手が俺の頭から引き抜かれる。
脳みそが無くなると、痛みを感じる機能も無くなるらしい。脳みそが無くなったことで、皮肉にも数時間ぶりに狂気から開放される。
痛みを感じることが無くなったので、師匠にそのまま地面に体が放り投げられても俺は何の反応も返せない。
師匠は、俺を地面に落として直ぐに回復薬を脳髄に直接振り掛ける。
頭蓋骨にできた穴は貫通していたが、その穴は最高級回復薬により急速に塞がれた。
◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️◻️
『スキル『錯乱耐性』を獲得しました。スキル『錯乱耐性』とスキル『気絶耐性』はスキル『演劇』に統合されました。』
「あれ、僕は一体何を・・・?」
「SPが枯渇して、疲れてたんだろうな。時間もいい感じだし、今日の訓練はここまでにするか!じゃあまた明日の朝にな!遅れずにここに来いよ?」
じゃあな!と言い放ち、豪快に笑いながら師匠は訓練室から出て行く。最初に受付のお姉さんから貰ったカードを扉の前にかざすと、扉は紫色に淡く光り鍵が開く。師匠はそこからさっさと出ていってしまった。
ー。
ーー。
師匠がいなくなってしまい、俺しか居なくなった部屋の中でポツンと。
「・・・逃げよう。」
こんな拷問には耐えられない。
俺はゲームで遊ぶためにこれをプレイしてるんだ。
決して死ぬような思いを意味もなく何度も経験するためじゃない。
痛みが気が狂って自傷してる奴に対して、うるさいからって、脳髄まで貫手で穴を開けて直接に回復役をぶっかけて治そうとするってって、ありかよ!?
『名前:クラウン lv.5 91
職業:魔術師 lv.1
種族:鼠人族 lv.13(197)(逃走、気絶耐性、短剣)
HP 10/10
MP 10/10
ST 550/550
RP『不殺』
STR 1
VIT 0
AGI 43
INT 1
DEX 42
MMD 0
LUC 0
【技能】
『短剣術lv.1』『短剣術lv.1』『短剣術lv.1』『短剣術lv.1』『殴りlv.1』『殴りlv.1』『蹴りlv.1』『蹴りlv.1』『ステップlv.3』『演劇lv.5』『逃走lv.1』
【称号】
『愚か者』『馬鹿者』『愚者』『阿呆』 』
今日一日の内容がどれ程過酷なものだったかは、経験していない人には言葉では伝わらないと思うが、『気絶耐性』と『錯乱耐性』を取り込んだ『演劇』が一日でlv5まで上がったという事実から、なんとなく察して欲しい
あの師匠は、いや、あいつは頭がおかしい。
あのスペックを平然と他人にも求めないで欲しい。
幸いここには自分一人しかいない。
誰も監視していないこの状況は絶好の逃走するチャンスだ。
そうだ。そうしよう。
貴重な武器だけ持って、とんずらこいて違う街にでも向かおう。
ーーーじゃあな、元師匠。短い間だが、楽しくなかったし辛く苦しいだけだったぜ。
あいつだって俺がどこにいるかわからなかったらどれだけ足が早くても探し出すことは出来まい。
フラフラと訓練室の出入口の扉に近付き、ドアノブに手を掛ける。ノブを回して扉を押すが、力を込めてもドアは開かない。
ーーーあぁ。そっか。押すんじゃなくて引く方のドアだったのか。ホテル方式ね。
今度はドアを引いてみるが、またもや扉は引かない。
???????
扉は、押しても引いても、横にスライドしようとしても、頑として動かなかった。
ーーーそういえば、師匠はカードみたいなのを扉にかざして鍵を開けてたな・・・。
もちろん、俺はそんなもの持っていない。周りを見渡してみても出入口らしきところはここ以外には見当たらない。
つまりは、だ。
ちくしょう、あいつやりやがったな。
骨折を人生で経験したことがないんですけど、あれって痛いもんなんですかね?