技術≠技能(2)
本当は毎日投稿したいけど、ペットのヤギがキャトルミューティレーションに遭ってしまい葬式を行っていたため出来ませんでした。
「『威圧』については習得は後でで構わねぇが、『ステップ』の応用だけは最優先で習得しろ。そいつが習得できないと、訓練も何も始まんねぇからな。。」
未だ詳細不明な謎の超高速移動スキルをようやく教えてもらえるのか。テンション上がるぜ。
それと、それに加えてスキル『威圧』もか。
どちらも習得方法が全くわからないスキルだ。
ゲーム開始前の初期技能選択の選択肢に『威圧』はなかったな。
つまり他のプレイヤーはまだ誰も持っていないスキルだ。
誰も持っていないものを持っている、誰も知らないものを知っているということは、大きなアドバンテージになる。
そして上手くやればその一歩は誰も寄せ付けない絶対的な距離になる。
「おい、ネズッ鼻。俺と戦って、・・・自分自身と戦ってみて、何か自分なりの戦い方っつーのは掴めたかよ?」
「ええ。まあ。僕の戦い方は、足の速さを活かして相手の死角に回り込んで急所を一突きする、みたいな感じになりそうですね。」
それに、ピエロっぽい言動と衣装、なんてものがあれば完璧だ。
「まぁ、そんなもんだろうな。だが、その戦い方には大きく三つの欠点がある。何だかわかるか?」
欠点?
当たらなければどうということはない精神のプレイをしていく上での弱点か。敵の攻撃から逃げまくって相手が疲れてきたら刺し殺す。、、、え?無くないか?
いや、ここでありませんとか言ったら師匠にぶん殴られる気がする。自分が師匠にさっき勝てたのだってまぐれみたいなもんだ。
自分が勝てなさそうな人間をイメージしてみてそいつと相対した時、相手がどう動くかを想像してみよう。
自分より強い相手って言うと、今目の前にいる師匠。それと憎っくき俺の弟だ。
奴なら、きっと、こう動く。
「・・・三つの内、二つは予想がつきます。」
あ、今師匠ちょっと嫌そうな顔した。
何だよ。自分で教えたかったのかよ。
「ほお、言ってみろ。」
これ間違えたらめちゃくちゃに煽られるやつだ。
「ぶ厚い鎧で全身を固められたら、攻めあぐねます。」
相手より早く動けても、攻撃が通らなければ意味がない。自分のSTR値は1。赤子ぐらいの腕力じゃ、物理的に金属に対してなす術がない。
この武器、『鍼』にしても、即死判定が出るのは籠手か足掛に付いている針が相手の急所を貫通した時のみ。ぶ厚い鎧を刺しても相手の肉まで届かない可能性のほうが高いし、そもそも刺さるかもわからない。、、、さすがに針が折れたりはしないよな?
「一つはそうだ。防御が強ければなかなか決め手が見つからない。
さっきお前ぇは俺の顔を狙っていたな。唯一鎧をつけてねぇとこを狙うってのは、まぁいい判断だ。」
だが、師匠がもしも頭にも何らかの被り物をしていたら、俺が何度転ばせていようとも勝ち目はなかっただろう。
「まぁ、安心しろ。大抵のやつは頭に鎧をつけねぇ。頭に何かを被せると、目も耳も鼻も利かなくなって戦闘どころじゃねぇからな。」
現実世界じゃあり得ないことだな。普通じゃ、何か一つ防具を用意するとなったらまずはヘルメットとかを用意するのに。
しかし、考えてみれば当たり前か。このゲームの世界では、VIT値によったら自分の頭蓋骨の方が鉄よりも硬いなんてことがあり得てしまうのだから。
わざわざ感覚を阻害してまで装備する必要がないのかもしれない。
あと二つ弱点があるのか。
一つは予想がつくんだけどな。
「もう一つは、相手が自分よりもスピードが速かったら何もできなくなるってことですよね。」
「そうだ。一つだけを頑張ると決めちまった奴は、誰よりもその一つだけは優れ続けなくちゃいけねぇのさ。」
「足の速さで勝負するタイプの奴は、絶対に誰かに早さで負けちゃいけねぇ。
これは何も速さに特化したやつだけじゃねぇ。攻撃の強さに自信を持っている奴は力勝負だけは負けちゃいけねぇし、運の強さに自信を持ってる奴はいつも神頼みしてなきゃいけねぇのさ。」
ならば、人類最強なら、誰よりも強くあり続けなければいけないのだろうか。・・・そんな、意味の無いことが一瞬頭に浮かんで、思考にまで取り上げられずに消えた。
足の速いだけの奴は誰かに一度でも追いつかれたら、それはただの凡人以下になってしまう。唯一の魅力が失われてしまうわけだから。
それは極論すぎるような気もするけど、真実のひとつではあるかもしれない。
さて、あと一つか。
あと一つはなんだ?
ゲームのスピードタイプの弱点は大体言えたと思うんだけどな。
悔しい。悔しいがこれ以上考えても思いつかない。
「・・・すみません。考えてみたのですが、最後の一つは何も思いつきませんでした。」
「ふはははははっ!!バーカ!バーカ!!なんも思いつかないでやーんの!!!!」
俺のことを指さしながら腹を抱えて大笑いする師匠。見事なまでの煽り顔だ。
子供か!!負けたのが悔しいからって普通そんなことするか?
元から粗雑な感じの態度だったけどいよいよ、色々な遠慮がなくなってきてるな。
師匠が弟子に対して、大人げないぞ。
「で、最後の一つってのはなんなんですか?」
「だーれがお前ぇなんかに教えてやるかよバーカ!!」
ムカ
落ち着け俺。大人の対応ってやつを見せてやるんだ。
「そんなこと言わず、ヒントだけでも教えてくださいよ。」
師匠に笑顔を向けて、内心の怒りを全く外に出さずに応対する。
スキル『演劇』さんの大活躍だ。
ゲームの外だったら、ヘラヘラ愛想笑いしながら、『あっ、そっ、そっすか〜』とか言って諦めるだけだがこのスキルのおかげでもう少し強気に発言できる。
自分の言葉を聞いて、師匠は少し俯き加減で思案する顔になった。
お?もしやなんか教えてくれるのか?説得成功か?
「ヒント。ヒントなぁ。」
二マァ
そう呟くと、師匠は顔を上げた。そしてその顔から思案顔は消えて、満面の笑みだけが浮かんでいた。
あっ、嫌な予感がする。
あの満面の笑みは絶対に『弟子にヒントを与えて成長の機会を与えてあげよう』なんて言う純粋な善意から来る笑顔じゃない。
むしろその逆。
悪ガキが『せっかく思いついた悪戯なんだから、試してみよう』なんて画策しているような悪意100%の表情だ。
二十年間他人の顔色を見ながら生きてきた俺だから断言できる。小学校の時に教頭のカツラを全校集会の場で釣り竿で引っ掛けようとしていた虎居もおんなじような顔してたもん。
ほら、今にも野球ボールで窓ガラス破りそうな顔してる。
ニタニタと不気味な笑みを浮かべながら俺の後ろに回り、俺が着ている麻で出来た初期装備の襟を掴んだ。
「あの、師匠?一体なにを・・・」
師匠はそのまま大きな手で俺の首根っこを掴んだまま、師匠の方ぐらいのところまで目線が来るよう俺を持ち上げた。
身長も横幅も師匠は、俺の倍以上あるので気分は親猫に運ばれている子猫だ。
ていうか、これ首が締まってかなり苦しい。
「出来の悪い弟子のために、優しい優しい師匠がヒントをあげようじゃねぇか。」
「いや、やっぱりもうちょっと自分の頭で考えよっかなーって、思ったんですけど・・・。」
「なぁーに。遠慮すんなって!!」
最後まで言わせてくれない。
言葉での説得を諦め、ジタバタと必死でもがき巨大な魔手からの解放と逃走を試みる。
・・・が、全くの無駄。STR値1の俺の抵抗は儚く散ってしまった。
師匠は、俺を離さないままま腰の位置を下げていく。そのことで少し俺も目線が低くなるが、決して足は地面に着かない。
まさか師匠も、俺の説得に応じて逃がそうとしてくれたわけでは決してないだろう。
むしろ、師匠のこの体勢は思いっきりジャンプするために脚に力を溜めている時の体勢だ。大きく腕を振りかぶっている。
「師匠、一体なにを・・・」
「喋んないほうがいいぜ。舌噛むと危ねぇからな。」
その危ないことをやめてって言ってるんですけど!?
「跳ぶぜ。ーーーーー『ステップ』。」
■■■■■■■■■■■■■■■■
うぅーーーーん。
あれ?ここは、、、。
フラフラする頭で、直前までの記憶を思い出す。
そうだ。思い出した。
師匠が、『『ステップ』。』とスキル名を唱えた瞬間に首が強い力で締められ、全身にGが掛かりブラックアウトを起こし、また意識を失ったんだった。
それにしても今日はよく気を失う日だな。
『スキル『気絶耐性』を獲得しました。』
ゲームアナウンスの声が脳内で流れて、新しいスキルの獲得を知らせてくれる。
新しく得たスキルの説明を見たいが、その前に周りの確認である。
起き上がり周りを見てみると、そこは樹海であった。さっきまで人工芝の訓練室にいたのに。
木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木樹樹樹樹樹樹樹樹樹樹樹樹樹樹樹樹樹樹樹樹樹樹
まさしく海のような木々の群れが俺の視界を覆い尽くす。
さっきまで訓練室にいたのに、何で急にこんなところにいるの?って感じである。
「あれ、師匠?」
周りを360°見渡してみて気が付いたが、俺をここまで運んできたはずの師匠がいなくなっている。
どこかに隠れているのかと思い、近くの木の影なんかに回り込んで探してみたが、どうも見つからない。
俺がまた気絶したから、起きるまで散策してるのか?
「おーーーい!!師匠ーーー!!!」
俺は両手に手を当てて大声を出して師匠を呼ぶ。
ああ。認めよう。この時の俺は自然というものを甘く見ていた。
スキルだったり魔術だったり、魔物なんてものが存在するファンタジックなゲームの世界で、そうでなくとも何の武力も有していない無力な少年体が一人森の中で大声で自分の居場所を喧伝するなんてあまりにも無防備だった。
無知は罪とはよく言うが、その罪に対する罰は想像よりも早くに下されることになる。
『(ーーー。ーーー。ーーー。)』
?
なんかの音が聞こえたような気がする。
鼠人族の優秀な聴覚が、何かの音を拾ったような?
師匠が、俺が目を覚ましたことに気がついて、こっちに向かってきたのか?
師匠が帰ってきたんなら、早くここから帰りたいな。
何というか、ここは何だか嫌な匂いがする。
鼠人族の嗅覚は、人のそれとは比べ物にならないほど敏感だから、うまく言葉にるのが難しいのだがそれでも人間の言葉に当てはめるとするならば、嵐の前の嫌な気圧、耳鳴りがしそうなプレッシャーがあるのに、何も起こらない不気味さ、といった感じだろうか。
「おーーーい!!師匠ーー!ここですよーーーい!!!」
『(ーーーーーン。ーーーーーン。ーーーーーン。)』
さっきより大きく音が聞こえたような気がする。
バサバサッという羽ばたき音音が聞こえ、ふと上空を見上げてみる。すると、鳥の大群が一斉に飛び立ち、どこかへ向かって飛び立っているところだった。
後悔先に立たず。今更嫌な予感を覚えても後の祭り。
恐る恐る、音のする方を振り返り、ゆっくり後ずさりながら、震える声を出す。
「し、師匠?師匠ですよね?」
『(ーーーズシーーーーーーーン。ズシーーーーーーーン。ズシーーーーーーーン。)』
大きな音だった。聞いたものを震え上がらせるような大きな音だった。
遠くに、木の頭よりも高い影が動いているような気がするけど。気のせいだよな?
動いているというか、猛スピードでこっちの方に近づいて来ているような気がするんだけど、気のせいだよな?
この樹海の木って一本三〜四メートルはあるような木なんだけど、それよりもおっきい生物なんて存在しないよな?
誰か嘘だって言ってくれ!!!
『(ーーーーーーバーーーーーーーーーン。バーーーーーーーーーン。バーーーーーーーーーン。ーー)』
大きく、重い音だった。聞かないように耳を塞いでいても、地面を伝って腹の底から響いてくるような、大きく、重い音だった。
音がするたびに、足が地面から一センチぐらい飛び上がって、浮いている。
黒い大きな影はどんどん近づいてきている。
濃い獣臭がしてきた。
「あう、あうあう。」
もう俺はすでに極度の恐怖で半分涙目、脚も震えてろくに意味する言語を発することができない、立っていることがやっとのようなひどい状態になっていた。
「っ!!『演劇』!『演劇』!『演劇』!」
何が来るかは分からないが、今のままこんな状態だったら逃げることもできない。
俺は、『演劇』スキルを唱え続け、恐怖心を押さえ込み精神の安定化を図る。
涙を流したら何も見えない。
叫んだって何も聞こえない。
震えていても動けない。
なら、落ち着け。
『(ーーーーーーードゴーーーーーーーーーーーン。ドゴーーーーーーーーーーーン。ドゴーーーーーーーーーーーン。ーーー)』
遂に、怪物が現れた。
両の拳を地面にぶつけ、剛直な脚で蹴り出して進む。見ただけで分かる圧倒的な質量がこんなスピードで迫ってきてるなんて、嘘だと言って欲しい。
そいつは、端的に表すのなら、ゴリラだ。
もっとも、体長五〜六メートルのそいつは現実世界のゴリラとは比べ物にならない迫力を持つのだが。
全身を覆う黒い筋肉は鋼でできた鎧のようだが、ゴワゴワとした太い毛が、更にその筋肉を埋めつくしている。
ーーー。
大丈夫。大丈夫さ。
落ち着け。どんな生物だってちゃんと話し合えば分かり合えるさ。
まずは挨拶でもして友好の意を示そう。
「・・・ちゃお。」
そいつは、両手の平で自分の分厚い胸筋を打ち鳴らし、雷鳴のような声を上げる。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
『ENCOUNT!!『フィールドボス:猿王・森種』』
鼓膜が破れそうになる化物の雄叫びを聞きながら、脳内でそんなアナウンスが流れた。
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質問だが、大型犬に吠えられたことはあるだろうか。
リードで繋がれてるやつでも、野良犬でも何でもいい。
俺は、ある。
大型犬に吠えられるというのは、意外にも怖い経験だ。鋭い爪と牙を持つ獣に、敵意剥き出しにされるんだから、そりゃそうだろう。
犬という存在は、成人男性の半分にも満たない全長でも、本気を出せばあっさりと人間を噛み殺すことができるらしい。
子供の時に、近所にいたバカ犬に買っていた猫が食い殺されて、俺も瀕死の重症を負うことになった。
その時から、俺は犬が嫌いになったし、元々俺は、犬に限らず大抵の生物は苦手になった。
・・・そんなことはどうでもいい。
ところで、想像してみて欲しい。
そんな犬の体積何十倍のゴリラの怪物が目の前で仁王立ちしている恐怖を。
化物が目の前百メートル以内に存在していると言う事実を。
博物館でマンモスや恐竜の化石なんかを見た時に感じる畏怖と迫力。それが生きてるんだから迫力は百倍、恐怖は一億倍だ。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
太鼓を数百台並べて一斉に叩いたような、爆発音にも似た雄叫び。
まさしくキングコングと言うべき姿だ。
奴は、今俺のことを見下ろしている。
完全にこちらをロックオンしている。
鋭い眼光が俺の身体を突き刺している。
俺はうかつに動けないが、相手も何故か動かない。
「『逃走』。」
スキル『逃走』を唱えたが、走って逃げるわけではなく、モンスターと目を合わせたまま、ゆっくり後ずさっていくだけだ。
熊などの獣と相対した時、一番やってはいけないことは、背中を見せて逃亡することらしい。大抵の獣は人間よりは足が速いので、隙を晒せば一瞬で追いつかれて攻撃される。それは即ち、死だ。
まぁ、ちょっとした保険みたいなもんだ。
にしても、やばいな。
さっきまでは、混乱していたから事態の深刻さを飲み込めないでいたけど、『演劇』のお陰で幸か不幸か冷静さを取り戻し、より一層現在の危険を理解してしまった。
今、絶妙な均衡でお互いに不可侵な状況が成立している。
俺が無闇に相手に刺激を与えたり、隙を晒したりしたらこのバランスはあっけなく崩れてしまうだろう。
俺が今できることは、ゆっくり後ずさりながら猿王が動かないことを祈るだけ。
こいつの縄張りに入り、大声を出してしまった迂闊な俺を許してもらえるよう、敵意がないことが伝わるよう願うだけ。
ーーー。
体の大きいこいつが通り抜けられないような木が密集して生えている群にゆっくりと入っていく。
俺と猿王は目が合っているが、まだ怪物が動き出す気配はない。
既に相手との距離はかなり離れた。
木の影に隠れてしまえば小さな体の俺は、奴の視界から完全に消える。
そろり。そろり。
後ずさって木々の後ろに周り完全に身を隠した時、猿王が仁王立ちをやめ、両足(両手?)を地面に着いた。
「!」
初めて動きを見せた猿王を警戒しながら、俺は変わらず距離を離すために歩みを止めずにいた。
猿王は体勢を変えたが、そのまま何もせずにいたので、なんとか撒いたかと思い安堵の息を吐いた。
しかし、その時、ノシノシと猿王は四足歩行で進み始めた。
元の場所に帰っていくのではない。俺がいる場所に進んできているのだ。
やばい。
やばいやばいやばいやばいやばい
なりふり構わず俺は背を向け走り出す。ここまで距離を稼いで、相手から自分は視認出来ないのだから隙とかなんとかを気にする必要はない。
「『ステップ』。『ステップ』。『ステップ』。」
ポーン。ポーン。ポーン。
スキルを使えば移動速度が速くなるが、本当にスキップしている時のような動きになるため全速力で走ることができなくなる。
「『ステップ』。『ステップ』。『ステップ』。」
ポーン。ポーン。ポーン。
夢を見ている時に、何かから逃げていると地面が柔らかくなったかのようにうまく走れなくてもどかしい気持ちになる時があるが、今もそんな感じである。
全速力で走るよりも、スキル『ステップ』を使う方が早く進めるのだが、動きはギャグ漫画みたいである。
ちくしょう、師匠め。こんな危険なところに放置するんなら、超スピードのやり方を教えといてくれよ!!
無警戒に大声を出した自業自得なことも棚に上げて姿の見えない師匠を呪う。自業自得というか、自縄自縛。
ちらりと一瞬後ろを振り返ってみると、猿王は進行を邪魔する木々を突進で薙ぎ倒しながら依然こっちに向かってきている。
あいつの体はこんなかの密集した地帯には入らないと思っていたが、木程度ではなんの障害物にもならずに猿王がなんの力も入れずただ進んだだけでなぎ倒されてしまうらしい。
まずい。このままじゃ追いつかれる。
お、おおおち、お落ち着け。俺は人類最強に勝利を収めた男だぞ。
何か、何か策を考えるんだ。
奴の視界に再び入ってしまったら、ゲームオーバー。
二度と逃げる機会はなくなるだろう。
追いつかれる前にどうするべきか考えなくては。
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猿王は、こちらにグングン近付いてきている。
時折、立ち止まっては匂いを探しているのか鼻を鳴らして、また進行方向をこちらにして歩みを進める。
ゴリラって鼻がいいのか。意外だな。
猿王が近付いてきているというのに、今の俺には全くの焦りがない。さっきから、『演劇』を使い続けているからだ。
もうほとんどこのスキルがないと落ち着かないぐらいにはこのスキルの中毒者になってきているような気がする。
猿王は、もうほとんど俺の近くにいるが、まだ気がついていない。
猿王も匂いは確実に近くなってきているのに、俺の姿だけは一向に見つからないんだから、さぞ戸惑っていることだろう。必死に鼻を鳴らしながら地面を見回し自分よりも圧倒的に小さな鼠人族を探している。
猿王の歩みが突然止まった。
鼻を鳴らすこともやめて、じっと地面の一点を見つめている。
四足歩行に移行せず仁王立ちしたまま探していたら、きっとそれを見つけることは無かっただろう。
その視線の先には、大きな木の幹があり、その根っこの上には一つの籠手が落ちている。
俺の武器でお馴染みの細短剣『鍼』である。
くくく。猿王め。戸惑っておるわ。
『え?これ、さっきの鼠人族のだよね?』みたいな顔をして首を傾げながらゆっくり細短剣の落ちている木の根に近付いていく。
スンスンと匂いを嗅いで、やはりこれはさっきの奴の装備だと確信した直後、ハッと何かに気付いたような顔をして、猿王はバッと木の上(●)を見上げた。
その瞬間、俺は木の上から飛び降りる。しかし、その木は今猿王が見上げている木ではない。
その一つ後ろの木だ。
さっき逃げることを諦めた時、俺は左の籠手を地面にわざと見つかるように置き、木に登って猿王をじっと待っていた。
猿王のでかい体で囮の籠手を見るために屈むと、ちょうど俺の真下に奴のうなじが来るような位置どり探して、隠れていた。
猿王が仁王立ちしたままだったら、目線が木のてっぺんを超えるからあっさり見つかってしまうが、奴は小さな俺を木の多い森の中から見つけるために四足歩行で俯きながら探していたからちょうど死角になったのだ。
それにしても、師匠に放り投げた時といい、囮に使っている今といい、俺ってもらった装備品を雑に扱いすぎだな。
今度、あのオカマな武器商人に会ったら謝っとかなくちゃ。
しかし、師匠もこの猿王も、戦い慣れしている奴ほど相手が武器をぞんざいに扱うと、そっちに注意を取られすぎるから引っかかりやすいんだろうな。
殺し合いを何度もしているからこそ、相手の思考を読むのに慣れすぎて、嫌でも『今こいつが武器をほうったのは何故なんだ!?』って考えちゃうんだろうな。
その隙に、俺が殺す。
猿王が俺のいない木の上を見上げているうちに、奴の急所を後ろから刺す。
俺は木の上から飛び降り、今落下している最中だ。
細短剣『鍼』の効果は急所を攻撃した時の即死判定。
モンスターを殺すとRPの『不殺』に反してしまい、ゲーム時間で24時間ステータス値が1/10になってしまうがこの際しょうがない。だって逃げきれなくて、殺さなきゃ殺されるし。他のプレイヤーと違って、『阿呆』とかいう称号のせいで一回デスしたら即アカウント削除されちゃうし。
奇襲作戦のために、声を全く立たずに猿王の首に背後から飛び蹴りする。二双一対の装備『鍼』のうち右の足掛を使った踵落としだ。これで針を突き刺して終わらせる。
ふはははは!貴様の敗因は、俺を小さいと見くびり自分の頭より上を探さなかったことだ!!!!
喰らえっ!!!
『ズブッ』
奇襲は見事に成功し、武器の針は猿王の頸に刺さり、猿王は痛みで叫びを上げる。
「グワオオオオオオオオオオオォォォォォォォォァァァァァァォォオオオオ!!!!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
『鍼』の突き刺さった猿王の筋肉は隆起して、ボコボコと皮膚の下を波打つ。猿王の背中に立つ俺の足からその振動が伝わってきて気持ち悪い。
頭が痛い。
この雄叫びは、音なんてもんじゃない。
全身を殴られてるみたいな物理的な衝撃が、身体の芯を貫く。
グラグラ。ビリビリ。
ーーー雄叫び?
ーーー何でまだこいつは死んでいない?
確かに俺は猿王の首に装備の針を突き刺した。
なのに、何故即死判定が起こっていない?
即死判定が起こるまでにタイムラグがあるのか?
それとも、この雄叫びは最期の力を振り絞った抵抗なのか?
「あっ。」
あ、
あああああ。
細短剣『鍼』の説明文を思い出す。
『『鍼』《unique》
籠手と足掛、二双一対の細短剣。
『鍼術』に対応した武器。
四本の針の、それぞれ先端六個には、急所貫通攻撃の場合にのみ、『即死判定』が確定。
薙ぎ払いなどの、刺突以外の攻撃を繰り出しても、ダメージ判定は発生しない。』
『急所貫通攻撃のみ』
急所に攻撃するだけじゃ、即死判定は出ない。貫通してなければ。
貫通。
どうやって?
首だけで大樹程の太さがあるこの猿王を十センチメートルしかないこの針で、どうやって貫通するんだ?
「グワオオオオオオオオオオオォォォォォォォォァァァァァァォォオオオオ!!!!!!」
っ!
まずった!!
急いで、猿王の背中から降りて逃げようとする。
しかし、
「ぐっ、クソっ!」
思いっきり深く突き刺した細短剣『鍼』は、痛みで猿王が首の筋肉を収縮させたのか全く抜けない。
不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味いまずいまずいまずいまずい。不味い!!!!
猿王は、右腕を後ろに振り上げ首の後ろにいる俺を叩き潰そうとしている。
抜くことの出来ない装備の足掛を解除して、猿王に武器を突き刺したまま俺は体だけ緊急離脱する。
バンッ
猿王は自分のうなじを右手の平で叩きつけ、そこに獲物がいなくなっていることに気がつく。
猿王の背中に乗っていた俺は、猿王が叩いた時の揺れでバランスを崩し、ゴロゴロと転がりながら地面に地面に激突する。体中に所々かすり傷ができてるし、左の籠手と右の足掛が今、手元にない。
猿王は再度地面を見回し、転んでいる俺の姿を見つける。眼光が鋭すぎてちびりそう。
さっき転んだ時に足挫いて起き上がれねぇ!!
猿王の目が示す感情は、誰がどう見ても怒り。憤怒だ。目を血走らせながら、歯を剥き出しにして、鼻息荒く唸っている。
俺から絶対に目を離さないまま、今度こそ確実に叩き潰さんと腕を振り上げる。
「『ステップ』!『ステップ』!!」
最後の抵抗で逃げようとしてみるが、そもそも起き上がれないんだからスキルが発動するわけがない。
猿王は、その圧倒的な暴力を有した腕を思いっきり振り下ろす。
俺は恐怖から目を開けていられる事もできずに、ギュっと目を瞑る。
ーーーブォン。
鼠人族の耳のせいで、腕を振り下ろす時の風切り音が、とてもクリアに聞こえる。
うぅ。こわい。
こんな化け物と対峙しなけりゃよかった。
涙と汗とあとなんか他の体液でぐちゃぐちゃになった顔で叫ぶ。
さようならゲームの世界。こんにちは現実。クラウンというアカウントは横暴な師匠の悪戯のせいで消滅します。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー「ほい、そこまでな。」ーーーーぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあまぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ーーー。
ーーーーー。
ーーーーーーーーー。
あれ?
目を瞑って、叫んでいても、いつまで経っても腕が振り下ろされない。
これが、死ぬ前は時間がゆっくりに感じられるってやつか?
恐る恐る、目を開いてみる。
するとそこには、ゴリラがいた。
いや、正確には倒れている猿王の前にゴリラのような体格の師匠がいた。
「し、師匠?」
「おう、助けてやったぞ。バカ弟子。」
「じじょう゛ーーーー!!!」
目の前が、涙でぼやける。
師匠、あんたが神だ。
垂れていた鼻水をすすり、問いかける。
「師匠は、今までどこに行ってたんですか?」
「ん?いや、どこも何もずっとここにいたぞ。隠れてお前がどう動くかを観察してた。」
てめええええええぇぇ!!
もっと早く助けろや!
「猿王は、どうなったんです?急に倒れてるんですけど。」
さっきまで俺のこと絶対殺すマンだった猿王は、今は師匠の後ろでうつ伏せに倒れている。
「死んじゃあいねぇよ。こいつは巻き込まれた被害者だからな。俺が『威圧』をかけて気絶させただけだ。」
『威圧』ってあの威圧か。師匠が使うと龍も硬直するって聞いてたけど、俺が文字通り手も足も出なかった巨大なモンスターを一撃で昏倒させるのか……。
師匠が、俺が囮に使っていた右の籠手と猿王の背中に突き刺した左の足掛を回収しに行ってくれる。
その間になんとか立ち上がろうとするが、足も挫いてるし、恐怖と安堵から腰が抜けてしまって全く立ち上がることができない。
ズプッ!
師匠が猿王の背中に登り、勢いよく『鍼』を抜き取る。
そうして、二つとも装備を拾い集めてきてくれた師匠に声を掛ける。
「師匠ー。うまく立ち上がれないんで手を貸してくれませんか?」
「もう帰るし、手を貸すなんかみみっちいこと言わずに肩でも貸してやるよ。」
お、それはありがたい。ぶっちゃけ立てても歩ける気がしなかったし。
「よっと。」
師匠は、笑顔で俺の服の襟を掴み、そのまま持ち上げて俺を俵担ぎする。
「!?」
ようやく俺は、どうやってここに連れてこられたかを思い出す。
忘れてた!安心したからって気が緩みすぎてただろ、俺!
「よぅーしっ!帰るぞ!」
「ゆっくり!ゆっくり歩いて帰りましょう!!ほら、俺今怪我して疲れ切ってますし!!」
「馬鹿。のんびり歩いて帰ってたら二日は掛かるっつーの。」
そんな距離をひとっ飛びしないでください。
二日かけてもいいんでゆっくり帰ってください。
「『ステップ』。」
やめろおおおおおぉぉぉぉ。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
地獄。まさしくこの世の地獄だ。
さっき、『気絶耐性』とかいうスキルを得たせいで、鳩尾に師匠の肩が食い込んで死ぬほど苦しいのに気絶も出来なかった。三途の川を見る、なんて表現があるがそこまで意識を失えることが本気で羨ましい。
『『気絶耐性』
パッシブスキル
獲得条件:短時間で5回以上気絶する程の衝撃を受けること。
効果:気絶しにくくなる。』
「うおええええええぇぇ。」
めちゃくちゃ気持ち悪いのに、何かを吐くこともできないから一向に気分が改善されない。
時間にしてみれば五分ぐらいの移動だったんだろうが、体感では永遠に思えるような苦痛の時間だった。
冒険者ギルドの訓練室に戻ってきて、ようやく師匠は進むのを止めてくれた。
「まぁ。冗談はさておきだ。俺が言ったお前の最後の弱点。それが何か分かったか?」
冗談!?いまこの師匠笑いながら冗談って言ったか?
さっきまでの俺の死闘とか、今の苦しみも全部師匠の冗談だったっていうのか?
冗談半分で殺されてたまるか!!
俺は他のプレイヤーと違って一回デスしたらリスポーンしないんだぞ!!!
おっと、『演劇』『演劇』。落ち着かねば。
で、えーと、なんの話だっけ?
「弱点、でしたっけ。」
そんな話もあったなぁって感じだ。
そもそもなんであんなところに放り出されたか思い返したら、俺が自分の弱点のヒントを頂戴って言ったからだった。
だからって、あんな死の危険のあるやり方でヒントを望んだ訳じゃない。
防御力が高いと攻撃が通らないこと。
自分よりも速い奴がいると無能になること。
あと一個弱点があるらしい。
まぁ、それを実際に体感するにはあのやり方は最適だったと言えなくもないが……。言えなくもないが、絶対に認めたくない自分がいる。
「……体格差が違いすぎると、何もできません。」
俺は猿王に『鍼』を使って急所攻撃を仕掛けたが、攻撃に成功しても装備についた短い針じゃあ貫通することはできなくて、即死判定が生じなかった。
目玉を攻撃すればまだ可能性はあったかもしれなかったが、その分攻撃に成功する確率は下がっていただろう。奇襲でそこまで狙う技術も度胸も生憎俺にはない。
師匠は、俺の答えを聞いてニヤリと笑って言った。
「おう、そうだ。だから俺はお前に『スキップ』と『威圧』を覚えさせるっつったんだよ。理解できたか?」
「ええ。まぁ。」
自分より速いやつ、よりも速く動くために『ステップ』を使いこなしてあの神足をものにする。
硬かったり、デカかったりして攻撃が通らないやつを倒すために『威圧』を覚える。
なるほど。理にかなっている。
それにこの二つのスキルを使ったプレイスタイルは自分がやりたいピエロロールプレイにも合っている。
相手より速く動いて敵の攻撃を全て避け、距離関係なく敵に状態異常『気絶』や『錯乱』を付与する。
最強に相手を馬鹿にして殺すピエロっぽい。
まだ、なんもピエロロールプレイ出来てないけどな。
そもそも他のプレイヤーに遭遇できてないんだよなぁ。俺が自分のしたいことをできる日な来るのだろうか?
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「うし!じゃあ、まずは『ステップ』の練習だ!まずはお前ぇ、スキル使ってみろ。訓練室内一周だ。」
「はい。」
師匠から言われた通りに一周500mぐらいはありそうな訓練室の中を『ステップ』を使って走ってみる。
「『ステップ』。『ステップ』。『ステップ』……。」
ポヨンっ。ポヨンっ。ポヨンっ。ポヨンっ。
うーん。普通に走るよりは速いけど、やっぱりいまいち迫力に欠けるギャグみたいな走り方だなぁ。
特に何事もなく、一周し終えて、訓練室の出入り口の扉の前に立っている師匠のもとに帰ってくる。
「ふん、三分前後ってところか。やり方が悪いな。」
「じゃあ、次は師匠が一周してみて下さい。」
精々、上手い人のを観察して技術を盗ませてもらうとするか。師匠の一挙手一投足を見逃すまいと、穴が開くほどじっと見つめる。
「ほれ。」
『(ビュン。)』
一瞬、師匠の体がブレて見えたけど、全く動いたようには見えなかった。
まさか……。
「今、もしかして師匠一周しましたか?」
「おう。」
いや、おうって……。自慢げな顔で腕組まれても。
わかんねーよ。
「あの、全く見えなかったんですけど。もう一回やってくれませんか?できればもう少しゆっくり分かりやすくやっていただけるとありがたいんですけど。」
さっきは師匠が突っ立っているだけにしか見えなかった。どこに力を入れて自分とどう違う動きをしたのか全くわからなかった。
ていうか、ちょっとしたコツ程度の違いには思えないんだが?
「しゃーねーなぁ。もっかいだけだぞ!」
『(ビュゥン。)』
さっきより長い時間師匠の体がブレたが、やっぱり動きを目で追うことはできなかった。
「師匠。やっぱり何も……って、え?」
師匠は、俺の後ろを指差している。
なんだと思って振り返ってみると、訓練室の周りに生えている人工芝が大きく円状に毟られている。
まるで誰かが千切っては投げをしながら一周したみたいだ。ていうか実際にしたんだろう。
「わかりにくいっつーから、腿上げして地面を抉りながら走ってみたんだ。どうだ?分かりやすいだろ?」
そう言いながら、ほっ、ほっ、とリズミカルに左右の脚を交互に上げて腿上げをして見せる師匠。
本気でこれが一番分かりやすい方法だと思ってんだろうなぁ。俺みたいな凡人が知りたいのはそういうんじゃないのに。
どこの筋肉をどう使うかとか、今の俺の動きには何が足りてなくてどうする必要があるのかとか、そういうことを知りたかったのに。
これだから感覚だけでできる天才タイプの奴は。
さっきからドヤ顔がすげーもん。
拍車が掛かってるよ。これで弟子も理解できるって信じて疑ってない顔してる。
「残念ですが師匠。全く分かりません。」
「はぁ!?」
何でここまでして分かんないの!?って顔だ。
本当にこの顔嫌い。今まで何回も見てきた表情。
理解できないこっちが悪いような気がしてくる嫌な顔。『普通にやれば出来るじゃん?』ていう奴全員来世はフンコロガシにでも転生して欲しい。普通に出来ないから困ってるんじゃん。自分の"普通"を他人に押し付けないで欲しい。
「師匠。僕の動体視力を考慮した動きでゆっくりやりましょう。師匠はさっきから言葉足らずが過ぎます。急に森林に置いていった時も然りですが、なにか行動に意図があるのならそれを言葉にしてください。言語化しないで実際の動きを一回見ただけで全てが理解出来るやつなんて早々いません。」
師匠は、一瞬思案顔をして俺の言葉を反芻するように腕を組み視線を上に向けた。それからすぐ納得した顔つきになっておもむろに口を開いた。
「.........言葉足らずが過ぎる、か。いいだろう。それじゃあゆっくり説明してやる。」
師匠は腕組みを解き、腰を半腰まで下げる。
「『ステップ』を使う時、予備動作として脚に力を溜めるだろ?それでギュッと力を込めたまま、跳ばずに耐える。」
師匠は、もう一度腰を上げて仁王立ちに戻る。
確かに、スキル『ステップ』を使用すると消費したSPが脚に力を与え、そしてグンっと推進力となって前に跳ぶ。
「で、もう一回『ステップ』を使って力を溜める。だが、その力は解放せず溜め続ける。」
師匠が半腰になり、また力を込める素振りを見せてから膝を伸ばして元の体勢に戻る。
「これも、見せた方が分かりやすいか?」
そう言って師匠は、自分の純白に輝く鎧を取り外していく。
膝、脛、腿と順番に足の部分を守る装備を解除していき、俺が理解しやすくなるように見えやすくしてくれている。
自分でお願いしといてなんだが、急に優しくされるとなんだか気持ち悪いな。
「力を溜めて、堪える。」
また師匠は同じ動きをする。
今度はかなり動きがわかりやすくて、力を込めた瞬間に師匠のふくらはぎがボコボコと隆起していたのを確認することが出来た。
「力を溜めて、堪える。力を溜めて、堪える。力を溜めて、堪える。力を溜めて、堪える。・・・」
そう言って、師匠は何度も何度も同じ動きを繰り返した。
ギュッ。スっ。ギュッ。スっ。
何度も何度も何度も何度も。そして最後に、
「んで、そうやって溜めた力を一度に解放する。」
『(ビュン。)』
師匠の姿が一瞬だけブレる。相変わらず動きは全く見えなかったが、それはさっきまでの無理解とはまるで別物だ。
「これだけだな。」
「これだけですか。」
「これだけだ。ほら、やってみろ。」
「はい!」
これなら自分にもできるような気がする。なんだ、最初からそう言ってくれればよかったのに。
えーと。
「『ステップ』。」
を使って、脚に力が溜まるけど、それを解放しないように跳ばずに押さえつけてと……。
『バチッ』
突然、ふくらはぎに棒で叩かれたような衝撃を感じる。
それと同時に急激に地面が頭に近づいてくる。
あれ?なんでこんなに地面が目の前にあるんだ?
顔と胸に衝撃が来てようやく自分の体が倒れていることに気が付く。
え?なんで俺倒れてんの?
うつ伏せに倒れているから、頑張って首を捻ることで後ろを振り向くことに成功する。
「あーあ。」
師匠が、額に手を当て、困ったものを見るような声を出す。
いや、見てるのは、俺じゃなくて俺の足か?
師匠から視線を移動させ、自分の足を見てみると、俺のふくらはぎは殆どの筋肉が無くなっていて、腓骨と脛骨が剥き出しになっているのが目に入った。
皮膚が破裂したように千切れ、辺りの人工芝には俺の血と肉片が散らばって大変グロい光景になっている。
ツンと香る鉄サビの匂いが鼻に届いて遅ればせながらようやく事態を飲み込むことが出来た。
「うせやん。」
もうやだ、この超展開。
話の内容がオカンの作るカルピスよりも薄いですね。あともうちょっとしたらピエロロールプレイするんじゃ。
余談ですが、主人公のクラウンくんは称号『阿呆』の効果でモンスターからの好感度が大なので、攻撃を仕掛けずにそのまま猿王の縄張りを出ていれば要らぬ衝突を生みませんでした。
ゴリラって繊細で優しい性格のが多いらしいので、きっと彼もお見送りするぐらいの意識だったんじゃないですかね。