短剣ピエロと長剣使い
この作品のいい所!
①まだまだ投稿数が少ないから、すぐに最新話まで追えるよ!
②いい暇つぶしになるよ!
③ブクマ、感想を書いても読者であるあなたに一切の損失は出ないよ!
④③のどっちか、あるいは両方をしたら作者は感動して咽び泣きながら三点倒立するよ!!
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禍々しく捻じ曲がった枝を持つ木々の間を、おどろおどろしく黒い瘴気が凪いでいる。
おびただしい数の樹林が、陽の光を遮り、空を見上げても暗黒色のみが広がるばかりである。
通称『魔の森』
人の生存圏より少し離れた位置に存在するこの森。最奥の深い瘴気より産み落とされる討伐推奨LV30以上の強大な魔物たちが姿こそは見えないが、そこら中に犇めいていた。
そんな森の少し奥。道無き樹海の一本の木の枝の上に、一人の道化がいた。
背丈は一メートルほど。頭の大きさに対して手足は短く、人間の子供のような体型をしている。
格好はピエロそのものである。
左右で白と紫に二股別れた星屑の模様が特徴的な帽子をかぶっており、帽子の先端にはそれぞれ黄色いボンボンが着いている。
一見布製のような服装は、よく見たら爬虫類の鱗のようで、冷たくぬらぬら粘性に溢れている。
胴は白を基調としたレース付きのシャツに赤いボタンが並び、ズボンは青のストライプ。
その格好も十分にこの樹海には似合わず異様だが、何より異様で普通のピエロ足りえない点が、身につけている装備である。
帽子の中央。ちょうど二股の谷の部分には、金色の王冠がちょこんと乗っかっている。
手足には、服装の外連味からは考えられないほど無骨で金属質な篭手と甲掛を一対ずつ装備している。それぞれ指先の十数センチ程の長さの針が妖しく光っている。
二双一対の細短剣。
ーーー固有装備『鍼』。
そして、何より奇怪にして異形なのは、少年の頭に対して大きすぎる仮面である。
目の歪みは笑っているようにも落胆しているようにも見え、眉のうねりは驚いているようにも怒っているようにも思える。口は幸福の絶頂にいながら何かを軽蔑するように大きく裂けている。そして右目から頬にかけて大粒の涙が一雫。
人間が表現しうるありとあらゆる感情全てを魔女の鍋で煮詰めたかのような仮面が、顔の全面を覆っている。
衣装と装備に全身の肌が一切隠されており、その立ち居住まいからは一切の感情を伺わせない。
熱も冷気も一切拒絶、断絶する不気味さは見るだけで本能的に恐怖と嫌悪を想起させる。
性別、種族、年齢、全てが不明。
人呼んで『栄冠捧ぐ喝采すべき愚者』
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「ーーーーな~んて、私一人でモノローグっぽいのを語ってみたりしましたが。」
そう言って俺は、木の枝に腰掛けながら独りごちる。
木々の隙間を、生温い風が漂っている。
瘴気にもすっかり慣れてしまった俺は、その風に吹かれて眠くなってきてしまった。
木の枝に座った状態から、ゴロンと寝っ転がり体を木の幹に預ける状態に。そのまま『睡眠』の魔法でも自分を対象に使おうと思ったが、人が来た時に眠りこけていたら締まらないため、仮眠する程度でとどめる。指を組んで枕代わりにして、しばし目を瞑る。
「暇ですねぇ。・・・ピエロロールプレイで他のプレイヤーを待ち構えるのも。」
俺の独り言に対して、脳内に声が流れてくる。
『ーーーくすくす。酷いわぁ、私の信徒。『一人きり』だなんて。私もいることを忘れてるんじゃないのかしらぁ。』
「黙れ、駄冠。」
お前を人数に数えるな。
この呪いの装備が。
『ーーーくすくす。くすくす。照れなくてもいいのよぉ。あなたと私は一心同体。不離一体なんだからぁ。』
「ほんとに黙れ。お前が勝手に取り外し不能になってるだけだろ。・・・いいか?俺とお前は一心同体なんかじゃない。何故ならお前は俺が居なくなったら消滅するかもしれないが、俺はお前がいなくなっても困らないからだ。」
くすくす、くすくすと腹立たしい笑い声が脳内に流れ込む。
神話上の王冠だか、廃れかけの女神だか知らないが、本当にムカつくやつだ。
俺は、帽子の上に乗っている無駄に金ピカなしょぼい王冠を小突く。
こいつがめちゃくちゃ傷つく言葉を吟味して、最大限の効果を発揮するセリフを放ってやろうとする。
「ーーー。」
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その時、木の根本付近からガサガサと草を踏み分け歩く音がした。
俺は、呪いの装備を罵倒する言葉を飲み込んで、枝の上から寝転がったまま地上を覗き込んでみる。
『ーーーくすくす。来客かしらぁ。』
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どうやら、俺のいる木から少し離れたところに、誰かが来たようだ。
それは、全く知らない男だった。ここに来たってことはまた新しい旅人なんだろうけど。
その男の姿を認めると、俺は木の枝に足の装備に付いている細い針を突き刺す。
プレイヤーがウロウロと付近を歩き回り、ちょうど枝の真下に来た時に、枝を中心にぐるりと逆さまに飛び出してやる。
「ばア!!こんにちは見知らぬお客様!!!」
男の旅人と、逆さまに飛び出した俺の顔が間近に接近する。
男は、俺の姿を視認すると、一息に後ろへ飛び退き五メートル程の距離をとった。
その間に俺は木の枝から飛び降りて、地面に足をつける。金属製の甲掛が木の根に当たり、キンと微かに音を立てた。
急な敵の出現に、それでも男は一切動揺した様子を見せず、冷静な顔で口を開く。
「・・・ここに居たか道化師。探したぞ。」
なんだコイツ。脅かし甲斐の無ぇ奴だな。
他のやつにこれやったら、もっといい反応してくれたのに。
まあ、冷静沈着で、鷹揚自若としてる奴を狂わせるのが、この俺の、ピエロの本懐だ。
「おやおヤ。私を探されておりましたカ。モテる男は辛いですネ。」
「お前の噂は聞いたぞ。道化師。お前はプレイヤーを無闇矢鱈に殺して回っているのだろう?ならば、さあ、俺とも死合え。」
しかも何だ急に。『死合え』?頭おかしいんじゃねぇの。
男の姿をよく見てみる。
地味な色合いの着流しに、草履を履いただけの簡素な服装だ。背中に馬鹿みたいに長い長剣を背負ってるだけで、特にアイテムを装備してる様子もないし、初心者プレイヤーか?
しかし、左足を少し後ろに下げて、半身だけをこちらに向けながら体の軸が少しもぶれていない。武道の心得がない俺にもなんか強そうに見える。
『ーーーくすくす。旅人ってことは、この子も私の信徒に殺されて恨みを持ってるのかしらね?』
知るか。んなもん。
キルしたプレイヤーなんて、多すぎてもう顔も一々覚えてねーよ。
そんな内心は一切表に出さず、技能『演劇』を使って、いつものように短剣使いのピエロロールプレイを行う。
わざとらしいまでに、仰々しく道化師の演技をする。
「まぁマ。落ち着いてくださいお客様。まずは陽気にご挨拶。『茶話会』へようこソ!」
「挨拶など、どうでもいい。俺はお前と死合いに来ただけだ。」
男は背負った武器に手をかける。
三メートル越えの長剣。いや、大太刀か?
ふーん。だから、さっきから五メートル位のこの間合いを保っているのか。俺が動き回るたんびに自分の位置も変えてやがる。
本格的に何かしらの武道の経験者説あるなこれ。
「突然、『死合う』だなんて物騒ですネ。私、何かあなたに恨まれるようなことしましたっケ?・・・したんでしょうねェ。私ったら、数百人いるプレイヤー全員を一度殺しちゃった訳ですシ。」
そう。俺は数週間前に、一度、一堂に会したこのゲームの参加者を全員漏れなく殺している。
それはもう、凄惨に。残虐なまでに、悲惨に。
逃げ惑うプレイヤー全てを殺して見せた。
そんなこんなで俺は今、ちょっとした有名人になっている。
そのため、俺は全プレイヤーからとことん嫌われていて、『栄冠捧ぐ喝采すべき愚者』なんて大層な二つ名まで付けられ、俺がたまに住処にしているこの森には恨みを持った沢山の旅人が結構な頻度で来訪している。
こいつも、その手合いだろう。
「別にお前に恨みなどない。一度お前に殺されてしまったのは俺の弱さによるものだ。それを他人のせいにしたりなどしない。
俺はただお前が幾多もの最前線プレイヤーに勝利を収めていると聞いて、自分の腕試しのために来ただけだ。」
けっ。端正な顔でつらつらと喋りやがってよぉ。
俺は、人に好かれてそうなイケメンが無条件に嫌いなんだ。妬ましい。
しかも、顔を見るにアバターを作る段階で自分の現実世界の顔を弄ってないだろ。
独特の歪みが見受けられない。
てことは、ガチで元々の顔がいいんじゃでねぇか。〇ねよ。
「私だっテ、誰彼構わずに殺して回っている訳じゃあ有りませんヨ?私ハ、殺人鬼ではなク、道化師なのですかラ!」
「さぁ、早く構えろ。道化師。」
「話を聞かない方ですネ。よしてくださいヨ。戦うのモ、『道化師』なんて味気ない呼び方モ。他のプレイヤーと同じようニ、私のことは『栄冠捧ぐ喝采すべき愚者』と呼んでくださイ。」
大仰なまでにゆっくりと、右手を上げて、紳士的に見せかけたふざけたお辞儀をする。
シルクハットを脱ぐような動作だ。
全く礼儀に則ってないし、むしろ馬鹿にした挨拶だ。
・・・こいつさっきから全く動揺しないな。ずっと冷徹な目で俺の位置と装備の動きだけを観察してる。
「いや、そんな呼び方は聞いたことがないな。」
「・・・」
「というか、お前そんな変な呼び方されているのか?
それは、いじめと言うやつでは無いのか?」
「・・・変ナ?」
「それにさっきから、その台詞にカタカナを混ぜたみたいな変な喋り方も、何か罰ゲームでもさせられているのか?」
ふふふ。
ふふふふふ。
変な喋り方?
「・・・ふ、ふふフ。この喋り方ハ、私の人生で最大の敵にしテ、『破滅教』の教祖である男とノ、死闘の末に手に入れタ、由緒ある喋り方なんですヨ?」
「その変な喋り方を?死闘の果てに手に入れたものなのか?それは。それほどのものか?
それに、さっきからちょくちょく単語を『』で括っているのは何故だ?それがかっこいいとでも思っているのか?」
ふふふふ。
ふふふふふふ。
「・・・・・・もちろン、価値ある素晴らしい喋り方ですとモ。皆さんかっこいいと褒めてくれますし。」
「それは、気を使われているだけじゃないのか?
クラウン・クラウンだったか?名前にしては長いじゃないか。」
気を使われてなんかない。
姫様だって、『お主がそれで良しとするのならば、妾はなーんも申しはせんよ?』と優しい笑顔で言ってくれたし。
「『クラウン・クラウン』は王冠(crown)と道化師(clown)のダブルミーニングで・・・」
「『栄冠捧ぐ喝采すべき愚者』の意味もよく分からないし。それは、本名なのか?」
「・・・・・・」
ふふふふふ。
ふふふふふふふ。
『ーーーくすくす。くすくす。くすくす。くすくす。うふふふふ。あはははは。面白いわねぇ。本当に面白いわぁ。
ねぇ、私の信徒。言われちゃってるわよぉ、好き勝手にぃ。それにこの子ぉ、全く悪意も悪気もないわぁ。純粋に疑問に思って質問しているのよぉ。』
そんな事、お前に言われなくても見ればわかる。
だからこそ、許せない。
こいつ、本心から俺のセンスを侮辱しやがった。
『ーーーくすくす。くすくす。私の信徒。
ーーーくすくす。あなた、頑張って自分の二つ名考えてたもんねぇ。ーーーくすくす。必死になって単語を捻り出して。ーーーくすくす。毎日ウンウン唸りながら、一生懸命悩んで創作活動してたもんねぇ。』
頑張ってとか、必死にとか、一生懸命とか思っても言うんじゃねえよ。
二つ名作るのに努力するやつってべらぼうにだせぇじゃねぇか。
そういうのは当たり前のようにスマートに思いつくのがかっこいいもんなんだよ。
つくづく、センスを解さない愚物共め。よくもまぁ、これだけ俺をコケにしてくれたもんだ。
「・・・ふふフ。ふふふふフ。こんなにも怒りの気持ちを抱いたのは数年ぶりですヨ。
・・・あなたは殺しまス。絶対ニ。必ズ。」
「ふむ。なぜ怒っているかはよく分からんが、本気で殺し合うというのならこちらとしても僥倖だ。」
男のーーー『市蔵』の目を見る。
本当は、他人の目なんて死んでも見たくないが、こいつを殺すためなら、トラウマの一つや二つ位簡単に乗り越えられる。
見る。見る。見る。
見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。
一挙手一投足逃さず見る。
感情をブレを読み取る。
相手の魂の奥底まで呑み込まんと観察する。
「ふフふ。この目の力を本気で使うのハ、子供の時に封印して以来ですかネ。私に本気を出させたことヲ、後悔しながらくたばりなさイ。」
「そういったセリフは、ちんけに聞こえるからやめた方がいい。」
「・・・名前を名乗ってくださイ。あなたの名前ヲ。」
「申し訳ないが、本名を名乗る訳にはいかないため、プレイヤーネームとなるが・・・一流の一刀流になる男、『市蔵』だ。」
「そうですカ。私の名前は『クラウン』でス。旅人殺しのクラウン。あなたを殺すものの名前ヲ、せめて覚えテ、死んで下さイ。」
市蔵は、背中の大太刀を振り抜く。
俺は、相棒の細短剣『鍼』をだらんと下げる。
二人の間に、穢れた瘴気が凪いで、淀む。
俺が仕掛けると同時に、相手も刀を振る。
「ーーー『劇場型殺戮』!!」
「ーーー『一閃』」