転生者は、自ら首を突っ込む
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痛々しい女性の声に兵士さんが真っ先に反応する。
「どうされましたか?」
「あっちで両親が怪我をしてしまって…肩を貸してくれませんか?」
「それは大変だ!どちらに?」
「あっちに…案内します。」
「いえまだ魔物が潜んでいるかもしれない。危険です。早く結界の中に」
「こっちです。」
「あ!お待ちを!!……仕方ない、俺たちも行くぞ。二班と三班はこのまま残れ。」
兵士さん数名のスライムのような結界から飛び出して走り出す後ろ姿を見て、思わず首をかしげる。
クラウスさんが負けるとは思わないが、おそらく対峙している襲撃者に仲間がいないとは限らない。
早いところこのスライム結界に避難した方がいいだろう。
だけどなんとも不可解だ。
そんな私の様子を見てアルは耳元で私にだけ聞こえるように小さく問いかけてくる。
「おいモブ。あの時、クラウスが相手してたヤツ…見えてたか?」
無言で静かに首を振る。
あの場で襲撃者の姿が見えていなかった。
なぜか声だけは聞こえたためその場にいることは理解していたのだが、下手に勘付かれたら恐ろしいから見えているフリをかましていた。
エミリーちゃんに用があったようだから私の大根役者ぶりに気づかなかっただけかもしれないが、鈍くて助かった。
おそらくあの場にいた襲撃者は魔物だったのだろう。
私が首を振ったことでさらに鋭く目を吊り上げたアルは再度私に問いかける。
「それじゃあ正直に言え。
今のヤツは見えたか?」
その言葉に頭が真っ白になった。
それではまるで、さっきまで何かがいたような口ぶりじゃないか。
「ど、どういう」
「見えなかったんだな?」
アルは強調するように私に今一度確認を取る。
そう。私には見えなかった。
それはつまり、そういうことである。
その私の反応を見て確信した様子のアルは、手を掴んで結界の中心へと歩き出した。
住人たちは私たちを避けるように道を開けていくため移動はしやすかったが、正直それどころじゃない。
焦る心に締め付けられながらも周りがパニックにならないよう、なんとか小声でアルに話しかける。
「と、とにかくあの兵士さんたちに知らせなきゃ」
「それよりこの結界を強化する方が先だろうが。アレが襲ってきた場合、ある程度時間稼ぎができるようにな。」
「え…兵士さんたち死んじゃうかもしれないよ?」
「アイツらは田舎モンとはいえ兵士だ。その兵士を助けてここが危険になったら本末転倒だろ。…言ってること分かるよな?いいからお前は大人しくここにいろ。」
そう言ったアルは結界の中心で手を掲げて力を込める。スライム状の結界がぐらりと歪み、だんだんと薄く見えなくなっていく。
「ッチ…誰が作ったんだこの欠陥結界は。穴だらけじゃねぇかよ。」
「おい!何をしている悪魔の子め!」
「うるせぇな!結界張り直してんのがわかんねぇのかど三流!引っ込んでろ!」
小言を漏らしながら結界を補強するアル。
確かに魔物がここの場所を知ったとなれば、襲ってくるのは間違いないだろう。そしてその時にはもう、あの兵士さんたちは死んでしまっていることを意味する。
兵士さんたちが勝って帰ってきてくれればそれでいい。だが、その逆の場合は?今もまだ気づいていなかったら?
なんの力も持たない私は、あの聞こえてきた声が人間のものではないことを分かっているのに。
「………アル。」
気がつけばアルに声をかけていた。
「あ?どした。」
「アルのいう通り、ここの補強は大切だよね。エミリーちゃんや村の人たちのような力を持たない人がここにはいるんだもの。」
「……おう。」
アルはここの結界の張り直し、この場所に残った兵士さんたちは万が一他の魔物が襲ってきたときの戦闘員として残る必要がある。
それならば。
「だから私が知らせてくるね。」
「…は?」
「アルはこのまま結界をよろしく!」
「おい待て!モブ!」
後ろから聞こえる声を無視して大人たちの足元を駆け抜ける。
なんの力も持たない雑魚が行くなんて無謀だろう。分かっている、分かってはいるがこれは感情の問題だ。
ここで行動しなければ、私はきっと永遠に後悔する。
もう、後悔するのはごめんだ。
「!?待つんだ君!」
兵士さんたちもただならぬ私の雰囲気になにかを感じ取ったのか、私を捕まえにかかる。
だがそれよりも早く、全速力で結界の外へ飛び出した。
うわ、ぬるっとした。気持ち悪。
心臓がバクバクと悲鳴をあげているが構わず走り抜ける。
筋肉痛と言っていたがまだまだやれる。
いややるしかない。
自分自身を奮い立たせて兵士さんたちが走っていた方向へ走り続けていると、耳元から危険信号を知らせる妖精たちの声が聞こえてきた。
『レイちゃん戻っテ!危ないヨ!』
「ちょうどよかった!妖精さん!あの人たちはどっち行ったの!?」
『右だヨ!』
「おっけー!ありがとう!」
『いやダメだヨ!!』
「あとは!?」
『ココをマッスグ!ア"!!』
チョロい。
そして妖精は嘘はつかない。
その言葉通りに私は突き進んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
おかしい。
とある兵士、リチャード・ガントレッドは違和感を感じていた。
目の前を歩く女性に連れられて来たものの、想像よりも距離がありすぎる。
結界を張った位置からしばらく歩いて来たが、本当に彼女は怪我をした両親を置いてこの距離を歩いて来たのだろうか。
ついつい疑ってしまうが、この女性からは魔物らしい気配は感じられない。
(騎士団長であるクラウスがあの魔物と決着をつけるまで、俺たちがなんとしても住民たちを守りきらなければという責任感で敏感になっているだけか?)
そう思いあたりを警戒しながら進んでいると、途端に後ろの方が騒がしくなった。
「っ。止まれ!彼女を囲んで守れ!」
仲間に防御陣営を指示し、剣を構えて敵を迎えようと気合いを入れるとそこに現れたのは。
「あ!いたぁあああ!!」
あの悪魔の子と一緒にいた少女だった。
「っ!!何故こんなところにいるんだ!危ないじゃないか!!」
思わず少女に怒鳴るが怯む様子はない。
それどころか幼い子ながらになかなかのスピードで走りながら、大きな声で叫んだ。
「後ろ!!!!」
その言葉を聞くと同時に、後ろから感じる殺気。
「はぁー、もうめんどくさいっすね。」
それは決して女の声なんかではなく、ましてや仲間の声でもない。
「っ!散開しろ!!!」
こちらに突っ込んでくる少女を受け止め、背後へ視線を向けると。
「ま、ここまでやりゃオッケーっしょ。先輩うまくやってますかねー?」
身体は人間だが顔が白蛇となった化け物が、退屈そうに大きな口を開けて大あくびをした。