転生者は、魔女と過ごす〜5日目③〜
「よーし特別隊、おつかれーい。」
『お疲れサマ!レイちゃん!』
『レイちゃんハイタッチ!』
「片手上げとくからそっちからハイタッチよろしく。」
「おいおい待て!なんだこれは!」
そんな私と妖精さんの会話を聞いて、少し冷静になったアルはどういうことかと私に詰め寄る。
「アイビスの花ってね、持ち主の感情によって色や効力が変わるんだって。私の予想通りエメラルドグリーン色になった。」
「こんな色…見たことねぇ…」
「エメラルドグリーンは癒しだよ。」
その意味の通り、見ているだけで心が穏やかになっていく。暖かい光は邪悪な波動を追い払う役割を持っている。
「このアイビスは癒しのポーションのような役割があるの。病気を打ち消すことはできないけども、病気の進行を遅らせることができる。少なくとも、私がポーションを作れるようになるあと数日はおじいさんを守ることが出来る。」
「そんな効果があるのか…」
「うん。でもこの癒しの力を継続させるには、持ち主の感情が必要不可欠なの。だから私がポーションを持ってくるまで、アルはおじいさんの側から出来る限り離れないで。」
アルの手を引っ張り、眠りについているおじいさんの頭の横にアイビスを置く。ふわりと風に吹かれて緑の粉の粒子が舞い上がる。
その光に包まれたおじいさんはどことなく微笑みながら寝返りをうった。
「信じられねぇ…寝返りをうてるまで回復したのかよ。」
「それはよかった。じゃあ私はあと少ししたらワンダさんの家に行ってくるから。」
「は!?1人でか?オレも」
「ダメ。心配しないで大丈夫。クラウスさんについて来てもらうようにお願いしたから。」
「……なんでアイツが」
「クラウスさんは今私に頭が上がらない状態だからね……ふふふ」
「なにしたんだお前。」
「そこは割愛させてもらうよ。」
女子を泣かせるなんて騎士にあるまじきことですよね?有給使って付き合ってもらいますよ。…そんな脅しの場面を今の彼に伝える必要はない。
(これであとはポーションを作るだけだ。)
身体を伸ばしながらアルを見ると、少し安心したようにおじいさんを見つめている。
昨日ロクに寝れなかったのだろうか、少し充血していた。
「ちょっとまってて。あ、あと台所借りるね。」
「は?おい待て」
私が持っていたハンカチを台所で濡らす。お気に入りだが、まぁしょうがない。
そして空中に掲げ、姿の見えないお友達に協力を仰ぐ。
「これ、ちょっと温めて。」
『イイヨー!』
そんな言葉が聞こえると、手の中にある濡れたハンカチが程よい温度に温まった。
『イッチョアガリ!』
「ありがとう。」
そのハンカチが冷めないうちにアルの元へ戻り、怪しむように私に視線を向けてくる。
「どこ行ってたんだよ?」
「これ用意してたの。ほら暖かいでしょう?」
かつて拭いてもらったように(いやそれよりはるかに優しく)アルの顔にハンカチを当てる。
少し驚いた様子だったが人肌のような温度に安心したのか、私の手に頭を擦り付けるような動きをする。なにこの大きな猫、かわいい。
「いいでしょうこれ。癒される?」
「ハンカチの柄がムカつくけどな。なんでどいつもこいつもハートなんだよ。」
「ご縁があるんじゃない?いいじゃん似合ってるよ。」
「うるせぇよ張り倒すぞ。」
言葉とは裏腹に口元が緩んだアルを見て、やっと安心する。
「そういえばなんでじじいの容態が急変したこと知ってたんだよ。妖精に聞いたのか?」
「ああ…ワンダさんに聞いたの。妖精さんは知ってたくせに何にも教えてくれなかったけど。」
『ダッテ…レイちゃん絶対動揺すると思っテ。』
反省したように小さく呟く妖精の声が聞こえて、思わず苦笑する。
「なんであの魔女が知ってんだよ…」
「ナンデダロウネ。」
「なんか知ってんだろうお前。」
「おっとそろそろ行かなければ。」
誤魔化すの下手だなお前…とからかうように笑うアルに手を振り、クラウスさんとの待ち合わせ場所へと走り出す。
(アイビスの花でなんとかなっているけど、早くポーションを作らないとね)
そんなことを思いながら。
「嵐のようなヤツだな…」
それでも1人でいた時よりはるかに気分が楽になった。アイツならポーションを本当に作ってくれると心の底から信用している自分に驚くが、…………悪くない。
自分の顔が綻んでいるのを感じる。
そんなことを考えながら花へと視線を向けると、ギョッとした。
先ほどまでは純然たるエメラルドグリーンだったのに、今は花びらの先が少し真紅の色に変化してきている。慌てて深く深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、その紅はすうっと姿を消した。
(あ、危ねぇ…)
さっきの真紅の色合いなら知っているし、見たことがある。昔、母親が父親からもらったのだと嬉しそうに見せてきたのを思い出した。
アイビスの花は所有者の感情に強く影響を受ける。それ故に自身の想いを相手に伝える媒体として、よく使われるのだ。
感謝の気持ちであれば、黄色。
友情の証であれば、青色。
恨みや怨念であれば、黒色。
そして、恋慕であれば。
(くっっっだらねぇ!!!)
さっきの紅は見間違いだ。
眠すぎてそう見えただけだ。
そう考えたアルは自身の祖父の横に椅子を持ってきて、眠りにつこうと瞳を深く閉じる。
その様子を見ていた妖精たちは各々に笑い出す。
恋する少年少女から感じる、真紅なアイビスの薫りがキミから漂っているというのに。
『ホント、素直じゃないんだネ!』
そんな声も、肝心な本人には届かない。