転生者は、協力を仰ぐ
クラウス・バートンという男は、正義を人型にしたような男だ。
彼は生まれながらにして英雄の素質を兼ね備えた青年だった。卓越した剣術、一瞬で魔物を葬る魔力。10歳にして聖剣を引き抜いたその瞬間から、彼は努力を重ね、20歳という若さで騎士団長という地位まで上り詰めた。
(だからこそ、彼の存在は興味深い。)
悪魔の子とまで呼ばれる赤髪の少年。
赤髪は魔力の象徴。大賢者のように世界を救う存在として君臨する場合もあれば、現在この世界を蝕んでいる魔王のように邪悪な存在となる場合もある危険人物。赤髪の子が産まれた瞬間に殺してしまう地域もあるほど恐れられているのだ。
(まさか出逢うことになろうとはな。)
関所に突如現れた少年は、それはもう異質な存在だった。彼が少しでも魔力を込めたのなら、クラウス以外の兵士は震え上がるだろう。いや、もしかしたらクラウスでさえも恐怖を感じたかもしれない。それほどに、自分以上に英雄としての素質を持った人間を見たのは初めてだった。
(魔物のように欲を満たすためだけに力を行使するような愚か者であれば斬り伏せる。)
そう思っていたのだが。
「隊長!!お帰りなさい!!そしてアレをなんとかしてください!!」
「手に負えません!!」
村の巡回から戻ると数名の兵士が私に声をかけてきた。よく理解しないまま連れて行かれると。
「なんだ…この騒ぎは。」
目に飛び込んできたのは幼い少女が90度の角度で頭を下げており、それをあの赤髪の少年を含め大勢の兵士がやめさせようとしている奇妙な光景だった。
「本当勘弁してください!!私なんて一瞬で死んじゃうような雑魚なんで!!ミジンコみたいな弱者なんで!!兵士さんたちに危害を加えようなんてそんな大それたこと考えてないんです!!」
「お嬢ちゃん分かったから頭あげて!」
「怖がらせて悪かったって!!もう大丈夫だから!おじさんたち誰も剣なんてもってないから!」
「おい!この子お前の連れなんだろう!?なんとかしろ!」
「うるせぇ!!分かってんだよ!!この野郎……!どっから力出してやがる!!全然動かねぇ!!」
まるで祭りのような騒ぎになっていた。
「どうにかしてください隊長!」
「……………。」
無理だ。
クラウスが小さく呟くのと同時に、痺れを切らした少年が少女の脳天にチョップを繰り出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大きめのソファに、少しでも窓を開ければ大惨事になりそうな量の書類。
隣には不機嫌そうに私の頭に氷を乗っけている幼馴染。目の前には金平糖のようなお菓子とお茶。おもむろにお茶を一口飲み、一息つくと、見計らったかのように灰色が視界に入ってきた。
「落ち着いたか…モブロード嬢。」
「あの……お手数かけました……」
「いや兵士側がキミたちにちょっかいをかけたのだろう。謝る必要はない。」
妖精さんたちの勤労ぶりに感動していたものの、一番懸念していたゴルゴンの肝がやはり手に入らなかった。そのためクラウスさんに協力を仰ぎにきた私たちだったのだが。
「出てけ!!この悪魔の子め!」
そういっていきなりアルに剣を向けてきた兵士がいたもんだから、焦った。それはもうアル本人よりも焦った。
「うるせぇ。消えろ。」
そのままスルッと横を通ろうとする神経が分からない。図太過ぎない?
その後もアルと兵士さんは口論になるわ、いっぱい人は出てきてもれなく剣は抜くわ、アルは魔法で一掃しようとするわで心臓は張り裂けそうだった。
(このまま戦闘開始になれば…間違いなく死ぬ!!!巻き込まれて死ぬ!!)
気づけばアルに脳天を叩かれるまで、ひたすら命乞いをしていた。
「本気で死ぬかと思いました…」
「キミは闘いとは無縁な生活をしてきたんだ。突如剣と魔法が目の前で交差すれば、パニックになってもおかしくはあるまい。」
苦笑しながらお茶を飲み干し、なんとなく沈黙が気まずくてお菓子を口にする。
…………なにこれうまい。
「美味しい。アルも食べてみなよ。氷はもう抑えてくれなくていいからさ。」
そう言いながら氷に手を伸ばすとはたき落とされた。なぜ。
「甘いもんは好きじゃねぇ。気に入ったんならお前が食え。」
「まぁ甘いものが嫌いならしょうがないか。でも氷はもういいよ。落ち着いてきたし。」
「……まだ冷やしとけ。」
「冷たすぎて頭痛くなるんだけど。」
互いに互いを見つめて10秒程度。
耐えきれなくなったアルはぎこちなく視線をずらし呟く。
「コブ……できたらどうすんだよ。」
「あぁ……確かに。思いっきりアルがチョップしたからできちゃうかもね……ってえええ。」
効果音で言えばズーン……といったところか。今まで見たことがないくらい深く俯き、反省した様子のアル。逆に怖い。
「な、なに?どうしたの?」
「別に……」
「全然別にって感じじゃないよねそれ。」
ウジウジと下を向き、カビでも生えそうなくらい隠なオーラを出しているのが信じられない。明日は槍でも降るのか。
「深くは聞いてやるな。男心というやつだ。」
私が気に入ったお菓子をさらに持ってきたクラウスさんは、封を開けながら横目でアルを見る。
「男心?」
「ああ。あまりこと細やかには言えないが、大切な女子を守るどころか怖がらせる原因を作り出した自分への苛立ち。しかも暴走を止めるためとはいえ、コブができるかもしれないくらい思いっきり叩いてしまったことへの後悔。………こういう時は踏み込まず、そっとしておくのが一番さ。」
「てめぇまじでふざけんなよ!!踏み込むどころか土足で踏み荒らして行きやがって!!表出ろクソが!!」
こ、こと細やかすぎる。
さっきのウジウジオーラから一変、顔を真っ赤にしてクラウスさんに食って掛かっている。しかし気にした様子もなく私にお菓子を渡してくるクラウスさん。恐るべきメンタル。アルは怒りが収まらないようで、私の頭の上に乗っけていた氷をクラウスさんめがけて振り下ろしている。全て避けているが。
(私の周り超人しかいないの?)
はぁ…とため息を吐くと反応するようにアルの肩が少し跳ねた。
「じゃあそんな複雑な男心のアルくんに罰を与えよう。」
「………んだよ。」
お、意外に乗ってくれるのか。
思わず口角が上がり、手に持っていたお菓子をアルの方へ運ぶ。
「はい。あーん。」
「!?!!!?!?!」
「少しでも悪いと思ってるなら一緒にお菓子食べようよ。それにこれ絶対高いお菓子だから食べといた方がいいって。」
ホラほら。
ぐいぐいとそのまま近づけるとアルは観念したように、口を少し開けた。
そこに目掛けてお菓子を放り込むと、イチゴのように赤くした顔で咀嚼する。
「美味しいでしょう?」
「………甘すぎて気持ち悪りぃ。」
「えー……でもこんな豪華なお菓子、今度いつ食べられるか分からないし。食べられる時に食べとかないとね。アルにとっては罰だから最後まで付き合ってもらうよ。」
「罰っつーか……もう考えるのもだるい。」
存分にいじめられると意気込み、さらに彼の口元へお菓子を運ぶ。先程よりは赤みが引き落ち着いたのか、それとも諦めたのか。私の好きなようにさせている。
「見てるこっちが胸焼けするほどだな…」
クラウスさんも甘いのは苦手なのか、遠い目をしながら私たちのお茶会を眺めていた。