盗賊娘は、母を想う
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ない、ない、なにもない。
目前の壁に手を当て、必死に松明の火を翳すもなにも見つからない。
どうしてだろう、ここにならなにかあると思ったのに。
「マリー。」
そして突然名前を呼ばれ、時間切れを悟る。
動かしていた手を止め、振り返って手元の松明を声の方向へ向ければ、私の名前を呼んだその人が壁に寄り掛かるようにしてこちらを見つめている。
マザー、私の憧れの人。
「あぁ可愛い私のマリー、何処に行ったのかと思えば……こんなところにいたのね。」
こんなところ、と彼女が指すのは隠れ家「龍の墓場」の最深部にある寂れた空間。
ただでさえ暗がりの洞窟内で灯りが一切なく、漂う不気味さからマザー以外自然と誰も近づかなかった場所である。
「此処で一体なにをしているの?」
「……………。」
「彼のもてなし、アンタに頼んだはずよね?」
彼、即ち客人である恩人の幼馴染。
マザーと同じ色を持つあの少年のこと。
恩人を招待するとなれば必ず彼は付いてくると告げるとマザーは嬉しそうに快諾した反面、私に赤髪の少年をもてなすように…つまりは見張っておくようにと言いつけた。
理由は分からない。
けれど理解する必要はない。
これまでであれば何をおいても必ず守っていたであろうマザーの言いつけ。
「この私からの仕事をほっぽり出してまで、何を探していたのかしら。」
けれど隠れ家へ帰還してすぐ、恩人を追って離れていく彼の背中を引き留めようとしなかったのは。
きっと恩人の隣には彼が必要であるだろうと本能的に感じると共に、自分のやるべきことをやらなければと思ったからである。
「あぁ、マリーが悪い子でカカ様はとっても悲しいわ。……とっても。」
そして僅かに苛立ちを滲ませるマザーの微笑みを見て思う。
その勘はきっと正しかった。
そしてこちらに歩み寄るマザーを前に姿勢を正し、深く深く頭を下げた。
「ごめんなさいマザー。私、知りたかったの。」
「知りたかった?お客人が来ているというのに、放っておいてまでなにを?」
「恩人が来ている今だからこそ分かると思った。マザーが何を考えていて、何をしようとしているのか……どうして恩人を狙うのかを。」
私が言葉を紡ぐと、マザーは言葉の意味を図るように赤い瞳を吊り上げる。
「私、マザーが好きだから分かるんだよ?リリーが恩人の話をしたあの日から、ずっと恩人を欲しがってるよね?」
私が念を押すように呟くと、マザーは足を止めて私を見つめる。
私はマザーが好きだ。
何処にいても私を導いてくれる赤い髪が、幼い頃からとても好きだ。
顔も知らぬ実の両親から捨てられた私を拾ってくれた、私という存在を真っ直ぐに見つめてくれる優しい人。
マザーはいつだって私の特別で、だから本当はマザーが欲しいものは用意してあげたい。
けれど今私を見つめるその瞳は悲しい色に染まっていて、明らかにこれまでのマザーとは別人のように冷たく光る瞳に、自然と手は背中に担いだ大剣へと伸びる。
「ねぇマザー、誤魔化さないで?恩人をどうするつもりなの?」
「……それを聞いてどうするの?」
「もし恩人を危険な目にあわせるつもりなら、私は、私はマザーを止めなきゃいけない。」
「……大きく出たわね。もし仮に危害を加えようとしていたとして、アンタがこの私を止められるの?」
その言葉に息が詰まる。
確かに私は同年代の姉妹たちよりずっと大剣の扱いは拙いし、可愛い妹分のように自分の感情のままに行動することにも慣れていない。
けれどすぐに脳裏に浮かんだ少女の姿に、気がつけば私は口を開いていた。
「分からない。でもマザーの娘として、できる限りのことはしたい。恩人がそうやってかべを乗り越えてきたように。」
「………そう、大きくなったのねマリー。本当に、大きくなった。」
優しく褒めるように告げられた言葉とともに私へと手を翳したマザーは、瞳を怪しく光らせる。
すると背後から壁が崩れ落ちるような音が聞こえ、慌てて振り返ればそこには大穴が姿を現していた。
脈を打ち、誘うように大口を開ける穴に咄嗟に一歩後ろへ下がる。
すると逃がさないように私の腕を掴んだマザーは美しく微笑んで呟いた。
「世界を知って友を得て、盲目的に私を慕わなくなった。今のアンタにはきっと魅了魔法もかからないのでしょうね。」
「っ、」
「あぁ賢いマリー、これで最後だなんて、カカ様は残念だわ。」
ひゅっ、と息が詰まる。
誰だ、この人は。
彼女のまるで魔物のような顔つきに恐怖した。
すると動揺したところにドロリと嫌な魔力が流れ込み、視界がグラリと歪んでいく。
「本当に、残念だわ。」
薄れゆく意識のなか聞こえた声に、視界が真っ黒に塗り潰されていく。
きっと私が邪魔になったのだろう。
もしかしたらもう二度と目が覚めることはないかもしれない。
………もしかしたら私の憧れた優しいマザーは、すでにもうどこにもいないのかもしれない。
その恐ろしい仮説に答えを出す前に、思考はプツリと途切れた。
「……というのが全ての経緯だが、大丈夫か。」
目の前の灰色の騎士に声をかけられ、虚いでいた意識が戻ってくる。
こちらの様子を観察するような鋭い蒼の視線に少したじろぐと、隣に立っていた灰色の騎士とそっくりな白衣の男性…ランディが告げた。
「兄さん、マリーはまだ目が覚めたばかりって言ったでしょう。」
「そうだったな。すまない。」
「…いや、私が聞きたかったことだから。」
どれほど長く眠っていたのか、そしてその間に何が起こったのか、マザーが何をしていたのか。
ある程度は想像していたとはいえその全てを告げられると、やはり堪える。
マザーの異変に気がついていたのに止められず。
挙句恩人たちを危険な目にあわせて傷つけて。
そして最終的には自分の居場所を守れず、失った。
目覚めたはずなのに身体が重い。
すると突然、目の前の騎士がおかしなことを口にした。
「辛いだろうが、今後どうするかじっくり考えるといい。」
「……?…考える?」
一体なにを今更。
そんな思いで灰色の騎士の言葉を繰り返したのだが、彼は大きく頷いて言葉を続けた。
「貴女は生き残った。生き残った者として先のことを考えなければならない。静かにこの村で暮らしていくのか、最後まで足掻くのか。」
「……足掻くだなんて今更…」
「そうか?……少なくとも、そこの貴女の友人は諦めてはいないようだが。」
そう言われて感じる、右手の温かさ。
視線で辿ってみると、私のすぐ隣に座り手を握ってくれている恩人の姿があった。
そういえば、起きてからずっと温かった気がする。
………いつからそこに居てくれていたのだろう。
「それでは失礼。お大事に。」
「お大事にね、マリー。」
視線が離せない私に挨拶をした二人は静かに病室を出て行ってしまった。
静かな病室内で私も恩人も口を開かない中で痺れを切らしたのは、恩人の隣に立つマザーと同じ赤髪の少年だった。
「なんか言え!!」
「あいたぁ!?」
何故か盛大に、彼女の頭に手刀を入れた。
「え、あ、」
「い、痛いよ!なにするのアル!?」
「テメェが今更モジモジしてるからだろうが気色悪い!!サクッと言えよサクッと!」
「だ、だってだって!色々あるじゃん!!気持ちの整理とか色々!!」
「だってもクソもねぇんだよクソモブが!!お前らしくもねぇ!!下手に言い淀んでやがるからこんな微妙な空気感になってんだろ!!」
「そうだね!でも今まさにその空気感はアルがぶっ壊してくれたから大丈夫だね!………あれ?ありがとう?」
拍子抜けだった。
あんなことがあったのに何も変わらない二人がそこにいて、何故かドッと肩の荷が降りたような…そんな不思議な感覚だった。
そんな私の戸惑いに気がついたのか、軽く咳払いをした恩人が私に向き直り繋いでいた手を握り直す。
「とにかくまずは…そうだね。おはよう、マリーちゃん。」
「……っ。」
途端に言われたからかなんなのか、その衝撃は相当だった。
温かさが身に染みて涙腺を刺激し、先程話を聞いていた時には流れなかった涙が込み上げてくる。
「マ、マリーちゃん!?どうしたの!?どこか痛いの!?」
慌てふためく恩人の姿が滲んでいく。
どうしてこの人は、そんな優しい言葉をかけてくれるのだろう。
「たたたたた大変だアル!ランちゃんをもう一度呼び戻さないと!!」
「………いや、そういうのじゃねぇだろ。なぁ?」
そう彼に問いかけられて視線を下に向ける。
「そ、そうなの?」
「ごめん…なさい……」
「え?」
「私、なんとなく…分かってたの。マザーが恩人を狙ってること。」
「……。」
「でもマザーの考えてることを理解したくて、身勝手だけど恩人を連れて行ったの。怪我をさせるつもりはなかったけどそれでも…それなのに私…!怖い思いをさせて…ごめんなさ…!!」
ごめんなさい、と呟いた声は涙で震えてしまった。
痛む胸に固く目を瞑って俯くと、顔をあげるように頬に手が差し込まれ、切なげに彼女は呟いた。
「謝るなら私の方だよ。」
驚いて言葉を詰まらせると恩人は私の顔を覗き込んで、悲し気に眉を寄せた。
「少し考えればマリーちゃんが悩んでたこと分かったはずなのに気がつけなかった。こんなに苦しんでる友達に気がつかないなんて、友達失格だよね。」
「そんなの、恩人のせいじゃ…!!」
「それに……マザーさんが石になったのは私のせい。」
「……え。」
言われた意味が分からず聞き返すと、彼女も瞳を少し潤ませて言葉を続ける。
「確かに色々あったけど、私が魔物に襲われそうになった時、マザーさんが身を挺して私を庇ってくれたの。だから私は今ここにいられるけど…マザーさんはそのせいで…。」
「マザーが…」
「ん?」
「マザーが恩人を守ってくれたんだね?マザーは、マザーは優しいマザーのままだったんだね?」
思わずこぼれ落ちた言葉は縋り付くように情けなかった。
それでも恩人は大粒の涙をこぼしながら頷く。
「うん。戦闘の最中、マリーちゃんだけでも地獄から救い出してほしいって…言ってたよ。マリーちゃんが言う通り、優しいお母さんだね。」
マザーの本質は変わっていなかった。
優しいマザーのままだった。
「よかった…!!よかった…!!」
その事実が今の私にとって救いだった。
誉ある死であったことが救いだった。
「だから優しいマザーさんたちを、私は助けたいと思ってる。」
そして私たちのために涙を流し、助けてくれようとする優しい友人がいたことが、なによりも救いだった。
「助け…られるの…?」
「何年かかるか分からない…。でも、力を貸してくれる?」
「っ、うん、もちろん、もちろんだよ!!」
そのためにも生きなければ。
互いに号泣しながら抱き締め合う私たちを、マザーと同じ赤髪が優しく見守っていた。