転生者は、身体を休める③
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泣いた、自分でも引くぐらい怒涛に泣いた。
泣き止むまでだいぶ時間がかかってしまったものの、精神的にはかなり楽になったのか身体に翼でも生えたような晴れやかな気分に頬を緩める。
「超スッキリした件について。」
「そりゃあなによりだがそのままだと腫れるぞ。」
「うっわ確かにそうだね。ランちゃんから温められるなにかを貰ってくるよ。あ、この本一瞬だけ持っててくれる?」
「……待て。」
アルに本を一度返し、身体を離した後にベッドから降りようとすると緩く肩を掴まれ動きを止められる。
何事かと視線を向ければ、私の目元にゆっくりとアルの手が覆い被さった。
「な、なに?」
「力抜け。」
途端に目の奥に染み渡るような温かい蒸気が私を癒し、強烈な幸福感に満たされる。
気持ち良すぎて口が半開きになると、笑ったアルが耳元で尋ねてきた。
「加減は?」
「あったかーーい…」
「へぇ、やってみるもんだな。」
「これも魔法なの?」
「そうだな。まぁ、ありがたく思えや。」
「ありがたやー…」
溶けてしまいそうな穏やかな時間。
彼の優しさに全身から力が抜けてしまうと、支えられるように腰を引き寄せられた。
このまま眠れたらどんなに幸せなんだろうか。
ふわりと香るアルの匂いに癒されながら、もう身を任せてしまおうかと考えて……ハッとする。
「いやダメだってこれ!!!」
「なにが?」
「幸せすぎてなんか帰って来れなくなりそう!!のんびりしすぎてダメ人間になりそう!」
「何言ってんだ。あれだけ大変だったんだから、こんな時ぐらいのんびりしてもいいんじゃねぇの?何処にも行かないでこのままゆっくりしちまえ。」
「な、何故にそんなに悪魔級な誘惑を…!」
「まぁオレは悪魔の子らしいし、たまには悪魔らしく誘惑しねぇとな。」
「そういう意味じゃなくて!!」
楽しそうに笑い声をあげるアルにこのままでもいいかとも思いかけるが、そういうわけにもいかない。
考えてもみるんだ、レイ・モブロードよ。
お前の幼馴染は入院中、安静するに越したことはない。
それなのにそんな彼に魔法を使わせてどうするのだ。
「でぇえええい!」
「あ?」
心を奮い立たせ断腸の思いで彼の手を掴んだ私は、力を込めて目元から外させた。
「テメェなにしやがる。」
「貴方、今、入院中!!オーケー!?魔法、ダメ、絶対!」
「なんでカタコトなんだよ。」
「それほどこの温かみを手放すのが辛いってことなの!分かってください!!」
「そんなに良かったのか。」
「そりゃあもう素晴らしくクセになるほど!でも本当もう充分だからね!!今は魔法使っちゃだめだからね!」
「はいはい。まぁもう必要ねぇってことはクソえくぼを探しに行く必要もねぇってことだろ?」
「そう!!……だけどそれって関係ある?」
何が良かったのか自身の手のひらを握り直し嬉しそうに笑ったアルに首を傾げる。
なんにせよ、こちらとしてもアルに魔法を使った影響で体調が悪化している様子がなくて安心できたからまぁいいか。
そう結論付けて再度アルに向き直った私は数回咳払いをして口を開いた。
「とにかく私は充分すぎるくらい甘えさせてもらったから、次はアルの番です。」
「は?オレの番?」
「そう、早く退院できるようにゆっくり身体を休めてくださいな。ほらほら横になってー。」
「ちょっ、は!?待て待て待て!」
「ん?なに?」
驚いたように目を瞬かせるアルの肩をぐいぐい押して横になるように促すと、慌てながら彼は負けじと片手で何かを持ち上げて告げる。
「お前この本あれだけ読みたがってたじゃねぇか!今なら誰もいねぇし音読ぐらいなんてことねぇんだぞ?」
「うーんそれはありがたいけど…やっぱりアルが元気になってからでいいかな。体調が第一だよ。無理した挙句昨日の私みたいにぶっ倒れちゃったら大変だからね。」
「は?クソモブじゃあるまいしそんなヘマはしねぇわ。ナメんな。」
「急に辛辣だね本当!!まぁ私もそう思ってるけど念のためなの!アルのことが大切だから言ってるんだからね!!」
「たっ!?よ、よくもまぁ恥ずかしいことを抜け抜けと…!!!」
「はいはい照れ屋なアルくん、他に何か言いたいことはありますか?レイちゃんこのまま押し倒しちゃうぞー?」
「はぁ!?やめろ!!!じ、自分で寝れるっつの!!」
「そっか。うんうん、いい子だねアル。もしご希望なら添い寝も受け付けてるよ?湯たんぽ代わりに最適…あっはいそうですねすみません冗談です。」
突然無言で頭を鷲掴みにされて調子に乗りすぎたことを悟った私はすぐに謝り、事なきを得た。
冗談なんだからそんなに怒らなくてもいいのに。
ま、あわよくばの下心はあったけどさ。
アルがベッドの中に潜り込んだのを若干の悲しさを交えながら見届けて、彼のベッドから飛び降り寒々とした自分のベッドに入り込む。
「………ッチ。」
すると軽い舌打ちが病室に響いた。
「おい。」
「?どうしたの?」
「…………湯たんぽはどうした。」
「え?あぁ、寒いならランちゃんから借りてこようか?」
「違ぇだろ!!!そうじゃねぇよ!!」
「???でも他に湯たんぽなんてそうじゃないと手に入らないし…。」
「お前自分で言ったこともう忘れてんのか…!!」
意味が分からず頭上に派手なマークを乱立させると、痺れを切らしたアルが布団を大きく上げてこちらを睨みつけて吠えた。
「来るなら来やがれ!!!」
え、マジで?いいの?
「は、早くしろよ…!!!」
段々と顔を赤らめていく可愛い彼を見たら今更冗談だからなんて言えず。
「で、では…お、お邪魔します…。」
「…………おう。」
私のベッドとは違い人肌に温められたアルのベッドに入り込み、幼馴染に擦り寄る。
掛け布団も枕もベッドも半分こ。
前に一緒に寝た時はまだまだ布団に余裕があったのに、大きくなったんだな。
そんな風にニヤける私にデコピンを喰らわせたアルは固く目を閉じてしまったが、身体を寄せた私から離れることなくそのまま横になってくれたそのことが嬉しくて、幸せだった。
「こっち見てねぇで寝ろ!!」
「はーい、おやすみアル。」
「……………あぁ。」
数年前よりも近く、包まれるような感覚に微睡みながら目を閉じた。
いい夢が見られそうな気がすると、そんなことを思いながら。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
寝られるわけがない。
カッ!!と思いっきり目を見開いたアルフレッド・フォスフォールは、静かに頭を抱えながら事の元凶を見つめた。
「こっちの気も知らねぇで幸せそうに寝やがって……。」
この歳になってまでオレが添い寝を許す意味なんて、まるで考えていない馬鹿面が憎らしい。
そもそもベッドに入って数分でヨダレを垂らして寝てしまう奴の提案など、くだらないと一蹴すれば良かったのかもしれない。
けれどあんな寂しそうな視線を向けられると抗えないなにかがあるのも事実で。
「結局はオレの負けってことか……。」
けれど長い休息時間の暇つぶしにちょうどいいものがオレの手にはある。
滅多な事で起きないだろうが、幼馴染を起こさないよう注意を払いつつ枕元に置いた茶色い背表紙の本を手に取った。
休めとは言われたがモブのおかげで身体は健康体そのものなのだ。
逆になにかしていないと眠気なんかやってこやしない。
身体を少し起こして胸元で本を開き、ページを捲る。
中身は英傑ワダツミを名乗る誰かの日記らしかったが、全てある特定の奴に関してのみ。
その名を口に出すことが憚れる、大魔王のみの記載だ。
「封印の限界…大魔王の血液の流出…ね。っけ、どこまでが本当か分かったもんじゃねぇな。」
そもそも英傑ワダツミの存在が夢物語。
こんなもの真面目に取り合うわけがないと本を閉じ掛けたところで、ある項目に動きが止まった。
『赤の秘玉への道標』
考えたくもないが万が一大魔王ソウェルメスの復活を許した場合、聖女エミラの御言葉のとおり3つの秘玉が必要となる。
その中の一つ、赤の秘玉は我のゲート内に眠らせておいた。
若き赤髪の勇者に向けて、その道標の手がかりを書き記しておく。
「赤の玉座、上から4つ目の赤い石。優しく願いを込めて2回………うねり狂う洞窟を、右、右、右、左に進んで……?」
乱立されている文字は全て幼馴染のモブが示したことばかり。
コイツはこれを目にする機会なんて無かったはずなのにどうして……。
「んう…」
「っ!?」
寝返りを打った拍子に抱きついてきた幼馴染に、思わず肩が跳ねた。
暑かったのか掛け布団を剥いで転がってきたらしい。紛らわしい真似しやがって。
ため息を吐きながら本を閉じて、すぐに風邪をひかないようにモブに掛け直してやりながら思考を巡らせる。
実際にモブの言葉を信じてマザーリザリーの倉庫から脱出できた身としては、ここに書いてあることは正しいことだと認めざるを得ない。
となると王都騎士団副団長から逃れる際にモブがあの玉っころに執着していた謎も、記載がある通り秘玉が重要なものだと知っていたからなのだろう。
だがそもそもどうしてそんなこと、一般常識もロクに知らないコイツが知っている?
「……旦那。」
そんな思考を遮るように脳内に聞こえてきた声に窓へ視線を向けると、控えめに顔を出す小さな白い蛇が見えた。
「あの…その…」
動揺した様子を見せたシラタマはしばらく言い淀んだ後、続けた脳内に語りかけてきた。
「体調はどうッスカ…?」
「見ての通り問題ねぇ。」
「そ、そうッスカ。良かったッス。………あの、メディサマに…会ったッスヨネ…?」
「………。」
「………どうだったッスカ?」
「出来れば、二度と会いたくはねぇな。」
「……そう…ッスヨネ。蛇なんて…もう見たくないッスヨネ…きっとネェさんも………」
自分でそんなことを言っておいて悲しげに視線を下げるシラタマにため息を吐く。
「お前、オレたちを見つけるときに一役買ったらしいじゃねぇか。」
「え、いやそれは…。」
「本当に助かったってモブが言ってたぞ。今度貢物持って行くってな。」
「…!!」
「そもそもお前とあの蛇はまた別物だろ。関係ねぇことで悩むんじゃねぇよ、鬱陶しい。」
「うぅ…旦那…旦那ぁ…!!ありがとうッス!一生ついて行くッスヨ!!」
「おい窓から滑り込んでくるんじゃねぇぞ。今はコイツで手一杯だ。」
「はい!そうするッス!!邪魔したッス!お幸せに!!」
「喧嘩売ってんのか!!!」
思わず怒鳴り声をあげると嬉しそうに首を垂れたシラタマは尻尾を振って姿を消す。
一方オレの声が大きくて煩かったのか、眉間に皺を寄せたモブは抱きつく力を強めて顔をオレの胸元に埋めた。
……気になることはあるがいずれにせよ、オレのやることは変わらない。
(今よりもっと強く、お前を守れるように。)
今度こそ寝付けるように祈りながら、真っ黒な髪をひと撫でして目を閉じた。