転生者は、本を読む
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「…………村に戻るぞ。」
私が指し示した言葉に息を呑んだアルはすぐに私から本を取り上げて棚に戻し、強く手首を掴む。
「あの女、きな臭いとは思っちゃいたが想像以上に頭が沸いてやがる。」
「やっぱりこれ、結構マズい感じ?」
「あぁ、とびきりな。これ以上深掘りは危険だ。片付けるぞ。」
凄まじい速さで広げていた書物を全て元の位置に戻すアルは、私の視線に気がついて苦しげに口を開く。
「無知なお前は知らねぇと思うが、その言葉はこの世界の歴史において最も邪悪で恐れられてやがる、ある人物の名前だ。」
「初めて聞いた。」
「やっぱりかこの馬鹿。」
「でもなんとなく……分かるよ。」
「…それだけで充分だ。絶対その言葉を口にするなよ。特に人前では。」
「……分かった。」
アルの言葉に頷き、散らかした本を片付けるべく腰を屈めるとふとある箇所に視線が釘付けになった。
ずらりと並ぶ本棚に不自然に空いた空間。
ちょうど本一冊分の厚さが空いているにもかかわらず、両隣の本は倒れる気配がない。
まるでそこに本が仕舞ってあるような光景にハッとして、導かれるようにその空間に手を触れた。
「アル。」
「あ?なにしてんだお前。」
「ここなんだけど。」
訝しげに眉を寄せたアルは腰をあげ、私の真横に立つとなんとでもない風に口を開いた。
「なにがしてぇんだよ。」
「ここ、今私が触ってる場所。」
「あ?……その本がどうかしたか。」
その反応を見て確信した私は、勢いよく引っ張り出してみると何かが指元に引っかかる。
そしてぐらりと引き摺り出すと彼は慌ててなにかをその手に捉えた。
「おい!危ねぇじゃねぇか!!」
「アルは何を持ってるの?」
「はぁ!?何って、テメェが落とした古臭ぇカビた本に決まって………」
私の真剣な眼差しになにかを感じ取ったのか言葉を飲み込んだアルは、スッと瞳を細めて自身の手元を眺めた。
「………ッチ、僅かだが魔力を感じる。普通なら気がつかねぇぐらいに隠されてやがるが…正真正銘、魔法書だ。」
なるほど、どおりで見えないわけだ。
アルの言葉に納得していると盛大に頭を叩かれ、彼は
怒りを滲ませて私を睨みつけた。
「何を呑気に…!!いいか!大魔王について調べてやがるイカレ女の倉庫で、この本一冊だけ魔法書なんだぞ…!!不用意に触るな馬鹿!!!」
「ご、ごめん。でもこの本一冊だけ見えなかったのが気になって…」
「だったら尚更怪しいじゃねぇか!!気になったから触るなんて赤ん坊がやることだぞ!」
「お、仰る通りです…。でも!!」
完全にお怒りモードの彼の金色の瞳をじっと見つめ、心を込めて呟く。
「これ、アルに読んで欲しいの!!」
「はぁ!?なんでオレが!!」
「なんとなく!」
「ふざけんな!断る!!魔法書なんて読んだところで面倒ごとになるだけだ!!」
「お願い!!なんでも1つ言うこと聞くから!」
「なんでもって…お前なぁ…!!」
彼の手を掴み握りしめて告げるとなにかを感じ取ったアルは盛大に顔を歪め、視線を逸らす。
「………オレが読んだら大人しく帰るか?」
「うん。あ、出来れば音読して。」
「調子に乗んなクソモブが!!!」
そうは言いつつ数回咳払いしたアルは、諦めたように本を開いて読み上げた。
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今日この日ほど我が能力を疎んだことはない。
大運河にひとしずく落ちる程度の違和感ではあったが、沈まぬ黒い太陽の地である死の森から魔王復活の兆しを確かに感じた。
あの内蔵をかき混ぜられるような彼奴の恐ろしい高笑いが、ジリジリと闇に侵食され、かつてと同じように多くの儚い命が奪われるその未来を予感させた。
友にも先立たれ後はゆっくり老いて朽ち果てるのみと思っていたのだが、もはや一刻の猶予もあるまい。
大魔王ソウェルメスとその配下の者は、必ず我が魂を狙いにくるであろう。
しかし安心してくれ我が友よ。
全盛期に比べ目も当てられぬほど衰えた我ではあるが、其方との最後の約束であるこの秘玉だけはくれてやるものか。
秘玉の隠し場所は我が腹内に留め、次なる勇者が我の元を訪れるまで明かされることはない。
………時が来るまで、我はあの悪魔の狙いを探りこの手記に記すこととする。
どうか心ある者に拾われ、そして然るべき人物に託されることを願って。
おお神よ。
次なる若き赤髪の勇者に祝福を与え給え。
英傑 ワダツミ
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「……………。」
「…クソが。恥ずかしいもん読ませやがって。英傑ワダツミの手記だぁ?ッチ、馬鹿にするのも大概にしろ。」
「………誰?」
「本当に何も知らねぇなお前!!」
「ごめんなさい!!!」
「簡単に言えば伝説の勇者の仲間って言われてた奴だ!!名前以外何も残ってねぇからただのお伽話!悪趣味なイタズラだっつの!くっだらねぇ!おら、さっさと帰るぞ!」
「えぇ!?で、でも!!でもでも!!」
「何を期待してやがるんだテメェは!!」
これは絶対、大切なものなのだ。
そう脳内で木霊する声に突き動かされ、アルの手元に触れて覗き見る。
アルは無意識にこちらが見やすいように本を傾けるような仕草をしてくれたが残念、そもそも本が見えなかった。
「ほら、アルでさえこの魔法書を見つけられなかったでしょう!?」
「……まぁ。」
「でしょう!?ならこの本、きっと本物なんだよ!もっと先まで読んでみようよ!!」
「まだオレに読ませる気か!!」
「お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いおねが」
「うるせぇええ!!ったく!あと少しだけだかんな!」
「ありがとうアル!!」
そうして彼がページをめくろうと手をかけると、ピタリと警戒するように動きを止める。
「え?なに?どうして焦らすの!?」
「黙れ!!……近づいてきてる。」
そう言われて同じように耳を澄ますと、確かにヒールの音が遠くの方から響いてきている。
もちろん、ヒールなんてお洒落なものを履いているのはこの洞窟の中で一人だけだろう。
「隠れるぞ。」
「う、うん!…ちなみにどこに?」
アルは本を閉じる仕草を見せた後に、周囲を見回して軽快に舌打ちする。
「ッチ!木箱の中には入れねぇとなるとあとはその机しか隠れられる場所がねぇじゃねぇか!!」
「でも隠れないよりはマシじゃ…」
「分かってる!いいから行け!あとこの本持っとけ!邪魔だ!」
「う、うっす!」
急いで赤い椅子を退かしたアルは私に何かを押し付けてきたので、重みを感じた私は慌てて胸元に抱え込む。
そして無理やり私を机の下に押し込むと同じく机の下に滑り込んだアルは椅子を戻し、片手をドアに向けて翳したまま睨みつける。
「な、なにをするの?」
「いいか?ドアが蹴破られても声を出すな。不安ならしがみついてもいい。絶対守ってやる。」
焦って彼に声をかければ実に穏やかな声で頭を撫でられ、その後腰に手を回されて引き寄せられる。
胸元に抱え込んだものが当たって少し痛いが、構わずアルにくっついて出来る限り互いの身体を縮めると同時に強烈な破壊音が響き渡りドアが大破した。
砂煙に目を閉じて噎せないように堪えていると不思議な感覚に身が包まれ、一気に身体が楽になった。
そしてアルが口元に人差し指を立てて私に静かにするよう警告すると、一際大きくヒールの音が部屋に響いた。
「あ"?ここにいると思ったんだが…。」
「カカ様!!レイは!?」
「どうやらここにも居なそうだ。この龍の墓場で勝手に動き回るなんて自殺行為にもほどがあるよ。大した子供達だね。」
「どうしよう…!レイが怪我しちゃったら!!」
「大丈夫。怪我なんかさせるものか。アタシが必ず探し出してやる。だからアンタはマリーを呼んできな。あの子には話があるんだ。」
「で、でも…」
「リリー?」
「………………うん!!分かった!」
パタパタと可愛らしい足音が遠ざかると、突然椅子が勢いよく退かされ赤い瞳がギロリと視線を向けられる。
その形相に恐怖のあまり声が出そうになったがアルが頭を撫でてくれたお陰でなんとか堪えると、マザーさんは首を傾げた。
「……ッチ。」
そして苛立ち気に椅子を戻し、足早に部屋の外へと出て行った。