少年は……?
走って走って、見知った影を探す。
周りの人間にどんな目で見られようと関係なかった。ただひたすらに走り続ける。
そしてついに見覚えのある小さい身体を見つけた。すぐに近づこうと一歩踏み出し、時が止まったように動けなくなった。その少女の表情を見て、オレは動揺したのだ。
(なんて顔してるんだ…あいつ)
なにを話していたのかは分からない。
それでもコイツは、まるでこの世の終わりかのように怯えた表情をするやつじゃない。
誰だ。
何がコイツにこんな顔をさせた。
「今のうちに追い出そうぜ!」
オレに気づかず一人のガキが手を伸ばし、アイツを捕まえようとする。その手に怯えるかのようにぶるりと身体を震わせる姿を見て確信した。
ああ、そうか。
お前か。
「おい、何してんだお前。」
自分から聞いたことのないくらい冷たい声が飛び出した。この感情は知っている。
怒りだ。だが、これまでと違いどうやってあのガキを始末するか考えられるくらいの余裕がある。恐ろしいほど冷静に客観的にこの状況を観察できる自分に疑問が湧いたが、今はそれどころではない。
「あ……お、お前………」
「何してんだって聞いてんだよ。」
本当に不思議な感覚だった。一歩踏み出せば、コイツらは小動物のように縮こまる。今まで魔力を使って脅したことはなかったが、案外いい方法なのかもしれない。そうだ、オレはあの少女に雇われているのだ。銀貨3枚分程度の仕事はしなくては。そう思い、魔力を全身に込めたその時だった。
「す、ストーップ!!」
耳がキーンと響くほど大きな声。
このガキどもにそんな余裕はないはずだ。
とすれば……案の定。
(何考えてやがる…)
右手を上に挙げて、視線を集める馬鹿が一人。
(その使命感を感じた顔はなんだ…)
絶対にロクなことを考えていない顔だ。見切り発車で言葉を紡いでいるのだろう。
「ものすごく体調悪い!!」
「トイレまで案内して!!じゃないと可憐なエミリーちゃんにぶちまけてしまう!!」
必死に場の空気を変えようとしているのか
、身振り手振りで訴えている。だがその内容はあまりにもお粗末だ。一応女なのに、恥じらいはないのかコイツは。
「またそれかお前は!!」
思わずツッコミを入れてしまったが、自身の心のうちは普通の様子に戻った少女を見て安堵している。
「ここには馬鹿しかいねぇのかよ!」
何を言ってんだ。
馬鹿みたいに安心してるのはオレじゃねぇか。
堂々と高らかに宣言した少女を抱えるべく、差し出した手は振り払われることなく受け入れられた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(自分で自分が分からない。)
ボットントイレに落下したアイツを、汚れるのも気にせず助け出した自分の行動。
他の人間がアイツの名前を呼ぶ不快感。
天使だと笑顔であの女の手を握ったことへの苛立ち。
その感情から逃れたくて、アイツを置いて歩き出したのに。
「待ってアル。置いていかないで。」
そんなオレを追いかけてきたあの少女を見て、心の底から安堵した自分が分からない。
「着いてくんなクソが!!」
感情とは真逆の言葉しか出てこない。
でもさっき抱いた感情を認めたくなくて、知られたくなくて必死に声を張り上げて誤魔化す。
「そうは言われても…」
少女の身体から戸惑いの雰囲気しか感じられない。ふざけんな、オレが一番意味わかんねぇんだよ。
「うるせぇ!!お前見てるとイライラすんだよ!」
「い、イライラですか…」
オレの言葉を聞いて俯いてしまう。そんなコイツの姿をなぜか直視できなくて、背中を向ける。
嫌になったか?面倒くさくなったか?
そうだ、傷つくのはお前だ。
近づいてくんな。踏み入ってくんな。
お前はあのまま……あのガキどものお仲間になっていればいいじゃねぇか。
「そうだ!ムカつくんだよ!!オレの機嫌なんて取らずに、さっさとあのガキどものところに行きゃいいじゃねぇか!」
「え……」
「妖精以外のオトモダチとやらが出来て嬉しいんだろ!?お前の天使とかほざいてたお気に入りの女もいることだしよ!!」
「う、うん?」
「オレが来た時はアイツらに怯えてたくせに!!随分と仲良くなりやがってこの単細胞!!」
「………ちょい待ち。」
一度溢れた感情が芋づる式で口から出てくる。身体の内側からドロドロとしたなにかが流れ出そうだ。この少女はそんな状態のオレの肩に手を置き力を込めてくる。
「あ"ぁ"!?んだよ!!」
頭が沸騰しそうだ。どうとでもなれ。
そんな気持ちで高ぶった気持ちのまま勢いよく振り返る。
「……………」
「………………」
「ふふふ」
なんだその腹立つ顔は。
少女はニヤニヤした顔を隠そうとせず、オレを見つめている。
腹が立つ、イライラする。
その顔を一発、殴ってやりたいのに。
オレを見つめてくるこの少女から目を離すことができなかった。