転生者は、今後を考える
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目の前にあった白い扉がゆっくりと消えていき、なんとその場所にエミリーちゃんのお爺様が剣を構えている絵画が姿を現した。
自分の絵を飾っているなんて、さてはお爺様ナルシストですか。
突然の変化にそんなどうでもいいことを考えていると、いつのまにか座り込んでいた私の背後から回されていた腕がお腹周りを圧迫し始めて内臓が徐々に上に押し上げられていく。
地味に痛い。が、幼馴染の沈黙がどれほど心配を掛けたのかを物語っていてなにも言えない。
「ア、アル…」
「……………。」
「ごめんぬぇっ!?」
拘束力が増したせいで変な声が出た。
そして私の謝罪を受けて彼は静かに怒りを滲ませて淡々と言葉を紡ぐ。
「それは一体なにについての謝罪だ。お前が便所行ってから行方を眩ましたことについてか?オレが数時間必死に走り回ってお前を探したことについてか?それともこんな薄気味悪りぃところで倒れてオレの心臓を止めかけたことについてか?あ?」
「全てにおいて本当にすみませんでした。」
「クソモブ。単細胞。救いようのねぇ馬鹿。」
「間違いないですすいません。……あの。」
「あ"?」
「探してくれてありがとう。」
「………ッチ。」
謝罪と感謝の気持ちを込めて私の肩に顎を乗せてむくれている幼馴染の頭を労わるように撫でる。
数時間走り回ったと言っていた通りアルの髪は少し汗で湿っていた。
「本当ごめんね。」
「…体調が悪りぃとかそういうことじゃねぇんだな?」
「めっちゃ元気ですはい。」
「ならもういい。はぁ、アイツらも探してんだ。おら戻るぞ。」
少し雰囲気が和らいだアルは私から身体を離す。
そうかエミリーちゃんたちも探してくれてたのか。
優しいなみんな。あとで全員にハグしよう。
立ち上がろうと腰をあげたアルを見ながら気が抜けた私はふと思ったことを呟いた。
「でもおかしいよね…私ついさっきまでエミリーちゃんのお爺様と一緒にいたはずなんだけど」
「ちょっと待て!!」
「うべぇあ!?」
アルが両手を勢いよく私の横の壁に着け、退路を奪う。
その後互いの鼻がくっついてしまうほど超至近距離から覗き込まれたので、できる限り小さく縮こまり気配を消すことに尽力する。
「気配を消そうとしてんのバレバレだぞ。消せてねぇし。つーか普通に考えてこの状況で逃すわけねぇだろうが。」
「確かに。」
この状況…これは俗に言う壁ドンというものなのだろうか。
もしそうならば確かに凄まじい威力である。
実際に体感すると胸キュン……というより若干生命の危機を感じる胸ヒュンで大粒の冷や汗が止まらない。
「正直に答えろ、あのジジイとなにしてやがった。」
「え、と…そんなすごいことはしてなくてね?お話ししたいって誘われて…それで…」
「そもそもジジイの姿が見えたのか?」
「そ、そう。そうなんだよ。なんかお爺様が配慮してくれたみたいでね?さっきまでそこにあった扉の中で…」
そこまで話したところで幼馴染の目が据わり、漠然とやらかしを悟る。
思いっきり息を吸い込んだアルを見て、至近距離で怒鳴られる可能性を考えて硬く目を瞑り衝撃に備えるが聞こえて来たのは怒声ではなく。
「あのクソジジイふざけんじゃねぇ…!」
発言内容とは全く噛み合わない震えた声だった。
驚いて目を開き彼の目を見つめると恐怖に瞳が小刻みに揺れていることがよく分かる。
けれどもなにが彼にそこまでの衝撃を与えたのか分からず、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来ない。
一方のアルは片手を壁から離し、そのまま私の手を攫って指を絡めた。
「…お前は知らなかっただろうけどよ。あのジジイは意思を持って会話も出来るし普通の人間と変わらないように動き回ってやがるが、加護の正体ってのはかつて人間だったものの魔力の残骸だ。」
「え、」
「魔力そのものであるアイツの姿はお前には絶対に見えない。ただ一つ可能性があるとすれば、お前の魂をあのジジイのゲートを通してアイツが作り上げた世界に侵入することぐらい。」
「た、魂だけ!?」
「そりゃそうだろ。人間としてよりも同じような存在になれば見える可能性が格段に上がる。それでも絶対とは言い切れねぇがお前の様子からして成功したんだろ…魂だけ、ここから連れ去って。」
そのまま手をギュッと握り締めたアルは、脱力するように私のおでこに自身の額をくっつけて言葉を続けた。
「悪い。」
「え、なんでアルが謝るの。」
「もっと早く見つけてやるべきだった。時間の流れだって恐らくこっちの世界とは違う。もしあのまま気がつかなかったら…ジジイが帰そうとしなかったら…魔法を使えないお前は一生っ…!」
お爺様が別れ際に言ってた「これからは注意してね」って、こういうことだったのだろうか。
大切なことは言って欲しいし、私の魂を攫ってまでするべきお話ではなかったような気がする。
今回の件で確信できたことと言えば、私はもっとしっかりしなくちゃいけないということだ。
「アルは本当に優しいね。」
「…は?」
「知らなかったとはいえ…何にも考えず勝手にホイホイ着いて行った私が悪いんだからそんな顔しないで。心配かけちゃって、迷惑かけて本当にごめんなさい。」
握られていないもう片方の手を彼の頬に添えてゆるゆると撫でて、かなり落ち込んでしまっているアルに笑って欲しくて明るく振る舞う。
「もういい加減にしっかりしないとね!こんな感じだから珍獣って呼ばれちゃうんだよなー!いつまでもあると思うな両親とアル!!」
元気づけようとしたはずなのに、目の前の幼馴染の表情は絶望に染まっていく。
何故だ、何にそんなにショックを受けている。
「アル?」
「オレといるのはもう嫌なのか?」
「はい?なんでそうなるの?」
「だっていつまでもあると思うなって…!!」
「あぁ!!違う違う!!もちろんこれからも仲良くして欲しいけど、アルは色々忙しくなっちゃうでしょう?今までのようには」
「忙しくなんてならねぇ!!一体なんの話だ!」
「…お爺様から聖剣使いの候補者に選ばれたって聞いたけど?」
言葉に詰まったアルを見て、やっぱりそうだと苦笑する。
魔力、剣術、そして英雄としての素質。
この3つが備わっていないとまず聖剣に触ることは出来ない。
そして今後はその3つの素質を最大限まで、同じレベルに引き上げていくという地獄の鍛錬が待っていることを、何故か私は痛いほど理解している。
とにかく、彼にとってこれからは自分の将来のための大事な時期なのだ。
平凡な幼馴染にできることは迷惑をかけて無駄に彼の時間を浪費させるのではなく、静かに遠くから彼を応援して見守ること。
「最近もずっと忙しかったんでしょう?これからもっと大変になるアルに甘えるのは違うと思うし……寂しいけど私のワガママでずっと縛り付けておくわけにはいかないよ。アルのこと応援したいの。後悔して欲しくない。」
悲しいかな、お爺様が心配しなくても私とアルはずっと一緒にいることはない。
込み上げてくる喪失感に、私はどれだけ幼馴染に依存していたのかを痛感した。
「でももし時間があって、アルが良ければこれからもたまに遊んでくれると嬉し」
「辞退してくる…!」
「………………え、は?ちょっと意味が分からなかった。もう一回言って?」
「そんなことになるなら聖剣使いになんてならねぇ!!んなもんなんの意味もねぇ!!!」
ピシリと、脳内で何かに亀裂が入る音がした。