少年は……
別に忘れてたわけじゃない。
「悪魔の子が村に……!」
「子供達を早く家の中にいれて!」
(うるせぇ……聞こえてんだよ)
王都にいた頃と変わらない、オレを怖がり、怪しむ目。魔王がオレのような人間を狩りまくってるせいで、とんだ被害を被っている。
赤髪がいる街は魔物に狙われやすくなるなんて、誰が言い始めたのだろう。大人は自分より小さい子供を心底怖がって、自分のテリトリーに入れないよう注意を払う。こっちだって好きでこの色に生まれてきたわけではないのに、何故こうも生きづらいものか。
(それに比べて…)
「おお……村だ……本当に村だ…」
(アホヅラしやがって…)
一体コイツはなんなんだ。
隣で小さい村を見て感動している田舎者を盗み見る。頭が切れるのかと思えばそうでもない。誰でも見えるはずの妖精が見えないくせに、誰にも成し得なかったアイツらとの対話をあっさりと成功させた、オレとは真逆の変わり者。妖精の魔力を使い高価なポーションを作れるとのことだが、村に来た感動で、周りの人間が警戒しているのに全く気づいていない様子を見ると到底信じられない。
「人がいっぱい……人酔いしないように気をつけなきゃね。」
「馬鹿か。こんくらい全然だわ。これだから田舎モンは。」
「自分は違うところから引っ越してきたからってちょっといい気になってるんでしょ。………ちなみにどこから来たんだっけ?」
「王都。」
「すっご、都会っ子じゃん。羨ましい。」
……大馬鹿モンだが、オレと普通に会話が出来る数少ない人間。最初はオレに怖がっていたが、その原因は赤髪ではなくオレの目つき。突き刺す視線が怖いとか言っていたが、今ではもう慣れたのか全く遠慮なしに話しかけてくる。
「うるせぇ……さっさと行くぞ!」
「はーい。」
変なヤツ。警戒心なんて持ち合わせちゃいない。これも村の外れでずっと生活していた影響なのか。そんなことを考えたその時、心臓を鷲掴みにされたような気がした。
(そう、コイツは村の外れでずっと生活していたから村のヤツらとは違う。)
でも、今は?これからは?
今日という日をキッカケに、コイツは村と関わりを持つようになるのだろう。周りの環境が変われば、価値観も変わる。へらへらと後ろを着いて来て、決して口がよろしくないオレに笑いかけてくるこの女も、いつか。
アイツらと同じようにオレを見る日が来るかもしれない。
そんなことを思えば自然と足が速くなる。別に面倒ごとしか持ってこないコイツになんと思われても構わないはずだ。その思いとは裏腹に、オレの弱い部分が震えだす。
(なんて女々しい……)
経った数日ともにしただけ。ジジイの病気を治すため協力するだけ。……利用しているだけ。
雑念を捨て、再度目的を思い返しながらオレは前だけ見て歩き続けた。後ろから聞こえる小さな声を無視しながら。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(とっとと終わらせて帰る。)
材料を集めるにあたって目星をつけたのは、村の警備兵が守る関所だった。村へ入りたいものは全員、この場所を通らなければならない。もちろん人間以外の魔物もここから攻め入ってくる可能性が非常に高い。そのため村に入り込んでこないよう四六時中誰かが見張っているような場所だ。変に村の中で素材を探すより、自ずと人が集まってくる場所で情報を集める方が手っ取り早い。隠れるのも面倒で堂々と関所の近くまで近寄る。
「…っ!そんなところで何をしている。」
警備兵の1人がオレに気づいて刀を向けて来た。無様にも刀が震えている。その様子に腹が立ってつい言葉を荒げる。
「あ"?見学しに来たんだよ文句あんのか!」
「ココはお前のようなヤツがくる場所じゃない!!立ち去れ!悪魔の子め!」
「うるせぇな!!そんなに喧嘩したいなら一発かましてやろうか!このクソ田舎兵が!」
「貴様……!」
警備兵の怒鳴り声が聞こえたのか、続々とオレの周りに集まってくる兵士たち。面倒くさくて舌打ちすると同時に、オレは一人で乗り込んで来てるわけではなかったと思い返す。
(一人ならなんとかなるが、足手まといがいるからな……煽りすぎるのもよくねぇ。……充分煽りすぎたような気もするが。)
この雰囲気に当てられてるのか、さっきから一言も話さない。いつもならそのままヒートアップしていたところだが……怖がっているのかもしれないと思うとやたら冷静になれた。軽く両手を上げて言葉を紡ぐ。
「……幼い子供の冗談じゃねぇか。ムキになんなよダセェな。」
「黙れ!!この悪魔の子め!!一人で乗り込んでくるなんて、何を企んでるんだ!」
「だから見学だって言ってんだろうが!!それに連れだってここに!」
ぐるっと身体を回し、後ろからついて来ているであろうマヌケの姿を探す。だが自分の後ろには村へ続く道しかない。
「あ"……?」
「何言ってる!お前一人じゃないか!!」
「そうやって油断させるつもりなんだろう!」
周りのザコがなんだかんだと喚いているが、オレにはそんなのどうでもよかった。…………アイツがいない。さっきまで冷静だったのに頭が真っ白になっていく。
「どうしたやかましい。」
「た、隊長!!…すみません悪魔の子が」
「悪魔の子?ああ…この子供か。そういえば村でも大騒ぎになっていたな。」
「恐らく関所に呪いをかけるつもりなんですよ!」
「呪いだと?……落ち着け。構えすぎだ。もっと騎士らしく堂々と振る舞え。」
「「は!申し訳ありません!」」
隊長と呼ばれた男がオレに視線を合わせるため、しゃがみ込んでくる。灰色の髪に蒼の瞳。隙なんて一つも見当たらない。田舎村の配属にしては嫌に貫禄のある男だ。
「それで?君は何をしに来た。連れの子を置いて来てまでここに何を求めている。」
「……っ!知ってんのかアイツを!」
一歩男の方に踏み出せば、周りの警備兵が一気に殺気立ちオレを威嚇する。男は片手を上げ牽制すると言葉を続けた。
「君と一緒に村に来ていた子…ということなら、知っている。さっき村で見かけた。」
「村?村に居るんだな!!あの馬鹿は!」
「………ああ…同年の子供達に囲まれて」
男の言葉を最後まで聞かず走り出す。
王都ではオレと一緒に歩いていただけで標的になっていた。もし、もしも。あの時小さく聞こえたアイツの声が助けを求める声だったとしたら。…ツラい思いをしていたら。
(なんでちゃんとついてこねぇんだよ!)
心の声とは裏腹に、早く早くと足を前に進めた。
「あ、あのガキ!」
「追うな。」
「……赤髪ですよ?放って置いていいんですか?」
「だからなんだというのだ。それに…」
「それに?」
「……なんでもない。念のため私はもう一度村の様子を見に行く。お前たちは仕事に戻れ。」
「「はい!」」
部下たちの返事に無表情で頷くと、男は少年が走り去った道をゆっくりと歩み始めた。