祖父は、過去を振り返る
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「この大馬鹿娘。」
深い眠りにつく自身の息子の頭を撫でる娘の背中に向けて、吐き捨てるように呟いた。
その当人は可笑しそうに笑いを堪える。
「は?入れ歯引っこ抜くわよクソジジイ。」
「ひっ……って茶化すでない。事の重大さを分かっておらんのか、アイリーン。」
ワシの言葉に振り返ったアイリーンは想像を絶するほど痩せこけ、生きているのが不思議なほど魔力が枯渇していた。
あれだけ大切に手入れをしていた髪も痛んで、かつての姿は見る影もない。
自身の娘とは信じられず何度も幻を疑ったが、彼女の焦げ茶色の瞳だけは以前と変わらずに輝いているものだから疑いようがなかった。
「…えぇ、もちろん分かってる。」
「だったらなぜ!なぜ契約の魔女と契約を結んだのじゃ!!ワシはお前をあの魔女の餌にするために育てたわけではないぞ!」
アイリーンの両肩を掴めば、病的なまでに細い身体になったことを痛感し目頭が熱くなる。
しわくちゃに顔を歪めたワシの顔を見て困ったように笑ったアイリーンは、宥めるように言葉を続けた。
「さっきも言ったでしょう?アルフレッドはまだ魔力が不安定で、垂れ流しになった魔力を追ってきた騎士たちに狙われてしまう。でも私には…その全てを蹴散らすだけの力はないわ。だからこの子の魔力が感知されないように覆い隠すしかない。…彼女にはその手伝いをしてもらっただけのこと。」
「王都中にお前の魔力を撒き散らすことが手伝いじゃと!?そんなことをすればどうなるかくらい分かるじゃろう!?」
「えぇ、それが"アルフレッドを守る"という契約。私は死ぬまで魔力を魔女に提供する代わりに、彼女はアルフレッドを外敵から隠すためにその魔力を使わなければならない。」
「それをもしあの子が聞いたらどう思う?自身の母親が自分のために命を売ったと知れば、最悪心が壊れてしまうかもしれん。幼い子にはあまりにも酷すぎる現実じゃ。」
「…そう、ね。それでも私はあの子を、あの人との宝物を守りたい。生きていてほしい。」
震える手でワシの手を掴んだアイリーンは、力強くワシを見つめ返す。
「アルフレッドは賢い子よ。あと数年もすれば魔力も安定するでしょうし、大人になれば赤髪なんて誰も気にならないほど素敵な男性になるわ。見たでしょう?目鼻立なんてあの人そっくり。きっと、きっと幸せになれる。でも私は長くは一緒に居てあげられないの。だからお父さんお願い、最低な母親が死んだ後アルフレッドを見守ってあげて。」
一呼吸置いたアイリーンは、今は亡き妻にそっくりな微笑みを浮かべた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「前々から変だとは思ってたんだ。」
あの契約の魔女と遭遇した後、何かを感じ取ったアルフレッドに詰め寄られて真実を告げた。
隠しても無駄だと、孫の瞳を見て悟ったからだった。
「母さんの衰弱のスピードはとんでもなく早ぇし、魔力はほとんど残ってねぇのにジジイは母さんの魔力を追って来たとか言うしよ。どの魔力を感知したのかと思ってたが、確かに王都全体に見知った人間の致死量の魔力が充満すれば、遠く離れた場所でも分かるわな。」
「…アルフレッド。」
「なんだ、そうか。そういうことか。確かに何も知らない、知ろうとしなかった残念な子供だな。」
自分をあざ笑うかのように言葉を吐き捨て、ふらふらと歩き出す孫を慌てて引き止める。
「どこへ行くんじゃアルフレッド!」
「これではっきりした、オレは悪魔だ。母さんは、オレさえ産まなければ、もっと長生きできた。」
「なんてことを!」
「事実だろうが!!」
不味いと思った時には既に遅かった。
アルフレッドの心の叫びに呼応するように魔法が暴発し、鎌鼬のような風が部屋を斬りつけ、あっという間に破壊して行く。
そして動揺したそぶりを見せずこちらを無表情で見つめてくるアルフレッドに、一瞬でも恐怖を抱いてしまった。
この子は恐怖心を敏感に察してしまうというのに。
「オレが怖いんだろ。」
圧倒的強者を前にした感覚。
孫の内に秘められた狂気を目の当たりにして、情けないことに腰が引けてしまったがそれでももう一度手を伸ばす。
「……お前さんはアイリーンの息子で、ワシの可愛い孫じゃ。必ず、必ず護る。」
「アンタの娘を殺した原因の間違いだ。大した心持ちだな。」
アルフレッドは拒絶するように、なんのためらないもなくワシの腕を折った。
失敗した。
アイリーンの息子の、優しい心を傷つけた。
血反吐を吐いてでも抱きしめて止めるべきだったのに、赤味がかった瞳に牽制されて動けなくなってしまった。
「本当にクソジジイじゃな…」
荒れ果てた部屋の中ゆっくりと物を片付け、覚悟を決める。
あの様子だと次は確実に仕留めてくる。
そしていずれはその怒りを他人へと歪んだ形で向けていく。
可愛い孫息子がこれ以上、堕ちていく姿を見たくはない。
(刺し違えてでも止めねばならない。)
こんな決断しか出来ない不甲斐なさに自分を呪っていると、玄関から荒々しいノックが鳴り響いた。
その子はただアルの無事を願う幼馴染の女の子だった。
そして怪我をするかもしれないという警告にもものともせず、恐怖心なくアルを信じてくれている彼女に全てをかけた。
「あんな幼い女の子に託すとは…ジジイ失格じゃな。」
自嘲気味に微笑むが、あの子たちの絆を信じてみたい。
そして自分の使命は、戻ってきた2人を強く抱きしめることだと思った。
先ほどよりも使命感を帯びて、早急に部屋を片付ける。
帰ってきたときに荒れた部屋では、またアルを傷つけてしまうから。
気づけばあの恐怖は、何処かへと消えていた。