父親は、嫌な予感に身を震わせる
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エドワード・モブロードはひしひしと感じる違和感に眉をひそめた。
「おかわりっ!」
「ふふ、そんなにいっぱい食べてくれるなんてお母さん嬉しいわ。」
優しさが体現したような存在である我が妻エマと、この世の奇跡が合わさって誕生した我が天使レイちゃんの微笑ましいやりとり。
普段であれば眼球が爆発しようとも目に焼き付けるべき素晴らしい光景なのだが、彼の父親としての勘が警鐘を鳴らしている。
レイちゃんの様子が、どことなくおかしい。
まるで何かを忘れようとするためご飯をかっこんでいるかのような、そんな印象を受けるのだ。
(朝出かける前はそんなことなかったのに。)
自分が妖精たちに4回ほど焼かれている間になにがあったというのだろう。
一瞬の変化も見逃すものかと熱く愛しき我が子を見つめていると、こちらの様子に気づいたレイちゃんが不思議そうに声をかけてくる。
「どうしたのお父さん。いつもなら僕の家族ってなんて素晴らしいんだ!!神さまありがとう!って泣きながらウザったらしいほど床を転がり回るのに、そんなじっと見つめて。」
「いやもちろんその有り難みは噛み締めて……え、嘘でしょ?そんな風に思ってたの?」
「うん。それで、なに考えてるの?」
さらりと受け流したレイちゃんに成長を感じながらも、慎重に言葉を選んで探りを入れる。
「なんかいつもと違うような気がするんだよね。大人っぽいというか…。」
「……明日は6歳の誕生日だし、もう大人だよね。」
「いいや?ダディには分かる。レイちゃんは何かが死ぬほど気になっている…。」
「そそそそそんなことないよ?」
「やっぱり。」
父親である自分の言葉に過敏に反応したレイちゃんの様子に、大きく頷く。
そして同時になんとも言えぬ嫌な予感が体中を駆け巡った。
まさか恋煩い?
その瞬間に思い浮かんだ赤をビンタで打ち消し、ドン引きしているレイちゃんに優しく微笑みかける。
「ほ、ほらダディが解決してあげるから、なんでも言ってごらん?」
若干前のめりになりながら見つめると、その熱い視線に思うところがあったのか小さくレイちゃんは呟いた。
「じゃあ聞くけど…」
「なんだいっ!?」
「…お父さんが私にキスするときってどんなとき?」
「へ?」
どんなことが飛び出るかと思えば、レイちゃんにキスするときがどんなときかだって?
思わず口を開いて呆けていると焦ったようにレイちゃんは言葉を続ける。
「だってよくしてくれるでしょう!?ほっぺとか髪の毛とか!なんでかなーって思いまして!変な意味とかではなく!」
「なんでかってそんなの!レイちゃんを愛してるからに決まってるじゃないか!」
「ああああああ愛!?」
「なんでそこでどもるのレイちゃん!!ダディの愛は宇宙よりでっかいんだけど!?え!?伝わってないのコレ!?」
「あ、はは…お父さんからの愛ね。おーけーおーけー、わかってるよ。」
ダラダラと汗を流してご飯を食べ進めるレイちゃんに愕然とする。
いやこれは一ミリも伝わっていない。
エドワード・モブロードという人物がどれほどレイちゃんを愛しているか、一ミリも伝わっていない。
父親としての死活問題に直面した僕は、椅子をレイちゃんの真横につけてそのまま力説する。
「いいかいレイちゃん……僕にとってレイちゃんは天使、そして世界の中心なんだ!」
「あーうん。ありがとう。」
「本当だよ!!こんな壮大なレイちゃんへの愛を持った僕からすればほっぺチューなんて挨拶みたいなもんだよ!!」
「挨拶?」
僕の言葉に興味を持ったのかくるりとこちらを向くレイちゃん。
これ幸いとそのままの勢いで言葉を紡いだ。
「そう!挨拶!あんな頬に軽くチューするだけなんて挨拶みたいなもんだから!ダディの愛はもっとすごいよ!もうそれこそバク転しながら」
「そうだよね!ほっぺチューは挨拶みたいなものだよね!」
「……ん?」
少しばかりの違和感を感じてレイちゃんの様子を確認すると、なんだかスッキリしたようにニコニコと微笑んでくれる。
「お父さんありがとう!頼りになるー!」
「う?え?そ、そう!?」
一体なにが引っかかっていたのだろうか。
疑問は残るが可愛い娘に頼りになると言われてデレデレにならない父親はいない。
「そっかー!役に立っちゃったかー!」
「うんうん!挨拶程度なら幼馴染でもするよね!」
「そうそうほっぺチューなんて挨拶!なーんにも問題ない!」
「そうだよね!やっぱり深く考える必要はなかった!よかったよかった!あ、お母さんご馳走さま!美味しかった!じゃあ私部屋に戻るね!」
「ふふ、はーい。お粗末様でした。」
元気いっぱいで階段を駆け上がるレイちゃんの様子を見て、心から安堵する。
「見たかいエマ?あのレイちゃんの嬉しそうな顔。可愛いなぁ。」
「そうねぇ。でもあなたが怒り狂わなかったのが意外だわ。大人になったのねエドワード。」
「え?なんで?どういうこと?」
優しく僕を見つめるエマの様子に嫌な予感が蘇る。
いやまさか、気のせいだろう。
冷や汗をかきながら藁をも掴む勢いでエマを見つめると、彼女は満面の笑みで地獄へと叩き落とした。
「だってアルくんにほっぺチューしてもらったって言ってたじゃない。素敵ね。私がドキドキしちゃうわ。」
レイちゃんが?あの赤毛幼馴染に?
その光景を容易に想像できてしまう自分が憎い。
しかも自分は先ほどなんて言った?
「ほっぺチューなんて挨拶!なーんにも問題ない!」
恐ろしいことにあの少年を擁護するようなことを口走ってしまった自分の顔面を殴り倒し、挙句にはエマに羽交い締めにされながらもレイちゃんに向かって泣き叫ぶ。
「レイちゃん待って!!絶対違うから!アイツは違うから!!!お願いだからダディのところへ戻ってきてぇえええ!!」
「もうご近所さんに迷惑でしょうエドワード。いい加減にしなさい。」
深く溜息を吐いたエマに土手っ腹を殴られ意識が遠のく。
ああ願わくば、これがただの夢でありますように。
エドワード・モブロードは大量の涙を流しながら地に沈んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
馬鹿みたいに食べてパンパンになったお腹をさする。
やはり父親が言う通り深く考える必要はなかったようだ。
「責任とれ!」
そう言って口付けられた頬はいまだに熱を持っているような気がするが、あれは挨拶の一種。
いわば今日の夜の約束をするための儀式のようなもの。
(今日の夜っていうと妖精の夜渡りを見せてくれるのかな?)
その考えに辿り着けないほどパニックになっていた自分に苦笑し、そして約束の時を楽しみにしながら自室の扉をあげる。
すると部屋の中からこちらへ向かって強風が吹き抜けた。
「ネェさん。」
「ん?あれ?」
「こっちこっち。オレっすよ。シラタマっす。お邪魔してるっす。」
姿が見えないが何処からともなく聞こえるのは白蛇の魔物、シラタマの声。
気づけば窓は開けっぱなし。
おそらくそこから潜入したのだろうが噂をすればなんとやら、アルの遣いがお出ましである。
「こっちって言われても分からんがな。…1人なんて珍しいね。アルは?」
「うーん、実はその件でネェさんに悲報っす。」
「悲報?」
深呼吸をして気持ちを整えた様子のシラタマに思わず唾を飲み込む。
深刻そうなトーンで発したシラタマの言葉は、なんとも衝撃的な内容だった。
「旦那が時期外れの水浴びをしたせいで高熱出してぶっ倒れたっす。」
「本当なにやってるのキミの主人。」
私の言葉にシラタマが大きく頷いた気がするのは、きっと間違いではない。