聖女の来訪を、目撃する
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自室の扉を叩かれる前からそのオーラを感じ取っていたが、やはり…と思わず息を飲む。
リチャードが冷や汗をかきながら連れて来たのは国家トップレベルの要人。
「やっほー。エミリーちゃんだよー。」
軽くウェーブがかった緑色の髪。
未来を見通すと言われた紫色の瞳。
そして恐ろしいぐらいに膨大な魔力とその美貌。
クラウスは片膝をつき敬意を示しながら、目の前の聖女に頭を下げる。
「お初にお目にかかります。聖女様。」
「うぇぇ、聖女なんて呼ばないで。」
「申し訳ありません聖女様。」
「……ま、いいや。こんにちはクラウス。エミリーの可愛い騎士さん。会えて嬉しいわ。」
綺麗な所作で席に着いた聖女様は、クラウスが用意した紅茶を飲みながら一息をつく。
「聖女様、エミリー様はどちらに?」
「魂だけ入れ替わっているようなものだから、今頃は妹と遊んでいると思うよ。あの2人はよく似てるもの。」
「妹君と?」
「ワタシ的にはこのままずっと秘境に居てもらえるとありがたいんだけど。」
「それは困ります。」
「嘘ウソ!そんな怖い顔しないで欲しいな。可愛い顔が台無しだよ?」
小さな身体で脚を組んだ聖女様はクラウスと視線を合わせることなく言葉を続けた。
「それで、お話というのは収集の魔女ワンダのことなんだけど…何故か秘境に渡って来たの。貴方の差し金?」
決して誤魔化すことを許されない緊張感の中、乾いた唇をひと舐めしたクラウスは慎重に言葉を選ぶ。
「いえ、彼女自身が選んだことです。」
「ふーん?」
「話を聞く限りでは魔王軍幹部ダニエルに捕縛され、魂のみでこちらに来た時点でもう手遅れの状態でした。」
「あらら、逃げられないからせめて情報を与えないうちにって感じかな?ふーんそういうこと。ワタシのことあれだけ嫌ってたのにどうしてなのかなーって思ってたんだけど、随分人間らしくなったんだ。びっくり。」
納得したように手を叩き、満面の笑みを浮かべる。
「ふふ!明日の夜渡りを越えれば、大好きな妹とこの先ずっと一緒に居られるんだからあの子も本望でしょう。」
「…………えぇ。」
「うーんでもこれでこの世界で気になるのはあの子とレイちゃんだけになっちゃったな。」
「あの子?それにモブロード嬢…ですか?」
予想外の人物の名前に驚愕していると、彼女はその様子を楽しそうに眺めて言葉を続ける。
「あの子本当に面白いんだよ。ふふ、さっきも傑作だったなぁ。ワタシが赤髪くんに近づくのは嫌みたいだよ?なんかやったのかな?いや……これから、かな?」
「…申し訳ありません、おっしゃっている意味が」
「分からない?それでいいの。それが普通だもの。」
紅茶を勢いよく置いた聖女様は大きく伸びをして立ち上がる。
「そろそろ返してあげる。明日は例のように一日中動けないはずだから、そのつもりでいてあげてね。」
「承知いたしました。」
「あ、エミリーも6歳だからそろそろ魔力の特訓をした方がいいと思うよ?さっき知り合いに声をかけて置いたから、近いうちにこの村に来るはず。お出迎えしてあげてね。」
「お知り合いとは?」
「な・い・しょ。」
窓枠に身体を寄せ、太陽の光に包まれ後光が射したようにエミリー様の身体が光る。
再びリチャードとともに片膝をついて敬意を示すと、可笑しそうに笑い声が響き渡る。
そして一言。
「ふふ、どう?面白かった?」
その言葉に思わず顔を上げるとパチンと指を鳴らす音が鳴り響き、エミリー様の身体は力を失ったように倒れ込む。
急いで抱えて顔を覗き込めば、顔色が悪いが通常のエミリー様の魔力を感じ取ることができた。
もう聖女様はここにはいない。
「いやぁ…たまげたな。」
同じく脱力するように床に座り込むリチャードに思わず苦笑する。
「まさかお会いすることになるとはな。あれが当時蔓延していた不治の病を治すハイグレードポーションを作ったとされる、かの有名な聖女エミラ…………またの名を純潔の魔女。話には聞いていたが、なかなかの人物だな。」
「圧倒的な存在感…一言も言葉を発せられなかった。」
「あの御方がこの世に降臨出来たということは、エミリー様も聖女としてのチカラが芽生え始めているのだろう。……荒れそうだな。」
ぐったりと眠るエミリー様を横抱きにして、クラウスは小さく呟いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「っ!!」
なんだアイツ。
隠れ家にてあのエセ聖女を覗き見ていたのだが、思わず手鏡を伏せる。
魔力の流れも完全に断ち切り、荒い呼吸を落ち着かせるために大きく深呼吸を繰り返す。
どうにも嫌なものを見てしまった。
「ど、どうしたのアル!?大丈夫!?」
「………あぁ。」
心配そうにオレの腕を掴んでくるモブに安心させるために頷くが、未だに心臓は嫌な音を立てていた。
あながちクソ聖女というあだ名は間違いではない。
むしろもっとタチの悪い。
アレは魔女の部類だ。
「ふふ、どう?面白かった?」
あの野郎はそう呟いたとき、確かにオレを見ていた。
その気味の悪さに思わず身震いする。
あんな奴を聖女として崇めているのか。
「ねぇすごい汗だよ?具合悪い?大丈夫?」
パニックになったようにオレの額の汗を拭うモブに若干呆れるが、それでも拭われる感覚が心地よくて思わず目を閉じる、
「やっぱり具合悪いんだね!?おんぶするから背中に」
「やめろ!!」
馬鹿の頭を叩き、悶え苦しむアホの頬を緩く引っ張って心を落ち着かせる。
ほど良い弾力のおかげか、ものの数分で心臓がいつも通りの鼓動を打ち始めた。
「はぁ…」
「うぇええぇええん!アルごめんねぇぇえ!もし、もしアルに何かあったら…!!ヒグッ!雑魚でごめぇえええん!!」
「っだぁああああ!泣くな!!ックソ、ほらティッシュあるから鼻かめ!」
「うう、ありがと…ズビビビビビ……」
「お前なぁ…」
相変わらず汚い鳴き声を上げるモブだが、ポロポロと流すその大粒の涙は自分を思ってと考えると……あ、心臓痛ぇ。
先ほどとはまた違ったリズムで心臓が狂い始めるのをなんとか抑え込むため視線を逸らすと、目敏く気がついたモブがオレの頬に触れて視線を無理やり合わせてくる。
「それで何が見えたの?」
そう不安そうに瞳を揺らすモブに正直に告げるべきか、一瞬思い悩む。
けれどそのせいで以前コイツと気まずい雰囲気になる羽目になったのは記憶に新しい。
そう考えると、選択は1つだ。
「あの女は一応本物の聖女様らしい。」
「え?えぇ!?嘘!?本気で!?でも亡くなってるんだよね!?まさかの幽霊!?」
「どうやら身体を乗っ取ったらしい。アイツ自身は秘境とやらで楽しく遊んでるみたいだから心配すんな。」
「いや怖いよそれ!!ホラーじゃん!怨霊じゃん!……ん?秘境?」
そう言って顎に手を当てたモブは思い出したように言葉を続ける。
「秘境って…ワンダさんが行ったところだよね?」
しまった。
変なところで記憶力があるのを忘れていた。
あの女の話からして秘境という場所はおそらくこの世のものではない。
薄々感づいてはいたものの、つまりあのババアはもう。
そのことを伝えるべきか否か、またひやりと冷たい汗が背中を伝う。
するとおもむろに立ち上がったモブは丘の端まで行き大きな声で叫んだ。
「ワンダさーん!!聞こえますかーー!?エミリーちゃんそっちにいるみたいなんで!守ってあげてくださーーーい!!よろしくおねがいしまーーーす!!」
……うん。コイツ気づいてねぇわ。
その絶妙な鈍感さで今は乗り切れるものの、いつかは伝えなければならない日が来る。
(その時までにコイツの悲しみも苦しみも全て受け止められるような、真っ先に頼ってもらえるような男になる。)
そしていつかは、アイビスの花を。
熱く燃えるような想いをなんとかしまい込んで、丘から転げ落ちそうな勢いの幼馴染を止めるため腰を上げた。