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召喚労働者はじめました  作者: 広科雲


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外伝 十天航路

『召喚労働者はじめました』は2020年1月に完結しました。

それ以上の話を書くつもりはなかったのですが、なんとなく唐突に書きたくなったので書きました。

本編の続きではなく過去のお話です。

ですが本編のネタバレ要素もありますので、できれば本編から読んでください。

 ギザギ十九()8年3月。ギザギ国北方に、かすかに残る冬の冷気以上の凍える空気が流れていた。

 国の最北端に位置するホクタンの町に、国境警備隊より侵攻する一軍アリとの報が伝えられた。町長はすぐさま北方領主ノース公爵に報せるとともに、防衛の準備を開始する。

 幸いであったのは発見が早かったこと、災いであったのは発見の早さが相手が大集団で目立っていたためだ。敵は姿を隠すつもりもなく、大兵団を率いて進軍していた。

 ノース公爵は与えられた情報を精査し、領兵だけでは敵わぬと判断。数時間も置かずに国王へ緊急事態を報告した。

 第19代ギザギ国王エーライヒ・トイン・ギザギは唸った。このとき、すぐに動かせる兵力がなかったのである。運悪く東方地方トウタンの港町でも問題が起きており、この時期に現れるはずのない飛行肉食魚フライング・シャークの大量発生に加え、便乗するように沿岸獣鬼シー・オークまでが暴れだし、三日前に王都守備兵まで送り出したところであった。

「まさか近衛兵まで王都を空けるわけにはいかん。さて……」

 国王は大きなため息を吐いた。なかなかにこの地は安寧を許してはくれない。父王の辛苦が今にしてよくわかった。

 考え込む王の前に次の謁見者が現れた。まだ二十歳にも満たぬ美しい娘であった。周囲の実直な騎士たちでさえ、その姿を一目見て上気した表情を浮かべてしまう。

「アリアド・ネア・ドネ、これより出立いたします」

 アリアドは王の勅命を受け、トウタンの平定に向かうところであった。彼女の下につく『召喚十天騎士』という異世界人で構成された部下を連れてである。

 ギザギ十九紀6年、アリアドは父クロ・ネアのあとを継ぎ、異世界召喚庁・長官に就任した。魔術の才は祖父ドネさえも上回るものであった。彼女が召喚した最初の10名がそれを証明している。

 彼らはまさに一騎当千であった。『疑似体ぎじたい』という本来の肉体ではない魔法生命体を与えられ、常人を十数倍する身体能力と魔力を持っている。幾度か発生した魔物絡みの事件も、数日をかけずに武力制圧していた。召喚から一年を過ぎるが、彼らが王の期待を裏切ったことはなかった。あの忌まわしき異世界人、雨宮武志郎あまみやたけじろう以上の力を持ち、さらには従順であった。王が喜んだのは、むしろ後者が理由であっただろう。優秀なればこそ、犬のように従順であればよいのだ。武器も盾も、考える必要はないのだから。

「待て」

 王はアリアドの退出をとめた。

「……なんでございましょう?」

 アリアドは立ち上がりかけた膝を再び折った。

「ホクタンで怪しい動きがある。山脈を越え、侵攻する一群があるらしい」

「魔物でございましょうか?」

「わからん。だが、その数は3000ないし4000。北部領主から援軍要請が来ておる。アリアド、そちと十天騎士は北の援護に迎え」

 アリアドが「はい」と承諾しかけたとき、国王の脇に立つ国務大臣が口を挟んだ。

「陛下、それではトウタンの防衛はいかになりましょう? 魔術的支援が得られねば、苦戦を強いられます」

「王都の上級騎士まで送っているのだぞ?」

 国王は苛立たしげに国務大臣を睨んだ。

「負けるとは思いませぬ。ですが、長引くのは得策ではないでしょう。兵もトウタンを平定後、すぐにホクタンに向かわねばならないのです。アリアドの魔術は一軍にも匹敵します。有効に活用すべきです」

 王は大臣の発言に一理を感じた。視線を魔女に戻し、「どう思うか?」と問う。このころの19代ギザギ王は、アリアドに対して不快さを持っていなかった。彼女は職務に忠実であり、成果も出しており、下世話な話だが見てくれも声もよかったからだ。ただ、十天騎士を除けば、このところ呼び出す異世界人の質が著しく悪いのが気にはなっていた。だがそれも十天騎士の活躍がすべてを帳消しにしていたので、問題にはしなかった。

 アリアドは初めの10名以外は、あまり真剣に召喚をしなかった。その理由は『優秀すぎるのが多いといらぬ誤解を受けるから』だ。彼女なりの処世術であった。本物の勇者など十人もいれば充分だった。それに、簡単にこちらの都合のいい人材など集まらない。『十天騎士の疑似体(ナイト・ボディ)』を作る予算だって安くはない。

「ホクタンには十天騎士を先行させましょう。兵士を送るよりも早く現地に到着いたしますので、兵力不足を補えます。一方、トウタンは私が参ります。こちらは兵力は足りておりますゆえ、私の魔術援護だけで事足りるかと存じます」

「うむ、そうだな」

 ギザギ王は魔女の提案に首肯した。トウタンに十天騎士も送れば、もっと早く解決するのではないかと思わないでもない。だが、期待しすぎてホクタンが危機に陥っては元も子もない。ここは安全策をとるべきだろう。

 こうしてアリアドはトウタンへ、十天騎士はホクタンへと進路をとることとなる。


 出発を待っていた十天騎士は、急な目的地変更に文句を並べた。異世界召喚庁の会議室には彼らとアリアドしかいないため、気楽に言えた。

「まったく勝手なものだな。わたしたちは便利屋ではないぞ」

 紫の髪と瞳を持つ女性戦士が顔をしかめる。実直で規律に厳しい彼女は、予定どおりに進まないのも好まない。十天騎士の一人、カインと言うのが彼女の名前だ。

「まぁまぁ。どこへ行こうとやることは変わんないでしょ」

 大弓を背負った女性が笑いながら仲間をいさめる。『稲妻エクレア』の名前の由来どおり、その弓の一撃は雷光に匹敵する。

「ホクタンですか。久しぶりですね」

 緑髪の少女、ユーグ・レナは彼の地の景色を思い出していた。涼しい高原のイメージが強い。

「ドラゴンをたおしたところだな」

 ツルギはそのドラゴンの強固な鱗に剣を弾かれたのを手の感触に覚えている。十天騎士の三回目の出動であった。ホクタンより北西に住んでいた白雪竜が餌場を求めてホクタンに近づいたので討伐したのである。

「あの活躍を絵に描いてもらったじゃん。あれはちょっと嬉しかったなぁ」

 バルサミコスは壁いっぱい描かれた十天騎士の竜退治画を、瞼の裏に焼き付けている。

「勲章ももらったよな。銀特等」

 アキラがバルサミコスの頭を引き寄せて抱いた。二人は最近、交際を始めたばかりである。

「そんなのどっかにやっちまったよ。それより、さっさと行こうぜ。敵がいるんだろ?」

 ロックが思い出に浸る仲間を現実に戻した。彼は名誉や金よりも、力の誇示が最高の喜びであった。

「詳しい情報はないの。現地で直接調査して、ホクタン守備隊と連携して事にあたって。わたしは東を片付けたらすぐに行くわ。明日の夜までには合流するつもり」

 アリアドは信頼する部下に告げた。

「了解だ」

 カインが代表して応える。十天騎士に序列はないが、自然と彼女がリーダー役を務めるようになっていた。

「それじゃ、ホクタンまで転送魔術陣で送るわ。無茶しない程度によろしく」

 アリアドが十天騎士を囲むように魔石を投げる。綺麗な二重円を描き、光を放った。

 一瞬後には十人の姿はなかった。

「さて、わたしも行くとしますか。魚も獣鬼オークも臭いからイヤなのよねぇ」

 ブツブツと不平をこぼしながら、魔女もまた会議室から消えた。


 ホクタンに到着して早々、十天騎士のカインとノリアキ、フリーマンの三人は偵察に向かった。

 残りの七人は町長の歓迎を受けていた。なにせドラゴンを斃し、町を救った勇者たちの再訪である。町中がそのニュースで祭りのように盛り上がるのは当然であった。十天騎士たちには面倒なことではあるが、地元民(マルマ人)との交流も異世界人勇者の大切な務めである。

 カインがいないため、町長の相手を押し付けられたのはバルサミコスであった。他の六人は面倒が嫌いであったり、人付き合いが苦手であったり、風貌からして怖がられたりと、消去法の末である。このおかげで十天騎士を率いているのが彼女であるとホクタンの人々は感じ、その影響は後々ギザギ国中に広まることとなる。

 一方の偵察に出たカインたちは天空高くから山脈を見下ろし、その軍勢を目視した。

「……人間だと?」

 カインは予想外の展開に唸った。わざわざ山を越えて兵隊がやってくるとは思いもしなかった。北の山に生息する雪族スノーマンか、かのゴブリン王がサイセイ砦をあきらめて北へ回ったのであろうと考えていたのだ。

「これは予想外ですね。隣国ノースフィアの旗です。国交は悪くなかったはずですが」

 フリーマンが山道に連なる白い旗印を眺めながら言った。

「あれが友好使節団に見えるか?」

 ノリアキは一時の驚きから脱却し、すでに敵と認定していた。

「見えませんね。しかし、なぜ今さら侵略行動など。こんな困難な道を選んでまで……」

 フリーマンはそれが理解できなかった。山道があるとはいえ、いくつもの山を越えなければならない。しかも、魔物が多く住む地である。中途での無駄な戦闘被害も考えれば、決して得策とは思えなかった。

「すでに困難ではなくなったからだろう」

「はい?」

 フリーマンはノリアキを見た。このころのフリーマンは自由主義ではあったが、数年後に見られるような道化師としての演技はしていない。お調子者ていどである。

「オレたちがドラゴンを斃したからだ。道を塞ぐ最大の難敵が消えた。だからこれだけの兵力を惜しみなく送れるようになったんだ」

「なるほど。ギザギ南で起きるという魔力流による夕立や吹雪と同じですね」

ドラゴン(隣国)を抑えていたわけか。だが、あれは斃さねばならなかった」

 カインはイラつきながらこぼす。

「そうです。それにこの結果は予測の範囲外です。今さら後悔してもどうにもなりません」

 フリーマンの言葉を正しいと思うが、カインは納得したわけではなかった。だが、今はそれどころではない。行動が先だった。

「……兵力を確認し、報告だ。我らに外交権限はない。ノース公爵の判断を待とう」

 カインは奥歯を噛んで決断した。その結果次第では、彼女たちは人殺しを仕事としなければならなかった。


 ホクタン町長を介してノース公爵へと状況は伝えられた。公爵はホクタンではなく、30キロ離れた南に居城を築いている。ホクタンはギザギ国最北の町であると共に北の砦であり、その役目はナンタンやトウタン、サイセイ砦と同じである。

 公爵の決定を待つ間、ホクタン中央議会場に部屋をもらった十天騎士は、意見を交わしていた。

「戦闘はおそらく回避できまい。4000を超える兵力を遊ばせるために連れてくるわけもないしな」

「こちらも当然、戦わずして降伏するわけがない」

 カインの語を継いでアキラが言った。

「この町の兵力は?」

 ツルギがノリアキに訊ねた。ノリアキはギザギ国の各所兵力を把握している。

「1200。だが、領主の声がかかれば領内からさらに3000は集まるだろう」

「なんだ、籠城してれば勝てるじゃないか。むこうのがさきに兵糧が尽きるだろ。王都からの応援も来るしな」

 アキラは安堵の息を吐く。

「そんなのは敵も承知の上だろう。何か秘策なり最新兵器なりでもあるのかもしれない。それにこちらの兵力が揃う前に攻められればひとたまりもない。もしくは集結を狙って各個撃破もありうる」

「けどそれはオレたちがいなければだろ?」

 アキラはノリアキの思慮を笑った。

「そうだぜ。オレたちがいれば4000程度、敵じゃねぇ」

 ロックも声にして笑う。

「人と戦うつもりですか?」

 レナが厳しい目を巨漢に向けた。場が一瞬で鎮まる。

「気分のいい話じゃねーが、敵なら戦うまでだろ。そのために派遣されて来たんだからよ」

 ロックが十天騎士・最年少の少女に答えた。彼女の実年齢は知らないが、言動を見るに年少であるのはわかる。

 その勘は正しかった。ユーグ・レナはまだ9歳である。日本では長い闘病生活をおくっていた。周囲を大人に囲まれてきたためか、大人びた子供だった。余命が短いのも知らされており、それが余計、彼女を達観させていた。しかし、少女は少女である。ある日、彼女は発作を起こし、危険な状態に陥った。そのとき初めて彼女は本当に死を間近にしたのだ。そして少女らしく泣き叫び、脅え、救いを求めた。アリアドが彼女を召喚しなければ、数分のうちに彼女は死んでいただろう。それだけに生命というものを大切に思っている。

「わたしたちにこの世界の人を傷つける権利はありませんっ」

「それは偽善てもんだ。魔物は殺してきただろ? 人の形をした奴らも。種族差別じゃねーか」

「それは……」

 レナは反論が出なかった。『人でなければ殺してもいいのか』という論法はいつも使われるが、明確に正しい答えなどありはしない。ましてやレナには充分な経験も知識もない。感情で語るしかないのだ。

 だからこそ通じる者もいる。

「わたしも人殺しはしたくないなぁ。しないで済むならそれが一番じゃん?」

 バルサミコスがレナの頭に手を乗せた。緑髪の少女はその温かさに救われた。

「まぁ、そうだな。気分がいいものじゃないだろうし」

「経験しないで済むならそれがいい」

 アキラとツルギが続く。

甘い(あめー)よ。敵はこっちの心情なぞ考えちゃくれねーぞ?」

 ロックは鼻を鳴らした。

「そうだ。手加減して戦える数ではない。いくらオレたちが超人であっても数には抗えないだろう。持久戦になれば不利だ」

 ノリアキが右手の中指を眉間に寄せた。日本にいたときの眼鏡を上げるクセが抜けていない。

「敵はためらわず排除するに限る。逃せばられる」

 黒い短髪の女性がポツリと言った。セリという戦士だ。彼女は短刀による素早さを活かした近接戦闘を好む。一種、暗殺者の趣があった。その戦闘スタイルとクールな態度に、仲間内では『氷の女豹(コールド・パンサー)』と呼ばれている。

「さすが女豹。いいこと言うぜ」

 ロックは大笑いした。

「さきほどの偵察で策を立てた。敵はまだ山中にいる。道幅も広くはない。この地の利を活かし、十人で連携して戦えばかなりの損害を与えられるだろう。その一戦で退却もある」

 ノリアキは地図を広げて見せた。ロックとセリはやる気になっている。

「待ってください。まだ戦うと決まったわけではありません。それに、やはり人を殺すのは――」

「なら留守番してろ。イヤなら引っ込んでりゃいい。そもそもおまえを戦力と考えたことなんざねーよ」

 小学生のような容姿をした少女に、巨漢の男は舌打ちまでして見せた。こんな子供ガキを召喚して、あまつさえ勇者の一人に据えたアリアドの神経を疑う。

「おい、その言い方はないだろ。おまえだってレナの魔法に救われたのは一度や二度じゃないはずだ」

 アキラが矢面に立つ。

「頼んだ覚えはねーな」

「おまえ!」

 「やめないか」掴みかかりそうになったアキラをカインが制した。

「レナの言葉どおり、まだ戦うと決まったわけではない。まずは公爵閣下の決断を待とう。独断で動くわけにもいかんのだからな」

「優等生のセリフだな」

「誰かが言わねばならんことだ」

 カインはロックの嘲笑を真正面から受けとめた。

「ケッ」

 ロックは背を向け、部屋を出ていった。

「皆もいったん休憩してくれ。あてがわれた個室に戻るもいい。だが、議会場ここからは離れないようにな」

 カインはそう言って手近なソファーに落ち着いた。誰かは残らねば連絡が来たときに困るからだ。

 残り八人は顔を見合わせ、それから散っていった。


 ホクタン町長との夕食の席で、十天騎士はノースフィア軍との戦闘は確実となった話を聞いた。使者がやって来てホクタンの明け渡しを要求してきたと言う。それをノース公が突っぱねたのは当然であった。

「彼らは何の目的があって、このような侵略行為に及んだのでしょう? ギザギ侵攻の足掛かりでしょうか?」

 カインが訊ねた。

「いや、それはないだろう。彼らに大規模な戦争を仕掛けるだけの余力があるとも思えん」

「ですが、ホクタンを陥落させればギザギ王も黙ってはいないでしょう。望まなくとも戦争になりましょう」

「……」

 町長は考え込んだ。ノースフィアの思惑を思案するためではなく、この情報を話してよいものかを悩んだのだ。結局、彼は十天騎士に伝える選択をした。事の重大さと、騎士たちへの敬意と信頼が町長の天秤を傾けたのだ。

「……敵が欲するのは、最近発見された北西の鉱山だろう」

「鉱山?」

「金鉱脈だ。今まではドラゴンがいたために足を踏み入れることができなかったエリアで見つかった。これもまた、君達のおかげだ」

 「おおっ」十天騎士の数名から声が漏れた。『金』という響きは高揚感をわき上がらせる。

 カインは咳払いした。

「……それは思わぬ収穫です。ノースフィアはそれを狙っていると?」

「それ以外に北方に大した価値はない。ノースフィアも裕福な国とは言えぬしな。大陸中央の小競り合いはいつまでもなくならぬし、資金はいくらでも欲しいところであろう」

「鉱山を独占するにはホクタンは邪魔なのですね」

「ホクタンはギザギの北の橋頭保だからな。補給線の長いノースフィアにとっては目の上のコブというわけだ。おそらくホクタンを奪っても長くは留まるまい。むこうが欲しいのは鉱山とそれに続く山道のみだろう。ホクタンと鉱山をつなぐ道さえ潰してしまえば目的は達する」

「ホクタンに侵攻すると見せかけ、山道封鎖が狙いですか……」

「うむ。……しかし、国内でも上層部の一部しか知らない情報だったのだがな。スパイなどどこにでもいるということか。内にも外にも……」

「そうですか」

 カインは無難な一言を選んだ。穿うがった考えをすれば、スパイどころではなく、隣国につながる内通者がいるのも不思議とは思わない。さらに悪意を込めるならば、ノース公爵以外の公爵の誰かが故意にノースフィア国に漏らしたとさえ疑える。いずれかの公爵家が外部からの攻撃で滅びるのならば、残りの三公にとっては重畳だからだ。労せずしてライバルが一つ消え、さらにその地を奪還すれば金鉱脈を含めて己がものとさえできる。一石が二鳥にも三鳥にもなって返ってくるのだ。

 カインは自分の想像に不愉快になった。そんな彼女の心情には気付きもせず、町長は本題に入った。

「騎士殿にはこちらの軍備が整うまでの時間稼ぎをお願いしたい」

 町長の申し出を十天騎士は予測できた。だからといって全員が諸手をあげて喜びはしない。カインの返事が遅れたのは、彼女もまた人間と戦うのを快く思っていないからだった。

「……具体的に、どれほどの時間が必要となりましょう?」

「一週間……いや、五日もあれば……」

「わかりました。尽力いたします」

 紫の戦士はそう応えるしかなかった。

「さすがは竜殺しの勇者殿。この戦い、すでに勝利は約束された!」

 喜ぶ町長に、騎士の半数は内心でため息を吐いていた。

 夕食後、十天騎士だけの会議を再開する。

 ノリアキはさきほど出した作戦案を再度、一同に提示した。

「二班にわけ、一方は敵の前線に立ち進軍をとめ、もう一方で補給隊を急襲する。この一戦で敵の兵糧を壊滅させれば奴らは退却するしかない。もっとも有効で無駄のない策だと思うが?」

「いいねぇ。もちろんオレは前線組だ。派手に暴れて注意をひきゃいいんだろ?」

 ロックは乗り気であった。セリも得物を研ぎながら笑みを浮かべている。

「無理に戦う必要はないでしょう。相手の進路を塞いでしまえば済む話です。山道を土砂で埋めてしまい、補給物資だけを焼いてしまえばいいのではないですか?」

 レナが作戦に修正案を出した。ノリアキの策は理に適っており、基本的には賛成であった。だが、そこに流血は無用であり、それこそ無駄である。

「それじゃ敵は減らねーだろうが。痛い目をみねーと何度でもやって来んぞ」

 「それも一理あるな」思わずアキラはうなずいていた。レナやバルサミコスに睨まれて慌てて首を振る。

「いやいや、一般論だって。案としてはレナに賛成だぜ? 要はノース公爵軍がホクタンに集結するまでの時間が稼げりゃいいんだろ? 足止めなら土砂崩れで充分だ」

「そうだな。無駄に被害を広げる必要もあるまい。だが、相手も正規の軍隊だ。わたしたちもこれだけの数の練度の高い戦士とは戦ったことがない。思わぬ危機に陥る可能性もある。そのときはまず自分が生き残るために全力を注ぐ必要があるだろう」

 カインの説明はまどろっこしい。ロックなど「つまりなんだよ?」と訊き返している。

「状況しだいで戦うこともいとわない」

「最初からそう言え」

 ロックは鼻を鳴らした。

「ですが……」

 レナはそれでも納得しきれなかった。

「まだウダウダ言いやがんのか? おまえ、本当に残ってろよ。足を引っ張られちゃたまんねーぜ」

「ロック!」

 バルサミコスが一歩踏み出す。

「なんだよ、ハンパ者」

「それってわたしのこと!?」

「おまえ以外に誰がいんだよ? 魔法もダメ、剣もろくに使えねー、中途半端女が。アキラに腰を振る以外、何ができるってんだよ?」

「おまえ――!」

 バルサミコスとアキラが哄笑するロックに殴りかかる。が、その前に別の拳がロックの頬を殴りつけていた。

「クズが! 他人の欠点をあげつらうことでしか自分を誇れないとは、情けない男だな!」

「なんだとォ……!?」

 カインはそれ以上応えず、ロックに背を向けた。

「今日はここまでだ。明日にはアリアドが来るだろう。最終判断はアリアドに任せる。ノースフィアが進軍してくるまで、まだ二日はかかる。他に策がないか、各自で考えてもらいたい」

 ロック以外のメンバーは呆気にとられながらも了解を示した。

「ケッ、すっかりリーダー気取りだな。誰もおまえなんぞ認めちゃいねーのによ」

 ロックは床に唾を吐き、立ち上がった。

「そうか。ならおまえがやれ。自分がどれだけ優秀なのか、皆に証明するのだな」

 カインは応える間もロックに一瞥いちべつすら与えなかった。背後で「テメェ!」と怒鳴る男を放置し、部屋を出ていった。

「クソムカツクぜっ」

 ロックもまた怒りをたぎらせたまま部屋を出た。

 他の十天騎士も散会するなかで、バルサミコスはアキラにつぶやいた。

「……あのさ、おそらく無自覚なんだろうけど、何気にカインもわたしをディスってたよね? そんなにわたし、欠点だらけかなぁ」

 アキラは噴きだし、カワイイ彼女の頭を抱き寄せた。


 同日・23時、ホクタン中央会議場から三つの影が空に消えた。方向は北西の山脈である。

「……あれは、ロックか?」

 すぐさま気配を察知し、カインはベッドから窓の外を見た。大きな人影と、それに付随する二つのシルエット。ノリアキとセリのものだ。

「まさかヤツら……」

 ベッドから飛び起き、身支度を整える。その途中、部屋のドアを激しくノックされた。

「入れ!」

 鎧の留め具をはめながら呼びかける。相手はドアを壊さんばかりに勢いよく開けた。

「ロックたちがいねぇ! さっき気配を感じたんだが――」

 アキラは言いかけて、カインが戦闘準備をしているのに驚いて言葉を飲み込んだ。

「わかっている。おそらくノースフィア軍を急襲するつもりだろう」

「止めにいくの?」

 アキラの後ろにいたバルサミコスが問う。

「いかねばなるまい。間に合うとも思えんがな」

 カインは舌打ちした。

「なら全員で行くべきだ。止めるにしても援護するにしても人手が足りないだろ」

「そうだな。皆を起こしてきてくれ」

 アキラとバルサミコスは「わかった」と残りの仲間のもとへと走った。

「……それともわたしは、また間違えたのだろうか……」

 誰もいなくなった部屋で、カインはふとつぶやいていた。自分でもよくわからず、振り切るように星明りの輝く空を見上げた。そこにも答えはなかった。

 全員がカインの部屋に集まると、彼女は方針を伝えた。

「優先事項はロックたち三人を連れ戻すこと。だが、おそらくそれは叶うまい。奴らは自分たちだけで敵軍を押さえられると思っているだろうからな」

「じゃ、どうすんだよ?」

「見捨てるわけにもいくまい。仕方がない、こうなっては敵の足止め策を強行する」

 今回のことで相手は二度と隙を見せないだろう。奇襲作戦はとれなくなる。この機会を逃すわけにはいかなかった。

「人を殺すのですか?」

 レナが声を震わせて問う。カインは首を振った。

「いや、レナの案に乗り山道を塞ぐ。同時にもう一班で補給物資を焼く。敵が退却の様子を見せれば、ロックたちも逃げる人間を追いまわして殺そうなどとは思うまい」

「そうですか」

 レナはホッと息を吐いた。

「班を分ける。レナとバルサミコス、アキラは補給物資を。エクレアとフリーマンは進路の崖を崩せ。わたしとツルギはロックたちを掣肘せいちゅうする」

 「了解」の声が全員から上がった。

 それぞれが準備を終え、ホクタンを出たのはそれから10分後である。その間に、前線では戦いが始まっていた。


 ホクタンより西北西におよそ80キロの地点で、ノースフィア軍の先鋒500名は休んでいた。山道ゆえに細く長い見通しの悪い野営となった。唯一の救いは配給がしっかりとしていたことであろう。酒もわずかながらに支給されており、数日後の戦いに英気を蓄えるには充分であった。

 深夜となり、歩哨を立てて休息をとる。さらに先を行く偵察隊からの定時報告でも異常はなく、おそらく今夜は無事に一夜を過ごせるだろうと誰もが安心していた。

 その矢先である。

 突如、天空より火球が降り注ぎ、テントが次々と焼かれた。中にいた人間も火ダルマとなって逃げまどい、助けを求める。

 だが、その眼前に現れたのは味方ではなく敵であった。

「ハッハァー!」

 ロックは自慢の腕を振るった。魔力を込めた剛腕である。突風を起こし、人を薙ぎ倒し、火を煽る。

「【肉体強化・脚力(カソク)】」

 セリは小さく呪文を唱え、両手に短刀をかまえた。次の瞬間、一陣の風がノースフィア軍の中を疾走はしり、あとには血の噴水が上がる。

「やれやれ、乱暴だな」

 ノリアキは周囲の石ころを舞い上がらせ、敵の密集地帯に撃ちこむ。鉄の盾をへこませ、革の鎧を貫き、露出した肌を切り裂き、肉をちぎり、骨を砕き、血河を作る。

「なにごとだ!」

 先鋒を率いるノースフィア軍大隊長が騒ぎを聞き、陣幕を飛び出す。先鋒隊の中心部に位置するため、前線がよく見えなかった。それでも敵襲だとはわかる。

「伝令を走らせろ! 状況確認を急げ! 第二隊は前線の援護を、第三隊以下は戦闘準備を整え待機! ……ミルゾ術士長、なにかわかるか?」

 大隊長は側近の一人に訊いた。まだ若い魔術師である。このギザギ国ホクタン侵攻作戦の肝となる人物であった。

 ミルゾは自前の水晶を取り出し、【遠視】魔術を行使した。

「やはり第一隊が戦闘状態です。相手は……三人?」

「三人だと!?」

「俯瞰して確認します。……はい、三人だけです。ですが、恐ろしく強い。人の姿はしておりますが、人外ではないかと」

「噂に聞く、魔族というものか?」

「いえ、おそらくギザギの特殊兵です」

「特殊兵?」

 ミルゾは説明した。ギザギは異世界より強大な力を持つ人間を呼び出し、兵士としていると。14年前のギザギ国で起こったサイセイ砦防衛戦では単眼巨人サイクロプスさえ一撃で葬ったという情報もあった。また、この付近を根城にしていた白雪竜スノー・ホワイト・ドラゴンたおしたのも彼らであるとの報がある。

「ギザギにはそんなバケモノがいるのか!? わたしは聞いていないぞ!」

 大隊長は取り乱す。人間相手だからこそ戦いになるのであって、バケモノ相手など想定すらしていない。

「軍部もあまりに誇張が過ぎるゆえに、誰も信じませんでした。ですが――」

「あながち嘘とも言えぬだろう。しかもそれが三人だと!?」

「いったん兵を退くべきです。本隊と合流し、術士隊を揃えるのです。そうすれば対応もできます」

「おまえ一人では無理か?」

「一人を相手にするのがせいぜいでしょう」

「わかった。ここはおまえの判断に従う」

「では、わたしが前線の兵とともに殿しんがりを務めます。わたしならば、多少の抵抗もできましょう」

「しかし、おまえがいなければ今後の策に支障が出る」

「大丈夫です。無理はしません」

 ミルゾは一礼して馬に飛び乗った。

「もっとも、むこうが見逃してくれればですがね」


 快調に敵兵を斬り殺すセリの前に、青コートの男が立った。二十代後半の戦士だった。先鋒・第一隊隊長のアドーシャ・ベンチアである。

 アドーシャはセリに剣を向け、「一騎打ちを望む」と言った。

 セリは首を傾げて訊いた。

「……時間稼ぎ?」

 アドーシャは答えなかった。事実であったからだ。ここまで崩壊しては立て直しは不可能だった。敵はあまりにも強大だ。彼が隊長としてできるのは、味方を逃がすことと、援軍が来るまでの時間稼ぎくらいだった。

「心意気はいいけど、死ぬよ?」

 次の瞬間、アドーシャはセリの姿を見失った。反射的に体を引く。

 しかし気付いたときには視界が奪われていた。彼の眼に赤く熱いモノがあふれ、塞がれていたからだ。彼の血だった。

「……薄皮一枚しか斬れなかった」

 額から血を流す敵兵に、セリは残念そうにつぶやいた。

 ご機嫌に敵を殴り飛ばすロックには、駆け付けたミルゾが行く手を遮った。三人のギザギ特殊兵の中で、この巨漢の男がもっとも被害を大きくしている。リーダーだと判断し、彼を排除すれば残り二人も引き下がるだろう。その排除作業がもっとも困難であろうが。

「わたしはノースフィア軍術士長ミルゾ。お相手いたします」

「ほう、名のあるヤツが出て来たか。ならこっちも名乗ってやる。ロックだ」

 ロックは気骨ある相手は大好物だった。魔術師というのが気に入らないが、正面からり合う気があるなら大歓迎だ。

「ギザギに呼ばれた異世界人ですか?」

「……さぁな」

 ロックは急に不愉快な気分になった。拳ではなく舌戦に来たのだとわかったからだ。もしくは情報収集か。いずれにしても時間稼ぎも兼ねているのがわかり、シラケてしまった。

「おしゃべりは嫌いですか。では、あなたを拘束してあとでゆっくり聞くとしましょう」

「いいねぇ、そのほうがずっといいぜ」

 ロックは再びやる気になり、魔力をまとった拳を振り上げた。

 ミルゾは杖を前に出し、【盾】を作る。だが、それは簡単に砕かれた。

「な……!」

 よもやこうまであっさりと魔術の盾が粉砕されるとは思わなかった。情報分析が甘かったと悟る。出し惜しみをしている場合ではなくなった。

「なんでぇ、つまんねぇ……」

 ロックのバイオリズムは上がったり下がったり忙しい。ちょっと本気を出すとこれだ。強すぎるのも問題だろ、とグチる。

 ロックは雑兵と変わらぬ魔術師を一撃で終わらせようと構えた。

 まさにその攻撃が放たれようとした瞬間、背後で大爆発が起きた。

 さすがのロックも驚いて振り返る。ミルゾも同様であったが、彼はその隙に距離をとった。真正面からの戦闘では勝てないと判断したからだ。

 ノースフィアから見て進行方向、ホクタンへとつながる山道が塞がれていた。山の中腹あたりから土砂が流れたのだ。それを実行したのはフリーマンとエクレアである。

「ロック!」

 呆然としている巨漢の前に、紫の髪と瞳を持った戦士が降り立った。

「カインッ!」

 ロックが憎々し気に彼女の名を呼んだ。

 「カイン……」ミルゾはその美しさと凛々しさに一瞬見惚れ、すぐに彼女がロックの仲間だとわかった。

「山道は塞いだ。もういいだろう。帰るぞ」

「ンだとぉ? まだ敵はいくらでもいるだろうが! やっと名前付き(ネームド)が出て来たとこなんだよ!」

 「名前付き……?」カインはロックが指さす相手を見た。

「貴様、指揮官か?」

 流暢りゅうちょうなカクカ東部共通語でカインは訊ねた。発音の美しさに比べ、声は刺々しい。

「え?」

 高圧的に問われ、ミルゾはすぐに返事ができなかった。いろいろと驚かされ、思考が止まっていた。

「指揮官かと訊いているっ」

「い、いえ、殿しんがりを務める者ですっ」

「そうか、それは苦労をかけるな。わたしはカイン。外交権限があるわけではないが、勇気ある者に敬意を表し、武人として忠告する。これ以上の進軍は無益かつ不可能だ。ただちに軍を退き、国へ帰れ。山道は塞いだ。それでも進むというのであれば、こちらも武力を行使し阻止する。その力は今、貴殿が目にしたとおりだ。参考までに伝えおくが、我らのような戦士はまだ多くいるぞ。それでも向かってくるというのならば手加減はしない。全力をもって殺させてもらおう!」

 最後は殺気を込めてカインは言い放った。

「殺させてもらうって、どんな脅しだよ」

 ロックは舌打ちした。祭りもこれまでのようだ。

「やれやれ、意外と早く来ましたね」

 ノリアキがカインを発見して近づいた。

「終わり?」

「終わりだ」

 セリはツルギに連れられて来た。

 ミルゾは五人に増えたギザギの特殊兵におののき、知らずうちに一歩退いていた。

「ミルゾ殿」

 青コートを血に染めたアドーシャの声に、青年魔術師は振り返った。

「アドーシャ殿、ご無事でしたか?」

「なんとかな。殺される寸前、助けられた」

 アドーシャは額の包帯を押さえながらツルギとセリを見た。ツルギがあと少し遅ければ、彼の首は宙を舞っていただろう。

「行くぞ、レナたちと合流する」

 カインの号令に、ロックは不満に思いながらも同意した。

 天空に飛び立つ五人の戦士を見送り、ミルゾは恐怖よりも興味をひかれた。

「あれが異世界人……。ギザギはなんてモノを呼び出したんだ……」

「イセカイジン?」

 アドーシャは魔術師の言葉に首をかしげた。

「ええ。この世界ではない世界の人間です。ギザギは異世界人を召喚し、傭兵としているのです。興味深いと思いませんか? わたしはいつか、ギザギで学んでみたい。その魔術を」

「魔術はともかく、たしかに興味深いな。そのときが来たら護衛としてギザギに付き合おう」

「そんな日が来ればですがね」

 振り返り、異世界人が暴れた惨状を見つめる。戦いは終わった。戦い? 一方的な虐殺であろう。しかしそれを望んだのはいったい、誰であろうか。

「生き残った兵を助けたい。癒しの力を」

「わかりました、急ぎましょう」

 ミルゾは腕を落とされて泣きわめく兵士に近づいた。

 余談ではあるが、数年後、ミルゾとアドーシャは偵察任務を受けてギザギ国へ潜入する。旅人を装い各地を放浪する中で、彼らは一人の少年と出会う。

 その少年は世界を見たいと熱望する異世界人であった。彼の好奇心を利用し、異世界人の秘密を得ようとしたが、少年はアドーシャの誘いには乗らなかった。それをアドーシャは残念に思う一方、奇妙な喜びもあった。かつての自分と同じように、未知への羨望に目を輝かせる気持ちが彼にもよくわかるからだ。

 それからさらに一年後、アドーシャは少年たちと再会する。一枚の金貨を巡る大冒険のはじまりである。


 エクレアとフリーマンが崖を破壊し山道を封鎖したころ、レナとアキラとバルサミコスは敵補給部隊の頭上をとっていた。

「適当に魔法をぶつけて終わりにしようぜ。ぜんぶ焼いちまったら帰れねーだろうし、手加減してな」

 アキラが無防備な馬車の列を見下ろし、言った。前線での戦闘は伝えられているらしく、周囲を警戒する様子はわかるのだが、上に注目する者がいない。不用心というものだろう。

「魔術師の警戒とかしないのかねぇ」

 バルサミコスが肩をすくめる。ファンタジーの世界で魔法の万能さを軽視するとは、甘すぎではないだろうか。

「どうも変ですね」

 レナが馬車を数えながらつぶやく。

 「なにがだ?」と当然の質問を受け、緑髪の少女は「数が少なすぎます」と答えた。

「そう? ぜんぶ携帯食とか、他にも輸送部隊がいるんじゃないの?」

 言われてみれば馬車の数は兵士の数に比して少ない気はする。

「たしかにいくつかは目にしましたが、それでも全体的には少ないです。山脈越えをして、これから戦争をする量とは思えません」

「なにか秘密がある?」

「でしょうね」

 バルサミコスとレナは息を飲んだ。

「あったとしてもやることは変わんないだろ。とりあえず食糧不足に追い込めばいい。前も進めず、こわーい狼もいる。そのうえメシがないんじゃ戦えないだろ」

 山道を塞ぎ、ロックたちが恐怖を教え、自分たちが補給を断つ。三段構えの進軍阻止作戦である。

「そうですね。人に危害を加えないように、気を付けて行動しましょう」

 レナは念押しするように二人に言った。

「んじゃ、かるーい【火炎弾】くらいでやっとく?」

 バルサミコスが指先に炎を揺らめかせた。

「そうですね。馬車が燃えさすればいいので」

 レナも同じ魔法を発動させ、真下の馬車を撃った。魔法強度が高いため、火炎は馬車の屋根を貫き、中身が飛び出すほど爆発した。

「「……おい」」

 アキラとバルサミコスが予想以上の被害にツッコむ。アキラなど、昔読んだ漫画をつい思い出した。大魔王が何気なく放った高威力の魔法が、実は最弱の魔法だった。それを知った主人公たちの呆然がよくわかる。

「ごめんなさい、ごめんなさいっ。まさか爆発するなんて!」

 レナはオロオロして怪我人がいないか確認した。吹き飛ばされた者が数人いたが、皆、自力で立ち上がっていた。どうやら軽傷で済んだようである。

「レナは魔法が強すぎるんだから、もっと加減しなきゃ」

 バルサミコスがお手本を見せるように馬車を撃つ。屋根やほろだけを燃やした。

「どうやらこっちに気付いたようだぞ。散開して馬車を潰そう」

 アキラの言葉どおり、下の兵士たちがこちらに指をさして叫んでいる。弓矢を持ちだす者もいた。

 レナとバルサミコスは了解し、それぞれに散った。

「爆撃開始ぃ!」

 バルサミコスはわざと低く飛び、馬車の真上を通過するたびに火炎を落としていく。

 アキラは面倒なのでその場で足もとに【盾】を張って矢を弾き、ひょいひょいと火の玉を投げて被害を広げていく。

 レナは大物を見つけた。他の馬車よりも二倍は長い。幌をかぶっていて中身はわからないが、大きさからして攻城兵器のパーツではないかと思った。

「ホクタンにはサイセイほどの高く厚い壁はない。攻城兵器なんて喰らったら簡単に壁が壊される」

 レナは【火炎弾】を撃ちこんだ。手加減はしているのだが、それにしても手ごたえがなかった。何か硬い物のようだ。覆っていた幌だけが燃え落ち、中身は無事であった。

「あれは……」

 荷台には白い石柱が二本積まれていた。見覚えがある。あれほどの大きさではないが、たしかに彼女の知る物だった。

 レナはすぐさま仲間の元へと引き返した。バルサミコスはずいぶん先へと行ってしまっていたが、アキラは別れた場所にいた。

「アキラさん、大変です!」

「どした?」

 アキラは血相を変えるレナに軽く訊いた。

「相手の狙いがわかりました。補給物資が少ないのも、きっとそのせいです」

「……なんだってんだ?」

 アキラは真剣な表情になり、周囲に【簡易結界】を張って邪魔が入らないようにした。下から矢が飛んでくるが、結界には傷一つつかない。

「荷の中に標石しるべいしがありました。それも通常の何倍もある大きなものです」

「標石? 【転送魔術陣】で使う、目的地設定用のあれか?」

「はい。あれだけ大きいものでしたら、もしかすると山脈を越えて使うことも……」

「奴ら、ホクタンにアンテナを立てに来やがったのか! なるほど、標石アンテナさえ立っちまえば、補給物資は国からいくらでも送れるからな。それに大軍は無理でも、小数なら兵隊の補充や怪我人の移送も楽にできる」

「あれは見過ごせません」

「だな。いくつあるかわからないが、怪しい物は片っ端から壊していこう。オレはバルに知らせてから行動する。レナは後方に向けて流してくれ」

「わかりました」

 アキラが結界を解くと、レナはノースフィア軍の後方に向けて飛び出した。

 隊列の要所に荷馬車がいくつかある。部隊ごとの補給物資であろう。中に、先ほどと同じような長い馬車もあった。レナは馬車だけを的確に潰していく。すべてを灰にしては彼らの帰りの糧食が無くなってしまうので、多少のめこぼしをしながら。

 隊のほぼ最後尾にたどり着いた。今までよりも多くの馬車があった。標石を積んでいそうな車はなさそうだ。それにしても、この最後の補給隊は若い兵士が多いような気がする。

 それはレナの一見の感想ではない。実際、この部隊には多くの少年兵が動員されていた。ノースフィア軍も人手に余裕はなかった。ましてや本国では他国との戦もある。金鉱山目当ての侵攻に全力を傾けるわけにはいかなかった。そのため、徴兵までして人員を集めている。最後列の補給部隊に戦闘能力の乏しい若輩者が多いのは当然であった。無論、レナにそこまではわからない。が、相手を見ると攻撃意欲が薄れてしまう。もともと戦うのも壊すのも彼女は望んでいない。

「それにこれが最後の食糧だとすると攻撃しないほうがよさそう。アキラさんたちは何も考えていなさそうだし……」

 補給攻撃隊の残りの二人を思い浮かべ、レナは苦笑した。あの二人はノリと勢いで行動するので、調子にのって食料をすべて灰にしているかもしれない。

 天空で微笑む少女を、ノースフィア第36補給隊は美しいとも可愛いとも思わなかった。すでに伝令は届いており、空を飛ぶ魔術師たちが補給部隊のみを攻撃しているのは周知されていたからだ。その彼らにとって、手の届かない位置から一方的に攻撃をしてくる魔女は恐怖の対象でしかない。

 一斉に矢が飛ばされた。

 レナは笑みから驚きに表情を変え、【盾】を張ってすべてを弾いた。

 それがまた補給隊の恐れを加速する。何をしても無駄だ、殺されるしかない、という心情は、簡単に新兵たちを混乱に陥れた。

 少年兵は喚きながら山道を外れ、山に駆けこんでいく。隊長の命令すら聞かず、ただただ自身を守るために逃げる。

「申し訳ないことしちゃったかな。さっさと帰ろう……」

 レナは任務が達成されたとして、仲間の待つ前線に向けて反転した。

 と、夜の森をがむしゃらに走る少年兵が目についた。数人の塊で動いており、わけもわからず進んでいく。そのさきが崖であるのも知らずに――

 レナはためらわなかった。


 アキラとバルサミコスは、満足げな顔で燃え盛る馬車を見下ろしていた。

「これでいいかな。レナの応援に行こう」

「応援なんかいるか? もう戻ってくるだろ」

「そうだけど、チームなんだからさ」

 バルサミコスが笑顔でアキラの手を取った。この仕事が終われば、さらに心地よい汗をかく遊びが待っている。それが楽しみで仕事に励んでいるフシもなくはない。

「じゃ、さっさと合流して帰るとするか」

 アキラが笑って返すと、バルサミコスも笑みを強めた。


 土地勘もない深夜の森を少年たちは走る。怖かったからだ。死にたくないからだ。両親の元へと帰りたかったからだ。

 ノースフィア国はそれほど裕福ではない。都市部から遠ざかるほどそれは顕著となり、彼らがいた村もその例外ではなかった。口減らしに売られたり、身売りも珍しくない。今回の徴兵は、おそらくそれよりはマシであった。『親に売られる』よりは納得もできるし、親を怨むこともない。また、軍属として給料も払われる。手柄を立てれば褒賞も出世も望める。

 けれど、だからといって命令で死ねるわけがない。死にたいわけでもない。

 生きたい!

 ただそのために少年たちは逃げるしかなかったのだ。

 森が開けた。そこは彼らの故郷の村で、家族が待っている場所――のはずはない。道がなく、ただ奈落が待つのみである。

 先頭を走っていた少年の姿が消えた。後続の子供たちは慌ててブレーキをかけ、崖の手前で踏みとどまった。

「うわあぁぁぁっ……!」

 声が落ちていく。消えていく。ほんの一月ほどの付き合いでしかないが、運命共同体となった仲間が崖下にもがきながら向かっていく。

 誰もが呆然と見送るなか、緑髪の天使がそれを追った。

 そして、落ちていった少年を抱えて崖上へと戻って来た。

「大丈夫?」

 レナは救い上げた少年に問う。が、言葉は通じなかった。彼女が発したのは日本語であり、マルマ人にはわからない。自動翻訳機能も働いていない。

 少年は脅えるだけだった。

「困ったな。こちらの言葉をちゃんと覚えておけばよかった」

 レナは苦笑いして少年を解放した。彼は腰が抜けたのか、這いずるように仲間のもとへ行く。仲間はその場で手を伸ばし、彼を迎えようとしていた。

 たどり着いたとき、彼らは同じ表情を浮かべていた。仲間との一体感がレナにはうらやましい。

「……それじゃ」

 自分がとても場違いで、偽善的なことをしていると感じ、レナは彼らに背を向けた。

「ウトアギラ……」

 少年がつぶやいた。振り向いたレナは、紅潮した顔でうつむく少年を見た。周囲には彼がそんな言葉を言ったのを驚く少年兵たちがいた。

「……どういたしましてエ・ティスミ・サチュード

 レナは彼女の知る数少ないカクカ東部共通語で応えた。その眼に、少しだけ涙が溢れていた。

 改めて彼女は【飛行】の魔法で浮かび上がり、仲間のもとへと飛び立とうとした。

 熱い痛みが走った。

「……!」

 レナは背中を刺されたのを感じた。なんとか手を当てると、矢が刺さっていた。

「大丈夫、これくらいなら……」

 と、矢を抜こうとしたとき、続いて三つ、四つと矢が突き刺さる。さらに一本、鉄の投槍が体を貫いていた。

 彼女は呻き、魔法の制御ができずに崖下に墜ちていった。

「【落下制御フォール・ダウン】……」

 【飛行】のように常に魔力制御を必要としない降下魔法をどうにか発動させた。それでも遅かった。彼女は想定以上の強さで崖下に叩きつけられた。

 崖の上から完全武装の兵士たちが覗き込んでいる。向こうからは暗くて見えないのだろう。松明が投げ込まれ、槍や矢が降り注ぐ。

 レナは【簡易結界】を張って、落ちてくる殺意が弾けるのを眺めた。それしかできなかった。なぜか体がうまく動かない。

「……これが人を傷つけた罰。この終わりは当然。死んだらどうなるんだろう。結局、あまり長生きはできなかったな。イチゴのショートケーキ、食べてみたかったな……」

 レナは目を閉じた。


 「……あれ?」

 レナは目を開けて驚いた。清潔なベッドで寝ている自分に驚いた。

「あ、目が覚めた? よかったぁ……」

「バルサミコスさん……?」

「ミコって呼んでっ」

 切実な顔で迫られ、レナは苦笑いした。

「ミコさん、わたしはいったい……?」

「いったいも何もないよ。合流しようとしたら、兵士たちが崖下に矢を撃ちこんでるから何事かと思ったら、あんたが倒れてんだもん。慌てて助けて、ホクタンに戻って来たんだよ」

「そうですか。助かったんですね、わたし。ありがとうございます」

「いいよいいよ、無事だったからよかった。こっちこそ独りにしてゴメンね。怪我はぜんぶ治したから、それでカンベンね!」

 大げさに手を振って謝るバルサミコスに、レナは嬉しくなった。仲間なんだと感じられたからだ。

「ありがとうございます。……他のみなさんは?」

 レナが問うと、バルサミコスは急に顔を曇らせた。

「あの……?」

「……昨夜の反省会してるよ。てか、ケンカしてる」

「なんでですか?」

「そりゃ、ロックたちの暴走が許せないからじゃん。そのせいでレナも危なかったし」

「わたしのことはいいです。油断したのが原因ですから」

 レナは起き上がり、皆の仲裁に向かおうとした。が――

 「あれ?」体が動かなかった。正確には上半身は動くのだが、下半身がまるで反応しない。

「どしたの?」

「脚が動きません……」

 「え!?」とバルサミコスが彼女の布団を剥ぐ。少女は必死に脚を動かそうとするが、ピクリともしなかった。

「手は動くんだよね!?」

「はい、上半身は……。でもやっぱり下半身が動きません」

「ちょ、ちょっと待っててね!」

 バルサミコスはレナの部屋を飛び出し、仲間たちを呼びに走った。

 会議室でもめていたロックたちを黙らせ、バルサミコスはレナの状態を伝えた。真っ先にカインが走り、ロックたち主戦派は顔を見合わせ、それからあとを追った。

「……本当に動かないのか?」

 カインの問いに、レナは「はい」と答えた。努力を見せるが、体は反応しなかった。

「なんで、レナが……!」

 アキラは先ほどまでの憤りにさらに加速をつけた。レナが怪我をしただけではない、半身不随になるほどのダメージまで負ってしまった。これはすべて――

「ロック、おまえたちのせいだぞ!」

 掴みかかるアキラの手を、ロックは面倒くさそうに払った。

「あ? 誰も援護なんぞ頼んでねーぞ? かってに来て、かってにそうなっただけだろうが」

「おまえ……!」

「十天騎士とあろうモンがよ、そんな怪我を負うほうがどうかしてるぜ。相手はそんだけのバケモノだったとでも言うのかよ?」

 ロックは侮蔑をこめてレナを見た。

「いえ、おそらく普通の兵士です。作業を終え、戻ろうとしたところを後ろから撃たれました」

「ハッ! なんだそりゃ? 戦場で油断してやられただけじゃねーかっ。アホくせぇ」

「おまえ!」

 アキラが再度、飛びかかろうとしたところ、レナがとめた。

「アキラさん、やめてください。これはたしかにわたしの油断で起きたことです。争わないでください」

「けどよ、元はといや――!」

「やめてください、仲間で争っても仕方ないです。今はとにかく休みたいです。いいでしょうか?」

 泣き出しそうな少女を見て、ケンカを続けられるわけもない。アキラはロックを睨み、部屋を出ていった。他のメンバーもそれぞれレナに声をかけて離れていく。

「なんかあったらそっちの壁に何かぶつけて。すぐ来るから」

 バルサミコスが指さす方向は、となりの彼女の部屋だった。

「ありがとうございます、バルサ――」

「ミコ!」

「はい、ミコさん」

 レナは薄く笑った。

 部屋が静かになると、少女はがんばって体を動かしてみる。それでもやはり無駄であった。

 疲れてベッドに体を預け、布団をかけ直す。

 レナは自分の体がこうなったのを残念に思う。だが、悲しいとは思わなかった。後悔もなかった。あの少年の言葉を思い出せば、あのときの判断を間違いとは思わない。それに、こうなって多少、気が楽になった。これでもう――

 ただ残念なのは仲間たちだ。今までも衝突は何度かあった。性格的に合わない人というのはいるのだろうとわかる。彼女も日本にいたとき、苦手だった人がいた。でも十天騎士は仲間なのだ。数少ない同じ力を持ち、同じ道をいく仲間だった。できればこの体が朽ち果てる10年間を共に生きていきたいと思う。けれど今回は今までと違う大きな溝を作った気がする。とくにロックの言葉はキツかった。それが事実であっても、多少は優しくされたかった。一言でいい、謝罪でなくてもかまわない。ただ、仲間としての言葉が聴きたかった。それがとても残念だった。

 10歳にもならない少女は布団を目深にかぶり、うずくまった。


 その夜、アリアドがホクタンに到着した。カインからの報告を受け、魔女は血相を変えてレナの部屋に飛び込んだ。

「大丈夫なの! いえ、大丈夫じゃないのよね! ゴメンね、わたしが遅くなったから、こんな目に合わせちゃって! 大丈夫、まかせて! すぐに治してあげるから!」

 矢継ぎ早に押し迫られ、眠っていたレナは呆然としたのち、笑いだした。お母さんのように心配され、ビックリするやら嬉しいやらでわけがわからず笑ってしまった。

 笑われたアリアドは赤面し、膨れ面でレナの診断をする。その顔は硬くなり、険しくなった。

「まぁ、魔法で治らなかったんだから、無理なのはわかってたんだけど……」

「アリアド様でも治りませんか?」

「無理ね。でも、安心して。こんなときのための疑似体なんだから。予備で作った11号素体(イレブン)があるから、それに移ればいいわ」

「……そんなことできるんですか?」

「できるわよ? 一度は疑似体に精神を移してるじゃない。なんでできないって思ったの」

「でも、この疑似体は10年しかもたないから、消えてもらうって……」

「ええ、それが一番だと思ってるから。10年も働けば充分でしょ。そしたら消えてもらうわ」

「……」

 アリアドの言葉は、レナたちを突き放しているように聞こえた。絶句して何も言えなくなる。

「ともかく、替えはあるの。今までのみんなのデータを元にした、さらに高性能なヤツよ。魔力内包量や筋力などの肉体面フィジカルでも五割増しなんだから。敵なんか指先一つでダウンよ!」

 アリアドは何かの悪影響を受けたかのようなセリフを吐き、ポーズをとる。

 このテンションの差にレナはついていけない。それに彼女は決めていた。

「治らないのでしたら、このままでかまいません」

「え? なんで? 新しい疑似体に移るだけで、実質、治るのと変わらないのよ?」

「わたしは一度、アリアド様に命を救われました。二度目は贅沢が過ぎるというものです。それに、わたしよりももっと辛い立場の人がいるはずです。その人に新しい体をあげてくれませんか?」

「でも、その体じゃ不便でしょ。まだまだ仕事はしてもらわないと困るのよね」

 アリアドは不満げな顔をした。十天騎士を召喚してまだ二年も経っていない。これでは元がとれないではないか。

「歩くことはできませんが、飛ぶことはできます。みなさんの足は引っぱりません」

「いや引っぱるでしょ」

 アリアドは容赦ない。レナもさすがに苦笑が漏れた。

「そ、そうですね。絶対とは言えません。……ごめんなさい。わたしはこの体を言い訳にしたいんです」

 レナはアリアドの視線から逃げた。

「どういうことかしら?」

「今回のことで思い知りました。わたしは戦いには向かないと。人を傷つけるのが嫌だって」

「そうは言ってもね、それが契約なんだけど。あなたの命を助ける代償が国を救う勇者になること。そうなれば戦うことも、誰かを傷つけることもわかっていたはずよ」

「はい。でもわたしは、あのときはただ生きたかった。それだけで何でもできるって思った。甘かったんです。子供のように、何でも自分の思いどおりになるんだって、甘えていました」

「ホントに子供でしょうが」

 アリアドが嘆息する。達観しているとか、背伸びがしたいとかではなく、大人にならなくてはならないと自分を縛り付けている子供だった。

「もしダメなようでしたら日本に送り返すか、できないならこの体から精神を抜き取って捨ててください。この世界で冒険ができただけ、わたしは幸せでした。今度は笑って……は無理でしょうが、あきらめて死んでいける思います」

 レナは微笑んだ。

「ふざけないで。そんな都合よくいくと思う? それこそ大人の世界は契約・仕事・義務、そしてネズミのフンにも劣る微かな権利でできているのよ? あなたはここで働いて、生きて、死んでいくのっ」

 アリアドの声は厳しいが、表情がすべてを裏切っている。レナはそれを見て、自分はやはり子供だと思った。わがままばかり言って大人を困らせる子供なのだと。

 レナは涙をあふれさせ、震える声で言った。

「……ありがとうございます」

「なんでお礼いってるの? あなたの望みなんて一つも叶わないのに。さて、それじゃ、これからのあなたの仕事を伝えておくわ」

 アリアドはそう予告して、しばらく唸った。何も考えていなかった。

 レナがそれに気付いてフォローしようとしとき、魔女はパッと閃いた。

「そうそう、あれよ! 異世界人管理局の局長よ! ちょうど人を送りたかったの。あなたがやって」

「管理局の局長、ですか……? いち職員ではなくて……?」

「大丈夫、ただ座ってハンコを押してればいい簡単な仕事だから」

「そんな簡単な仕事に、なぜわたしを? もっとコキ使われる仕事でもわたしはかまいません」

「まぁ、そのへんは行ってのお楽しみ」

「は、はぁ……」

 答えになっていない。しかし、追及したところでまともに答えるとも思えなかった。

「……わかりました。この体でいる条件が、その仕事なのですね?」

「というか、その体で任せられる仕事がそれだけ」

「はは……」

 ついに声にして引きつった笑いをこぼす。

「わかってると思うけど、管理局はあなたと同じ異世界人がいる場所。でも、あなたのような力を持たない、普通の人しかいない場所よ。そこであなたは今までとは違う現実を見るはず。そのときあなたがどうするか、見定めさせてもらうわ。本当にただの子供なのか、わたしが選んだ勇者なのか、そこでわかる。剣を取り魔術を行使して戦うだけが勇者ではない。芯の強さが勇者を勇者たらしめるの。わたしはあなたを選んだけど、あなたが望まなければ勇者にはなれない。自分で選ぶのよ」

 アリアドはそう言って、ベッドに横たわる少女の髪を撫でた。


 レナの部屋に十天騎士を呼び出し、アリアドはレナについて説明した。下半身は治せない。実質、勇者業務は不可能となったので、ナンタンで異世界人管理局・局長を任せることにした、と。

「治せない!? アリアドの力を持ってしてもか!」

 カインが納得いかず喰いかかった。レナはカインの態度に驚いた。自分のことでここまで憤るとは思わなかったのだ。

「無理だったのだからしょうがないでしょ。それともこんな状態の彼女を連れまわす?」

「……っ」

 カインは奥歯を噛んで黙った。

「それと、本来の目的だったノースフィア軍だけど、あなたたちの策が功を奏したようよ。撤退をはじめたわ。よくやったわね」

 その最後の一言がそれぞれの胸に他種の感情を宿す。ロックら主戦派は独断専行とはいえ最大の功労を疑わず、優越感を得ていた。反対にアキラたちからすれば、結果だけで判断するのかと言いたくもなる。なによりレナの怪我の原因を作った主戦派を咎めもしないのが腹立たしい。

 もちろんアリアドにも彼女なりの考えがあっての発言であった。ロックたちの独断専行は問題だが、それは十天騎士内のもめごとである。一から十まで指示を出すのは簡単だが、それではチームは育たない。そもそもいい大人が揃っているのだから、子供のような争いなど自分たちで解決すべきと思っている。『よくやった』というのも、主戦派だけを褒めたわけではない。ギザギ国民に被害を出さずに戦争を回避したのだ。素直に認めてよい結果であろう。また、レナの件に関しても彼女自身が納得しているのだから、とやかく言う必要もない。すべてはアリアドの説明不足なわけだが、彼女は空気が読めないのでわかってはいなかった。

 このたった一言が始まりだったのかも知れない。今まで上り調子で見えなかった、あるいは見過ごしてきた小さな事案が不満を募り、仲間やアリアドの不信へと変化し、一年後には十天騎士はバラバラとなる。


 翌日、ノースフィア軍の撤退が再度確認され、ホクタン侵攻の危機は去った。

 夜には町長の招待を受け、十天騎士とアリアドは会食した。レナは半身不随を考慮して、適当な言い訳を作って辞退していた。勇者の一人が大怪我を負ったなど話すわけにいかない。勇者は無敵でなければならないのだ。

 その次の日にはホクタンをあとにした。いるべき理由はもうない。次の任務はまだ決まっていないが、すぐに呼び出されるだろう。彼らは勇者なのだから。


 レナは独り、サウス領へ向かった。ナンタンという町で異世界人管理局の局長を務めるためだ。

 職員が集まる中で、少女は親しみを込めてあいさつをする。今後はここが彼女の職場であり、職員は仲間である。そして同郷の仲間もたくさんいる。レナは緊張しつつも、わずかに高揚していた。

 だが、職員の誰もが彼女を遠巻きし、必要以外の話をしない。とりわけ、総務部広報課の新人職員パーザ・ルーチンの態度はあからさまであった。あいさつをしたときから、レナにはガッカリした様子を見せていた。管理局のトップが異世界人で、しかも子供では呆れたくもなるだろう。その気持ちはわかるが、レナもまた落ち込みを隠せなかった。

 しかし、それが別の理由であったのは後日わかった。

 仕事に慣れようと、レナは管理局の書類を片っ端から読んだ。カクカ共通語で書かれているので、つど【解読】魔術を行使して朝から晩まで読み漁った。そこで書類の不備や、使途不明金、派遣業務の収支ミスなどが多々発見された。

 さらには職場の重い雰囲気や、高圧的な上司、陰口の絶えない職員、怠惰な仕事、異世界人に対する横柄さ、そういったものが目につくようになる。

 あるとき、レナはふと思い立って昼休憩にお茶を持ってくるように頼んだ。このような権力を笠に着た仕事をさせるのは心苦しかったが、この際は必要だった。

 一週間、その業務を任されたのは、やはりというか最も若い職員のパーザ・ルーチンだった。彼女は一挙手一投足、同じ所作でお茶を出し、休憩終了直前に器を引き取りに来る。表情もなく、仕事と割り切っていた。

「ルーチンさん、少々お時間をいただけますか?」

「……はい?」

 机にお茶を置いた彼女は、初めてキョトンとした顔を見せた。お茶が置かれる前であったら、きっとカップごと落としていただろう。

「そちらにお掛けください」

「は、はい……」

 彼女は緊張して椅子に腰かけた。局長は車椅子を転がして彼女の前に進んだ。

「!」

 このとき初めて、パーザは局長が車椅子であるのを知った。いつもは机の向こうにいたので知らなかった。初日のあいさつときは、たしかに立っていたはずなのに。

「このままで失礼しますね。わたしはこのとおり足が不自由で歩けません。初日は魔法で浮かんでいたのですが、いつもそれでは疲れてしまうので」

 微笑む少女に、パーザは「はぁ」としか答えられなかった。

「それでルーチンさん、現在の管理局について思うことはありませんか? なんでもかまいません」

「……え?」

 パーザは質問の意図がつかめなかった。何を言わせたいのだろう。これも腐った上司たちの陰謀なのだろうか。こんな下っ端までイジメて楽しいのだろうか。そう穿うがってしまうのも無理からぬことだった。それだけ異世界人管理局はまともではなかった。ナンタンの外区に『民間異世界人組合ギルド』なるものができたというが、自分が異世界人の立場であればすぐにでも参加しているだろう。後の話となるが、パーザのギルドへの気持ちは時が進むつれ風化していく。ギルドにはギルドの欠点があり、それを知るたびに管理局のほうがマシと思うようになったからだ。

「遠慮せずにどうぞ。わたしは何も知りません。知らなすぎるのです。だから、知りたいのです。まずは、あなたの言葉から」

 レナとしては精一杯の願いであった。が、パーザは今の管理局に慣らされつつあった。しかも相手は子供で、異世界人である。信じる理由が見当たらない。

「……何を求めていらっしゃるのか、私にはわかりかねます。申し訳ありませんが、お力にはなれないかと」

 一言告げるたびに目の前の少女は落胆を強めていった。彼女の言葉に対する返事も、たっぷり10秒以上がかかっている。

「……そうですか。わかりました。不躾ぶしつけにすみませんでした。お茶をいつもありがとうございました。もうけっこうです。今日で終わりにしてください。お手間をとらせましたね」

 レナはなんとか笑顔を作った。ここでは独りなのだと痛感する。

 パーザは胸の痛みを覚えた。しかし、言葉を撤回できなかった。わからないことが多いのは彼女も同じなのだ。

「失礼いたします」

 パーザは下がった。最初で最後のチャンスを失ったような気がした。

 頭を振って受付業務に戻ると、勢いよく玄関扉が開いた。仕事が終わった召喚労働者サモン・ワーカーが戻って来たのだろう。元気があるのはよいが、今のパーザにはイラっときた。

「扉は静かに開けなさい!」

 つい怒鳴る。開け放った金髪の女性は、「おおっ」とパーザの迫力に負けて後ずさった。

「新規の方ですか?」

 その異世界人には見覚えがない。異世界召喚庁長官が呼んだ新しい異世界人だろうとパーザは思った。

「いにゃ、前に来てるよ。そちらこそ新人さんかな?」

 彼女は受付に進み、台に肘をついて覗き込んだ。

「それは失礼しました。わたしはパーザ・ルーチンです。受付業務を担当しております。今後ともよろしくお願いいたします」

「おっけ、よろしくね。わたしはミコ」

 バルサミコスはニカッと笑った。

「ミコさんですね。最後にこちらへ来たのはいつでしょうか? 三ヶ月以上ですと、それまでの報酬をお支払いできない可能性もありますが……」

「ああ、それは大丈夫。今日は仕事じゃなくて、プライベートで来たんだよ。人に会いにね」

「どなたでしょうか? 職員でしたらご案内いたします」

「局長」

 バルサミコスはニッコリとした。

「……はい?」

「局長だってば」

「……ふざけているのですか?」

 パーザは眼光鋭く睨みつけた。バルサミコスは本気でビビった。こんな迫力のある睨みは、カインのほかに知らない。

「ふざけてないってば! 局長は友達だよ。局長の名前はユーグ・レナ。わたしと同じ異世界人でしょ?」

 周囲に誰もいないが、声を潜めてバルサミコスは言った。

「本当に、お知り合いなんですか?」

「そー言ってんじゃん。聞いてみなよ。ミコちゃんが来たよーって言えば通してくれるから」

 「はぁ……」パーザは半信半疑で降りて来たばかりの階段を上がっていった。

 バルサミコスも何食わぬ顔で付いていく。

「なぜ付いてくるのですか? 確認が取れるまで下でお待ちくださいっ」

「時間の無駄じゃん。気にしない気にしない」

「気にします! 確認の取れないうちに局長室へお連れするわけには――」

「なんだウルサイぞ!」

 二人の問答が聞こえたのか、総務室の扉が開き、総務部長が廊下に顔を出した。

 パーザが謝ろうと部長に顔を向ける。彼は目を丸くしていた。

「バ、バルサミコス!?」

「え?」

 部長とミコを見比べる。その名前はあまりに有名だった。

「その名前で呼ぶなぁ!」

 バルサミコスが総務部長に怒鳴り返す。

 その声が更なる観客を呼ぶ。廊下に出て来た職員全員がバルサミコスに注目し、声を潜める。

「バルサミコスって、ホクタンの英雄……? 竜殺しの勇者……」

 パーザも思わずつぶやいていた。つい二週間ほど前、ホクタンに侵攻していた隣国の敵軍を小数の手勢で追いやった話はすでに国中に広まっている。そのリーダーが『勇者バル』である。管理局の人間は彼女の本名を知っているので、『バルサミコス』と呼んだ。

「そんなんじゃないよっ。……わたしより立派な勇者がいるっつーの。レナのほうがよっぽど勇者だよ」

 ブツブツという彼女の言葉は、パーザにしか聞こえなかった。

「局長が……?」

「いいからさっさと案内してよ! 見世物にする気か!」

「は、はい……!」

 パーザはバルサミコスに背を押されて歩き出した。階段を上がると、さすがに他の職員はついてこなかった。最上階は局長室しかないからだ。

「あ、あの、バ――」

「ミコ!」

「……失礼しました。ミコさんは、本当にあの……」

「何が本当になのかわかんないけど、世間一般的に有名なあのバルは、たぶんわたしのことだよ。でもそんなのどーでもいいっ。みんなに申し訳ないったらありゃしないっ。ホクタンの町長も町の人も、無責任なんだからなぁ」

 ボヤく英雄に、パーザは可笑しくなった。

「勇者様も人間ですか」

「当たり前だよ。生まれついての勇者なんているわけないじゃん。そんなのライトノベルくらいだよ」

「ライト……なんです?」

「いーのっ。あなたは毒されないでよね? 本質を見極めるように。これ、大切だよ」

「はい、わかりました」

「よろしい、いい返事だ。これからナンタンで困ったらキミを頼ることにするよ。よろしくー」

 英雄に『よろしく』され、パーザは管理局に来て初めて嬉しくなった。

「それでミコさんは、局長にどのようなご用件で来訪されたのですか?」

「用件なんかないよ。友達に会いに来ただけ。独りでこんなところに飛ばされて、苦労してるんじゃないかなって」

「そうですか……」

 パーザは自己嫌悪に陥った。つい先ほど、その局長からの手を振り払ったのである。あと10分、バルサミコスが早く訪ねて来てくれていたら、結果はおそらく変わっていただろう。何も知らなかったのも、知ろうとしなかったのも、局長ではなく自分であったのが恥ずかしかった。

 パーザは局長室の扉をノックし、来客を告げた。中から局長の「どうぞ」という声が返り、扉を開けてバルサミコスに道を譲った。

「ちーす、元気かね?」

「バルサミコスさん!」

「ミコだってば!」

 レナは少女の笑顔と声で仲間を迎えた。

 パーザはまた胸が痛くなった。こんな少女を突き放したのである。「お茶をお持ちします」と伝え、パーザは扉を閉めた。自然とため息が出た。

 一時間ほどして、バルサミコスは帰っていった。

 カップの片付けに局長室へいったパーザは、窓の外を眺めている少女の後ろ姿を見た。頭頂部以外は車椅子の背もたれに隠れて見えない。それほど小さな体だった。

「あの――」

 パーザは声をかけていた。自分でも何を言い出すのかわかっていない。ただ、無性にそうしたいと思った。

 彼女が言い切る前にレナが背中越しに告げた。少女の声ではなく、他人に無関心な重い声で。

「先ほどはすみませんでした。わたしは安易すぎました。その結果、あなたの立場を悪くするところでした。わたしはわたしの仕事をします」

「……」

 謝罪の中に、明確な拒絶の意志が込められていた。たがいがまだ信じあえるほどの関係を築いていない。一度、歩み寄りが失敗すれば、次が怖くなるのは当然である。パーザは永遠に機会を失った気がした。

 彼女のカップ回収という仕事は完了した。あとは出ていくだけである。

「……でもいつか、同じテーブルでお茶を飲めたらいいでしょうね。お菓子を並べて、仲間といっしょに。そのときはいろいろとお話をしましょう。仕事以外にも、いろいろと」

「……!」

 ハッとして見た局長は、微動だにせず窓の外を眺めたままだった。その言葉も実際にあったのかわからなかった。

 それでもパーザは今度はためらわなかった。

「……冒険譚など聴いてみたいですね。わたしは、竜というものを見たことがありませんので」

 局長の車椅子が動きかけ、だが、ギッと車輪が音を立てただけで止まった。

「……そうですか」

「失礼いたします」

 パーザは一礼して部屋を出ていった。

 少女は部屋で一人、小さなこぶしを握った。


 一ヶ月後、異世界人管理局に嵐が吹く。職員のおよそ1/3が降格または半年の減俸処分を受け、さらに一部は左遷または辞職に追い込まれた。そのすべてから不平・不満に取り消し要求、はては貴族の威光を借りた圧力や脅迫までも執行者の局長に向けられた。

 それに対して十天騎士ユーグ・レナは彼らのこれまでの行いを詳細にまとめた資料を突きつけた。組織の末端でおこぼれ(・・・・)に預かっていた者は、それで観念した。だが、上に行くほど往生際が悪い。

 処罰から一週間後、納得しない幹部の一人が局長に直接的危害を加えようとした。もちろん彼は直接には手を下さない。そういうのを得意とする者たちを雇うだけである。そのさいも身元がバレないように、二重、三重に迂回路を使っていた。

 レナには馬鹿らしいほど丸わかりであった。襲撃を予測もしていたし、あの一件以来、背中にも注意を向けている。わざと人の少ない場所に誘導し、襲い来る傭兵を一瞬で拘束した。誰が雇ったかなど尋問たずねもせず、彼らを引き連れて雇い主の自宅へと踏み込んだ。

 当然ながら驚きつつ無関係を装う相手に、レナはただ微笑むだけである。

 翌日、彼は辞職願を出した。それに釣られるように、今まで反抗していた幹部もレナの処罰を受け入れた。

「竜殺しの報復を喰らうぞ」

 そんな言葉が局内でささやかれていた。

 レナは完全に孤立した。しかしそれも覚悟の上なので今さら悲しいとも思わない。

 次の人事が決まり、異世界人管理局が新たなスタートを切る。そのあいさつで、レナは車椅子のまま告げた。

「今後の運営はあなたがたにお任せいたします。ご存じのとおり、私は局内に澱んでいた膿を実力を持って排除いたしました。これは本意ではありません。ですが、そうする以外の方法が私にはわかりませんでした。この後味の悪い蛮行を繰り返してはなりません。だから委ねます。力ではなく、想いによって成り立つ業務を行ってくれることを信じて。やってくる異世界の友人たちと、あなたがた局員と、ナンタンの町の人々、さらにはギザギ国のために、どうか誠実に職務に励んでください。よろしくお願いいたします」

 彼女の演説は、お愛想のまばらな拍手で迎えられた。そんな子供の夢物語など誰も信奉しない。職員はただ、お金を稼ぐために仕事をするのだ。それに自ら『蛮行』と語る局長は、結局のところトップに居残り、目を光らせている。恐怖管理がはじまるだけだった。

 レナはこの反応もわかっていた。何を言おうと、暴力が解決したのは確かなのだ。想いや誠実を謳うなど自分で笑ってしまう。

 それでも、居並ぶ顔の中にたった一つの微笑みを見た。もっとも権力のない、ただの受付業務担当官。けれどだからこそ価値のある笑顔だった。それは、あのときの少年の一言と同じだった。

「では、お仕事をはじめてください」

 レナは微笑んで言えた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

今回は十天騎士がバラバラになるまでを書いていくつもりでしたが、思ったより長くなりそうだったのでレナの話で終わりにしました。

今後、気が向けばこの先を書くかもしれませんが、今のところはこれでおしまいです。

中途半端ですみません。

もし続きがあれば、そのときまた読んでいただけたらいいなと思います。


     2020年9月13日 広科雲

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