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召喚労働者はじめました  作者: 広科雲


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52 異界神の槍

 ギザギ十九紀14年12月22日、『異界神の槍』作戦の決行が翌日に決定された。

 それまでの数日、槍や発射装置の製造、速度倍加魔法と瞬間展開転送魔術陣の開発、実戦テストをトライ&エラーで繰り返し、総責任者のアリアド・ネア・ドネは不眠不休で働いていた。そのかいもあり、効果のほどは彼女を満足させた。一度だけ発射角度がずれてしまい、西の山の一部を削り取ってしまったことを除けば、大きな失敗も事故もなく期待を上回るデキとなった。

 この『異界神の槍』製作には多くの異世界人の能力が発揮された。槍本体には雨宮親子の精錬技術やホリィの形状設計技術、強度計算にノリアキの演算能力、ミクロン単位の形状誤差修正にフリーマンの胡散臭いハンド・パワーが活躍した。発射装置はニンニンという一般召喚労働者(サモン・ワーカー)カシラに、力仕事はロックやレックス、細かいパーツ作成にはエクレアやサト、セルベント第13小隊――通称・赤羽隊隊長シーマなどの手先が器用な者が登用された。

 その他、多くの管理局専属召喚労働者アリアン・セルベントは雑用をこなしつつ戦闘訓練に励んでいた。『緋翼』が近づけば眷属けんぞくもやってくる。こちらから仕掛ける必要はないが、砦に迫れば迎撃くらいはしてもらわねばならなかった。

 その一方で、保身優先になる者もいる。

「地下に絶好の隠れ場所を見つけたぜ。戦闘が始まったらすぐに逃げるぞ」

 似た者同士は引かれやすいのか、いつの間にかグループができていた。

「さすがカイさん、抜け目ないっすね」

「うひひひ、まかされてー」

 仲間のアインと適当に剣を合わせながら彼は笑った。

 それがたまたま近くで訓練をしていたダイゴの耳に入ったが、彼は呆れるだけで何も言わなかった。むしろ場を乱されるよりはマシと思うことにした。

「シーナさんたち、いないっすね」

 黒色装備のオックスが手合わせ相手のダイゴに言った。この数日、砦の中を見ていたが彼女の姿はなかった。ついでにショウたちがいないのにも気付いている。

「コーヘイさんから聞いたが、ボダイという町を出てからの消息は不明らしい。最後に会ったのは第4小隊のレックスさんたちだそうだ」

「コーヘイさんて、第2小隊の隊長っすよね? 知り合いだったんすか?」

「ああ、ショウさんが行方不明になったときの薬草採取のリーダーだった」

 その事件のおりに、ダイゴがシーナとショウに出会ったのはオックスも聞いている。

「そっすか……」

 オックスはそれ以上訊ねなかった。

「そもそも彼らはセルベントでもないからな。一般の召喚労働者ワーカーのほとんどは別の場所で任務についているという話じゃないか。きっとそっちにいるんだろう」

「そっすね。……マル公と久々に会えると思ったんだけどなぁ。あいつも元セルベントじゃねーか。こっち来いよなぁ」

 オックスのボヤきにダイゴも共感する点があった。シーナは仲間と元気でいるだろうか、それが少しだけ気になった。


 作戦前日の夜、ハルカは自分で作った時空間通信魔具――命名・J2Mで日比野小吉ひびのしょうきちと通話をしていた。ちなみにJ2Mは『ジくうかん・ツーしん・マぐ』の略であり、『ジャパン・トゥ・マルマ』ともかけていた。ハルカは自分でつけておいて『センスあるなぁ』と思っている。これまでも一日一回は小吉と会話をしており、疑似遠距離恋愛の気分を味わっていた。

 このとき、日本にいる小吉は日雇いバイトの昼休憩中だった。今日の仕事は家電の配送助手で、かつてニンニンが階段でドラム式洗濯機を上げたという話にビビリつつ、果敢に挑んでいるところだ。だが、予定を聞くと階段作業はないらしく、小吉はホッとするやら残念やら複雑であった。それでも家庭用の大型冷蔵庫を搬入する仕事は初めてであり緊張を伴った。毛布を敷いてフローリングを滑らせたとき、ニンニンさんに教わっていてよかった、と心の中で感謝していた。

「にしても、よくオレの居場所がわかったな?」

 小吉はトラックに同乗して移動している。それをピンポイントで捕まえるとは、どういう理屈だろうか。

「J2Mの自動追跡装置にショウの生体反応を登録しておいたからね。ぬかりはないよ」

「ストーカーかよっ」

「そうだよ? わたし、ショウのストーカーだもん」

「認めるのかよっ」

「まぁまぁ。だからこうして話せるんだし、いいじゃない。ところで運転手さんは?」

「今さら訊くかっ。ラーメン屋に行ってるよ。オレは車番兼コンビニ飯」

「じゃ、少し話せるね。……明日、『緋翼』と戦ってくる」

「マジか?」

「うん。準備が整ったからね。大丈夫、万全だから。終わったら旅の続きだからね」

「楽しみにしてる。がんばれよ。全員、無事で帰って来いよな」

「ありがとう。任せておいて」

 ハルカが渦の向こうで拳を握った。小さい拳だな、と小吉は思った。

「オレもそっちにいればな……」

「なんの役にも立たないと思うけど」

「おまえなっ」

 小吉の不満げな顔にハルカは笑った。

「ウソウソ。レックスさんとかコーヘイさんとか、わたしたちのこと気にかけてたよ。言えないのがちょっと辛いかな」

「カミングアウトしちゃえよ」

「してもショウたちのことは言えないでしょ」

「あー、そうか。でも、他のワーカーも強制送還されてるんだろ? その話は知らないのか?」

「うん。セルベントはずっとサイセイ砦に閉じ込められてるから、情報は一切入ってこないの。ミリムとかニンニンさんも知らないのか言わないし」

「ニンニンさんか、会いたいなぁ……」

「なんで!?」

「あの人には教わってばかりだよ。今日のこの仕事だって――」

「いいよっ、そんな話に貴重な時間使わなくても!」

「あ、運転手さん戻ってきた」

「ほら、もう、バカっ」

「バカはないだろ」

「それじゃ、明日の結果を待っててね!」

 ハルカは通信を切ろうとした。

「ルカ、本当に気を付けろよ? オレは助けにいけないんだからなっ」

「……わかってる。ありがとう」

 ハルカは微笑み、通信を切った。

「電話か?」

 運転手が車に乗り込みながら小吉に訊いた。

「はい、友達からです」

「それはいいが、メシもすませろよ」

 若い運転手はスマホのロックを解除し、ゲームを始めた。小吉がいることなど気にもかけないのか、音量を絞らないためBGMがよく聞こえる。

「……ファイ・オニ……」

 小吉は聞き覚えのある音楽に、ついつぶやいた。

「お? おまえ、ファイ・オニ知ってるのか?」

 運転手が食いつき気味に小吉を見た。スマホの画面にはスマホ版ファイア・オニキス2の画面が映っていた。

「はい、シリーズ全部やってますよ。3まではリメイクですけど」

「オレは全部オリジナルでやったぜ。スマホ版はリメイクの移植だっていうから試しにやってんだ。やっぱ楽になってんな。ゴダール廃城のザコもボスもずいぶん弱くなってやがる」

「そうらしいですね。旧作だと宝箱も少なくて、ボス前の回復の噴水もないとか」

「よく知ってんな。やってないんだろ?」

「詳しい人がいまして、その人にいろいろと聴いたことがあるんです。2の序盤だと、墓場に入って東に25歩、北に22歩の地面に隠しアイテム『ステテコ』があったとか」

「あったあった、防御力0の意味なしアイテム!」

 運転手の青年はご機嫌で手を叩く。小吉も思わぬファイ・オニ談義ができて嬉しくなった。

 その日の仕事が終わり、作業終了の担当者サインをもらって帰る。「また来いよ!」と家の近くまで送ってもらい、彼は去っていった。

「こういう出会いもあるんだな。……青山さんか。次にあの仕事をしたとき、また当たるといいなぁ」

 小吉は元気よく玄関を開けた。


 ギザギ十九紀14年12月22日13時、天空より『神の槍』が墜ちる。

 ロックの担ぐ発射台にエクレアが槍を装填する。地上約40キロメートルからの狙撃であった。

『エクレアさん、こちらは『緋翼』の真下につきました。動きを察知されている様子はありません』

 地上部隊のレナがエクレアに【念波通信テレパシー】を飛ばす。地上部隊の仕事は、『緋翼』が万が一『異界神の槍』を回避した場合に備えて、転送魔術陣で槍を彼方に飛ばして地上を守る役目を担っている。サポートにはセリとツルギがついていた。

『りょーかい。座標合わせするよ』

 エクレアがレナと同調し、『緋翼』を通過点としたラインを選定する。『緋翼』は今、トゲト山脈の西端をゆっくりと移動しはじめており、数日のうちにはギザギ領内に到達する。十天騎士はサイセイ砦にたどり着く前に『緋翼』討伐を成功させたかった。

『照準よし! 魔法班、配置について』

 エクレアの指示で、槍を加速させる術士部隊が射線上に並ぶ。これには残りの十天騎士バルサミコス、アキラ、フリーマン、ノリアキ、カイン、それに11番目のハルカが参加している。

『加速準備!』

 エクレアが命令すると、一斉に【速度倍加】魔法を唱える。射線上に金色の魔術陣が6つ形成される。魔術陣の大きさで加速度が変化するのだが、もっとも小さいのはアキラで、もっとも大きいのはハルカだった。

「これで終わらせてショウを迎える! 冒険するんだから!」

 ハルカの気持ちに呼応するように魔術陣がさらに大きくなる。

「気合いれすぎだよ、ハルカ。でもその心意気やよし!」

 エクレアが舌なめずりして微笑する。

「いっけぇ!!」

 エクレアがトリガーを引いた。長さ5メートル、質量200キロの槍が回転しながら発射された。

 初速200メートル/秒で撃ちだされた槍は、重力も加わって第一の【速度倍加】魔術陣を通過したときには秒速600メートル、二つ目で1.4キロ、3つ潜ると3.6キロ、次に8キロ、5段階目には18キロ、最後のハルカの魔術陣を通過したときには秒速40キロを超えている。トリガーを引き1秒もかからず『緋翼』の背に着弾していた。その衝撃は1600臆(ジュール)となり、TNT換算で38トンである。参考になるかはわからないが、アメリカの通常兵器としては最大の破壊力を持つMOAB(モアブ)という爆弾の、3.5倍ほどの威力だ。マルマ式に言えば、【隕石落とし】魔法の約2倍である。

 衝撃波が拡がる。十天騎士たちは【盾】を張って身を守った。

 『緋翼』の魔力障壁もその威力には耐えきれず消滅と拡散を余儀なくされ、赤い魔力の飛沫を振りまいた。

「やった!」

 高度を下げていく『緋翼』に騎士たちは手ごたえを感じた。

 が、『緋翼』は再び羽ばたいた。直撃した槍は原形をとどめずに転がり落ちていき、穴が開いたように見えた背中の傷が、拡散したはずの魔力を吸収して修復していく。

「マジか……!?」

 何事もなかったように再び西に向けて漂いはじめる『緋翼』に、騎士たちは愕然とした。

「……もう一度だ。もう一発残っているだろ。今度は頭部を狙え!」

 冷汗を流しながらカインが命令した。全員、慌てて準備に入る。

『今度こそ、いけー!』

 全員の祈りを一心に受け、エクレアがトリガーを引いた。

 『異界神の槍』は『緋翼』の頭部に直撃した。

 頭頂部が弾け、魔力の飛沫が舞う。しかし、またしても飛び散ったはずの赤い魔力の粒は、『緋翼』に吸い取られ復元していく。

「なんだ、このバケモノは!」

「あのデカさ、あの装甲、そのうえ再生能力だと!?」

「どーやって斃すの、コレ……」

「神の使いと言うのも満更ウソではないようだな……」

 打つ手がなく、ギザギ最高戦力はたった一頭の竜を見送るしかなかった。

『撤退します。次の策を考えなければなりません』

 レナからの【念波通信】を受け、十天騎士はそれぞれに悔しさを滲ませ退却した。


 サイセイ砦の会議室で辛気臭い顔を並べる十天騎士に、アリアドはねぎらいの言葉をかけた。

「よくやりましたね。『緋翼』にダメージを与えることに成功しました。これは立派な成果ですよ」

 その言葉も、完全敗北を感じている騎士たちには嫌みにしか聞こえない。

「なに言ってんだっ。あれでダメならもうどうしようもないだろうがっ」

 珍しく一番に愚痴を吐いたのはアキラだった。それだけ自信があったのだ。

 ヤケになるアキラにアリアドは呆れた。ねぎらうために使った敬語が馬鹿みたいだった。

「そうでもないでしょ。まだ策はあるじゃない」

「どんなだよ?」

 半信半疑だが彼は興味を示した。他の十天騎士も顔を上げる。

「もう一段階、速度を上げるってどう? そうすれば威力もあがるんでしょ?」

「セリかツルギに参加させるのか?」

「いえ、わたしが行きます。おそらく3倍くらいは跳ね上げられるんじゃないかしら」

「アリアド様みずからですか!?」

 レナは驚き反問した。総大将が前線に出て、もしものことがあればどうするのか。

「どのみちサイセイまで来られたら前線で戦うことになるのよ? その前にカタをつければいいだけ。それに、一つ気付いたことがあるの」

「なんですか?」

「『緋翼』に敵を察知する能力は皆無だってこと。あなたたちの話を聞くと、偵察のときも無防備だったようだし、今回もあなたたちに攻撃をしかけなかった。小数程度には反応しないと考えていいわ。だからわたしが近づいても大丈夫。一方的に攻撃できるってわけ」

「あれだけデカイと町などの規模の人口にならないと攻撃もしないわけか」

 ノリアキがうなずいた。

「まぁ、ダメージを与えたにも関わらず反撃がなかったのが気にはなるけど、結局は軽微だから無視されたのかしらね」

「今度は軽微でも中途半端でもなく、確実に斃すダメージを与えよう」

 アリアドの心配に、カインは拳を握った。

「そんじゃ、槍の重量も増やそうぜ。そのほうがさらにダメージをデカくできる」

 ロックも調子を取り戻して言った。

「そうすると発射装置も改造がいるね」

「忙しくなるが、これで終わるとなれば皆、やる気にもなるだろう」

 カインが締める。騎士たちはそれぞれの持ち場に散っていった。

「本当にうまくいくのかなぁ……」

 飲み残されたお茶を回収しながらミリムがつぶやく。部屋に残っていたアリアドに問いかけたつもりはないのだが、魔導師は答えた。

「どうかしらね。多少の威力が上がっても、根底を押さえないかぎり無駄かもしれないわね」

「根底?」

「再生能力の秘密よ。あなたはどう思う?」

 逆に質問され、ミリムは「う~ん」と唸った。

「定番だと、生命をつかさどるコアがあって、それを壊さないかぎり永久に死なないとか……」

「コアね……。たしかにありえそうね。もしそうだとして、それはどこにあるかしらね」

「これまたオヤクソクなら心臓かな。頭部とかは考える部分で、生命活動の基本は心臓ってなってる」

「むしろそこしかないってカンジよね」

「あははは」

 ミリムは笑った。

 少女の笑顔を見て、アリアドは微笑んだ。

「……さて、わたしも行きますか」

 アリアドは立ち上がり、自分の役目を果たすために部屋を出た。


 翌12月24日、15時。槍の製作に時間がかかり、出発は遅れたが討伐作戦は始まった。

 前回と同様に、地上部隊にレナ、セリ、ツルギを置き、残りが天空より槍を放つ部隊となった。アリアドはもちろん天空部隊である。

 ロックが構える発射装置に重量300キロの槍を装填し、エクレアが狙いをつける。

『加速用意!』

 彼女の号令に、アキラ、バルサミコス、カイン、ノリアキ、フリーマン、ハルカ、アリアドが【速度倍加】を発動。ハルカとアリアドの魔術陣はひときわ大きかった。理論値では秒速130キロを超えるはずだった。TNT換算で600トン、前回の15倍以上の威力である。

 だが、【速度倍加】の魔術陣が七列並んだところで『緋翼』に動きがあった。それまで西に向けて漂っていた巨竜は、急に首を天へと向け、威嚇の声を発したのだ。

 それは衝撃波となって天空部隊を分断した。

「気付かれた!?」

 バルサミコスは空中で【シールド】を張りながら体勢を整える。

「ヤツがこっちへ来るぞ!」

「作戦中止! いったん退くわよ!」

 総大将のアリアドは冷静に命令した。敵に気付かれた時点で、作戦継続は不可能だった。

 十天騎士は作成しておいた緊急マニュアルに従って各個撤退した。

「次は絶対に斃すからね!」

 一番最後に離脱したハルカは捨て台詞を残していった。またショウに『残念なお報せ』をするほうの身になれと言いたい。

 『緋翼』よりおよそ100キロメートル離れた山林に集合したアリアドたちは、一息をつきながらも気分は最悪だった。今度こそ確実に仕留められると思いきや、よもやの反撃である。11人が12人になった程度で襲ってくるとは、どんな判断基準なのか訊いてみたいところだった。

「人数よりも、魔力を感知したのではないでしょうか?」

 メンバーの中でもっとも冷静なレナが意見を述べた。

「アリアの魔力が大きすぎて気付かれたってこと?」

「おそらくですが」

「けどそれじゃよ、もう不意打ちもできねぇじゃん。アリアドの援助があってこそ成り立つ作戦だぜ?」

 アキラの言はもっともで、一同は腕組して対応策を考えた。

「やっぱ気付かれない距離から撃つしかないんじゃない?」

 エクレアが単純な回答を出す。というよりも、それ以外の選択肢はないのだ。人員に余剰がない以上、狙撃が絶対条件である。

「次はもし気付かれても撃つしかないわね。その場合、判断は射手のエクレアに任せるわ」

 アリアドに任命され、エクレアは「わかった」とうなずいた。

「距離はどれくらいとる?」

「最低でも今と同じくらいね。この距離なら気付かれないようだし」

「100キロはあるぞ? 宇宙じゃないのか?」

 ノリアキが驚いて訊き返した。地上100キロ。地球ならカーマン・ラインと呼ばれる宇宙と大気圏の境界である。マルマではどうかはわからないが、地球に似た環境なので同じようなものではないかと推測する。

「できるかぎりの保護魔法をかけて行けるだけ行くしかないね」

 バルサミコスが危機感薄く対応する。その他大勢も「しかたない」と納得するものだから、ノリアキは「これだから脳筋は」とこめかみをヒクつかせボヤいた。

「じゃ、再チャレンジ。行くわよ」

 アリアドの号令を受け、挑戦が始まる。

 しかし――

「ダメ、なんかまたこっち視てる!」

 エクレアが叫んだ。彼女は狙いを付けるために【千里眼】を使っているのだが、宇宙を背負うほどの距離があっても『緋翼』は彼女たちに気付いているようであった。

「なぜわかるの? まだ【速度倍加】も発動していないのに……」

 アリアドは信じられなかった。

「さっきで警戒レベルが上がって、索敵に力を入れてるとしか」

「どうでもいいっ。この距離があればすぐにはヤツも来れない。撃ってしまえ!」

 カインの発言は乱暴だが、間違ってはいない。

「『緋翼』は直進してくる。撃てば絶対に避けらない。撃つよ!」

 エクレアの決定に天空部隊は【速度倍加】を発動させた。

 魔術陣が完成した瞬間に、エクレアがトリガーを引く。

 と、同時に『緋翼』が口を開き、音を発した。

 都市を一つ滅ぼした『咆哮(ブレス)』だった。それは真正面から『異界神の槍』と衝突し、爆発を起こす。

 アリアドと十天騎士は誰かの命令ではなく、自分の直感に従ってその場から離脱した。

「あっぶねー……。巻き込まれてたら死んでたぜ」

 アキラは心臓を押さえて深呼吸した。

「あの一息が槍の一撃に匹敵するのか……」

 カインの視線の先で、『緋翼』が攻撃目標を失って空をウロウロしている。衝撃に巻き込まれた翼竜ワイバーンが地表に墜ちていくのが見えた。

「直撃さえできれば斃せるのになぁ」

 エクレアはガックリと肩を落とした。

「今回も失敗はしましたが、希望は見えました。今日のところは戻りましょう。予備の槍も発射装置もない今、わたしたちにできることはありません」

 アリアドは無表情で告げた。

 一同は認めるしかなく、無念のまま帰還した。


 サイセイ砦でも『緋翼』討伐失敗の報を受けて、内部はお葬式のように暗く落ち込んでいた。この連日の苦労をどうしてくれると憤る者もいるが、それ以上に未来に絶望する者が多かった。

「カッセ、どうにもならないのか?」

 異世界人管理局アリアン・専属召喚労働者セルベント・第4小隊隊長レックスが第1小隊隊長に問いただした。カッセはセルベントのなかで唯一、作戦会議に参加が許されている人間だった。情報もほとんど彼から流れている。これに関してアリアドは彼に口止めをしていなかった。全員に公表するのは面倒なのでやらないが、何も知らずに働かされて安心できる者などいないと知っているからだ。それに、妄言や根も葉もない噂で暴れられてはたまらない。ガス抜きは必要だった。

十天騎士(あの連中)がダメなら無理だな。だが、策が尽きたわけでもない。『緋翼』のサイセイ到着にはまだ数日ある。あきらめるには早い」

 カッセは言葉を選んで答えた。彼は思慮深いとは言えないが、浅慮でもない。時と場合をわきまえて発言するように心がけていた。ここで無駄に不安をあおっても、いいことなど一つもない。

「けど、あと一つ、発想の転換があればな……」

 そのつぶやきは小さく、誰にも聞こえなかった。彼自身も考えてはいるが、残念なことに彼には圧倒的に情報量と経験が足りなかった。この後、一つの策が出されるのだが、それはカッセのアイデアではなかった。その策を出した者には潤沢な情報と経験があった。差はそれだけである。


 その日の夜、19時にハルカは小吉に今日の成果を語った。

「そうか。ダメだったか……」

「なんだろう、今日の『緋翼』はきのうと違ったの。今日のほうが攻撃的で、神経過敏だった」

「そりゃ、誰かが言ったとおり、アリアドの魔力がデカすぎて勘付かれたんだろ」

「だとしたら、ちょっとお手上げ。魔力を上げないと魔法も使えないし」

 ハルカは頭を振った。

「もう一度『緋翼』について教えてもらっていいか? オレもできるだけ手助けしたいし」

「ありがとう、助かる。でも、こうしてショウと話せてよかった。一人だったらホントに落ち込むしかなかったもの」

「オレも話せて嬉しいよ。マルマについて話せるのはおまえしかいないからな。こっちにシーナたちも戻ってると言ったって、連絡の取りようもないし」

「そうでもないでしょ? シーナだったら会えるんじゃない?」

 ハルカの言葉に小吉は「え?」と目を丸くした。

「だって、あれに名前も出てたし、連絡すれば教えてくれるんじゃない?」

「あーーーーー!!!」

 小吉は驚きすぎて大きな声が出た。たしかにその可能性があった。

 少年は慌ててそれを取り、テレビをつけた。

「そうだ、あの番組にシーナの中身らしき人が映っていた。考えもしなかった……!」

 小吉がブルーレイ・レコーダーにセットしたディスクは、母親が録画保存していた『行方不明者に呼びかけるテレビ番組』だった。その中に『椎名亀子しいなかめこ』という高校二年生の少女がいた。両親の話によれば、自宅で食事中に突然喚きだしてマンションのベランダから落ち、そのまま消えてしまったという。遺体もなく、怪我の痕跡もなかった。忽然と消えたのである。小吉はそれを見て、彼女がシーナだと確信していた。シーナ自身が語っていたように、体の大きな、シーナとはまるで似つかない少女だった。

 ショウは亀子がシーナだと気付いたときはやはり驚いた。自分を卑下するのもわからなくはない。だが、それだけだった。亀子とシーナが結び付かないのが一番の理由であったろう。実際に会ったときにどう感じるかまでは自信はないが、亀子がシーナであるかぎり、容姿を理由に避けるようなことはしない。

 だが、それ以前の問題が発生していた。

「あれ、映ってない……」

 『椎名亀子』の放送シーンの時間はしっかり覚えていた。だが、そのシーンが別の誰かにすり替わっていた。いぶかしみながら、小吉は早送りを駆使して冒頭から流す。彼女のシーンは、不可思議な消えかたもあって15分以上も尺をとっていた。CMも二度挟んでおり、見つけやすいはずだった。

「やっぱりないぞ? どうなってるんだ?」

「考えられるとしたら、なかったことになってるのかも」

「なかったことに? マルマに行ったという記録が?」

「シーナ本人が日本に戻ったことで、それまでの行方不明期間すらもなかったことになっているとしか思えないよ」

「そんなバカな。オレのは残ってるぞ?」

 小吉のデータを読み上げるアナウンサーの声がちょうど聞こえた。

「これから会議だし、アリアドに訊いてみるよ」

「頼む」

「時間あるならこのまま連れていくけど?」

「オレが行ってもいいのか?」

「その質問だけで終わらせればいいんじゃない?」

 ハルカは気楽に言った。「なら頼む」と小吉は応え、「そういえば」といったん席を外した。

 ハルカが会議室に『時空間通信魔具(J2M)』を持ち込んで入室したときには、十天騎士の他、アリアドと雨宮親子、カッセにミリムと、彼女以外の全員がそろっていた。小吉もギリギリ部屋に戻り、J2Mが作る渦の前に座った。

「遅いぞ。またショウとやらと話していたのか?」

 普段ならそんな些末に神経をとがらせたりはしないカインだが、連日の疲労と上がらぬ成果に、つい嫌みの一つも出てしまう。それと自分でも気づき、「すまん、八つ当たりだった」とすぐに謝罪されてはハルカも怒るに怒れない。

「会議の前に、そのショウから一つ質問があるんだけど、いいかな?」

 ハルカはJ2Mの渦をアリアドに向けた。そこにショウが映っていることにカッセとミリムは驚いた。

「ショウ!?」

「ショウさん!?」

 「あ……」ハルカは二人には内緒にしていたのをすっかりと忘れていた。

「えーと、これについては会議後にゆっくり説明するので今は流してっ。時間もったいないからっ」

 黒髪少女の十天騎士が早口でまくるので、ミリムもカッセもとりあえずは好奇心を抑えた。ショウのほうもあいさつをしたいところを自制し、アリアドに問いかけた。

「日本に帰った異世界人は、どうなっているんだ?」

 アリアドは面倒くさそうに後頭部をかいた。そんな話をしている場合ではないし、質問を許した覚えもない。が、こうなるとしつこいのはわかっているのでため息まじりに答えた。

「強制送還した異世界人は、召喚された直後に戻っているわ。当然、その間のできごとは覚えてもいない。これでいいかしら?」

「だからこっちでは行方不明になったことすら、なかったことになるのか」

「そうなるわね」

「それじゃ、オレがマルマで知り合った人にこっちで会っても、その人はオレを覚えてもいないんだな」

「そうよ、会っていないのだもの」

「……っ』

 小吉は口を開きかけ、何も言葉が出なかった。どうしようもなかったのだろうと、状況を鑑みて納得する一方、やはり強引ではないかとも思う。

「今の話、どういうことだ? 強制送還?」

 カッセが話についていけずに割り込んだ。セルベント以外の異世界人がどうなったのか、彼は知らなかった。他の現場で働いているという噂を信じていた。

 アリアドはまた深く息を吐いた。

「セルベント以外の異世界人は元の世界に還したのよ。それが彼らを救う唯一の方法だったから」

「マジか? なんつー強引な……」

 嫌悪を示すカッセに、アリアドは何も感じない。

「他に方法がなかった。あなたによい代案があるならぜひ教えてほしいわ。『緋翼』を前に、彼らの命を一人も欠けることなく絶対に守れる方法をね」

「……!」

 カッセも黙るしかなかった。方法はともかく、確実であったのは確かだろう。

「強引だったのは認める。でも仕方なかった。それだけよ。謝罪をするつもりはないわ」

「アリアド」

 小吉が魔女に呼びかけた。やっと一つ、彼女にぶつける言葉を見いだせた。

「なにかしら?」

 アリアドは受けて立つつもりで小吉の瞳を睨みつけた。

「ありがとう。みんなを助けてくれて」

「なっ!?」

 アリアドは予想外に弱い。真顔で感謝され、顔が赤くなった。

「たしかにこれ以上に確実な方法はないよな。もうみんながオレを覚えてないのは残念だけど」

「オレは覚えてるぞ」

 椅子にふんぞり返ってゲンシローが言った。

「ああ、おまえとルカが覚えているだけで充分だ。……質問はそれだけ。みなさん、邪魔をしてすみませんでした。お詫びにこれを送るので食べてください」

 小吉は用意しておいた紙箱を4つ、J2Mの渦を通してハルカに渡した。

「なにこれ?」

 ハルカも中身は知らないが、甘いいい匂いがする。

「そっちでは今日は12月24日だろ。こっちはもう25日だけど。といったら――」

「クリスマス?」

「うん。ウチも祝ったりはしないんだけど、何か差し入れしたいなと思ったら今はこれが一番かなって。みんなで分けて」

「もしや、それは――!?」

 カインが今まで見たことないほど眼を鋭くした。ハルカが箱を開けるのを食い入るように見つめている。

「ショートケーキだぁ。うわ、ショウ、ありがとう!」

 ハルカは感激した。クリスマスにケーキという、普通にありえながら経験のない彼女には涙が出るほどうれしかった。

「さすがにセルベント全員分は買えないんで、その場だけでカンベンしてください」

「もちろんだ! 感謝していただく!」

 カインが力強く礼を述べた。もう何年、日本のケーキなど食べていないだろう。彼女が日本に想い残しがあるとすれば、スイーツのみである。

「ケーキ? それが異世界のケーキ?」

 アリアドがミリム経由で受け取った白と赤の食べ物をシゲシゲと見る。

「周囲の透明なフィルムはとって食べてくださいね」

 ミリムの注意にうなずき、ペリペリとフィルムを一周させて取る。スポンジとクリームが振動に踊った。

「どうぞ」

 ミリムからフォークを受け取って、先端を垂直に切り、口に入れる。

「……!!」

 アリアドは幸福に包まれた。

「……こんな、甘いの? すごい、おいしい。ギザギのケーキとは全然違う……」

「ギザギのケーキは粉っぽくて固めですからね」

 アリアドのとなりでミリムも久々のケーキを堪能する。これだなーと懐かしさが爆発していた。

 雨宮親子はそろって一口で平らげ、微妙な顔をする。甘味が合わないようだ。

「カッセさん、食べないの?」

 ハルカがケーキを凝視したままの青年に訊いた。

「……いや、食いたいところだが、リラにやろうかと思ってな。あいつも甘いものが好きだし」

「残念だけど、ここだけにしないと。他にバレたらすごく大変なことになってしまうから」

「そうだよな。すまん、リラ」

 カッセはケーキを食べはじめた。青年の心意気に、ハルカはちょっと感動した。

 もう一組、対極にいる二人がいた。ロックとレナである。

 レナはハルカ同様、感動に涙を流しながらケーキを食べていた。一方で、ロックは腕組をしている。

「ロック、どうした? 食べないならわたしがもらうぞ!?」

 普段のカインからは想像もできないほど目が輝いていた。

「あ? ああ、食いたいなら持ってけ。オレは甘いモンはダメだ。胸焼けする」

「そ、そうか? それは残念なヤツだな。では、わたしが――」

「カイン、ずるい! わたしだってほしい!」

「わたしも」

「わたしもー!」

 エクレア、セリ、バルサミコスの女性騎士がロックのケーキを焼き尽くすほどの熱量で見つめる。

「ならばジャンケンしかあるまい!」

 カインが勢いよく立ち上がった。「望むところ!」と三人も続く。

「たかがケーキでなに騒いでんだよ、ったく。レナも泣くほどかよ?」

 ロックは呆れかえっていた。

「泣くほどですよ。わたし、ミルク・アレルギーがあって、ケーキを食べたことがなかったんです。ただでさえ食事制限もされていて、おいしいものなんて……ぜんぜん……」

 レナは「おいしいですぅ……」とまた泣き出した。この世界、この疑似体がなければ、彼女はケーキの味も知らずにいたであろう。

 ジャンケン大会に興じていた四人はピタッと動きを止め、たがいを見やった。

「おまえにやるから食え」

 ロックがジャンケン大会の賞品をレナの前に置いた。

「……いいんですか?」

「オレは食わねぇっつってんだろ。あっちの浅ましいヤツらにくれてやるよりマシだ」

 「う……」浅ましい呼ばわりされた四人は真っ赤になってうつむいた。

「ありがとうございます!」

 レナは手を合わせて感謝を述べた。

「……なんかキレイなジャ〇アンがいるぞ」

 アキラがケーキを咀嚼しながら言った。周囲で同意のうなずきが起きる。

「なんだと!?」

 ロックがひときわ大きな声を出したのは、気恥ずかしさからである。

「イイハナシダナー」

 アリアドは仲睦まじい十天騎士を眺め、ウンウンと感動していた。

「……それじゃ、これ以上は邪魔でしょうから引っ込みますね」

 一連の騒動を苦笑しながら見ていた小吉があいさつした。

「待て。おまえには重大な役目がある。そのまま残っていろ」

 カインが小吉を呼び止める。少年は驚いて彼女を凝視した。

「その穴は何かと便利だ。今後とも物資の搬入を頼みたい」

「真面目に言ってるけど、それって彼を使いっぱにしてスイーツを買ってこさせたいだけでしょ?」

 エクレアはお見通しである。なぜなら、同じことを考えていたからだ。

「そ、そんなことはないぞ!?」

「イヤイヤ、その動揺の仕方でバレバレ」

 エクレアがニヤニヤと笑う。

「わたしとしても是非ともお願いしたいところだけど、それは賛成できないわね。あまり時空間を捻じ曲げておくべきじゃないわ。どこに影響が出るかわからないもの。だから召喚もきちんと設備が整った場所でしかやらないのよ」

 アリアドがハンカチで口を拭く。至福の時間が終わり、寂しくもあった。

「だって。今日はここまでね。また連絡するから」

 ハルカがJ2Mを閉じようとする。それをとめたのもアリアドだった。

「ちょっと待ってね。そうは言ったけど、正直なところ猫の手も……いえ、猿の知恵でも借りたいところなのよ。この会議にはこのまま参加してもらうわ」

「言い直すなっ」

 小吉がツッコむ。バルサミコスは「あー、これだわー」とケーキに続いて満腹感を味わった。

「わたしは期待してないけど、ミリムがしてるみたいだからね」

 アリアドが緑瞳の少女に怪しげな目を向ける。ミリムは赤くなってうつむいた。訓練所でミリムが話したことをアリアドは覚えており、証明する機会を与えたのだ。ケーキの礼も八割がたある。

「期待されるようなことをした覚えはないんだけど」

「それならそれで役立たずって証明ができていいじゃない」

「おまえなァ!」

 ことごとく挑発してくるアリアドに小吉はつきあいがよい。

「さて、真面目に会議をはじめましょう。まずは今日の作戦を初めから振り返りましょう」

 アリアドにうながされ、天空部隊の状況はカイン、地上部隊の説明はレナが担当し、流れを細部まで検討する。主に問題があったのは天空部隊で、地上部隊ははっきりといえば何もしていない。

「――という流れから、『緋翼』は強い魔力に反応を示すものと考えられる。そうなると、アリアドの参戦は状況を混乱させる要因となるだろう。だが参戦が不可となれば、アリアドの戦力もなしに戦わねばならなくなる。その穴を埋める策を話しあいたい」

 カインは議題を明確にした。攻撃方法は『異界神の槍』を用いるのを前提としている。それ以上の攻撃力が存在しないかぎり、戦術兵器に変更はなかった。

 会議に臨むメンバーは、早速、腕を組んで唸りだす。それが出ないからアリアドの参戦に期待したのである。

 皆がアリアドなしでの戦い方を模索する中、小吉だけが違うことを考えていた。何かがおかしい。腑に落ちないのだ。けれどそれが何かが出てこない。ふと視線を泳がせ、レナの前に置かれた二つのケーキ皿が目に入った。どちらも綺麗になくなっており、彼女の満足した笑顔が思い出された。

「あ……」

 小吉がこぼす。当然のように視線が集中した。

「なにかしら?」

 アリアドがうながすと、小吉は少し唸ってから恐るおそる口を開いた。「あくまで推測なんだけど」と今回ばかりは自信がない保険をかけておく。

「『緋翼』が反応したのは魔力じゃない気がする」

「じゃ、なんだってんだよ?」

 ロックが少年を睨んだ。彼だけが小吉の差し入れの恩恵を受けていないので、彼に気を遣う義理もなかった。一方、小吉はその反応はもっともだと思っているので、怖いと言うよりも申し訳なく感じていた。

「『緋翼』が反応したのは、唯一の対象だからじゃないかな」

「意味わかんねーぞ?」

 全員が同じツッコミを入れたい衝動にかられていた。

「前回、作戦に参加したのは十天騎士と呼ばれる11人なんでしょ? 今回はそれに加えてアリアド。この中でアリアドだけが仲間はずれなんだよ」

「そりゃ十天騎士じゃないからな」

「そうじゃない。十天騎士以前に、異世界人じゃないんだ」

「あ……!」

 カインやレナなど、半数が小吉の言わんとするところに気が付いた。

「人間だからか……!」

「はい」

 カインの言葉に小吉はうなずいた。

「ハ? なに言ってんだ? オレたちだって人間だろうが」

「違います。わたしたちは人間の姿をしていますが、マルマ人ではありません。疑似体という殻を持つ、別の生物です」

 レナのセリフにカインが続いた。

「ゴブリン王が言っていただろ? 『緋翼』は一種の生物しか襲わないと。そういうことか。『緋翼』にとってマルマ人ではないわたしたちは滅ぼすべき相手ではないのだ。だから背に乗っても攻撃どころか拒否もしなかった。攻撃しても無視した」

「そういう理由か! よくわかったな、ショウ」

 カッセがショウを褒める。少年は嬉しくなった。

「そちらのレナさんがヒントをくれたんです。アレルギーがあって食べられなかった物が疑似体のおかげで食べられるようになったって。つまり体がぜんぜん違うってこと。人間だけど異世界人なんだって」

「はー、やっぱりショウだよ」

 ハルカは満足げな顔をする。同じ表情をミリムもしていた。

「で、それがわかってどうなるんだ? アリアドが参戦できないのにかわりねーだろ?」

 面白くなさそうにロックが舌打ちする。

「攻撃される恐れがないなら、ここにいる異世界人全員で加速魔法を使ってもいいんじゃないですか? 全員、一列に並んで200以上の加速で槍を撃ちこむ」

「「ブフッ」」

 意味が分からない雨宮親子以外が噴き出す。とんでもない発想である。核弾頭など問題にならない威力になりそうだった。

「……いや、アリっちゃアリだけどよ……」

 さすがのロックも惨事を想像して冷汗が出た。

惑星ほしごと粉々になるわっ」

 バルサミコスがツッコミに回った。

「オリハルコンの外装もそこまでもつか……?」

 ノリアキは弾体の心配をする。『異界神の槍』は、大きく三重構造でできていた。芯に鍛錬を重ねた鋼、中間層にミスリル鋼、表面のコーティングにオリハルコンである。オリハルコンは熱や衝撃では変形しないとされているので、高速による断熱圧縮や空気抵抗対策に用いられている。だが、物には限度というものがある。たとえオリハルコンといえど、無制限の強度を誇るわけでもないはずだ。

「待ってください」

 ミリムが挙手して立ち上がった。「なにかしら?」とアリアドが発言を許した。

「もしそれができるとしても、わたしは反対です」

 場がざわめく。

「実はオレも反対だ」

 カッセも手を上げた。

「理由は?」

 アリアドに問われ、ミリムとカッセはたがいを見合わせた。同じ理由であるのが直感的にわかった。

 先に発言したミリムが答えた。

「その策を用いたときの効果はおそらく絶大だと思います。もしかすると『緋翼』を粉砕することも可能かもしれません。ですが、それだけに危険です。この単純で簡単な戦術兵器は絶対に世界を壊します」

「そうだ。例えばセルベント全員が参加したとなれば大体250人か? たったそれだけで『大陸を滅ぼすモノ』を滅ぼせることになる。その後の戦争の概念が変わるだろう。オレたちの世界の核戦争をこっちでやるようなもんだ」

 カッセの最後の言葉が、雨宮親子を除いた一同を戦慄させた。

「けどよ、オレたちはもう知ってるんだぜ? それも習得までしている」

 アキラが焦りながら詰め寄った。

「あんたらはまだまともな人間だ。そもそも十天だかの超人疑似体チート・ボディを持っていても悪用しなかった。そういう人間なら力の恐ろしさもわかるはず。だが、不特定多数に今、必要だからと言ってホイホイと力を授けていいわけがない」

 カッセの語を継ぎ、ミリムが過去の事例を引き合いに出した。

「それは異世界人管理局アリアン・専属召喚労働者セルベント制度でわかったではないですか。発足当時はゴブリンの脅威にさらされていました。だから召喚労働者サモン・ワーカーの戦力増強と称して戦闘特化のセルベントを生み出した。けれど脅威が去ったあとは自己の力を誇示する乱暴者を増やしただけ。おそらく今回もそうなります。単純な力は、単純だからこそ簡単に他人を傷つけるんです」

 ミリムがこの数ヶ月で成したのは、セルベントの意識改革と教育制度だった。パーザ・ルーチンを頼りに、異世界人管理局・総務部長の援助を得て、訓練所に道徳の項目を設けた。それが功を奏しているのかは未だ答えが出ていないが、少しずつでも変わってきていると彼女は信じている。

「やっぱりミリムは立派だな……」

 小吉は感銘を受けていた。自分は疑問に思いつつも、投げっぱなしにして旅に出てしまった。それなのに彼女はまっすぐに道を作ろうとしている。尊敬するしかなかった。

 その小吉の熱い視線を受け、ミリムは急に恥ずかしくなって席に着いた。この場でもっとも立場の低い自分が、何を偉そうに語っているのだろうと余計に肩身が狭くなる。

「彼女の意見は正しい。わたしもそう思う。この加速魔法は単純だからこそ強力だ。単独でも個人の能力いかんによっては弓矢をライフル銃くらいには変えてしまうだろう。存在自体を公にすべきではない」

 カインも同調した。

「【瞬間移動】や【隕石落とし】まである世界で、今さら何を遠慮がいるんだ?」

 ロックはそれが理解できない。純然たる力はすでにあるのだ。それが一つ増えたところで何が変わるというのか。

「以前にも話しましたが、新しい力をこの世界の部外者が安易に作り出すわけにはいかないだけです。何かを理由に一つを許せば、次も理由を見つけて許すだけ。そして際限なく広がっていくのです」

「自分の価値観で他人の正義を計るってか。それこそ人間を馬鹿にしてるだろ」

「そうですね。エゴなのかもしれません。ですが今はそのエゴに従うしかありません。どうしても他に策がなければ、そのとき改めて協議しましょう」

「結局、振り出しに戻る、か……」

 バルサミコスが首を振った。

「おい、小僧。おまえの案は却下されたぞ? 他になんかねーのかよ? ああ?」

 ロックが小吉にイヤミな笑みを向けた。

「あるにはあるんですけど、また却下されそうなんだよなぁ」

「あるのかよ!」

 ロックのツッコミに、小吉は可笑しくなった。なんだかんだで十天騎士も同じ人間なのだと感じる。

「それは?」

 期待半分でカインがうながす。

「ここに居ながらにして『緋翼』を攻撃する方法です」

「あるのかよ?」

 全員がそんな都合のいい方法を思いつかず苦労している。それが簡単に思い浮かぶものだろうか。

「みなさんの目の前にあるじゃないですか。実際、それのおかげでケーキを食べましたよね?」

「あ……」

 ショウが映っている黒い渦に視線が集まる。

「これ、日本とつながるくらいスゴイ物じゃないですか。だったら『緋翼』の顔面にだって近づけると思いません?」

「なるほど。通信手段としか考えていなかったが、物質が通過できるなら槍だって通せる」

「はい。めいっぱい加速させてから、『緋翼』の前に門を開くんです。必殺必中ですよ」

「悪魔の発明だな……」

 カッセのつぶやきに、「道具はどう使うかですから」と小吉もいい顔をしない。自ら発案しておいて、あまりにもセコく、効果的なのが嫌だった。

「形としてはこうか? 地上数十メートルから槍を落下させ、地表に着くまでに加速魔術陣をいくつか通過、最後にその魔具を通して『緋翼』にあてる」

 ノリアキが黒板で図解しながら説明した。小吉が「そうです」と応える。

「このとき、上方向に向かうように出口を調節しておけば、万が一はずれても槍は宇宙に飛び出すので安全です。たぶん……」

 大気圏を抜けるために必要な速度など知らない小吉は自信がない。

「そうだな、地球なら秒速11.2キロあれば抜けるから、うまくいくだろう。槍は無駄にするがな」

「そうですか……」

 小吉の安堵と、全員の喜びが爆発したのは同時だった。

「いける! それならいけるんじゃないか! 地上部隊もアリアドも魔法に参加できる。最高の布陣で槍を打ち込めるぞ!」

「単純に速度が倍加するとすれば、2の12乗倍。初速200メートルでも820キロに変わる」

「それ、当たれば死ぬよね!?」

「欠片も残んねーよ!」

「その加速エリアを真空にできればさらによさそう」

 十天騎士のほとんどがこの策を認めた。だが、慎重派ももちろんいる。

「作戦としては有効でしょう。ですがあまりにも威力が強すぎませんか? 衝撃が『緋翼』に集約されるわけではありませんので、周囲の被害も考慮すべきです」

「それでは最初から全力ではなく、段階を踏むのはいかがでしょう? 前回が七人による加速でしたから、まずは八人で。それでダメなら九人とするのはどうでしょう?」

 レナの慎重論にフリーマンが修正案を出した。

「そうですね。それでいきましょう。それと、この策も今回のみです。公表もしません」

「そうだな。結果さえ出せばそれでいい。アリアドの考えは?」

 カインも同意し、最高意思決定者に判断を仰ぐ。

「他に策がなければこれで行くしかないわね。結局は、力に力で対抗するしかないのが残念だけど」

 アリアドは手放しで賛成はできなかった。レナの言葉どおり、強すぎる力の衝撃は周囲を無事には済ませないだろう。被害を皆無にとはいわないが、もう少し穏便にいきたかった。


 そして二日後の12月26日14時、作戦は驚くほど完璧に仕上がり、『緋翼』を跡形もなく吹き飛ばすことに成功した。

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