51 サイセイ砦の勇者
ギザギ十九紀14年12月13日夕刻、召喚十天騎士は雨宮武志郎を伴い南西部の遺跡へと戻った。留守を任されていたコボルドのジョンは、彼らが無事に目的を達成して戻ったことに祝辞を述べたが、誰一人、喜んではいない。
夕食時にその理由を聴かされ、ジョンも唸るしかなかった。
「ゴブリン王がそんなことを……。ですが、信用にたる情報なのでしょうか?」
「今のところ証明はできないよ。でも、あの場であいつがそんな嘘をつく、もしくはわたしらを混乱させる理由はないからね。あいつ自身もかなり調べていたみたいだし」
バルサミコスがお茶を飲みながら答えた。ゴブリン王クラシアスは、かなり勤勉であった。人間の町だけではなく、エルフやドワーフの村にも侵入し、知識をため込んでいた。『緋翼』についてもっとも役に立ったのはエルフの文献らしい。エルフ村出身のディスティアは『緋翼』をまるで信じてはいないが、村から疎外されていた変異種の彼女がまともな情報に触れる機会があったものかはなはだ疑問である。冷静に資料を読む機会があれば答えは違っていたかもしれない。
『緋翼』とは生物であり生物ではない。『世界』が生み出す『調律者』であった。神々の時代より世界に歪みが生じたとき現れる、いわば『神の使い』である。その仕事は主に増えすぎた生物の淘汰であった。自然のバランスを崩す存在を消滅させ、自然に還元にするのである。
「――というのが、エルフに伝わる話らしい。だがこれも稀有が大きすぎて正しいのかどうかもわからんがな」
カインは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「エルフが残した歴史のなかで『緋翼』が行った生物の淘汰と、その時代に繁栄していた種が同一であったのは確認しています。あながち間違いとも思えませんね……」
「『緋翼』の思惑なんぞどーでもいいだろ? 問題は事実、人間を殺しまくってこっちに向かってるってことだっ」
ロックが苛立ちを隠さず床を叩く。
「たしかに。だが、正体がただのドラゴンではないとなれば話は別だ。そんなものを人間が斃せるのか?」
「う……っ。そりゃぁ……」
カインの指摘に、ロックも言葉につまる。
「ゴブリン王も逃げの一手のようですしね」
フリーマンが茶化すように笑った。
「あのヤロウも言うだけ言ってさっさと逃げやがって! 次に会ったらぶっ殺してやる!」
クラシアスからすれば、とばっちりである。彼に言わせれば『緋翼』とまともに戦おうなどと考えるほうがおかしいのだ。それに、どんな状況であろうと次に会えば戦うのは必然であり、逃げたことを理由にされてはゴブリン王も立つ瀬がない。
「いろいろ考えちゃうけどさ、結局は『隕石落とし』を試すしかないんじゃない?」
エクレアが煮え立つ会議の場に疲れて建設的意見を述べた。
「そうだな。やれることは限られている。あれが何であろうと撃退しなければならない。効果があるかないかはとりあえず無視だ。できうる限りの策を出し、アリアドと相談しよう」
十天騎士たちは思いつくまま、対応策を書き連ねていった。
その隣の部屋では雨宮親子が鍛錬に身を入れていた。わずか10日ほどの別れではあったが、ゲンシローは父を懐かしく思い、武志郎は息子の成長を感じていた。
ゲンシローはよくしゃべった。ボダイの町でショウたちと出会い、学んだことの多さを語り、それが剣に活かされているのを実演してみせた。
「『男子、三日会わざれば刮目して見よ』とはよく言ったものだ」
武志郎はそう評した。
「ですが、その者たちはもうこの世界にはおりません。オレはそれが残念でなりません」
「友を持ったか。ワシも会うてみたかったぞ」
「『緋翼』を討伐したのちであれば、アリアドという者がまたこの世界に呼び寄せることでしょう」
「なればよいがな。相手はいわばこの『世界』ぞ。よもや神仏に刃を向ける日がこようとは」
「理不尽であれば神仏だろうと容赦せん!」
ゲンシローの一閃は、まさしく神仏を切り裂く勢いがあった。
父はただ、頼もしい息子に笑むのみである。
12月18日ともなると、ギザギ国・最西の砦サイセイに異世界召喚庁からの特務を帯びてやってきた異世界人管理局専属召喚労働者が徐々に集結をはじめていた。一番乗りはサイセイに最も近い場所にいたカッセ率いる第1小隊である。
彼らがサイセイに入ったのは二日前の16日だった。カッセが門番に召喚状を提示すると、馬車ごと西壁沿いの兵舎へと案内された。途中、市民の慌ただしい様子や家財道具を乗せた馬車と幾度となくすれ違った。
「疎開だな。砦の住人ぜんぶを逃がすつもりか。どんだけヤバイ状況なんだか」
カッセは舌打ちした。
「追い詰められてるってこと?」
副隊長のリラは、カッセの不機嫌な顔に不安を覚えた。
「街道を無事に通過できたんだ、今はまだ大丈夫だ。これからに備えてのことだな。それこそ20日あたりが危ないだろう」
その日付は、セルベントたちのサイセイへの入砦期限である。
「不安ですわね」
メンバーのコロネが細い目をさらに細めてため息をついた。
「もうまな板の上の鯉だ。どうにでもしてくれ」
カッセはあきらめて馬車の荷台に勢いよく寝ころぶ。狭さを計算し忘れて縁に頭をぶつけた。
そうして集まった異世界人たちは、一様に不安を表に出していた。豪胆なレックスやイソギンチャクでさえ、大勢が集まる大食堂から離れようとはしなかった。久々に会う友人たちとの会話も、あいさつを終えると暗くなっていく。
「さて、何をやらされることやら」
「情報がないのが一番ツライな」
レックスとイソギンチャクという、異世界人にあっても屈指の巨躯である二人が辛気臭くやりとりする。傍からみれば不安を煽る光景だった。
「こんな状況だ、うちのメンバーの一人も精神的に追い詰められている」
レックスは実名を出さなかったがケイジのことである。彼はレックスたちから遅れること半日でサイセイに送られてきた。逃げ場を失くし、今はあてがわれたベッドで布団をかぶって寝ている。
「こちらはそこまではいかないが、やはりいい状態ではないな」
イソギンチャクも首を振る。
「考えるだけ無駄とわかっていても、考えないわけにもいかないからな」
カッセが二人の座るテーブルに着いた。
「第1小隊のお着きか」
「いやいや、オレたちが一番乗りだよ。おかげでもうウジウジ考えるのに飽きちまった」
「それは羨ましい」
レックスが笑う。
「かわりに第2小隊が今ご到着のようだ。……おーい!」
なにが『かわり』なのかわからないが、レックスとイソギンチャクはカッセの視線を追った。第2小隊のコーヘイが食堂の入り口に見えた。彼ら第1から第4小隊・隊長は、ゴブリン討伐作戦時に勲章をもらった旧知である。
「知った顔があると安心するよ」
コーヘイがニコやかに近づいてくる。彼の下につくサトら3名も適当な席に座って一息ついた。さきほどサイセイに到着したばかりで多少の疲れがあった。けれど割り当てられた狭い部屋にいても落ち着かず、人が集まる場所を求めてやってきた。
「夏以来、会ってないな。このまま顔を合わせることがないかと思ったくらいだ」
レックスの言葉は冗談と本気が混じっている。おたがいに任地がある以上、よほどでなければ交わることがない。
「そうだね。それだけ今回はよほどのことなんだろうね」
「あと二日もすればわかるさ。気分の悪いことだ」
カッセがおどけてみせる。余裕ぶらないとやっていられない心境だった。
「じゃ、少しだけマシな話をしようか。レックスさんは彼と会ったかな? そちらに行くと言ってたけど」
コーヘイの使った三人称に当てはまる人物を、レックスはすぐにわかった。
「ああ、会ったよ。相変わらずだったな。もっとも、本当にあのときのままなんだろうがな」
二人のやりとりにカッセはニヤリとし、イソギンチャクは首をかしげる。
「あいつのおかげでウチの小隊は危うく解体の危機だったぜ。二人も持っていきやがって」
「それは災難だったな」
レックスとコーヘイが笑う。イソギンチャクは遅れて「ああ」と得心した。第1小隊のメンバーを思い出すと、答えはすぐに出た。
「ショウくんか。管理局便りは読んだ。そうか、みんなは会ったのか」
「あいつのためにルカとマルが暴走して、ナンタンまで追いかけるハメになった。そのまま離脱して大迷惑だ」
「そういえば、管理局専属召喚労働者を辞めたと聞いたけど、どうやってだろう? 理由を訊き忘れてた」
コーヘイの疑問に、カッセは焦りながら「さぁ」とごまかした。書類紛失の件は機密事項である。
「そういやあいつら旅に出るような話をしてたが、そっちに行ったのか」
カッセの話題変更にコーヘイは素直に乗った。
「まずはトウタンへ行くと言ってたからね。ボダイ町経由だから西のほうは寄れなかったんだろうね」
「それは残念だ」
イソギンチャクが心からの声を出した。
「それで、彼らはトウタンに向かったのかな?」
「いや、いろいろあってな、今はどこにいるか……」
歯切れ悪くレックスは漏らす。どこまで話していいものか、判断に困った。
「話せないのか?」
「ん~~~~~っ。……すまん、一つ言えばすべてを言うことになりそうだ」
カッセの問いにレックスは珍しく長く悩み、話さない選択をした。
「また面倒ごとか。あいつららしいっちゃらしいが、巻き込まれるほうの身になれってんだよ」
呆れるカッセに一同も苦笑する。
「それじゃ、ここにも来ないかな?」
「ここはセルベントだけだろ? ……いや、なんか絶対どこかで絡んできそうな気がしないでもない」
カッセの言葉は予測でも勘でもなく、願望のようにコーヘイたちには聞こえた。それは、彼ら自身が望んでいるからでもあった。
「死んだふりまでして一番いい勲章をもらったんだ。こんなときくらい見合った働きをしてもらわないとな」
レックスの冗談に一同は「まったくだ」と唱和し、笑った。
「異世界人に告ぐ」
サイセイの兵士が数人、大食堂に現れた。食堂内が一気に静まる。東方語で呼びかけられ、多くのセルベントたちは首をかしげた。サウス領を越えてエスト領にいるため、疑似体に仕組まれている自動通訳は作動せず、ほとんどの者には言葉がわからない。
「ボクが通訳します」と、コーヘイ・チームのサトが兵士のそばに寄った。彼はベル・カーマンの語学講座を受けており、多少は言葉がわかる。基礎のみではあったが、その後、派遣先の村で子供に勉強を教えるかたわら、彼も住人から言葉を学んでいた。
「異世界人に告ぐ。30分後、外の広場に集合せよ。この場にいない者にも報せおくこと。以上」
「おいっ」それだけ報告して出ていこうとする兵士にカッセが呼びかけた。
「それだけか? 理由も何もなしかよ?」
「こちらも連絡を命令されただけだ。詳しい話など知らんよ。大方、サイセイに来る予定の異世界人がすべて揃ったからミーティングでもするんじゃないのか?」
兵士はもう一顧だせず食堂を出ていった。
「揃ってすぐにミーティングか。よほど余裕がないようだな」
「まぁ、余計な思案に振り回されなくなるだけ精神的にはいい」
「たしかに」レックスの感想にカッセも同意だった。
「そんじゃ、メンバーに報せてくるか。次に雑談するときは明るい話題になればいいがな」
「期待はできないね」
コーヘイはため息を吐き、後ろのテーブルで同じ不安顔を並べるメンバーたちと話し合いをはじめた。
同じころ、召喚十天騎士もサイセイへの移動準備をしていた。約束の日付までは二日の猶予があるが、遺跡にこもっていても進展はない。今ある策をアリアドと協議するため、彼らは行動をはじめるほうがよいだろうと意見は一致していた。
ただ一つ、バルサミコスには遺跡でのやり残しがあった。アリアドの館を出る際に魔女から頼まれていた仕事がまだ終わっていない。
「あと数時間で終わると思うから、それまで待ってよ」
バルサミコスは仲間に手を合わせてお願いした。
「レナとやっている何やらおかしな研究か?」
カインは不機嫌に訊いた。バルサミコスとレナは他者を立入禁止にして、必要時以外は地下の研究室にずっとこもっていた。
「アリアのたっての希望だからね。やらないわけにもいかないよ」
「最後まで秘密にするのか?」
「ごめんっ。でもきっと、いずれみんなにも役に立つはずだから」
「……気にいらんっ。だが、そこまでいうのならいい。夕方には出るからな」
カインたちは不満顔のまま、自分たちの準備にかかった。
残された二人は地下研究室へと降りていく。
「みんな怒ってたねぇ」
「それは仕方ありません。一致団結しなければならない時期に、こうして隠し事をしているのですから」
「ンなこと言われてもねぇ。アリアに極秘でって言われちゃったし」
「そうですね。これはちょっと、言えません」
レナは研究室に据えられた大きなガラスケースを見て苦笑を浮かべる。
「ともかくさっさとやっちゃおうか。これで出発時間まで遅れたら殴られそう」
「はい」
二人が最後の仕上げに入ろうと準備をする。と、そこに音がした。
「……どうしました?」
レナが動きをとめたバルサミコスに訊ねる。
「シッ。なんか、声がする」
「声?」レナも耳を澄ませる。
「……たしかにしますね」
二人は部屋の奥を見た。その先は階段になっており、地下へとつながっている。
バルサミコスは先に立って走りはじめた。レナも【飛行】魔法を唱えて後を追う。
『召喚門』のある部屋に、空中に浮かぶ10センチほどの渦巻く輪を見つけた。その穴を覗き込むと、ショウと黒髪少女がいた。
「ショウ!?」
「ミコさん!」
再会を喜んだのもつかの間、シーナたちがマルマ世界にいないと聴かされ、日比野小吉は戸惑い、焦った。
「みんながいないって、どういうことです!?」
「それが――」
「ダメ、ショウ! 魔力が持たない! このミニ召喚門を通して少しはマルマの風が来るけど、維持するには足りない!」
黒髪の少女は脂汗を流していた。
「話はあとね。それを通ってこっちには来れないの?」
バルサミコスが早口でまくしたてた。
「試す余裕なんかないよ! むしろそこが遺跡ならゲートを開いて! こっちからは魔力が足りなくて開けられないの!」
「え、でも、そこの座標がわかんなきゃ――!」
「わたしが記憶します」
レナが進み出て、渦に手を伸ばす。日本とつながる境を越え、彼女の小さな手が日本に現れた。輪が少しずつ小さくなっていく。
「手が戻せなくなるよ! ちぎれちゃう!」
「黙って、ミコ! もう少しなの……!」
レナは騒ぎ立てる彼女を押さえ、意識を集中した。いよいよ挟まれようとしたとき、レナは手を戻した。
「……記憶しました。すぐにゲートを開きます」
「待って、30分後にお願い! 家族にあいさつをしていきたいの!」
「わかりました。30分後に」
長柄遥はぐったりした表情に笑みを浮かべた。
門は消滅した。
「時間がありますから皆さんも呼んできましょう。貴重なデータになります。11号素体の紹介もしなければなりません」
「だね。わたしちょっと行ってくるよ」
バルサミコスは軽快に階段を上がっていった。
地下深くに引っ張られた仲間たちは、しきりに不満を口にした。「今度はなんだ」「11号がなんだって?」「日本とつながっただと?」と、何を言っても反感と反問ばかりだ。
レナが全員に今の出来事を順序だてて説明すると、一同は表面上は納得した。
「10分後に門を開くと11号素体が帰ってくるんだな?」
「はい。日本は自然界に魔力がほとんどないので魔法があまり使えないらしいのです。彼女が戻ってこなかったのも、それが理由だったようですね」
レナがカインに答えた。
「日本には魔力がないのか。一度日本に帰ったら、自力ではもう二度とこっちには戻れないな」
ノリアキはデータがひとつ手に入り、口もとが緩んでいる。
「それでも連絡方法を作るとはすげーな」
「魔術の腕はレナに匹敵するか」
アキラもカインも感心した。
「ならばショウも帰ってくるな!」
ゲンシローは興奮した声をあげた。
「いえ、どうでしょうか」
彼の感激を突き崩すようにレナが口をはさんだ。
「どういう意味だ?」
「これから開く『門』は、アリアド様の召喚とは違います。それに生身の体が耐えられるでしょうか? 通れたとして、彼は疑似体ではなく生身のままです。この世界ではあまりよい状態ではありません」
「でも、ゲンちゃんの父ちゃんみたいに大丈夫な人もいるじゃん?」
「それは体質というほかありません。ショウさんがその体質かどうかわたしたちにはわからないのです。もし、相性が悪ければ――」
「ポックリ逝くかもな」
アキラが悪びれもなく言った。バルサミコスが睨むと顔をそむける。
「それでもあの子は来ようとするよ? そういう子だからね」
「わたしは勧めません。時期も悪いですし」
「ただのエロガキなら役にも立たねーしな」
ロックのセリフはほとんどやっかみであった。全員が巨体を睨む。
「ショウさんのことを想うのなら、アリアド様の召喚を持つべきです」
「でも、来ようとしたらどーすんの?」
「簡単です。トンと押して戻します。そして門を閉じればいいだけです」
レナはそう言って、他のメンバーを『門』から遠ざけた。バルサミコスの指示を受け、操作方法を確認する。
きっかり30分後、『門』を開く。部屋の中心に光の球体が浮かび、一人の影が見えた。
影は球体を抜け、彼らの前に姿を現す。黒髪の少女であった。リーバの作ったコートを纏っていたが、その他の服や靴はサイズが合わないので日本の物だった。
彼女は一息つき、皆に背中を見せて『門』を閉じた。
「ショウちゃんは?」
「彼は来ない。ここは通れないと言って拒んだから」
遥はバルサミコスに答えた。
「納得したの?」
「しなかったから眠らせてきた」
「ほー」と一同が感心する。
「もうこちらの世界にシーナたちはいないんでしょ? だったら彼は向こうの世界で彼女たちに会うべきよ。それが一番いい」
遥は寂しそうに微笑んだ。
それ以上は問えず、バルサミコスは別の話を振った。
「キミはルカだよね? 銀髪少年だった」
「はい? そうだけど、これからは遥のままいく。ショウとの約束もあるし」
面識のない女性がなぜ自分の元の姿を知っているのか疑問だが、とりあえず答える。ショウは『遥のままで理想を目指せばいい』と言ってくれたので、それに従おうと思った。
「ルカ? 彼女がルカなのか?」
ゲンシローが前に出てくる。遥も彼を見て、「ああ」と思い出した。ゲンシローは異世界人ではなく、この世界の住人であった。
「ゲンまでわたしを探しに来てくれたの? ありがと。今後はこの姿だけどよろしく。ルカでも遥でも好きに呼んで」
差し出された手をゲンシローは戸惑いつつ握った。どうにもやりにくい。そもそもルカとはあまり接点がなかった。
「さて、今の状況がよくわからないんだけど、気配を視るにお仲間みたいね。十天騎士ってところかな」
「うん、そう。こっちの10人がキミと同じ特殊体。で、そっちのおじさんがゲンちゃんの父ちゃんの雨宮武志郎さん」
「初めまして、遥です。よろしくお願いします」
遥は深々と頭を下げた。今後はこの知らない人だらけの中で生きていかねばならなかった。そう考えると、多少、気が重い。ショウがいてくれたら、と今さらに思う。反面、体のほうは圧倒的に軽くなっていた。マルマ世界の、それも魔力溢れる遺跡にいる。今なら何でもできそうだった。
「あ、そうだ!」
遥は思いつき、持ってきた通信魔具を起動させた。座標は記録済みである。
渦が浮かび、ショウの姿が見えた。ちょうど目が覚めたようで、眠そうな顔であたりをうかがっている。
「おーい、ショウ、聞こえる―?」
「あ、ルカ! おまえー!」
黒い渦の向こうに遥の顔があった。置いてけぼりを喰らって、少年は不機嫌だった。
『わたしはマルマでしか生きられないけど、ショウは違うでしょ? シーナもアカリもこっちに戻ったみたいだし、ショウはこっちにいるべきだよ。冒険はもう充分したでしょ? 今なら、あなたは自信を持ってやっていける。……わたし? 大丈夫。一人でも生きていけるし、それにきっと、ショウみたいな人はたくさんいるはずだから』
そんな別れの言葉を残し、遥は小吉を魔法で眠らせて去っていった。もう二度と会えないような雰囲気を醸し出したくせに、渦の向こうで笑顔で手を振っている。
「あのサイズの魔具で日本とつながって会話ができるのか。便利だな」
「渦の範囲内なら物質も通せるのはレナで実証済みだよ。何かと使えるかもね」
カインの感心にバルサミコスが補足した。
「ごめんね。でも絶対、もう一度みんなをここに呼べるようにするから。だからもう少し待ってて」
「……おまえ、意味深に別れたくせにそれ言うのか?」
「だって、やっぱり一人は寂しいし……」
呆れる小吉に遥は口を尖らせた。
「だな。オレもこのままってのはないと思う。期待して待ってるよ。それに魔具があれば、いつでも話せそうだな」
「うん。こっちなら魔力もすぐ回復するし、ぜんぜん楽。こまめに連絡するよ」
「大丈夫なのか? もうコッペパンはないぞ?」
遥が日本でもっとも消費した食料がそれだった。高カロリーでしかも安価なので主食となっていた。おやつはもっぱらポテトチップスだ。
「こっちなら大丈夫だよ! そんなこと言うならもう切るからねっ」
「あー、待て。悪かった。できるだけ話はしたい。シーナたちはいないとしても、ゲンならそっちにいるんじゃないか?」
「うん、そばにいるよ」
遥はゲンシローに魔具を向けた。
「よぉ、ゲン。悪いな、オレは戻れなかった」
「仕方あるまい。だが、いずれ戻るのだろ?」
「そっちの問題が片付いてくれればな」
「任せておけ。すぐにでも終わらせてやる」
「頼む。オレはこっちで正月を迎えてから戻るよ。冬休みが終わるまでに何とかしてくれよな」
「冬休み……??」
ゲンシローが首をかしげる。
「わかんないか。まぁ、いいや。ともかく頼む」
「うむ」
ゲンシローが確約すると、カインが遥の肩を叩いた。
「名残惜しいだろうが、そこまでにしてもらおうか。こちらも暇ではない」
「はい。……ショウ、お母さんによろしく言っといて。いったん切るね」
「わかった。気をつけてな」
遥は手を振って通信を切った。
「さて、新しい仲間が加わり、戦力も増強された。これで勝てるとは言えないが、少しずつ運が向いてきたとしよう。まずはサイセイへ行く。そこでアリアドと合流だ」
カインの呼びかけに、一同はそれぞれの形で返事をする。遥は状況を理解していないが、とりあえず「おー」と応えておいた。
研究に戻るバルサミコスとレナを残し、一同は地上へと上がっていく。遥もゲンシローについていこうとしたところ、バルサミコスに呼び止められた。
「ルカ、魔法得意でしょ? ちょっとこっち手伝って。そのほうが早く終わりそう」
「オレたちはダメで、新入りならいいのかよ?」
「新入りだから大丈夫なんでしょうが。こっちも超特急なんだから、ガタガタ言わないでよ」
絡んでくるロックを手で追い払う。大男は苛立たしげに階段を上がっていった。
「そういえば、ショウがあなたのことをミコさんと呼んでいたけど、もしかして――」
「うん、わたしがここでショウちゃんを介抱したんだよ」
「やっぱり。それにショウを東京に送るのにも協力してくれたって聴いてます。本当にありがとうございました」
遥は深く頭を下げた。
「なんのなんの。これも何かの縁だから、ショウちゃんみたいに頼ってくれていいからね」
「はい、では現状を教えてくれますか? アリアドからは未曽有の危機が迫ってるとしか聴いていないので」
「おっけ。じゃ、作業をやりながらね。こっち来て」
バルサミコスは『緋翼』やアリアドの現在、それに異世界人がどうなったかを話した。
「本当に未曽有の危機だったんだ……。冗談か誇張だと思ってた」
「アリアはあの調子だから、そう思うのも無理はないね」
バルサミコスは遥に同調してうなずいた。
「でも、シーナやマルまで強制送還するのは酷い。あの二人だって元セルベントだし、アカリも並のセルベントよりかよっぽど強いのに」
「まぁ、『緋翼』相手じゃ多少の強さくらいじゃ、ないのといっしょなんだけどね」
「だとしても強制はない」
アリアドに会ったら文句を言ってやろうと遥は思った。その素直な態度に、バルサミコスはやはりショウの仲間だな、とほほえましくなった。
「まずはそんなところかな。で、これからサイセイのアリアのところに行くわけだ。その前にこれを仕上げていかないとダメなんだけどね」
「わかった」
遥はコートの袖をまくり、作業を開始した。
三人がかりでも作業は難航し、終了するころには15時を回っていた。「おまたせー」と地上に戻った彼女たちに、「遅い!」とカインは苛立ちを隠さなかった。
「まーまー。すぐ出る準備をするから、どうせ荷物なんて大してないし」
バルサミコスは自分の荷物を取りに部屋へと向かった。
地上に上がった遥は、真っ先にコボルドのジョンに謝罪した。エクレアに理由を訊かれ、ジョンは彼女の侵入を防ぐために多少争いになったとだけ答え、彼もまた11番目の騎士に頭を下げた。
バルサミコスとレナの準備が整うまで、新しい仲間に自己紹介がはじまった。驚いたのがミコがバルサミコスという名前で、有名な『放浪の魔剣士』であったこと、レナという少女が異世界人管理局・局長だと聴かされたことだった。
「ここにある『門』はどうするんだ?」
荷物を担いで戻ってきたバルサミコスにカインが訊いた。遺跡を空にしては『門』が無防備におかれてしまう。留守の合間に賊が来ないとも限らない。季節や場所を考えれば確率は極めて低いが、ないとは言えない。だからといって停止もできなかった。一度停止させたあと、再起動ができるかどうかもわからないからだ。
「銀狼がいるから大丈夫とは思いたいけど、人の善悪の区別はつかないよね……」
発見者のバルサミコスが悩む。入り口をカモフラージュするのが無難であろうか。アリアに頼まれた研究成果も残してある。できれば自分で守っていたいくらいであった。
「わたしが残りますよ、ミコ様」
「ジョン? 今回はいっしょに連れて行くつもりなんだけど……」
コボルドは首を振る。
「今回こそ何のお役にも立てないでしょう。ここで帰りを待つのが関の山です。何か異変があれば、新しい通信水晶球へ連絡いたします」
「……悪いね、つまんない役ばかり押し付けちゃって」
バルサミコスはジョンを抱きしめた。
「いいえ。こちらこそ肝心なときにお力になれず申し訳ありません」
「そんなことないよ。いつだって頼りにしてたからね。わたしが安心して眠れるようになったのはジョンがいたからだよ。もっとも、ジョークは何年たってもヘタクソだけど」
「お戻りになられたら本格的に勉強いたしますよ」
「うん、たっぷりしごいてあげるよ」
バルサミコスはジョンを解放した。
「では、行くとしようか」
カインのうながしに、バルサミコスは「うん」と応えた。
「ところでどうやってサイセイに? 各自【瞬間移動】?」
遥の質問に、バルサミコスよりも早く男の声が割り込んだ。
「いえ、サイセイにも『標石』を置いてますので、【簡易転送魔術陣】で行けます」
フリーマンはニコやかに一礼した。十天騎士の中でダントツに変な人と遥は思っており、それは当人以外全員の共通認識でもある。
「じゃ、ジョン、遺跡に侵入する者があったら連絡して」
「お任せください。ご武運を」
ジョンの礼を受け、バルサミコスも答礼した。
12月18日15時27分、11人の召喚十天騎士と雨宮親子は、最前線となろうサイセイへと跳んだ。
サイセイ砦・西防壁前広場に、異世界人管理局専属召喚労働者全22小隊106名と、小隊に所属しないフリーの147名が整列した。背後には正規のサイセイ防衛隊が並び、彼らを監視している。
その中に同じ異世界人のランボ・マクレーの姿もあった。この10年近く、最前線で戦ったきた歴戦の勇者である。
彼は後輩たちの背中を眺め、頼りなさを感じていた。多くの者が落ち着きなく身震いしている。戦場経験のない新兵ばかりのようだ。こんな者たちで何と戦おうと言うのだろう。
マクレーは『緋翼』の接近を報されてはいなかった。サイセイ砦を預かるロッタ―将軍をはじめとする上級騎士・数名は知っていたが、異世界人である彼には届きはしない。
光が一筋、広場の壇上に降りた。それは人型をとり、若い娘となった。
「アリアドだ……」
周囲の兵士のざわめきにマクレーは「ほう」と漏らした。彼はアリアドを見たのは初めてであった。マクレーはアリアドではなく、彼女の父である二代目召喚庁長官クロ・ネアに召喚されたからだ。ゆえにその体も疑似体ではなく、生まれたときからの肉体のままである。
「みなさん」
アリアドは居並ぶ若き戦士たちに呼びかけた。訓練所のときと同様、日本語であった。
「よく集まってくれました。まずはお礼を申し上げます。さて、みなさんも招集された理由を早く知りたいでしょうから本題に入ります。この国は危機的状況にあります。『緋翼』と呼ばれる2000メートル超の巨大な竜が迫っているのです」
広場がざわめく。
マクレーも「なんだと……?」と顔をしかめた。が、マルマ人には日本語がわからないようで、異世界人の混乱するさまを見て焦り、マクレーに通訳を頼む者もいた。しかしマクレーはアリアドが日本語を使った意図を察し、「機密事項だ」と口をつぐんだ。
「あなたたちの役目は、『緋翼』を斃すこと――と言いたいのですが、まず無理です。ですから、その役を担う者たちの支援をお願いします。主に荷物運びや装置作りなどです。生活面でのサポートとして、炊事や洗濯もお願いいたします」
「……本気で言ってるのか? そんなことのためにわざわざ呼んだのかよ」
カッセのつぶやきを魔女の地獄耳は聞き逃さない。
「もちろん本気ですよ? 誰もあなたがたに斃せるなどと思っていませんし、期待するだけ無駄ですから。ただし、アイデアがあればどんな愚策でも受け付けます。もし仮に万が一たまたま使えるアイデアでもあれば、金一封くらいは出さないこともありません。兵舎に投函箱を置いておきますので、所定の用紙に氏名を忘れずに書いて投書をしてください。タイトルは20文字以内でお願いします」
「完全に舐めきってるな」
「当然です。なんの成果もない者をアテになどできませんから」
「成果がないだと……?」
「ないですよね? まさかゴブリンの残党をちょっと斃したくらいで成果とは言いませんよね? 言わないですよねぇ??」
アリアドはニッコリと笑う。カッセは奥歯を強く噛みしめた。
「ほら、ないじゃないですか。あなたたちは大人しく家事でもやっていてください。それだって立派な仕事です。自分が主役だなんて、うぬぼれないように。細かな指示はおって出します。では、解散」
アリアドはスッと消えた。間際、彼を見て「プッ」と笑ったのをカッセは見逃さなかった。
「なんだあの魔女! あんなムカツクやつだったか!?」
「召喚時は仕事だからねぇ。営業スマイルってやつだったんでしょ」
リラがカッセの怒りを覚まそうとするが、まるで治まる気配はなかった。
「でも、危険はなさそうだね。少なくともそのヒヨク?とやらと戦えとは言われなかった」
第2小隊を預かるコーヘイが話に加わった。
「その点はアリアドの言葉どおりなんだろうな。オレたちじゃ歯が立たない」
第3小隊隊長イソギンチャクは複雑な顔をしていた。彼は自分の力に多少のうぬぼれがあったので、最初から全否定されては悔しさもわく。
「ともかくも、アリアドの話を聞いてみんなは落ち着いたようだ。最前線にはかわりないが、直接戦わないですんで安心したのだろう」
そういうレックスも人心地ついていた。敵の概要を聞いただけで、戦うのは自殺行為とわかる。
「案外、それが狙いかもしれないですね」
コーヘイ・チームの副隊長サトが周囲を見渡す。先ほどまでの緊張感が薄れていた。
「オレたちを戦わせないことがか?」
カッセはまだ鎮まらない。
「ええ。直接戦えば死ぬのがわかっているんでしょう。でも、セルベントとして利用しないわけにもいかない。これでも一応、国と契約している準公務員なわけですから」
「だから小間使いにして、体面を保とうとしている?」
「そうです」サトはコーヘイに即答した。
「さらにはあの憎まれ口。ボクたちに脅えていられるよりはマシでしょう? 怒りでも何でも、やる気にさせるためですよ」
「ずいぶん好意的な解釈だな」
カッセは納得せずに鼻を鳴らした。
「ボクの召喚時の印象では、アリアドはそれほど悪くないので」
サトは当時を思い出し、薄く笑った。
「こうなったら、対抗策を書いて意地でも採用させてやるっ」
カッセは地面を踏みつけ兵舎へと戻っていった。皆もそれぞれチームを率い、あてがわれた部屋へと向かう。
人影の少なくなった広場を見渡し、ランボ・マクレーは頭をかいた。
「結局、戦うのはこちらの仕事か。ま、あんなシロウトどもを戦場に立たせるよりはマシというものか。だとしてもどうやって戦うべきか……」
歴戦の勇士といえど、『緋翼』は相手にするには巨大すぎた。それこそ策を練らねばならない。ふと、この7月のサイセイ防衛戦を思い出した。そのときの相棒がいればと脳裏をかすめたが、埒もないと頭を振った。
その相棒は、マクレーの思考に呼ばれたようにサイセイに到着していた。
余談であるが、カッセが早速投書した『緋翼』討伐案は、用紙に赤インクで大きな×印をつけられ、掲示板に晒された。コメントに一言「マジで使えない」とあり、カッセを大いに怒らせた。彼はそれからも机に向かい続け、20を超えるアイデアを出したが、そのいずれも却下された。
11人の十天騎士と雨宮親子がアリアドと再会したのは、18日の18時を回ったところであった。彼らの到着を16時には知っていたが、セルベントたちへの指示書作成などの雑務に追われて、会う時間がとれなかったのである。結局、この指示書はナンタンから連れてきたミリムがほとんど仕上げており、アリアドは別作業をしながら「そんなかんじでー」と言うだけであった。彼女はこういった組織運営は苦手であった。昔から一人でコツコツと何かをするほうが好きで、対等な友人もテテラ以外にはいなかった。異世界召喚庁長官が務まっているのは、彼女の主な仕事が異世界人召喚で、あとは決裁書類に判を押す簡単な仕事だからである。人事などを含めた組織運営は部下がやっていた。
「テテラを呼びたいなぁ……」
アリアドは彼女の偉大さを再確認した。それにミリムの事務能力も高く評価し、テテラと二人に事務のすべてを任せれば楽になるのは目に見えていた。だが、彼女まで戦地に連れてくるわけにもいかない。テテラに問えば二つ返事だろうとはわかっていたが、だからこそ誘えなかった。別れはもう、済ませてきたのだから。
そんなところに総勢13名は通された。
「よく来てくれたわ……て、なんでアマミヤ様まで!?」
アリアドは格好よくキメようとして、出鼻をくじかれた。
十天騎士たちがニヤニヤする。わざと彼の同行をアリアドには伝えなかったのだ。
「この者たちに救われてな。この老体にも使い道があるらしい」
雨宮武志郎もニヤリとしている。ドネの孫娘が仮面をはがしてうろたえる姿が面白い。
「それは……。なんというか、よろしくお願いいたします……」
人とのコミュニケーションが苦手なアリアドは、不測の事態に弱く、先手を取られると思考が鈍る。つねにいろいろと考え、予測と推測に余念ないのは、このような醜態をさらしたくないからである。ようするに見栄っ張りなのだ。
「うむ。せがれともども頼む」
「ゲンシローと申します。よろしくお願いいたします」
雨宮親子は頭を下げた。
「お二人には『緋翼』本体よりも、それに付き従う眷属の対処をお願いすることになると思います。数多く厄介な敵となりますが、ご助勢よろしくお願いいたします」
「「あいわかった」」
親子でうなずく。ぴったりと同調しているのが清々しい。
「まずは座って。……ミリム、お茶をお願いしていいかしら?」
「はい」
後ろに控えていたミリムが執務室を出ていった。全員が目で彼女を追っていたので、アリアドは「秘書よ」とだけ伝えた。遥は彼女を知っていたので、余計にここにいるいきさつが気になっていた。
「管理局専属召喚労働者の一人? 珍しいね、アリアが知らない人をそばに置くなんて」
バルサミコスの問いにアリアドは微笑んだ。
「いいえ、セルベントじゃなくて一般の召喚労働者よ。さんざん脅したのに逃げようとしなくてね、しょうがないから使ってる。……いえ、しょうがなくはないわね。あの子は優秀よ。自分を貫く意志もある。他にも二人いるから、あとで紹介するわ。それぞれに得意分野があって、もう働いてもらってるわ」
「優秀な人材は何人でも欲しいところだしね」
「ええ。だからまずは――」
席に着いた一同の前に立ち、アリアドは頭を下げた。
「ごめんなさい。今までいろいろと不安にさせてきて」
アリアドは疑似体の説明が足りなかった件を謝罪した。彼女から直接の謝罪と説明を受け、騎士たちは文句や罵声を浴びせながらも最後には納得を示した。その怒涛の責めにアリアドの魂は折れかけたが、その後のバルサミコスたちのフォローで何とか回復した。むしろ調子にのって、普段よりも偉そうになっていた。
「そう、そんなデキるわたしは、いち早く戦力外の異世界人を還したのよ! なんて優しいのかしら、わたし!」
「扱いやすいにもほどがあるだろ」アキラがドヤ顔するアリアドに呆れた。
「その緊急送還装置とやらは、オレたちにはないんだよな?」
ロックが再確認する。
「聴いてるか知らないけど、管理局でサークルをバージョンアップすればいいだけよ? 死亡時にも自動発動するから、『緋翼』が怖いならやっておくのを推奨するわ」
「誰もそんなこと言ってねェ! あくまで確認だ!」
「そう? でも、やるなら早めにお願いね。作戦がはじまってから行ってくると言われても困るから」
「……やっぱムカつくな、こいつ」
ロックは舌打ちして顔をそむけた。
「それではその『緋翼』対策に入るとしよう。これがわたしたちの案だ。確認してくれ。それと『緋翼』についての情報がある。ゴブリン王に聴いた話だ」
「ゴブリン王? クラシアス?」
魔女はカインが差し出した対策案をいぶかしみながら受け取った。
「雨宮殿を救出に向かったおりに出会った。その話は今はいいだろう」
カインはクラシアスからの情報だけを伝えた。
「それはわたしも聴いたことがあるわ。その真偽はわからないけど、それだけ神格化も進んでいるってことよね。敵を過小評価するよりは安全かしらね」
アリアドはあまり重く受け止めなかった。既知の情報であり、もし真実であれば何をしても無駄であるからだ。
カインは魔女の考えを肯定しつつ、『緋翼』と直に接触したときの話も聴かせた。
「鱗と魔力障壁か。それはまた厄介そうね」
アリアドは十天騎士たちの作戦案をパラパラと流し見し、ため息をついた。
「……ダメね。使えそうな案はないわ」
「隕石落としもダメか?」
アキラが食い下がる。もっとも有効な作戦だと彼は疑っていない。
「隕石を落としてダメージを与えるという発想はいいわ。おそらく唯一効果的な物理的攻撃だとわたしも思う」
「ならなんで?」
「相手は動くのよ? 避けられたらどうするの?」
「あ」
アリアドは呆れた。「あ、じゃないでしょ」とため息が出る。
「避けられたら地上に落下して周囲が吹き飛ぶわ。たとえ町がない山奥だとしても、もしそこに亜人種が住んでいたら? 生息地のすべてを確認する暇はないわ」
「当てる方法を考えるか……」
「もし実行するならね。あと、当たったとしてもどれだけの効果があるか、疑問なのよね」
「というと?」
カインがうながす。
「過去に試されたことがないとは思えないからよ。大物体を持ってダメージを与えるなんて、【隕石落とし】という魔術が生まれた時点で有効なのはわかってるはずじゃない。それを試さないってあり得ると思う? それこそ古代魔法王国なんか、当然のようにやってるはずよ」
「そうか……」
「裏付けの証拠に、その時代にできたと記録されるクレーターが大陸の中央部にいくつかあるの。密集していることから自然現象とは考えにくい。はっきりと歴史書には書かれていないけど、そのせいで近隣の町がいくつか崩壊したらしいわ。『緋翼』のせいではなく、人間が起こした人災よ」
「もしそれで『緋翼』を斃しているのなら、被害がどうあれ記録は残すだろうしな……」
カインはあごに手を当てた。ミリムは新しいお茶を注ぎながら、絵になる人だなと思った。
「隕石でもダメかぁ」
アキラは頭をかいた。ふと、アリアドの机にある、赤文字の混じった書類に目がとまった。
「……そっちの資料は? オレたちのところにはないが」
「ああ、これ? 暇つぶしに砦にいるセルベントに対策案を考えてもらってたのよ。なかなか面白いわよ? 一人しか送ってこないけど」
アリアドは添削済みの用紙をアキラに回した。両隣のエクレアとノリアキもいっしょになって覗き見る。
「全部バツじゃないか」
「だって使えないもの」アリアドは不服そうだった。
「一番わけわかんないのが、『れーるがんをつくってこうげきする』ってやつね。何よその『れーるがん』て」
「レールガンか……。理論上はできなくはないが、これから作って間に合うとも思えん」
ノリアキが「ふむ」と唸った。
「あまり賛成はしませんね。強大な兵器は今後の世界情勢に影響しますよ?」
フリーマンがおどけて言う。
「わたしも異世界の兵器を持ち出すのは反対です。他に策はないでしょうか?」
レナがフリーマンに賛同すると、ロックは「甘いこった」と鼻で笑った。
「……なぁ、この作戦案を立てたヤツ、ちょっと呼んでもらっていいか?」
「かまわないけど、気になることでもある?」
アリアドはアキラに不思議そうな顔を向けた。
「一つ一つはどうしようもないが、合わせて考えると悪くない気もする。発想が広いヤツはいたほうがいい。あんたがシーナちゃんとか消しちまった穴埋めだ」
「ム……。あれはわたしなりに――」
「はいはい。わかってるから、このカッセってやつ呼んでくれよ」
「カッセさん?」
今まで黙って会議に参加していた遥が驚いて声に出した。
「知ってんの?」
「セルベント時代の隊長です」
「ふーん、十天騎士がセルベントねぇ……。どう考えてもおまえのが格上だろうに」
事情を知らないアキラは個人の能力だけで判断するしかなく、そうなれば一般の召喚労働者よりもルカのほうが上と考えてしまう。
「ルカは会いたくない?」
あるていど事情を知るバルサミコスが遥に訊ねた。
「会うのはいいけど、説明するのが面倒になるから突かないでもらえれば」
「わかった。必要なら自分で説明しなってことで。それとキミのことは今後ハルカと呼ぶから」
「助かります」
ルカ改めハルカはバルサミコスに礼を述べた。
「ん~……???」ミリムは首をかしげる。騎士たちの会話にところどころ引っかかりを覚える。しかし、彼女がショウといたルカとは結び付かなかった。そんなミリムにアリアドは呼びかけ、第1小隊のカッセを連れてくるように頼んだ。
「はい、ただいま」
ミリムは席を立ち、兵舎へ駆けていった。
カッセが来るまで10分はかかるだろうと、小休止をはさむ。大した話をしていたわけではないが、内容が内容だけに気分は重かった。
ハルカはいったん外へ出た。廊下の窓から下を覗くと、異世界人管理局専属召喚労働者たちが広場で鍛錬に励んでいた。
誰からともなくはじまった自主練習だったが、ストレスを解消するにはもってこいであった。ただでさえ馬車での強行軍だったので、余計に体を動かしたくて仕方がなかった。
松明の灯りの中に、ハルカの見知った顔がいくつかあった。いずれも知っている程度の関係で、深い友誼はない。ショウなら彼らの中に自然と入って、技の研鑽に励んでいただろう。
「お腹空いたなぁ……」
ハルカはお腹を押さえた。考えてみると、日本を離れる前に母親の最後の手料理を食べただけであった。マルマに戻るのが急に決まり、母親が慌てて作ってくれた卵焼きとおにぎりの味を彼女は絶対に忘れない。
会議が終わったら魔具通信しよう、とハルカは決めた。
「お待たせしましたっ」
ミリムがたたずむハルカに声をかけた。彼女にとって十天騎士は上官みたいなものである。走って来たのか、二人ともに息が荒い。
「お疲れ様。ゆっくりでも大丈夫だよ? みんなも小休止してるし」
「そうですか」
ハルカの言葉にミリムは緑色の瞳に安堵を浮かべた。
「誰だ、こいつ?」
カッセは黒髪少女をいぶかしげに見下ろす。彼からすればハルカは子供にしか思えない。
「あなたの上官よ」
ハルカは意地悪したくなり、偉そうに言ってみた。『ルカ』であればやらないような冗談だった。
「あ?」
「さっさと入りなさい、カッセ少尉」
ハルカはわざとらしく階級を付けて呼び、執務室に入った。
カッセは驚いたようで、居住まいを正して入室した。
一種異様な視線が14個、カッセに向けられた。さすがの彼も緊張に唾を飲む。特にもっとも年長の侍のような男の眼光には殺気すら感じた。
「そこに座りなさい、カッセ」
アリアドにうながされ、カッセは席に着いた。全員の注目はまだ途切れない。
「早速いこうか。えーと、カッセくん」
アキラが呼びかけると、カッセは「は、はいっ」と彼らしくもなく声が少し高くなった。
「緊張すんな。ちょっと『緋翼』対策案で聴きたいことがあって呼んだんだ」
「全ボツくらいましたけど」
カッセがアリアドを見る。彼女のほうは当然といわんばかりに笑みを浮かべている。
「うん、実際使えないんだけどな。でも、考える力は評価してる。そこで外部ではあるが、意見があれば聴きたいんだ。たとえばこの『質量兵器を落とす』ってやつ。これはオレたちも考えた。隕石落としって方法をな。だが却下せざるを得なかった。どうしてだと思う?」
アキラは探るようにカッセを見た。他のメンバーも注目を深める。回答次第で彼の有用性がわかるというものだ。
「……単純に隕石を落とす方法がないから。落とせるが制御できない。そもそも隕石程度ではダメージを与えられない。敵が迎撃する力を持っている。もしくは敵が回避した場合の被害を心配してか。……そんなところかな」
「ほー」カッセの回答に一同は感心した。だが、アキラの追及はここからだった。
「それだけの欠点がわかっていて、なぜ作戦案をだしたんだ?」
「それのどれができないか、オレにはわからないからだ。だったら『どんな愚策』でも言ってみるしかない」
「なるほど、チャレンジャーだな」
アキラはカッセに好意的な笑みを向けた。『できない』ことを考えるのではなく、『できるかもしれない』ことを考える。無知で無謀な作戦案だが、だからこそ引っかかるものがあった。
「それじゃ今度は逆に考えてみてくれ。例えば隕石を避けられる可能性がある場合、どうすればいい?」
「速度を上げて避ける時間を与えないか、軌道修正するか」
「その策に問題があるとすれば?」
「隕石という巨大質量を加速、もしくは軌道変更する方法があるか」
アキラもカッセの答えに同意する。そんな器用なことができるなら、アリアドも『隕石落とし』作戦を却下しなかっただろう。
「そうだな。それが一番難しいだろうな。あればいいんだけどな」
「それなら『内部潜入作戦』とか『レールガン作戦』は?」
「レールガンを作れるのか?」
「原理はわかる」
「原理じゃしょうがないだろ。完成まで何年かけるつもりだ。ちなみに内部潜入はできない。実証済みだ」
「なら薬品攻撃とか、寒冷作戦、雷撃作戦、一点集中攻撃、火だるま攻撃、宇宙空間追放、溺死作戦、超音波撃退法、酸欠攻撃なんかは?」
「普通の生物ならな。デカくてもある程度の効果は認められるだろう」
「生物じゃないのか?」
「それすらわかんねー。エルフの文献だと神の使いだとよ」
「なんだそりゃ……」
カッセは脱力した。そもそもの敵情報があいまいでは策を立てようもない。
「だから隕石くらいの衝撃があればどうにかなるかなって話してたわけ」
バルサミコスが肩をすくませた。
「それでよく人の策を却下できるな? もしかしたら意外な策が有効かもしれないだろ」
カッセに睨まれてもアリアドは平然としていた。
「凡作なら何百年と試されたでしょうからね。あっと驚く策を出しなさい」
「腹立つなァ……」
カッセは拳を震わせた。さんざんやりとりした結果、彼はもう十天騎士たちの前でも気後れはしなくなっていた。
「んでアキラ、このカッセくんの作戦に何か引っかかるモノがあったんでしょ?」
エクレアがとなりの青年に目を向けた。
「ああ。使えそうなのがこれだな。『ミサイル攻撃』」
「ミサイル? それこそ冗談で書いたんだぞ?」
「いや、本物のミサイルを使うわけじゃない。当たらない物を当てる技術という意味で使えそうだなと」
「どーゆー意味?」
アキラの手の中の書類に顔を近づけるエクレア。
「確実に当てるには人間による運搬が一番だ。だから――」
「人間爆弾をやれと?」
カインがアキラを睨んだ。
「言葉は悪いけど、それ。もちろん、ギリギリで対象物を投げつけて離脱すればいい。これなら直線的な隕石落としよりも確実に当てられるだろ?」
「いや、ダメだろ。人が持てる程度の物質でダメージになるわけがない。これが前提のはずだ」
ノリアキが冷静に却下する。
「そこはそれ、運動エネルギーの公式に従って威力を上げてやればいい」
「質量ではなく、速度をあげるのか」
「そう。速ければ速いほど攻撃力は上がる。……そうだな、例えば100キロくらいの金属の塊でもいい。それをできるだけ高いところへ持っていき、落下に加え、【加速】魔法でさらに速度を上げる。敵の攻撃を回避し、逃げようとする『緋翼』にそれをぶつけるんだ」
「疑似隕石落としか……。アメリカの『神の杖』攻撃だな」
ノリアキの納得にカッセ以外が共感しなかったのは、『神の杖』を知らなかったからだ。
「問題もあるだろ。弾体や運び人は加速や断熱圧縮に耐えられるのか、その速度で敵の攻撃を回避できるのか、うまく離脱できるのか」
「ならばいっそ、避けようのない速度まで上げて弾体を打ち込むのはどうだろう?」
アキラの疑問にノリアキが即座に追加アイデアを出す。
「安全だけど、そんな加速ができるのか?」
「巨大な弩弓から弾体を撃ちだし、それに加速を重ねていく方法ならとれないだろうか?」
ノリアキがアリアドの意見を求めた。彼が知る魔法に、物質の移動速度を上げる魔法はない。【加速】はあくまでも生物の運動能力を高める肉体強化系魔法の一つである。
「そういえば、なかった気がするわね。開発してみようか?」
「できるのかよ」
カッセは疑いのまなざしを向ける。
「できるわよ? わたしを誰だと思ってるの」
「意地悪バァさん」
「「ブフッ」」
一部で噴き出す音がする。
「あなた、夜道の一人歩きに気を付けなさいよ……!!!」
アリアドが真っ赤になってカッセを睨んだ。
「個人の因縁はそれくらいにして、その魔法があれば策がうまくいくのか?」
カインが咳払いしてうながした。ちなみに彼女も軽く噴いた口である。
「どのくらいの速度まで上がるかによるな」
「最低でも秒速20キロは欲しいところだ。威力の面からみても、それくらいはないと隕石のかわりにはならない」
「……できんの?」
カッセとノリアキの真面目な回答を受け、バルサミコスがアリアドに話を振った。その速度まで上げられる魔法が作れるのか、という意味である。
「一回では無理でしょうね。でもわたしが考えている魔法なら重ね掛けすれば到達できると思うわよ。幸い、みんなも魔法を使えるし、習得してもらえばいいんじゃない?」
「ではそれを試すとしよう。具体的にはどんな攻撃方法になるんだ?」
カインがノリアキに説明を求めた。
「『緋翼』の遥か頭上から槍を撃ちだしてぶつける。その槍に加速魔法を連続でかけて速度を上げることになるか」
ノリアキがわかりやすく答えた。
「もう一度復習ね。そもそも【隕石落とし】と何が違うわけ? 槍の理由は?」
いまいち理解が追い付いていないアリアドが訊いた。
「槍本体はそれほど大きくなくてもいいので準備が楽だ。頑丈で、重ければなおよし。槍なら空気抵抗もあまり受けずにすむ。【隕石落とし】で召喚される石のような、形状的な不確定要素もないので計算ができる」
「そんな槍ていどで『緋翼』にダメージを与えられるの?」
「速度が上がれば威力も上がる。簡単な理屈だ」
その理屈がわからないアリアドだが、異世界人の常識なのだろうと追及せず次の質問をした。
「槍だけ用意すればいいわけね?」
「できれば射出装置も欲しい。遠距離への射撃には正確な発射が必須だ。途中で軌道が変えられない以上、コンマ数度のズレでも外れてしまう。だが、装置自体は単純でいい。砲身を長くとり、まっすぐ撃てればいいだけだ」
「避けられる可能性は?」
「速ければ速いほど回避は困難だ。物理的に不可能だろう」
「迎撃される恐れもあるわよ?」
「生半可な攻撃なら粉砕して進んでいく。それにこれが撃ち落とされるようであれば、もともと何をしても無駄だろう」
「それでももし外れたら?」
アリアドは100%を信じていない。必中の矢などありはしないのだ。『緋翼』の能力もすべてが解明されたわけではない。もしも外れたら地上はどうなるか、考えないわけにはいかない。
ノリアキもカッセも言葉につまった。
「あの、落下地点に、なんか転移系の魔法陣とか敷けないでしょうか?」
静まり返った場にミリムが発言した。彼女はそんな魔法があるのかどうかも知らない。あれば便利だなと思っただけである。【瞬間移動】があるのなら、そういった魔法陣があってもおかしくはないという発想である。
「なるほど、その手があったか。弾体をどこかに飛ばしてしまえばいいのか」
「できるのか?」
「転送魔術陣の応用だな。発動タイミングを間違えると悲惨なことになるが、大丈夫だろう」
ノリアキは珍しくほくそ笑んだ。
「それ以上の策はでないのかしら?」
「現状、これが精一杯だな。あとは実際に戦ってみないことには」
「わかりました。では、その『異界神の槍』作戦を承認します」
「『杖』なんだが……まぁいいか」
カッセはツッコんだが、つぶやきだったので誰にも聞こえなかった。
「明朝までに詳しい作戦書を提出してください。セルベント第1小隊カッセも協力すること。アマミヤ様は今夜のところはお休みください。ミリム、あなたも今日はこれで終わりでいいわ。お疲れ様」
アリアドはまくしたて、部屋を出ていった。
「なんでぇ、礼の一つもなしかよ」
アイデア一つ出していないロックが、アリアドの澄ました態度に鼻を鳴らす。
「いや、あれでも喜んでるよ」
「どこが?」
笑うバルサミコスにロックがつっかかる。
「わかるよ。足音が違うもん」
「足音?」耳を澄ますが、ロックには何も聞こえなかった。アリアドはとっくにフロアを離れているのだから当然だった。
「いやー、頼るべきは異世界人よね。なんで速度が上がると威力が上がるのかわかんないけど、わかんないことをやってくれるからいいのよねー。よっし、少し希望が見えちゃったかなぁ」
アリアドはスキップしながら自室に戻り、ベッドにダイブした。




