34 召喚冒険者はじめました
ギザギ十九紀14年10月26日、ショウが仲間たちと共に真紅背毛大猪を討ち取った日の午後。異世界人管理局の壊れた玄関扉を潜り、金髪の女性剣士がやってくる。
「こんちゃー。レナっち……じゃない、局長いるー?」
ミコがエントランス・ホールで訊ねると、パーザがカウンターから出て応対した。
「局長にどのような――」
言葉がそこで止まる。彼女の正体に気付いたからだ。
「やぁ、パーちゃん。まだいたんだ?」
ミコがパーザ・ルーチンを抱き締めると、周囲の召喚労働者たちがどよめいた。
「パーちゃんはやめてくださいっ」と真っ赤になって訴えるが、ミコは笑って聴く耳を持たない。
「なんで? パーちゃんはパーちゃんじゃないか。なっつかしーねー」
パーザはカチンと来て、「そうですか、わかりました」と冷徹な目を向けた。
「これはこれは、バルサミ――」
大きな声をだす彼女の口を、ミコが焦りながら両手で塞いだ。
「なんです?」
パーザは突き刺さりそうな眼光でミコを射抜いていた。
「ごめんなさい、調子にのりました。どうもお久しぶりです、ルーチンさん」
「はい、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
頭を下げるミコに、パーザは丁寧にあいさつした。
「やっぱかなわないなぁ、あなたには。いいかげん、嫁にいったと――」
「……」
「すみません、どうでもいい話をしてすみません」
周囲からはパーザの顔は見えていない。だが、立ち昇る殺気は感じられた。
「それで、局長にどのようなご用件でしょう?」
「ちょっと近くに来たんで、あいさつと思って。いる?」
「面会のご予約はとっておりますか?」
「わかってて訊かないでよー」
ミコが科を作る。
「……仕方のない人ですね」
パーザはため息をついて、彼女を案内するために歩きはじめた。振り返ると、興味津々な人々が彼女たちを見ていた。
「仕事をしてください」
普通に一言発しただけで、エントランス・ホール内は動き出した。
パーザはまたため息をつく。今日はなんて日だろうと思った。
階段を上がりながら、パーザは話しかけた。
「バルサ――」
「ミコちゃんと呼んでっ」
「そんなピィさんみたいな」と呆れながら、「ミコさん」と呼び変えた。
「いいかげん、ステータス・サークルの更新をしてもらえませんか? システムもだいぶ変わったので、古いバージョンではケアできないことも――」
「ヤダ」
「と言って、もう何年です? 未だレベル20でとまっているんですよ?」
「別に困んないからいい」
ミコは不機嫌にそっぽを向いた。
「なにがそんなにイヤなんですか? どうせすぐ改造して、位置情報などは無効にしてしまうのでしょう?」
当然、違反なのだが、彼女に関しては異世界召喚庁長官のアリアドすらあきらめている。ゆえに『放浪のバル』などと呼ばれるのだ。一部の幹部には『放蕩のバル』と嫌味を言う者もいる。
「……だってあれ、レベル上がるたびにムカつくんだもん」
「なぜです?」
パーザにはまったくわからない。税金の問題だろうかとも思ったが、税金上限は15%なので上がりきっている。
「名前呼ぶじゃん!」
「それの何が不満なんですか!」
パーザは速攻でツッコんでいた。彼女が『バルサミコス』という名を好きではないらしいのは感じていたが、理由までは知らない。そもそも自分でつけておいて、なぜそう拒絶するのだろうか。しかし、彼女以外にもごく少数に同じような召喚労働者がいるのもたしかであった。『カレータイヤキ』という召喚労働者も、名前を呼ばれるたびにため息をついていた。
「更新なんかしたら20回は呼ばれそうじゃん。そんな辱めを受けさせたいの!?」
「いえ、書類でざっと計算すると34回ですね。報酬の方はすでに時効で消滅していますが」
「イヤがらせか!」
「わかりました。消音機能をつけますから、そのときお願いします」
パーザは頭を押さえて妥協案を告げた。
「それならまぁ、いいか」
そんな漫才をしているうちに局長室の前に着いた。
パーザがノックし呼びかけ、ミコはうながされるままに入室した。
パーザは静かに扉を閉め、部屋を二人だけにした。
「バルサミコス……。ミコさん……。ショウさんを助けた『ミコ』とは彼女だったのですね。このタイミングで同名は偶然ではないでしょう。局長に会いに来たことといい、何を考えているのかしら……」
パーザは眉間に皺を寄せたが、不意に表情を緩めた。バルサミコスは昔から自分が楽しいと思ったことしかしない人だった。今回もきっとそうだとパーザは確信している。そしてその発端が助けた少年であるならば、きっと悪いことではない。むしろパーザは、楽しみさえ感じていた。
「これは珍しいお客様ですね」
局長は車椅子に座ったまま、薄い緑色の髪をなびかせ振り返った。
「ま、たまにはね。昔の仲間に会いたくなったんだよ。ヘタするともう会えないしね」
「あなたがそんな殊勝な方とは思いませんでしたよ、バルサミコス」
「ミコちゃんと呼んで」
「相変わらず、その名は嫌いですか? でしたら改名しても構いませんよ?」
「局長権限で?」
「はい。功績に対する報奨がわりに」
「んー……。とりあえずはこのままでいいや。このやり取りがなくなるのも寂しいしね。レナだってそのままでしょ?」
ミコは頭をかいて笑った。
「わたしは知っていてつけましたから」レナと呼ばれた局長も、そう応えて笑った。しかし、その穏やかな笑みは長く続かない。
「……では、本題に入りましょうか。11号素体の件ですね?」
レナは、静かだが圧のある声を出した。その固有名詞には、重い意味がある。
「11号素体? ……ああ、あれ? あれはどうでもいいよ。それより、そのそばにいる召喚労働者のことでちょっち頼みがあってさ」
「11号素体ではなく、ですか?」
局長は拍子抜けした。
「うん。最近まで行方不明になってたのいたでしょ? ショウって子。あの子を助けたのがわたしなんだよね」
正確には違うが、面倒なのでそう言っておく。彼女がこの地でやっていることを知られるのは得策ではなかった。たとえかつての仲間であっても、今はまだ話せない。
「やはり、報告書の『ミコ』というのはあなたでしたか。あの辺りにいるという情報は入っていましたので、もしやと思いましたが」
「もしやだったんだよー。ちょっとあの子、気に入ってさ、手を貸してやりたいんだ」
「権力嫌いのあなたが管理局局長に頼るなんて、よほどですね。……具体的には?」
「大したことないよ。特務に出してやって。セルベントとかいうの二、三人つけてさ」
「……どういうことです?」
説明が少なすぎて、局長にはさっぱりわからない。
「さっき見たんだけど、あの子、特等勲章持ってるでしょ? その名の下に、国内の自由探索権を与えて欲しいんだ。まぁ、そこまで行かなくても、適当な理由で諸国漫遊させてやってくれないかな? 昔のわたしたちがアリアから特権をもらったように」
「……わたしたちの失敗を追体験させたいのですか?」
「わたしたちの失敗を覆して欲しいんだよ。ほんの数年前なのに、もう何十年も経った気がする。あんたはあれ以来、ここに引き篭もっちゃったし、他もどんどん疎遠になったし、寂しいじゃん。わたしはあの子に、世界の楽しさと仲間のよさをもっと知って欲しいんだ。でも、その仲間ってのがセルベントとかいう管理局の駒みたいでさ、気軽に旅もできそうにないんだよね」
ミコは語り、レナはうつむいた。
かつてを思い出し、レナは大きく息を吸い込む。しかし、局長には公正さを保つ義務がある。
「……特権は与えられません。たまたまあなたと出会っただけで特別視はできませんよ。他の召喚労働者たちも、それぞれにがんばっているのですから」
「そっか。まぁ、しょうがないよね。あんたの言葉は正しい」
ミコはうんうんとうなずいた。
「……話は変わりますが、最近、管理局内で困っていることがあるのです」
局長は顔を強張らせた。
「どんな?」
ミコもまた真剣な顔になる。彼女が困るほどの問題など、すぐには思いつかない。
「書類の紛失が多いのです」
「重要書類?」
「ここにあるすべてが重要ですよ。なにせ異世界人のデータがあるのですから。出生、経歴、能力、財産、それに現在の地位を示す証明書も……」
「うん、まぁ、それは重要なんだろうけど……」
ミコは何の話をしているのか、皆目わからなかった。
「さて、どうしたものでしょう」
レナが微笑む。それでミコは察しがついた。
「……あー、それは大変だねー。困るねー」
「どうにかなりませんか?」
「関係者じゃないしねー」
「そうでしたね。これは困りました」
二人は顔を見合わせて笑った。
ショウたちが薬草採取を終え、ナンタンの異世界人管理局に戻るころには17時を過ぎようとしていた。無駄に移動した分、いつもよりも時間がかかったのは仕方がないところだ。全員、無事であっただけ幸運であろう。
「馬をつないでくるね」
ルカが二頭を連れて裏のほうへと回っていく。管理局にも厩舎がある。常時、最低三頭はつながれており、世話の仕事も召喚労働者の定番作業にある。
ショウたち採取班が破壊された玄関を潜ろうとすると、人が壁を造った。
「おおっ、おまえら、無事だったんだな!」
警護班のアインが大きく両腕を広げて彼らを迎えた。その腕は下ろされることなく、まるで行く手を塞ぐようだった。
「よかったよかった。ヤバイと思って管理局に駆け込んだところなんだよ!」
ドライも同様に、横に広がって進路を塞ぐ。
「無事でよかった……」
ツヴァイは正面に立ってはいるが、うつむいてうなだれている。
「おかげさまで無事に作業も終わりました。どいてもらえますか?」
ショウがアインとドライの間を通ろうとする。が、二人は道を開けなかった。
「わかってるよな? よけいなことは言うなよ?」
アインがショウに睨みを利かせた。ショウはさすがにイラッときた。
「大丈夫ですよ、事実しか言いません」
「おい、フザケンナよ? ちょっと裏来いよっ」
アインはショウの首に腕を回し引っ張っていく。ドライとツヴァイはその場に留まった。女性陣の監視のようだ。
「ね、援護しなくて平気なの?」
アリサがのほほんとしているシーナにそっと訊いた。
「必要ないよ。ショウはあんなのに負けないし、裏って言ったら――」
シーナは想像して怪しく笑い、「さて」と、あと二つの障害を取り除きにかかった。
彼女の予想どおり、ショウが何かをするまでもなく、アインの首元には磨きぬかれた短剣が当てられていた。
「ショウに何をする気だった?」
「い、いえ、なにも……」
脅えるアインに、ショウはため息をついた。
アインを後ろ手に固めたルカとともに玄関へ戻ると、ツヴァイとドライも地面に座らされていた。
「それはボクの獲物だ」
「ならもっと早く戻ってこないとね」
二人はけん制しあうように笑った。
ショウはアインたちをパーザに引き渡し、話があるので時間をもらえないものか訊ねた。どのみち事情を聴かねばならないので彼を第三会議室へと通した。公正さを保つため、当事者の一人としてミリムも同行させた。
ショウはあらましを話す傍ら、アインらの作業法や高圧的な態度などはセルベント全体の問題ではないのかとパーザに指摘した。
パーザはその場では何も答えなかった。そもそも彼女には権限がない。それを上司に伝えるしかないのだ。そのうえで、後日、何らかの回答をするとされ、話は終了した。
「パーザさんの立場を悪くしちゃうかな。あの人、けっこう召喚労働者の味方をしてくれるからなぁ」
「そうなの?」
ミリムは意外に感じた。いつも無表情で機械的に仕事をしているイメージしかない。
「あの人はオレたちの命の恩人なんだ。あの人は信じられる。何か困ったら相談してみるといいよ。きっと裏切らないから」
「……わかった」
ミリムはやはり半信半疑だが、ショウの言葉だから信じた。
害獣駆除を終えて戻ってきたマルとアカリは、ルカとともにパーザに呼び出しを受け、かなりきつく叱られた。アカリは身勝手にパン屋を早退したこと、マルとルカは任地を許可なく離れたこと、追加でルカは扉を破壊したことでだ。
アカリはともかく、マルとルカには後日、罰が科せられると予告されている。
「まぁ、覚悟の上だったから仕方ないよ。一週間くらい牢屋かな」
ルカはあっさりしたものだが、マルはそうでもない。
「マジかよ。ついてこきゃよかったぜ」
「でもそのおかげで牙が手に入ったじゃないか」
「あー、そうだな。じゃ、イーブンてとこか」
「おまえは逞しいよ」
ショウは苦笑しつつも、マルの剛毅さに感心した。
せっかくだからと、ショウとダイゴのチームはその後の行動を共にした。
まずは風呂へ行き、マルを徹底洗浄。サウナによる発汗と冷水浴びの往復に加え、高価な石鹸まで使ったが、獣の臭いは落ちきらない。当人の「OBTよりマシだ」という感想は、ショウにだけウケていた。
それから夕食のテーブルを囲んだ。
アカリが小型のグレート・ボアをしとめた話や、マルが森を燃やしかけたこと、ルカのゴブリンへの狙撃、シーナの見事な短剣さばき、ダイゴの安定した壁役に、オックスの奇襲攻撃、パルテの的確な援護、ヒデオの獲物発見術、それぞれの自慢が語られる。
「おまえは何やってたんだよ?」
マルに問われ、ショウは一言――
「正確無比の採取」
オックスとマルに思いきり笑われた。
遅くまで過ごし、二つのチームは別れる。一つのチームは一人が減り、一つは三人増えている。
「シーナはむこうでいいの?」
パルテがダイゴの顔をうかがいながら訊いた。
「彼女は帰るべきところに帰ったんだ」
「……そうね」
パルテは半歩だけ、ダイゴに近づいた。
「シーナ、行くわよ」
足の止まっていたシーナにアカリが呼びかける。彼女はダイゴらの背中を見送り、「うん」とアカリのとなりへと走った。
「そーいやぁ、宿、どぉする~?」
マルは足元がフラついている。調子にのってオックスと飲み比べをして、辛勝した証である。そのあと吐きまくり、アカリから「ゲロクソザル」とののしられていた。
「ショウの部屋に行くからいいよ」
ルカもかなり飲んでいたが顔にも出ない。ただ、気分はいつもよりフワフワしていた。ショウといっしょにいるせいかもしれない。
そのショウは思考力が落ちていた。二杯しか付き合わなかったが、うっかり正直に答えてしまう。
「いや、オレ、アカリと二人部屋なんだけど……」
「「なにィ!?」」
マルとルカが目の色を変えた。アカリは顔に手を当てて、「バカ……」とつぶやいていた。
ショウも皆の驚きようで気付いた。さらには、またもすっかり忘れていたが、アカリと話しておくべきことがあったのを思い出す。ふと見たアカリは、完全に視線を逸らせていた。
「なぁ、もしかしてもうヤっちまった? なぁなぁ!?」
酔っ払いが必要以上に絡む。ショウは沈黙を保つが、それがすでに答えである。
アカリも根は正直なので、すぐに顔に出てしまう。
「その反応は何かなぁ……?」
ルカが矢筒から鋼鉄の矢を引き抜いた。
「やっぱヤっちまったんだろ? そーだよなー。相手はどーあれ、そうなるよなー!?」
マルは上機嫌でショウの背中をバンバン叩く。酔っ払いのそれである。
「そうか、本当の敵はこっちだったのか……」
ルカの目が笑っていない。なぜか銀髪が黒っぽく見える。
「待てっ。文句を言われる筋合いはないからな!」
ショウは開き直り、アカリをかばうようにして言い切った。
あまりに堂々としていたため、マルはしらけた。「ンだよ、つまんねー」と酔いの醒めた顔でさっさと行ってしまう。
ルカはルカで「そうだよね……」と、肩を落としてトボトボと歩いていった。
ショウは物分りのよい友人でよかったと思った。だが、もう一人が残っている。さきほどからずっと静かだった。
ショウが彼女に目を向ける。栗毛の少女は呆然としているわけでもなく、驚きも、怒りも、悲しさも表情に出していない。もしかして、ショックが大きすぎて思考が停止しているのだろうか。
「シーナ……?」
「ん? なに?」
彼女は平然としていた。
「えと、ホントに理解してる……?」
アカリもさすがに心配になる。壊れてしまったのではないかと疑った。
「二人がやっちゃったってこと? 大丈夫、わかってるよ。なんとなく、そんな気はしてたから。わたしが合流してから、ショウはアカリをチラチラ見てたし、アカリはショウと必要以上に話さないし。これはもう、一線越えてるなぁって。わたしに気を使って、言えなかったんだよね?」
シーナがあまりにも普通に話すため、ショウとアカリのほうが呆然とした。
「別に不思議じゃないよ。仲がいいのも知ってたし、二人きりになれば、そりゃ、しちゃうよね。わたしだって人のこと言えないもん。だから二人を責めたりしないよ」
「シーナ……」
ショウは彼女への言葉が見つからない。彼女に戻って欲しいと望んでおいて、この始末である。
アカリも同様だが、彼女には別の確信があり、ショウのようには口をつぐまなかった。
「誤解とは言わないけど、あたしたちはおたがいに寂しくて慰めあったようなものだから。あんたが戻るとも思ってなかったし、ならいいのかなって。でも、戻ってきたし、あんたらが本気なのはわかってる。だから、あたしはここまで」
アカリはシーナの肩を叩いた。シーナがチームに戻ると宣言したときから、彼女はこうなるのがわかっていた。明言したように、ショウと行為に及んだのは多分に寂しさからである。ショウが死んでしまった寂しさ、シーナが離れていった寂しさ、マルやルカさえもいなくなった寂しさ、それが奇跡的なショウの生還により一変する。
それまでの孤独を打ち消すように、彼女はショウとの生活を楽しんだ。今までガマンしてきた心が解放され、少しずつ欲が強くなり、気持ちが加速した。それがあの結果である。
けれど、アカリのショウへの好意はシーナほど深くないのも自覚していた。だから一歩退くのにためらいはなかった。
「二人で部屋を使うといいわ。エロイことでもすれば? どうせ減りも増えもしないんだから」
ほくそ笑む彼女に陰りを感じたのはショウの気のせいであろうか。去っていくアカリにショウは手を伸ばしかけた。あと2秒あれば、彼女の手を掴んでいたであろう。が、その前に三人目が動いていた。
彼のシャツをシーナが引いた。
「ごめん、今日はアカリの厚意に甘えたい。もう、後悔したくないから。明日もショウがいるとはかぎらないから。だから、今日はわたしといて欲しい」
「シーナ……」
彼女の懇願に抗えるショウではない。だが、アカリをそのまま行かせるわけにはいかない。アカリの言葉が本心であるのかショウにはわからないし、たとえそうであっても彼から伝えるべき想いがある。いいかげんな気持ちのままで、シーナといることはできなかった。
それはシーナも同じであった。
「でもね、ちょっと待っててくれる?」
と、シーナはおもむろに走っていき、口論の末、アカリにボディ・ブローを入れてから担いで帰ってきた。その軌跡に、アカリの口からこぼれる何かがラインを引いていた。
「降ろせっ」
シーナの肩の上でアカリが暴れている。シーナはそっと降ろした。
「なに考えてんのよ、あんたは!」
「だってアカリ、人の話を聴かないんだもん。こうするしかないじゃん」
「だから話はないって言ってるでしょ? あたしとこいつが……ってのは、ホントにちょっとした間違いというか、流れというか……」
アカリが真っ赤になりながらゴニョゴニョと言う。
「聴いて、アカリちゃん」
シーナがアカリの両肩を勢いよく掴んだ。彼女がアカリを『ちゃん』付けで呼ぶときは、鬼気迫る表情でかなり真面目な話をするときである。
「はい」
バツが悪いのか、アカリも素直だった。
「さっきショウにも言ったけど、明日もみんな、いるとはかぎらないんだよ? まずそれをわかって欲しいの。後悔したり、泣くだけの毎日が続くって本当に辛いんだからね。わたしはもうイヤなの。だから、こうしてやり直す機会が得られた今、せめて毎日、精一杯生きたい。好きな人といっしょにいたい。好きな人たちと笑っていたい」
「シーナ……」
アカリはシーナのまっすぐな眼にうろたえた。
「正直になってほしいの。アカリはショウが好きでしょ? ショウもアカリを好きなはず。それは見てればわかる。それに、そうでなければ二人ともそんなことはしない」
それはシーナの買い被りではあるが、ショウ自身、アカリが好きかと問われれば間髪いれずに肯定する。彼女への感謝が大部分を占めるとしても、好意は好意である。アカリがいなければ、シーナに拒絶された時点で彼は町を飛び出していたであろう。
「わたしね、アカリならいいよ。アカリなら許す。そんな権限がなくたって、アカリ以外は認めない。アカリには感謝しているし、アカリにも幸せになってほしい。これは本心だよ」
「……っ」
アカリは涙がこぼれそうになった。
「でもね、だからってわたしはショウを譲るつもりはないから」
「なに、ライバル宣言とかいうヤツ?」
アカリは漫画のような展開を想像して、苦笑いが出た。まさか自分の人生に、そんな物語が紡がれるときが来ようとは思いもしなかった。負け試合は確定しているが、そういうのも案外、悪くないかもしれない。むしろ負け確定だからこそ、いろいろ含めて付き合ってもいい。
が、シーナの思考は斜め上をいく。
「ううん、もっと単純なほう」
「なによ、それ」
「ハーレムでいいじゃん」
「「は?」」
アカリもショウも目が点になった。
「考えてみて。どうせこの世界じゃ異世界人は結婚もできない。市民権もないし、制約もない」
「え、何の話……?」
「結婚もできないなら、恋人を一人にしぼる必要なんてないんだよ。好きなら好きと主張していいの。おたがいが認めるなら、三人でだって幸せになれるんだよ」
晴れやかに両手を差し出してくるシーナに、ショウとアカリは呆然とするしかなかった。
手を掴んでこない二人に、シーナから取りにいく。右手にアカリ、左手にショウの手を握る。
「ショウがどちらかを選べばどちらかが悲しむ。ショウも辛くなる。そんな不幸、誰も望まない。誰かが不幸になる結末なんていらない。ハッピーエンドが一番に決まってる。欲しい物はぜんぶ掴むのっ。わたしは、ショウにも、アカリにも、笑っていて欲しいっ。みんなで幸せになろうよ!」
シーナの演説が終わると、アカリは噴出した。
「バカだ、この子。ホント、バカっ」
ショウもつられて笑いだす。
「ありえない、どうしてそうなるんだよ?」
「天才でしょ、わたし」
「「紙一重のほうだ!」」
三人は笑い転げた。
翌早朝、ショウとシーナは大あくびを繰り返しつつ管理局へと仕事をもらいに行った。シーナがここにいるのは、視線の先にいるダイゴの決定によるものだ。
昨夜の会食事に、ダイゴはシーナを害獣駆除作業から外す話をした。同時に、アリアン・セルベント第17小隊からの除名を申し渡している。シーナは受け入れ、彼のチームから完全に離れた。その穴埋めに、まずはスポットが入る。その誰かを案内するため、ダイゴは朝から管理局にいた。
「よーすっ」
マルとルカが二人を発見して近づいた。マルは二日酔いかフラフラとし、ルカは目の隈がすごい。
「この女、この女……」
シーナを見てルカは呪詛を吐く。昨夜、遅れて同じ宿へやってきたアカリから話を聴き、ショウとシーナが一晩を共に過ごしたのは知っている。
「ルカ、わたしはキミに悪いなんて思わないからね。でも、同じ人を好きになった者として、わたしはキミを同志だと思ってる。キミが女の子だったら、また違う方法があったのに残念だよ」
シーナは真面目な顔でそう言った。その違う方法をショウは想像もしたくない。
感じるものがあったのか、ルカは呪詛をやめた。
「……ボクはいつか、性別さえ超越してみせる」
「やめろっ」
ショウが背筋を凍らせながらツッコんだ。
「ショウのワクワク変態ランド完成も間近だな」
マルが大あくびをしながら怖いことを言った。
パーザ・ルーチンが、マルのセリフよりも怖い目をしてカウンター台に登った。
「では、はじめます。まずは、レギュラー作業において空きがいくつか出ています。害獣駆除作業、1名。薬草採取作業・警護班、3名。ですが、この人員はこちらで指定させていただきます。昨日、セルベントの一部が派遣任務を途中放棄しました。ペナルティーとして彼らにこの作業を従事させます。報酬は一切ありません。期間は今週土曜日までです」
無報酬で一週間。それは厳しい。集まった一同がざわめいていた。
「まさか……」
マルは嫌な予感がした。
「完全にボクらのことだね」
ルカは平然としている。
「あと2名は、きのうの警護のうちの二人かな」
「さぁ。でもそれだと半端だよな」
シーナとショウは「うーん」と考えた。
「次に呼ばれた人、前へ。マル、ルカ――」
二人はあきらめて前へ出て行った。
「シーナ」
「わたしも!? なんで!?」
理由がわからずも、彼女は従った。
「最後に、ショウ。いずれのショウかは言うまでもありませんね?」
キツイ声で名指しされ、ショウは「オレだよなぁ」とビビリながら出ていった。
「なんでわたし? それにショウも?」
シーナはパーザに当然の質問をする。
「シーナさんは昨日、途中で害獣駆除から薬草採取作業の警護に換わりましたね? 他人に本来の仕事を押し付けて」
「え、でも、あれ……」視線を泳がすと、ダイゴが顔の前で右手を上げてあやまる仕草をとっていた。
「あー、あははー、すいません……」
シーナは観念した。幸福の代償なのだろう。そう考えると安すぎる気もする。大好きな人が生きていて、大好きな人といられる。その代償がたった一週間の無償労働だ。それもいっしょに仕事ができるのだから、これはもう罰でもなんでもない。
「それとショウさん。あなたのチームですね? この3名……いえ、アカリさんを入れて4名は。彼女も今日から三日間、減棒となりました。このところ勝手な早退が多すぎです。この4名全員があなたの関係者です。ゆえに連帯責任です」
「おいおい……」
ショウからすれば、完全なとばっちりである。
「あなたがこのチームのリーダーで間違いありませんね?」
パーザは再度確認をとる。マルだけは反論すると思ったが、黒髪の少年はザマアミロといわんばかりの笑みを浮かべていた。連帯責任万歳、道連れ最高である。
シーナとルカは、マルとは違う笑みを浮かべている。ショウは頭を振ったが、笑顔となった。
「はい、間違いありませんっ」
「怒られて笑う人がいますか! あなたにはさらに三日間追加で無償業務についてもらいます!」
「えー!?」
ショウが嘆くと、仲間が笑い、周囲も他人の不幸に爆笑していた。
「……なお、昨日、進入禁止エリアに無断で侵入し、さらには業務を放棄して警護対象を命の危険に晒したセルベント・3名がおりました。彼らはセルベントとしての資格を問われ、現在、訓練所において再教育を受けています。また、罰金として10金貨が科せられました。三ヶ月以内に支払いができなかった場合、禁固刑となります。お断りしておきたいのですが、わたしども管理局は、決して権力による拘束を望んではおりません。ですが、他人を傷つけるのをよしとする方の放置もいたしません。あなたがたが何のためにここにいるのか、なぜセルベントとなったのか、今一度、ご自身に問いかけていただければ幸いです」
パーザ・ルーチンは深く一礼した。
森に入った薬草採取組は、シーナを先頭に進んでいた。今回は地図をもらったので、まっすぐに育成地へと行ける。警護班のルカは後方の右、ショウは左・後方を歩いている。マルは希望により害獣駆除組に参加していた。
採取班のほうは昨日に引き続き、アリサ、マコ、ミリム。加えて、休みをとっていたノコという、長身のウェーブ金髪の女性だ。
彼女はルカを一目見て飛び出した。自己紹介も終わる前にいきなり告白し、交際を申し込む。ルカはゴミを見るような目で断り、ノコはさらにときめいていた。
「あんたのその特殊性癖、なんとかなんないの?」
アリサは長い付き合いでわかってはいたが、やはりヒいた。以後、ノコはルカに邪険にされるたび、喜んでいる。
そんな楽しそうな採取班のなかで、ミリムだけはショウの隣を歩いていた。シーナがときおり嫉妬電波を飛ばしてくるが、ショウは気付いていない。真面目な話をしているからだ。
「結局、ああやって罰を与えないとダメなのかな」
ミリムはパーザの発言に考えさせられていた。
「見せしめにはなったけど、パーザさんの最後の願いは本当だと思うよ。そうでなければ、あの人が頭を下げる理由がない」
「パーザさん個人には悪い印象はないよ。でも、管理局がそれ以上の解決策を思案しているとは思えない。やりかたもわからないけど」
「ミリムはやっぱりセルベントにはならない?」
ショウは試みに訊いてみた。
「うん。そもそもわたし、戦闘とかには向かないし。空想は好きだけど、戦いたいとか、勇者になりたいなんて考えたこともない」
「うん、そんなカンジはする」
「じゃあ、なんで訊くかな」
ミリムは口を尖らせた。
「セルベントにならないとわからないことがあるのかなって。オレのまわりのセルベントって、前と何もかわらないんだよね。シーナも、ルカも、以前と同じように接してくれる。それぞれに嫌なことがあったのに」
その原因を作った当人がぬけぬけと言い、さらに感想を付け足した。
「やっぱり人によるのかな。力に驕る人は、もし力を手に入れたらそうしようと思ってたのかなぁ……」
それに対してミリムがすぐに意見を述べる。
「そうではないと思う。けど、そうなってしまったんじゃないかな。特に魔法なんて力がたった数週間で身についてしまう。長年の労苦の結果ではなく、異世界という特殊な場所にいるだけで。こんなに愉快な話はないよ」
「なるほどね。……ちょっと思ったんだけど、そういうのを現地の人はどう思ってるんだろうね。魔法を当たり前としながら、多くの人は使おうとしない。もちろん、取得にお金がかかるのはわかるけど、それでも身につけたいと思わないのかな」
「……考えたことなかった。そのあたり、ちょっと探ってみようかな」
「学者気質だね」
ショウが笑うと、彼女は真面目に答えた。
「いいな、それ。わたし、この世界の学者になろうかな」
どこまで本気かわからず、ショウは「え?」と固まり、ミリムが笑う。
「みんなー、もうすぐだよー」
シーナの声に、ミリムは先を進んだ。
「いっしょに道を探そう、ショウさん」
彼女の緑の瞳は輝いていた。
無事に作業が終了し、アカリとマルも合流してコープマン食堂に陣取る。
開口一番、アカリが減給にボヤいた。対抗してショウが自分の様を語ると、アカリも同情せざるを得なかった。
「10日も無給ってさすがにヒドいわね。あんたにまるで責任ないのに」
「まぁ、お金だけなら報奨金や牙の代金で余裕はあるからいいけど……やっぱツライよなぁ」
ダイゴに紹介してもらった素材屋で、グレート・ボアの牙は一本あたり金貨8枚にもなった。毛皮などの査定はまだ出ていないので、加えればかなりの金額になるだろう。金貨はマルを除いた四人で分けた。黒髪少年は一人で8枚である。また、そのおりにマルが素材屋に何かを頼んでいたが、ショウが訊いても彼は笑って答えなかった。
「それより、みんなに話があるんだ。マル、いったんストップ」
ショウはマルの注文をとめて切り出した。
「なんだよ?」
マルはショウの死亡事件以後、酒を好むようになっており、毎食必ず注文をする。今日もすでに二杯目だ。それをとめられ、不機嫌になった。
「オレ、近いうちに町を出るつもりだった」
「え?」
シーナとマルは驚くが、ルカは特に反応しなかった。むしろ、やっとかという雰囲気である。アカリは知っていたので、周囲の反応を見ている。
「生還したはいいけど、なんか居づらかったのもあって、いっそもう町を出ようと思ってさ。アカリも賛同してくれたし、二人で」
「待った。ボクは絶対いっしょに行くからね。二人でなんか行かせないっ」
ルカが乗り出してくる。『アカリと二人』というのが引っかかったのだろう。
「待てって。『つもりだった』。過去形。今すぐどうこうじゃないから」
ショウになだめられ、ルカは落ち着いた。
シーナは察した。『居づらかった』のはおそらく自分のせいであろう。自分に拒絶され、そのうえ辛気臭い顔を晒していれば、逃げたくもなる。
しゅんとするシーナに今度はショウが勘付く。机の下に隠れて隣のシーナの手をとった。シーナはその感触に癒された。
「どのみち、10日は無償労働が待ってるから動けないし、人も増えた。そのせいで一番の問題を抱えるわけだけど」
「ボクたちがセルベントだってことだね?」
ルカは宣言どおり、ショウと行くのを決めている。ショウのほうも、ルカたちと行動を共にするのを前提に話している。でなければ、こんな話はしない。それがわかるのがルカには嬉しい。
「そう。オレとアカリだけなら好き勝手できるけど、管理局専属召喚労働者はそうはいかない。簡単にアチコチにはいけないんじゃないのか?」
「うん。任地っていうのがあって、指定拠点からだいたい半径10キロ圏内にいないとダメなんだ。申請して通れば任地変更もできるけど」
ルカが答えた。ルカとマルの任地は第1小隊の派遣先であり、シーナは第17小隊から外れたが、異動の辞令はきていないのでナンタンのままである。
「まったくの不自由と言うわけでもないのか」
「でも、実際に任地変更の申請をした人はいないからね。本当にできるのか、できるとしてもどのくらいの時間がかかるのかわからないよ」
「まずは国内の町や村を転々としたいんだよな。そのへんをうまくゴマかしながら移動できればいいんだけど……」
「10キロって時速4キロで歩いたら二時間半で着いちゃうわけじゃん? 一日の移動距離としたら短いよね」
シーナは机の下でショウの手を掴んだままだ。そろそろ放せ、という無言の訴えを感じつつも、彼女は指を絡ませて遊んでいる。
「ボクらのいたところなんて、ホントに田舎の村だったからね」
「畑を荒らす害獣駆除くらいしか仕事がなかったぜ? ゴブリンも来やしねぇ」
「兵士を派遣するまでもない場所にいちおうの安全のために派遣するってカンジだね。駐在員みたいなものさ」
ルカとマルは退屈な日々を思い出した。巡回と訓練の繰り返しで、遊びに行く場所すらなかった。ルカにいたっては死んだ魚の目で、暇があればぼーっとしていた。
「それは……あまり長く滞在したくないな……」
ショウは想像して、退屈に死ぬかもと思った。ようやくシーナが手を放したので食事を再開する。
「別にバレなきゃいいんじゃないかな。バレてもそれでクビにしてくれれば、いっそスッキリする」
「危険すぎだろ。そんな甘いわけがない。捕まって投獄されたらどうする」
「三ヶ月くらいでセルベントをクビにしてくれるなら耐えるよ。半年以上はイヤだけどね」
「おまえ、スゲェな」
「わたしだってそれで済むなら耐えるよ」シーナが対抗する。
「そうすれば、ショウが療養していたっていう期間とほぼいっしょでしょ? その間に差を埋めて追いついてくれる」
「その発想はなかった……」
ルカはなぜか悔しそうに震える。
「オレはごめんだね。旅はしたいけどよ、そんな無駄な時間を強いられるならセルベントでかまわねぇ。強くなる機会と刺激があればそっちが優先だ」
マルがジョッキの底の酒を垂らそうと必死になっている。ショウが注文再開を許可し、マルは早速店員を呼んだ。
「難しいな、やっぱり。この問題が解決しないかぎり、町を出られないか」
「オレたちは小隊にも入ってるしな。隊長の許可がなきゃ動けもしねぇ」
「隊長ってカッセさんだっけ?」
「おう。頭もいいし、気前もいいし、オレは好きだぜ」
「オレもだよ。あの人たちにいろいろ教わった。アリアドに会うって決めたのも、リラさんが言い出したことがきっかけだし」
「はーん。そういやおまえのこと、弟分のように話してたっけか」
ショウは懐かしく思う。あの二人に出会わなければ、道は変わっていたかもしれない。
「で、結論は?」
アカリが過去を懐かしむ男をうながした。彼女が見たいのは現在と未来である。
「しばし凍結。セルベントについて、もっと調べないと」
「そう。あんたがそう決めたならそれでいいわ。あたしも焦る気はないし」
アカリが納得して食事に戻る。皆も解決策がない以上、考えるのをやめて目の前の食事に集中した。
食事が終盤にかかるころ、見知らぬ召喚労働者がショウたちに声をかけた。
「ショウっての、キミだよね? 朝、怒られてた」
ショウが不思議そうに「はい」と答えると、彼はパーザ・ルーチンに頼まれたと言った。
「なんか、キミたちのチームを探してたよ? 管理局に来るように伝えてくれって。ここにいるはずだからって」
いぶかしむショウたちに、彼は「とりあえず伝えたから」と別のテーブルに着いた。
ショウの位置情報はステータス・サークルが壊れたままなので掴めないが、ステータス・カードにも同じ機能があるのをショウは知らない。アカリやシーナのほうは健在なのでそれで調べたのだろうと思った。それよりも呼び出しの理由がわからない。一同は手早く食事を終わらせ、異世界人管理局へと戻った。
パーザは彼らを目にすると、すぐに第二会議室へと通した。そこにはカッセとリラ、コロネがいた。セルベント第1小隊の面々である。
「おまえら、勝手に出て行きやがって!」
小隊長のカッセは、ルカとマルが部屋に入るなり怒鳴った。二人は適当にあやまり、まったく反省の色がないのでさらに怒られた。
「……まぁ、いい。気持ちはわかる。ショウ、よく生きてたな」
「ありがとうございます、カッセさん」
肩を叩かれ、ショウは涙ぐむ。ショウにとっても、カッセは兄貴分である。
そのあとリラにも抱き締められ、再会を喜んだ。
「再会のあいさつはよろしいでしょうか? では、お話に入ります。全員、席に着いてください」
パーザにうながされ、着席する。
「まず、お詫びから。管理局の不手際で三枚の書類が紛失しました。その紛失した書類に、再度、サインをお願いしたいのです」
「書類? サイン?」
場にいる八人の召喚労働者がざわめく。
「これです」と、シーナ、ルカ、マルの3名の机に一枚の紙を置く。『異世界人管理局専属召喚労働者契約書』とあった。
「これって……」
「ご覧のとおりです。セルベント関係の書類を整理していたところ、番号抜けがあり紛失に気がつきました。あなたがた3名のセルベントである証です。この書類がないと、今後セルベントとしての行動ができなくなり、特約も受けられません」
「つまり、一般の召喚労働者に戻るってこと?」
シーナが驚きつつ訊いた。
「はい」
彼女が答えた瞬間、ショウたちの顔が輝いた。
「「やったぁー!」」
五人はそれぞれの形で喜びを表現した。シーナはショウに抱きつき、ルカは静かに用紙を破る。マルは「へへっ」とニヤけ、アカリは笑みを浮かべつつ、安堵の息を吐いた。
「静かに! 何を喜んでいるんですか!」
パーザが叱ると、五人ははしゃぐのをやめた。
「だって、これで冒険に出られるっ」
ショウが代表で答えた。
「冒険……? 何のことです?」
ショウたちは答えず、ただ満面の笑みを浮かべていた。
パーザは呆れながらも、この都合のいい紛失事件の黒幕を脳内でピックアップした。まず間違いなくバルサミコスが絡んでおり、セルベントの資料整理を命令した局長も、おそらく一枚かんでいるのだろう。となれば、パーザには口の挟みようもない。相手が局長だからではなく、別の理由で。
「よくわかりませんが、3名とも、セルベントに復帰する意志はないということですね?」
「「はいっ」」
シーナたちが異口同音で肯定する。
それを聞いていたカッセが「おいおい」と困惑顔を浮かべた。副隊長を含む戦力が一気に二人も減るのだ。これから新たに人材を探すほうの身になれといいたい。
そんなカッセをリラが慰めるが、顔は笑っていた。ショウたちの気持ちがわかるからだ。特にルカは、今まで見せたことのない子供のような笑顔を浮かべている。よかったね、と心の中で祝福する。
パーザは淡々と処理を進める。
「では、今後あなたがたは一般の召喚労働者として扱われます。まず、税金の徴収がセルベントになった直後までさかのぼり行われます。なお、税率は当時のレベルで換算します」
「なんでだよ!?」
マルが即座に反発を示す。
「セルベントであった事実すらが抹消されるからです。徴収金額については、調査のうえ後日、お知らせいたします」
「横暴だー!」
シーナとマルがブーイングをするが、パーザは聞く耳をもたない。
「ということは」ルカがニヤニヤした。
「今日からの無償作業も終わりってことだよね? セルベントではなかったんだから」
「お? おー! そうだぜぇ!」
マルが大喜び。
「そうなりますね。お疲れさまでした」
パーザは別段、悔しくもない。報告より先にルカに指摘されただけである。
「ですが、そうなれば管理所の馬をセルベント権限もなく使用した罪が発生します。また、扉を壊したルカさんへの罰も別ですから、お忘れなきよう」
マルとルカは「むぅ」と唸った。
「シーナさんも、問題は害獣駆除作業を途中で放り出したことですから、罰は受けてもらいます」
「はーい……」
シーナがしょげる。
「あの、オレとアカリのほうは……?」
ショウが控えめに手を上げた。
「アカリさんは勝手な早退が減棒理由なのですから継続です。ショウさんのほうもチームの管理責任ですから継続となります。ただしセルベントの件は無効となるので、残り二日間としましょう。シーナさん、マルさん、ルカさんもそれぞれの罰として二日間の無償労働です。ルカさんは加えて扉代で罰金2金貨です」
「わかりました……」
五人は仕方なく受け入れた。
「そうすると明日あさっては、そのまま薬草採取警護と害獣駆除に入るってことですか?」
「そうなります。ただ、四日目以降はセルベントを募集すべきなのですが、書類紛失によるセルベント解雇など公表できませんので、今週土曜日まではお願い致します。支払いは内密に行いますので」
「それこそセルベントじゃねーんだけどー? 警護やっていいンすかー?」
マルが調子にのる。
「では、あなたには特務をお任せします」
パーザが冷やかな目をする。マルは体ごと凍りつくような悪寒を感じた。
「い、いえ、今の作業を精一杯やらせていただきます!」
マルは直立し、敬礼した。
「そうですか、特務のほうが楽しかったと思いますが。ほんの一月ばかり、コードOBTが続くだけですよ?」
この人は怒らせてはダメだ、とショウとマルは震え上がった。
「なんだろう、コードOBTって。ときどき聞くけど、知ってる人はその名前だけで真っ青になるんだよね」
シーナがアカリに訊いてみる。アカリも経験がないので首をすくめる。
その中で、カッセとリラが頭を抱えて呻いた。
「あれかぁ……。未だにときどき夢に見る……」
「あたしも。思えばあそこであんたと出会ったのがウン命の始まりだったわね……」
「誰がうまいことを言えと」
二人も今晩は悪夢にうなされそうであった。
管理局を出たショウたちは、カッセたちと酒場に繰り出し短い時間を共有する。
カッセは逃亡したルカとマルを追ってナンタンへと来た。本来なら二人を連れてすぐに任地へ帰らねばならない。ルカたちよりも到着が遅れたのは、彼らのように三日三晩、馬に乗る根性もなく、また、少しでも二人をショウといさせたかったからだ。
しかし、マルとルカがセルベントを辞めた以上、新たにメンバーを補充する必要がある。決まるまではナンタンに足止めとなるだろう。
ささやかな宴を楽しみ、解散のさいにショウとカッセは握手をした。
「オレたちはメンバーが決まり次第また任地へ戻る。そっちに来ることがあれば寄ってくれ」
「はい、必ず」
カッセたちは適当な宿を探しに、ショウたちから離れた。
「んじゃ、オレたちも宿に行くわ」
マルが意味ありげにニヤニヤしながら去っていく。ルカも「また明日」と黒髪少年を追った。
「しばらく町にいるなら、部屋も考えないとダメだな」
ショウが腕を組んで考え込むと、シーナがポンと肩を叩いた。
「今日はダイゴの宿に行くね」
「え?」
「荷物、置きっぱなしだから。着替えとかぜんぶあっちだし。それに、お礼も言っておかなきゃ」
「なら、オレも」
シーナとショウは昨夜に話し合い、ダイゴに改めて礼を言うべきだろうと結論を出していた。が、シーナは首を振った。
「これはやっぱり、わたしが一人で行くべきだよ。お世話になったのはわたしなんだから」
声は大きくなかったが、拒絶の意思は強い。「そっか」とショウはあきらめて、後日、一人でいこうと思った。
シーナはショウがあっさり引いた理由に勘付いていた。だが、あえて言わない。
「今日は泊まって、明日の朝、荷物を持ってくるね。悪いけど、また倉庫貸して?」
「それはいいけど、むこうに泊まるの?」
ショウが心配そうな顔をする。シーナはニンマリとした。
「大丈夫。部屋は別にとるから」
「別に心配なんか――」
「してるんでしょ? 嬉しいな、そういうの」
シーナはからかい、「おやすみ」と言って先日までのねぐらへと歩いていった。と、思ったら走って戻り、アカリに耳打ちした。
「きのうはショウを独り占めしてごめんね。今日はアカリの番だからね」
「あ、あんたねー!」
シーナは予想どおりの反応を受け、頬をほころばせた。それからすぐに、真面目な顔で言った。
「二人できのうの話を考えてみて。三人で幸せになるのが一番だとわたしは思ってるけど、嫌なら嫌でいい。アカリが独占したいならわたしも負けない。でも、ガマンだけはしないで。後悔だけはして欲しくない。これは本心だからね」
シーナの声量は普通に戻っており、ショウにもその内容は聞こえていた。彼女は微笑み、手を振って走っていく。
アカリとショウは、シーナの背中が消えるまで見送った。
「……じゃ、帰ろうか」
「ン」
アカリがそっぽを向いて手を伸ばしてくる。
ショウはしばし照れ、その手をとった。
「この一週間のうちに、いろいろ決めないとな」
「そうね」
アカリはショウのほうも見ずに応える。ただ、手の力を少しだけ込めた。
それからの一週間は早かった。スケジュールが決まっていたせいもあるだろう。ショウ、シーナ、ルカは薬草採取作業の警護、マルは害獣駆除、アカリはパン屋。それぞれの仕事をしているだけで一日が過ぎていく。
宿は四人部屋と二人部屋を押さえ、男が四人部屋、女性陣が二人部屋に落ち着いた。
朝食はホウサクの日本食店が多かったが、アキトシのいるパン屋で昼食用のパンを買ってからパルンツア食堂に顔を出すときもあった。もちろん、管理局で硬貨を手に入れてからだ。初めてのときよりもパンが格段においしくなっていた。
ミリムはこのところ、管理局でパーザ・ルーチンとよくセルベントについて話をしている。ショウが加わることもあったが、すでに二人の会話にはついていけない。それでもミリムは「多くの意見が必要だから」と、ショウを見つけるたびに引き入れていた。
その管理局の壁の一角に、ショウとアカリが作ったナンタンのガイド地図が貼られている。他の召喚労働者も書き足していき、様々な施設の案内で埋まってきている。これは、彼らがここにいて、ここで生活をしていた証なのだ。
11月2日、日曜日。全員が示しを合わせて休みをとっていた。
一同はコープマン食堂で朝食を取りつつ、今後の話し合いをはじめた。
「この国にも冬はあるそうだ。夏も強烈だったけど、冬もすごいらしい。野外作業のほとんどが中止になるんだって」
ショウが情報を流す。
「期間は?」
シーナが訊いた。
「だいたい二ヶ月。12月頭から2月のはじめまで」
「これって国全体?」
「いや、山に近いほう限定。東にいけば、寒いけど雪はほとんど降らないらしい」
「ちょうどいいんじゃない?」ルカが発言した。
「その二ヶ月、ここに閉じ込められるのは時間の無駄だよ」
「オレもそう思う。だから、11月の最終週に出ようかと考えてるんだけど、どうかな?」
「なんでそこまで待つんだ? 行くなら早くてもいいだろ」
マルがスプーンで机を叩く。
「パーザさんに勧められたんだけど、旅をするなら生存術の講習は受けたほうがいいって。10日間の短期だし、オレも必要だと思う。そこからさらに一週間で準備を整える」
「パーザの姐さんに言われちゃなぁ」
マルは面倒くさそうに応えた。
「でも全員で受ける必要ある?」
アカリはあまり乗り気ではない。その10日間でできることが他にもあるはずだ。
「オレと、もう一人くらいでいいかな。他にやりたいことや、習得したい技術もそれぞれあるだろうし」
「あたしは応急手当とか知っておきたいのよね。シーナに何かあれば、治療が危ういし」
「ボクがいるけど?」
ルカが自分を指す。彼は魔法を『習得』せずとも使えるという反則技の持ち主だった。本来、『魔術』と呼ばれるものは、ルカのように意識して魔力制御をすることで発動させる。魔法とは、誰もが習得できる知識と技術の結晶に過ぎない。だが、より使いやすく進化した『スキル化』が主流となってしまったため、ルカのやり方が稀少となり特別な力と勘違いされるようになった。
「そういやそうだったわね。それじゃ、必要ないか」
「それはそれだろ? いつどこで役立つかわからないから覚えて損はないよ」
「じゃ、そうする」
アカリはショウに言われ、ホッとしたようにうなずいた。
「オレは全財産はたいて魔法をもう一個覚えてくるぜ」
マルが胸を叩く。
「おまえ、そんなに金持ちだったのか?」
「あの牙がいい値になったからな。ギリ、足りんだろ。これだけは旅に外せねーってのがあってよ、それを覚えてくるぜ」
「がんばれ」
ショウはマルがうらやましい。結果論もいいところだが、マルもシーナもセルベントを経由して魔法を無料で習得し、普通の召喚労働者に戻った。ショウにとってはもっとも理想的な成長経路だった。
これには奇妙な点もある。セルベントであった記録すら残らないのであれば、セルベント特典として受けた講義やスキルはどうなるのか。あの日、パーザはこの点に触れなかった。忘れていたのか、合法なのか、それとも見逃してくれたのか。意見は分かれ、最終的には『忘却しよう』で落ち着いた。
「それじゃ、サバイバル教練はオレと――」
「わたし!」
シーナが手を上げる。それに対してルカが速攻でダメ出しした。
「キミには無理」
「なんでよ?」
ムッとするシーナに、ルカは真顔で問う。
「虫、食べられる?」
「むし? むしって虫?」
「そう。講習では食虫訓練もあるから。アリやハチはもちろん、ワーム系、甲虫、それの幼虫とか」
シーナとアカリは話を聞いただけで身の毛がよだった。
「むむむむり、無理ムリ!」
「じゃ、やめたほうがいいよ。お金が無駄になる」
「わ、わかった……」
「それじゃ、サバイバル講習はボクとショウで行くよ」
ルカがニッコリと笑う。その顔に、食虫訓練はシーナを排除するためのウソだな、とショウは思った。
「それじゃわたし、どうしようかなぁ。わたしも魔法を覚えてこようかな」
シーナは考え込みだした。それにも口を挟んだのがルカだ。
「それならキミにぜひ覚えて欲しい魔法があるんだ」
「わたしに?」
「これ」と言って、ルカは自分の前に空の皿を置いた。それから意識を集中して、両の掌を皿の上に差し出す。ふっと息を吐いた瞬間、掌の間に水があふれ、こぼれた水が皿に溜まった。
「【水生成】と呼ばれる水を作る魔法。ボクもこのとおりできるけど、何人持っていてもいい」
「旅に水は必要不可欠だからな」
「うん。とくに回復役はいろんな場面で水がいる」
「回復役……?」
シーナは眉間にしわを寄せた。ダイゴのチームと同様、また後方に押し込めるつもりなのだろうか。だとしたら断固反対する。
「キミがどう思おうが【治癒】を持っている時点で回復役だよ。だからといって後方に下がれとは言わない。前列がショウ一人になるからね。キミはショウの盾となり、回復役もこなすんだ。もし嫌なら、ボクがショウと並んで戦い、キミは後方待機でもいいよ?」
「わたしが前に出るっ」
「それじゃ、もっとも怪我をしやすいショウのためにも、回復役として【水生成】は覚えておくべきだ」
「わかった。それって【光】と同じ基本魔法だから、楽勝で覚えられるわ」
シーナは鼻息荒く応えた。
「あとは装備ね。あたしは矢の補充程度だけど、ルカたちは揃えたの?」
アカリがそう質問したのは、彼らがセルベントとして支給されていた装備を返上したからだ。この一週間は管理局の貸し装備を使っていた。
「ボクはもともと自前のロングボウだったしね。鎧とかは別にいらない。前衛に立つなら考えるけど、シーナに任せるから」
「副兵装もなし?」
あまりの軽装にショウは驚いた。
「短剣くらいは持ってるよ。町を巡るならそれくらいで充分だよ」
ルカは気負うわけでもなく答えた。
「マルは魔法一本で行くのか?」
「魔法を覚えたら装備まで金が回らねーなぁ。オレもどっちかといえば後方だし、必要に迫られてからでいいや」
「怖い物知らずだな、おまえら」
「いきなりダンジョンへ行くとかなら考えるけどよー、町を回るだけなら安全だぜ? 少なくともこのあたりはな」
マルは経験から語っているので、ショウはそういうものかと思うしかない。
「シーナは以前の鎧はまだ持ってるの?」
アカリに問われ、彼女はうなずいた。
「うん、あるよ。セルベントになってからは着なかったけど、今もちゃんとある」
シーナは顔をほころばせた。その鎧はショウからのお下がりで、山狩りのあとレックスに補修をしてもらったものだ。思い出の品である。着ないときもメンテナンスは欠かさなかった。
「あ、でも剣はこのまえのボアに折られちゃったから、新しいのを買うよ。盾もそろそろ限界だから、ついでに買おうかな」
シーナの剣はグレート・ボアの喉を突き刺したとき、重みに耐え切れず根元から折れた。ブルーからもらって以来、ずいぶんと使い込んだ剣だ。彼に言われたゴブリン30人討伐は未達成であったが、それを差し引いても充分な経験を積ませてもらった。惜しむ気持ちはあるが、磨り減ってきた刃はそろそろ代替わりの時期でもあった。一方、ショウの剣が無事だったのは、固定が甘かったおかげである。
「シーナもなんだかんだ、けっこうな出費になるな」
「まぁね。でも、貯め込んでたから大丈夫だよ。使い道もなかったし。目指せ100億円もどうでもよくなったしね……」
寂しそうに微笑む。セルベントとなり、装備の支給を受けるようになると、生活費以外の出費はほぼなくなった。そのころのシーナには趣味も浪費癖もなく、休みの日は時間を潰すために剣を振るうか、部屋で装備のメンテナンスばかりしていた。また、害獣駆除作業は危険仕事とあって報酬が高く、駆除した害獣の数で特別報酬まで出た。大きさによっては素材屋に流すことでさらに見入りが増えた。彼女の銅貨枚数はすでに6桁中盤に差し掛かっている。
「100億か、そんな話もあったっけ」
ショウは感慨深くつぶやいた。それは子供さえ作れる最高級の擬似体・二人分の金額だった。それが管理局の嘘であるのを、シーナは未だ知らない。
「……そうだ。今だったらまた目指してもいいかも。どう?」
その思いつきに、シーナは眼を輝かせながらショウに同意を求める。
「そこで話を振るなっ。現実離れしすぎてピンとこないよ」
「ぶー」
彼女はふくれた。
「なんだ、その100億って?」
マルが三杯目の酒に口をつけた。
「知らないの? 高級擬似体の話」
シーナの出した固有名詞に、マルどころかルカも首をかしげた。彼女が説明しても、二人の顔は曇ったままだ。
「てか、そんなの初めて聴いたぜ?」
「そもそもボクは子供とか興味なかったしね。子供ができないと聴いても、別に気にもかけなかった」
「なら、どうすればいいかなんて訊きもしなかったでしょ?」
「「うん」」
二人は同調してうなずいた。「それじゃ知るわけないよ」とシーナが肩をすくめる。
「でも、それがあれば肉体を換わるときに性転換もできるかな……」
「「ブフーッ」」
ルカの恐ろしい発言に、全員が噴出した。
着々と準備は進み、出発まで残り数日となったある日、シーナとアカリはホリィのいる武具屋に顔を出した。アカリは矢を、シーナは盾と剣を買うためだ。シーナは警護仕事の際は管理局の貸出品で済ませていたが、町を出るとなれば自前が必要となる。それまで買わなかったのは、この際、主兵装を変えるかどうか手当たり次第に武器を試していたからだ。だが結局、ブルーからもらった剣での戦いが一番しっくりくるようになっていたようで、遠回りをした挙句に剣以外の選択が思いつかなかった。
シーナが入店すると、ホリィは珍しい顔に驚いた。彼女がこの店を訪れたのは、ショウが行方不明となって以来だ。しかもアカリといっしょである。
「なになに、どーしたの!? もしかして、パーティー復帰?」
やけにテンションが高いホリィにシーナはたじろぐ。「えーと、まぁ」と答えると、彼女は「よかったねー」と喜んだ。
「あ、ありがとうございます……。あの、ずいぶん、ご無沙汰しちゃって……」
「いーのいーの、元気ならいいのっ」
ホリィがシーナを抱き締めた。そうなると興味があるのは、シーナがアカリとショウの関係をどう思っているかだったが、訊けなかった。もし藪をつつく結果にでもなったら大変である。大人の思慮を発揮して、好奇心は抑えた。
「今日は買い物と、お別れを言いに来ました」
アカリが切り出す。
「お別れ?」
「ショウたちと町を出ることにしたんです」
「え、ホントに!?」
「はい」
アカリとともに、シーナもうなずいた。
「そっかぁ。冒険に出るわけ?」
以前、アカリからそのような話を聴いていたので、衝撃は大きくなかった。
「はい」
「それじゃ、しっかり装備は整えないとね。何が欲しいの?」
「あたしは矢だけです」
「わたしは剣と盾を」
「あいよ」
ホリィはまずアカリの用件を済ませた。アカリ自身がすでに矢を決めていたので、必要本数を束ねて終わりだ。旅立ちの餞別に、10本オマケした。
シーナには具合のいい方形の中型盾と、奥から一振りの剣を出してくる。その剣は薄く、細く、反りがある。柄は木製で、細紐が巻きつけてあった。鍔は西洋剣のように大きめだ。鞘から抜くと片刃であった。
「刀……?」
「形だけね。刃文もよくないでしょ? それでも鍛錬はずいぶんしたから、強度と切れ味は折り紙つき……のはず。練習で形にした初めての剣なんだ。餞別にシーナにあげるよ」
「もらえないよ、そんな貴重な物!」
「いやいや、目指す頂にはまだまだ遠い物だから。それに、ショウにもあたしが作った最初の盾をあげたし、シーナにもあげないとね」
「あたしには既製の矢だけですか?」
アカリが冗談ぽく追及する。
「ごめんねー。弓を作ったらあげるからさ」
ホリィは苦笑いした。
「……それじゃ、ありがたく」
「ウン。がんばんな。いつかまた顔を出しなよ。そのときはあたしも、もっとスゴイの作れるようになってるから」
「「はい」」
二人は決意を込めて返事をし、ホリィとハグをして別れた。
シーナたちが市場を散策していると、ショウを発見した。リュックの品定めをしているようだ。
「カバン買うの?」
シーナが声をかけると、ショウは「うん」とうなずいた。
「今のより大きいのがいるかなって。荷物も増えるし。今のこれも買ったばかりなんだけどな」
と、背中のリュックを見せる。彼が手にしているのは、その二回りは大きい。
「そっか、町巡りとはいえ、どこでどうなるかわからないしね」
「最低限の冒険道具は持って行きたいからね。ぜんぶ一人で持つ必要もないんだけど」
「うん、みんなで分担すれば楽になるよ。でも、ある程度の大きさはいるよね。わたしも買っとこ」
シーナも物色を始める。
「あんたさ、アレはどうする気? アイリの服」
「置いとくわけにはいかないよな。倉庫代を一年分くらい払ってもいいけど、管理がな」
「そうね。カビでも生えられたらそれこそ申し訳ないし」
「かといって持ち歩いて汚れるとかも嫌だしなぁ」
アカリとショウは腕を組んで悩む。
「リーバかアキトシにでも頼んだら? 服の二着くらい、預かってくれるでしょ」
シーナの発案に、アカリが「ああ」と感心した。
「そうね。それがいいかも。アキトシに頼んでみるわ」
アカリは久しぶりにパン屋へ行くことになりそうである。彼女は、出発を決めた三日後にはパン屋をやめていた。店の主人にも老婦人にも惜しまれたが、最後には優しく送り出されていた。
「じゃ、このあと外区行くから、帰りに服を取ってくる……いや、もうぜんぶ空けるか。いる物といらない物を仕分けしたほうがいいだろう」
ショウが新しいリュックの清算をした。シーナも続いてお金を払う。
「わたしたちも買い物が終わったらそうするね」
「外区って、どこ行くわけ?」
「ギルド。まだブルーさんに会えなくてさ。もう戻ってもいいころなんだけど」
「あの人ね……。よろしく言っといてよ」
アカリが適当に応じた。ブルーには付き合わないかと誘われたこともあって、面倒なので会いたくなかった。恩を返すといいながらの恩知らずである。
「わかった。じゃ、また宿で」
ショウは一足先に立ち去った。
民間異世界人組合へ向かったショウは、またもブルーには会えずじまいであった。ギルド・マスターも帰還予定日を超えているのを気にかけてはいたが、心配まではしていなかった。
「オレたちにできるのは信じて待つだけだ。よほどのお宝でも見つけたのだと信じてな」
ブルーは信頼されているのだとわかった。聴けば、マスターにとっては弟子みたいなものだという。
「それじゃ、オレは孫弟子ってことですか」
ショウが冗談を口にすると、マスターは鼻で笑った。
「こんな頼りねぇ弟子なんぞいるかよっ。ほれ、管理局側の人間がいつまでも居座るんじゃねぇ。ブルーが帰ったら小僧が化けて出てきたと伝えておいてやるよ」
「ではお願いします。24日に町を出る予定なので、それまでに帰ってきてくれるといいけど」
「町を出る?」
「はい。冒険……というか、漫遊です」
「そうか、気をつけてな」
ギルド・マスターは、子供を見守るような笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。それじゃ、飲み物の清算お願いします」
「バカヤロ、門出に金なんぞ置いていくんじゃねェ。オゴリだ」
「ごちそうさまですっ。では、また来ます」
少年はお辞儀をし、まっすぐに扉を出て行った。
「次の世代が育ち、巣立つか。オレも齢をとったわけだ」
マスターはフッと笑い、酒瓶を磨きはじめた。
ショウは倉庫を空け、宿で荷物整理をはじめた。いる物といらない物、アイリの服だけは綺麗な袋に収めて別にしておく。
「せっかく残しておいてくれたけど、寒くなるし夏服はいらないか」
それらを今までのリュックにつめ、捨てようか古着屋に持って行くか悩む。
「……そうか。そういうことなんだ」
ショウは立ち上がり、いらない荷物を持って部屋を出た。
「ショウ、どこへ行くんだい?」
出かけていたルカとマルに、玄関ホールでぶつかった。
さらにシーナとアカリもちょうどよく帰ってくる。
「管理局。みんなも行く?」
「何しに?」
「伝統行事をこなしに」
少年は微笑んだ。
意味はわからないが、皆、ついていくことにした。それぞれが買い出してきた荷物を部屋に投げ出し、階下で待つショウと合流する。
五人はショウを先頭に異世界人管理局へ向かい、一階奥の休憩所へ行く。ショウはそこで足をとめずに小部屋に入った。ガラクタが詰まった場所である。
そこでショウは背負っていたリュックの中身を空け、本体も壁際に置いた。
「みんな、こうして旅立っていったんだ。今度はオレたちの番」
この場所の物は、先輩たちの置き土産である。ショウはこの存在に助けられた。ルカも、マルも、シーナも、アカリも同じだ。はじめるための準備が、ここではじまるのだ。
「わたしもあとで持ってこよ」
「先に言いなさいよね。二度手間じゃない」
「あのときのポーチ、まだ使ってるよ」
「オレは全部ダメにしたなぁ。かわりを置いていくかー」
それぞれがそれぞれなりの感慨を持って、ガラクタ置き場に感謝を告げる。
「それじゃ、帰ろう。準備はまだ終わってないし」
ショウがうながすと、四人はうなずいた。
「なぁ、このままメシ行こうぜ。腹減った」
「そうだな。どうせコープマンだけど」
「それもあと何回食べられるかだね」
「あの味を懐かしがるときが来るのかしら」
「あるかもだけど、貧しい舌だね」
五人は騒ぎながら、もと来た道を戻っていった。
それから十数分後、見知らぬ若い召喚労働者がガラクタ置き場に入った。
「二個まで持っていっていいんだっけ。まずはカバンが欲しいな。荷物も増えていくだろうし……」
彼はふと眼についたリュックを手にした。ショウが遺していった物だ。
「これ、まだぜんぜん使えるじゃん。もったいね。けど、得したぜ」
その少年の瞳は、かつてのショウと同じ輝きを持っていた。新しい道に畏怖を覚えながらも、心湧き踊る気持ちが溢れている。
こうして知らずうちに道が造られ、その道は広く拓かれる。はじまりは変わらない。けれど、続きはわからない。未来にはそれぞれの道が待っている。
11月23日・日曜日。出発の前日、ショウたち五人に加え、リーバとアキトシも呼んで酒を酌み交わした。ナンタンへの帰還予定は立てていない。次の再会がいつになるのかわからぬ以上、せいぜい楽しんで起きたかった。
そこでリーバはようやく完成したメンバーのコスチュームを配る。鎧の上から着るのを前提とした長袖のロングコートに、ズボンが基本である。鎧をつけないときの薄青のカッターシャツも渡された。アカリとシーナには、プリーツ・スカートも特別に仕立ててある。コートは襟や肩回りなどの一部の生地に硬革を使用しており、これ単体でも安い鎧代わりにはなる。
「夏場だと暑いだろうが、これからの季節にはいいだろ」
一同は喜び、リーバに感謝を告げた。
「んじゃ、これはオレからだ」
マルがポケットから白磁のような材質の指輪を出した。
「大きさはわかんねーからテキトーに頼んだ。指にはめようが、カバンに放り投げようが好きにしてくれ」
「これって、もしかしてあの牙?」
ルカがじっくりと観ながら言った。
「ああ、あんときのだ。チームで斃した初めて敵だからな。記念に作ってもらった」
マルはご機嫌で酒を飲む。
「ボクの分まで……」
アキトシが手の中の指輪を見つめる。涙がこぼれそうだった。
「ッたりめーだろ。おまえは食料補給係だからな」
「マルぅ……」
「うわっ、泣くなよ、キショクワリィ」
マルは冗談ではなく本気で顔をしかめた。
「一個余ってるぞ? 誰かまだもらってない?」
ショウがテーブルに残った一つを見て、それからアカリに視線を移した。マルからの贈り物を拒絶しそうなのは彼女くらいだ。
「ちゃんともらったわよ。弓を使うから指にはつけらんないけど」
アカリは人差し指の先に指輪を挿して、回転させている。
「あいつンだよ」
マルがショウに指輪を弾いて渡した。
「あいつ?」
「一番初めに行っちまったヤツだよ。短ーけど仲間だったのは確かだからな」
「アイリの分か……」
ショウはギュッと握った。死にかけていたとき、日本で彼女に会った話をすべきだろうかと思った。が、アカリと同様、きっと信じてはもらえまい。でもいつか、また会えるだろう。そのときはこれを届けてやろう。
「あんた、アイリのこと覚えてたんだ? 感心したわ」
アカリが満足げに何度もうなずいた。
「ウルセー。オレはこれでも義理がてーんだよっ」
「自分で言う? 器が知れるわね」
アカリが前言を撤回し、しらけた目でサルのような少年を見る。そのあとはいつもの言い争いだ。
「ね、ショウ?」シーナがとなりのショウの裾を引いた。
「危なかったね。この前、ショウからアレをもらわなかったら、わたしの人生初の男の子からのプレゼントがマルになってたよ?」
「いや、その前にリーバさんの服だろ」
ショウがツッコむ。
「あ、そっかぁ……て、どっちでもいいよっ」
半ギレするシーナに、ショウは笑った。
シーナは猪牙の指輪をはめた手で、胸元に沈めておいたお守り袋を引っ張り出した。その中には、ショウの銀特等勲章が納められている。
「ありがとね。これがあれば、いつでもショウを感じられる」
「呪いのアイテムみたいだな」
「……ショウくん、じっくり話をしようか」
シーナの目が据わっていた。ショウは笑いながら謝り、彼女は膨れた。
「それじゃ、意外なプレゼントをくれたマルに、もう一度音頭をとってもらおうか」
「よぉーし、景気よくいこうや。オレたちの冒険に――」
「乾杯!」
同じころ、遥か西の遺跡の中でも三人と一頭が夕食をとっていた。
「キミたち、帰らなくていいの?」
金髪の女性が目の前の男女に問いかけた。
青髪の男は顔を上げたが、白い服の少女のほうは聞こえていないのか食事の手を止めない。
「まだ調査をやりきってないんだろ。中途半端で帰るつもりはないね」
ブルーはそう言って食事を再開した。
「いや、ほら、あの子たち、明日には町を出るって教えてあげたじゃん? 会っとかなくていいわけ?」
「生きてんならいつか会うだろ。別に家族でも親友でもねーし」
「弟子一号」
ピィがポソッと言う。
「おまえにとってはな。オレは別に、そんなふうに思ったことねーよ」
「……」
ピィは食事をとめ、ブルーをじーっと見た。
「……」
まだ見ている。
「……」
瞬き一つしない。
「わーったよ、弟子じゃねーけど知り合いだよっ。だからなんだよ? 別におまえだって寂しいとか思ってるわけじゃねーだろ?」
「思ってない」
「ならいいじゃねーか!」
「照れ屋さん」
「おまえときどきイラッとすること言うよなっ」
ブルーが噛み付くが、ピィは知らぬ顔で食事を再開する。
「まぁ、キミたちがそれでいいならいいけどね。けど、世間は狭いね。ここにたどり着いた人間が、あの子の知り合いだったなんてさ」
ミコは感慨深い。ショウと別れて遺跡の解析をしていると、不意に二人がやってきた。時間の流れをおかしくしていた仕掛けを解いてすぐのことだ。今までこの遺跡が発見されなかったのは、おそらくそのあたりの仕掛けが結界にでもなっていたのだろう、とミコは推測している。彼女からして、銀狼の足跡がなければたどり着けなかったかもしれない。
このように偶然と幸運に導かれ、ブルーとピィは遺跡を発見し、ミコとジョンに出会う。ミコは当初、二人を刺客かと疑ったが、あまりの弱さにその可能性を否定した。
以後、ブルーとピィはミコたちに心酔し、仕事を手伝っている。もちろん、彼ら自身の好奇心を満たすためもある。
「こっちのほうが驚きだっての。あんだけ苦労したのに、あいつがちゃっかり生きてたなんてよ。とんだ無駄骨だったぜ。魔力回復薬代を請求したいくらいだ」
「泣いてた」
「泣いてねーよ!」
「鼻水ダラダラ」
「流してねー!」
「ピィが」
「おまえかよ!」
ブルーとピィの一連のボケとツッコミに、ミコは拍手をする。遺跡解析の助手としてはあまり役には立たないが、これがあって残留を許している。
「……しかも、助けた相手があの『放浪のバル』ときたら、奇跡みたいなもんじゃないか」
ブルーは彼女を一目見て『バル』と気付いた。今でこそ彼は拠点をナンタンに戻してはいるが、ギザギ国内を放浪していた時期がある。そのおりに、北部で彼女の肖像画を見ていた。かつて彼女たちが活躍した時代のものである。
「ミコちゃんと呼んで」
「ピィちゃんと呼んで」
「そのネタを二人でやるなっ。つーかなんでバルがミコになるんだよ!?」
バルサミコスは二人に本名を明かしていないので、理由がわからない。よもやあの高名な勇者の一人に、素でツッコミをするようになるとはブルーも思わなかった。それ以上に、彼女の性格にビックリしたものだ。勇者と呼ばれるだけあって高潔な人物かと思っていたのが、真逆であった。
そんな戦士の感想をよそに、「ミコちゃん」とピィが呼び、「ピィちゃん」とミコが返す。なぜだか二人は仲がよかった。ピィはミコに弟子入りし、いくつかの魔法を教えてもらっていた。
一方のブルーは、コボルドのジョンから剣術の手ほどきを受けている。彼の腕前はブルーよりも数段上だった。聴けばジョンはコボルド王親衛隊副隊長だったという。それがなぜバルサミコスと行動を共にしているかは、ショウに語った程度しか話さなかった。
「とにかく当分、町に帰るつもりはない。この遺跡の謎がわかるまでな」
話が脱線し過ぎてどの話題に戻るか考えたが、ブルーがもっとも気にかけているのはそれであった。
「謎といってもねぇ。変哲のない遺跡だよ? 面白い物なんかないと思うけど」
ミコは遺跡について、彼らに深く話すつもりはなかった。ショウに話した内容にも届かないほどだ。ブルーからはショウのような素直さや純粋さを感じない。経験による狡猾さが見え隠れする。それに民間異世界人組合所属となれば、金になるなら何でもするだろう。ヘタに情報が漏れればどうなるかわかったものではない。
「たしかに今のところ、大した発見もなくて面白くはないな」
「そうでしょう?」
発見がないわけではない。ミコが発見のあった場所を隠蔽し、近づけさせないだけである。それを見抜く技量がブルーやピィにはまだない。そこまでするのならいっそ追い返せばいいとジョンは主張したが、ミコには他にも考えがあるらしく、彼らの動向をうかがっているようだった。
「だが、銀狼が住み着いているってのは、それなりの理由があるからだろ? それにここから漏れている魔力で『生命の花』が咲いたのなら、その魔力量だけでたいへんな価値がある。そうだろ?」
「まぁねぇ。で、その発生の仕組みを手に入れて、ひと儲けしたいわけ?」
「いや、それも違うな。単に興味がある。興味あることに首を突っ込むのが、冒険者ってもんだろ」
ブルーはニヤリとした。
「そういう考えナシが世界を滅ぼすこともあるって知ってるかね?」
ミコが呆れた顔でため息をついた。
「それはそれ、そのとき考える」
ブルーは軽く受ける。が、対する反応は、彼とピィを驚かせた。
「……なんだ、少しは期待したんだけど、その程度の思慮しかないなら価値はないや。帰ってくれるかな?」
ミコの全身から、ピリッとした電気が流れたように二人は感じた。しかし表情も声も明るく、それがさらに恐ろしい。
「ちょ、待ってくれっ。軽い冗談のつもりだったんだよ」
「冗談で世界を滅ぼす人間をどうやって信じろって? 言葉っていうのは、その人間を正しく映すものだよ。キミの本質が、それを言わせたんだ」
「……すみません」
ブルーは深く反省し、低頭した。
「え、あやまっちゃうの??」
想像を外れて素直に謝罪され、ミコは頭をかいた。挑発して逆ギレを誘ったのだが、こうなるとやりづらい。
「……ン、まぁ、このまま追い出すのも可哀想だしチャンスをあげよう。答えによっては、即刻、帰ってもらうからね」
「……はい」
ブルーは居ずまいを正し、唾を飲み込んだ。こんな緊張感は、久しく感じたことがない。
「この国の夏は酷いよねー。毎日のように夕立が降って、地形さえ変えちゃうんだから。あの子も、そのせいで死にかけたわけだし」
彼女は普段の軽い口調で話しはじめた。
ミコが何を言い出したのか、ブルーは理解できなかった。ピィも同様らしく、首をかしげている。とにかく、一言も聞き漏らさないように集中した。
「そんな酷い悪辣な夕立を、もし止めることができるとしたらどうする? とめる? とめない?」
いつもと違う黒い笑みを浮かべ、ミコはブルーに詰め寄った。
ブルーはもともと、その夕立の原因を探してここへ来た。魔力溢れる大地と、地形さえ壊す夕立、これらが無関係ではないと推測し、探索に出たのである。ミコのピンポイントの問いかけは、やはりこの遺跡に何かある証左ではないだろうか。
しかし、ブルーが求めたのは『原因』であり、『対策』ではない。ましてやその『結果』など、考えたこともない。が、深く思案しなくともわかる。それはたしかにこの国を変える出来事であった。
「……卑怯な回答だが、どちらも選べない。少なくとも、すぐには決められない」
「それは、『そのとき考える』ってヤツ?」
「いや、自分一人では決められないからだ。あの夕立は、人間から見れば利点がない。けど、この森に住むものには必要なのかもしれない。それを個人の好奇心で決めていいわけがない」
ミコは体を引いた。
「フム……。少しは考える気持ちがあるんだね。でも、人間にとって利点がないと言ったけど、ギザギ国にとっては、これもまた良し悪しなんだよ」
「ゴブリンが夏の間だけでも逃げるからか?」
ブルーは思いついたままを口にした。
「それも一つ。でも、そんな規模の小さい話じゃないよ。もっと大きな問題からも、あれは守ってくれてるんだ」
ミコは食事を再開した。スープが少し冷めている。
「もっと大きな問題……」
「思いつかない? ならキミはまだまだ勉強が足りない。しかたないから、もうしばらくここで学んでいくといい。無知で無謀で無計画なヤツは、放っておくとロクでもないことしかしないからね。わたしも後半二つはあてはまるんだけどねー」
「……ありがとうございます」
あっさり許されてブルーは拍子抜けした。さんざん貶されても、怒る気にもならない。圧倒的な力量差がブルーにもわかるからだ。それは、ギルド・マスターと出会ったときにも感じたものである。
「後継者候補は何人いてもいいしね。全員が育つとも限らないしさ」
バルサミコスは最後に残しておいた紅玉熊のステーキを手でつまみ、顔より上に持ち上げて、下から噛み付いた。
「後継者候補?」
ブルーは驚いて反問した。
「そ。わたしもそろそろ引退が近いから、次を育てておかないとならないわけ」
「引退って、いくらなんでもまだ早いんじゃ?」
「第三次召喚期のはじめの10人だから、もうすぐ9年。だからあと一年ちょっとしかないんよ」
「一年? 何が?」
「さすがに民間異世界人組合でも掴みきれてないか……」
「何なんだよ?」
ブルーもピィも、自然と彼女に詰め寄る形となった。
「この体の寿命だよ。10年で朽ち果てるの。そういう仕掛けになってるんだって」
「……!」
ブルーとピィは絶句した。
「本当に知らなかったんだね。ま、それもそうか。まだ10年を超えた三期の異世界人はいないしね」
「真実なのか?」
「だよ。アリアが教えてくれたからね。そういうふうに造ったって。齢をとった異世界人ほど邪魔な存在はない。だから10年使ったら消滅させる。それがこの擬似体を使用する本当の理由なんだってさ」
バルサミコスはそう言って、残った肉を口に落とした。その姿は、海中から飛び上がり、アザラシに喰らいつく鮫のようであった。
ギザギ十九紀14年11月24日8時。
コープマン食堂で最後の朝食をとり、荷物を担ぎ、宿を引き払った。天候は晴れ。冬の寒さが近づいているのか、冷たい風が吹いていた。
「準備はいいな?」
「おっけー」
ショウの問いかけに、仲間たちは返事をする。
まずはギザギ国を巡る旅だ。その途中で冒険があれば首を突っ込みたいところだが、まずは安全に国内一周することを優先としている。冒険と言うにはいささか慎重に過ぎるが、死んでは何も残らない。
「そうはいってもリーダーが一番無謀だし」
「こいつが結局、事を大きくすんだよなぁ」
「むしろボクはそれが楽しみなんだけどね」
「大丈夫、わたしがいるから!」
リーダー想いの優しい言葉に囲まれ、ショウは出発開始からため息を吐いていた。
「いいから行くぞ! まずは東の港湾都市トウタンだ」
「「オー!」」
気合の入った声を発し、五人は歩き出す。
冒険ははじまったばかり。このさき彼らには大きな謎と、神秘の力と、懐かしい世界と、望まない事件が待っている。だが、それを予期できる者は五人のなかにはいない。この世界でただ一人、その道を予感しえるとしたら、彼女だけである。
「そう、彼らが町を出たの」
執務室で報告を受けたアリアド・ネア・ドネは、さして興味もなくつぶやいた。一召喚労働者の旅立ちなど珍しくもない。されど、報告をさせているという矛盾がある。
「約束が果たされるかどうかはここからよ。失望させないでね」
大魔導師は伏線を回収すべく無意味に格好つけて独りごち、自分のお腹の音を聞いた。
「……朝ご飯、足りなかったかぁ」
そのころ日本では、尾田木望・著作の『アリアドさんはゴブリンと遊ぶ』が頒布間近であった。
そして、召喚冒険者の旅がはじまる――
『召喚労働者はじめました 〈了〉』
これにて『召喚労働者はじめました』は終了となります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
この続きは『召喚冒険者はじめました』へと引き継がれます。
――と、思ったのですが、新規タイトルを立てるのも見苦しいので、このまま続ける予定です。
次回は、この34話内で書ききれなかったエピソードをまとめた34.5話を掲載します。
注意事項がありますので、一読の前に必ず前書きをお読みください。




