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召喚労働者はじめました  作者: 広科雲


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26/59

26 夏のはじまり

 ゴブリン掃討作戦から一夜明け、ショウは昼を前にしてようやくベッドから這い出た。

 店の終わりまで共に過ごしたマルとルカは、その足で訓練所に戻っている。アキトシとリーバは最後まで付き合わずに自分の家へと帰っていた。

 今、ショウのそばにいるのはアカリとシーナだけであったが、ショウは寂しさを抱かなかった。昨夜の短い宴の中で仲間を強く感じられたからだ。道が分かたれても、目指す未来が違っても、つながりは簡単には消えない。切り離そうとしないかぎり、糸は細くなってもつながっている。

 その残った二人のうちの一人、アカリのベッドはすでに空になっていた。シーナのほうはカーテンが引かれたままなので、まだ眠っているようだ。

 ショウは町内着に着替え、手ぶらで外へ出た。現金を持ち歩く手間がないのは便利だった。マルマの一般人のサイフは金銀銅の硬貨が詰まっており、いつも重そうで気の毒にすら思う。

 今日はなぜか暑く感じた。日差しが強いような気もする。きのうまでは過ごしやすい日々だっただけに、急に夏が来たかのようだった。

「夏ってあるのかな……」

 そんな独り言がつい漏れた。

「あるらしいよ」

 思いがけず答えが返ってきて、ショウは驚いた。

「コーヘイさん!? ……おはようございます」

 コーヘイたちのグループがいた。彼らも今日は休養日にしたのだろう。服装は管理局専属召喚労働者アリアン・セルベントの制服だ。セルベントは街中でも制服着用が義務づけられている。もっとも、特務以外の作業では階級章をつけていれば私服も許可されているので、作業中とシラを切っても誰もとがめはしないだろう。そもそも、セルベントの存在自体が浸透していない。

「おはよう。疲れはとれたかい?」

「調子は悪くないですね。明日からはまた仕事をします」

「それはよかった。ゴブリンを撃退したから、明日からまた通常の薬草採取作業が再開されるそうだよ」

「ホントですか。それじゃ、またごいっしょですね」

「そうだね、よろしく」

 コーヘイはいつもの穏やかな笑みを浮かべた。

「ところでさっき言ってた夏って、あるんですか?」

「暦的には明日から六週間、暑い日が続くそうだよ。それと毎日、夕立が降るらしい」

「毎日ですか?」

「という話。ベルさんが教えてくれたから間違いないよ」

「この世界の不思議ですね」

「かなり降るらしいから、気をつけたほうがいいとまで言われたよ」

 コーヘイが肩をすくめる。体験したことがないのだから、どうやって気をつけていいものかわからない。

「ゴブリンが撤退したのも雨を嫌がってだという噂もあるくらいだぜ」

 レイジが面白そうに話す。

「まさか、そんな」

 ショウは笑う。

「いや、あながち冗談ではないらしいよ。山間部では想像以上に激しい雨になるらしく、土砂崩れも頻繁に起きるそうだよ。雷が雨より落ちるとまでね」

 サトが真顔で言う。

「まさか、そんな……」

 ショウは苦笑う。

「明日になればわかるよ。ともかく万全の準備をしていこう」

「わかりました。雨対策はしておいたほうがよさそうですね」

「あと、熱中症対策もね。……あ、そうそう、ショウくんはこれから管理局へ行くのかい?」

「はい。報酬をまだもらってないので」

「そうか……。君はセルベントじゃなかったよね? なら、なるべくなら行かないほうがいいと思うが……」

 コーヘイたちの顔が暗くなる。そんな表情をされて気にならないわけがない。「なぜですか?」と訊くのはごく自然の流れである。

「今回の山狩りの報酬なんだが、提示されていた報酬と違うんだ」

「え、減らされたんですか! あんなに苦労したのに!?」

「いや、逆だよ。増額されてた。作戦の成功に町長が気をよくしたらしく、一人あたり金貨1枚出た」

「すごいじゃないですか! なら、どうして?」

「問題はここからだよ。作戦に参加した全員のレベルが一段階上がったんだ」

「レベルアップ・ボーナス付ですか? いいニュースじゃないですか」

 ショウは首をかしげる。なにが問題なのだろうか。

「うん、オレたちにとってはね。今のところ3レベル以上に意味も価値もないんだけど、上がれば嬉しいかな」

 コーヘイはショウに気を使っていた。少年はまだわかっていないようだ。

管理局専属召喚労働者アリアン・セルベントは10年間、税金免除だけど――」

 サトのその言葉で、ショウは思い出した。

「オレの税率は4%になるってことかー!」

「うん。セルベント以外には嫌がらせだよなって、さっき話してたんだ」

 コーヘイたちは気の毒そうに悶える少年を見ていた。

「本当に何のためのレベルアップなんだろ。……アカリたちにも知らせておかなきゃな。ありがとうございました。明日からまたよろしくお願いします」

 ショウはコーヘイたちに礼を言い、宿の中へ戻った。シーナがまだ寝ているようなら、メモを残していくつもりだった。

 改めて部屋の鍵をカウンターで借り、寝ているシーナを気遣ってそっと部屋に入る。

 が。

「あれ、おかえり?」

 シーナが上着に袖を通しながらショウに挨拶した。下は下着のままだ。

「うあ、ごめんっ」

「あー、いいってば。こんなの日常茶飯事だっていったじゃん。今どきラッキー・スケベにもならないよ」

 慌てて部屋を出ようとするショウを、シーナは面倒くさそうにとめた。

「そうは言うけどっ」

「いいかげん慣れなって。そんなんじゃ冒険に出てもいっしょに野宿だってできないよ? 寒いときはみんなで抱き合って寝るくらいは普通にあるんだからね」

「あるかな?」

 ショウは扉に向かって話している。

「あるある。というか、オヤクソクでしょ?」

「オヤクソクと現実を混同するなっ」

「あははー。……と、もういいよ」

 着替えが済み、シーナはショウに呼びかけた。

「んで、どこ行ってたん?」

 振り返ったショウにシーナは訊いた。

「管理局に行こうとしてたんだけど、宿の前でコーヘイさんたちに会って、話を聞いて戻って来たんだ」

「なんで?」

「山狩りの報酬で、レベルが一つ上がる特典があるらしい」

 ショウが顔をしかめているので、シーナは理由を考えてみた。彼女は少年ほど鈍くはなく、すぐに思いついた。

「それって特典じゃなくて、嫌がらせじゃん? 税率アップするだけで、なんにもいいことないよ?」

「そうなんだよ。だからといって報酬を受け取らないわけにもいかないし」

「そうだよね……。わたし、けっこう入用なんだよ。盾も壊れかけだし、鎧も傷だらけ、アンダーも血まみれだから新調しないとだし……」

「ああ、考えてみるとオレもだ。盾に穴を開けられてた」

「報酬のほとんどが飛びそうだよ」

「そうそう、その報酬額は金貨1枚に上がったらしいよ」

「ホントに? それは助かるわー。てか、それでも半分は消えそうだなぁ……」

 シーナはため息をつき、ショウもつられた。

「……もらいに行くか」

「だね。直しておかないと、いざってときに困るしね」

「装備は消耗品って言ったホリィさんの言葉が、今になって身に染みる」

「あー、剣も砥がないと!」

「オレは鞘を何とかしないと!」

 二人はまた、特大のため息をついた。

「ところでアカリは?」

 シーナが出かける準備をしながら訊いた。

「オレが起きたときからいなかったよ。昼だし、この時間ならコープマンあたりでご飯食べてるかも」

 ショウも穴の空いた盾と、血のついた鞘を担いだ。鎧は鉄のため、ゴブリンの血や汚れを熱湯で流して念入りに乾拭きしておけば大丈夫そうだ。多少の傷や凹みは気にしないことにする。兜類は頭部に攻撃を受けなかったので無傷で済んでいた。

「じゃ、先に顔を出してみよっか」

 汚れ、痛んだ装備一式を麻袋に詰めてシーナは担いだ。「持つよ」とショウが手を伸ばすが、「自分の装備は自分で管理」と彼女は断った。

 コープマン食堂にアカリの姿はなかった。二人は朝食兼昼食をとり、報酬をもらうために管理局へと向かった。

 管理局には行列ができていた。見知った顔が多いのは、ほとんど全員が山狩りに参加したメンバーだからだ。彼らも昼までゆっくり眠り、それから行動を開始したのだろう。考えることは、皆、同じである。

「これは時間がかかりそうだな。出直すか」

「だねー。修理代くらいならどうにかなると思うし」

 あきらめて管理局を出ようとしたところ、野太い声に引き止められた。

「やぁ、ショウくん」

 レックスだった。背中に大剣グレート・ソードを背負う姿は、頼もしくも威圧感に溢れている。

「こんにちは。報酬の受け取りですか?」

「ああ。今、もらったところだ。君たちは?」

「この行列に圧倒されて帰るところです」

 疲れた表情を浮かべる少年にレックスは笑った。

「夕方には落ち着くだろうし、慌てることもないだろう」

「はい。そう思って、まずは装備の修理を頼みに行こうとしていたところです」

「ホリィのところか?」

 レックスは顔を曇らせた。

「はい。そこしか知らないので」

「おそらく受けてはもらえんだろうな。オレもさっき行ったんだが、すでに修理依頼で泣きが入ってたぞ。セルベントの装備のメンテを請け負っているらしく、店の中も外も武具で埋まっていた」

「うはぁ……」

 ショウとシーナは店の様子を想像してホリィに同情した。が、同情ばかりもしていられない。

「そうしたら、修理どうするかな……」

「何を直すんだ?」

 レックスに質問され、ショウとシーナは現物を見せた。

「……応急処置ならオレが教えてやれるが」

「ホントですか?」

「訓練所で簡単なメンテナンスは教わった。野外に出たときは自分で直せないと困るからな」

 レックスはそう言い、ついて来るようにうながした。二人は礼を述べて従う。

 中区5番街にその店はあった。革製品を扱う販売店である。

「修理工房ではないんですか?」

「サイフやバッグなんかは直してくれるが、さすがに鎧は無理だ。それに、あくまで自分で直すのが目的だからな」

 レックスは加工済み50センチ四方の硬革片を見つけて、手に取った。さらにビンに入った薬品を4種、太さの異なる糸、金属のヘラや革用針などの工具一式。金額にして10銀貨シグル24銅貨アクルだった。

 ショウがお金を出そうとすると、大男は笑みを浮かべた。

「君には借りがある。あの戦いを生き残れたのは君のおかげだとオレは思っている。これくらいはさせてくれ」

「そんな。オレは大した戦力にもなってなかったし、レックスさんのほうが圧倒的にゴブリンをたおしてたじゃないですか」

「数など問題じゃない。君の発想がなければオレたちは死んでいたよ。そう思わせておいてくれないか」

 ポンと肩を叩かれ、ショウは開きかけた口を閉じた。

「それじゃ、もう一度管理局に戻るぞ。たしか、あそこにあったはずだ」

 先を歩くレックスを、ショウとシーナは疑いもなく追った。

 管理局内はまだ列を成していた。半分ほどにはなっているが、空いているとは言いがたい。

 レックスはカウンターを無視して奥へ進む。休憩所に向かっているようだった。

 「ちょっと待ってろ」と言って、休憩所のそばの小部屋に入っていく。ガラクタ置き場だった。

 しばらくして、「あったぞ」と奇妙な木製の台を手に戻ってくる。その台は上面が緩いカーブを描いていた。

「それじゃ、鎧を出してくれ」

 休憩所の板間に腰かけ、レックスは道具を広げる。シーナから破損箇所の酷い前面のパーツを受け取り、具合を確かめる。

「ショウくん、すまないが適当な桶に水を汲んできてくれないか?」

「はい」

 ショウはガラクタ置き場にあった小さな桶を掴んで、水を汲みにいった。

「直ります?」

 シーナが訊いた。

「完璧には無理だな。近い色の革を選んだつもりだが、ツギハギになるのはあきらめてもらうしかない」

「それでぜんぜん! ホリィさんにも装備は消耗品と言われてるし」

「あいつらしいが、貧乏人にはキツイな」

 レックスが笑う。シーナも「そうですよねー」と同意した。

 ショウが水を汲んで戻ってくると、レックスは布の切れ端を浸して絞った。汚れをよく落とし、乾拭きをして水気をとる。コーティングがされているので、えぐれた部分以外の汚れは素直に落ちた。

 次に薬品の一つを開け、別の布に吸わせる。シーナが何の薬か訊くと、コーティングの剥離剤と答えた。

「コーティングを一旦落とし、破損箇所を縫い付ける。それから新しい革を貼って、馴染ませたらまたコーティングをする」

 レックスは説明したとおり、破損箇所を広めに拭き、コーティングを除去した。綺麗に取れるわけではないが、明らかにコーティング部分と色が変わった。革本来の色である。

 次の瓶を開け、今度は刷毛はけで破損箇所の表裏に塗りたくる。浸透していくと、ふやけたように緩んだ。

 革用の縫い針をとり、適当な糸を通す。破損箇所を縫合していく手並みは、医者のそれのようである。

「軟化剤を使ってはいるが、元が硬いから力がいる。その場合は、しばらく浸しておいたほうがいい」

「乾くとまた硬くなるんですか?」

「ある程度はな。だが、元のようにはならない。だからツギアテがいる」

 答えながら、彼は買ってきた革をパーツに合わせて大きめに切った。

 縫い付けた本体が充分に乾いているのを確認して、3つ目の瓶の中身を全面に塗りたくる。革用ののりだ。乾きはじめたころ、先ほどの新しい革を貼る。

 それからガラクタ置き場から持ってきた台の上にパーツを載せ、木槌で叩きはじめた。馴染ませるためである。

「この台の曲面を利用して、形が崩れないように叩いていく。中心から、外に向かってだ」

 レックスのパワーで叩いていると、革が伸びはじめ、本体に定着していく。

 あとは糊が完全に乾くのを待って、余った革を切り落とし、要所を太い糸で縫いつけて固定する。

 最後にコーティングをして終了だ。

「すごい、直った!」

「ありがとうございます、レックスさん!」

 ショウもシーナも感激していた。

「いや、これはちょっと乱暴な方法だ。壁紙の上貼りみたいなものだ」

「でも単純に、新しい革の分だけ強度が増したわけじゃないですか」

「これを繰り返したら、そのうち厚みがスゴイことになるぞ」

 レックスが冗談めかす。

「たしかに」

 ショウたちは想像して可笑しくなった。

「小さい破損なら接着剤を流し込んで固めてしまってもいいだろう。今回は少し数も大きさもあったから、全面を塞いでしまったがな」

「わかりました、ありがとうございます」

 シーナはまた深く頭を下げた。

「次は盾か。どちらも木の部分がえぐられたわけだな」

「こういうのは穴を塞げばいいんですか?」

「一度ヒビが入った木材はモロい。できれば板ごと交換したほうがいい。さらに鉄板を当てて釘を打ち込むのがベストだ。そもそも、木製の盾は強度がアテにならない。材木の種類にもよるが、人間並の筋力で斧でも使われたら何度も耐えられないだろう。オレの盾も、肉体強化されたゴブリン・ヘッドに砕かれたしな」

「補強があってもダメですか?」

 ショウの盾は、周囲と中心部分に鉄板で補強がされている。

「実際、木の部分に穴が空けられているだろ? うまく金属部分で攻撃を受けられるならいいが、そうでないなら全面金属がいい。そのぶん重いがな」

「そしたらホリィさんに頼むしかないか……」

 落胆するショウの耳に、聞き覚えのある声が届いた。

「やぁ、レックスさんにショウくん、シーナさんも、そろって何をしているんだい? エントランスにまで何かを叩く音が聞こえてきて、みんな怖がってたよ」

 一部で筋肉小僧チビ・マッチョと呼ばれているニンニンが、大荷物を背負ってやってきた。

「よぉ、ニンニン。彼らの装備の修理をしていたんだ」

 レックスが気さくに話しかける。二人に共通点を感じず、ショウとシーナは不思議そうな顔をした。

「お二人は知り合いですか?」

「ああ。ニンニンの初仕事がオレといっしょでな、それ以降は話をする程度だが」

「もうずいぶん昔のことのようだ。あのときの――」

 「その話は長くなるからやめとけ」レックスが苦笑いしながら彼の思い出話を中断した。

「それより、いい剣をくれたな。これのおかげで生き延びたよ」

 レックスは床に置いていた大剣を拾い上げた。

「そのお礼はショウくんにだよ。彼がいなければ手に入らなかったのだから」

「え?」

 ショウたちは軽く驚いてニンニンを見た。

「忘れたのかい? その剣はあのときの報酬だよ」

 ニンニンに言われ、ショウは改めてその巨大な剣を見る。

「あー! それ、ブルーさんの!」

 ショウたちは一週間ほど前に、熟練召喚労働者のブルーから依頼を受け、倉庫整理を行った。その際の報酬が、搬出した物の中から一品であった。ニンニンは高く売れるだろうと、その大剣を持っていったのである。

「そう。レックスさんに売ったんだよ」

「そういうこと!? なんとなく見覚えあるなぁとは思ったけど、まさかだっ」

「奇妙な巡り合わせもあるもんだな」

 レックスがしみじみとつぶやくが、ニンニンは「狭い共同体だからね」と身もフタもない。

「そういえば、ニンニンさんは怪我とかなかったですか?」

 山狩り時は小隊どころか中隊でも別だったので、ショウはニンニンとまったく交わることなく作戦を終えていた。

「ぜんぜん。運がよかったんだろうね、ウチの中隊はまったく出番ナシで終わったよ。本営から一番遠かったから距離だけは歩いたけどね。それに、いい景色が見れたよ。一面の花畑。写真が撮れないのが残念だった」

「ほとんどピクニックですね」

 ショウたちからしたら羨ましいことこの上ない。

「最前線で戦ったキミたちには申し訳ないよ」

「全員無事で帰れたんですから、よかったんですよ」

「まったくだね。オレがキミたちと同じ班だったら、真っ先に死ねる自信があるよ」

 ショウたちは笑った。冗談にできるのがよかった。

「それで盾の修理をしているのかい?」

「はい。あのときに穴を空けられちゃって。手斧でガンガンやられたし」

 そのときの記憶は断片的である。めまぐるしく状況が変化し、戦っていた相手がいつの間にか換わっていたのが当たり前だった。それを乗り越えられたのも、盾をはじめとする防具のおかげだ。

「ちょっと見せて」

 ニンニンはレックスの手から盾を受け取り、腰のナイフで穴をこじった。木屑がパラパラと落ちる。

 彼は盾と背中の荷物を降ろし、リュックから小さなのことノミ、それに厚みのある木片を出した。

 ノミで穴の周辺を削る。盾の外面を広くし、内面に向かって狭くなるように傾斜をつけて形を整えた。

 木片を取り、鋸で大まかに切ってからノミで穴と同じような形に削り出す。何度か穴に嵌めて、形を確定させた。

「器用すぎだろ」

 レックスはその手並みを見て、感心するら呆れるやらだった。

「昔から工作は得意なんだ」

「台車も作ってましたよね」

「台車っておまえ、それで商売しろよ」

 ショウの合いの手に、レックスはもう脱帽していた。

 ニンニンは愛想笑いをしながらも手は休めない。いつもの工作ソングを口ずさみ始めた。

 レックスが買ってきた接着剤を切り出した木片に塗り、穴に嵌める。形としては錐状になっているので、外側から押されても抜けはしない。

 余った木片をナイフで細かく削り、小さな穴に埋めては接着剤を流す。ついでにシーナの盾にも同じ処置をした。

「接着剤が乾くまでは時間がかかるから、二、三時間したらコーティング剤を塗っておくといいよ。そのままでもいいけどね。どちらにしても、余裕があれば武具屋に持っていってちゃんと修理してもらったほうがいい。一度穴があくとモロくなるからね」

「ありがとうございます」

 ショウとシーナはニンニンに深く頭を下げた。

「あと、その鞘は?」

 問われて、ショウは中が血まみれであるのを伝えた。このまま剣を戻したら、錆びるのではないかと危惧していた。

「鉄のフレームで革張りなんだね。切先のほうは木製か。……もう中の血も乾いてるんじゃないの?」

「とは思いますけど、どうしたものか。張り替えたほうがいいのかなって」

「外装の革は紐で結われているだけだから、簡単に解けるよ」

 と、ニンニンは紐をナイフで切っていく。紐にも血が付いているので、どのみち交換の必要がある。

「毎日きちんと刀身のほうを手入れしておけば錆びたりはしないよ。何日も放置してたらわからないけど」

「そんなものですか?」

「もしダメになったら交換すればいいんだよ。武器なんて消耗品だからね」

 ニンニンの言葉に、ショウとシーナは顔を見合わせて乾いた笑みを浮かべる。

 紐を切ると外装が緩んだ。が、剣先にあたるにじり部分の木枠にも挟み込んであるらしく、分解が必要となった。二枚の板を重ね合わせてあったので、ナイフで溝をなぞり、こじ開ける。このとき、板同士をつなげていたパーツが割れてしまったがニンニンは気にしない。

 外装を取ると、剣の刀身に合わせたフレームが出てきた。構造的には二つの鉄輪を四本の鉄棒でつないでいるだけである。

 外装となる革の内側には血の痕がたしかに残っていた。革に馴染んで黒くなっている。

「いちおう洗ってくる? 落ちるとは思えないけど」

「はい」

 ニンニンに渡され、ショウは裏庭の洗濯場に持っていった。

 その間、破損したにじりの木枠を加工する。一旦外してしまうと戻せない構造だったので、取り外しができるように穴を三ヶ所作った。三角形をしている板の、各頂点近くに角度をつけて。そこに目釘を刺して固定するのだ。挿す角度が異なれば、そのぶん外れにくくなる。

「穴を空けたんなら、紐を通して縛るだけでもショウは文句いわないと思うけど……」

 手間をかけるニンニンに、シーナが申し訳なそうに言った。

「それじゃこの鞘のカッコよさが生きないからね。できるだけ原型は崩したくない」

 鼻息荒く答える。レックスとシーナは、彼がよほど工作が好きなのだと理解した。

 目釘まで綺麗に曲面を作り、自己満足しているところにショウが戻った。

「浸透しちゃって完全には落ちないですね。でも、気持ち的にはスッキリしました」

「革は洗うと脂分が抜けるから、余裕があればあとでクリームを塗りこんでおくといいよ。革製品を扱ってる店で売ってるから。で、乾いたらこのフレームに巻きつけて、紐で閉じて、最後にこの剣先の部分を嵌めるといい」

 「はいっ」ショウはいい返事をする。

「お二人とも、ありがとうございました。よければ食事でもどうですか? おごらせてください」

 ショウ自身は昼食を済ませたばかりだが、このままでは感謝が足りない。

「ありがたいが、このあとタカシたちと合流する予定がある」

「オレも次の仕事が待ってるんで、これで」

「ニンニンさん、今日も仕事をしてるんですか!?」

「してるよ。町の仕事、けっこう好きなんだよね。仕事をしてるほうが落ち着くんだ」

 「すごいな……」ショウたちは晴れやかに語るニンニンに感嘆しか出てこない。

「それじゃ」

 レックスとニンニンはそれぞれの荷物を担ぎ、話をしながら休憩室を離れていった。

「得しちゃったね」

「ホントに助かったよ。ぜんぶ直したらいくらかかっていたかわからない。感謝だなぁ」

 ショウは去っていく二人を拝んだ。未だ水気を含む鞘の外装にフレームと切っ先の木枠を包み、盾を担ぐ。

 二人は宿に戻り、荷物を置いた。鞘の外装は干しておく。

「そういえば」

 ショウはふと思い出し、シーナに話した。薬草採取の仕事が再開すると。それと、夏の厳しさも。

「それ、先に言わないとダメじゃない? 明日持っていく装備がなくなるとこだったよ?」

 言われて、ショウはそれに気付いた。修理に出してしまっては武具なしで山に入るはめになってしまう。

「結果オーライということで」

「いいけどさ、最悪、借りれば大丈夫だから。……でも、夏の対策ってどうすればいいのかな?」

「オレの場合は鉄の胸当てをどうするかだよなぁ」

「あー、熱そう。卵でも持ってく?」

「焼くつもりかっ」

 ショウが即座にツッコむと、シーナは笑った。

「冗談はおいといて、借りるしかないんじゃない? さすがに鉄板はキツイと思うよ」

「だよな」

「あとは水筒を増やすとか、予備の肌着も買っておくとか」

「水筒は二つで足りるだろ。そんなに持ち歩けないし」

「採取瓶の重量も馬鹿にならないしね」

「塩分もいるかな?」

「さすがに塩飴は売ってないと思うよ。岩塩でも買う?」

「いや、この町のパンて塩気がきいてるだろ? 弁当はホウサクさんのところでいいとして、いちおう丸パンを買っておこうかな」

「そこまでいる?」

「わからないから買っておきたい。余ったら帰ってから食べればいいし」

「用心しすぎな気もするけど」

 シーナは呆れたが、経験がない以上、備えておくに越したことはない。彼女もその点は理解しているので買うつもりだった。

「革の加脂クリームと革紐、肌着に、ついでに夏服を仕入れるか。ああ、鎧用のアンダーも忘れてた」

「なんだかんだ、出費は抑えられないね」

 シーナは首を振った。


 宿を出て一番近い場所は異世界人管理局だが、覗いてみると列はだいぶ減っていた。二人は相談し、並ぶことにした。この時間を外すと、次は仕事を終えた一団がやってくるであろうから。

 10分ほどで、ショウはパーザ・ルーチンの前に辿り着いていた。その彼女を見て、ショウは昨夜の話を思い出した。

 報酬を受け取った後、ショウは切り出した。レベルアップの音声と被っている。

「パーザさん、質問があるんですが」

「なんでしょう?」

 事務的に彼女は聞き返した。

「訓練所で買った基礎講習マニュアルって、他人がもらってもいいのでしょうか。具体的には、友人の持っている魔術教本を自分がもらってもいいものかということです」

 説明がくどいかと思ったが、伝わらないよりはいい。

「譲り受けるのはかまいませんが、読めませんよ」

「え? 文字がこっちの言語とか?」

「そうではありません。訓練所の魔術関連の本は、所有者しか読めないようになっているのです。機密保持のためですね」

「なるほど……。ありがとうございました」

 頭を下げる少年に、パーザは「お疲れ様でした」と返した。

「あ、あと一つ。レベル4になったんですが、これの講習とかはないんですか?」

「ありません。次は10レベルのときですね。それも特に意味はないのですが、区切りとしての儀礼です」

「そうですか、わかりました」

 ショウはまた頭を下げてカウンターから離れた。

 となりのカウンターで報酬を受け取っていたシーナが、ショウに追いついた。

「残念だね、もらっても使えないって」

「そううまくはいかないよな。でも、訓練所には行かないと。ルカが待ってるだろうし」

「放っておけばいいんじゃない?」

 ルカ絡みなのでシーナは素っ気ない。

「そうもいかないよ。遠いからシーナは自分の買い物に行っていいよ」

 気を利かせたつもりなのだが、彼女は不機嫌な顔になった。

「ルカはどうでもいいけど、訓練所には興味があるから行くよ」

「そう? じゃ、陣中見舞いを持って行くか」

「陣中見舞い?」

「せっかくだからアキトシの焼いたパンでも持って行ってやろうかと」

「あー、いいね。食べ物をもらって喜ばない人はいないっ」

 シーナは断言した。自身がそうだからである。

 二人は管理局から北西に進路をとり、アキトシの勤めるパン屋へ向かった。

「いらっしゃいませー!」

 ショウとシーナは聞きなれた声で出迎えられた。

「アカリ?」

「あら、あんたたち、どうしたの?」

「いや、おまえがどうしただよ。今日は休みじゃなかったのか?」

「そのつもりだったんだけど、朝、目が覚めちゃって。体も動くし、なんとなくね」

 アカリは髪をいじりながら言い訳のように話す。堂々と話したところで二人は笑ったりはしないだろうが、生来の性格が照れ隠しをしてしまう。

「会えたならちょうどいいや。伝えておきたかったんだ」

「なによ?」

 ショウは山狩りの報酬と、レベルアップについて聞かせた。アカリは当然のように不満顔になったが、あきらめてもいる。

「どうせ回避できないんでしょ? なら考えても無駄。貰うもの貰って、払うもの払うわよ」

「さすがアカリ、わたしが惚れた女よ」

 シーナがニヤリとする。

「気持ち悪いこと言うなっ」

 アカリのツッコミにシーナは親指を立てる。

 ショウは二人を生温かく見守りつつ、トレイにパンを集めた。

「……そんなに買って、今日の夕飯はパン?」

「いや、これから訓練所のルカに会ってくる。そのみやげ」

「ああ、教本もらうんだっけ?」

「もらっても使えないんだって」

 ショウに代わってシーナが答えた。

「あら、そうなんだ? でも律儀にあいさつに行くわけね」

「使えないからって放置ってわけにもいかないだろ。携帯電話でもあれば、それで済ますだろうけど」

「まぁ、そうね」

 アカリは慣れた手つきで会計を行った。

 「がんばれよ」とパン屋の看板娘を激励して、ショウたちは次の目的地を目指した。

 先ほどレックスと来たばかりの革製品販売店である。ここには知り合いがいないので、必要な革紐とクリームを買ってすぐに出た。いっそここで革を買って、新しいものを貼り付けるのもいいのではと思ったが、鞘を覆うほどの大きさだと値段が高くなり断念した。

「服はどうする? 先に市場へ寄ってく?」

「そうだな、訓練所をまわってからだと店が閉まってるかもだし」

 ショウたちは市場経由を選択し、馴染みとなりつつあるケリーの服売り馬車に立ち寄った。

 二人そろって夏向きの薄手シャツを二着、ズボンを一着、鎧のアンダー用に一着ずつ仕入れる。すべて足しても一人8銀貨シグルは安い。

 買い物ついでに世間話をした。山狩りの話題はすでに一般人にも広く知れ渡っており、ケリーはおかげで儲かったという。召喚労働者サモン・ワーカー向けの衣装を、デザインから製作まで請け負っていたと自慢げに語った。

「え、もしかしてリーバさんの縫製工場って、ケリーさんのところ!?」

「リーバを知ってんのか? あいつはできるヤツだぞ。異世界人だけあってデザインが斬新だし、おまけに機能性も高い。手先も器用で、仕事も早ぇときてる。いい人材が入ってくれたよ」

「知ってますよ、仲間ですから。そっか、ケリーさんの工場だったのか……」

 縫製工場という時点で、ショウは気付いてもよかったはずである。けれどショウの持つケリーのイメージは古着屋であり、オリジナルまで作っているとは思いもしなかった。

「そんな大きな工場を持ってて、なんでこんな馬車で古着屋なんてやってんの?」

 シーナが遠慮なしに質問する。

「オレはこの仕事から始めて、今の工場を持ったからな。初心てヤツだよ。それに、こうして世間の情報もじかに聴ける。情報は宝だぜ。趣味と実益も兼ねてんだよ」

 ケリーは男の顔で笑みを浮かべる。おごることのない、人生の成功者だった。そして、今なお楽しんでいる。

「おじさん、カッコイイねー」

「だろ? けど、かーちゃんいるから惚れるなよ?」

「うん、その心配はしないでいいよ」

 ケリーとシーナは高笑いした。

「なんだろう、この予定調和のような茶番は」

 ショウはため息をこぼしつつ、頭を振った。

 和やかにケリーの店を離れ、訓練所を目指す。第一防壁を反時計回りに迂回し、第二防壁・北の関所を越えて外区へ入り、第三防壁を経て北門から外へ。右手に畑、左手に草原を見ながら、しばらく北上する。ハリー・ガネシムと問題を起こした物見やぐらを東に曲がり、北東に建つ訓練所へと進む。

「あ、ヤバイ。そういえば、武器を忘れてた……」

「あー、わたしもだ! 街中にいると思って手ぶらだよ!」

 今さら宿に戻って装備を取りにいけば、再びこの地点に来るころには薄闇に包まれているだろう。訓練所のほうが近いくらいだった。

「いちおう、カバンにナイフはあるけど……」

 リュックを降ろし、古びたナイフを出す。管理局のガラクタ置き場で手に入れた、初めての武器だった。

 シーナも自分のカバンからナイフを出す。こちらは管理局で買った作業用の物だ。ショウのに比べると、刃は短く薄い。

「ないよりマシだな。……そうだ、その枝を使おう」

 と、ショウは1メートルほどの棒を拾い、買ったばかりの革紐でナイフを縛り付けて槍を作った。

「進化したね」

 シーナが喉の奥で笑った。

 その彼女のナイフも槍に進化させ、二人は雑草を刈りつつ進んでいった。

 途中、草むらが揺れて焦ったが、ウサギのような動物が飛び跳ねていった。二人で安堵し、より警戒を強めたが、結果的には敵となるモノには遭遇しなかった。

 訓練所の門を潜ると、庭のような場所で十数人が模擬戦をやっていた。白と赤のハチマキでチーム分けしているようだ。その中にイソギンチャクがいた。体の大きさですぐにわかる。

「ああいうのをやるんだな」

「あの経験が乱戦とかで役に立つんだろうね」

 二人は感心しながら母屋へと入った。

 入り口すぐに受付窓口があった。声をかけると中年の男性が出てきた。ショウたちは知らないが、寮長である。正門のすぐの建物が寮となっており、奥の建物がそれぞれの訓練施設だ。

 ショウは訓練生のルカとの面談を申し込んだ。寮長は在籍名簿を調べ、彼は裏匠りしょうコースにいると答える。訓練施設の場所を伝えると、奥へ引っ込んだ。

 ショウは「ずさんだなぁ」とボヤきながらも、ついでに見学ができるとワクワクしていた。

「とりあえず、寮を突っ切っていいんだよね?」

「奥の建物って言ってたから、いいんじゃないかな」

 廊下をまっすぐに歩く。50メートル先の突き当たりにドアが見えている。あれが訓練施設につながる扉だろうか。

 寮の中は静かで、誰もいないようだ。まだ訓練時間なのだろう。外の勇ましい声がよく響く。

「学校みたいだね」

「そりゃ、訓練所だし」

「いやいや、高校の放課後みたいってこと。運動部の勇ましい声とか、大部屋の並んだ静かな廊下とか」

「ああ」

 ショウは理解した。たしかに言われてみれば雰囲気は学校のそれに近い。

「ほんの一月ひとつき前は、それが日常だったのにな……」

 シーナが感慨深げに言う。

 ショウも思い出す。あのころはゴブリンと戦うなど想像もできなかった。平和で、けれど何かが欠けた日々だった。

「――なんて、わたしの場合、そんな綺麗な毎日じゃなかったけどね。理想の学校生活を思い描くなんて、バカみたい」

 シーナは自分に呆れ、一息つくと気を取り直して歩みを速めた。

 ショウは何も言わず、彼女についていった。

 扉を抜け、短い渡り廊下を進み、訓練棟に入る。正面の壁に案内図があり、三階の一番奥に目的の裏匠・講義室があった。

「誰ともすれ違わないってことは、まだ講義中かな。その辺をブラついて待ってようか」

「だね。どうせなら魔法の講義を見にいかない?」

「いいね。……あれ、二ヶ所あるな。魔法講義室と魔法演習場」

「座学と実技かな。そしたらやっぱ演習場だよねっ」

「もちろんだ」

 二人は地図を再度確認し、魔法演習場へ向かった。

 演習場は石造りの大きな部屋だった。攻撃魔法にも耐えられるように、頑丈な造りとなっている。さらには魔法の障壁で覆われており、安全対策に抜かりはない。

 扉もなく、廊下からでも中が丸見えだ。ショウとシーナは覗き放題だと喜んだ。

 中にいる十数名の訓練生のうち、知った顔は一つしかなかった。

「マルががんばってるよ」

「突っ立ってブツブツ言ってるだけじゃないか」

 ショウは魔法の発動手順を知らないので、そうとしか見えない。実際のマルは、意識を集中して魔力マナを制御し、呪文を唱えている。

 呪文が完成し、魔力を放出するために右手を突き出す。すると、風が渦を巻いて腕から放たれた。目標としていた木人形が浮き上がり、落ちた。風属性の下位攻撃魔法【小竜巻リトル・ストーム】である。

「よっしゃあー!」

 マルの威勢のいい声がこだまする。どうやらあれで成功のようだが、ショウには大した威力には見えなかった。ゴブリンをたおしていた【火炎弾】のほうが強いような気がする。もちろん彼は、マルの目標が【爆炎球ファイア・ボール】であることも、風魔法がその過程で必要であることも知らない。

「新しい訓練生か?」

 突然背後から声をかけられ、ショウとシーナは飛び上がった。

 振り返ると若いローブ姿の男がいた。実技担当講師のグラコーだ。

「い、いえ、知りあいに会いに来ただけです。そのついでに、見学させてもらってました」

「そうか。なら、中で見ていけ」

 グラコーに押され、ショウは演習場に踏み入れた。不思議な感覚がした。体が重いというべきか、ダルイというべきか、力が抜けていくようだった。

「慣れないと変な感じがするだろう? ここでは魔法を扱うからな、力を少し抑制しているんだ。普通に魔法を撃つと建物が壊れるからな」

「ああ、道理で……」

 ショウは得心した。マルの魔法は弱く見えたのではなく、実際にセーブされていたのだ。

「お、ショウじゃねーか!」

 マルが気付き、走ってくる。魔法に成功した喜びに気分は上々だった。

「ルカに会いに来たついでに寄ってみた。今のが二つ目の魔法か?」

「お、見てたか!? 名付けて【小竜巻タツマキ・チョップ】だ!」

「……おまえのネーミング・センスはどうなってんだよ」

 ショウはツッコまざるを得ない。シーナもウンウンとうなずいている。

「いーだろー、別によぉ」

 マルはふてくされた。自分では最高の名前だと思っている。

「いいけどさ。……で、魔法を二つ覚えたから、ここは卒業か?」

「だな。明日からは戦士コースに行くぜ」

「楽しそうで何よりだ」

「ああ。やっぱ強くなんないとこの世界じゃやってけねーよ。オレにはアキトシみたいな生活は無理だし」

 その固有名詞に引っかかり、ショウはリュックを広げた。

「おみやげ持ってきてたんだ。アキトシが焼いたパン。これはおまえの分な」

「おー、さんきゅー!」

「いいって。それじゃ、がんばれよ」

「またみやげを持ってきてくれよ!」

 「次は金を取る」とショウは応えて手を振った。シーナも「またねー」と部屋を出た。

「シーナはマルと話さなくてよかったのか?」

「きのう話してるし。特に用件もないしね」

「じゃ、ルカのほうへ行ってみようか」

 二人は手近な階段を上がり、三階の裏匠・講義室へ行く。

 途中、ナンタンの時計塔が16時の鐘を鳴らした。

 講義もそれに合わせて終了したのか、講義室から数人が出てきた。その中にルカの姿もある。

「ルカ」

 呼びかけると、銀髪の少年が爽やかな笑顔で近づいてきた。ここだけ見れば絵になる美少年で通るのだが、その後がいけない。

「ショウ~!」

 と、大げさに抱きついてくる。

「なんで抱きつくんだよ!」

 ショウが前から、シーナが後ろから引き剥がす。

「彼女に対する嫌がらせ」

 ルカはシーナを見ながら笑みを浮かべる。

「うわっ、性格ワルっ」

 「おたがいにね」と、さらに笑顔を強めるものだから、シーナのコメカミがヒクついている。

「冗談はさておき、魔術教本を取りに来たのかい?」

「それだけど、本は所有者にしか読めないようになってるんだってさ。だからもらっても使えない」

「あれ、そうだったっけ? ……それじゃなんでここに?」

「それを伝えにだよ。今日来るって話した以上、来ないわけにもいかないだろ」

「律儀だね。そういうところ、好きだよ」

「男に好かれてもな」

 ショウが軽く返すと、ルカは笑った。

「ところでさっきから何かいい匂いがするんだけど?」

「おまえは犬か。おみやげにアキトシのパンを持ってきたんだ」

 ショウはカバンから包みを出してルカに渡した。

「ちょうどお腹すいてたんだ。ありがとう」

 ルカは廊下で食べはじめる。あっという間に一つ目のパンが消化されていく。

「ホントに燃費の悪いヤツだな」

「あはは。おかげで毎日、ご飯がおいしいよ」

「それじゃ今度は、米のご飯を食べに行こうな」

「いいね。外区にあるんだっけ? 楽しみにしとくよ」

 二個目のパンも彼の胃袋に消えた。

「それじゃ、帰るよ。町に戻るまでに暗くなっちまう」

「玄関まで送るよ」

 ルカを伴い、来た道を戻る。訓練棟の出口に来たところで、もう一人の知り合いにぶつかった。

「カッセさんっ」

「……ん、ショウか。訓練所に入ったのか?」

 金髪の青年が疲れた顔で振り返った。

「いえ、ルカに会いに来ただけです。……なんか、やつれてません? 山狩りの疲れですか?」

「ゴブリン退治のほうがマシだ。魔法の基礎講習を受けはじめたんだが、覚えることが多すぎでな」

「はぁ」

 ショウにはわからないので、反応も薄くなる。

「おい、ルカ、おまえなんでこんなの覚えられるんだよ?」

「理屈抜きで暗記すればいいんだよ。座学のテストなんてそれで充分。マルもそうやってクリアさせた」

「あのチビか……。あいつが魔法でオレのゴブリン(相手)たおしたときは、感謝よりも悔しさが湧いたな」

「なんでですかっ」

 ショウはツッコむが、相方のシーナは違った。

「わかるっ。オレ無双なカンジで走り回っていたのが、なんか悔しかった!」

「ないものねだりってヤツだね」

 ルカがバッサリと斬り捨てた。カッセとシーナの目が鋭くルカに刺さる。

「……まぁ、そうなんだよな。魔法なんて覚えなくてもいいと思ってたが、あれを見ちまうとそうも言えなくなる。こんなことなら、リラといっしょに講義を受けときゃよかったぜ」

「そのリラさんは?」

「戦士コースを再開している。セルベントになったとき、途中で魔術師コースに編入したからな。無償タダだったら最優先で治癒魔法を覚えるってな」

「おかげで命拾いしました。お礼を言っておいてください」

 シーナがカッセに頼んだ。ゴブリンに刺されたとき真っ先にリラが来てくれなければ、きっと助からなかっただろう。

「わかった、伝えておく。じゃ、またな。おまえらも早く訓練所に来いよ」

「はい」

 先を行くカッセに、ショウは一礼した。

「……実際は、来たくても来れないんだけどねー」

 シーナは頭の後ろに手を組んでボヤいた。ゆっくりと歩き出したので、ショウたちも追った。

「いっそセルベントになっちゃえば? 優先的に入れるよ?」

 「それはお断りだ」ルカの提案に、ショウは間髪入れず拒否した。

「特務に縛られるような毎日はイヤだ」

「そういうけど、セルベントじゃなくても特務と言われたら断れないよ?」

「優先順位が違うだろ。管理局も、一般の召喚労働者ワーカーよりも管理局専属セルベントのほうが優秀だと考えてるだろうし。どうせなら優秀なほうに任せるよ。宣伝にもなるしな。セルベントは優秀で、特典もあるからみんな入ろうって。……コードOBTなら一般を使うかもだけど」

 汚物処理業務を思い出し、漂ってもいない臭いに顔をしかめる。ルカもシーナも経験がないので意味がわからない。

「マルじゃないけど、手っ取り早く強くなるにはいい制度だと思うよ」

「それはわかる。魔法がスッッッゲェうらやましい。……でも、意思に寄らず戦うのはイヤだな。ゲームみたいには割り切れないんだ」

 さんざんゴブリンを殺しておいて言うセリフではない。ショウは自分でも思う。都合のいい、一方的な正義感だと。ゲームの中でさえ、最近は絶対悪がいない。主張の異なる相手がいるだけだ。結局、この生ぬるい考えもゲーム脳なのかもしれない。けれどショウが思い描く冒険は殺戮の道ではなく、殺戮の果てにあるものでもない。単純に、ワクワクして、ドキドキするものだった。それが冒険者が求める唯一ではないのだろうか。

「そう考えるならしょうがないね。でもたぶん、セルベントになった人もそこまでは考えてなかっただろうね」

「いきなり山狩りでゴブリン討伐だからな。あれでセルベントをやめようって思う人もいたかも」

 「やめられないけどね」ルカが肩をすくめた。驚いて注目する二人に、ルカは続けた。

「契約書に10年間解約不可とあったよ。ちゃんと大きな文字でね。そこまで甘くはないってことだね」

「そうなんだ。わたしなんか読まずに破いちゃったし」

「ますます気軽に入れないな」

「初めから入る気がないんだから、大丈夫だよ」

 ルカが余計な心配をするショウを笑った。

「つまり、のんびりやるしかないってことだな」

 ショウの結論にルカは微笑んだだけだった。

 短い廊下が終わり、寮の出口に着いた。

 ショウとシーナは門に立てかけておいた自作の槍を拾い、ルカに手を振った。

「じゃ、またな」

「うん、残念だけど、またね。……シーナ」

「な、なに?」

 声をかけられるとも思っていなかったので、彼女は身構えた。どうせ憎まれ口を叩かれるに決っている。

「ショウを頼むね」

「そ、そんなの、キミに言われるまでもないよっ」

 意表をつかれ、シーナはとっさに反応ができなかった。

「そもそもなんで頼まれなきゃいけないんだっ」

 ショウは納得いかない顔でツッコむ。

「ショウは危なっかしいからね。簡単に詐欺に引っかかりそうなタイプだし」

「ぐ……」

 かすかに自覚があるため、反論できなかった。

 ルカは薄く笑い、二人を見送った。


 ショウとシーナが宿で落ち着くころには、陽が半分沈んでいた。数十分もすれば完全な夜となるだろう。18時の時報が近い。

「今日も歩いたねぇ。休みってカンジがぜんぜんなかったよ」

 シーナが風呂へ行く準備をする。この時間になっても暑さは和らがず、汗もひかない。

「明日は日曜だから、のんびり――て、採取作業だよ!」

「ショウ、そんなに大げさにツッコミしなくても――」

「じゃなくて、明日は日曜だから、18時に仕事を決めるんじゃなかったか!?」

「あーーーーー!!」

 二人は焦り、何も持たずに管理局へ走った。

「セーフ!」

 時報と同時にエントランス・ホールへ駆け込んだ。大げさに入ってくる二人に、大勢の視線が集まる。

 急に恥ずかしくなって部屋の隅に移動した。

 パーザ・ルーチンがそんな二人を一瞥いちべつし、咳払せきばらいした。

「それでは、明日の作業依頼です。ここしばらく山林の作業は休止していましたが、明日から再開されます。定番の方は、またよろしくお願い致します」

 その言葉どおり、薬草採取作業も復活を遂げ、コーヘイたち3名は警護班として、ショウとシーナは採取班として参加できた。クロビスとマルは訓練所にいるので、採取班の残り2名はスポットが入る。

「ていうかさぁ、すでにわたしたちが護衛でもいいんだよね」

 シーナがボソッと言った。たしかに、とショウは思ったが、「まぁ、戦える人が兼任するのが一番安全じゃないか」と、言葉を濁した。

「すいません!」

 前のほうで男の声と手があがった。

「なんでしょう?」

 パーザが発言者をうながす。

「以前、薬草採取の定番だったのですが、ゴブリンの件で危険を感じて離れていました。ゴブリンの心配がなくなったのでしたら戻りたいのですが」

 「そうか……」ショウはそれを聞き、彼が外れたおかげで今の自分があるのだと気付いた。

「そりゃ、戻れるなら戻りたいよな」

 シーナに話を振ると、彼女はあからさまにイヤな顔をしていた。

「あいつか……」

 知り合いかと訊こうとして、ショウは自分がアホかと思った。彼はショウやマルの前任者である。知らないわけがない。

「危険がなくなったわけではありませんよ。一団がいなくなっただけで、安全とは限りません」

 パーザは冷静に返した。

「それでも以前くらいには戻りましたよね? だったら復帰させてもらいたいです」

 彼の声に続いて、同様に一時、野外作業を離れていた者からも挙手があった。

 パーザは3秒ほど考え、「わかりました」と答えた。

「ただし、すでにレギュラーが埋まっている作業については認められません。また、希望人数が多いところはジャンケンで決めてください。現在、レギュラー枠が空いているのは薬草採取、伐採業務が各2名、畑作業が1名です。経験者で、復帰希望の方は前へお願いします」

 パーザの指示で数名が前に出る。

「……薬草採取の経験者はカイさんだけですね? では、復帰を許可いたします。もう1名に関しましては、スポットで補充いたします」

 パーザの宣言とともにシーナがしゃがみこんだ。「マジかぁ……」と頭を抱えている。

「どうしたんだよ?」

 ショウもいっしょになって座り込む。

「……外で話す」

 彼女はギリシャ文字のλ(ラムダ)のような格好でトボトボと外へ出た。扉を閉めた瞬間――

「なんでやねん!」

 と、関西人でもないのに関西弁で天にツッコんでいた。こだまが初夏の夕暮れに吸い込まれていく。

「はい、深呼吸」

 ショウは呆気にとられながらも、なんとなくノリがわかったのでクールに応対した。

 落ち着いたシーナは真剣な顔になった。

「ヤツは、危険だっ」

「さっきのカイさんて人? 軟弱者とか?」

「うん、それもある。ゴブリン怖くて逃げたわけだし」

「いや、真面目に答えられても」

「うん、そっちのネタもわかってる。そうじゃなくて、わたしが危険」

「……うん?」

 ショウにはまったくわからない。

 シーナはため息をつき、頭を振った。

「あいつ、女の子大好きなんだよー」

「ああ、そういう?」

 納得するショウだが、彼とて女の子は嫌いではない。が、シーナがこれほど嫌がるのだから、よほどなのだとは理解した。

「薬草採取ってさ、野外活動でも女の子っぽいイメージがあるじゃん?」

「あるか? 山に入る時点でハードだと思うけど」

「花畑でハーブを摘みますってイメージっ」

「ああ、そっち? 茶摘とかそういうレベルか」

「そうそう。で、実際にけっこう女の子の希望者がいたわけよ。そういうは一日でやめちゃうんだけどね。でも、毎日のように次が来るわけ。……で、それに勘付いたヤツが、レギュラーとして入ってきたの」

「ナンパに励むため?」

「そのとーり!」

 シーナがビシッと指を差した。

「あいつの初日は男同士ってことでクロビスが面倒見てたんだけど、次の日からはわたしにばっか質問してきてさ、でも初心者じゃん? 教えないわけにもいかないし、そんなヤツとも思わないからいつものノリでかまったわけよ。それからはもう、事あるたびに近寄ってくるの。かと思えば、スポットで女の子が来ると先輩ぶってそっちに行くの」

「つまり、シーナ(自分)一人にしぼって欲しかったと――」

「冗談でも怒るよ?」

 早口に無感情で語るシーナの目は、笑っていない。ショウは素直にあやまった。

「そんなだから仕事もあまり熱心でもないし、一度サトがブチ切れたことがあって――」

「え、サトさんが!? あの人、怒るの!?」

「最初で最後だね、あの人があんなに怒ったの。スポットの女の子をかばってさ、すごいカッコよかったよ。わたしが女だったらゼッタイ惚れるね」

「女だろ」

「拾ってくれてありがと。で、それからは少し大人しくなったけど、警護班の見えないところではチョイチョイね……」

「なるほどな。あんまり酷いようならオレも助けるよ」

「ありがたいけど、たぶんショウには無理だよ」

「なんで?」

「相性っていうのかなぁ。軽くいなそうとか、やんわり諭そうとしても無駄だから。それこそサトくらいガツンといかないと無理だね。ショウって威圧感ないから、雰囲気でわからせるのもダメだろうし」

「……なんだろう、『おまえは役立たずだ』と遠まわしで言われてる気がする」

「そんなことないよ! そういうショウのいいところでは対抗できない相手ってこと!」

 シーナが力説し、ショウは照れくさくなって赤くなった。言った当人も赤くなった。

「……でも、とりあえず頼りにしてる」

 シーナは離れ、用のなくなった管理局を背にして歩き出した。

 「とりあえずか……」ショウは軽く落ち込んで、彼女を追った。


 仕事を終えたアカリを待って、ショウたち三人はコープマン食堂で夕食をとる。そのおりに、カイの話題が出た。

「ああ、あのカスね」

 アカリが興味なさそうに言った。

「知ってるの?」

「一部有名だからね。見栄っ張りの根性ナシで、典型的オタクで自分語りが大好き。容姿だけはがんばったみたいだけど、歩き方がキモイ。笑い声はさらに汚く、カッコつけてるけど人間が足りてないと気が付いていないカワイソウなヤツでしょ?」

「うん、それ」

 アカリのコキおろしを、シーナが真顔で全肯定した。ショウは贔屓目ひいきめにみても言いすぎだろうと、カイに同情を禁じえない。

「この世界に来たばかりのときに同じ作業に入ったことがあって、ウザイから怒鳴ったら近寄らなくなったわ。あれは女に服従を求めるタイプね。自分より弱い者しか相手にできない」

「そっかー。わたしもはっきり言ったほうがいいかなぁ」

「言うべきね。でないと図にのるだけ。そんでそれが自分に気があると勘違いして、さらにつけあがる。童貞・処女厨の典型」

 偏見だろうと思いつつ、ショウは耳を塞いで食事に専念することにした。怖いコワイ。

「ま、そんなハリーに劣らぬクズの話より、こっちもいちおう報告しとくわ」

「なに?」

「大したことじゃないんだけどね、パン屋の作業を週6の日曜休みに変えた」

「どして? そんなに稼ぎたくなったの?」

 シーナの素朴な疑問に、アカリは「逆」と答えた。

「むしろ稼ぎは減るかも。仕事中に長い休憩をもらうようにしたの。店が一時的に空く、9時から11時と、14時から16時」

 シーナがさらに理由を訊くと、アカリはその合間に訓練をしたいと語った。今のように、夜遅くからの訓練は厳しく、睡眠時間が充分にとれない。ならば、暇な時間をそちらに回すことで、効率よく毎日を過ごしたい。午前中の休み時間は言語を中心に、午後は弓を中心とした鍛錬に励む。これで毎日4時間が有効的に使える。

「店はそれでいいって?」

 ショウの当然の問いに、アカリはうなずいた。

「あの店の規模でフルタイムの従業員四人は多すぎよ。むこうがバイトを望んだとはいえ、金銭的にはかなりの負担になってるはず。アキトシとも、合間に休憩を長くとる話をしたわ。あいつも、一日中パンを作ってるわけでもないし」

「けっこう繁盛してると思うけど、そうでもないんだ?」

「二人合わせて一日のバイト代が銀貨40枚以上よ? パンをいくつ売ればいいと思ってんの」

「そう考えると厳しそうだな」

「もっともね、何割かは助成金らしいんだけど」

「ジョセーキン?」

召喚労働者ワーカーの雇用には作業に応じた一部負担金が国から出るんだって。だから毎日、これだけの仕事があるのよ。個人で出していたらとてもじゃないけどやっていけないわよ。……なんて偉そうに言ってるけど、情報源はリーバね」

「リーバさん?」

「あいつ、正式契約で雇用されてるじゃない? それでいろいろお金について調べたみたい。そしたら、召喚労働者ワーカー援助プログラムとか言うのがあるがわかった。勇者にもなれないゴミ人間でも、召喚した以上は放置もできないから国で助けてやろうと、そういうことらしいわ」

 ショウは感心した。その心の奥底で、以前、アリアドに文句を言った自分が恥ずかしかった。なんだかんだと、彼女は異世界人を守っているのだ。『要求ばかり』と怒る気持ちも今ならわかる。

「そのお金の出所は結局のところ税金なわけで、そりゃ、まわりは召喚労働者あたしたちをいい目で見ないわけよね」

 パン屋に来た女性が、ゴブリンくらい異世界人でどうにかしろと憤ったのも無理はないと思う。役立たずを養うほど、誰もが裕福ではない。

「だからといって、あたしたちにはあたしたちの夢やら展望があるわけで、あたしとしてはせめて時間とお金を無駄にさせないために、暇な時間を有効活用しようと決めたわけよ」

「おー」

 ショウとシーナが拍手をすると、「真面目に言ってんのよっ」とアカリが真っ赤になりながら怒鳴った。

「こっちの薬草採取作業は15時くらいには町に戻ってるから、それから練習して、装備のメンテしてでだいたいアカリが帰ってくる時間になるか」

「だね。それでご飯、お風呂、洗濯、そして寝る。毎日のスケジュール完成ってわけだね」

「そういえば、薬草採取って休みはないわけ?」

 アカリがふと気付いて訊いた。

「ううん、基本、日曜は休みだよ。でも明日は、夏の初日だから案内人が依頼を出したんだって。夏の山は危険だから、早めに薬草の分布状況を確認して、以後は付き添わずに済むようにしたいらしいよ。ゴブリン退治のために刈り過ぎたって話もあるしね」

 シーナが答えると、「そういう理由なんだ?」とショウが納得する。

 「なんであんたが知らないのよ」アカリがショウに呆れた。

「――て、夏なんてあるの?」

「明日から六週間だって。熱中症と夕立に注意しろって言われたよ」

「今日の暑さもたまたまじゃないのね。エアコンがないんだから、暑いのはカンベンだわ」

「まったくだね。わたし、夏は即売会以外で出歩くようにはできてないのに」

「どういう仕組みだよ……」

 炎天下でも野球をやっていた少年には理屈がわからない。

「本当に暑くなるなら、来週の日曜あたりは川で水遊びでもしちゃう? 行ったことないけど」

「オレも川のほうは行ったことないなぁ。東門を出て、畑の先だっけ?」

「地図によればね。水源にもなってるからキレイだと思うんだけど」

「ちょっとしたピクニックか冒険かわかんないけど、悪くないな」

 ショウがアカリの反応をうかがう。

 その彼女は目を細めて一言――

「なに、そのテコ入れ水着回みたいなの」

「「誰もそんなこと言ってない!」」

 二人は同時にツッコんだ。

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