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召喚労働者はじめました  作者: 広科雲


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21/59

21 訓練所にて

 異世界人管理局が就労レベル3以上に向けた新制度――アリアン・セルベント制度――を導入して三日が過ぎた。

 異世界人管理局アリアン・専属召喚労働者セルベントとなるべく訓練所に入所した40余名の中に、マルとルカの姿があった。

 彼らは共に魔術師コースを第一に志望し、机を並べて座学に励んでいた。魔術はまず、知識を身につけるところからはじまる。

 異世界人である彼らにとってマルマ世界のことわりは難解だった。専門用語が多く、そのうえ識字能力も欠けているため、テキストを読むだけで精一杯だ。

 マルは初日の一時間で魔術師コースを選んだ自分を呪ったほどである。しかし基礎を学ばねば魔法の力は得られない。他の訓練生に遅れをとりながらも、彼は一生懸命、ついていった。

 この世界の魔法は、精霊を直接使役する『精霊魔法』と、『霊素れいそ』と呼ばれる魔法のもとを用いて発現させる『霊素魔法』に大別される。訓練所で教えているのは魔術師協会が技術提供をしている『霊素魔法』のみだ。

 『霊素魔法』を発動させるための『霊素』とは、生物を含めた物体を構成している極小の物質である。日本で言えば原子に近いだろうか。

 『霊素』は六つに大別され、地・水・火・風・光・闇の属性を持つ。この組み合わせで強大な攻撃魔法や治癒魔法へと変換する。その変換術がいわゆる『魔術』であり、魔術を使うためのエネルギーが『魔力マナ』と呼ばれるものだ。

 マルとルカは、以上のような基礎理論を教わり、『霊素』の組み合わせで生まれる魔法の種類を暗記していた。この組み合わせを正確に覚えないと魔法習得が不可能なのだ。

「頭がパンクしそうだぜ……」

 昼休みに入るとマルは食堂で机に突っ伏した。訓練所の給食は毎回似たようなメニューで、単なる栄養補給と彼は割り切っている。目の前にあってもよほど空腹でなければすぐに食いつく気にはならない。

 マルと同時に入所したルカはそんな食事でも喜んで食べていた。食べられるだけ幸せだと言う。

「辛いなら魔法はあきらめれば?」

 ルカは豆スープを口に運んだ。彼自身は座学を楽しく聴いている。自分にない知識を得るのは楽しい。

「そうはいくかっ。オレみたいに体格で劣るやつは、魔法にでも頼らなきゃやってられねーんだよ」

「なら、なんでそんな体で来たんだい? いくらでも選り好みできただろ」

「オレはオレのままでいくんだっ。そうでなきゃ意味がねー」

「その志は立派だね」

 ルカはマルを尊敬しつつ、顔は笑っている。だからマルはムッとする。

「お前はいいよな。なんだかんだ、理解してるみたいだし」

「そんなに難しいかなぁ」

「難しいだろ。さっきやった『精霊属性』? なんだよ、それ? なんでオレたちの中に精霊がいるんだよ?」

 マルがテキストを開いて読み直す。意味不明すぎて顔が「うわわわわぁ~」となった。

 その顔を見て、ルカは声にして笑う。

「そうじゃない。体の中に精霊がいるんじゃなくて、体を構成している『霊素』というものが、精霊と同じなんだ」

「同じじゃねーか」

「ぜんぜん違うよ。『霊素』っていうのはボクらの体に例えると、鉄分とか水分、カルシウムとかそういうカンジのものなんだよ」

「ほうほう」

 マルはなんとなく理解した。

「で、それをいろいろ混ぜて形にしたのが魔法なんだ」

「それで『精霊属性』ってのは?」

「どんな生物でも大なり小なり地・水・火・風・光・闇の六大霊素を持っているものなんだ。その人が持つ六大霊素のなかで、もっとも強い要素を『精霊属性』という。体で言えば水分が多いとか、脂肪分が高めとか」

「なるほどなー。そういやオレ、特性検査で『火属性』って言われたぞ?」

「とすれば、マルは火属性の魔法を覚えると効果的だね。『火炎弾ファイア・ブリット』なんかいいんじゃないか?」

「お、マジか? 火系って攻撃的のが多いからいいよな!」

 マルは習得可能魔法一覧を見てほくそ笑んだ。

「『副・精霊属性』は?」

「副? あ~、なんだっけかな」

「ステータス・サークルを出してみなよ。検査を受けたから書き込まれてるはずだよ?」

 ルカにうながされ、マルは首元を叩く。赤ぶちのサークルが現れた。

「あったあった。副は『風』だな」

「なら『爆炎球ファイア・ボール』もイケるね。上位魔法だから系譜がめんどくさいけど」

 魔法には基礎となる下位魔法と、特定の下位魔法を極めることで習得できる上位魔法に分かれている。『爆炎球ファイア・ボール』を覚えるには、『火炎弾ファイア・ブリット』をはじめとする計三つの魔法を極める必要があった。

「そうすると、最低一つは自力で金を貯めて覚える必要があるってことか?」

「そうだね。『火炎弾ファイア・ブリット』と『小竜巻リトル・ストーム』、『閃光フラッシュ』。うち二つは無償で覚えられるけど、もう一つは実費だね。さらにいえば『爆炎球ファイア・ボール』自体も実費なわけだけど」

「二つかぁ……。悩むなぁ」

 頭を抱えるマル。顔は幸せそうであった。

「攻撃もいいけど治癒系はいいのかい? どんな場面でも重宝すると思うけど」

「治癒? そんなの怪我しなきゃいいんだよ。攻撃は最大の防御だろ」

「清々しいね」

 ルカはつい笑ってしまう。

「そーゆーおまえは何を覚えるつもりなんだよ?」

「ボク? ボクは何も覚えないよ」

「あ? じゃ、なんで魔術コースにいるんだよ?」

「基礎講義はぜんぶ無償だからだよ。知っておいて損はないしね。どうせぜんぶ受けるなら、マルといっしょのほうが楽しいかなって」

「マジでぜんぶ受けるのか?」

「受けないの?」

 ルカは不思議そうに訊き返した。

「戦士コースは受けるだろうけど、裏匠りしょうコースはないなー。オレには必要ない」

「そっか。それじゃ、この魔術基礎講習が終わったら別々だね」

「別々ったって、宿舎は同じだからなぁ」

「それもそうだね。そういえば、そっちの部屋には誰か知り合いはいた?」

 宿舎は男女別の一部屋四人部屋である。マルとルカはフロアも異なる別部屋だ。

「オレはいっしょにここへ来たルイードとクロビスさんと、あと一人は知らないヤツだった」

「ボクは全員知らない人だったよ。でも、カッセって人が部屋長みたいに仕切ってくれるから楽でいい」

「仕切り屋がいるってウザくね?」

「そう? ボクは助かってるよ。朝、ちゃんと起こしてくれるし」

「おまえ、生活だらしなさそうだからな」

「否定はしないね」

 ルカは残りのスープを皿から直接飲んだ。

「おい、聞いたか? こないだ畑が燃えたんだってよ」

「このまえ夜中に職員が騒いでたのって、それか?」

 後ろを通りかかった二人組の会話がマルとルカの耳に入った。訓練所外のニュースは入居者全員にとってはいい刺激だった。

 マルはそのうちの一人を捕まえた。

「なぁなぁ、面白そうな話してるじゃん。聞かせてくんない?」

 つかまれた男は驚いたものの、話したくてしかたないらしく二人にも教えた。彼自身が聞きかじりなので細部はわからなかったが、ゴブリンの襲撃と畑消失についてはかなりの精度の情報を持っていた。さらには何もしなかった兵士に腹を立て、ケンカを売って投獄された者がいたことも。

「そいつの名前は?」

「さぁ、そこまでは。でもバカだよなぁ。この結果はわかりきってるだろうに。この町の兵士がクズってのは常識みたいなもんだぜ? それを知らないってことは初心者か、よっぽどの熱血漢か。……あ、夜勤巡回するんだから初心者ってことはないか」

 情報提供者は笑って席を立ち、また噂をばら撒きに行った。

 マルとルカは顔を見合わせる。同時に同じ顔が浮かんだ。

「いやいや、ねーだろ。いくらなんでも」

「でもゴブリンをたおす初心者の熱血といったら……」

「あいつ、熱血ってカンジかぁ? キレると暴走しそうだけどよ」

「もどかしいな。外へ情報収集にいってこようかな……」

「行ってどーなんだよ? それがショウだったとしても何にもできねーぞ?」

「だけどさ」

「おまえ、ショウが絡むとなんか人が変わるな。そんなにあいつが気になるか?」

「う~ん、自分でもよくわかんないんだよね。一宿一飯の恩義?」

「なんだそりゃ。……別に行くのはとめねーけど、もし仮にあいつだとしたら、アノヤロウ、すでにゴブリンを何匹討伐してんだよ。オレはそっちのが悔しいぜ」

 マルが拳を握った。同じ日にレベル2に上がり、同じ日に外界へ出た。同じ日にゴブリンと遭遇し、自分は未だ討伐数0だ。純粋に悔しい。

「オレは負けねーぞ。あいつ程度に負けてたら理想どころじゃねぇ。牢で無為に過ごしてくれるならかえって好都合だ。その間に先へ行ってやるっ」

「心配じゃないのかい?」

「たかがケンカだろ? 死刑になるこたぁねーよ。しばらくブチ込まれて終わるだろ」

 マルは食欲の湧かないメニューを一気にたいらげ、テキストを広げた。

 ルカはそんなマルを見て心を落ち着かせた。

「……わからないところがあれば教えてあげるよ」

「マジか!? そんじゃぁ」

 マルは食い付き、ルカを質問づけにした。


 入所から六日後の朝、マルとルカがいつもどおり魔術師コース座学講習室へ向かっていると、講師のヘンバーグがルカを呼びとめた。ヘンバーグは魔術師協会から派遣されている魔術師の一人で、高齢のための一線を退いて講師を勤めていた。しかしながら未だ魔術への熱は強く、講義では老人とは思えぬ声量と気迫で指導にあたっていた。

「ルカ、おぬしはもう講義に出んでよい。座学は終了じゃ」

「え?」

 ルカとともに話を聞いていたマルのほうが驚いていた。

「昨日の筆記試験の結果、おぬしだけ合格じゃ。今日からは実技の基礎訓練に移ってよい」

 魔術師の基礎講習は、前半が座学、後半は実際に魔法を使うための実技基礎訓練で構成されている。座学五日目以降は筆記テストが続き、合格するまで実技には入れない。しかも答案は返ってこないので、自分がどこを間違えたのか永遠にわからない仕組みとなっていた。余談ではあるが、魔術師・基礎コースの講習期間は三週間である。この期間中に実技基礎訓練試験までパスしないと、一生、魔術師にはなれない。才能ナシの烙印を押されるのだ。

 「そうですか」ルカは大して感動もなく受けとめた。

「それじゃマル、一足先に実技訓練を受けてくるよ。またあとでね」

「お、おー……」

 マルは皮肉の一つも出せずにルカを見送った。

「なんじゃ、あまり嬉しそうではなかったの」

「魔法はあんま興味ないんだってよ」

 師に対してもマルの言葉遣いは変わらない。

「ほぉ、筆記を満点合格するほどの才を持ちながら、もったいない」

「マジか!?」

 マルはヘンバーグに噛みつく勢いだった。

異世界人アリアンであるのが惜しいのぉ。アリアンでさえなければ、一級導師にもなれたかもしれんのに……」

 老魔術師はマルにかまわず、教室へ入っていった。凡庸な訓練生に講義をしなければならない時間がやってきたからだ。

「……ゼッテー負けねぇぞ」

 誰もいなくなった廊下で、マルは見えない背中を睨みつけていた。

 ルカが魔法演習場へ入ると、数人の召喚労働者サモン・ワーカーがそれぞれに修行をしていた。講師から説明を受けている者、精神集中している者、呪文を暗記している者、実際に魔法を放つ者。

 入り口近くで訓練生を見守っていた若い講師がルカに近づいた。

「ルカだな? よく来た」

 筆記試験満点合格者を楽しみにしていた講師のグラコーは、笑顔で銀髪の少年を迎えた。

「よろしくお願いします」

 殊勝に頭を下げるが、感情はこもっていない。グラコーは緊張しているのだろうと好意的にとらえたが、もちろんそうではない。

「早速、はじめるか。まず、魔法を使うためにはどうすればいいと思う?」

 ルカは質問からはじまったので一瞬だけ戸惑ったが、すぐに答えた。

「体内の魔力マナを安定させることでしょうか」

 「ほう」グラコーは感心した。この質問をすると、初心者のほとんどは「意識を集中する」と答える。だがそれは抽象的な回答であり、『何のための意識集中か』が抜けているのだ。

「どうしてだね?」

「霊素魔法を使うには二つの要素が不可欠です。魔法の材料となる『霊素』と、『霊素』をコントロールする『魔力マナ』です。霊素を正しく導くためには、マナ自体の制御が必要となります。それにはマナを安定させ、扱いやすくしたほうがいいからです」

「そうだ。乱れたマナでは『霊素』コントロールは不可能だ。では、マナの安定とはどうすればいいと思う?」

「ボクの場合、自然体で立つことでしょうか。人によって違うと思いますが、ボクはぼーっとしているほうがよさそうなんです」

「……それは経験で言ってるのか?」

 グラコーの顔が緊張を帯びる。

「はい。教本を読んで、自分なりに考えて試してみました。そうしたら、マナの流れというのが何となく感じられたんです。でも、それが本当にマナの流れであったのかは判断できません」

「ふむ……」

 グラコーの少年への興味が、楽しみよりも危うさへと移っていく。優秀な訓練生はごく稀にいるが、独力でそこまで感じとれる者はさらに稀であった。今のうちに力の正しい導き方を教えておかねば、暴走すらしかねない。

「では、その方法でやってみるといい」

 ルカはうながされるまま、一番楽な立ち方で脱力した。そして体内に流れる血液とは違う生命の力を感じとった。全身を隅々に走る、無色であり万彩の輝きだった。

「……っ」

 グラコーは圧倒された。これほど見事な澱みのないマナの流れはそう感じ取れるものではない。

 周囲もそれに気付いたのか、訓練生も残りの講師も、ルカに目を奪われていた。

「わかった、もういい」

「はい」

 ルカは目を開き、意識を外界に戻した。心地よい高揚感が残っている。

「君は本当に魔法訓練ははじめてなのか?」

「はい。なにか問題でも?」

「いや、いい。初めてでそこまでできる者はなかなかいないぞ。どうだ、実際に魔法を使ってみるか?」

「使うって……。呪文も何も知らないんですが」

 ルカは笑う。冗談だと思った。

「魔法に呪文はいらん。それを必要とするのは、うまく魔力制御ができない者だけだ。理論をかいし、構成をり、完璧な制御ができる者には無用だ」

「はぁ……」

「試しにやってみろ。そうだな、もっとも単純な魔法の一つ、【光】を掌に出してみろ。これは基礎講習の最終課題でもある。もしできれば今すぐ課程終了だ」

 ルカは講師の無茶ぶりに嘆息したが、言われた以上はやるしかない。

 さきほどと同様、脱力し、マナの流れを感じとる。掌を前に出し、体内にるという『光の霊素』を手繰たぐる。感覚が掴んだそれを、魔力マナで包み、掌に送るイメージを作った。すると、実際に掌に【光】が灯った。この間、10秒足らずだった。

「……すごい才能だ。普通なら一週間はかかるものをこうもあっさりと……」

 グラコーだけではない。周囲の訓練生もまた愕然としていた。自分が苦労した時間はなんであったのか、疑いたくなる。

「なぜ、こんなふうにできるんだ?」

 グラコーの問いにルカは首をかしげた。

「自分の体ですよ? いろんな力があるのを感じないんですか?」

 ルカはその日の正午をもって、魔術師・基礎訓練課程をすべて修了した。


 魔術の天才少年の噂は、夜には訓練所内に広まっていた。多くの羨望と、多くの嫉視を浴びながらも、ルカはいつもと変わらない。マルと談笑し、食事をおいしそうに食べ、マイペースで過ごしている。一度ならず魔法のコツを訊ねられたが、感覚として理解している彼の言葉はまるで通じず、かえって混乱を招いていた。

「おまえ、マジで魔法を習得しなかったんだな」

 マルが呆れている。天才と持てはやされているくせに、術の一つも持って帰らないとはどうなっているのか。

「使えるようにはなったよ? ただ、記録しなかっただけで」

「記録しなきゃ実戦じゃ使えねーだろ」

 ルカの反論にマルはさらに被せる。

 この世界の魔法はより簡易的に使えるよう、体内に手順を『記録』するのが常識となっている。本来、魔法は呪文や動作といったサポートを受けて魔力の制御をし、発動させる。ルカのようにイメージだけで行使できる術者は皆無なのだ。さらに、その呪文詠唱などに費やされる手間や時間、果ては意識集中は、戦闘時においては致命的である。それを補うために、一定の所作を肉体に記録させ、合言葉キー・ワードによって自動的かつ高速に発動させるのが現在の主流であった。その『記録』をするまでが、訓練所での『魔法習得(スキル化)』となっている。これにより、発動成功率100%の魔法となるのだ。

「いいよ、別に。もともと興味ないし」

「なんて恨めしい……いや羨ましいことをヘーゼンといいやがるんだ……!」

 マルはさすがに殴りつけたい衝動にかられた。

「マルなら感覚でわかるよ。座学さえクリアすれば、ボクの言ってることがすぐに理解できるって」

「ホントかよ……」

「本当だって。考え過ぎるとかえって失敗するよ」

 「じゃー信じる」意外と素直なマルは鵜呑みにした。

「で、おまえ、このあとどーすんだよ?」

「戦士コースにいくよ。やっぱり基本は武器戦闘だし」

「楽しそうだなー。それもあっさり免許皆伝とかやめてくれよ?」

「ボクだってそこまでうぬぼれてないよ」

 ルカは笑った。しかしマルの予言は正しく、通常二週間の訓練を、ルカは一週間で終える。

 戦士コース基礎講習は、肉体を使うコースだけに初めから野外訓練場で武器を持たされる。講師のフィレオはさまざまな武器を試させ、それぞれの短所や長所を説明していく。合わせて基本的な攻撃方法を教え、実戦での体への負荷を体感させた。

 一通りの指導が済むと、フィレオは訓練生を集めて手合わせをさせた。三分毎に一分の休憩を挟み、そのたびに対戦相手を交換していく。これを延々と一時間続ける。そして15分休んで、また一時間。その合間に、講師のフィレオが動きの悪い訓練生に指導をしたり、個々にあった効率的・有効的な技を伝えていくのだ。

「実戦に勝る経験はない。体に染み込ませた技術が最後にはモノを言うんだ」

 なんとも乱暴な訓練だが、黙々と一人でやるよりも相手がいるほうが燃えるのは道理である。ルカはその指導が性に合っているらしく、嬉々として戦い続けた。もちろん体力は他の先輩たちには及ばない。そのため、前半の勝率はよいが、一時間を過ぎると負けが続いた。その体力不足を補うべく、連日、彼は技術を学び、盗み、なるべく楽に相手を倒す方法を模索した。おかげで、力はともかく技術だけは驚くほど早く上達していった。

 フィレオの訓練法は、午前中は一対一の対戦をひたすら繰り返す。そのたびに武器や防具を変えさせ、自分に最も合う装備探しも同時にさせていた。

 午後は夕方まで集団戦闘訓練だ。講師が決めたチームに分かれ、どちらかのチームが全滅するまで戦う。一戦終わるごとに10分ほどの反省会が開かれ、次のチーム分けへと移る。ルカはこの擬似戦争ゲームが好きで、自軍と敵軍の戦力を観て策を練り、彼のチームは勝率90%以上を維持した。特に宿舎で同室のカッセがチームメイトのときは、一度も負けることがなかった。

 その後は使った装備のメンテナンスに励む。毎日が戦闘なので、剣は欠け、槍は折れ、鎧は凹み、盾は割れる。そのたびに購入していては予算がいくらあっても足らない。それに、補修を覚えるのは訓練生にとっても大切であった。

 この授業のときはフィレオだけではなく、専門の職人が正しいメンテナンス方法を伝授していく。余談だが、ホリィという元・訓練生はこの時間がもっとも好きであったようで、現在は指導に来ていた職人の下で鍛冶を学んでいる。

 夕食後は基本的に自由時間である。が、個人修行はこの時間しかできないため、訓練生は自然と野外訓練場に集まり、技を磨いていた。

 講師のフィレオも熱心な訓練生には好意的で、できるかぎりの指導をしている。以前、この場にいたジューザという訓練生は、自由時間になると『踏込突ふみこみづき』の練習ばかりしていた。体格に恵まれていない彼が一撃で敵を屠るには、体重とスピードを活かすしかなかった。充分にコツを教えたつもりだが、役に立っているだろうか。

 今、フィレオは、イソギンチャクという体躯の男を眺めていた。一撃必殺を極めようと大戦斧グレート・アックスを振る姿は、豪快であり、重厚であり、獰猛である。相手に対する威圧感を含めれば、戦う前から心理的優位を得られるであろう。が、元から体が大きいのだから、小さな技でも彼の力を考えれば立派な必殺となりうる。そのあたりも教えておいたほうがよいかもしれない。常に広い戦場で戦えるわけではないのだから。

 フィレオはそうして一人ひとりにあった戦い方を教えて歩いた。

 その中に、異質な一人がいる。イソギンチャクが剛であるなら、彼は柔であろう。軽い槍さばきで相手を一方的に追い込んでいる。相手の喉もとに、刃のない穂先が向けられた。

「またボクの勝ち」

 ルカが微笑む。それは他人を見下す笑みではなかったのだが、対戦相手はそう思わなかった。この数日、彼はルカと戦ってきたが、個人でもチームでも惨敗に惨敗を重ねていた。さらに笑われては、彼のプライドはズタズタである。

「何が可笑しい! 弱いやつを見下すのがそんなに楽しいか! フザケンナ、てめぇ!」

 しのぎを掴み、逸らす。

「別に見下してなんていないよ。ただ勝てたのが嬉しいだけさ」

「ああ、オレなんて相手にもならないんだろうよ! オレが弱いから楽しんだろ? 一方的に相手を痛めつけるのが面白くてしょうがないんだろ!」

「そんなつもりはないよ。だいたい、キミのほうから挑んできたんじゃないか。言ってること、メチャクチャだよ?」

「ウルセーッ!」

 怒りに我を忘れた彼には道理が通じなかった。勢いのまま立ち上がり、ルカへと襲い掛かる。

 ルカは焦らない。余裕を持って槍の石突いしづきで彼の足をひっかけ、転ばせた。

 見事なヘッド・スライディングだった。

「ちょっと落ち着こうよ。冷静さを忘れちゃダメだって先生も言ってたじゃないか」

「どこまで……、おちょくるつもりだ……!」

 彼は怒りに染まった顔をルカに向けた。それは殺気をまとう形相だった。

「……っ」

 ルカはそれを見て硬直した。強い痛みが頭の中を走った。一瞬、ここではないどこかが見えた。今の彼と同じ表情をした、誰かが浮かんだ。

「ぶっ殺してやる!」

 対戦相手の叫びに周囲も異常を悟った。もっとも近くにいたカッセが彼を羽交い絞めにした。

「落ち着け、バカ。熱くなり過ぎだ」

「放せ! あいつを殺さなきゃ気がすまねぇ!」

「おいおい、物騒なこと言うな。いいから落ち着けって。な?」

 カッセは彼の膝を蹴り、強制的に座らせた。それでも暴れる彼に、カッセはさらに拘束を強くする。一方で、もう一人の当事者にも呼びかける。

「おい、ルカ。おまえは少し離れて――」

 が、銀髪少年の様子がおかしいのに気付き、言葉がとまった。

「ルカ……?」

「……殺すだと? 違う……。ボクが、おまえを、殺すんだ……!」

 ルカは今まで見せたことのない表情を浮かべていた。憎しみに溢れた形相である。手にした槍を構えなおし、羽交い絞めで動けない的に向けた。

「おまえが、いるから、ボクは、わたしたちはァ!」

 ルカの殺気は、相手を数段上回るものだった。気迫だけで、言葉だけで本当に殺せてしまうのではないかという雰囲気をまとっている。

 その気に当てられ、相手はもちろん、カッセも身の危険を感じた。

 ピクリと、ルカが予備動作をみせた。

 二人が『来る!』と感じた瞬間、ルカのみぞおちに木刀が刺さっていた。

 呻き、ルカはその場で倒れた。気絶している。

「やれやれ、心に何を抱えているのやら」

 フィレオが頭をかいた。

「今日は解散だ。風呂に入って寝ろ」

「ルカはどうします?」

 カッセが心配げに訊ねた。

「任せておけ。殺気に当てられて、防衛本能が過敏に働いたんだろう。ま、人にはいろいろあるってことだ。触れぬ神に御加護なしというだろ」

「違います」

 カッセは生真面目にツッコんだ。

「いいんだ、細かいことは。さぁ、いけ」

 フィレオに追い払われ、訓練生たちは納得がいかないまま解散した。

 十数分後、ルカは意識を取り戻した。何があったのか探るように周囲を見回すと、フィレオの背中があった。

「気付いたか。まともに戻ったようだな」

「はい……?」

 ルカは意味がわからない。なぜ倒れていたのかもわからない。誰かと組手をして、負けたのだろうか。

「……まぁ、いい。おまえ、何かトラウマでもあるのか?」

「トラウマ? なんです、それ?」

 フィレオが観るかぎり、少年がとぼけているようには思えなかった。おそらく、本当に深層心理の問題なのだろう。となればフィレオの手に負えるものではない。忠告するので精一杯だった。

「そうか。つまらんことを訊いた。……いいか、戦うときは常に冷静でいろ。相手に呑まれるな。それができれば、おまえはいい戦士になる」

「はぁ……」

 反応が鈍い教え子に、フィレオはつい笑みがこぼれた。

「ルカ、今日で戦士教練を終了とする。さらに技を磨きたいなら残ってもいいが、どうする?」

「んー、終了ならそれで。明日からは裏匠りしょうコースに行きます」

「そうか、がんばれよ」

「はい。ありがとうございました」

 ルカは頭を下げ、宿舎へと戻っていった。

「稀有な逸材ではあったが、危ういな。彼を支える者があればよいが、ないときは――」

 フィレオは月を見て嘆息した。

 部屋に戻ったルカに、カッセが血相をかえて近づいた。

「大丈夫か!?」

「……なにが?」

 ルカは怪訝そうな顔でカッセを見た。フィレオもそうだが、質問の意味がまったくわからない。

「いや、おまえ、練習相手とモメて、おたがいに殺し合うような気迫だったから……」

「……なんか相手が怒ってたのは覚えてるけど……。おたがい?」

 ルカには記憶がない。

「ああ、マジでり合いそうな雰囲気だったぞ。興奮しすぎて我を忘れたか」

「ん~、ボクがそんなふうに? よっぽどヤなやつだったんだな」

「なんで他人事みたいなんだよ」

「覚えてないからね。心配かけたなら悪かったね。ありがとう」

「いや、いいさ。平気なら風呂に行ってこい。もうすぐ閉められるぞ」

「そうだね、そうするよ」

 ルカは着替えとタオルを持って部屋を出た。

 大浴場へ続く道すがら、風呂上りの訓練生たちの会話が聞こえた。

「明後日、山狩りがあるんだってよ。ようやくってカンジだな」

「ゴブリン残党狩りか。召喚労働者ワーカーも参加すんのかな?」

「だろ? 町の兵士も出るらしいけど、メインは召喚労働者ワーカーだろうな」

「そしたらセルベント(オレたち)も呼ばれるかな?」

「ないない。まだ訓練中だぜ? オレなんて盾にもならない」

 ルカは話している一団を振り返ったが、もう声は聞こえなくなっていた。

「おもしろそうだなぁ。ボクも参加したいけど、ダメなんだろうな」

 ルカは残念に思う。訓練期間中でなければ、ショウといっしょに参加できたかもしれなかった。ルカはショウが絶対に参加すると信じている。事実、彼は参加するのだが、それはルカが思い描くような理由ではなかった。

 風呂にはもう誰もおらず、ルカが一人で占領していた。ここの大浴場はサウナではなく、大きな湯船が用意されている。異世界人(日本人)向けの施設だった。

 誰もいないのをいいことに、湯船に大の字で浮かぶ。露天でないのが惜しいところだが、充分に開放感はあった。

 ルカは自主訓練を思い出そうとした。練習相手から殺意を感じたのは覚えている。が、そのさきが霞にかかったようにおぼろげだった。

「ボクは、誰かを殺したかったような気がする……」

 そのつぶやきには誰も答えない。


 翌朝、大食堂に所長が現れた。研修生たちの朝食時間が始まってすぐである。

 訓練生たちはザワついたが、一部は所長の言葉を予期していた。

「明朝7時、西の森全域で大規模な山狩りを行う。目的はゴブリンの掃討である。知ってのとおり、サイセイ砦から落ちてきたゴブリン一党による畑や人的被害が増大しており、その対策として討伐任務が下った。管理局専属召喚労働者アリアン・セルベントは、全員、この討伐任務に参加すること。これは特務である。君たちに拒否権はない」

 訓練生たちは一斉にどよめいた。覚悟ができていた者は高揚し、覚悟のない者はうろたえ、予測していた者は仕方なく納得し、予測もしなかった者は悲観にくれた。

「本日はその準備期間とし、すべての訓練を中止とする。このあと装備の支給を行うので野外訓練場に集まるように。以上」

 連絡を終え立ち去ろうとする所長に、挙手をして質問をぶつける者がいた。

「すいません! オレはセルベントじゃないので参加しなくてもいいんですよね?」

 彼のように新制度開始前から訓練所に入所しており、かつセルベント契約を結んでいない者も存在した。訓練途中で追い出すわけにもいかず、基礎講座が終わるまでは残留を許されていたのだ。また、一般職技能を学んでいた召喚労働者もわずかにいる。

 所長は舌打ちした。なんでそんな役立たずがいるのだ、と言外で語っている。

「……セルベントのみだ。違う者は好きにしろ」

 所長は憤慨して出ていった。

 「行くのはいいけどよー」マルがフォークで皿を叩く。

「オレ、スキル一個もねーぞ? まだ魔法を覚えてねー」

 彼は魔術師コースの基本座学をどうにかクリアし、実技に移ったばかりであった。魔力制御を習いはじめ、そこですでにつまづいてた。

 マルのようなセルベントは他にもいる。彼らは一様に頭を抱えていた。

 ルカも魔術師・戦士コースの基本講座を終えているとはいえ、スキルは一つも習得していない。

「マルは実戦経験があるだけマシだよ。今回は経験値稼ぎと割り切ったほうがよさそうだね」

「どうだかな。この調子だと最前線に送られそうだぜ?」

「それもありえるね」

 ルカはそれはそれでいいと思っている。楽しそうだ。

 訓練生たちが諦めと興奮に包まれながら席を立っていく。二人もそれに続いた。

 およそ40名のアリアン・セルベントは、野外訓練場で整列した。

 所長のほか、主だった講師が居並ぶ。

「まずはおまえたちに制服を支給する。名前を呼ばれた者から取りに来い」

「制服?」

 訓練生たちが当然のようにザワつく。

 所長はとりあわず、次々と名前を呼んでは麻袋を手渡していった。

 列に戻ると、訓練生は我慢できず中を覗く。灰青色ウィンタースカイを主彩にした、長袖ジャケットとズボン、ベレー帽が入っていた。本来はさらにロング・コートが支給されるはずであったが、生産が間に合わなかった。

「外出時は制服を着用すること。また、標準装備として長靴と短剣も支給する。それ以外の戦闘装備も別途支給するが、セルベントを証明する印があれば個人での持ち込みも可とする。セルベントの特務以外の作業にあたるときは私服も許可するが、その場合も必ず階級章を見える場所につけておくこと」

「階級章?」

 マルがルカのほうを見る。

「これのことかな?」

 ルカは制服の入った麻袋の底から、金属のバッヂを見つけた。赤い四角いプレートにギザギ王国の簡易紋章が彫られている。

「アリアン・セルベントには従来の就労レベルとは別に、階級が与えられる。当然、階級が高い者が強い権限を持つ。また、一般の召喚労働者サモン・ワーカーに対して、セルベントは上位者として位置づけられる。それに加えて、階級が一つ上がるたびに1スキルの無償受講が可能となり、年金額もアップする。すべては君たちの活躍しだいだ。一層、励んでもらいたい」

 セルベントたちは興奮した。やりがいも出てくるというものだ。その中で、ルカだけが冷えきった目をしていた。

「こうやって人を縛るのか……。効果的だけど、好きにはなれないな」

「おい、なにブツブツ言ってんだ? 鎧の体合わせにいこうぜ」

 マルに呼びかけられ、ルカは自分の殻から抜けた。

 後背の空間に、大まかなサイズで分けられた鎧が用意されていた。本来、鎧もリーバ作のオーダーメイドの予定であったが、手が回らなかったために既製品の修正で凌ぐこととなった。材質は硬革ハード・レザーで、個人ごとの整形後に樹脂によるコーティングが施される。胸と背中、首、肩周りが覆われるタイプで、最低限の防御域しかない。

 体合わせといっても、装備者の腕や首などの動きを疎外しない程度の修正をするだけだ。窮屈すぎる鎧では動きが鈍る。逆に、稼動域を気にして削りすぎては防御力が落ちる。その見極めに職人の腕が試される。長年、武具を作り続けてきた職人はともかく、親方と共にやってきた新人のホリィには難度の高い仕事だった。

 親方のたっぷり三倍以上の時間をかけて、ホリィはようやく一人目を終えた。

 二人目はマルだった。男性向けの最小サイズでもダブついている。

 ホリィは首元から背中へ手を突っ込む。「うへぇぁ!」とマルが過敏反応を示し、指が挟まった。

「ちょっと、動かないで!」

 いったん指を抜き、怪我がないか確認する。

「いきなり手を入れっからだろ!」

「こういう隙間を失くすためにやってるのっ。こんな締まりが悪いので戦いたいの?」

「……よろしくお願いします」

 マルは反抗をやめた。

「ちょっと腕を振ってみて。……そう。次はジャンプ」

 マルは言われたとおりに動いた。ホリィは注意深く観察し、メモを取っていく。

「はい、ストップ。そしたら腕を水平に上げて、ジッとしてて」

「ン」

 カカシのように硬直するマルを中心に、ホリィはグルグルと回る。ところどころ立ち止まり、鎧に赤インクでラインを引いていく。

「オッケー、鎧を脱いで」

 指示どおり、マルは肩パットを外し、両脇腹にある三本のベルトを解いて脱ぐ。前後分割型で、肩パットは背面側にリングでとまっており、着た後に前側をベルトで締める造りだ。一人でも着脱できるように考えられていた。

 ホリィは受け取った鎧を、前後パーツ共につなぎ目に沿って15ミリずつ削っていく。もともとサイズ修正がやりやすいようにベルトの縫いつけ位置には余裕を持たせてあるので、多少削ってもベルト本体を付け直す手間はない。

 カットが済むと、用意しておいた火鉢に近づき、差し込んであった鉄棒を大きめのやっとこ(・・・・)で引き抜く。その高熱を帯びた鉄棒で、作業台においた前後二枚の革鎧をあぶる。触れないように気をつけながら満遍なく熱気を当てる。革の臭いが漂うと鉄棒を火鉢に戻し、急いで鎧の両脇を押さえた。全体的に幅が締まる。

 形が整うと、マルにもう一度着てもらう。余裕はあるが、ダブつきはない。腕や腰の動きも問題なさそうだ。

 確認が済むと、また外して作業台に並べた。

 削った断面に特殊な糊がついた細長い革を被せ、触りをよくする。さらに薄くコーティング剤を塗り、完成だ。

「二時間はそのまま乾かしておいて」

「ありがとな!」

 渡された鎧をマルは喜んで受け取る。礼の言葉も明るく大きい。

 次はルカの番だ。彼も細身なので、マルと同じような処理が必要となった。

「キミは召喚労働者サモン・ワーカーだよね?」

 作業中にルカは質問した。

「わかる?」

「そりゃ、顔つきがマルマ(こっち)の人と違うし」

「そっか。そうだよねぇ」

 ホリィは笑った。

「職人の道を選んだのかい?」

「うん。あたしは職人こっちがいい。でもキミも、パッと見は戦闘向きってカンジじゃないね」

「ん~、戦いが好きかと言われれば違うかなぁ。でも、目的の妨げになるならやらないとね」

 「意外と好戦的だ」ホリィは最後の仕上げを施し、銀髪の少年に命を守る力を与えた。

「がんばりな」

「ありがとう」

 二人は微笑んで別れた。

 ホリィの次の客は、巨体の持ち主(イソギンチャク)だった。

「お、親方ァ、超サイズ・オーバーなんですがぁ!」

 ホリィの職人道はまだまだ険しそうだった。

 制服、鎧、長靴、短剣と支給品を受け取り、次は短槍と中型の長方形盾、革製の兜が押し付けられた。戦闘用装備が一揃い手に入ったわけである。

「槍かぁ……。いい思い出がねェ……」

 マルがボヤく。ゴブリン・シャーマンに槍ごと倒された記憶が離れない。

「でも、集団戦闘ではこれほど頼りになる武器もないよ」

 ルカが舞うように振り回す。槍の扱いは得意だった。

「まともに使ったことないんだけど、突けばいいのか?」

「そうだね。振り回すだけでもリーチを考えれば威嚇にはなるけど、場所によっては自滅するからね。あとはそうだな、『振る』よりも『払う』のを覚えたほうがいい」

「はらう?」

「あまり力をこめて大きく振るんじゃなくて、箒で掃くように、こう……!」

 ルカの槍がマルの足元を狙って突く。慌てて飛び避けようとしたところ、今度は軽く払った。刃にはカバーがあるので切れはしないが、バランスを崩して転んだ。

「テメェ!」

「ごめんごめん。でも、わかったろ? けっこうあっさり転ばせられるんだ」

「なるほどな。武器によって戦い方を考えなきゃダメってことか……」

 「いや、それが普通だから」ルカが苦笑いする。

「槍はリーチがあるから足元への攻撃も楽にできる。攻撃に迷ったら足を狙うといいよ。さっきのマルみたいに、慣れてないと慌てるから」

「へいへい、そーするよ」

 マルはふてくされた。

 鎧の体合わせに手間取り、全員に装備が行き渡るころには午後を大きく回っていた。

 遅めの昼食のあと、彼らはセルベントの制服に着替えて野外訓練場に再び整列する。

 所長は満足げにうなずいた。服装が統一されているので観ていて気持ちがいい。着ている側も、心身ともに引き締まるようだった。

「顔つきまで変わったようだな。ここからは備品について説明をする。説明後、各自、忘れずに回収するように」

 そう語る所長の前には、いくつもの木箱が等間隔に並んでいた。列の先頭にいる者には見えているが、中身は箱ごとに異なる。

「まず、呼子笛よびこぶえ。吹けば大きな音が出る。近場にいる仲間に居場所を知らせたり、危険を教えたりする。吹き方のパターンについては備品マニュアルを読め」

 所長が木箱から一つ出して吹いた。想像どおりのうるささだった。所長はその使った笛を木箱に戻さずポケットにしまったので、皆、一様にホッとした。

 次に彼が手にしたのは、掌サイズの筒だった。

「これは個人用の信号弾だ。特定の呪文で、赤線の引いてある側から甲高い音とともに光が上がる。緊急のさいに使え。怪我で動けないときや、敵がいるときなどだ。遠くにいる者にも気付いてもらえる。発見した側は距離を考えて行動しろ。あまりに遠い場所のときは他のメンバーに任せていい。それとこれとは別に、小隊専用の信号弾もある。色によって連絡内容が異なるから、マニュアルを熟読しておけ」

 赤線を上にして呪文を唱える。ロケット花火のような音とともに光が上がっていった。

「次はコンパス。知っているか? これは常に北を指す素晴らしい道具だ。使い方はマニュアルを見ろ」

 「コンパスくらい知ってらぁ」とマルがボソッとつぶやく。武術講師のフィレオには聞こえたが、所長には届かなかったらしい。フィレオはわざわざ注意するのもどうかと放置した。

「照明石。灯りだな。これも簡単な合言葉で所持者の魔力を借りて発動し、一度点灯させるとおよそ三時間持つ。一人2つずつ持っていくように」

 所長が掲げたそれは、小石ていどの大きさの黒いガラス玉のように見えた。

「次は医療キットだ。中に傷薬や解毒剤、鎮痛剤や包帯などが入っている」

 二つ並んだ木箱から、その白いケースを見せた。フタは開かなかったが、内容物は所長の言葉どおりだろう。

「最後が水筒だ。水は貴重だからな。必ず明日の朝、汲んでから行くように」

 所長はホーム・ポジションに戻った。

「これらの道具をそこのカバンに詰めていけ。そのカバンもセルベント特注だ。それと出発前には携帯食も支給される。では、明朝6時にここに集合だ。制服ではなく、戦闘装備だからな」

 訓練生の「はいっ」という返事を聞き、所長は満足げに解散を告げた。

 訓練生たちは列をなしてセルベント専用カバンに備品を拾い集めていく。カバンは厚手の革製で、リュックにもショルダーにもなるタイプだった。大きめに作られており、備品を入れたくらいではスカスカだった。左右2カ所と上部にフックが付いており、試しに盾の取っ手部分をかけると具合がよかった。

「ルカ、相談があんだけど」

 すべての備品を集めて宿舎に戻る途中、マルは声をかけた。ルカは珍しく神妙な少年にいぶかしみつつ、「なんだい?」と訊ねた。

「魔法の手ほどき頼めねぇかな? ぶっちゃけ、このまま山狩りに行っても以前と大してかわんねーし、せめて魔法の一個も覚えて行きてーんだよ」

 言葉遣いは悪いが、表情は真剣だった。

 ルカは少しだけ考え、承諾した。

「けど、手ほどきと言っても何をすればいい? ボクは結局、魔法を一つも覚えてないんだけど」

「基礎実技講習は終わらせてるんだろ? そのコツが知りてーんだ。感覚でわかるっておまえは言ったけど、ぜんぜんわからねー」

「ふーん……。とりあえず、荷物を置いたら演習場に集合で。そこで話を聞くよ」

「悪いな、恩に着る」

「いいよ。どうせ明日まですることもないし。本当なら、裏匠コースを受けるはずだったんだけどなぁ」

「あれって必要か? 戦闘には役に立たないだろ」

「そうでもないよ。気配を消したり感じたりは、戦闘においてもアドバンテージになるからね。他にも身のこなしや、裏の知識はどこで役立つかわからない。無料なんだからマルも受けておいたほうがいいと思うよ」

「そこまで余裕ねーよ」

 マルは、自分がルカほど優秀ではないのを知っている。どれも満遍なくこなせるとは思っていない。

 ルカも強く勧めるつもりはないので、「じゃ、演習場で」と宿舎の階段で別れた。

 ルカが普段着に着替え、魔法演習場に入ると、マルがすでに待っていた。彼だけではなく、明日の山狩りに不安を覚える魔術師コースの面々が10人以上いた。実技講師のグラコーもおり、訓練生に指導をしている。熱心なのか、懇願されたのかはわからないが、講師がいるのなら出番はなさそうだ。

「マル、先生がいるならボクは必要ないだろ?」

「こんだけの生徒がいたら一人に長くかまってられないだろ。それに、先生に習ってもよくわかんねーんだ。だからお前に頼んだんだよ」

「そう? じゃ、やるけど、ボクは説明がヘタだよ?」

「かまわねーよ。独りで悩むよりマシだ」

「マルのそういうところ、ボクは好きだな」

「そんなとこ褒めなくてもいいんだよ。とにかく魔法を使わせてくれっ」

 「必死だなぁ」ルカは苦笑いする。

「それじゃ、基本の魔力制御マナ・コントロールをやってみてよ」

「あー……」

「……もしかして、そこから?」

 マルがうなずく。

「だって、マナってなんだよ!? そんなのオレにあるのかよ!」

 マルが強く訴えかけてくる。

 あまりの迫力にたじろぐルカだが、それでわかった。マルは魔法を否定しているのだ。それではいくら訓練しても使えるわけがない。

「マル、常識で自分を縛っていたら魔法は使えないよ」

「……なんだよ、それ?」

「魔法はあるんだよ。魔力マナも霊素もあるんだ。どこかにではなく、自分の中にあるんだよ。まずはそれを認めないと、キミは魔法を使えない」

「……」

 マルはしょげた顔をした。外見相応の子供のような顔だった。

「『あるかも』とか『ありそう』とかもダメ。『ある』って信じないと。キミ自身が否定したら、キミの体は応えてくれないよ」

「……ンなこといってもよぉ。今まで見たことも聞いたこともねーもん」

「今までね。でも、今は知っただろ? あるんだよ、この世界には。キミのなかにも」

 ルカがマルの胸を軽く押した。マルは触れられた部分が熱くなった気がした。

「それでも難しいなら、マナは血液だと思えばいい。実際、マナを感じると血流を想起させる。体中に巡っているのがわかるんだ。血の流れを感じたいと念じてみて。それが実はマナなんだ」

 ルカは一歩引いて脱力した。マルもならう。

「目を閉じて、心臓の音を聴いて、ゆっくり呼吸して、体に血液が巡るのを感じてごらん」

「……」

 血の巡りはわからないが、他の三つはマルにもできる。

「マナは、あるよ」

 ルカの静かな声。

 瞬間、マルは体が痺れるような感覚に襲われた。何かが体内を巡るのを感じた。形のない、無限色の何かが走っている。

「マナはある。キミの中にあるんだ」

「マナは、オレのなかにある……」

 つぶやいた先に、脳を貫くような光があった。マルは確信した。自分にもマナがあるという事実を。

 マルは目を開く。正面に講師のグラコーがいた。

「……これは驚いた。見事なマナの制御だ。きのうまでとは別人だ」

 グラコーは笑顔でマルの肩を叩いた。

「せんせー……」

 うっすらと涙が浮かぶ。座学は最下位でクリア、実技もうまくできなかった彼は、本気で魔法習得をあきらめようと思っていた。

「そうか、オレの指導が間違っていたんだな。異世界人である君たちは、マナや霊素を信じきれないんだ。まずはそれを教えることからはじめるべきだった。常識に捕らわれていたのは、オレのほうだったんだな」

 マルマで生まれ育ったグラコーには、マナや霊素は当然のことわりだった。『疑う』こと自体が信じられないのだ。そこに無理やり手順だけを教えても、うまくできるわけがない。なぜ多くの訓練生が魔力制御でつまづくのか、ようやくわかった。

「いや、勉強をさせてもらったよ、ルカ。ありがとな」

 グラコーはルカの肩をバンバンと叩いた。魔術師だが、ノリは体育会系である。だからこそ実技講師に選ばれたのであるが。

「よし、マル。マナの制御ができたなら、実際に魔法を使ってみろ。要は同じだ。使うべき霊素はおまえの中にある。それをうまく組み合わせて形をイメージするんだ。そのためのサポートをする呪文もある。ゆっくりでいい、落ち着いてやってみろ」

 グラコーはルカのときのような呪文ナシを強要しなかった。ルカは天才であって、他の誰の参考にもならない。もしここで強要して失敗でもすれば、築いた自信はあっさりと砕ける。まず、自信を持たせることが大切だった。

「これっすか?」

 実技教本の最終項にある、【光】魔法のページを開く。そこに発動させるいくつかの方法が書かれていた。一番目に、呪文詠唱の解説がある。

「そうだ。さっきのようにマナを感じつつ、ただ読めばいい。呪文とは呼吸法だ。その呼吸がマナと霊素を自然にコントロールする。大事なのは二点。けして焦るな。それと、光のイメージを忘れないこと」

 グラコーの指導は駆け足すぎるのではないかと思いつつも、マルはすでにやる気になっていた。もともとお調子者である。偶然であろうと、実力であろうと、魔力の安定制御ができたのだ。ならば、魔法だってできないわけがない。それは思い込みだとしても、この際はもっとも大事な要素であった。

 ゆえに、マルはあっさりと掌に【光】を作った。

「お、おー!?」

 マルは自分で驚く。熱くも冷たくもない光の球が掌に浮かんでいる。軽く振っても離れない。試しに思いきり投げたら壁に貼りついた。それでも光を失わない。

「できちゃったよ! ルカ、オレ、できたァ!」

「だから言ったろ? 感覚がわかればマルならできるって」

「おー! すげぇぞ、オレ! 魔法が使えちまったァ!」

 はしゃぎまわる黒髪少年に周囲が注目する。一番のおちこぼれであったマルが、この中でもっとも早く基礎講習をクリアしてしまったのだ。

「マル、よくやったな。基礎講習はこれで終了だ。おめでとう」

「あざっす! ホントに、ありがとーございました!」

 グラコー講師の言葉を受け、マルは笑顔で涙をこらえた。

「この後は実際の魔法を習得できるが、どうする?」

「もちろん覚えます! まずは【火炎弾】をお願いします!」

「わかった、魔術書を持ってこよう。ここで待っていろ。他の者は、ルカやマルに聞いて魔力制御を完成させろ。マルにできたことがおまえたちにできないはずがないからな」

「ひでぇ……」

 グラコーが演習場を離れると、他の訓練生が二人に群がった。教えを請われ、ルカは面倒臭そうに、マルは興奮して要領を得ない回答をする。それでも元がマルよりも優秀なので、半数はすぐにコツを掴んだ。それは簡単に言えば、『できると思えばできる。できないと思えばできない』とそれだけだった。これをニンニンやショウが聞けば、苦笑が漏れるところであろう。

 残り半数のできない組の原因は単純明快だった。マルというおちこぼれができてしまったため、焦っているのだ。反感すら覚える彼らは、素直に他人の忠告を聴こうとはしない。

「おちこぼれの偶然なんかに頼れるかよっ」

 そう口にする者もいた。

 ルカはため息をつくが、反論も忠告もしない。それを彼が望むとも思えないし、そもそも関わる義理もない。困るのは最終的に自分なのだ。

 が、マルは違う。気に入らなければ文句もいうし、必要ならケンカも辞さない。逆に、本当に困っているなら見捨てたりはしない。

「おちこぼれってのは本当だからバカにすんのはかまわねーけどよ、今、困ってんのはおまえだろ? オレの忠告なんざ聞く必要もねーし、アテにもならねぇ。ましてやオレだって教わった側だ。偉そうにはいえねーけど、一つだけ言っとくぞ」

 マルは彼の胸倉を掴んで引き寄せた。

「オレのことを馬鹿にしながらやってたって魔法は使えねぇよ。魔法ってのは自分の中にあるもんだ。ただ単純に使いたいと思えよ。願えば叶うところに、オレたちはいるんだ」

 マルは彼を解放し、戻ってきた講師のグラコーのもとへ走っていった。

 掴まれていた彼はその小さな背中を睨み、眺め、見つめ、嘆息した。その一息は長く、頭をカラッポにする。そして、一からやり直した。結果は、確実に伴う。

 マルは下位攻撃魔法【火炎弾】の呪文を手に入れた。が、習得(スキル化)には時間がかかった。結局、深夜になってようやく成功したため、二つ目の魔法は後日に持ち越しとなった。

 また、同時に訓練を受けていた者も次々と基礎講習課程を修了し、本格的に魔法を覚えた。アリアン・セルベントとして、それぞれが最高のスタートを切る。

 明けて翌日、ゴブリンとの戦争がはじまる。

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