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召喚労働者はじめました  作者: 広科雲
19/59

19 ハンティング

 ギザギ十九紀14年7月21日、召喚されてから19日目の木曜日、ショウは久々に寝坊をした。疲れやストレスが溜まっていたのもあるだろうが、周囲を気にせず一人でゆっくりベッドで眠ったのはこの世界に来て初めてである。いろいろと考えるべき事柄があり寝つきは悪かったが、一度眠りに落ちるとこの時間まで身じろぎ一つしなかった。

 体調はすこぶるよい。仕事にもいけそうだった。窓から時計塔を覗くと朝の9時。探せば何か見つかるかもしれない。

 が、ショウはすでに予定を立てている。身支度をし、扉を開けた。

 足元に紙片があった。日本語で『仕事いくね。夜、管理局で』と可愛らしい字で書かれていた。おそらくシーナだろう。その紙をポケットに入れ、宿の一階に降りる。

 一階は酒場でもあるが、規模は小さく、あくまでオマケ程度であった。本業は召喚労働者サモン・ワーカー向けの素泊まり施設だ。このあたりでは珍しい四階層の建物で、二階が四人部屋のみ7室、三階は二人部屋と四人部屋が半分、四階が一人部屋と二人部屋で構成されている。エレベータがないので最上階まで上がるのは大変だが、そのぶん静かで落ち着ける。各フロアに男女別のトイレがあるのも便利で好印象だ。

 料金は前金で支払っているので、ショウは鍵を返却して宿を出た。

 空が少し澱んでいる。西の方角は雲が厚く、おそらく雨が降っているのではないだろうか。

「ブーツも必要かな」

 普通の靴では雨水が染みるのは防げない。それに厚手であれば、それだけでも防具になりうるはずだ。近いうちに買おうと思った。

 ショウはコープマン食堂で朝食をとったあと、異世界人管理局へ向かった。

 管理局の両開き扉を開く。ほとんどの召喚労働者が仕事に出ているの時間なので、窓口にはツァーレ・モッラがいるだけだ。

「おはようございます」

 声をかけるとツァーレは書類から顔を上げ、「おはようございます」と笑顔を浮かべた。朝稽古に励む召喚労働者の治療からも解放され、本来の職務に精励できているようだ。もっとも、本当の意味での職務は光の神(シャイネ)の神官なのだが。

「聞きましたよ。診療専門の方が入ったそうですね」

「はい。治癒魔法だけではなく整体医療もできる方で、みなさんのサポートにがんばっていただいています」

「その人も神官なんですか?」

「いいえ、お医者様です。管理局で医療技術者を募集したんですよ。ふがいないことに、わたしが連日、倒れてしまったものですから……」

 ツァーレが申し訳なさそうな顔をした。

「そんなことないですよ! ツァーレさんは立派でした。ただ、いくらなんでも患者が多すぎたんです」

「それを救うのが神官たるわたしの役目ですのに……」

 ショウのフォローもむなしく、彼女はさらに落ち込んだ。これは生半可では復活しないと踏み、ショウは本来の目的に話題を戻した。

「ところで聞きたいんですけど、民間異世界人組合ギルドってどこにあるんでしょうか?」

 「え……?」ツァーレは先ほどよりもさらに暗い表情になった。

「ショウさん、もしかしてギルドに移られるのですか?」

「いえ、違います。むこうに知り合いがいまして、どうしても話がしたいんです。でも住んでるところがわからないので、ギルドにいけば会えるかなって……」

「本当ですか? 牢屋の件でお役に立てなかった管理局を見限り、ギルドで生きていこうと……」

「ないですってば! ここの皆さんにはずいぶんお世話になってますし、仲間もいます。それにオレ、まだレベル3ですよ? 一人立ちなんて無理です」

「そうですか、よかったです」

 ツァーレは安堵した。

「でも、ギルドってそんなにダメなところなんですか?」

「そうですね、組織としては、その意義も運営も間違いではないと思います。ですが、自由な活動を認めているせいか、犯罪に走る方が多いのも事実です。異世界人管理局としましては看過できません」

「ならたぶん、オレはギルドに染まるようなことはないと思います」

「はい、信じます」

 ツァーレは笑顔を浮かべた。ショウは一瞬で真っ赤になる。

「あの、それで、ギルドの場所、教えてもらえますか?」

「あまり教えたくはないのですが、仕方ありませんね」

 ツァーレは白紙のメモを一枚とり、簡単な地図を描いた。

「こちらです。……ですがくれぐれもパーザさんには見つからないようにしてください。きっと怒られますからね」

 小声で忠告してくる彼女に、ショウは素早くメモを隠してうなずいた。周囲をうかがうが、パーザ・ルーチンの姿はない。

 ショウはツァーレに礼を述べ、外へ出た。

 ギルドのある外区へ行くためには、第二防壁の南関所を越えなければならない。関所では通行許可証の提示を求められ、兵士たちはショウの身分を確認して露骨に嫌な顔をした。しかし実害はなく、ショウも余計な言動はとらずにさっさと通過する。背中に強い視線を感じた。

 外区の地図を片手にギルド本部を探すショウはおのぼりさんそのもので、そんな場慣れしていない少年にガラの悪い若者たちが眼をつけた。

「おぅ、にいちゃん、迷ったのかい?」

 ショウは面倒ごとに巻き込まれたと直感した。だが、退いても脅えても仕方がない。いっそ開き直って彼らに訊ねた。

「ギルドの場所が知りたいんだけど、わかりますか? ブルーって人を訪ねてきたんですが」

「ブルーさん? またかよ……」

 若者たちは顔をしかめた。彼らは以前、彼の知り合いの女性に絡んで痛い目を見ていた。

「チッ。むこうだよ。とっとと行け」

 ブルーの名でここまで態度が変わるとは思ってもおらず、ショウとしては虎の威を借りたようで情けなくもあった。ともかく解放されたのだからと目的地へ急ぐ。

 彼らは正直であったらしく、それらしい建物が眼についた。鎧姿の人間が出入りしているので間違いはないだろう。

 ショウは意を決して扉を開いた。

 扉近くのテーブルについていた男女三人組がショウに気付いた。

「ずいぶん弱っちそうなのが来たな。ギルドに入るにゃ、まだ早いんじゃないか?」

 一人の男が言う。それにはショウも同意であるが、そもそもの用向きは違った。

「すいません、ここにブルーって人、いませんか?」

 「ブルー?」問われたほうは同じテーブルにつく仲間と顔を見合わせた。

「おまえ、ブルーの知り合いか?」

「はい、いちおう……」

「いちおうってなんだよ? まぁいい。今日は見てないぜ。来るとも限らないがな」

「そうですか……」

 ショウは肩を落とした。仕方なくギルドを出ようとしたが、先の男のほうは解放する気がないらしい。

「おい、人に物を訊ねてそのまま帰ろうってんじゃないだろうな?」

 男は足で進路を塞いだ。

「あ、そうですね。すみませんでした。教えていただきありがとうございました」

 深々と頭を下げる。

「いや、そうじゃねーだろ……」

 まさかの天然物に、男も調子が狂う。

「酒くらいおごっていけってことだよ。情報は無料タダじゃねぇ」

 テーブルに着く別の男が言った。ショウは「ああ」と得心した。これぞファンタジーRPGぽいと、少し感動していた。

「すみません、気が利きませんでした。どうぞ一杯ずつ頼んでください」

 少年がニコやかに勧めると、テーブルのパーティがまた顔を見合わせる。

「……なんか調子狂うな」

「なんだろう、忘れていた自分を思い出させるんだけど」

「絡みづらいわぁ……」

 素直過ぎる若者にギルド・メンバーがこめかみを押さえる。ここで普通なら勢いよく盛り上がるか、ケンカになるべきなのだ。

「……あー、もういいや。帰んな。ブルーが来たら客が来たって言っといてやるから。おまえ、名前は?」

「ショウです」

 「あ?」男たちの顔がこわばる。

「おまえ、こないだハリー・ガネシムにケンカ売って牢屋行きになったって噂のショウか?」

「はい、そのショウです」

 その声が聞こえたのか、ショウは周囲のテーブルからも注目を浴びた。さらにそれが輪を広げ、酒場内全員の眼が少年に突き刺さる。

「……そんな度胸があるようには見えねーな」

 ほぼ全員の感想である。ショウは笑うしかない。

「だが面白いサカナには変わりねぇ。少し付き合え」

 男がショウの腕をとり、無理やり椅子に座らせた。

 ショウはどうしたものか考えたが、ブルーに会えなければやることもない。ここで待つのも悪くない気がした。

 が、それも未遂で終わる。

「オレの客をとるな」

 少年の背後にブルーがいた。扉が自然に閉まる音。たった今、来たのだとわかる。

「なんだよ、少しくらいならいいだろ?」

「レベル一桁にたかるな。サイフを空にさせる気か」

 ブルーはショウの襟首を引っ張り、奥へと連れて行く。テーブルではブーイングが起きていた。

 裏口に近い一番奥のテーブルに二人は落ち着いた。

「で、なんだ? まさかギルドに入りに来たわけでもないだろ?」

「違います。ちょっと相談というか、聞きたいことがありまして……」

「おう」

 ブルーがうながしたので、ショウは話そうとした。しかし、その横にいつの間にか白い服の少女が立っていた。

「狩りの時間」

 魔術師のピィが、感情のない表情でブルーを見ていた。

「あ? もうそんな時間だったか? 悪いな、ショウ。こっちの約束があってよ」

「そうですか……。すみません、突然来まして。また出直します」

 ショウは残念そうに立ち上がった。

「ピィさんもごめんなさい。お邪魔しました」

「別にいい」

 ピィは気にしたふうもなく、ショウに道を譲った。

「いや待て。おまえ今日、暇か?」

 ブルーに呼び止められ、ショウは振り返った。

「はい? 暇ですよ。仕事も受けてませんし」

「なら付き合え。そのついでに話も聞いてやる」

「それはいいですけど、どこへ行くんですか?」

「ちょっと森にな。ただ、ついてくるなら自分の身は自分で守れよ」

「なんか怖いんですけど」

「ならやめとくか? どっちでもいいが、オレが誘うなんてもうないと思えよ」

「そう言われたら断れるわけないじゃないですか」

 ショウはため息をついた。

「よし、それじゃ行くぞ。ピィもいいな?」

「無関心」

 ピィは本当に無関心に答えた

「となればショウの装備だな。おまえ、自前はあるのか?」

「鎧と兜と脛当ては。武器と盾はないです」

「なんだそりゃ。普通はその逆が揃ってるもんだろ」

「全部もらい物なんですよ。自分で買う余裕なんてありません」

「ま、そうだよな。しょうがねぇ、倉庫行くぞ」

 ブルーはさっさと歩き出し、ピィとショウが続いた。

 ブルーが向かった先は、ショウも借りている賃貸倉庫屋だった。

 彼がここに鎧があると告げると、ブルーは持ってくるように指示した。ショウは五分で装備完了して戻ってきた。

「初心者にしちゃ充分だ。そしたらついて来い」

 ブルーが倉庫屋の一階・奥へ進む。彼は三部屋借りており、うち一つを開放した。中には武具が所狭しと詰まっている。

「こんなにあるんですか!?」

「気がつくと溜まってたんだよ。たおした相手の物を拾ってきたりな。……これでいいか。やるから持ってけ」

 ブルーは鋼の剣をショウに渡した。鞘まである立派な物だった。

「いや、悪いですって。なんかいろんなところからもらってばかりで、申し訳ないくらいなんですから」

「素手で行くつもりか? それに倉庫にあっても使わねーんだよ。邪魔だからおまえが使え。いらなきゃ後で管理局のガラクタ置き場に捨てていい」

「ガラクタ置き場、知ってるんですか?」

「当たり前だろ。オレも昔は世話になった。……そうか、あそこにいらない物をブン投げとけばいいのか。そうすりゃ倉庫が二つ空く」

 ブルーは自分のアイデアに首肯した。

「それじゃこれ、ありがたくもらいます」

 廃品を押し付けられたと思えば気が楽になった。が、実際には良い品だとわかる。新品なのか磨きなおしなのかは不明だが刃こぼれ一つないのだから、大切に扱われてきたのだろう。

「おう。あと盾もいるな。小・中・大・特大、どれがいい?」

「あまり重くない中型があれば……」

「お、好みを混ぜやがったか。……そこに掛かってるのでいいか」

 ブルーは部屋に踏み込み、腕を伸ばしてそれを取った。正方形の木製盾で、外縁と中央付近が薄い鉄板で補強されている。

「よし、それでいいな?」

「あの、もらっておいてなんですが、オレ、剣を使ったことがないです」

「ならこの機会に覚えろ。いつも武器が選べるとは限らないからな」

「……はい」

 ショウは唾を飲み込んでうなずいた。

「ピィを待たせている。行くぞ」

「はいっ」

 その後、三人は水と食料を買い込み、第三防壁の南門から野外へと出て行った。

 南西の森へ向かう道すがら、ブルーは今日の目的をショウに聞かせた。

「ゴブリン・ハンティングだ。群れからはぐれていたり、偵察任務に出ているヤツをしとめる」

「群れ、ですか?」

「ああ。知ってると思うが、最近このあたりに出てくるゴブリンは、北西のサイセイ砦攻略に参加した敗残兵だ。昔から森に住んでいるゴブリンじゃない。敗残兵とはいえ、統制された軍の一部なんだ。規模は意外とデカくて200~300ほどの群れではないかといわれている。だからこそ管理局は討伐報酬まで出しているわけさ。オレたちはそれを狩ってるんだよ」

「300ですか!? そんなのが一斉に襲ってきたら大変じゃないですか」

「だが、不思議と動きが鈍い。機会を待っているのか、それとも別の理由なのか、ともかく大規模な侵攻がない。そのおかげで、こうやって地味に削っていけるわけだがな」

「そういえば、近く山狩りをするという話もあるそうですけど」

「らしいな。いつまでも町の周りをうろつかれたら住人からも不満が出るだろうし、当然の選択だ。もっとも、ナンタンの兵士たちにやる気があるかどうか」

「そりゃ、あるでしょ? 住民のための兵士なんだし」

 ショウの言葉にブルーは呆れた。

「おまえ、実際に目の当たりにしてるクセに幸せな脳ミソしてんな」

「なんです?」

 さすがのショウもムッときた。

「おまえがケンカを売った兵士は、ゴブリンを前に何をした?」

「あ……」

「あいつらはダメだ。いや、全員がとは言わないが、半数はクズだ」

「半数も?」

 ショウは兵士と揉め事は起こしたが、それはごく一部の者だと信じたかった。

「このナンタンてのは、ギザギ国のなかでは平和な町なんだよ。そりゃ、魔物被害もあるが、他の町に比べれば圧倒的に少ない。だから兵士の訓練所も兼ねていて、その中には貴族の子弟も多い。安全な場所で実績(・・)とやらを得るためにな」

「そうなんですか……」

「能力もやる気もない連中ばかりだ。そのくせ仲間意識は強く、上にへつらい、下を見下す。この場合の『上』も、軍階級ではなく家の『階位』のことさ。ヤツらは自分を磨くこともなく、親の権力を笠に威張りくさるんだ」

 ショウはアリアドの話を思い返し、納得を深めた。

「そんな兵士が、他人のためにゴブリンと命がけで戦うと思うか?」

「思いません」

「そういうこった。おそらく山狩りも召喚労働者ワーカーに回ってくるだろうよ。しかも特務とかいって、戦いの経験のない者までかり出してな」

「まさかそこまでは……」

「信じないならそれもいい。オレの知ったことじゃない」

 ブルーは吐き捨てた。その態度に、ショウは一つの疑問を抱いた。

「……もしかして、そういうことがあったからブルーさんは管理局を抜けてギルドに入ったんですか?」

 ブルーはショウを睨んだ。たじろぐショウに、青髪の青年はすぐに正面を向いた。

「オレ自身はそんな大そうな理由じゃない。が、そういうことがあったから、ギルドが造られたんだ」

「え?」

「なぜギルドがあるかわかるか? 管理局が信じられなくなった異世界人たちの逃げ場所として存在してるのさ。もちろん造ったのもそういう人たちだ。彼らは新しい居場所を造るしかなかったんだよ。管理局がまともであれば抜けたりはしなかった」

 たしかにショウ自身にしても、いきなりのレベルアップや無茶な夜勤要請があった。さらにはこの擬似体についても課長クラスが嘘をついている。管理局が真っ白だとは思えない。

「だがな、オレはおまえにギルドへ入るように説得するつもりも、強制するつもりもない。自分の眼で観ていくといいさ」

「そうします」

 ショウは決意を込めた。

「雨……」

 ピィがつぶやいた。ショウたちが空を見上げると、頬に一粒、また一粒と雫が当たった。

「強くなりそうだな。外套がいとうをしっかり羽織っておけ」

 ショウは「はい」と返事をしつつ、首周りのフックを再度確認する。フードもかぶり、飛ばされないように革兜に挟み込んだ。

「雨の中でも行くんですか?」

「むしろ雨がいい。音も臭いも気配も消せる。相手も条件は同じだが、ピィがいるぶん、圧倒的有利だ」

 彼女は心得たもので、森に入るとすぐに魔法を行使した。半径50メートル以内の生物の気配を察知する術である。

「ピィさんて、いくつ魔法を覚えているんですか?」

「たくさん」

「たくさんですか。いくらかかったんだろ……」

 いやらしい疑問だが、気にならないわけがない。この世界では魔法を買って覚えるものだが、単価が高い。ショウなどは、はじめの一つを覚えるだけで数年はかかると思っている。

「金貨2000枚」

「マジっすか!?」

 金額も驚きだが、どうやって稼いだかのほうが気にかかる。

「魔神王をたおした報酬」

「……嘘でしょ」

「うん」

 ピィは何事もないように前を歩いた。

「ピィさんて変わってますね……」

「絶対キャラ作ってるだろ、と探りをいれているんだが、未だに尻尾がつかめねぇ。なかなかのやり手だぞ、あいつ」

「コンビ暦は長いんですか?」

「そんなんじゃない。オレもあいつも基本フリーだ。別のパーティーに応援で入ることのほうが多い。今回は利害が一致したから組んでるだけだ」

「特定のパーティーは組まないんですか?」

「面倒くさい。人数が集まると衝突が起こるだろ? 好きにやりてーんだよ」

「ならリーダーになるとか」

「それこそ面倒だ。他人の世話なんぞ焼いてられるかっ」

 では今のこの状況はなんだろう?とショウは思ったがツッコまない。わざわざ不機嫌にする必要はなかった。

「そういや、おまえの話ってのは何だったんだ?」

 問われてショウは思い出した。

召喚労働者ワーカーには子供ができないって話、もちろん知ってますよね?」

「あ? ああ、管理局で教えられた」

「それをどう思います? 正当だと思いますか?」

「聞いたときはなんだそれと思ったが、正直なところどうでもいい」

「子供が作れる体が買えるという話は?」

「聞いている。金貨10万枚だろ? 現実的じゃないな」

「そうですか……」

 ショウは考え込んだ。ブルーほどの人でもそれを信じているというのは、あの広報課長も真実を知らないのではないだろうか。それこそ、さらに上位者の話をただ伝えていただけではないのか。

「すみません、ピィさんの意見も聞いていいですか?」

「ピィはいずれピヨを産む」

 ピィは真顔で答えた。常に真顔だが、さらに力のこもった真顔に見えた。

 だが、それで伝わるわけではない。ショウは「はい?」と首をかしげた。

「いつか子供を産むって言うんだろ」

「そう」

「ボディを買ってですか?」

「……」

 ピィは答えなかった。

「おい、ショウ、この質問の意味はなんだ? 本当にそれが聞きたくてここまでついてきたのか?」

「はい」

「おまえ、本当はこの話を信じていないんだろ? 何か知っているから、レベルの高いオレのところに来たんじゃないのか?」

 胸倉をつかんでくるブルーの視線からショウは逃げなかった。もともとすべてを話すつもりでいた。その前に、二人がどれだけ真実に近づいているか知りたかったのだ。

「そう疑うのは、ブルーさんも何か知っているからですよね?」

 「こいつ……!」ブルーはぬけぬけというショウに、つい笑みがこぼれた。思った以上にこの小僧は勘が鋭い。いや、態度に出てしまったのだろう。本当にどうでもよい話であるなら、胸倉をつかんで迫ったりはしない。

「……答え合わせするか?」

 ブルーはショウを解放した。少年のほうも「はい」と素直に応じる。

「まず、現状、オレたちは子供が作れない。これはオッケーだな?」

「はい」

「作るには、それに見合う体を手に入れることと聞かされている」

「はい」

「だがそれは嘘で、そんな物はない」

「はい」

「しかし、子供を作る方法はある」

「あるんですか!?」

「ここで食い違うわけか。あまり深くは知らないらしいな」

 ブルーはため息をついた。期待しすぎたらしい。

「方法があるなら教えてくださいっ」

 間合いをつめるショウをブルーは押し返す。

「それはおまえの答え次第だ。なぜ見合う体がないと気付いた?」

「気付いたわけじゃないです。教えてもらったんです」

「誰に?」

「アリアドに」

 「誰にだって?」ショウがあまりにその名前を自然に出したので、ブルーは聞き返していた。先行するピィも足を止め、振り返っている。

「アリアドです。オレたちを召喚した」

「おい、冗談ならやめておけ。その名前はシャレじゃすませねーぞ」

「本当です。オレはきのう、アリアド本人に会いました。牢から出してくれたのが彼女です」

「どうしたらそんなことになるんだ? おまえ、アリアドの特別な何かか?」

「そんなわけないですよ。あのハリーて兵士にケンカを売ったのが面白かったらしくて、相手のオレを観に来たそうです。そこで、子供の話を聞きました」

「……詳しく、一から話してもらおう」

「いいですが、三人だけの秘密です。守ってくれますか?」

「わかった」

 雨の中、三人は大樹の影に座り込んだ。ショウは長くもない経緯をすべて話す。

 聞き終えたブルーは、思ったより少ない情報に不満が残った。ただ、アリアド本人から言質が取れたのは収穫だ。それに異世界人管理局とアリアドの間に乖離かいりが見られるのもわかった。今後、何かに利用できるかもしれない。

「今度はそちらの番ですよ? 子供を作る方法ってなんです?」

「血液を元に生物を造る『生物複製術クローニング』という魔術があるらしい」

「クローニング? クローン人間?」

「ああ。両親の血液を混ぜて使えば、遺伝上は子供になるらしい」

「嘘くさいんですけど、成功例はあるんですか?」

 「ある」ブルーは断言した。

「見たことはないが、今も生きている。けっこうな有名人だ」

「それって誰なんですか?」

「そこまでは言えん。機密情報だからな。それよりももう一つ、方法がある。こっちも非合法だが、魔術よりはよっぽど健全だ」

「それは?」

「その方法はいわずもがなだ。ただ、その前にやるべきことがある。現状を変えること」

「現状を変える……?」

「アリアドが言っていたのはそういうことだ。現状を変えるんだ。何が問題なのか見極め、行動するんだな」

「それがわからないからブルーさんの意見を聞きに来たんですよ?」

「本当にわからないか? 誰が子供を望まないのか、誰がそれをとめているのか、どうすればいいのか、現状とはそういうことだ」

「……」

「アリアドと同じで、オレにはおまえほど必死になる理由がない。だからオレは先陣を切ったりはしない。だが、おまえが走るというのなら、オレは力になってもいい。それだけ覚えておけ」

 ブルーは、ショウとアリアドの会見と、彼自身の得ていた情報を結びつけることで答えを導きだしていた。知っていてショウに教えなかったのは、言葉どおりに熱がないからだ。『現状』を変えるには、多くの支持と情熱が必要となる。その旗印に自分はなれないとわかっているからだ。

「……はい……」

 ショウは納得しきれないまま受け入れた。

「ピィも」

「……ありがとうございます」

 ショウは頭を下げる。よくわからないまま、機械的に。

「さて、話はもういいだろう。体が冷える。進むぞ」

 ブルーは荷物を拾って歩きはじめた。ピィが続き、最後に足取り重くショウがついて行く。

 ショウがはじめてゴブリンと戦った場所を通過した。あのときの死体はもうなかった。仲間のゴブリンが葬ったのか、それとも野生動物に食べつくされたのか、彼には知りようもない。

「そういやおまえ、剣を使ったことがないって言ってたな?」

「あ、はい。ここで初めてゴブリンと戦ったとき、重いカバンで殴りつけたんです。そのときに打撃系の武器って意外と便利なんじゃないかと思って、それ以降は鎚矛メイスを選んでました」

「そうだな、初心者にはお勧めだ。剣とメイスとじゃ、戦い方が違うのはわかるよな?」

「なんとなく。剣は斬るで、メイスは殴る」

 「まぁ、そうなんだが」ブルーは笑った。

「大きく違うのは軌道だ。メイスはその特徴から、基本的には振るしかない。だが、剣はそれに加えて突くことができる。もちろん、メイスで突いてもいいが、一撃必殺とはならない」

「先端が尖ってたら――」

「というツッコミはおいとけ。実際やってみればわかるが、メイスで突きをやるには相当、筋力がいるぞ。元の重量もそうだが、頭部分が重いから不安定なんだよ」

「あ、なるほど」

「それとトドメのさし方も違う。メイスは殴るしかできないから、おのずとトドメも殴打だ。だが剣は必ずしも斬撃だけでは殺せない。鎧を着ている相手にはなおさらな。だから剣でのトドメはほとんどが隙間を狙った突きになる。というか、確実に刺せ。忘れると反撃を食らうからな」

「はい」

「剣は二つの攻撃方法を覚えないと使い物にならない。だから攻撃方法がほぼ一択のメイスが初心者にはいいんだが、それは逆に言えば攻撃の幅が狭いんだ。幅のある攻撃を覚えることで、戦いはどんどん有利になる。余裕があればいろんな武器を覚えろ。強さに直結する」

「一つを極めるのはダメですか?」

「最終的に得物をしぼるのはいいだろう。だが、初心者のうちから考えることじゃない。スポーツ選手じゃないんだ。相手も同じ武器とはかぎらねーだろ。そのとき、自分もその武器を扱ったことがあれば動きを予測できる。それだけで充分、有利だと思わないか?」

 ショウは何度もうなずいた。

「次に盾との相性だ。盾で攻撃を受けとめた場合、反撃に転じることができる。が、ここでも剣とメイスで差が出る。メイスは言ったとおり、振ることでダメージを与える武器だ。しかし、盾で攻撃を受けるということは、そのぶんだけ振り幅を狭くする。これを回避するには、盾を外に逃がさないとならない。わかるか?」

 ショウは正面に盾を構えてみる。そのうえで剣をメイスに見立てて外から内に薙ぐ。たしかに盾が邪魔をして振り切れない。縦の場合はマシだが、これでは攻撃が上下の一択になってしまい、いかにも単調だ。

「これが剣や槍であれば、突く動作の邪魔にはならない。もちろん、技術があれば盾で受けた後に流したり、押さえ込んだりして相手に隙を作り、盾が一時離れても問題ない状態に持ち込めるだろう。ゲームでいえば、『魔魂まこん』シリーズか『振回しんかい』シリーズがイメージしやすいか」

 ブルーが上げたゲームを、ショウは名前しか知らなかった。

「……まぁ、いい。初心者のおまえがゴブリン相手にどうすればいいか、アドバイスだ。ゴブリンはおまえよりよっぽど技量がある。だが、体格はおまえに分がある。武器さえ恐れなければ勝つチャンスはあるだろう。だからまずは盾で相手の武器を隠せ。よほどでなければ隠したところにしか攻撃は来ない。そして盾に衝撃が来たら即座に押し返せ。ダッシュしてもいい。体重をかけてしまえば、体勢からして相手はたたらを踏むか、転ぶしかない。隙ができたら胴体を狙って突け。多少ずれてもどこかに刺さる。一度刺せば、ゴブリンは敗北を悟る」

「そんなうまくいくんですか?」

 訊ねはしたが、思い返してみるとあの夜のゴブリンはそうやってたおした気がする。無我夢中で、考えての行動とは程遠いが。

「試してみるんだな」

 ブルーは無責任に笑った。

 ショウは仕方なく、突く練習をしながら二人について行く。使ってわかったのだが、思ったよりも軽い。直刀の両刃剣で、刃は薄く、幅も広くない。刃渡りも70センチあるかないかで、平均的なロングソードよりも10センチ以上短い。

「この剣、叩き斬るってカンジじゃないですね」

「叩き斬るってのは刃が正確に当たっていないだけで、ちゃんと使えば普通に斬れる剣だぞ。鋼だから強度もあるし、ゴブリン相手には贅沢なくらいだ」

 ショウは意味もなく剣を振ってみる。風切り音が気持ちいい。メイス最高と思っていたが、やはり剣にはロマンがある。

「ピンガーに反応」

 ピィが草むらに隠れた。ショウは意味がわからなかったが、彼女の行動にならってしゃがみこんだ。

「ピンガーってなんです?」

「ようするに何かが近くにいるってことだ」

 ブルーにも意味はわからないようだ。

「おいで、【従魔召喚ホーホー】」

 ピィは魔法で使い魔を召喚し、空に放す。ミミズクの形をしたそれが、雨の中、飛んでいった。

「ホーホーって、魔法の名前なんですか?」

「あの子の名前」

 「え?」と首をかしげるショウに、ブルーが説明した。

「魔法には発動の合言葉があって、自分で名前がつけられるんだよ。だからオレの治癒魔法は【ヒーリン】なんだ」

 『ヒーリン』という名詞は、ブルーが愛するゲーム『ファイア・オニキス2』以降で登場する、治癒魔法の名前である。ちなみにファイ・オニ1には魔法の概念がなく、回復は薬屋で買う傷薬しかない。しかも一度に5個しか所持できず、戦闘中も使えない。

「いいですね、自分でつけられるって!」

「大きな声を出すなっ。戦闘準備だ」

「……はいっ」

 ショウは身震いし、剣と盾を強く握った。

「発見。数6。木の下で雨宿り中」

「近くに他の集団は?」

「いない」

 「そうか」ブルーは立ち上がった。

「正面から行くぞ」

「せっかくのアドバンテージを捨てるんですか?」

「ゴブリン相手にそんなものいらん。伏兵がないのがわかれば充分だ」

「ピィさんの意見は?」

「いくぞーいくぞー仲間ーよー」

 なぜか歌っている。どこかで聞いた曲調だが、ショウは思い出せない。

「ショウは最低2匹はたおせよ。できなかったら晩飯おごりだからな」

「そんな……!」

「いいかショウ、今日はオレたちがいるから余裕に思えるかも知れん。だからこそ自分一人で戦える技術を学ぶんだ。自分にノルマを課し、策を練り、常に冷静に戦え。経験を積むんだ。だから楽はさせねぇ」

「……はい、わかりました」

 ブルーの厳しい瞳に、ショウは唾を飲み込んだ。

「ピィは後方待機だ」

「討伐報酬……」

「オレのを分けてやるよ」

「7:3」

「おまえなっ」

「8:2?」

「増やすなっ」

「……」

 ピィは無表情で後ろへ回った。

「よし、行くぞ。まっすぐ進め。ビビるな」

「は、い……」

 ショウはうなずくのも困難なほど緊張していた。

 後ろからブルーに押され、強制的に歩かされる。地に足が着いていない感じがする。

 一歩進むごとに現実が近づく。自分の意思で戦いへと向かうのだ。今までのような遭遇戦でも、不意打ちでもない。自分が、敵を、殺しに、いくのだ。

 敵とはなんだろう? もっとも不適切な疑問が浮かんだ。これから殺しに行く相手は、本当に敵なのだろうか。ゴブリンという種であるだけで、敵としていいのか。今さら考えることではない。すでに何匹も殺してきている。

 そんな葛藤が少年を冷静にした。襲ってくるのなら敵だ。逃げて行くなら放置すればいい。その後に後悔するとしても、それはそれだ。

 ショウは深呼吸した。どちらでも好きなほうを選べ。選択肢をやる。自分で決めろ。オレはおまえたちの選択に従おう。そう強気に言い聞かせる。

 盾を前に構え、剣を肩口まで上げた。

 ショウの覚悟を感じたのか、すぐ後ろを歩くブルーは薄く笑った。

 最後の草むらを抜ける。

 目の前にゴブリンがいる。まったく気配に気付いていなかったらしく、突然の人間に驚き、慌てて短剣を掴んだ。どうやら一般的サイズの戦士のみのようだ。シャーマンらしきモノはいない。

 雨粒が大きくなっている。外套で弾ける音が強い。フードを伝い、顔にも垂れ、顎から落ちていく。

「来い!」

 ショウはゴブリンに叫んだ。言葉が通じるわけもない。しかし、気迫は伝わる。

 ゴブリンは一瞬だけ硬直し、それから互いに目配せした。ゴチャゴチャと何か言っているが、ショウにはわからない。

「来ないなら消えろ!」

 ショウはまた叫ぶ。

 ゴブリンは気に障ったのか、逃げるどころかやる気になった。そもそも相手は二人きりだ。戦力差を考えれば逃げる選択はない。それに、人間がやたら声を張り上げているのは恐怖からだろう。小さいほうは虚勢を張っているのだ。ゴブリンはそう解釈した。

「盾で受け、刺す。盾で受け、刺す……」

 ショウは繰り返した。となりのブルーは「いきり過ぎだな」と感想を漏らすが、特に何もしない。

 ゴブリンは左右にフラフラと揺れながら、距離を少しずつ詰める。眼は常に相手の挙動をうかがい、隙だらけに見えて油断はしていない。人間側にリーチがあるのはわかっている。一足で飛び込んでくる可能性も頭にある。ゴブリンたちはあきらかに戦い慣れしていた。

「練習相手にはちょっと厳しかったか?」

 ブルーは反省し、右手に長剣を、左手にダガーを握った。

 ショウとブルーにそれぞれ三人がついた。円を描くように広がったため、二人は背中合わせになるしかなかった。これでブルーはさらに援護がしにくくなる。いっそ瞬殺してやろうかとも思ったが、それではショウの経験にならない。

 一方のショウは、状況を冷静に見ていた。まず背後は心配しない。ブルーがいるからだ。となれば、前方の3匹だけを見ればいい。右斜めに1匹。正面やや右に1匹。盾の死角に1匹。ゴブリンも好きこのんで当たりの少ない盾側を攻撃しようとは思わないだろう。ゆえに左の1匹は盾を使わせないための陽動ではないだろうか。この1匹がうるさく盾を攻撃すれば、こちらは盾がないも同然である。その隙に2匹が剣側を攻撃してくるつもりだろうか。その場合、剣でどれだけ攻撃を防げるか、ショウには自信がない。

 ならば、とれる選択肢は――

 ほぼ同じ距離を保ち接近してくるゴブリンに、ショウは大きく横に剣を振った。中央と右のゴブリンが予測していたのか、反射なのか、大きく後ろに跳ぶ。

 剣が的を得られず、体が開く。

 その隙に、盾側にいたゴブリンが距離をつめた。盾で防がれることも見越して、短剣を振り上げ襲いかかる。

 ショウの予測どおりである。

 新米剣士は計画通りに盾を構え、襲い来るゴブリンに向けて地面を蹴った。泥濘ぬかるみに足がとられそうになったが、踏ん張って跳んだ。

 速度はゴブリンがやや速いが、重量は圧倒的にショウに軍配があがる。その質量はゴブリンを軽々と跳ね飛ばした。

 ショウはそこで深追いはしなかった。ブルーの助言に従えば刺すべきなのだろうが、すぐ横に、さきほど退かせたゴブリン二人が迫っていた。三人のうち、誰か一人が陽動になれば残り二人が攻撃に入る。これが彼らの必勝パターンであった。ショウがそれを看破したのはゴブリンの動きが見え透いていたからで、彼が鋭敏であったわけではない。それでも対策を練り、実行したのは勇気ある行動であったろう。

 ショウはもう一度、剣を横薙ぎにした。今度は攻撃するつもりでいたゴブリンは、停止も回避もできなかった。リーチの差が如実に現れる。二人のゴブリンは粗末な皮鎧ともども薄く胸を裂かれ、のけぞって倒れた。傷は浅い。

 ショウは手ごたえを感じる間もなく、声をあげ、二歩踏み込んで真ん中のゴブリンの胸を貫いた。足元から発せられる断末魔の叫びを聞き、周囲を睨む。近づく敵がいないのを確認すると、右側にいたゴブリンに狙いをつける。這いずって逃げようとするのを後ろから刺した。

 はじめに跳ね飛ばされたゴブリンは、荒い息を吐きながら自分を睨む人間に恐怖を覚えた。尻餅をついたまま後ずさる。

 ショウは追いかけようと思えばできた。そして脅えるゴブリンを簡単に殺せたであろう。しかしそれをしなかった。距離ができて、一目散に逃げるゴブリンを見送った。

「甘いな、おまえは」

 ブルーが自分の左手にいるゴブリンにダガーを投げつける。命中し、悶えるそれを放置して右を屠り、中央を貫き、それから左の頭部をカチ割った。

「襲ってこないとやりづらいです」

 答えるショウの頭上を光の弾丸が飛び越え、ゴブリンの消えた草むらに刺さった。「うぎゃっ」という悲鳴が聞こえ、草が揺れた。

「逃がす、ダメ」

 ピィが出てきた。

「ピィの言うとおり、オレたちはゴブリン退治をしてんだ。割り切れ」

「……」

 ショウは情けないほど困惑した顔でうつむいた。

「……わかった、いい。連れてきたのはオレだ。おまえは自衛のために戦え」

 ブルーは頭を振り、舌打ちした。

「すみません……」

「あやまるな。それがおまえのやり方なんだろ? だったらそれでいい」

 ブルーは呆れはしたが、怒りはなかった。自分にも経験があるからだ。

「好きにしろ」

 ピィの言葉は、表情と相まって突き放して聞こえた。本当にそうであっても、ショウは何も言えない。

「だがまぁ、今の戦いは悪くない。無茶な気もするが、少ない選択肢から活路を開くには荒っぽさも必要だ」

「ありがとうございます」

 ブルーに褒められ、素直に嬉しかった。だが、『少ない選択肢』というが、ショウにとってはあれが『唯一の選択』であった。他にどうしろというのだろう?

「さっきやって見せたろ? 敵の剣を巻き上げてから攻撃するんだよ。観てなかったか?」

「はい……」

「そういう技術があれば、一か八かの勝負に出なくて済む。とにかく技を磨くんだな」

「はい……」

 浮かれたのもつかの間、レベル差を突きつけられショウは落ち込んだ。

「ともかくノルマは達成したな。あとは見学しててもいいぞ」

「いえ、援護くらいはさせてもらいます」

「別に必要ないんだがな。まぁ、適当にまかせる」

「はぁ……」

 やる気がどんどん削がれていく。

 それでも巧者の戦いは見ているだけでも参考になった。その後、二度、ゴブリンの小隊を発見し、ともに全滅させた。ブルーが四人、ピィが六人、ショウが一人。ショウの一人は、ピィに襲いかかろうとした相手をサイドから貫いたものである。魔法に集中していた彼女のミスをフォローした形だ。

 雨はますます酷くなる。まだ夕刻には間があるが、ブルーは撤退を決めた。

「ピィのMP(マナ)もそろそろ尽きるだろう。余力のあるうちに帰るぞ」

 ピィもショウも反対しなかった。ブルーですら足を滑らせかけた泥濘ぬかるみである。これ以上は危険度が増すだけだ。

 帰り道、ピィの感知魔法に反応があった。使い魔を飛ばし、ゴブリン五人を確認した。

 ブルーたちは敵を迂回して森を抜けた。帰ると決めた以上、遭遇戦でもないかぎり戦う必要はない。

 三人はギルドで、討伐したゴブリン・17人分の報酬を受け取った。ブルーはショウに銀貨60枚を渡す。

「なんであれ、これがおまえの結果だ。今日の経験をどう活かすかはおまえしだいだ。まずは強くなれ。そうでなきゃ、何もできやしないぜ」

 ブルーはそう言って少年のもとから離れた。装備を落とし、カウンターで酒を飲みはじめる。

「援護感謝」

 ピィが近寄り、一言告げた。

「いえ、こちらこそたくさん助けられました。ありがとうございました」

 ショウが頭を下げると、彼女は「また来い」と言って去っていった。嫌われてはいないようだとわかり、嬉しかった。

 ギルドから帰ろうとしたとき、朝に声をかけてきた男がショウをとめた。この一団は朝からテーブルを離れていないのか、大量の酒瓶に囲まれていた。

「どうだ、ギルドに来る気になったか?」

 赤ら顔でからかう男に、ショウは軽く笑った。

「自分が来るにはまだまだ早いですね。もっと勉強して、よく考えてからにします」

「そうか、がんばれよ」

 男は酒の入ったカップを掲げ、一気に飲み干した。

「はい」

 ショウはギルドを出た。

 そのまま中区へ戻り、ホリィのいる武具屋へ向かった。そこで個人でもできる武具の整備方法を訊き、剣の手入れをした。立派な剣に彼女は驚いたが、出自は訊かなかった。

 その後、再び外区へと入り、倉庫に防具をすべて収める。剣だけは置く気にならず、腰に下げたままだ。練習したいときに手元にないのも不便だ。

 一風呂浴びたいところだが、雨はまだやまない。まだしばらくは濡れ続けるだろうと思うと無駄な気もする。迷ったあげく、やはり風呂へ行った。洗い流したいモノがいろいろとあった。

 少しスッキリして異世界人管理局へ行くと、恒例の報酬清算行列ができていた。その中で受付のツァーレ・モッラがショウを発見し、安心したように笑顔を浮かべた。ショウも自然と笑顔になった。

「ショウ!」

 もう一つの笑顔が近づいてくる。

「シーナ、今日は何をしてきたんだ?」

「今日も畑だよ。でも失敗だったわー。雨が降ってきてさ、泥だらけだよ。だから先にお風呂行ってきた――て、なにその剣?」

「ブルーさんにもらった。あの人、倉庫三つも借りててさ、武具で埋まってんの。邪魔だからやると言われて、もらっちゃった」

「えー、いいなー。ついでにわたしのももらっておいてよ」

 シーナがうらやましそうに見ている。

「そうだな、もらっておけばよかったか」

「ホント、冗談ぬきで。買うと高いじゃん? 中古でもいいからやっぱ自分のが欲しいよ」

 無邪気な顔をするシーナに、今日の出来事は話せないなとショウは思った。擬似体の話もあるが、それ以上にゴブリン退治に参加していたなど、とても伝える気にならない。

「今度、聞いてみるよ。とりあえずメシか?」

「んー、アカリを待ってようよ。……そういえば、シェアする四人目は見つけた?」

「あ、忘れてた……」

「ダメじゃん! どーすんのさー」

 「ごめん」とあやまりながら、この日常をショウは心地よく感じている。管理局もギルドも関係なく、ただ仲間と過ごす日常。それがショウにはもっとも大切なものだった。

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