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召喚労働者はじめました  作者: 広科雲
16/59

16 レベル3

 前日に熱を出し休養を取った異世界人管理局員ツァーレ・モッラは、早朝、気持ちよく登局した。いつになく賑やかな裏庭の声に、「みなさん元気ですね」とほほえましく思った。

 が、玄関扉を開けてすぐ、彼女の顔は青ざめた。

「あ、ツァーレさん来た!」

「ツァーレさん、治療をお願いします!」

「わたし筋肉痛!」

「オレは組み手で足を捻っちまった……」

「うっ、持病のシャクが……!」

 自己鍛錬の過剰運動により、リタイヤ寸前の召喚労働者がエントランス・ホールに溢れていた。

 後ずさるツァーレ。

 にじり寄る傷病人。

 彼女は玄関開けて一時間で寝込んだ。


 そんな心温まるエピソードのあと、いつもの朝会がはじまる。

「本日も山林での作業は中止となりました」

 パーザ・ルーチンの第一声に、ショウは覚悟していたとはいえため息がこぼれた。

 ショウの近くにいたコーヘイは硬い表情で聞いている。昨日、彼らは無事に偵察任務を終えたが、別の場所に向かった一団では被害が出たのを知っていた。特務を受けたメンバーと異世界人管理局だけの秘密となり、朝会でも発表はない。

「おはようございます。特務終わったんですね?」

 ショウが話しかけた。

「あ、ああ、おはよう。きのうの昼過ぎには終わっていたよ」

 それくらいしか答えられない。

 ショウも特務の特性は知っているので、それ以上は訊ねなかった。かわりに、新制度について質問してみた。

「オレは受けるよ。きのう、任務のあと申し込みはしたんだけど、訓練所の順番待ちになった。君は――と、まだレベル2か」

「はい、まだまだその日は遠いです」

 少年は言葉を濁した。

 パーザが報告を続けた。

「山林部の作業はできませんが、畑作業や、その警護・巡回作業員が大幅増員されています。また、ゴブリン案件により危険度が増しており、管理局は野外作業の危険手当として報酬の増額を決定しました。詳細はスポット作業の募集時にお知らせいたします」

 案内嬢の言葉に、召喚労働者サモン・ワーカーたちが沸く。

「オレたちも参加するか?」

 コーヘイが仲間のサトとレイジに問う。彼らも訓練所の空き待ちである。

「ですね。遊んでいても仕方がないですし」

「オレもいいですよ」

 コーヘイは頼もしい仲間にうなずいた。そしてショウに視線を移す。無言の問いかけだった。

「今日はちょっと午前中で上がりたいんで、軽いのにします」

「畑作業自体も昼までだと思ったけど」

「そうでしたっけ? じゃ、それもいいかな。……シーナは?」

「ショウがやるならやろっかな」

「その決め方はどうなんだ? ジャンケンでどちらかだけ勝ったらどうすんだよ?」

「受けた以上はちゃんとやるよ。仕事は仕事だからね。でも、できれば楽しくやりたいな」

「それはわかる」

 ショウが深くうなずいたとき、前方がざわめいた。

「課長」

 パーザ・ルーチンも驚いている。かつて一度たりとも異世界人の前に姿を見せなかった総務部広報課・課長が、緊張した面持ちでパーザの前に立ったのだ。

「えー、この中にレベル2のニンニン、ショウ、シーナという者はいるかね?」

 突然の名指しに当人以外も困惑する。

 「はい」と、遠くでニンニンが手を上げていた。それに気付き、ショウとシーナも手を上げる。

「その3名は今すぐ第一会議室へ」

 課長は用件だけを伝え、階段を上がっていった。

 疑問符が飛びまくる三人は、周囲の注目を浴びたまま会議室へ向かった。

 パーザ・ルーチンは嫌な予感がしたが、目前の仕事を投げ出すわけにもいかず、ざわめく一同を治めて依頼書を捌く作業に戻った。

「かけたまえ」

 第一会議室で緊張して固まるショウたちに、広報課長はうながした。

 ニンニンが先頭を切って課長の正面に座った。その右にショウが、さらに右にシーナが落ち着く。

「いや、緊張しなくていいよ。ちょっと君たちに仕事を頼みたくてね」

「なぜ名指しで?」

 ニンニンは内容よりも理由を求めた。

「ああ、ルーチン君が君たちは優秀だと言っていてね。きのうの特例に推挙したのも彼女なんだ。それで、一度この眼で見たかったというのもあってね」

 課長は笑った。どこか芝居がかっているようだが、ショウたちは悪人のようには感じなかった。

「で、仕事なんだけど、大したことじゃない。実はこの管理局には大量の決済済み書類が溜まっていてね、随時、箱詰めして倉庫に運んでいたのだけど、このところ忙しくて片付けもままならないんだ。それを三階の各部署から集めて、一階の倉庫に片付けて欲しい」

「量はどのくらいでしょうか?」

「そうだねぇ、木箱で50はないと思うけど。もちろん、全部署の合計だよ」

「けっこうあるな……」

 ショウはちょっと気が重くなった。その数を階段2フロア降ろしとなると、かなりの労働だ。男三人ならいざ知らず、女の子のシーナまで混ぜることはないだろうと思う。

「わかりました。作業時間は?」

「そうだね、8時から6時間で見てるけど、終わるよね? もちろん早く終わってもそのぶんの報酬は出すよ。これも特務みたいなものだから、税抜き20銀貨シグルを用意している」

「がんばりますっ」

 ニンニンが力強く言った。もちろん、その金額ならショウたちも否はない。

「じゃ、この依頼書にサインして。あと、何か聞きたいことは?」

「倉庫の場所と積み方、運ぶ書箱の確認をお願いします。やり方はこちらに任せていただいてもよろしいでしょうか?」

 ニンニンが仕事の顔で質問する。ショウが尊敬する、できるニンニン・モードである。

「え、ああ、それじゃ、確認にいこうか」

 課長は意外なニンニンの圧力に負けて尻込みした。

 ニンニンは課長の案内を受けて、必要な情報をすべて手に入れた。

 「それじゃ任すよ」と課長が去ると、ニンニンは脱力した。

「いやぁ、めんどくさいねぇ、これ。階段作業なんてイヤだっていうのに、なぜかいつも回ってくるんだよね」

「なんか性格変わったよ、この人」

 シーナがショウに耳打ちする。「いや、ここからがすごいんだよ、この人」とショウが囁きかえす。シーナはくすぐったかったのか、飛びのいた。

「でも、まずは朝食にしようか。8時に三階の廊下集合で」

「あ、忘れてた」

 いきなりニンニンが作業確認をしたため順番が狂ったが、本来は8時からの仕事である。現在、まだ7時前。

 ニンニンは一時解散を告げ、一人で外へ行ってしまった。

 ショウはシーナとコープマン食堂でモーニングを食べ、時間までダラダラと過ごした。

 8時前、管理局三階にあがると、ニンニンがすでに待っていた。大荷物を広げている。

「ショウくん、すまないけど、降ろす木箱ぜんぶ、この窓の近くに集めてもらっていいかな?」

「はい」

「ゆっくりでいいよ。疲れたら適当に休んでね。無理しなくていいから」

「はい」

 ショウは一切反問しない。

 ニンニンが自前道具を広げると、ショウは指示どおり木箱の回収に向かった。先輩との間に距離ができると、シーナが疑問を連打する。

「あの人、手伝わないの? あの荷物なに? なんで何も訊かないの?」」

「大丈夫だって。ニンニンさんは仕事を確実に、楽にやる人だから。オレたちは指示に従っていればいいよ」

「どこから来るの、その信頼感!?」

「この仕事が終わる頃にはシーナにもわかる」

 イヤ絶対わからないだろう、とシーナは思ったが、言えなかった。

 ショウたちが書類の詰まった木箱を集める脇で、ニンニンは子供のころに聴いたことがあるような子供向け工作テレビ番組のテーマソングをハミングしながら、窓辺で工作をしていた。

 窓の高さに合わせて、借りてきた余りの机を4つほど並べた。それを足場にして、装置の設置に入る。

 窓のひさしに、外へ飛び出すように鉄パイプを二本くくりつける。強度を確かめ弱いと判断すると、横木を渡したり、柱とパイプをつなげる支柱を追加したりして補強する。

 外側の鉄パイプAに長いロープの一端を結びつける。もう一つの鉄パイプBには、薄い円柱上の物をぶら下げた。直径30センチほどの木製ロープリールである。正面から見ると○、横から見るとH型をしている。その横棒にあたる心棒部分には円盤を貫く穴が空いており、別のロープを通して鉄パイプBにぶら下げたのだ。これをロープリールAとする。

 もう一つのロープリール――B――に、鉄パイプAから下がるロープを心棒に引っ掛けU字型に通し、上に出た余った部分を鉄パイプBから下がるロープリールAの心棒の上側から通す。ロープをすべてを引ききると、いったん柱に巻きつけた。

「あれって……」

 シーナはその形に見覚えがある。定滑車と動滑車を使った滑車装置である。

 ニンニンの歌は続く。

 動滑車ロープリールBの穴の空いている中心部分に短いロープを通し、両端を巨大な釣り針を彷彿させる金属のフックに縛り付ける。

 どこから仕入れたのか、リュックから布モッコを引っ張り出し、準備は整った。

「よし、終了。……回収、任せちゃってすまないね。少し休んでよ」

 ニンニンは爽やかに言った。

 ショウは「はい」と答え、廊下の片隅に腰を下ろし、シーナと水を分け合った。シーナはちょっと気恥ずかしさを覚えたが、何も言わずにショウの水筒に口をつけた。

 ニンニンも汗を拭い、一息つく。危うく寝オチしそうになった。

 休憩が終わると、ニンニンが指示を出した。

「ショウくんは外へ出て、この窓の真下にいてくれるかな? 二個ずつ降ろすから、フックを外して木箱を近くに重ねておいて。最後にみんなで倉庫へ入れるから」

「はい」

「シーナさんだっけ? あなたはいっしょにロープ引きを手伝ってほしい。滑車の分は重いけど、二人なら楽に降ろせるはず」

「は、はい」

 シーナの返事も待たず、ニンニンは窓際の机に布モッコを広げ、木箱を二個縦に重ねた。布の四方を束ねて、動滑車Bのフックにモッコの布紐を引っ掛ける。

 ニンニンとシーナは定滑車ロープリールAから下がるロープをつかんだ。

「荷物を窓から出すよ。重みがかかるから、ふんばってね。手袋して、ロープは体に絡まないように。いいかい?」

「はいっ」

 未知の体験に、シーナはすでに歯を食いしばっている。

「そこまで力を入れなくてもだいじょうぶだよ」

 ニンニンの号令でロープを引く。荷物が上がった。二人で支えているからか、ニンニンがほとんど持っているのか、シーナはそんなに力を使っていない。

 荷物が机の上から浮くと、ニンニンは荷物を外へ押し出した。

「ショウくん、降ろすよー!」

「はい!」

 少年の返事を聞き、二人は少しずつロープを送る。十数回で重みが消えた。

「着きました!」

 ショウが三階に向けて声を上げる。ニンニンとシーナは一息ついた。

 下を覗いてみると、ショウがモッコから木箱を降ろしている。

 終了すると「おっけーでーす!」と声が飛んできた。

 ロープを手繰り、動滑車Bごとまた窓辺に取り込んだ。

「これを繰り返すから。もし辛かったら言ってね。無理する必要なんてないから――というか、女の子にさせる仕事じゃないよね」

 ニンニンが肩をすくめる。シーナは自然、「だよねー」と笑っていた。

 以後は和やかに仕事が進んだ。すべての木箱を一階に降ろし、その後、倉庫に格納する。たびたび休憩を挟んだが、所要時間は2時間44分と予想以上に早い。

「お疲れ様。オレは道具を片付けてくるから、上がっていいよ」

「いえ、いっしょに片付けますよ!」

 ショウの横で、シーナもウンウンとうなずく。

「そう? 悪いね」

 三人はまた三階に上がった。

 滑車を外し、鉄パイプも回収。机も借りた部屋に戻す。途中、ショウは訊いた。

「これだけの道具、どこにおいているんです? 持ち歩くわけにも行かないでしょう?」

「倉庫を借りてるんだ」

「倉庫? もしかして、外区にあるっていう?」

 ショウとシーナはびっくりした。ピンポイントな話だった。

「知ってるのかい? ここからなら片道10分弱だから、けっこう便利なんだよ」

「そんなに近いんですか。実は今日、その倉庫を見に行こうかと思ってまして。値段が安ければ借りようかと」

「広さはだいたい二畳にじょうの小部屋で、週に6銀貨シグル前払いだよ。オレは面倒だから一階のを借りてるんだけど、最上階の三階だと2銀貨だったかな。2階が4銀貨」

「もちろん――」

「階段」

「ですよね」

 ショウは苦笑いを浮かべた。

「けっこう人気があるから空きがあるかはわからないよ。いっしょに行ってみるかい?」

「「ぜひ!」」

 ショウとシーナは食いついた。

「外区に日本食を出す店があるらしいんだけど、ついでにそこも探しに行ってみるかい?」

「あ、そこは知ってます。この前、教えてもらいました」

「じゃ、そこの案内は任せようかな」

「はい。……荷物は以上ですか? 半分持ちますよ」

「悪いね、ありがとう。報酬はどうする?」

「すいていたらもらっていきましょうか。混んでるようなら、あとで」

「そうだね。じゃ、行こう」

 三人は荷物を分担して持ち、エントランス・ホールに下りた。まだ11時なので報酬待ちの列はなかった。暇な時間帯なのか、ベル・カーマンしかいない。

 三人が依頼書を提出する。そういえば作業終了の確認をしてもらっていないが、あの『課長』はどこにいるのだろうか?

「あ、大丈夫ですよ。あなたがたが来たら報酬を払っておくようにと連絡を受けていますから」

 三人は至れり尽くせりと喜んでいたが、実はそうではない。課長にとって、作業のデキはどうでもよかった。三人まとめて作業をさせるのが目的であったからだ。

 そして、予定調和の音が鳴った。

『シーナ ハ レベル ガ アガッタ!』

『ニンニン ハ レベル ガ アガッタ!』

『ショウ ハ レベル ガ アガッタ!』

「「マジかー!」」

 三人は綺麗にハモった。

「おめでとうごさいます! みなさん、レベル3ですね!」

 ベル・カーマンが無邪気に拍手をする。

 ニンニンはそろそろだろうと目星がついていたのでそれほど驚きもしなかったが、ショウとシーナは呆然である。

「いや、いくらなんでも早過ぎだろ……。3に上がってもいいこと一つもないぞ。金も家もなく、税金は上がるし、訓練所代だってまだ稼げてない……」

「だよね。わたしもまだ余裕ぶってたのに、いきなりだよ……。この仕事、特務扱いだったから上がっちゃったのかぁ……」

 ため息特大×(カケル)2である。

 そんな彼らに、事務所から出てきた人物が話しかけた。

「おや、君たち、ご苦労だったね」

 広報課長だった。もちろんこのタイミングも、待ち構えていた結果だ。

「あ、課長さん、お疲れ様です……。おかげさまでレベルが上がりました……」

 本心はともなく、謝辞を述べる他ない。

「そうかい、おめでとう。……あ、ならちょうどいい。今、新しい依頼が来てね、レベル3以上の作業なんだよ。ちょうど3名だし、頼まれてくれないかな。急な仕事だから報酬も奮発するから」

「自分たち、まだレベル3の講習を受けていないのですが」

 ニンニンが3名の代表となって伝えた。

「ああ、そんなの午後イチにでもわたしがやるよ。仕事は17時からだから、充分間に合う」

「内容は……?」

「町外巡回。17時から明日7時まで。さらに増員がかかったものでね」

 総務部長は24時間勤務を叫んでいたが、さすがにそこまでやる意味も見出せず、また、断られてはたまらない。それを特務でどうにかしろと部長は言うだろうが、ペーペーのレベル3にそんな『特務』を与えるほうが怪しまれる。そのへんがまったくわかっていないのが、机の前で命令だけ出してきた人間の思考なのだ。

「戦闘の素人ですよ? それがいきなり夜勤巡回なんて勤まるわけないです」

「いやいや、あくまで増員だから、ベテランについて見張りをしてくれればいいよ。もちろん、必要な道具はすべて貸し出すからね」

「ですが……」

「頼むよ。もう人がいなくて、でも畑の安全のためには受けないわけにもいかないんだ。もし畑が焼かれでもしたら、食料が失われてしまい、暴動だって起きかねない。本当に申し訳ないんだけど、今回だけ頼まれてくれないものかな」

 年配の男性が、自分の子供と同じくらいの少年たちに手を合わせ、低頭する。その姿に三人は顔を見合わせた。できるのなら断りたいところだ。だが、こうまで下手に出られて頼まれると、なかなかに言い出しにくい。生来のお人好しが揃っているのもあるが、結局は断りきれない。

「どうする、ショウくん? オレはもう、あきらめて行くよ。いつもいつも、こうなるんだよなぁ」

 ニンニンがボヤいた。

 ショウはシーナに無言で問いかけたが、彼女の答えはいつもと変わらない。じっとショウを見ている。

「……わかりました。行きますよ。でもホント、野外で夜勤なんて技能がない自分たちには早過ぎなんですから、今回だけにしてください」

「ああ、わかってる。今回だけ。ありがとう、すまないね」

 課長は三人の手を取って大きく揺すった。それは自分の役目が完了したことへの喜びでもあった。

「それでは、13時に二階の研修室へ来て。第三講習をするから」

 ショウたちは「はい」と答えて、ご機嫌で去って行く課長を見送った。

「とりあえず、倉庫行こうか」

 ニンニンが荷物を持って歩き出したので、ショウたちもついて行った。

「なんか考えなきゃいけないことが一気に増えたなぁ」

 ボヤくショウだが、その考えるべきことがまとまらない。どこから手をつけていいものか迷う。

「せめて訓練所でも空いてれば、合宿期間中に考えたりもできたのにね。予約待ちいっぱいじゃ、とりあえずは仕事をしないと。それと最優先は住むとこかな」

「それは宿でいいって話だったろ? 訓練所合宿に通う間は家賃が無駄になるって」

「あ、そっか。あれ、そしたら倉庫っているんだっけ?」

「それもきのう話したろ?」

「んー? 訓練所にいくという前提じゃなかった? 行けないなら、家か宿がいるし、それがあれば倉庫はいらない。その逆に訓練所にいけるなら、家はいらないけど邪魔な荷物をしまっておける倉庫が欲しい……。結局どっちよ!?」

「ごめん、オレもわからなくなってきた……」

 ショウは頭を抱えた。

「そういうときはとりあえず倉庫を借りておくといいよ。それほど高くもないし、あれば使い道も出てくる。なんなら誰かと共有すれば、さらに安くできる。二畳でも意外と物が置けるよ」

 ニンニンが助け舟を出した。

「そうか、アカリもいっしょなんだ。とりあえず借りたほうがいいんだな」

「うんうん」

 二人はスッキリした顔になった。

「この人、できる人だね」

 シーナがショウに耳打ちした。「だから言ったろ?」とショウがささやき返すと、彼女はまた飛びのいた。

 倉庫屋は、第二防壁・南関所を越えて壁に沿って左に進むとすぐに見つかった。木造三階立ての横に長い建物で、窓が一切なかった。出入り口も一箇所しかなく、入るとすぐに小さなカウンターがあった。そこに一人の大柄の男性が座っている。

「おぅ、ニンニンさん、荷物戻しかい?」

「はい、グラビットさん。鍵をお願いします」

 と、彼は荷物をいったん置き、懐からカードを出した。倉庫屋の会員カードだった。部屋番号と彼の名前が書かれている。

 カードをグラビットに渡し、カウンターに置いてある水晶球に掌をのせる。青く輝いた。

「認証終了。鍵を出す」

 倉庫番は背後に並ぶキー・ロッカーから、部屋番号の鍵を外してニンニンに渡した。

「荷物を片付けてくるから、店主に話を聞くといいよ」

 ニンニンは荷物を担いで廊下へ行った。

「で、こっちは? 初顔だよな?」

「ショウといいます。倉庫を借りたいのですが、空きはありますか?」

「二階と三階に一つずつあるぜ。二階なら週・銀貨4枚、三階なら銀貨2枚、前払いだ。連続で借りたい場合は、期限切れ一日前までに支払いを頼む。期限切れになったら問答無用で倉庫を開け、外に投げ捨てる。もちろん、そのあとの保証はしねぇ」

「期限内での盗難や、他人による物損なんかは?」

「それも保証しない。だから貴重品は置くな。無責任だが、安いなりの理由があると思いな」

「倉庫が開けられない時間は?」

「基本、年中無休の24時間営業。店番は交代でやってるから、常に誰かはいる」

 ショウは他に質問がないかを考える。その間に、シーナが訊いた。

「一つの倉庫を複数人でシェアしてもいいの?」

「いいが、オーナーを一人決めてもらう。登録や解約などには必ずオーナーを通す。会員証はオーナーが認めれば5枚まで発効できる。ただし、さっきも言ったとおり会員登録時にはオーナーといっしょでなければならない。支払いはオーナー以外でも構わない」

「アカリは今度、ショウと来ればいいわけだね」

「倉庫の鍵を借りるのは、さっき見ていたカンジ?」

「ああ。ここで本人証明をしてから鍵を貸す。鍵は外に持ち出し禁止だ。一歩でも出る場合はいったん返してもらう。例外はなしだ」

「わかりました、二階の倉庫を貸してください。とりあえず彼女と自分で一部屋を。後日、もう一人も連れてくるのでシェアを頼みます」

「わかった。オーナーはおまえでいいな? 名前をここに書け。そっちも連名に名前を」

 ショウは言われるまま名前を書いた。シーナがその下にサインする。

「カードに名前を。そしたらカードをこっちに。で、水晶に手を置くんだ」

 会員証に名前を記し、店主に渡す。グラビットはカードをカウンター裏の黒い板に置いた。ショウが促されるまま水晶に触れると、青く光った。

「登録完了だ。次、シーナちゃんな」

 ゴツい男から『ちゃん』付けで呼ばれて一瞬寒気を感じたが、シーナは会員証を渡し、水晶に手を置いた。こちらもこれで登録完了だ。ついで、前金で4銀貨シグルを払う。

「鍵はこれだ。部屋番は233。階段を上がって右奥だ」

 部屋番号の書かれた金属のプレートを受け取り、ショウとシーナははしゃいで階段を駆け上がった。

 「走るな!」と注意され、二人は「すいませーん」と頭をかいた。

 階段は建物の中央にある。上がると、右にも左にも同じような景色が伸びている。一定間隔で扉が並んでいた。正面の扉には225と書かれており、その右隣は226、左隣は224だった。

 店主の言葉どおり右に曲がり、進む。廊下を挟んで部屋が向かい合わせになってた。ほぼ行き止まりまで進んだ左面に、目的の233号室があった。

 扉には金属プレートが刺さる窪みがあった。ショウが鍵を押し込むと、ガチャという音がした。

 ノブを引き、扉を開ける。どういう仕組みか、開けた瞬間に天井から光が溢れ、部屋を照らす。窓も何もない部屋だ。掃除が行き届いているのか、埃もたたなかった。

「なんか、達成感みたいのを感じるな」

「一つ壁を越えたってカンジだよね」

 シーナも同調する。安い倉庫を借りただけなのに感動していた。

「早速なにか置いていこうかと思ったけど、今のところぜんぶ使いそうで手放せないな」

「あはは、わたしもー……」

 二人は見合い、笑った。

「まぁいいか。あとはアカリに紹介して、好きなように使ってもらおう」

「だね。それぞれ専用の袋でも置いておこっか。見せらんない物も出てくるかもしれないし」

「そうだな」

 二人は扉を閉め、鍵を抜いた。

 階下に下りるとニンニンが待っていた。

 鍵を返却し、店主のグラビットに礼を述べて店を出る。

 その後、三人はホウサクの店で昼食をとった。日替わりランチ・メニューのカツ丼と野菜の味噌汁、キュウリと白菜っぽい御新香を堪能し、冷たい麦茶でしめる。なんとも幸福なひと時であった。

「まだ13時には時間があるね。オレは少し昼寝でもするよ。夜も控えてるし」

 そういってニンニンは一足先に異世界人管理局へ戻った。

「オレたちも中区に戻ろう。今日はともかく、明日からの宿を探しておかなきゃ」

「だね。……でも、どうやって探そうか?」

「大部屋なら心当たりがあるんだけど」

 召喚初日にブルーに世話をしてもらった酒場兼宿屋をショウは思い返す。八人部屋で、二段ベッドが4つ置かれていた。ただ、ショウはともかく女性のシーナにはどうか。

「正直にいえば、あんま行きたくはないけど、贅沢もできないしね……」

「気が乗らないならやめておこう。精神的にもよくないだろ。今のところは夜もそこまで寒くないし、最悪は野宿でもするか……」

「教会とかってどうなんだろうね? 浮浪者にも優しいイメージあるけど」

「おおっ。あとでツァーレさんに聞いてみよう――て、今朝も治療しすぎて早退してたな」

「管理局に来て一時間で真っ青になって帰っていったね」

 ショウもシーナも気の毒にと、彼女の回復を真剣に祈った。

 二人はその後、異世界人管理局周辺を歩き回り、宿を見つけては宿泊料調査をした。その甲斐はあり、予想以上に泊まれそうな場所が多く見つかった。ナンタンには観光名所がなく、したがって観光客はほとんど訪れない。が、異世界人が集まっているので商売が成り立つのだそうだ。

 素泊まり一泊の相場は、個室で平均7銀貨シグル、二人部屋で一人5銀貨、四人部屋なら一人あたり3銀貨、それ以上の大部屋は1銀貨半である。これに朝食をつけるとプラス70銅貨アトルほどだ。昼食や夕食をサービス料金で出すところはほとんどない。また、二人部屋以上は、人数分同時に予約をしないと他人と相部屋になる可能性もある。ベッドを一つでも遊ばせておく余裕はないのだ。

 中には長期滞在を基本とする宿もあった。最低でも一週間契約で、朝食と夕食が提供される。異世界人をターゲットにした新しいタイプの宿だと力説された。共用だが水洗式トイレとシャワー室、洗濯室もあった。ただ、一括前払いをできるほど余裕ある召喚労働者は少ないようで、「部屋にはまだ若干の余裕があります」とニコやかに言われた。ちなみにショウたちは値段を聞き、そそくさと帰った。

「毎日がんばれば、なんとかなるかな」

「そうだねー。とりあえず二人部屋でも借りようか」

 「え?」とショウはシーナを見た。

「あ、ああ! アカリとおまえってことか」

「アカリはまだレベル2だから部屋いらないじゃん。わたしとショウでだよ」

「おまっ、なに言ってんの? なに言ってんの!?」

「二回言わないでよ。じゃないとお金無駄じゃない? それに怪しいことするわけでもないし、わたしは別に気にしないよ」

「軽く言うなぁ……」

「ショウは考えすぎ。どうせ夜なんて疲れてすぐにバタン・キューだよ。おたがいに余分な体力を使ってられないと思うよ」

「そうかもしれない……。いやいや!」

 危うく納得しかけたショウは、頭を振った。

「そんなにわたしと二人がイヤなら、いっそ四人部屋を借りるメンバーでも探してみる? 四人部屋ならアカリの負担も少ないだろうし、あと一人、誰かよさそうな人探してみようよ」

「ニンニンさん」

 ショウは即答した。同じ日にレベル3に上がった大先輩である。

「あの人ねー……。すごい人で、すごくいい人だと思うんだけど、なんかフィーリングが合わないというか、独特の雰囲気がちょっと……」

「そうか……」

「て、そろそろ時間ヤバくない?」

 二人は時計塔を見る。13時3分前であった。

 ショウとシーナは現時点で優先順位の低い問題を放り投げ、管理局へと走り出した。


 2分遅れた二人を、総務部広報課・課長は叱らなかった。「いいよいいよ、早く座って」と優しくされ、ショウたちはかえって恐縮した。

「では、これより召喚労働者サモン・ワーカー・第三講習をはじめます」

 課長の開始の挨拶に、ショウとシーナとニンニンは「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 満足げにうなずく課長。彼は手にしていたテキストを三人に配った。それを開き、彼は読み始めた。

「『レベル3になると、いくつかの制約が解除されます。その一つが、国内の自由通行権です。これは、ギザギ国内のどこへでも行くことができる権利です。ただし、例外があります。王都や、他の町でも貴族の住むエリアは侵入禁止です。つまりはマルマの一般市民も通常立ち入れない箇所は侵入不可能ということです。このあたりの線引きは難しいかも知れませんが、兵士が守っている場所に近づかなければ問題ありません』」

「この町の内区と外区への通行も、許可証は必要なくなるんですよね?」

 ショウの質問に課長はうなずき、引用ではなく自分の言葉で答えた。

「異世界人管理局の営業日二日後には『国内通行許可証』というパスが発行される。これがあれば、今までの許可証は必要ないね。ただもちろん、内区の貴族エリアには近づかないこと」

 課長は見本の国内通行許可証を出した。A6サイズくらいの厚紙に、カクカ東部共通語でいろいろと書いてある。

「『ここで一つ、注意しなければなりません。国内を自由に歩けるといっても、あなたがたの言葉はサウス領を離れると通じなくなります。あなたがたの体にある、言葉を理解する力が領外では発揮されないからです。お気をつけください』」

 課長が読み上げたテキストの文章にはシーナだけが驚いた。ショウとニンニンは、ベル・カーマンの語学講座でそれを聞いていた。

「気をつけろといわれても……」

 シーナがオロオロする。

「ゆっくり勉強していけばいいんだよ」

「勉強……」

 シーナはガックリした。勉強は好きではない。学校でも英語の授業は苦手科目筆頭だった。ショウと机を並べて勉強したいと思っていたが、いざとなると腰が引けて結局実現はしていない。

 そんな少女の落ち込みなど構わず、課長は説明を続ける。

「次に、商売の許可について」

「商売?」

「『管理局経由で営業許可証を申請し、法律上問題がなければ自分の店を持つことが可能となります。許可なく商売をすると罪になります』」

「将来的にはそういうのもありかなぁ」

 ニンニンは遠い未来を想い馳せるように独りごちた。

 そんな感慨も課長には関係がない。

「では次は訓練所について説明するから」

「来たっ」

 ショウが前のめりになる。

「訓練所では戦闘技術だけではなく、就職に役立つ一般的な技術も学べる。多種多様なんですべてを説明していられないから、テキストの巻末にある訓練所の習得可能技術リストを見ておいて」

 ニンニンは先走ってリストを眺めていた。戦闘技術には興味がなかった。

 一方で、ショウとシーナは戦闘技術の欄に目を輝かせていた。

「『訓練所で学べる戦闘技術は、大きく3つに分かれます。一つが剣などによる物理的な戦闘技術。二つ目が魔術によるもの。最後に『裏工術りこうじゅつ』と呼ばれる特殊技術です』」

「リコージュツ?」

「いわゆる、盗賊のスキルだよ。表立って国が推奨するわけにもいかないから、別称が使われているわけだ。この裏工術を扱う者を『裏匠りしょう』と呼ぶ」

「ゲームでシーフとかスカウトとかアサシンて呼ぶやつね」

 シーナが一人納得している。

「『戦闘技術習得は、まず大まかな職種でコース分けされます。物理の戦士コース、魔術の魔術師コース、裏工術の裏匠コースです。このコースも、訓練所の初日に行われる適正テストを受けることで自分にもっとも向くコースを判別してくれます。これは、あくまで参考程度です。コースは自分で選択してください』」

 課長は講習テキストをめくった。

「『各コースは、基本講習プラス技術講習という形で行われます。まず基本講習を受けないと、それ以後の実際のスキルを学ぶことはできません。基本講習料金はコースによって異なります。戦士コースが二週間の合宿で1金貨リスル、魔術師コースが三週間10金貨リスル、裏匠が三日間30銀貨シグルとなっています』」

「すっごい極端じゃない!?」

 シーナのツッコミは二人の代弁でもある。

「魔術師コースが高いのは、魔術師協会への寄付がほとんどだからだよ。彼らにしてみれば長い時間をかけて得た知識と技術を他人に譲るわけだから、それなりの見返りを求めてくるんだ」

「それもだけど、裏匠の三日というのは短すぎでは……」

 控えめなショウの問いにも、課長は答える。

「裏工術の特殊性の問題だね。裏工術はすべてが特別なスキルで、どの技も他の技に応用が利かない。ゆえに基本技術もあってないようなもの、簡単な解説で終わるらしいよ」

「なるほどね。それはちょっと興味あるな」

「ニンニンさんが暗殺者にでもなったら、それこそニンニンとか言ったり――」

 そんな妄想を垂れ流すショウの口を、シーナが塞いだ。

「ちょっとこの子、ときどき変なこと言うんですよー」

 フォローが痛い。

「ニンニン」

 ニンニン自らが乗っていた。さすがにフォローしきれなくなり、シーナは冷ややかに二人の子供を見ていた。

 課長も冷ややかに講義を続ける。

「えー、最後に、レベル3になった君たちに解禁される情報がある」

「情報……?」

「すでに体感として理解しているかもしれないけれど、君たち召喚労働者サモン・ワーカーは子孫を残せない」

「……は?」

 ショウとシーナは、あまりの突拍子のない発言に、目が点になっていた。

「結婚禁止とか、そういうの……?」

 ショウが可能性を口にしてみる。

 課長は普段の顔で「いや」と首を振った。

「子供が作れないんだ」

「え!?」

 三人は驚いていたが、もっともショックを受けているシーナと、そうでもないニンニンの差はかなり激しい。

「君たちの体は本来の肉体ではなく、この世界に適合するように作られた『擬似体』と呼ばれるものと入れ替わっている。ゆえに本物の人体のようにはできていないんだよ」

 「できていないじゃない!」シーナは叫んだ。合点はいく。この世界に来て、まだ生理がない。他の女性からもそういう話を聞かなかった。それは、そもそもありえないからだ。

「人の体をなんだと思ってるの!? そりゃ今すぐ子供が欲しいとかいわないけど、将来、わたしたちはどうすればいいのよ!」

「まぁ、落ち着いて。解決策はあるから」

「……なに?」

 シーナは今にも殴りかかりそうな体勢で動きをとめた。

「その体は、いわば量産品。男女一種類ずつ、基本構成はすべて同じで、フォルムの差しかない。それゆえにメンテナンスが楽に行え、君たちも知るようにサウス領での会話を可能にし、こちらの世界特有の病気に対する免疫力も持つ。さらには元の体にあった先天的な病気や、故障個所もなくなっている。それによって救われた人も多いはず」

 ショウは先輩召喚労働者(サモン・ワーカー)のイソギンチャクを思い出した。彼は壊れた膝が治り、この世界では普通に歩いている。

「そんな説明はいいっ。解決策ってどういうことなの!」

 痺れを切らし、シーナは怒鳴った。

「結論から言えば、子供が作れる体は手に入る」

「手に入る……? 以前の体に戻る、ではなくて?」

「それでは本末転倒だよ。この国で暮らしてはいけない。今の量産品ではなく、最高品質の、人間に極めて近い擬似体を買うことができるんだ」

「買う?」

「そう。子供まで作れる人間に最も近い擬似体は、それこそ最高級品だ。製作には多く術師を雇う資金と、品質のよい高価な材料が必要とされる。加えて新たな擬似体に今の精神を移す施術料。その料金、しめて10万金貨(リスル)

「10万って……50億円!?」

 驚愕するシーナに、課長はニヤリとした。

「そんな大金、まず稼ぐのは難しい。けれどもう一つ、確率の高い方法がある。国王陛下に気に入られる勇者となること。陛下であれば、勇者の願いの一つや二つは叶えてくれるはず」

「勇者になる……」

 シーナはつぶやき、深く考えはじめた。

「そのための近道は、管理局専属セルベントになること。きのう、君たちは断ったようだけど、いつでも受け入れるからね」

 そう言って、課長は新制度への申込用紙を改めて三人に配った。

 シーナはそれをじっと見て、丁寧に畳んでカバンに入れた。

 ショウは何も言えず、倣うように書類をしまった。

「さて、これで第三講習は終わり。夕方からの依頼書を持っていってね。依頼については受付に説明済みだから、質問やなにか入用があれば彼女たちに」

 広報課長は、ショウたちのステータス・サークルをレベル3以上を認定する赤色に変えて、笑顔で退出した。

「それじゃ、先に行くよ」

 ニンニンは今の話をどう思ったか、感想の一つもなく出て行った。

 ショウは残ったシーナを見る。彼女はまだ何か考え込んでいるようだった。

 おそらく自分は力になれない。ショウは痛感していた。彼は課長の告白を聞いてもシーナほど動揺はしなかった。少年にはピンと来なかったのだ、子供が持てないという事実を。受けとめきれなかったのとは違う。本当にわからなかった。利益・不利益で考えても、幸・不幸で計っても、喜怒哀楽で感じようとしても、想像すらつかなかった。

 ショウはいたたまれなくなって立ち上がった。シーナを独りにするのは無責任にも思えたが、いたところで何もできない。この件で彼女が異世界人管理局アリアン・専属召喚労働者セルベントの道を歩むとしても、彼はとめないし、同調もしないだろう。ならばいても仕方がない。

 と、その少年の腕をシーナが引いた。

「あのさ、ショウ」

「うん」

「わたしと子供作りたい?」

「ブフッ」

 思い切り噴いた。

「汚いーっ」

「いきなり変なこと言うからだっ」

「けっこう真剣なんだけど。わたし、将来的には欲しい派なのよ。でも相手がいないんじゃ無理でしょ?」

「そりゃ、まぁ……」

「だからとりあえず、相手になってくれそうな人がいるかどうか訊いてみたわけ。ほら、わたし元がアレでしょ? だからなんか気になって……」

「なんだそりゃ、紛らわしい……」

 ショウはホッとしたような、残念であったような複雑な気分になった。

「で、どう?」

「……そりゃ、いないこともないだろ? たぶん」

 先の件もあり、まともに彼女の顔が見られない。

「そっか。じゃあ、その誰かのために、保険かけとこっかな」

「保険……?」

「うん、決めた。わたし、50億円貯める! ……いや、相手の分も考えると100億かな」

「え、勇者目指すんじゃなくて? そのために新制度の申込書をカバンに入れたんだろ?」

「ンン……? ああ、あれ? 違うよ、また破いて捨てたら掃除大変じゃない。だからしまっただけ。勇者なんてガラじゃないし、なによりさっきのしてやったりみたいな課長の顔がムカつく! どうだ、これで入るだろってドヤ顔!」

 「ハ、ハハ……」ショウは乾いた笑みを浮かべた。

「……でも、よかった」

 なんであれ、シーナがシーナらしくて安心した。

「なに? わたしが裏切ってセルベントになると思った? あまーい! わたしは常に楽しいほうの味方だよ」

 そういって腕を絡ませてくる彼女に、ショウは自然と笑っていた。

 二人はそのまましばらく互いを感じ、落ち着くとシーナのほうから離れた。

「……それじゃ、今後の予定を組もうか。とりあえず子供さっきのことはおいといてさ」

「うん。まずは夜勤の準備かな。17時から朝7時まで、防壁外の巡回任務」

「途中、仮眠がとれるのかどうかもわからないよねー。水筒も二つ持っていこう。防寒に外套もいるね」

「それも大事だけど、照明はどうするんだろ? 貸してくれるのか、持っていくべきなのか……」

「受付で聞いてみようよ。そんで貸してくれる物があるなら何でも借りていこう」

「だな」

 二人は研修室を出て、一階の受付にまわった。午前の仕事で上がった召喚労働者ワーカーが数名いたが、まだ混雑とはいえない。受付もベル・カーマンとパーザ・ルーチンの二人となっており、作業効率はよい。

 受付の列に並んだショウたちをパーザが発見した。彼女は目の前の事務を完了すると、カウンターを閉め、立ち上がった。

「ショウさん、シーナさん、お話があります!」

 切羽詰った声に周囲が静まる。呼ばれた当人たちはさらに驚いていた。

 「こちらへ」とパーザに導かれ、二人は降りたばかりの階段を上がった。

 第一会議室に『使用中』の札を出し、二人を押し込んだ。

「課長に何を言われました?」

 彼女の質問の意味をつかみ損ねたが、ショウは第三講習の件と、これからの仕事について語った。

「それだけですか? セルベントになるよう、強要はされませんでしたか? もしくは嫌がらせを受けたとか……」

「それらしいのはなかったですよ? 強いて言えば、この仕事はまだ無茶かなとは思いますけど」

「夜勤の野外巡回……。たしかに、これはハードですね。レベル3になったタイミングもよすぎるし、腑に落ちませんね」

「シーナとニンニンさんは長いからわかるけど、オレはまだここに来てから二週間も経ってないのに……」

「ショウさんはお客様からの評判もよいですし、ゴブリンも倒しています。昇級自体はおかしくないのですが、それにしても……」

 パーザに無意識に褒められショウは照れた。シーナが少しムッとする。

「……とにかく、気をつけてください。夜というのはゴブリンの時間です。危険回避のためにいろいろとそろえました。必要な物がありましたら持っていってください」

「なんか申し訳ないですね。本来、自分でそろえないといけないんでしょうけど」

「いえ、みなさんの安全を守るのも管理局の役目です。利用できる物はなんでも使ってください」

 パーザが真剣にショウを見据えた。少年の顔が赤くなった。

「じゃ、ついでに訊きたいんだけど!」

 シーナが割り込んだ。

「はい、なんでしょう?」

 パーザはいたって平然としている。

「この作業って仮眠とかあるの? 休憩時間は? 照明はどうするの? ぜんぶで何人くらい行くの? 道具は好きなだけ借りていいの?」

「交代作業となりますから、その休憩時間に仮眠がとれます。照明はリーダーがまとめて持っていきますが、余分が必要でしたら個別にも貸し出ししております。今日の作業人数は32名となっています。装備に関しましては制限はかけませんが、他の方のご利用も考慮していただけると助かります。なお、今回は増員に次ぐ増員のため、緊急ミーティングを行います。15時にここ、第一会議室に集合願います」

「くっ、わかりました……!」

「なんで『くっ』なんだよ」

「負けた気がして」

「何にだよ……」

 苦笑するショウと悔しがるシーナのコンビを見ていて、パーザは安心していた。

「では、お願いしますね。気をつけてがんばってください」

 普段はニコリともしないパーザ・ルーチンに微笑まれ、二人はドキッとした。

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