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召喚労働者はじめました  作者: 広科雲
15/59

15 アリアン・セルベント

 二日連続でゴブリンとの死闘を潜り抜けたショウたちは、翌日、突然の休業を言い渡された。

「ゴブリンの件が落ち着くまで、山林での作業はすべて中止となりました。採取・伐採・狩猟組はしばらくの間、休業となります。他の作業は継続してありますので、もしよろしければスポット作業をお願いいたします」

 朝一番でベル・カーマンが告知を出した。

「マジかよ、フザケンなよなぁ……」

 昨日のブルーとの『特訓』でやる気をみなぎらせていたマルは、出足をくじかれテンションを落とした。

 が、ベルが続けた報告を聞き、黒髪少年は休憩室にこもろうとした足をとめた。

「次に特務発令です。山林作業の警護班の方には臨時の依頼が入っています。二階・第一会議室までお越しください」

 この報せにエントランス・ホールがざわつく。警護班に特務となれば穏やかではない。

「なんだかあまりいい予感がしないな」

 コーヘイは顔を曇らせた。同班のサトとレイジも不安を募らせる。

「気をつけてくださいね」

 ショウとシーナは二階へと向かう三人に声をかけた。彼らは「ありがとう」と微笑みはしたが、すっきりした表情とはかけ離れていた。

 ベルの話はさらに続く。

「皆さんにご報告があります。昨日、異世界人管理局は、召喚労働者サモン・ワーカーの方々にむけた職場改善案を協議し、このほど新制度の施行を決定いたしました」

 周囲から驚きと喜び、または不安の声がこだまする。上からの改革というのは、期待するだけ無駄という風潮がどこにでもある。だいたいがどうでもよいことで、残りが発案者の自己満足だ。

「ボーナスでも出るようになったか?」

 マルは期待しない側のようだ。

「ああ、それはいいな」

 ショウが軽く受ける。本当なら素直に喜ぶところだ。

「わたしは有給休暇が欲しいなー」

「日雇いにかい?」

 シーナの希望をルカが笑う。「なによ?」と睨む彼女に、銀髪の少年は肩をすくめて見せた。

「いや、日雇いでも継続日数があれば有給申請はできるはずだよ。日本ではね……」

 リーバが言った。

「あれ、朝会にいるなんて珍しいですね?」

 リーバは定番作業が決まっており、本契約まで交わしているので朝会の参加義務はなかった。アカリやアキトシも同じである。朝会に出るレギュラー・メンバーは本契約がされておらず、いうなれば休みたいときに休める気楽な立場だった。ショウやマル、シーナがこれにあたる。

「ああ、今朝は全員参加するようにとお達しがあってね」

「まったく、今日は休みだってのに……」

 アカリがアクビをしながら現れた。彼女は三日ごとに一日休む契約をしている。今日は貴重なオフ日だった。

「もうお店を開けている時間なんだけどなぁ」

 アキトシが心配そうに店の方角に視線を飛ばす。もちろん、壁に遮られて見えない。

「みんなが朝に揃うのは久々だな」

「そうね。ま、たまにはいいわ」

 アカリはぶっきらぼうに言うが、満更でもないようだ。

「おまえ、寂しがりだからな」

 マルが鼻をほじりながら言う。「なんですって?」と突っかかるアカリに、「お静かにお願いします」とベルからの注意が入った。

「では、新制度についてお話します。これはレベル3以上の召喚労働者の方が対象となります。条件を受諾し、誓約書にサインをされた方に、次の特典が与えられます」

 ベルは巻紙を縦に広げ、特約を読み上げた。それは以下のようなものだ。


 1、10年間の税金免除

 2、レベル×1金貨の年金支給

 3、訓練所の利用料金減額、各種基礎講習の無償、特殊技術・二種類無償受講


 エントランス・ホール内は一つが読み上げられるたびに盛り上がり、三つ目で爆発した。

「おい、すげーぞ! これってつまり、レベル3になったら魔法を無料タダで2コ覚えられるってことだよな!」

 マルがショウを揺さぶった。

「しかも税金もない、年間ボーナス金まで出る!」

 喜ばないわけがない。世知辛い世の中で、これほどの厚遇はあり得ない。この世界に来たばかりのショウでさえ浮かれるのだから、周囲の先輩たちの歓喜はどれほどであろうか。

「次に、以上の特約を受ける条件をご説明します」

 ベルは先輩のパーザを見習うべく、冷静に言葉を進める。会場が一気に静まった。

「第一項、契約者は向こう10年、異世界人管理局専属召喚労働者(サモン・ワーカー)とする。第二項、特務発令の際は、最優先でこれにあたる。なお、一般の召喚労働者(サモン・ワーカー)と区別するため、専属の召喚労働者(サモン・ワーカー)を『アリアン・セルベント』もしくは短縮し『セルベント』と呼称する。以上です」

 ホールは依然として静かだった。あまりにも条件が少なすぎて、かえって反応しづらかった。

 少しずつ波風が立つ。

「これってどういう……?」

「今までと何か違うの?」

「この条件なら受けた方が得じゃないか?」

 周囲での答え合わせのようなざわめき。

「専属ってつまり、国に付くから公務員になれってこと?」

 ショウが仲間に問いかけた。

「もしくは社員登用アリってヤツかな」

 リーバが冗談ぽく笑った。

「どのみち、ボクらにはまだ関係ないね」

 ルカがバッサリ斬り捨てた。ショウたちはレベル2、ルカに至っては未だ1である。

「この制度は、本日12時より運用されます。契約書は後ほど広報誌配布スペースに配置されますので、申し込みをされる方はお持ちください」

 全員の眼が、普段見向きもしない広報誌が山となっている場所へと注がれる。だがベルの報せのとおり、そこにはまだない。

「では最後に、次に名前を呼ばれた方は今すぐ二階・第三会議室に集合を願います。レベル2のクロビスさん、シーナさん、マルさん、ショウさん、ニンニンさん、ルイードさん、コロネさん、レベル1のルカさん。以上8名は第三会議室に来てください」

「……なんだ?」

 ショウは首をかしげた。

「山林班に集まれってことじゃない? 別件の仕事をくれるとか」

 シーナが人差し指を立てて推測を口にした。

「いや、ルカが入ってるじゃん」

「ボクの未知なる力にやっと気付いたのかもね」

「ねーよっ。……ともかくいってみるか」

 ショウがメンバーを促した。

「それじゃ、ボクはパン屋に戻るよ」

 アキトシがみんなに手を振って出て行った。

「がんばるな、アキトシ」

「あいつ、今日から店長の厚意で店の三階の空き部屋に住むんだって。住み込みでパン屋やるみたい」

 アカリからの情報は一同を驚かせた。

「すげーな、そこまで本気だったのかよ」

 マルも素直に感心している。

「キミはどうなんだい?」

 「あたし?」ルカに問われ、赤毛の少女は肩をすくめた。

「そこまで入れ込む気はないわよ。でも、うらやましい気もするけどね」

「それじゃ、オレも朝食をとって工場へ行くよ。また」

 話の切れ目と判断し、リーバが背を向けた。ショウたちが手を振る。

「アカリ、オレたち呼び出しだから上に行くけど、戻ったらいっしょにメシいくか?」

「そうね。休憩所にいるから」

「じゃ、あとで」

 アカリと離れて、ショウとマル、シーナとルカは二階へ上がった。

 途中、第一会議室に呼び出されていたコーヘイたちとすれ違った。

「大丈夫ですか? 顔、硬いですけど」

 普段のコーヘイとの違和感に、ショウは訊ねた。

「ああ、特務だからね。ちょっと緊張してるよ。それじゃ、行ってくる」

「気をつけてくださいね」

 コーヘイに続くサトやレイジも一様にこわばっていた。なにがあったのか気になるが、特務情報が聞けるわけもない。

 ショウたちは第三会議室に入った。クロビスはいるが、他には誰もいない。

「なんの呼び出しだろうね?」

 シーナがクロビスに訊ねるが、彼にもわからないので答えようがなかった。

「そういえば、クロビスさんはルカと会ったことないですよね? ルカ、クロビスさん。採取班の先輩」

「どうも、ショウがいつも世話になってます」

「お前が言うか!」

 二人の掛け合いには立ち入らず、「クロビスだ」と会釈して紹介は終わった。

 続いて、小柄で筋肉質のニンニンがやってきた。

「やぁ、ショウくん……」

「あ、ニンニンさん、お疲れ様です」

「まったくだよ、こういう呼び出しは嫌な予感しかしないよ。それでちょっと思い出しちゃった。昔、どうしても行っておきたい場所があってね、お金がなくて一日だけ派遣の仕事をしたんだ。そうしたら――」

「はーい、すんません。通るよー」

 扉前で立ち話をしていたショウとニンニンの間を、オレンジ髪の男が手で割るように進んで行く。

「あ、ルイードくん。久しぶりだね」

「ちーす、ニンニンさん。相変わらず過去の呪縛に捕らわれてるみたいっすね」

「聞いてくれるかい? 実は――」

「長いからいいっす! おつっ」

 彼は会議室でも一番遠い席に座り、大あくびをした。

「知り合いですか?」

「まぁ、何度かいっしょに仕事した程度だけど。そういえば、語学講座を受けてるんだって?」

「はい。きのうの夜も受けました。まだ字は覚えきれないですけど」

「急ぐことはないよ。学ぼうとする意思が大切なんだ」

「はい、ありがとうございます」

 ショウが頭を下げているのを、シーナとルカがじっと見ている。

「なにあの人、だれ?」

「ショウに語学の勉強を勧めた人じゃなかったかな。ニンニンて名前だったから、たぶんそう」

「ふーん。わたしもやろっと。ショウと机並べて勉強なんて、学生みたいでいいなー」

「それはボクの楽しみだ」

 睨みあう二人の頭を、誰かが軽く叩いていく。加害者を見ると、眼の細いほんわかした女性が少しだけ眉を吊り上げていた。

「はい、ケンカしない。ここは遊び場じゃないのよ」

「は?」

 シーナはわけがわからずポカーンとした。

「ケンカはダメ。見ている人も不愉快になるから。わかった?」

「はぁ……」

 あまりの場違いさに、ルカも毒気が抜かれた。

「あー、コロネさん、久しぶりっす!」

 ルイードが立ち上がった。

「きのう会ったばかりなんだけど……」

「そっすねぇ。15時間ぶりってとこすかね」

「いえ、休憩所の入り口で会ってるから、8時間ぶりくらいかしら」

「そっかー。あはははは」

 この空気がわからず、何となく疲れてシーナとルカは適当な席に座った。間を一席空けているのは、もちろんショウの分である。

 が、彼はパーザ・ルーチンが入ってくると手近な席についてしまい、せっかくの席は無駄となった。

「全員、集まりましたね。では早速ですが、みなさんにお話があります。これは特別な事例なので、口外なさらないようにお願いいたします」

「特別な事例ぃ……?」

 マルが露骨に苦い顔をした。内緒話は特務コードOBTを思い出す。

「みなさんは、特例として即時レベル3への昇段が可能となりました」

 「え……?」全員が予想外の展開に言葉がなかった。

「驚かれるのも無理はありませんが、今回は特殊な事情があり、特例として施行されます。なお、条件がいくつか付帯します。こちらの書類をよく確認の上、レベル3への昇段をお望みであればサインをお願いいたします」

 一人ひとりに手渡された用紙には、『特例昇段申請書兼機密保持契約書』とある。それには昇段するための三つの条件が書かれていた。一つは本契約過程を口外しないこと、二つに向こう10年間異世界人管理局(アリアン・)専属召喚労働者(セルベント)となること、最後に特務発令時には優先し実行すること。

「これって、さっき下で聞いたレベル3以降の新制度と同じですよね?」

「はい。条件の一番を除いてまったく同じ条件、待遇です。つまりはレベル3に早く上がったのを口外してはならない、とそれだけが追加されています」

「なるほど、了解」

 ショウたちはうなずいた。

「さっき聞いてて思ったけどさー、これってすげぇサービスだよなー。年金つくってサイコーじゃね? レベル3まで待たなくてもいいなら受けないほうがおかしいっしょ」

 ルイードはあっさりサインした。

 そんな軽い気持ちで受ける者もいる一方、不信が募る者もいる。

「わからないのはなんでボクまで? ボクはまだここへ来て五日で、レベルも1だよ?」

 ルカに睨まれてもパーザは動じない。

「ここにいる方は、大きく三つに分かれます。まず、すぐにでもレベル3にあがるだけの経験を積んでいる方。二つ目が、実戦経験のある方」

 パーザがショウやシーナを見る。それで彼らは納得した。

「最後に、特別優秀な方です」

 彼女はルカを見据え、銀髪の少年はその眼を睨み返した。優秀と呼ばれるのは悪くないが、それが即・二階級アップは怪し過ぎる。

「ボクの何が優秀なの?」

「そうですね、たとえば、きのうのあなたが見せた類稀たぐいまれな運動神経でしょうか」

「きのう……?」

 ルカは思い返す。防壁掃除の仕事こなし、帰ってきたら裏庭で面白そうなイベントがやっていた。高レベル戦士の百人組手。ルカは喜んで参加し、叩きのめされた。しかし、一矢を報いている。

「レベル1のあなたがレベル27に一撃を与えた。これは運がよいという問題ではありません」

「なるほどね、管理局は即戦力が欲しいってことか」

「はい。そのため、もうすぐ上がる方も前倒しでお呼びしました」

 パーザはごまかさずに明言した。

「あー、やっぱりなんか嫌な予感がしたんだよねぇ。この先、よくないことが起きるんだろうなぁ。オレが高校生のときに遭遇した派遣での悪夢を思い出すよ」

 ニンニンが天井を見上げて独り言をつぶやく。そしておもむろに用紙を破いた。

「じゃ、オレはこれで。口外はしませんのでご安心を」

 手を上げて、扉を出て行った。

 「さすがだなぁ」とニンニンを心の師匠にしているショウは感嘆した。

「特にデメリットは感じないのよね。スキル2つに免税って大盤振る舞いじゃないかしら」

 コロネはサインする。

「ショウはどうするの?」

 シーナはショウに一任するつもりだった。

「決まってるだろ」

 ショウは用紙を破く。

「冒険者が国に縛られてたまるか」

「だよね!」

 シーナも豪快に破る。細かくちぎって天に投げた。

「あとで掃除をしてくださいね」

 パーザに冷静にいわれ、シーナは「はぁい……」と沈んだ。

「ルカ、マル、行こうぜ。オレたちには関係ない」

 呼びかけるショウに、二人は無言だった。

「どうしたんだよ?」

「……わりぃな。オレは、強くなるのに手段を選ぶほど余裕がねーんだ」

 マルはサインした。

「どうして!?」

「オレは強くなりてーんだよ。最短で走りてーんだ。それにはこれが一番だろ? スキル2つだぞ? 魔法が2つも速攻で覚えられるんだっ。何百万もかかるものが、タダですぐに手に入るんだっ。こんなチャンスは二度とねぇ」

「だけど、いっしょに行くんじゃなかったのかよ? パーティー組むんじゃなかったのかよ! 親友になるんじゃなかったのかよ!」

 初めて会ったときの約束をショウは覚えている。生意気で大言壮語で、だが一本筋が通ったヤツだった。共に行くと思っていた。仲間だと思っていた。しかし彼は違う道を選ぼうとしている。

「オレにだって叶えてーことの一つもあるんだよ。それが何より優先なんだ。すまねーな」

「……わかった。がんばれよ、マル」

「おう。別に今生の別れじゃねーだろ? 暇なときは遊んでやらぁ」

「こっちのセリフだ」

 二人を拳を合わせて別れた。

「……ルカもか?」

「うん。まさかこんなに形で別れるとは思わなかったよ。でも、ボクもやりたいことへ最短で走りたいんだ。キミといっしょなら、なおよかったんだけどね」

「召喚されるのが遅いからだろ。もっと早く来ればよかったんだよ」

「ホント、そう思うよ……」

 ルカは手を伸ばした。固く握手して、「またな」とショウは立ち去った。少年は振り返らなかった。

 シーナはショウについていく。が、彼女は振り返らずを得なかった。「掃除!」とパーザにツッコまれたからだ。用具庫からほうきとちりとりを持って撒き散らした書類を片付ける。

 廊下で待っていたショウにシーナは近づいた。彼は寂しそうな顔をしていた。

「……結局、みんなバラバラか」

 あのときのコープマン食堂の光景をショウは覚えている。アイリが微笑み、マルとアカリが言い合い、アキトシがとめようとして、リーバは我関せずと食事に専念する。そしてあの六人からアイリが抜け、ルカが居ついた。今はリーバもアキトシも自分の道を選び、シーナと出会ってすぐ、マルとルカも先を急ぐように走りはじめた。

「わたしはいるからね」

 シーナは口にして、違うのだろうとわかっていた。でも、今、そばにいる自分を見て欲しいと思う。

「行こうか」

 ショウは笑って見せ、歩きはじめた。

「そういえば、クロビスさんは……?」

「速攻サインしてたよ」

「そっかぁ……」

 忘れていてわがままではあるが、それも残念だった。

「アカリ」

 休憩所で荷物整理をしていたアカリに、ショウは声をかけた。その眼にアイリの作った服が映る。

「意外と早かったわね。残りのうるさいのは?」

「ルカとマルは特務に行く。しばらく会えない」

「……あんたは行かなかったんだ?」

 沈んだ顔をするショウにアカリは裏を察するが、知りたい欲求は抑えられない。

「行かない」

 「そう」一言で返され、アカリはそれ以上訊けなくなる。

「じゃ、ご飯いこっか」

 アイリが使っていた肩掛けカバンに、アイリの服を畳んでしまい、アカリは板間を降りた。

 エントランス・ホールで待っていたシーナと合流したとき、三人はベル・カーマンの慌てた声に呼びとめられた。

「す、すみません、みなさんは今日、お仕事入ってませんよね?」

 「薬草採取が休止ですから」とショウ。

 「同文」とシーナ。

 「あたしオフだし」とアカリ。

「あぁ、よかった。ぜひお願いします! 何でもいいので仕事を受けてください!」

「なんでもいいって何よ?」

 すがりつくようなベルを、アカリが挑戦的な眼で見る。

「新制度の発表で、レベル3以上の方が軒並み今日の仕事をキャンセルしてしまい、人手が足りないんですっ」

「「あー……」」

 それはそうだろうと思う。新制度を受け入れる者は、一刻も早く訓練所でスキルの一つでも学びたいところだ。受付にはすでに長蛇の列ができていた。ツァーレ・モッラが病欠らしく、受付は今、降りてきたばかりのパーザが一人で回している。それまではベルが孤軍奮闘していたのだろう。

 三人はたがいを見てため息を吐いた。そして、可笑しくなって笑った。

「いいですよ、急に暇になってどうしようかと思ってたし」

「ありがとうございますっ」

 拝むようにショウを見上げるベルに、「ちょっと近いんじゃない」とシーナが引き離す。

「では、これとこれとこれ、お願いします」

 ショウは作業依頼書を三枚も渡され、「容赦ないな!」とツッコむ。

 アカリとシーナは二枚だが、少し後悔している表情を浮かべた。

「あ、オレ、全部行ったことあるヤツだ。市場と、倉庫と、魚屋」

「あたしは……公園の噴水掃除? なによこれ。次が棚卸し?」

「わたしは新築家屋の掃除と要介護者の買い物補助」

 それぞれの内容がわかると、アカリがシーナを睨んだ。

「あんただけなんか楽そうじゃない?」

「楽かなぁ。新築家屋掃除をやったことあるけど、拭き掃除用のバケツの水汲みでけっこう階段上り下りするよ? そのあと空拭きがあって、屋根にも上がるし、煙突の中もロープで吊るされて降ろされるし。なんなら換わろうか?」

「……いえ、いいわ。水遊びするほうがマシな気がする」

 アカリは丁寧に辞退した。それ女の仕事なの?と思ったが、あえて言わなかった。

 ベルが頭を何度も下げ去って行くと、三人は準備をして管理局を出た。朝から慌しく、外の空気を吸ってようやく落ち着いた気がする。

「朝飯、食べて行く時間はある?」

 ショウの問いに、アカリとシーナはうなずく。

 三人はコープマン食堂に入った。ともに、ここのモーニングは数日ぶりだ。

 三人もいるのに静かだった。雑談はしているが、いつもの賑やかさがない。一番うるさいマルも、なにかとちょっかいをかけてくるルカもいない。アカリとしても張り合いがなかった。

「……あいつら、どれくらいいないの?」

 ショウの正面に座っていたアカリが、食事から眼を離さずに訊いた。

「さぁ。少なくとも一月ひとつきはいないかな」

「長いわねぇ」

「長いな」

 少し、沈黙があった。

「あの新制度はどう思う?」

「どうって、みんなは喜んでるだろ? 免税・年金・無償スキル、大出血サービスだろ」

「じゃ、あんたはレベル3になったら受けるんだ?」

 アカリがショウにフォークを向けた。ウィンナーが突き刺さったままである。

「オレは……」

 ショウは言いよどんだ。さきほどのように断言するのをためらった。マルとルカの選んだ道が間違いだとは思わない。かといって自分の選択も正しい自信はない。彼らは自分の理想を目指し、ショウも理想を選んだ。今ここで自分の気持ちを伝えると、それは彼らを否定することにならないだろうか。

「もらったァ!」

 シーナがアカリのフォークからウィンナーを食い取った。

「あ、あんたねー!」

「食べ物で遊んでるからだよ。ごちそうさま」

 シーナは飲み込み、意地の悪い笑みを浮かべた。

「く、あんたのポテトもらってやるっ」

 アカリのフォークがポテトサラダに走るが、シーナは皿ごと回避した。

「アカリは迷ってるの?」

 シーナは皿を抱えたままポテトサラダを頬ばった。

「はぁ?」

「だって、他人の意見を求めるってことは、迷ってるからでしょ?」

「ち、違うわよっ」

 アカリがそっぽを向く。

「アカリってわかりやすいよねー。カワイイなー。好きだなー」

「あんたに好かれても嬉しくないっ」

「またまたぁ。同姓の友達なんてそうそうできないんだし、仲良くやろうよぉ」

 そのお気楽な態度にアカリは苛立ち、シーナを睨んだ。

「あんたはなんかロコツ過ぎなのよっ。芝居臭くて、やたら男にベタベタするし」

 シーナはキョトンとし、それから「あー」と漏らして何度かうなずいた。

「わたし、日本では男はもちろん女の友達もいなくて、人との距離感ってよくわかんないんだよね。だからこっちにきて自分を変えようと思って、精一杯明るく生きてやろうとして、気が合いそうな人がいると考えなしで近づいて、甘えちゃうんだろうね。それが不快だったならあやまるね、ごめん」

「……別に、あやまることじゃないわよ。あたしがあんたを気に入ろうが気に入るまいがどうでもいいじゃない」

「よくないよ。ここでアカリまでいなくなったら、やっぱり寂しいよ」

 アカリは真正面から言われ、照れて顔を背けた。

「なんであたしがいなくなるのよ。意味わかんないっ」

「だって、新制度を受けるかどうか悩んでるんでしょ? もしかするとわたしたちとは道が変わるかもしれないじゃない。あれって管理局の駒になれってことだし」

「だからよ」

「なにが?」

「管理局の駒になるってことは、もしかしたら王都への召集もあるかもでしょ?」

「うーん、可能性は低いと思うけど」

「でも、このままよりも確率は高いと思わない?」

「うん、まぁ。で?」

「だから、王都へ行ってアリアドに会う確率も上がるってこと」

「あ」

 ショウはアカリの論法に、新鮮な驚きを感じた。

ショウ(あんた)の最終目的ってアリアドに会うことでしょ? なら、それが最短距離じゃないの?」

「考えもしなかった……」

「はぁ? どんな脳ミソしてんのよ、あんた。アリアドに会いたいなら、管理局の直接配下に入るのが一番でしょ。でもそれって、あたしが考える未来と違うし……」

 アカリの声が小さくなっていく。

「……そっか、アカリはオレたちと冒険に出るんだもんな。なら、駒にはなれないよな」

「……そうよ」

 ポツリとつぶやく赤毛の少女に、ショウは感激して胸が熱くなった。

「バカだな、オレだって冒険者になるんだ。駒になんかなるかよ」

「バカってなによ。……まぁいいわ。それが聞ければ充分よ」

 アカリは横を向いたまま食事を再開した。ウィンナー一本は損をしたが、それ以上の回答が得られたのが嬉しい。

 シーナが二人を見比べてた。

「もしかして、ラブラブなの?」

「「ちがうっ」」

 二人は真っ赤になりながら、同時にツッコんだ。


 同時刻、ギザギ国王都オースム・王城内――

「陛下、召喚庁が異世界人に向けた新たな制度のお話はお聞きになられましたか?」

「聞いておる。が、いち組織の些末な問題に構っていられるか。そのための庁であろうが」

 第十九代ギザギ国王は、国務大臣の問いに不機嫌に答えた。

「しかし、国政に大きく関わるかと」

「石をわずかに磨こうと玉になるわけではない。だが、多少は使い物になるだろう。駒としてはそれでよい。亜人種アリアンなど、余の糧でしかないのだ」

 言い放つ国王に、国務大臣は一礼した。


 同時刻、ギザギ国王都オースム・異世界召喚庁長官室――

 アリアドはデスクに山となっている書類を眺めて、今日のお昼は何にしようと現実逃避をしていた。

 そこに入室してきた補佐官が新たな書類を重ねていく。

 そうだ、今日はチキンにしよう、と決めたとき、補佐官が上司に質問した。

「長官は、今回、管理局から提出された新制度導入案をなぜお認めに? あれでは異世界人を優遇し過ぎではありませんか?」

 アリアドは質問の意味を噛みしめているのか、思い返しているのか、たっぷり10秒かけてから答えた。

「そうねぇ。管理局・局長が決めたんだからいいかなーって」

「は?」

「べ、別に考えるのが面倒だったとか、どうでもいいからとかじゃないのよ? 現場には現場の判断が必要ってこと」

「はぁ……」

「あの局長が判を押したのなら間違いないわよ。それだけ現場は困ってるのよ。うん」

 アリアドは自身を納得させるように数度うなずいた。

「そうでしょうか? この8年で召喚された異世界人は、それまでの12年のおよそ4倍です。数だけでしたら余っているくらいです」

 数字を持ち出され、アリアドは不機嫌になった。それだけ無能者を呼び出し、無駄に税金が浪費されている、と陰口を叩かれてきている。

「1185名。これだけの異世界人がこの地に呼ばれ、現在は843名が生活している。でも、勇者と呼ばれる者は100人に一人いるかいないか。これでは召喚庁の意味がないの。わたしたちは闇雲に人口を増やすために召喚をしているわけではないのよ」

 偉そうに語るが、適当に召喚しているのはその口の持ち主だ。

「しかしいたずらに彼らを優遇すれば、彼らは増長し、国民からは反感を買い、いずれ災いとなりかねません。使えぬなら使えぬなりに、市政に奉仕させておけばよいのです。どうせ彼らは後の世に何も残せぬのです。使い捨てでよいではありませんか」

「残せないねぇ……。本当にそうかしら」

「そのための肉体変換術ではありませんか。彼らは子孫を残せない。ただ使われ、滅ぶための、人間に似て非なる異界の亜人種アリアンなのですから」

「……」

 アリアドは応えない。ただ薄く笑むだけであった。

 お腹すいたなぁ、とは口にしなかった。


 異世界人管理局の新制度情報は、すでに民間異世界人組合ギルドにも伝わっている。この件に関し、管理局はむしろ喧伝していた。ギルドに流れた人材を取り戻す好機であるからだ。

 実際、ギルド内では噂で持ちきりとなっている。特にまだギルドに入りたての新参者や、うまい稼ぎにありつけない者などには魅力的に映る。

「管理局に戻ろうかな……」

 新参の一人がつぶやいた。

 聞き捨てならないと、古参の男が「ああ?」とすごんだ。彼らギルドのメンバーは実力至上主義だ。半端な気持ちでいる人間がもっとも嫌われた。

 脅える新参者の襟首に、古参の太い指が絡む。

「やめろ、好きにさせてやれ」

 ギルド・マスターが酒瓶磨きに精を出しながらたしなめた。

「しかし、マスター。いくらなんでもギルドを舐め過ぎだろ? こいつも、管理局も」

「ギルドは召喚労働者ワーカーのためにある。管理局の反体制がオレたちなんだ。その管理局が待遇を考え直すというのなら、反対する理由はねぇ」

「だが、オレたちの自由はいつまでも保障されねぇ! 新制度はオレたちをさらに縛りつける鎖じゃねーか!」

「それを望むヤツもいる。自由だけじゃ生きていけねーんだよ」

 「根性ナシがっ」男は震える新参者を睨みつけ、解放した。

「戻ってくんじゃねーぞ。おまえに居場所はねぇ」

 新参者は逃げるようにギルドを出て行った。あとを追う数人がいる。

「ブルー、おまえきのう、このクソ制度の話をしにいったわけじゃねーだろうな?」

「あァ?」

 ブルーが男を睨んだ。自分より20センチも小さい男に、古参はたじろいだ。身長差は男が勝っていても、レベル差は圧倒的であった。

「ンなわけねーだろ。ただちょっと後輩指導してきただけだ。オレにとっちゃ、ギルドも管理局も関係ねぇし。……すでに自由だからな」

 ブルーは椅子にもたれかけ、目を閉じて眠った。二日酔いが抜けていない。きのうは久しぶりにいい酒を飲んだ。それが彼の自由の証だった。


 ショウたちが町の各所で仕事に励んでいるころ、森を探索する一団があった。

 コーヘイたち、山林作業組警護班の面々である。

 彼らは特務として近隣の山を巡り、ゴブリンの足跡がないかを探していた。

 一班ひとはんは北門から出て西の森へ、二班ふたはんが南門から南西と南に分かれて進んで行く。コーヘイとサト、レイジは南西探索班だ。

「しかし、ブルーさんの報告って本当でしょうか?」

 サトが邪魔な枝を剣で叩き折った。

「あの人が嘘をつく道理がない。それに実際、オレたちは10匹の集団に遭遇した。とすれば、もっと多くのゴブリンがいてもおかしくはない」

「ゴキブリみたいすね」

 レイジが茶化す。コーヘイはあえて乗り、笑った。

 それに乗らなかったのはサトだ。

「たしかに、おとといのゴブリンたちとは違う一団でした。シャーマンまでいましたし……」

 ゴブリンの見分けがつくわけではないが、装備などが違うのはわかる。きのうのゴブリンのほうがマシな武装をしていた。

「役割もしっかりしていた。戦闘に慣れた一団だと思う。……ま、オレたちが弱すぎて、そう錯覚したのかもしれないけどな」

 コーヘイが肩をすくめる。

「強くなるために例の新制度ってのはどうなんですかね?」

 レイジが話を振る。管理局・第一会議室で、この偵察任務終了後に受けられる新制度についての説明も受けた。警護班は軒並み乗り気になっていた。

「10年縛られるのは気に入らないけど、手っ取り早く強くなれるだろうね。お金の心配をしないだけでずいぶんとマシになる」

「ですよね。隊長は受けるんですか?」

「隊長はやめろっ。……オレは、そうだな。受けようかと思う」

 コーヘイの頭に、パーザ・ルーチンの顔が浮かんだ。彼女への命の借りを返す絶好の機会だと思う。

「そうですか。では、ボクも受けますよ」

「つきあうっていうのなら、やめたほうがいい」

「半分は。でも、残り半分は自分のためです。せっかくのファンタジー世界なんだから、魔法を覚えて強くなりたいじゃないですか」

「わかります! オレもいっしょに行きますよ!」

「いやだから、ついてくるんじゃなくて、個人でがんばればいいじゃないか」

「水臭いこと言わないでくださいよ、隊長」

「……なんだかな」

 コーヘイは呆れて首を振った。しかしは気分は悪くない。『仲間』という実感があった。

 と、かすかな草の揺れを見た気がした。

「とまれ」

 囁くように指示し、体を縮こまらせる。

 しばらくじっとしていると、視線の先で確かに草が揺れた。

「動物?」

「わからない。とにかく動くな」

 息さえとめる緊張感は、だが、長く続かなかった。草揺れは遠ざかるが、そこからはみ出す粗末な槍がいくつか見えた。

「動くなよ。我慢だ」

 コーヘイが口パクと間違えるような小声でサトとレイジに伝える。三人は自分が石になったつもりで硬直した。

 槍の穂先が樹々の向こうに消えた。

 三人は小さく深呼吸し、屈んだまま円になった。

「どうします?」

「選択の余地はない。町に帰るさ。パーザさんも言ってただろ、無理しないで適当に済ませて帰ってきなさい、発見してもされてもまず逃げなさい、と」

 『適当』という部分が偵察任務としてはどうかと思うが、彼女にも言い分はある。この任務自体が管理局のギルドに対する嫉視からきていた。ブルーは優秀であり、虚言報告をする理由がないと知りつつ、メンツにこだわって独自調査を強行したのだ。パーザは命令を伝えるしかなく、それならばと何より安全を優先したのだった。が、そんな事情は特務を受けた側は知る由もない。

「ですよね。戦うとか言われたらどうしようと思いました」

 レイジがホッとした。

「そんな命令を出す無謀な隊長についていくつもりだったのか?」

 コーヘイはつい可笑しくなった。が、笑おうとして自分で口を塞ぐ。

「……ともかく偵察任務は完了した。ブルーさんの報告どおり、ゴブリンはまだまだたくさんいる。それが伝われば充分だろう」

 コーヘイの判断は正しく報われた。彼らは無事に町へ帰り、異世界人管理局に報告した。

 残念なことに、西へ向かった班は判断を誤った。ゴブリン四人を発見し、先手を取って攻撃を開始した。順調に二人を斃し、勢いづいたがそこまでだった。応援が現れ、彼らは追われる立場となる。全速力で逃げ出し、森の抜けたのは3名中1名のみであった。その彼女も背中と心に大きな傷を負い、その後、戦闘職を遠のくこととなる。

 南担当の班は大きな収穫もなく、時間通りに帰着した。


 ショウが仕事を終え、管理局に戻るころには夜となり、受付もすっかり片付いていた。新制度の申し込みも一段落したのか、この時間特有の緩い雰囲気が漂っている。

「おかえりー」

 シーナが入ってきたショウを見つけ、小走りで近寄る。後ろにアカリもいた。

「なにしてるんだ? そっちはもうとっくに終わってただろ?」

「ご飯をいっしょにしようとアカリと待ってた」

「一人で食べても楽しくないしね」

 左手で髪をいじりながら斜め下を見て話すアカリは、立派なツンデレ属性だなとショウは思った。

「なら、アキトシもそろそろ戻るだろ? いっしょに――」

「だからあいつ、パン屋に住み込みだってば。もうここには報酬の受け取り以外には来ないわ。……それもそのうち、なくなるかもね」

「ああ、そっか……」

 思い出して、一抹の寂しさが襲う。マルもルカも、もういない。

「ほら、早く報酬をもらって来なさいよ」

 アカリに押し出され、ショウはたたらを踏んだ。そのまま受付カウンターに向かう。今はベル・カーマンしかいなかった。

「お疲れ様でした。急なお願いをして申し訳ありませんでした」

 開口一番、ベルが謝罪する。ショウは恐縮して頭を下げ返す。

「いえ、暇でしたから。それで、明日もやっぱり採取作業はなさそうですか?」

「そうですね。やはりしばらくは中止となりそうです」

 コーヘイら偵察特務班はすでにそれぞれの報告を終えていた。その結果を彼女も知っている。二人が死亡という、残念な結果も。それを聞き、パーザ・ルーチンが悔しそうにデスクを思いきり叩いたことも。

「そうですか……。人手も足りないみたいだし、仕方ないですね」

 新制度のおかげでレベル3以上がゴソッと減っているはずだ。警護班の確保をするのも難しいだろうと思う。

「はい。でも、訓練所の許容人数がオーバーしてしまい順番待ちになりましたから、参加できるまではみなさん、こちらで仕事をしてくださるので助かります」

「あ、そうなんですか」

 もしかするとその定員割れにマルとルカもいるかもしれない。そう思い、こっそり訊いてみた。

「そのお二人は、優先的に訓練所に入りました」

「そうですか……」

 ショウはまた落ち込んで、肩を落としたまま報酬を受け取って二人のもとへ戻った。

「お待たせ、メシ行こうか」

「うん。またコープマンだけどねー」

「開拓したいけど、結局、安さには勝てないのよね……」

「お金も貯めておかないとな」

 三人は心も懐も温まらない話をしながら、コープマン食堂に入った。

 片隅にリーバを発見し、周囲が空席であるのをいいことになだれ込む。

「おまえたちはもう少し常識をもって行動しろ」

 食後のお茶を楽しんでいたリーバは、やかまし組の登場に疲れた顔をした。

「こんな賑やかなところで一人で隠居ジジィしてるんじゃないわよ」

 リーバは的を射られて言い返せない。そもそもアカリ相手に口で勝とうとは思っていない。

 注文を済ますと、ショウはリーバに去就を訊いた。新制度を受け入れるかどうかだ。

「オレは受けないよ。あのシステムは完全に戦闘特化だろう? 特務もそれらに関連するだろうし、オレは静かに隠居ジジィでいたいよ」

「それじゃ、ずっと縫製工場で?」

「まぁ、しばらくはね。何をするにもまずはお金がいるし、そのうち休憩所とも別れないとならないだろうし」

「レベル3になったら使えないですからね」

「オレなんてずっとレベル2でいいのに。冒険もロマンもいらないから、平穏な毎日と小さな部屋が欲しいよ」

 おどけてみせるリーバにショウたちは笑った。

「部屋といえば、アテはあるんですか?」

 流れで訊ねたが、ショウにもいずれは必要となるものだ。他人の話を参考にしたい。

「うん、ボチボチは探しているよ。有力候補があってね、縫製工場のそばで貸し出ししている部屋なんだ。大家の老夫婦が一階に住んでて、二階の一部屋を貸し出ししてるらしい」

「一部屋だけ?」

「充分だよ。荷物も大してないし、寝起きできればそれで。食事も込みだって話だから助かる」

「現実味を帯びてるわね」

 アカリの感想に、「そりゃ、現実の生活だからね」とリーバは答えた。

「シーナは? この中だと、順当に考えて真っ先にレベル3に上がるのっておまえだろ?」

「え、わたし?」

 その顔でわかる。何も考えていないと。

「うん、そうか、わかった。いきあたりばったりな」

「あははー。合ってるけど……」

「オレたちもいちおう考えておかないとな。いつレベルが上がるかわからないし。平均日数で考えると、あと10日は大丈夫だと思うんだけど」

「けどあんた、レベル2でゴブリン2匹倒してんのよ? これってけっこうポイント高いんじゃない?」

「あ、そうかも」

「さらに今日、三本こなしてるし」

「う……」

「明日にもひょっこり上がったりしてねー」

 アカリとシーナがニヤニヤする。いつの間にか仲がいい。

「部屋かぁ……。それとも毎日、宿屋暮らしするか」

「旅に出るなら部屋はいらないわよね」

「でもレベル3即旅立ちはできないだろ」

 生きる技術もない状態での旅は死亡フラグを立てるようなものだ。

「となると、しばらくはこの町を拠点にしてお金を貯めては訓練所ね」

「訓練所って合宿って話だよね? そしたらその間も家はいらないよね」

「そっか。なら最低限、訓練所に篭る分のお金だけ稼げばいいんだな」

「そうなるね」

 届いた料理を前に、シーナは手を合わせた。

「ま、本当に困ったらリーバのところに転がり込めばいいのよ」

「絶対に教えない」

 アカリのたちの悪い冗談とわかっていても、予防線は外せなかった。

「ウィークリー・マンションみたいのがあると楽よね。荷物も置いていけるし」

「そうだよなぁ。なんだかんだ、物が増えてるけど、持ち歩くしかないからな」

「コイン・ロッカーとかないのかな」

 三人の悩みにリーバが一石を投じる。

「あるらしいよ、貸しロッカーじゃなくて貸し倉庫だけど」

「「マジで!?」」

 三人が食いつく。

「みんな同じ悩みを抱えるからね、先人の召喚労働者ワーカーが、そういう店を出して大もうけしているらしい」

「商魂逞しいわね。でも、偉い! で、どこにあるの?」

「外区の5番街にあると聞いた。そのまま、賃貸倉庫屋という名前らしい」

「なんで外区なのよ? 治安悪くない?」

召喚労働者ワーカーには大した権利がないからな。そこしか場所がなかったんだろう」

「身に詰まる話だな」

 ショウが息を吐いた。

「でも外区5丁目なら管理局から遠くはないだろ? 中区の11丁目に行くよりは近い」

「問題は安全性よ」

「この世界、どこを見ても安全なんて保障されないだろ。倉庫を借りるにしても貴重品は常に持ち歩きだ」

「むしろ貴重品がないんだけど」

「お金はデータだしねー」

 シーナが笑うとおり、もっとも価値のあるお金が現物ではなくデータである。その他の物は消耗品ばかりだ。それ以外で大切にしたいのは、アイリの手が入った服くらいだろう。

「だったら値段を調べて、払えそうなら三人で借りるか?」

「そうだねー。一人一倉庫のスペースはいらないだろうし。溜まったら考えればいいし」

「あたしもそれでいいわ。でもあたし、また三日間パン屋だから、あんたたち暇なとき見てきてよ」

「わかった。ついでに宿も探してみるか」

「だね」

 話の決着がつき、三人は食事に集中した。スープが冷めかかっている。

 その後、アカリとシーナは風呂へ行き、ショウとリーバは異世界人管理局へ戻った。

 洗濯をしようと裏庭に向かったショウは、そこで自己鍛錬に励む先輩たちを目撃した。昨日、ブルーに教わった鍛錬方法を実践している。

 ショウも参加したくなり、食べたばかりだが柔軟や腕立てなどをこなし、ママゴトみたいな組手をする一団に声をかけて仲間に入れてもらった。

 途中で、日本で空手をやっていた者が現れ、教えを乞い、あっという間に時間が過ぎて行く。

「なにこれ、暑苦しい」

 風呂から戻ってきたアカリが、裏庭の騒がしさに覗きに来た。ショウが説明すると、さらに眼が冷ややかになった。

「今朝のうるささもこれだったのね? 早朝からやけに騒がしいと思ったら……」

「アカリもやるか? 今からでも鍛えておくといいと思うぞ」

「お風呂いったばっかよ? やるわけないでしょ」

「シーナは?」

 となりにいる彼女にも確認する。

 シーナは少し悩んだ。

「ん~~~~~、今日はパス。せっかくお風呂いったしねー。明日からやる」

 体は動かしたいが、少ない稼ぎの一部を使って風呂に入ったのを無駄にはしたくない。

「そっか。じゃ、オレはもう少しやってくから」

 鍛錬に戻って行くショウに、アカリはつぶやく。

「……こいつら、あとでお風呂いくんでしょうね? 汗臭いのはごめんよ」

 そしてアカリの嫌な予感はあたる。彼らの自己満足が終了するころには風呂屋は閉店しており、水浴びをした者はまだしも、そのまま休憩所に来る者もいた。そういう者は主に女性たちの非難を浴び、部屋を追い出されていた。


 階下の無邪気な賑やかさを不快に思いながら、異世界人管理局の幹部たちは、会議室でさらに不愉快な議題を話し合っていた。

「死者が二人も出たのか……。さすがに不手際だな」

 総務部長は重い息を吐いた。

 報告したパーザ・ルーチンは、コメカミに雷をまといつつも冷静たろうとした。

「だがこれでサイセイから逃亡してきたゴブリンがこちらにも流れているのがはっきりしたわけだ。……ルーチン君、討伐布告からの討伐数はどうなっているかね?」

「22人です。そのほとんどがギルド・メンバーによるもので、場所は森、近隣の村、川沿いと、さまざまです」

「ルーチン君」

「はい」

「ゴブリンを『人』と数えるのはやめたまえ。ヤツらは害獣だ」

「ですが、生物学学会ではゴブリンは亜人種と認定されております。この場合――」

「そんな理屈はいらん! 人間に害を為すものを尊重してどうするのだ!」

 彼女の正論を、総務部長は感情で叩き潰した。

「……わかりました」

 パーザは感情を捨てて応えた。

「さて、今後の対策はどうするべきか。安全保障課長?」

「は、はい。まずはナンタン町長ズュード氏に報告。警戒レベルを一段階上げるよう手配していただきます」

「フム、当然だな。で、管理局としてはどうする?」

「本日、新制度が発布され、実戦部隊を育成する環境が整いました。ですが始まったばかりであり、訓練所の許容量も50名と狭いものです。使い物になるにはまだまだ時間が必要でしょう」

「そんなことはわかっているっ。その上でどうするかと聞いているのだ!」

 総務部長は机を叩き、怒鳴った。

「そう仰られても、そもそもわたしども安全保障課は異世界人関連の事故や物損、違反者などの処理をする部署でありまして、対外的な戦闘行為、またはそれに類する――」

「現実に召喚労働者ワーカー・2名が死亡しているではないか! 特務とはいえ作業中の事故だっ。今後も起こりうる事態にどう対処をするかと聞いているのだっ」

 総務部長の言いようは、多分に後付けで考えた攻め手であるのは他者にはわかっていた。が、あえて誰も反論はしない。非建設的であり、忠告を素直に聞く相手でもない。

「……より一層の注意を喚起し、再発防止に努めるように致します」

 安全保障課長は答えただけ大したものである。これもまた、誰も喜ばないセリフではあったが。

「まったく、これでは異世界人管理局(アリアン・)専属召喚労働者(セルベント)が育つまで、打つ手なしではないか」

 総務部長は呆れた。

「しかし、育てば勇者候補として働くでしょう。本来の異世界人の使い道に近づきます」

 総務課長が上司の機嫌取りにかかる。

「ウム、そうだな。……確認を忘れていたが、ルーチン君、セルベント希望者は何名くらいいるのかね?」

「187名です」

「そうか。初日でそれだけ集まれば申し分はない。そのうちもっと増えていくだろう。そうなればズュード子爵にもいずれよい報告ができる。人事部長の策は当たりましたな」

 総務部長は人事部長に向けて笑いかけた。人事部長もご満悦の様子だ。

「そういえば、特例で前倒しの昇段を許可した連中はどうした? ルーチン君が推挙した者も数名いただろう?」

「8名中5名がセルベントとなり、残り3名は辞退いたしました」

「そうか、わかった。ルーチン君はもう下がってよい」

「はい……」

 パーザ・ルーチンは一礼して会議室から退出した。彼女としては最後まで会議の場に残り、上層部が今後どう動くのか知りたかった。が、おそらくそんな彼女の心情を総務部長は勘づいているのだろう。パーザは入れ替わりの激しい異世界人管理局のなかでも古参であり、しかも異世界人に甘い。それは今までの言動ではっきりとしており、総務部長からすれば小うるさいハエと思っているに違いない。

 そしてそれは正しい認識であり、総務部長はまずはハエを外に出したのだ。これから話すことにも、きっと耳もとでブンブンと騒ぐに決まっている。

「広報課長」

「は、はいっ」

 召喚労働者の作業手配を担う部署の責任者に、総務部長は呼びかけた。広報課が作業手配をしているのは、もっとも暇な部署だったからで、受付業務と相まって定着したものだ。専門部署を作るという話もあったのだが、異世界人管理局はいわば窓際であり、そんなところに新設してまで人員を割く余裕はギザギ国にはなかった。

「君の名において、先ほどルーチン君が報告した3名をレベル3に引き上げ、24時間の野外巡回の特務に当たらせるように。管理局の温情をないがしろにし、体制に反抗する愚か者に現実を教えてやりたまえ。一日たっぷり怖がらせてやれば、考えを改めるだろう」

「それは……」

 広報課長は汗をぬぐいながらつぶやいた。どう考えても私刑ではないかと思う。しかし、大きな声で反論はしない。

「なにかね? 彼らもレベルが上がり喜ぶだろうし、こちらも人手不足を解消できる。両得ではないか」

 総務部長はさらに笑った。

「ああ、わかっているとは思うが、他の異世界人には知られないよう、うまくレベル操作をしてくれたまえよ。一つ仕事を挟めばわざとらしさも消えるだろう。内容は任せる。くれぐれも、君自身で行うように。いいね?」

「……わかりました」

 広報課長は断らない。総務部長のように積極的に異世界人に厳しく当たるつもりはないが、必要以上に養護するつもりもない。彼は穏便に任期を終え、異世界人管理局から離れたいだけである。こんな人材墓場で胃が痛むような役職にいるのはまっぴらだった。

 会議が終わり、広報課の事務室に戻ってきた課長に、パーザは何事もないように会議はどうであったか訊ねた。

「ん? ああ、とくに建設的な話はでなかったね。決定したのは子爵に報告をすると、それだけだよ。局長が今回の会議には所用で出席されなかったので、大きな取り決めはできなかった」

 課長もまた表情柔らかく答えたが、そのぎこちなさは彼女に看破されている。局長がいなかったからこそ、総務部長が我が物顔で会議を仕切ったのを疑わない。

「そうですか」

 パーザはあえて踏み込まない。どうせ話すわけがないのだ。しかし、察したところで具体的な話がわからない以上、彼女にも手の打ちようがない。彼女はただ、嫌な予感が外れることを祈るのみであった。

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