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召喚労働者はじめました  作者: 広科雲
13/59

13 二度目の遭遇

 薬草採取作業メンバーがゴブリンと遭遇戦を行った話は、すでに異世界人管理局内で知れ渡っていた。当日の夜、管理局1階にある休憩所に戻ったショウは、同業者たちに囲まれ、深夜遅くまで質問攻めにあっていた。もしその場にコーヘイたち護衛班がいれば大半がそちらに流れたであろうが、彼らは打ち上げと称して酒場で一晩を過ごしていた。これは過大なストレスを受けたレイジの慰労が主目的であり、ともかく酒の力でうやむやにする作戦であった。

 明けて翌朝の7月13日、6時からの作業分配集会はまたも連絡事項からはじまった。内容が重いため今回もパーザ・ルーチンが受付台に上っている。

「おはようございます。まず、昨日おこったいくつかの事件についてお話します」

 そう切り出して、彼女は町の外であった出来事を語った。まずは薬草採取作業中のゴブリンとの遭遇戦と結果だった。パーザは淡々と話していたが、三人のゴブリンが討伐されたくだりで一同の眼がショウやコーヘイたちに向けられ、拍手が起きた。

「静かに。報告を受けるかぎり、今回は運がよかったのです。一人の身勝手な行動が、全員を危険な目に合わせたのを忘れないでください。死んでからでは遅いのです。これは誰にでも、どんな作業でも起こりうることだと自覚しておいてください」

 パーザは厳しい表情で集まった召喚労働者サモン・ワーカーたちに訴えた。受け取る側はさまざまで、心に刻み付ける者、白けた顔をする者、脅える者、聞き流す者と、反応が分かれた。

 彼女は次に北の畑の報告をした。昼間は問題がなかったようだが、夜になって収穫物を奪うゴブリンが発見された。戦闘にはならず、すぐに逃亡したという。

 また、近隣の村でもいくつか被害が出ていた。見張りと討伐に数組の召喚労働者パーティーが向かったが、退治にはいたらなかったらしい。

 一方、民間異世界人組合ギルドから周辺警護に出ていた一団が、河べりでたむろしていたゴブリンを発見し、六人すべてを討伐した話も聞かされた。

「やはり、先のサイセイ砦戦から逃亡したゴブリンがこちらのほうにも流れて来ているようです。野外作業の方は、いっそう気を引き締めてお願いします。また、昨日の薬草採取作業にてゴブリンを負傷させたとはいえ、まだ周辺にいる確率は高く、非常に危険な状態です。よって、警護班を2名増員いたします。それとともに、採取班や畑作業班には管理局より自衛用の武器をお貸しいたします。必要な方は後ほど裏庭に来てください。では、レギュラー作業の人員確認からはじめます」

 パーザが定番作業の依頼書と名簿を読み上げていく。薬草採取班で名前を呼ばれたショウとマル、シーナとクロビスは全員参加を告げて依頼書を受け取った。警護は引き続き、コーヘイとサト、レイジが請け負っている。他2名が決まるのは後になるだろう。

 野外作業班がひとまず決まると、ベル・カーマンの案内で裏庭へと出た。そこに自衛目的に用意された武具がいくつかの木箱に収められて置いてあった。

「お好きな物をお持ちください。決まりましたらこちらへ。名前と管理番号をチェックします。作業終了後、受付に返却をお願いします。なお、紛失した場合は製品のお値段と同額を個人でお支払いいただきます」

「なんだ、くれないのか」

 マルのボヤきに、「貸し出すって言ってただろ」とショウは苦笑いしながら木箱を覗いた。

「もう一点注意です。自衛はあくまで最終手段です。戦闘訓練を受けていない方は、まず助けを求めてください。武器があるからと強気にはならないでくださいね。戦いとなれば相手も必死に抵抗してきます。それを忘れないでください」

 マルなど一部の召喚労働者は軽く受け止めたていたが、ショウやクロビスはそれがよくわかっており、ベルの忠告を強く胸にとどめた。

「オレはこれだな」

 マルは早速、一振りの短剣をとった。刃渡り30センチほどの両刃剣だ。

「短剣か。マルのことだから普通の剣を選ぶと思った」

昨日きのうがなけりゃそうだったかもな。コーヘイ先輩の短剣を持たせてもらったとき、なんか手にしっくりきたんだよ。それに普通のヤツはそれだけ重いし、使いこなせる気もしねー。振ればいいってもんでもないだろうしな」

「けっこう考えてんだな」

「たりめーだろ。いざってときに頼れない武器を持っててもしょーがねーよ」

 マルは腰の背中側に短剣をくくりつけた。右手で横に抜けるようにだ。試しに抜いてみると、なかなか様になっている。

「戻すとき気を付けろよ」

「わーってるよっ」

 怒鳴り返すマルだが、見えないので納剣に苦労しているようだった。

「ねーねー、わたしこれにしようかと思うんだけど」

 シーナがそれをショウに見せた。細身の剣(レイピア)だった。

「レイピアは初心者向きじゃないよ。刺突に特化しているから技術がいる」

 コーヘイら警護班がやってきた。戦闘訓練を受けている彼らは、武具について一通りの知識を持っている。それを活かして、初心者のアドバイザーとして呼ばれたのだ。

「いいよ、別に。本格的に戦うわけでもないし、リーチあるほうが威嚇になるでしょ?」

「なら槍にしたらどうだい? 壊れにくいし、リーチもある。スペースさえあれば万能武器だよ」

「いやー、森の中じゃ扱いづらいんじゃないかなー」

「短槍なら杖代わりにもなるし、山道では便利なんだけどね」

 そんな会話の脇で、レイジが短槍を手にとって振り回している。

「レイジさん、槍に換えるんですか?」

「ああ、きのう剣を振り回したろ? 片手だからけっこうキツかったんだよ。だったら両手で槍を使うほうがリーチもとれるし、体力的に楽かなって。戦闘には持久力もいるってわかったし。訓練所でいろいろ試せと言われたけど、剣が好きで他をあんまり使わなかったのは今にして思えば失敗だったな」

「でも、盾が使えなくなりますよ?」

「間合いにいれないようにするよ。それに短刀と小さい盾は持っていく。結局は、ケース・バイ・ケースだからね。……もう、情けない姿は見せたくない」

 レイジはどうにかきのうの恐怖を乗り切り、自分を一段高めたようだった。

「そういうおまえはどうすんだよ?」

 マルがショウに訊いた。

「オレ? はじめから決めてたんだけど、あるかな」

 ショウは木箱を眺め、それらしい物を抜いた。当たりだった。

鎚矛(メイス)?」

 意外な選択にシーナたちは驚いた。70センチほどの金属棒の先に、スパイクが付いた簡素なものだった。

「おまえ、野球部だったから釘バット最強とか思ってんだろ」

「思うか! バットにあやまれ!」

 ショウはマルにツッコんだ。

「でも、なんでメイス?」

「オレもきのう思ったんだよ。背負い袋振り回してて、質量兵器最強って。剣だとうまく切らないとあんまりダメージいかないだろ? でも鈍器だったらどこがあたろうが確実にダメージが与えられる」

「いい判断だね。無骨で格好はよくないけど、初心者にはお勧めだ。ただ、あまり重いのを選ぶと自分が振り回されるよ」

「そうなんですよね。護身なら本当は鉄パイプくらいでちょうどいいんですけど」

 ショウは振ってみる。重みと加速で腕が持っていかれそうになった。

「昔のヤンキー漫画みてーだな」

 マルの軽口にショウは苦笑した。

「こっちに小さめのがあるよー?」

 シーナが別の木箱から、細めでスパイク部分も小さい物を引き抜いた。

「ああ、それいいな」

 シーナから受け取り、振ってみる。先のメイスよりもコントロールがうまくいく。威力は落ちるだろうが、扱いやすさを優先してショウはそれを借りた。

 野外作業組はそれぞれの武器を選び、ベル・カーマンに報告する。召喚労働者サモン・ワーカーたちは根本的に『異世界ファンタジー』好きなこともあってか、初めての武器にはしゃいでいる者が多かった。実戦を経験しているショウでさえ、武器を手にして多少の興奮がある。それを考えれば被害にあっていない者には、ただのリアルなアイテムに過ぎないのだろう。

「みなさん、本当に気をつけてくださいね」

 心配になって再度の忠告するベルに、緊張感の薄い返事がまばらにあった。

「ベルさん」

「あ、ショウさん。あの、くれぐれも用心を。武器による防衛は最終手段ですからね」

「はい、無理はしません。それと、今夜の語学講座の予約をお願いします」

「はい、承りました。講座を受けるために、ちゃんと帰って来てくださいね」

 ショウは大きく返事をした。脇で「それって死亡フラグっぽくない?」とシーナが囁き、ショウは「縁起でもない!」と言い返した。

 薬草採取組は採取瓶の入った背負い袋を取り、まずは外区・南門を目指した。今回は案内人は同行しない。きのうの今日なので安全を考慮して、管理局が同行をとりやめてもらったのだった。

「あと二人の護衛って決まったんですか?」

 道すがら、ショウがコーヘイに訊ねた。

「いや、まだだった。3レベル以上は人手不足だから、もしかすると来ないかもね」

「3以上って、少ないんですか?」

「実数としては多いよ。でも、みんながみんな戦闘に向くわけでもないし、レベルが3になるころには普通に町中で仕事に就く人が多いんだ。逆に戦闘向きな人は、だいたい5レベルを境に民間組合ギルドへ行ってしまう」

「あー……」

 ショウは納得した。

「ギルドってそんなに儲かるんすか」

 マルが興味津々の顔をする。

「らしいね。ただ、仕事は分配じゃなくて早いもの勝ち。それも結果のね。だから一つの依頼に対して、いくつかのパーティーが群がって競争するんだ。そのせいでけっこう、荒れたりするらしいよ」

「うひゃ、弱肉強食じゃん」

「うん。それに荒っぽい仕事の方が多いし、結局はレベルが高いパーティーがほぼ一人勝ちみたいになるらしい」

「それでもギルドに行きたがるんだ……」

 ショウにはその心理がわからない。オール・オア・ナッシングでは、生活を含めてやってはいけないだろう。

「まぁ、運の要素もあるからね。討伐だとやっぱり強いパーティーが有利だけど、探索系なら一攫千金もありえるから」

「探索とかあるんですか?」

 それは冒険の匂いがする。ショウの目が輝いた。

「稀にね。危険だけど、山のほうには遺跡なんかもある。大昔に大陸を支配したムカシンとかいう王国のものらしい」

「それはいいですね!」

「そ、そうかい?」

 子供のように喜ぶショウに、コーヘイはたじろいだ。

「そんじゃ、コーヘイ先輩もギルドに行くんすか? レベル5っすよね?」

 マルは話を戻した。

「いや、オレはギスギスしてるのは苦手だから。それにまだまだ弱いし、実戦経験も少ない――というか、きのうがほぼ初めてみたいなものだったし、当分は管理局こっちで金を稼いで、技術を磨くよ」

「堅実っすね」

「死ぬよりマシ」

 コーヘイはそう言って笑った。

「ちなみに、レベル5に上がるまでにどれくらいの時間がかかりました?」

「訓練所期間を抜けば二ヶ月くらいだね。もっとも、3以上のレベルはあまり重要じゃないよ。けっこう上がりやすいしね」

「そうなんですか?」

「うん。たぶん知らないと思うけど、今まで経験していない仕事をやると経験値に初回ボーナスがつくんだよ。レベル3になるとできる仕事がかなり増えるから、初回ボーナスが稼げるんだ」

「え、なにそのシステム!」

「けっこうみんな勘違いしてるんだけど、オレたちのレベルって、あくまで就労レベルなんだよ。だからいろいろと仕事を経験したって証であって、強さとか関係ないんだ」

「あ、あーあー」

 ショウとマルは「なるほど」を連呼するかわりに、唸り声を上げた。

「これは聞いてると思うけど、特務とか、お客の評価が査定に加わるのもこのため。あと、定番作業も継続日数に応じてボーナスがついたりする」

「あーあー」

 ショウとマルはまた唸った。「あーあー、うるさい」とショウの隣を歩いていたシーナが耳を塞いだ。

「それじゃ、レベル3になれば一応は一人前ってことですか?」

「そうだね。国内を自由に歩く権利ももらえるし、税金さえ納めておけば特に縛りもないかな」

「ィよっし! それを聞いて俄然、やる気が出てきた!」

「水を差すようで悪いけど、それはあくまで認められるだけで、できるわけじゃないよ。成人式を迎えたからって大人になれたわけじゃない。大人として扱われるだけで、中身が追いつかなければ子供のままなんだよ」

「……そうですよね」

 コーヘイに諭され、ショウはテンションを落とした。言われてみればそうだ。レベルだけが上がっても技術はない。結局は自分を底上げする期間は必要であり、例えばコーヘイは、そうしている間にレベルが5になったのだろう。

「ま、先の話はともかく、まずは朝飯にしようか。きのうはパンを買ったけど、やっぱり朝は普通に食べたいしね」

 コーヘイがその店の前で立ち止まった。外区から南門に通じる街道沿いにある酒場だった。彼が言うには、朝と昼間は酒よりも食事をメインにしているらしい。

「わたしここのモーニング好きだー。この町では珍しくお米を使ったメニューがあるんだよ」

 シーナが一番に飛び込んでいく。

「米なんてとれるんだ……」

「自分の田んぼで作ってるんだよ。ここの店主も日本人で、どうしてもお米が食べたくて世界を回ったらしい。遠くの国で手に入れて、ここへ戻って開業した」

「すっげー……」

「そういうのも冒険だと思わないか?」

 コーヘイは微笑み、店に入った。

「そうだよ、それも冒険なんだ……!」

 ショウはゾクゾクする昂ぶりのまま、彼に続いた。

「イラシャイマセー!」

 威勢のいい声で迎えたのは、地元の女の子だった。明らかに日本人ではない。見ると店員すべてが日本人離れした顔をしている。ショウは不思議に感じた。店主が日本人であるのなら、従業員も日本人だと思ったのだ。

「外区の子供を雇ってるんだよ。ホウサクさん、子供好きだからな」

 ショウの表情を見て取り、コーヘイが教えた。

「店主はホウサクさんて言うんですか。なんか、それっぽいですね」

「フルネームはタウエ・ホウサクさんだ。駄洒落のようだが本名だそうだ」

「はは……」

 ショウとしては乾いた笑みしか浮かばない。

「きのうは来なかったね、コーヘイ」

 店員の女の子が水を持ってきた。こういうサービスも、この町では見かけなかった。

「新しいメンバーを案内していたからね。とりあえず、セットを七人分」

「あいよ、ちょっと待ちねー」

 女の子は足取り軽くカウンターに戻った。

「常連ですね」

「採取警護の定番に入ってからは、朝はだいたいここで食べてるよ。オレも前任者に紹介してもらったんだけど、やっぱり米は食べたいから」

「わたしもここに連れてきてもらってからは、朝食はここだねー」

 シーナに続いて、クロビスも「同じく」と自慢げにうなずいた。

「オレたちも朝はここで、夜はコープマンになるのかな」

「悪かねーけど、たまにあのナントカツツミも食いたくならねぇか?」

 マルがショウに同意を求める。「ナントカってなんだよ?」としか返せない。

「ほら、建設現場行ったときの屋台だよ」

「あー、アンガスつつみか。ケバブっぽいやつ」

「そーそー、それ。あのジャンクフード的な濃い味と食べ応えがなかなかよかったよな」

「だな。空き日があればまた行ってみるか」

「なにそれ?」

 二人で盛り上がるのが面白くないのか、シーナが首をつっこんだ。

「えと、あれどの辺だっけ?」

「四丁目あたりじゃなかったか? 第一防壁のそばだった気がすんぞ」

「そうそう。そこに屋台が出てて、薄く焼いたパン生地に肉と野菜を挟んだアンガスつつみって料理を出してたんだ」

「へー、わたし知らない」

「オレたちだって建設現場作業に行かなきゃ知らなかったよ。そのときの、えと、スカルピオン?さんから教えてもらったんだ」

「スカルピオン……」

 サトがその名前に反応した。

「知ってるんですか?」

「彼の初めての作業がボクといっしょだったよ。あんまりしゃべらなかったけど、黙々と仕事をしていたね。ボクはその作業でレベルが3に上がったから、それからは知らないけど」

「たしかにあんましゃべんなかったな。けど、悪い先輩じゃなかった」

 マルの感想にショウも同意した。

「にしても、一度だけしか会っていないのによく覚えていましたね」

「そりゃ、あの名前だからね。ドクロをつけたサソリを想像するだろ? あと、イソギンチャクって人もいたね。あの人も一度しか会ってないけど忘れられない」

「わかります」

 ショウは笑った。

「ハイ、お待ちよー」

 器用に両手・両腕にお盆をいくつも載せて、さきほどの女の子がやってきた。炊きたての白飯と味噌汁、あぶった干物と厚焼き卵が目の前に置かれる。箸は漆塗りだった。

「おお、ザ・日本の朝食!」

「いただきます!」

 自然と手を合わせ、食事を始める。

「そうだ、ネイ。弁当も頼むよ。七人――いや九人分」

「あいよ、後で持ってくるよ」

 ネイと呼ばれた店員は、ウィンクして戻っていく。

「残りの警護班の分ですか?」

 サトがコーヘイに訊いた。彼は「いちおうね」と返事をした。

「来なきゃ来ないで晩飯にでもするよ。初めて来る人が昼食まで考えているかわからないし」

「さすが隊長」

 レイジが冷やかすと、彼は「誰がだっ」と真面目に反応した。

 食事が済み、各人がオニギリ弁当をカバンに収めて店を出る。支払いはコーヘイが一括で済ませた。昨夜、ゴブリン退治の報酬でサトとレイジに奢られたお礼だという。ショウたちは遠慮したが、「今さら割勘ワリカンするほうがめんどくさい」と言われ、ありがたくご馳走になった。

 南門で集合時間まで待機したが、残りの二人は来なかった。

 さらに15分ほど待ったが、それらしい影も街道には見えなかった。

 仕方なく、コーヘイはメンバーを促して現場へ向かった。このようなとき、公衆電話も携帯電話もないのが不便だ。管理局からの指示を仰ぎようもない。

「今日は作業を急いで、瓶が埋まったら帰るとしよう。オレも採取を手伝う」

 コーヘイが森への道中にプランを語った。それに対し、サトが異論を唱える。

「作業を急ぐのは賛成ですが、隊長は意識を外に向けておいてもらわなきゃ困りますよ。採取はボクが手伝うので、二人は警戒に集中してほしいですね」

「いや、だったら一番レベルの低いオレが採取をやりますよ」

 レイジがサトに訴える。

「レイジはきのうの件があって神経が高ぶってるでしょ? なら、それを活かす方がいい。些細な変化に気付きやすいはず」

 サトはレイジの肩を叩いた。

「……わかった。警戒はオレとレイジでやる。サトは採取班の様子を見つつ、手伝ってやってくれ」

「了解」

 そういって、彼はシーナから採取瓶の入った背負い袋を引き受けた。「ありがと」とシーナが礼を述べると、「いやいや」と爽やかな笑顔で応じた。

「なんだ、あの爽やかなイケメンは」

 マルが面白くなさそうに言う。

「うらやしいならおまえも肉体変換のときに容姿をいじりゃよかっただろ。まぁ、性格がそれじゃ真のイケメンにはなれないだろうけど」

 「あんだとぉ?」黒髪のチビ少年は、凡人を絵に描いたような少年に噛みついた。

「いや、ボクはイケメンじゃないよ」

「おい、聞こえちゃってたぞ」

 ショウがバツの悪そうな顔をする。マルの方は「へー」と白けていた。

「でも、なるべくカッコイイ男にはなりたいなと思って、演じてはいるけどね。せっかくのこういう世界だからね、なるべく理想に近づきたいのさ」

 サトはそういってニッコリと笑った。

「それはそれは大変ですねー」

 マルはどうでもいいといわんばかりだ。

「サトさん、気にしないでください。マルはいい男アレルギーでジンマシンが出るらしいんです」

「でねーよ!」

 馬鹿にされているとわかりつつも、マルはツッコミを忘れない。

「さて、冗談もそこまでだ。森に入るぞ」

 コーヘイが先陣を切り、採取組は黙ってついていく。後背はサトとレイジが守っている。

「きのうよりも奥へ行かないとダメか」

 きのう、おとといと近場の採取エリアは採り尽くしている。選択肢はない。

 それでもなるべく出口に近い場所をと、草原に沿って歩いた。今までのポイントではないが、要は採取さえできればいいのだ。

「待って。密集はしてないけど、パラパラと生えてるよ」

 シーナが目ざとく薬草を見つけた。ショウたちが覗き込むと、解熱に使う薬草がいくつか見つかった。

「このあたりで少し探してみよう。レイジ、オレたちは周辺を見回るぞ」

 「はい」と答える彼を連れ、コーヘイは森の奥へ踏み入った。

 15分ほどの採取作業で、解熱薬と傷薬になる薬草が二瓶ずつ埋まった。採りすぎるわけにも行かないので、そこで一旦止める。

「この二種類はけっこう見つかると思うけど、解毒と鎮痛薬の草はやっぱり奥へ行かないとダメかも」

 シーナが渋い顔をする。

「そうだな、その二つはただでさえ育ちにくいしな」

 クロビスが同意する。採取に関しては、この二人がもっとも詳しい。

「仕方ない、奥へ行こう」

 コーヘイは気乗りしないが奥へ入る決断をした。方位磁石コンパスを出し、方角を確認する。南西に進路をとった。

「コンパスなんてあるんですね」

「安くないけどね。道具屋で買えるよ」

「いくらですか?」

「銀貨20枚」

「そんなに!?」

 日本なら100円ショップでも売っている代物だ。その百倍の値段はさすがに高すぎる。

「日本のコンパスと違い、魔法道具マジックアイテムだからね。だから磁気の強いところでも使えるんだ。それとオマケに照明ライトも付いている」

「はぁ、それなら……」

 と答えながらも、やはり高いと思う。

「コンパス一個がゴブリン一匹か」

 マルも納得しがたい顔をしていた。

「ああ、そう考えると高いのか安いのか」

 亜人種一人分の価値がコンパスといっしょなのだ。命の価値がわからなくなる。

 30分ほど森を歩いた。コーヘイたち警護班はときおり地面を確認し、足跡やフンがないかを探していたが、今のところ見つからなかった。

「よし、このあたりでストップだ。これ以上は奥へ行かず、足りないときは戻りながら探すとしよう」

 一同はうなずき、作業を開始した。いつもの育成地でも群生地でもないためか、まばらに生えている。それでも数だけは揃いそうだった。

 ショウとマル、それにサトはまだ不慣れなので、瓶に詰める前に集めた草をシーナかクロビスに確認してもらう。

「これ、似てるけどちょっと違うから。ほら、葉っぱのギザが鋭いでしょ? あと、色もちょっと黄色みがかってる」

「あー? わかりづれぇよ」

 マルはボヤきながら間違えた草と本物を見比べた。

「まだまだだな、マル」

「そういうショウも違ってるよ。花弁の数に注意って言ったじゃん」

「マジか?」

「これ、毒草だから気をつけてね。食べるとしばらく嘔吐と下痢が続くんだって」

「マルを大人しくさせるために持っておくかな」

「なんだとっ」

「おい、大声出すな。場を考えろ」

 クロビスに強い口調で注意され、二人は素直に謝った。

「けどなんでこんな似たようなのがいっしょに生えてんだよ。紛らわしい」

「自然の知恵ってヤツだな。動物や昆虫に花粉をうまく運ばせるにしても、毒だとわかれば近寄りもしないだろう。けれど別の草に姿が似ていれば、だまして運ばせることができる」

「あー、そうなのか。よく考えるな、植物のクセに」

 マルは間違えた植物をマジマジと見た。

「紛らわしいけど、けっこう集まったね。みんな、空き瓶はあといくつある?」

 サトに質問され、背負い袋を開く。ショウとマルがあと二つ、クロビスは一瓶だった。シーナとサトは共通で集めていたので終了しており、クロビスを手伝っていた。

「このあたりはもう限界だろうし、戻りながら探そう」

「はい」

 採取班は袋に瓶を詰めはじめた。

「コーヘイ、そろそろ――」

 サトがコーヘイの背中に声をかけようとした。瞬間、それは風を切った。

 「え?」と思ったとき、遅れて痛みが走った。

 サトの右肩に、羽飾りの付いた粗末な木の棒が刺さっていた。

「コーヘイ!」

 サトは痛みをこらえて叫んだ。

 全員が声のほうを向く。サトが膝をつく姿が見えた。

「サト!」

 コーヘイが走り出そうとする。と、次の風が鳴った。

 腕を掠めて、何かが通り過ぎる。矢であるとわかったのは、目の前の木にそれがぶつかり、刺さらずに落ちたのを見たからだ。左上腕部に、血が滲んだ。

「伏せろ! 背を低くして物陰に隠れろ!」

 コーヘイは率先して草むらに転がり、剣を抜いた。

 ショウたちは互いを地面に押しつけるように伏せ、様子を窺う。単独であったら行動は鈍かったであろう。

 レイジがまさにそれで、一瞬判断を迷った。矢が二本襲ってきたが、当たらずにすんだのは運がよかった。真っ青になりながら尻餅をつき、結果、草むらに体を隠した。短槍を強く握り、震える。

「レイジ、槍は寝かせろ! 的になる!」

 コーヘイはサトのいた場所へ急いだ。

 レイジは隊長の声に反応し、槍を倒した。「弓なんて卑怯だろ」と見えない相手をののしり、「大丈夫。今日はそばにみんながいる」と自分に言い聞かせた。

「大丈夫か、サト」

「鎧のおかげで深くはありません。毒もないようです」

 サトは痛みをおして微笑んでみせた。

「そうか。まずはみんなと合流する。いけるか?」

「もちろん。でも右腕ってのがキツイですね。剣が振れない」

「なら、今日は盾で殴れ」

「そうします」

 サトは左腕に通していた盾を手で掴み直し、矢の飛んできた方向に注意しながら下がっていった。

「レイジ、下がれ! 合流するんだ!」

 コーヘイの呼びかけに、草むらからかすかに槍の穂先が振られた。すぐに見えなくなったが、了解したと判断する。

 後退しながら、コーヘイはゴブリンらしき声を聞いた。大声を上げている。仲間を呼んでいるのだろうか。せめて居場所がわかれば少しは対処ができるのだが、あいにくと草と木に囲まれ、まるでわからない。

「状況は最悪だな。薄暗い上に、相手は飛び道具を持ってる。数も居場所もわからない。攻めるにも守るにも不利だ……」

 警戒をしていてさえ敵に先手をとられている。それが一番痛かった。警護失格だ。

 散発的に矢が飛んでくる。だが、適当に射ているようで、当たる心配はなかった。それでわかったのだが、弓は二本と推測できた。短い間隔では二本以上飛んではこなかったからだ。それに、射程もそれほど長くはなさそうだ。近くに落ちていた矢を調べる。矢羽はついているが、数も大きさも向きも不揃い。矢じりは尖らせた木の棒に紐を巻いただけの粗末さ。まっすぐ飛ぶのが奇跡の物だった。サトはよほど運が悪かったと言える。

「しょせんゴブリンってとこだな。この際は幸運と思うべきか……」

 矢を握り締め、コーヘイはつぶやく。独り言が多くなるのは、不安を隠すための無意識の行動だった。

 コーヘイたち三人は採取班と合流した。レイジは安堵から大きく息を吐いたが、サトの負傷を見てまた動揺した。

「大丈夫、深くない。傷薬もたくさんあるしね」

 彼は冗談を言って皆を落ち着かせる。

「抜いた方がいいのかな?」

「いや、血が溢れるとまずいんじゃないか。少なくとも、ここでやるべきじゃない」

 ショウの意見にクロビスが答えた。

「ぶつけると深くめり込むかもしれないから、後ろは切る」

 コーヘイは短剣を抜き、頭の部分を強く握って後ろを切った。押さえてはいても振動は伝わり、サトは少し呻いた。

「さて、どうします?」

「どうもこうも、逃げるしかないね。相手の数もわからない。ゴブリンは夜目も効くし、耳もいい。じっとしてたら的になるだけだ。圧倒的不利ってヤツだね。困ったものさ」

 コーヘイは肩をすくめて見せた。余裕のある表情は、みんなを落ち着かせるための強がりに過ぎない。ショウやサトはそれがわかったが、それこそ口にはできない。

「逃げるのも難しいだろ、これ。物音立てたら矢が飛んでくんだぞ」

 マルが苛立ちをぶちまけるように小声で喚いた。

「たしかにそうだ。ならいっそ、陽動をかけてみるか」

「どうやって?」

 口を尖らせるマルに、コーヘイはニヤリとした。

「お約束だが、遠くに石を投げてみる」

「ホントにお約束だな」

「引っかかってくれればラッキーだよ」

「でもさ、そのあと全速力で走っても逃げ切れる? それにもし誰か遅れたら、見捨てて逃げられる?」

 シーナの心配に、誰も答えられなかった。

「だけど、このままってわけにもいかない」

 コーヘイはそう言うしかなかった。悩んでいる時間はないのだ。

 ショウはどうにかできないものか、周囲に答えを探した。戦うにしても不利、逃げるのも難しい。こうなるとたしかに陽動でもかけて、あとは天に運を任せるしかない――と、思ったそのとき、それが眼についた。そして、先ほどのコーヘイの助言が頭をよぎる。

「一つ、考えがあるんだけど」

 全員がショウを見た。期待も不安もないまぜな視線が六つ、少年に注がれた。

「シーナ、外套がいとう持ってるんだよね? フードつき?」

「え、うん。雨合羽だから」

 シーナは答えながら自前のカバンを開けてそれを出した。灰色のフード付ポンチョだった。

 ショウは「いいぞ」とうなずき、自分のカバンから着替えの上着とインク瓶、それに細紐を出した。

「シーナ、ついでにレイピアの鞘も貸して」

「はい」

 彼女はすぐに実行した。

「レイジさん、槍を借ります」

 レイジの答えも待たず、ショウは穂先から30センチほどのところにレイピアの鞘を槍と十字になるよう固定した。穂先に上着を丸めて縛り、それを頭に見立ててシーナのポンチョをかぶせる。顔の部分にインクを垂らして眼と鼻筋を描いたが、これはオマケだ。

案山子カカシか」

「はい。作戦はこうです」

 ショウは頭に浮かんだままを口にした。説明としては不十分だったが、全員、意図は汲みとったようだ。

「言いだしっぺのオレが囮をやります。みんなは配置についてください」

「チョイ待て。囮はオレがやる」

 マルがカカシを奪い取る。

「なに言ってんだ、遊びじゃないんだぞ」

「だからだろ。悔しいけどよ、オレが戦っても大して戦力にならねーんだよ。おまえの方が一撃の強さもあるし、石を投げるのだって本職だ。それに、草むらを走るならおまえよりわずかに小さいオレのほうが有利だろ」

「マル……」

「適材適所だ。オレはこんなところでくたばるつもりはねーからな」

「……オレもだ。それとな、おまえはオレよりわずかじゃなくて小さいからな」

「るっせー。じゃ、行くぜ」

 全員がうなずくと、マルは動き出した。

 同時に、ショウたちは集めておいた石をゴブリンがいる辺りに投げつける。

 ゴブリンの声がいくつも上がり、矢が飛んできた。投石地点の狙いがよかったのか、ほぼ正面から矢が来る。いったん伏せて回避し、また石を投げた。

「おーっ!」

 盾を持つサトとレイジが立ち上がり、大声を上げる。

 ゴブリンの雄叫びが返ってくる。

 二人の行動と合わせて、マルがカカシを持ち上げて揺らした。

「ぎゃー、助けてー! 怖いよー!」

 わざとらしい悲鳴を上げて動き回る。

 ゴブリンはその無様な人間にも気付き、矢を放った。ポンチョを掠めたが、伏せているマルに被害はない。ただ、狙われている恐怖を演出するために、大げさに槍を振り、サトたちから離れるように逃げて行く。

 ここでゴブリンたちに選択肢が与えられた。片や戦士風の武器を持った二人の人間、片や叫び逃げ惑う一人の弱者、どちらを狙うかを考えなければならない。そして、ゴブリンの単純な思考は、弱者狙いに直結している。

 弓を持たないゴブリンが複数、戦士を迂回して逃げるポンチョの人間を追った。弓を持つゴブリンは、戦士を掣肘するように矢を撃つ。助けにいけない戦士たちを馬鹿にして笑い、ときおり手を打って踊った。ゴブリンらしかぬコンビネーションではあるが、ゴブリンらしい個々の選択ともいえる。

「ゴブリン、楽しそうだね。……距離はだいたい15メートルくらいか」

 サトが冷静に相手の動きを観察した。彼はそもそも剣を振れないので、矢に当たらないようにだけ気をつけて盾を構えている。

「その後ろ、何匹か見えませんか?」

 レイジが眼を凝らす。彼の役割はサトと同様、この場に弓持ちを足止めすることだった。ときおり短刀を振り上げ、相手を威嚇する。それすらも飛び道具を持つゴブリンには滑稽に映るのだろう。来れるものなら来てみろ、と言わんばかりのはしゃぎようだった。

 その後ろに、クロビスが隠れている。草むらから石を投げ、注意を誘う係である。万が一、ゴブリンたちが襲ってくるようなときはサトたちと戦う役目もおっていた。

「ここまではショウの作戦どおり。あとは、ゴブリンの数が少ないのを祈るしかない」

 サトはカカシでいるしかできない自分が歯がゆかった。

「うわー、殺されるー! わー、わー!」

 芝居にもなっていない声を上げ、マルはジグザグに逃げる。半立ちで駆け回るのはけっこう辛い。しかし、それもあと少しだった。

 ゴブリンは確実に近づいてきていた。草の揺れる音でわかる。威嚇の声でわかる。嫌な気配でわかる。数も少なくはない。

 前方でも草が揺れた。

 マルは恐れずに、完全に立ち上がって走った。

 ゴブリンの襲撃の声が近い。

「スライディングだ、マル!」

 その声を聞いたとき、マルは興奮に痺れた。「おう!」と反射的に応えていた。

 ポンチョつきの短槍を持ったまま、黒髪の少年が草むらに向けて跳ぶ。

 その頭上を、金属の棘付き棒が通過していく。

 そして、醜い断末魔の声と、何かが砕ける鈍い音が聞こえた。

 マルが地面に着陸し、振り返ると、仲間の男がゴブリンをかっ飛ばしていた。

 さらに近くで、両手剣でゴブリンの頭を叩き割っている戦士が一人。

「大丈夫、マル?」

 シーナが手を差し伸べてきた。

「あ? 余裕だっつーの」

 マルは強がって一人で立ち上がり、カカシを掲げた。

 ゴブリンたちは怯んでいた。予想外の展開に、思考が追いついていないようだ。

「あと4匹。意外と来ましたね」

 ショウがコーヘイと肩を並べた。ショウには攻める技術がない。襲ってくるのを待って、隙をつく以外の戦い方がわからなかった。

「オラァ、オレも参戦するぜぇ!」

 マルが槍からポンチョと上着を剥ぎ取って構えた。レイピアの鞘はとる暇がなかったのでそのままだ。

「待て、マル!」

「うらァ!」

 忠告も聞かず、マルは手近な一人に突きを繰り出す。驚きに動きが鈍かったのか、小鬼の左肩口に命中した。しかし傷は浅く、ゴブリンは痛みに叫んで跳ね回った。

 それがきっかけとなり、残り三人のゴブリンも敵に対処すべく武器を構え直した。

 4対4である。ゴブリンには逃げる素振りがない。仲間がやられた怒りでも感じているのか、もっとも遠くにいる一人は低い唸り声を上げていた。

 そうではなかった。それは特異体だった。

 唸り声に聞こえたのは、ささやきであり、祈りであった。

「ウォハァ!」

 両手を広げて叫ぶ。そのゴブリンの頭上に火の玉が浮かび、マルを襲った。

「んだァ!?」

 わけもわからずマルは眼を見開き、槍で自分をかばった。火の玉は槍にぶつかって弾けたが、威力は相殺できずに少年を数メートル吹き飛ばした。

「マル!」

 ショウとシーナが駆け寄る。マルは気絶していたが、生きてはいた。槍がへし折れながらも彼を守ったようだ。

「シャーマンだと……? こんなところで出会うとは……」

 コーヘイは冷や汗を流した。ただのゴブリンならまだしも、魔法使いがいるとは不運にも程がある。

「シャーマンって、かなりヤバいな」

 ショウは空笑いした。笑うしかない状況だった。

「どうする? 逃げられる気がしないよ……」

「シーナはマルを引っ張って、木の後ろにでも隠れて」

「ショウは?」

「コーヘイさん一人ってわけにもいかないだろ」

 ショウは鎚矛メイスを握りなおして立ち上がった。ついでにマルの短剣を借りていく。

「わたしも――」

「ダメだ。マルを頼む」

 ショウはマルの短剣を逆手で持って、コーヘイと並んだ。

「かなり不利だね、これは」

「大丈夫です、名言があるじゃないですか」

「名言?」

「当たらなければ――」

「どうということはない!」

 コーヘイとショウは笑い、「来い!」と叫んだ。

 一方、サトとレイジもいよいよ雲行きが怪しくなってきていた。弓持ちの矢が切れたのか、弓を捨て、剣を持ち出している。また、それまで背後で踊っていたゴブリン数匹も武器を手にやる気を見せはじめている。

「さっき、後ろで爆発っぽい音がしたよね」

「しましたね。嫌な予感しかしないんですが」

 サトとレイジも苦笑いした。

「こうなったら痛いとか言ってられないな……」

 サトは引きつる右腕を無理に動かし、剣を抜いた。が、激痛が走り、落としてしまった。

「やっぱり今日は、盾で殴るとするよ」

「オレがカバーします」

 クロビスが草むらから出て得物を抜いた。彼の武器は片刃だが幅広の戦闘ナイフだ。切れ味重視の業物だった。

「すまないけど、今回は頼むとするよ。あとでご飯(おご)るからね」

「今日は腹が減りそうなので高くつきますよ」

「おーけー、どうせなら宴会といこう」

 ゴブリンたちはその軽口の意味を理解したのか、笑顔で近づいてきた。宴会をするのは自分たちだといわんばかりに、楽しそうに武器を振り回しながら。

 一方、ショウたちのほうでは迂闊なゴブリンが一人、身を寄せ合う人間に襲いかかった。

 コーヘイは篭手で攻撃を受け、弾き返す。彼の左の篭手は盾代わりになるように、厚みと幅があった。小型盾バックラー並みの使い勝手がある。

 隙ができたゴブリンに攻撃を繰り出す。しかし、意外とすばやく体勢を立て直して逃げた。

「チッ」

 つい舌打ちが漏れる。普段のコーヘイらしからぬ行動は、余裕のなさから来ている。

 ショウにも一人が襲う。細い剣で鋭く突いてくる。メイスを一振りして距離をとるが、それこそ当たらなければ問題ないとばかりに接近してきた。

 それで技量が知れたのか、ショウを相手にしていたゴブリンはもう一人を呼びこんで、からかうように追い立ててきた。

 二人同時の攻撃はショウには裁ききれない。後退に次ぐ後退しかなかった。反撃しようにも、腕を上げる暇もない。上げたらその隙をつかれ、殺されるという恐怖にとりつかれていた。

 ショウは右の腿に痛みを感じた。ついに攻撃を喰らってしまった。

「うわ、うわぁ!」

 尻餅をつき、涙目になって退く。血が溢れた。

 ゴブリンが無様な人間をわらい、手を叩いた。

「ショウ!」

 コーヘイがゴブリンを剣で威嚇して後退させ、ショウの元に近づいた。

 それを待っていたかのように火の玉が迫った。

「しまっ……!」

 コーヘイが慌てて左腕で受ける。炎が弾け、彼の腕を砕いた。なまじ受けきれてしまったため、力の逃げ場がなくなったのだ。マルのように飛ばされていた方がダメージは少なかっただろう。

「があぁっ……!」

 篭手の重さに砕けた左腕は耐えられず、垂れたまま動かなかった。

 シーナはマルを抱きしめたまま、木の陰から絶望を見つめていた。ショウが痛みに呻き、コーヘイは諦めからか眼がうつろになっている。それをゴブリンが笑う。わらう。わらう。

 その小鬼の顔には見覚えがあった。彼女がこの地に来るきっかけともなった顔。嘲笑し、はやしたて、踏みにじる、ヒト以外の顔。

「あ、ああああああっっ……!!!」

 シーナは頭を抱えてうずくまった。

 あの顔はダメだ。抗えない恐怖を掻き立てる。忘れたはずなのに、もう関係ないはずなのに、捨ててきたはずなのに! あの顔が迫ってくる――!

「誰か、誰か助けて……。誰かぁぁ……!」

 乾いた口から、かすれた声が漏れ続けた。しかし、世界は優しくはないのだ。何の脈絡もなく助けが来るはずもない。

 そうだ、これが世界げんじつだった。

 彼女は思い出していた。見て見ぬふりをする人たち。視線を逸らされる絶望。誰もが無視した自分という存在。だから、だからわたしは、死んだのだ……

「あ、ああああああっ! うあ、あっああああああっ!」

 シーナはトラウマにさいなまれ、叫んだ。

 その頭に、誰かが触れた。

 ゴブリン!

 彼女は飛びずさった。ゴブリンが彼女を見つけ、ニヤリと嗤った――そう錯覚した。

「おいおい、そんなに拒否することないだろ」

 鉄兜の男がそこにいた。

「……だ、れ?」

 シーナはようやく声にできた。

「答えはあとでいいか? 今はちょっと急いだ方がよさそうだからな」

 男はフルフェイスの面を閉じ、鼻歌を歌いながら戦場へ向かった。

「よー、ゴブちゃん。わざわざオレのメシ代に現れてくれてありがとな」

 戦士は剣を器用に振り回す。

 ゴブリンたちは新たな敵の出現に一瞬だけ怯んだが、他に人影がないのを確認すると武器を構えて強気になった。

「あれ、おまえ……」

 戦士は負傷者を見て少しだけ驚いた。しかしそれもわずかな時間で、楽しそうに襲いかかってくるゴブリンに正対した。

「元気だな」

 剣を逆手に飛び込んでくるゴブリン。戦士は半歩だけ引いて、右足を蹴り上げる。鉄靴がゴブリンのアゴを砕いた。それで終わりだ。

 ゴブリンたちは今度こそ恐れた。

 一人が正面から見据えられ、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。

 大股で近づいてくる人間に、背を向けて逃げようとする。戦士が腰のベルトからナイフを取り、背中に投げつけた。「うぎゃっ」と声を漏らし、転んだ。そこをまた、鉄靴で後頭部を蹴りぬき、大穴を開けて絶命させる。

 次のゴブリンに視線を移す。顔が向けられた瞬間、ゴブリンは脱兎のごとく逃げ出した。

「逃げんなよ、めんどくさい」

 もう一本、ナイフが飛ぶ。狙い過たず、膝に刺さった。大げさに転倒し、それでも草むらに隠れようと必死になった。

 戦士はトドメをさしに行こうとして、不愉快な声を聞いた。シャーマンの詠唱だった。炎が頭上に形成されていく。

「遅いんだよ」

 戦士はナイフではなく、右手に持っていた長剣を投げつけた。まさかの行動に、シャーマンは恐怖と驚愕の表情のまま、眉間に剣を突き刺されて死んだ。

 その後、彼はゆっくりと最後の一人に近づき、容赦なく蹴り飛ばして殺した。

 シャーマンに刺さった剣を抜き、腰のタオルで血を拭きとる。離れた場所で閃光がいくつか走った。

「派手だな、あいつは」

 ため息を吐いて、負傷者に近寄った。

 ショウもコーヘイも呆然としている。痛みも忘れて戦士の動向を見守っていた。

「大丈夫か、ショウ」

「え?」

 名前を呼ばれて、少年は余計に困惑した。

「なんだ、忘れたのかよ。同志じゃないか」

 戦士はヘルメットを脱いだ。青い髪と瞳が現れる。

「ブルーさん……?」

「おう。ファイ・オニ同志のよしみで助けに来たぞ――てのは嘘だがな」

 ブルーは笑った。

「話に割り込んですまないが、向こうでまだ仲間が戦っている。助けてくれないだろうか?」

 コーヘイが左腕を抱えながら訴えた。

「ああ、大丈夫だろ。もう一人がそっちに行ってる」

 ブルーはしゃがみこみ、ショウの怪我を確認した。

「大したことない。大げさに騒ぐなよ、これくらいで」

「す、すみません……」

「まぁ、初心者の割りにはがんばったな。【治癒ヒーリン】」

 ブルーが傷口に手を当てる。すると、みるみる塞がっていった。

「ヒーリンって、ファイ・オニの回復魔法?」

「ああ。暇だから覚えた。自分のためには使わないがな」

「ブルーさんて神官なの?」

「あ? そんなわけあるか。て、ああ、まだおまえレベル2か? 3になったらわかるよ。がんばれ」

「はぁ……」

 反応薄い少年をいったん放置し、ブルーはコーヘイに向き直った。

「実戦不足だな。常に冷静に、不利を悟っても余裕を失うな。それと装備はしっかりな。それだけでも自信がつく」

 そう言って、彼にも【治癒】をかけて腕を治した。

「あ、ありがとうございます」

 「おう」ブルーは立ち上がり、木の陰にいるシーナを手招きした。

 シーナは震えながらも、ゆっくりと歩いてきた。

「怖いときは怖いと叫んでいいぞ。きっと味方が近くにいる。【平安ペアース】」

「あ、ああ……」

 シーナはやっと涙が流せた。絶望に押しつぶされ、それ以外の感情が湧き出ることもなかった。崩れ落ちそうになったところをショウに支えられ、彼女は安心して泣いた。

「もう一人は気絶してるだけだからいいだろ」

 ブルーは投げつけた二本のナイフを回収しつつ、ゴブリンの親指を切り取っていった。

 その作業中に、サトとレイジ、クロビスが現れた。一人の見知らぬ少女を連れて。

「よぉ、ピィ。どうだ、成果は」

「ゴブリン4匹、4万円。それとピィちゃん」

「呼ばねぇよ。……お仲間はこれでぜんぶか?」

 後半の問いかけはコーヘイにだ。

「はい。改めて、ありがとうございました。助かりました」

「おたがい仕事だ。気にすんな」

「仕事?」

 ショウが落ち着いてきたシーナを解放して訊いた。

「採取作業の警護だよ。残り2名ってヤツ」

「え? ブルーさんが? だってブルーさん、ギルドの人でしょ?」

「オレたちだってビックリだよ、今さら管理局の仕事をするなんてな。けど、パーザさんに頼まれたら断れないだろ。あの人がギルドまで来ただけで驚きだ。ギルドが嫌いなのにな」

「パーザさんが……」

「あれは断れない」

 ピィと呼ばれた少女がつぶやいた。

「帰ったらちゃんと礼を言っておけよ。足りない人員を確保するために、一番頼りたくない場所まで来て頭を下げたんだからな」

 ブルーの言葉に、ショウたちは心が震えた。管理局員にとって召喚労働者サモン・ワーカーなどは仕事上の存在に過ぎないはずだった。誰がどうなろうと関係なく、また、知りたいとも思わない人間たちのはずだ。今回だって人が集まらないのを放置したところで、局員の誰も責めはしないだろう。その結果、死者が出ようが大勢のうちのごく一部だからと問題にもされないはずなのだ。

「おかげでオレたちは助かったんです。ちゃんとお礼を言います」

 コーヘイが代表となって明言した。

「あー、いてぇ……」

 マルが頭を振りながら顔を出した。

「マル、大丈夫か?」

「大丈夫じゃねーよ。魔法くらったんだぞ、魔法。すげぇな、魔法!」

「大丈夫そうだな」

 ショウは笑った。

「だから大丈夫じゃねーって――なんだ、この状況? ゴブリンはたおしたのか?」

「全滅させたよ。助っ人のブルーさんとピィさんが」

 ショウが紹介すると、ブルーは「おう」と軽く手を上げ、ピィは沈黙を守った。

「マジか、スゲェな。どうやって斃したんだ?」

 マルが死体をキョロキョロと眺め回す。すべてエゲツない死に方をしていた。

 「蹴っ飛ばした」とブルー。

 「撃ち抜いた」とピィ。

「なんだそりゃ」

 マルはそう言うしかない。

「オレたちとはレベルが違うってことだよ」

「はーん。ちなみにいくつよ?」

 物怖じしない黒髪少年は偉そうに訊いた。

 「27」とブルー。

 「21」とピィ。

「すんません、デカイ口ききました!」

 マルは直角に頭を下げる。

「いいさ。そういうヤツ、キライじゃない。自分に自信を持って生きるのも大切だ。こういう世界ならなおさらな」

「はい、ありがとーございます!」

「マルってけっこう他人の影響うけまくるよな」

「うっせー。みんな無事だったなら、まず仕事を終わらせようぜ」

「仕事……?」

「寝ぼけてんのか? オレたちの仕事はゴブリン退治じゃねーだろ。まだ空き瓶があるんだ、採取しねーでどうする」

「あー!」

 全員が手を打った。戦闘が激しすぎて、すっかり忘れていた。

「マル、すごいなー。よく覚えてたね」

「バカにしてんのか!」

 シーナが深く感心するものだから、マルは本気で言い返した。

「そんなつもりはないって。わたしなんて、パニックになって何にもできなくて、仕事も忘れてたよ……」

 落ち込むシーナ。だいぶ落ち着いたが、ショックは抜けきっていない。

「オレは逆だ。なんにもできずにやられて、仕事しか覚えてねーんだよ」

 マルは舌打ちした。きのうも今日も、いいところなしだった。

「初心者ならそんなもんだ。むしろゴブリン10匹相手に生きてただけ上出来だ」

 ブルーはニヤリとし、ピィもうなずく。

「でも、ほとんど二人が斃したんだけど……」

「それまで持ちこたえたのはおまえらだろ。マイナス面ばっか考えるんじゃねぇよ。よくやった、オレが褒めてやる」

「ありがとうございます……」

 ショウは目の奥が熱くなった。

「よし、反省会はもういいだろ。まずは仕事を片付けるとしようか」

 ブルーがパンッと腿を叩くと、一同は「はいっ」と応えてそれぞれの作業に戻った。

 今回は瓶に破損が出なかったので、採取班は残りを分けて採取を開始する。

 警護班は魔術師であるピィが生体感知魔法を発動させて周辺を警戒し、残りはブルーの戦闘講義を受けていた。ショウとマルはそちらが気になってチラチラと見ていたが、ブルーに「仕事をしろ」と怒鳴られてからは作業に集中した。

 その後の邪魔は一切なく、作業は午前中で片付いた。

 食べ損なった弁当はお持ち帰りである。コーヘイは余分に買っていたオニギリ弁当をブルーとピィに渡し、「ホウサクさんの弁当だな」と二人は喜んで受け取った。

 ゴブリン討伐の証は、ショウとコーヘイがそれぞれ一組、ブルーとピィが四組ずつカバンに収めた。

 ブルーとピィとは森の入り口で別れた。

「あとで管理局に顔を出す。先に帰ってくれ」

「残党確認」

 また森へ入って行く二人にもう一度礼を言い、ショウたちは町へと帰った。

「魔法で治してはもらったけど、違和感が抜けない」

 サトは右腕を回して具合を確かめる。

「あ、オレもです。腿の痛みをなんとなく感じます」

 ショウが同調した。触ってみても傷跡はないが、気にかかるのである。

「魔法と言っても、本来の治癒力を加速させているだけだからね。怪我をした感触まではそうそう消えないよ」

 コーヘイの説明に、ショウたちはそういうものかとうなずいた。

「でも、便利だよな、魔法。レベル3になったらゼッテー覚えるぞ!」

 拳を握るマルに、「それがなぁ……」と苦笑する警護班たち。

「魔法は高いんだよ。講習料金が。だからみんな、安く学べる戦士コースに行くんだ」

 レイジが訓練所時代を思い出す。彼は魔術素養が高いと判定されたが、講習料金がまかなえずに戦士コースに移ったクチである。

「そうなんですか? ちなみに、いかほど……」

 ショウが恐るおそる訊いた。

「基礎講習に前金10リスル。術習得にピンキリだけど治癒系で10リスル」

「リスルって、金貨!? 金貨10枚? 50万円!」

 ショウたちは呆然とした。

「あくまで前金だからね。その後、一年かけて残り八割を返済しないとならない。基礎講習は全額前払いだからいいけど、治癒魔法なら残り40リスルだね」

「合わせて60リスルってことですか……?」

「そう、300万円」

「……冗談でしょ?」

「いや。だからブルーさんが暇だから覚えたと聞いたときは耳を疑ったよ」

 コーヘイは自分の財政事情を思い出し、かぶりを振った。

「暇で300万て、趣味か! 高級車を乗り回す金持ちか!」

 マルがやり場のない怒りをぶつけるように叫ぶ。

 そういえばチラッと見たブルーの所持金は7桁あったな、とショウは思い出して天を仰いだ。

「……あれ? その話だと、治癒魔法ってお金があれば普通に覚えられるんですか!?」

「うん、お金があればね……」

 コーヘイが「ハハ……」と力なく笑った。

「いえ、そうじゃなくて、治癒魔法は神官じゃないと使えないんじゃないですか? ツァーレさんも本職は神官だから使えるんでしょ?」

 「ああ」警護班はようやくショウの言わんとすることを理解した。

「そんなことはないよ。ただ、神官になれば義務だから格安で覚えられるらしい。でもボクたちはこっちの宗教ってよくわからないだろ? だから神官になる人ってまずいないんだ」

「はー、そうなんだ……」

 ショウは先ほどのブルーの言葉の意味がわかった。レベル3になればわかるというのは、訓練所で聞く話だからと言いたかったのだろう。

「ショウ、おまえ神官になれよ」

「ふざけんな、おまえがやれ!」

 ショウとマルがたがいに押し付けあう。が、どっちも不向きだろうと周囲は思った。

「……他にも、じゃの道はへびって方法もあるらしいけど」

 コーヘイがつぶやく。ブルーが治癒魔法を取得した経路も、むしろこちらではないかと彼は思っている。

「なになに、それなんすか!」

「ギルドから広まった噂なんだけど――いや、いい話じゃないから、この話はやめよう」

「えー、いいじゃねーすかぁ」

 「ダメだ」食い下がるマルをコーヘイは押し留めた。

「なんであれ、お金がかかるってことですね」

「そうだね。戦士コースだって比較して安いだけで、さまざまな技術を覚えるにはお金がかかるよ。ボクなんて基礎講習だけで辞めてきたからね。だから戦士と言っても格好だけなんだよ」

 サトが肩をすくめた。

「オレも。だからお金を稼いで、今度はもっと深く技術を学びたい」

 レイジが言った。

「ゆえにギルドに人が流れる、か……」

 コーヘイは考え込んだ。ブルーの忠告はもっともだった。実戦経験が足りない。技術がない。だから自信もつかない。戦闘指導を受けていたとき、管理局にいたらいつまでも強くならないと言われた。だからギルドができた、ギルドは召喚労働者オレたちのためにある、と力説された。そうなのだろう。けれど、コーヘイは首を振った。彼にはまず、返すべき恩ができた。それを少しでも返してから、改めて道を選ぼうと思う。

「ね、あとで時間あればでいいから、つきあってもらっていいかな」

 シーナがショウの裾をひいた。

「いいよ。てか、シーナのポンチョ、弁償しないと。マルが枝に引っ掛けまくってボロボロにしちゃったし」

「あー、いいよ、そんなの。新しいの買おうと思ってたし」

「オレも外套と着替えをそろえなきゃ。管理局に報告が終わったら買い物に行こうか」

「……うん」

 シーナは微笑み、裾をつかむ手を強くした。

「ケッ、ゴブリン・スレイヤーさんは羽振りがいいよな」

「なに拗ねてんだよ。晩飯はちゃんと奢ってやるって。おまえの迫真の逃走演技が勝利の鍵だったんだぜ」

「だろぉ!? オレもいい演技したと思ったんだよっ」

 調子に乗るマルに、ショウがツッコミを返す。

 ナンタンの町は平和そのもので、正午の鐘はその象徴のように響き渡った。

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