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召喚労働者はじめました  作者: 広科雲
12/59

12 遭遇

 ギザギ十九紀14年7月12日、その朝の集会は昨夜起きた畑での事件報告から始まった。

 異世界人との窓口代表であるパーザ・ルーチンが受付カウンターの上に立ち、用意されていた原稿を読む。

 7月11日の夜間巡回開始からおよそ1時間後の18時ごろ、畑の一部が不可思議に揺れていたため、発見した召喚労働者2名が確認に向かった。そこでゴブリン五人を発見。彼らは呼子笛よびこぶえを吹き、応援を呼んだ。

 ゴブリンは相手が2名とわかると攻撃を開始。一人が背中を刺され、右肩口に裂傷を負い、もう1名は腕を切られた。そのすぐあとに巡回班が集結したため、ゴブリンは逃走。

 負傷者2名は管理局にて治療を行い、現在は容態も落ち着き、体力回復のために休養をとっている。

 逃走したゴブリンは今なお発見には至っておらず、現場周辺に潜んでいるものと推測される。このゴブリンたちは、簡素ながら兜や鎧で身を固めていた。おそらく先日の、西の砦での戦闘から逃亡したゴブリンの一小隊ではないかと思われる。かの戦闘において多くのゴブリンたちが森へ帰らず、近隣の村で被害をもたらしている報告もある。

「――以上により、ゴブリン討伐の特務が届いております。期限は特に設けず、討伐数に対して特別報酬が出ます。レベル3以上の召喚労働者サモン・ワーカーの方は、ぜひ参加をお願いいたします」

 エントランス・ホールはザワついていた。やる気になる高レベル者と、戦闘スキルを持たない低レベル者で温度差が激しい。

「これってさ、ギルド連中の総取りみたいなもんだろ」

「だよな。強さも経験もオレたちじゃかなわないしな」

「でも考えようによっちゃ、あいつらが周辺パトロールしてくれるってことだろ? なら安心じゃないか?」

 そんな会話がショウの耳に入った。『ギルド』という単語が好奇心を誘う。召喚初日に出会ったブルーという召喚労働者が「ギルドに行く」と言っていたが、それと同じ意味を持つのだろうか。

 どうやらルカも興味をもったようで、会話をしていた二人の先輩に首を突っ込んだ。

「ねぇ、そのギルドってなに? 新人だからわからないんだけど」

 馴れ馴れしい後輩に驚きながらも、先輩たちは教えてくれた。

「ギルドってのは異世界人による異世界人のための組合だよ。この管理局が国営だとすると、むこうは民営。やってることはほぼいっしょだけど、来る依頼を精査せずに何でも請け負うから危険度の高い仕事が多いんだ。でもそのぶん、見入りはすごくいいらしいから、レベルが上がるとみんなそっちに行くんだ」

「なるほどね。けど、民営だから保障もなければ保険もなさそうだね」

「そうそう。すべては自己責任ってヤツ」

 ショウとルカは納得した。たしかにこの管理局で見かける先輩たちは、ステータス・サークルが銅色以下――10レベル未満――ばかりだ。長く過ごして自信がつくと、皆、ギルドのほうへと移ってしまうのだろう。

「はい、静かに。ゴブリンについての報告は以上です。では、今日の作業手配をはじめます。まずはレギュラー作業から」

 パーザが場を鎮め、いつもの風景に戻す。が、やはり今日はいつもと同じにようにはいかなかった。

「キンギンパールさん、いませんか?」

 受付嬢が二度目の呼びかけをした。部屋の隅で小さく手を挙げる青年がいた。

「あ、そこにいましたか。では、今日も畑作業を――」

「すみません、しばらく辞退します」

「はい?」

 パーザは思わず聞き返していた。

「ゴブリンの件が落ち着くまで、外作業はやめておきます……」

 彼の声は小さくか細かったが、静まり返っていたホールではよく通った。

 パーザは何か言いかけ、一呼吸おいて「そうですか」と依頼書を助手のツァーレに渡した。

「では――」

「すみません、わたしも!」

 勢いに乗るように、女の子が手を挙げる。さらに2名が続いた。

 パーザはさすがに参った顔をして、「わかりました。順に名前をお願いします」と全員の名前を控え、該当する依頼書を抜き出した。

「他にいますか? このような事件が起きて不安になるお気持ちはわかります。無理をせず、申し出てください」

 呼びかけに、おずおずと3名が返答した。うつむき、申し訳なさそうな態度が、最後まで悩んでいたのを伝えてくる。

「レギュラー枠から畑作業・4名、山での薬草採取作業・2名、河川調査助手・1名の空きが出ました。状況が状況なため、即レギュラー枠が埋まるとも思えませんので、今日のところはスポットでも構いません。希望者はいますか?」

 場が再びザワついた。

「ショウ、どうする? オレ、やるけど」

 となりのマルが、ショウの顔を窺うように見上げてくる。アキトシやアカリが早々に外作業からリタイヤしているので、ショウにも期待はしていないようだった。

 ショウは即答しなかった。が、心の中では決まっていた。

「……問題は、どれにするかだよな」

 ショウの発言に、マルは「だよなっ」と破願した。

「行くならやっぱ山だろ? 畑は地味すぎだ」

 ショウもニヤリとし、手を挙げた。

「はい、薬草採取希望、ショウです!」

「同じく、マル、行きやす!」

 元気のいい自薦に、なぜか周囲が「お~」と息を漏らした。

「他に薬草採取希望の方いますか? ……いないようなので、ショウさん、マルさん、お願いします」

「了解っす!」

 マルは返事をし、依頼書を受け取るべくカウンターに進んでいった。

「そういうわけで、ルカ、一足先に外を見てくるよ」

「……いってらっしゃい」

 ルカは複雑な表情でショウを送った。

「山にはゴブリン以外にも危険な動物がいます。気をつけてくださいね」

 ツァーレは依頼書を二人に渡して忠告した。

「はい。先日、講習を受けたばかりですから大丈夫です」

「採取作業は他に2名、護衛が3名、案内役兼依頼人が1名つきます。お二人より経験豊富な方たちばかりなので、ちゃんと指示に従い、勝手な行動は謹んでくださいね」

「はいはい、子供じゃねーんだからさ」

 マルが面倒くさげに返事をする。その態度が子供だと、ショウは内心でツッコンでいた。

「ツァーレさん、あとはこっちで説明しますよ」

 横から入ってきたのは、柔和な表情の青年だった。革鎧に金属の篭手、腰には一振りの剣。説明を受けるまでもなく、護衛の一人だとわかった。

「では、よろしくお願いしますね、コーヘイさん」

 ツァーレは彼にあとを任せ、パーザの助手に戻った。

「コーヘイだ。採取作業の護衛をやっている。よろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願いしますっ」

 ショウとマルは頭を下げた。

「じゃ、行こうか。現場まで歩きだから」

 コーヘイは人波を分けて玄関へ向かった。二人もついて行く。

「他のメンバーは?」

「もう向かってるよ。南門で集合なんだ。そうそう、昼飯、買っといたほうがいいね。作業は14時までだけど、体力勝負だから」

「了解っす。途中、パン屋寄っていいっすか?」

 マルが訊くと、戦士は「たまにはいいな。オレも行く」と爽やかに答えた。

 三人が入った店は、アカリとアキトシが働いているところだった。

「そういや、二人とも朝に見かけなかったな」

「あー、そーいや」

 ショウとマルがそんな話をしつつ扉を開けると、そのアカリの「いらっしゃいませー」が聞こえた。

「アカリ、こんな早くから仕事してんのか?」

「なによ、あんたたちか。そーよ、パン屋は朝早いんだから。さらに夜まで遅いという……」

 アカリがため息をついた。

「客の前でため息つくな。けど、そう考えるとけっこうハードだな」

「だよね。あんま深く考えないで定番決めちゃったけど、道理でみんな長続きしないわけよね」

「しないのか?」

「でなきゃ定番募集がずっと貼り出されてるわけないでしょうが。ま、あたしは三日ごとに休みをもらうようにしたけどね。じゃなきゃムリ!」

「ワガママなバイトだ」

「うっさい。ほら、おたがいに暇じゃないんだから、さっさと買って出て行ってよ」

 手で追っ払う仕草をされ、ショウは苦笑いしながらパンを選んだ。マルはいろいろと目移りしながらトレイに山を作っている。「そんなに食えるのかよ?」とツッコむと、「朝飯コミだよっ」と言いつつ、一つ戻していた。

「で、あんたら今日は何の仕事?」

 清算しながらアカリが訊いてきた。

「山で薬草採取」

「……外、行くんだ?」

「怖いけど、やっぱり行ってみたいしな」

「そ。まぁ、怪我しないようにね」

「ありがとう、気をつけるよ」

 馴染みになりつつある電子音がする。袋詰めされたパンを抱え、ショウは先に店を出た。外で一つ食べているとコーヘイが、最後にマルが出てきた。

「あの子、知り合い?」

 コーヘイの問いに、ショウはうなずいた。

「はい。いっしょにレベル2に上がった仲間です」

「カワイイ子だね」

「どこが? あんな性格悪いヤツ、そうそういないっすよ」

 マルがアカリへの不満をぶつけるようにパンに噛み付いた。

「それなら中身はホントに女の子だな」

 コーヘイは含みを持たせた顔で、一人で納得していた。

「中身?」

「こういう世界だろ? しかも肉体変換もある。だから性別が本来とは逆って人もいるんだよ」

「「マジっすか!」」

 ショウとマルは同時に声をあげた。その可能性をまったく考えたことがなかった。

「ネットゲームと同じ感覚でいる人がけっこう多いんだ」

「はー……」

 衝撃で、それ以上の感想が出なかった。

「そういう人って、後でだいたい後悔するみたいだよ。ここは遊びじゃなくてリアルだからね」

 コーヘイはパンを食べながら南門へと歩きはじめた。

「……おい、まさかショウ、おまえ、女ってことないよな?」

「ねーよ! その発想もなかったよ!」

「あー、よかった。ナヨナヨしてっから疑っちまったよ」

「してねーだろっ。おまえこそ大丈夫だろうな!?」

「あー? オレをどう疑えばそう見えんだよ!」

 マルがムキになって言い返す。「たしかに」とショウは納得し、マルは不機嫌そうにパンをかじった。

「……まさか、アキトシが……」

「ブフっ!」

 ショウは噴き出した。

「やめろ、想像もしたくない!」

「オレもだ」

 二人はアキトシが作ったかもしれないパンを見つめ、袋に戻した。


 三人は第二防壁の外区へつながる関所に着いた。兵士が四人立っており、行き来する人や馬車を検閲している。

 ショウもマルも、以前、ここを通っている。汚水処理施設へ向かう馬車からの風景であったため、ほとんど何もわからなかったが。

 三人の番になり、外区通行許可証を見せる。さらに異界人のためか、ステータス・サークルまで調べられた。その効果は高く、それ以上の詮索もなく関所を抜けた。

「外区といっても、建物の造り自体は中区と変わらないな」

 関所から南門に続く一本道を歩きながら、ショウとマルは視線をアチコチに巡らせていた。珍しいものがないかと探しているのだが、めぼしい物は見つからない。

「外門につながる大通りは整備されているからね。一本裏に入ると途端にスラムになるよ」

 コーヘイが教えた。

「外区の人間て、なんで市民権がもらえないんだろ?」

「そりゃー、余所者よそものだからじゃねーの?」

 ショウの疑問にマルが答える。ショウは唸った。そもそもの『余所者』とはなんだろう。

 「それだけど」コーヘイが歩調を落とし、ショウに耳打ちするように言った。

「オレも詳しくはないんだけど、昔、このあたりの町や村はギザギ国への従属を拒んでいたそうだよ。それをギザギ国は武力によって制圧した。そのときに焼け出された市民が、今の外区の住人らしい」

「え、だから受け入れないの!?」

「らしいよ。でもこの話も又聞きで、資料室には一切文献がなかったから、本当かどうかはわからないけどね」

「ホントならあんまいい国じゃねーな、ここ」

 マルが胸くそ悪そうに吐き捨てた。

「そういうけど、どこも同じようなものじゃないかな。征服した地の人間を奴隷とするのは、元の世界でもやってたことだし」

余所よそは余所って言うじゃねーか。悪いとこが似てたって自慢にもならねーよ」

「マルって意外と、正義と弱者の味方だよな」

「うるせーよ。ムカつくもんはムカつくんだよ」

 マルは鼻を鳴らし、足早に歩いていった。

 「待てよ」ショウとコーヘイも歩調を上げ、マルを追った。

 南門にはすでに残りの採取作業メンバーが待っていた。コーヘイと似たような装備をした二人の男と、案内人らしき中年男性、採取作業員らしき軽装の若い男女。

 顔合わせを簡単にすませ、外へ出る。これは南門の守備兵に作業依頼書を見せることで通過できた。案内人がギザギ国の住人で、何度となく行き来しているのも検閲が軽い理由の一つだろう。

 門の外はなだらかに波打った草原が広がっていた。緑の匂いが強く鼻腔をくすぐる。風が吹き、新鮮な空気が体を包んで流れていく。空が高く、ずっと果てまで見渡せた。

「街にいたから忘れてた……。すげぇ大自然だ」

 ショウは思わず走りだしたくなった。子供のころ、父方の田舎へ初めて行ったときと重なる。未知への憧憬と、冒険への高揚感が湧き上がってくるのだ。それを許す世界の雄大さがここにはある。

「なんかこう、ムズムズするよな!」

 マルは今にも走りだしそうだった。

「はい、キミたち、そこまで」

 メンバー唯一の女性が一つ手を叩いた。栗色のボリュームのあるセミロングの髪に大きめの瞳、女性らしい体のラインを誇張する、やや小さめの半袖短パン姿。何より印象に残る生気溢れる表情が、漫画定番のスポーツ少女ぽくショウには見える。名前はシーナと言った。

「外出ではしゃぎたいのはわかるけど、お仕事優先だからね。……はい、これ、二人の分」

 シーナは、ショウとマルに背負い袋を一つずつ預けた。中を見ると革袋に包まれたガラス瓶がいくつか入っている。採取物の保管瓶だ。

「じゃあ行こうか。現場に着くまでにシーナは二人に仕事の説明を頼むよ」

「りょーかい、任された!」

 シーナはコーヘイに明るく返事をし、「さ、行くよ」とショウとマルを促した。

「よろしくお願いします、シーナさん」

 ショウは先輩指導員に頭を下げる。マルは「よろしくー」と、いつもどおりの軽さだ。

「よろしく。えーと、マルショウ?」

「合わせて呼ばないでくださいっ。どっかのデパートみたいに『丸』の中に『あきない』の文字が浮かんじゃったじゃないですかっ」

「あははは、それはゴメン。わたしのことはシーナでいいよ。キミたちよりは長くいるけど、同じレベル2だしね。あと、敬語もいらないから――て、あれ?」

 シーナはマルをまじまじと見る。

「な、なんだよ?」

「いや、キミ、わたしがこの世界に来たときに見たことあるんだけど……」

 召喚され、異世界人管理局の受付でオロオロしていると、耳につくうるさい笑い声が聞こえた。その少年がマルに似ていた気がする。

「こいつ、サボリ魔でレベル1の期間がワースト1位なんですよ。だからもしかすると、召喚暦だけはこいつのほうが長いかも知れないですよ」

 ショウが解説すると、マルは「余計なこと言うな」と食ってかかった。

「なるほどー。じゃ、いちおう先輩なわけだ」

「いいよ、そんなの。数日なんて誤差じゃねーか」

「だよねー。ま、今日は仲良くやろうよ。改めてよろしくね。……で、ショウは敬語ナシって言ったよね?」

 覗き込んでくるシーナに、ショウは「わ、わかった」とたじろいだ。

「うん。じゃ、仕事について説明ね」

 シーナは自前のカバンから数枚の紙を取り出した。植物の絵がカラーで描かれており、細かな注釈もついている。同じ紙が二枚ずつあるので、二人に一枚ずつ分けた。

「今回、採取するのはその四種類。一つの瓶に一種類ずつ入れる。必要部位が違うから、摘み方は現地で教えるね」

 シーナは説明なれしているのか、スラスラと話す

「今日のシーナは元気だな」

 先頭を行く警護班リーダーのコーヘイは、彼女の声量がいつもより高く明るいのに気付いた。

「間違いなくカイがいないせいですね。あいつがゴブリンを恐れて採取班を抜けたから」

 警護班の一人、サトが応えた。美形と称してよい青年だが、今は意地の悪い笑みを浮かべている。彼もカイという元仲間を快く思っていなかった。

 コーヘイは合点がいき、苦笑した。

「けど、あの二人が二代目カイになる可能性もありますよ」

 警護班の最後の一人、レイジだ。彼は警護の仕事に就いて日が浅い。以前からコーヘイとサトとは知り合いで、訓練所の戦士コース基礎講習を終えたばかりのところをこの仕事に誘われた。

「いや、あの二人はそうはならないだろう。少し話したけど、子供っぽいだけでまともそうだったよ」

「それならいいですけどね」

 サトは心から祈った。

「――で、注意事項ね」

 シーナの説明は続いていた。次の収穫も考え、根こそぎ採らないこと。皮膚がかぶれる物もあるので手袋を常備すること。似たような植物があるので気をつけること。

「それって素人目にわかるもんなの?」

「たぶん初めはわからない。だからわたしか彼、もしく案内人のクーリスさんに聞いて」

 と、前を歩く軽装の男性を指した。クロビスと名乗った青年である。声が聞こえたのか、少しだけ顔を後ろに向け、手を振った。

「あとは……、一人で勝手に動き回らないことかな。ゴブリンの話を聞いたでしょ? 単独行動してると危ないからね」

「この作業で襲われたことってある?」

「わたしはないよ。でも、ゴブリンらしい影は一度見た。こっちが大人数だからかすぐに逃げたけどね」

「いることはいるんだ……」

「そりゃ、森に入ればね。……ねぇ、コーヘイは戦ったことあるの? ゴブリンと」

 シーナが先頭を行くコーヘイに話を振った。

「いや、ないよ。みんなで大声を出して威嚇すれば逃げて行くからね。せいぜい石を投げつけたくらいかな」

「弓で不意打ちを喰らった人がいるとか聞きましたけど……」

「ああ、他のグループだな。こっちはゴブリンの住処からは離れたところへ行くから、まず危険はないよ」

「そうですか」

 ショウは少し安心した。いつか遭遇するとしても、初日からはさすがに遠慮願いたい。

「でも、危険はゴブリンだけじゃないからね」

 シーナは森の中の危険な状況について二人に語った。その話が終わる頃には、森の入り口にたどり着いていた。

「きのうは入り口周辺を探したから、今日は少し奥へ入るとしよう」

 案内人のクーリスが森の奥を指差す。

 コーヘイがうなずいて先頭を進み、他の護衛二人が後方につく。彼らが三角形を描き、中心に採取班が入る形だ。

 薬草が生えるのは、木々があまり密集していない日当たりのいい場所である。そうしたスポットがいくつかあり、一同はもっとも近い場所を目指した。

 20分ほど歩くと、すっぽりと木がないエリアに到着した。ないのではなく、伐採されたようだ。切り株が十数個あり、太い年輪を太陽にさらしていた。

「ここで採取?」

 ショウがシーナに訊ねると、彼女ではなく案内人がかがんで「いや」と答えた。

「あまり生育がよくない。まだ刈るには早過ぎるようだ。次のスポットへ行こう」

 彼の言葉に、マルは「うへぇ」と降ろした背負い袋を担ぎなおした。ガラス瓶の束は意外と重い。

 さらに20分ほど奥へ進み、次のスポットに着いた。途中、イエロー・ハンターという毒蛇が木の上からマルの目の前に落ちてきたが、クロビスが彼の口と体を固定してやり過ごし、事なきを得ていた。それ以来、マルは彼に懐いている。クロビスのほうは迷惑そうな顔をしていたが。

「よし、ここならいいだろう。採取を頼むよ」

 案内人が許可を出し、採取作業が始まる。マルにはクロビス、ショウにはシーナがついて指導をする。その間、コーヘイたち護衛班はつかず離れずの距離をとって、森の警戒をしていた。

「この薬草って、何に効くの?」

 ショウはギザギザ葉っぱの植物をシーナの指示どおり根っこごと掘り起こし、瓶に詰めた。

「この根は解熱薬。さっき採ったのが傷薬。すりつぶして直接つけてもいいし、乾燥させて粉にしておいて、使うときに水で溶いて塗ってもいいんだって」

「へぇ。そのまま持ち歩くよりは携帯できていいね」

「だねー。でもゲームと違って一瞬で治るわけじゃないからね。あくまで止血と化膿止めだよ」

「なるほど」

 ショウは瓶を持ち上げて眺めた。いつか役に立つであろう知識だ。

 そうしてしばらく作業が続き、瓶の半分以上が固くフタをされたころ、シーナのお腹の音が森に響いた。

 集中していた意識が一気に切断され、周囲が大笑いする。

「シーナの腹時計が鳴ったということは、昼が近いな」

 コーヘイが笑いながら言うと、「お腹すくのはしょうがないじゃん!」と真っ赤になってシーナが反論する。

「ではいったん休憩にしようか」

 案内人も遠慮なく笑っていた。

「マル、メシにしよう――」

 ショウが立ち上がって周囲を見渡す。が、小さな黒髪少年の姿が見えない。

「あれ? マル? マルー?」

「どうしたの? マル、いないの?」

 皆と合流しながらあたりを見回すショウに、シーナが近づいてきた。

「ああ。はじめはクロビスさんといっしょだったはずだけど、いないよな?」

「クロビスー、マルはいっしょじゃなかったー?」

 シーナが声を上げて彼に訊ねる。それでクロビスもうるさい少年がいないことに気付いた。

「一人はぐれたか。みんなはここを動かないで。サト、いっしょに来てくれ。レイジはここで待機」

 護衛仲間に指示して、コーヘイはサトと周囲の探索を開始した。

「あのバカ、なにやってんだ」

 ショウが心配しながらも愚痴った。身勝手なところがあるのはわかっていたが、時と場合を考えろといいたい。

「夢中になって進んでいったのかもね。下ばかり見てるから、気付かないこともあるよ」

「だとしてもバカだろ……」

 案じる以外なにもできない自分が歯がゆかった。

 そのころマルは、かすかな声を聞いて我に返った。意外にも採取作業が面白くて夢中になっており、気がつくと一人でいた。

「あれ、みんなどこだ?」

 周囲を見るが、木ばかりである。太陽の光もあまり届かず、薄暗い。さすがにヤバイと思ったが、よく観察すると自分が這いずってきた跡が残っていた。

「これを辿れば帰れるか。なんか向こうから声も聞こえるし、間違いないだろ」

 持ち前の気軽さで道を戻ろうとした。が、その背後で草が揺れる音がした。

「なんだ、誰か探しに来てくれたのか?」

 と、振り返ると、変な人間の顔が草むらの奥に見えた。目が大きく鼻の高い、血色の悪い子供の顔。頭には帽子だか兜だか判別つかない皮の何かをかぶっている。その手には長い木の棒が握られ、先端には錆びたナイフがくくりつけられていた。

「あ……?」

 マルとその生物はたがいに睨みあった。マルはどこかで見たそれを思い出すのに、たっぷり10秒かかった。

「やべ……。ゴブリンじゃん」

 こんなとき、なぜか笑いがこみ上げてくる。脳が対処しきれず、ランダムな行動を選んだようだった。しかし、マルはまだ冷静だった。相手の情報があるので、このあとの行動もどうにか導き出せていた。

 パーザ姉さんの言葉を思い出し、大きく息を吸い――

「ゴブリンだー!」

 と、叫んだ。さらに大声を上げて、少しずつ後ずさる。背中を見せてダッシュすれば、きっと襲われるだろうと思った。

 ゴブリンのほうも予期せぬ遭遇に驚き、大声を上げた。

「こっちだ!」

 コーヘイはマルの叫びを聞いた。剣を抜き、サトとともに走る。

 ゴブリンたちも同じだった。仲間の声が届き、三人のゴブリンが走っていた。

 コーヘイがマルをかばうように前に立つのと、ゴブリンたちが草むらから飛び出すのはほぼ同時だった。

「4体2か……。威嚇しても逃げてくれないかもな……」

 コーヘイはマルを戦力として数えてはいない。そもそも、マルは武器すら持っていないのだ。せいぜい採取に使うナイフくらいだ。

 サトが剣で盾を叩き、大声で威嚇する。が、ゴブリンたちは粗末な武器を三人に向け、少しずつ距離を縮めていた。

 その隙間をまた広げるように、コーヘイたちは下がる。それがゴブリンたちを調子づかせるとわかっていても、数の不利を補うには皆と合流するしかなかった。幸い、合流地点はそれほど離れてはいない。防御に徹していけばどうにかたどり着けるだろう。あとはこちらのほうが人数が多いとわからせれば、逃げて行くはずだ。

 しかしその考えは、すべてのゴブリンがここにいれば、という仮定の元でこそ有効であった。

「ゴブリンだー! 三匹ィ!」

 レイジの声だった。

 コーヘイたちは愕然とした。7対7の同数だった。しかしこちらは戦闘訓練を受けているのはわずか3名。残りは一般人である。しかも一人は異世界人でもなく、案内役兼依頼人であった。彼だけは絶対に守らなければならない。

 コーヘイは一瞬だけ迷い、しかし決断した。

「マル、こうなったらキミにも戦ってもらうよ」

「たりめーだ。ただ守ってもらおうなんぞ考えてもいねーよ!」

「いい返事だ。腰にある短剣を使ってくれ」

「おう」

 マルはコーヘイの腰に差さっている短剣を引き抜いた。磨きぬかれた両刃の剣。未だ血肉に汚れていないのか、刃こぼれ一つ、曇り一つない。

「マルを中心に右がサト、左がオレだ。けして離れるな。応戦しつつ下がる。とにかく合流しないと向こうがヤバイ」

 ショウたちは四人だが、実質、戦えるのはレイジ一人である。彼にしてもまだレベル3に上がって間もないのだ。初戦闘の緊張に加え、単独での戦いに重圧を感じて、いつくじけるかわかったものではない。

 そしてコーヘイの予測は正しかった。

 切り株の並ぶ広場で、レイジだけが突出していた。ショウたちは案内人を大木に押し付けるように囲み、ただ見ているしかできなかった。

 レイジは闇雲に剣を振るっていた。訓練所で学んだ剣術など忘却し、子供のチャンバラのように叫びながら振り回す。ゴブリンはそんな貧弱な人間の攻撃を嘲笑うようにヒョイヒョイとわし、手まで叩いて挑発していた。

 それがさらにレイジの冷静さを奪っていく。根が真面目な彼は、皆を守るという使命感で動いていた。コーヘイたちがいない今、自分がやらなくては。自分が、自分が――と、追い込んでいく。

 レイジは息が苦しく、口を大きく開けて呼吸した。剣が重い。視野も狭くなっていく。

「ここままじゃ危ないんじゃない……?」

 シーナがクロビスとショウを見比べながら言った。それは二人にもわかっていた。そもそも3対1の状況だ。不利にならないわけがない。

「なんとかしなきゃ……!」

「おまえに何ができるんだ」

 動こうとする彼女をクロビスが止めた。

「でも、このままじゃ見殺しじゃない!」

 シーナが叫んだ。

 ゴブリンがそれに反応し、一人が怯える人間どもに力を見せ付けるべく走った。数は多いが、戦闘意欲も武器もない。ただのザコだと決め付けた。

 「こっちにくるぞ!」クロビスが顔を引きつらせた。

 「これって……」シーナは冷静につぶやいた。

 「チャンスだ」ショウはシーナを見た。二人の眼が重なり、うなずきあう。

 ショウは地面に投げ出していた背負い袋を右手で拾った。彼女も同じように背負い袋を取る。

 錆びた短剣を振り上げて一直線に迫るゴブリン。

「「せーのっ!」」

 二人は同時に背負い袋をゴブリンめがけて振りぬいた。シーナは手を放したため、そのぶん早くゴブリンの顔面に直撃した。中のガラス瓶が割れ、破片が突き刺さる。

 空ぶったショウは、体勢を整えると痛みに暴れるゴブリンの顔に改めて背負い袋を叩きつけた。

「質量兵器だぁ!」

 興奮して叫び、三度叩きつけるころにはゴブリンは動かなくなっていた。

 その様子を見て、残った二人のゴブリンが怯む。

 ショウとシーナはヤケクソになって大声を張り上げ、新たな背負い袋を振り回す。

 そこへ、興奮状態でわけがわからなくなっていたレイジが剣を振り、偶然にもゴブリンの一人を斬りつけていた。剣の重さに負けて、勢いのまま地面まで抉る。それはゴブリンの右肩を砕き、深手を負わせる結果となった。

 絶叫を上げゴブリンは逃げて行く。残った一人も後を追っていった。

 全員が荒い息をしながら、呆然と見送った。

 そして助かったのを確認し、その場にへたり込んだ。

「……ゴブリン、殺したんだな」

 目の前にあるゴブリンの死体に気がつき、ショウはせいの喜びよりも、死へいざなった気持ち悪さを実感していた。

「しかたないだろ。やらなきゃやられていた」

 クロビスはそんな慰めを口にしたが、受け入れがたかった。

 そこへレイジが駆け寄ってきて、ショウに抱きつき「ありがとう」を連呼した。彼は泣いていた。恐怖から解放され、それこそ生を実感しているのだろう。

「わたしたち、いいコンビだったんじゃない?」

 シーナが笑顔を向けてきた。

「……そうだな」

 ショウも笑顔を返した。こうして仲間が助けられたのだから、よしとしなければならないのだろう。少年はそう割り切ろうとした。

「ところで、コーヘイくんたちは大丈夫だろうか」

 案内人が落ち着いた声で言った。それで一同は「あ」と思い出す。

「全員で移動しましょう! 早く!」

 ショウはレイジを引き剥がし、自分がしとめたゴブリンの剣を拾った。ついでに『質量兵器』も担ぎ、走り出す。

 コーヘイたちはどうにか凌いでいた。掠る程度の怪我は負っていたが、まだ心は折れてはいない。

 ゴブリンたちは無理をせず、得物の長さを活かして遊んでいた。人間どもはこちらが武器を振り回せば大げさに避け、突けば声を上げて身をよじる。どうやら攻撃してくるつもりはないようで、守るのが精一杯のようだ。

 もうしばらく遊んで、それからトドメをさしてやろうとしていたところ、仲間の叫び声が聞こえた。奥のほうから血まみれの一人が走ってくるが、こちらにたどり着く前に倒れて、それっきりだった。もう一人は無傷でやってくる。「一人やられた!」と喚いている。途中、さきほど倒れた一人を眼にしたのか、「二人やられた!」とセリフが変わっていた。

 四人のゴブリンは怯んだ。だが、後続に人間の姿はない。仲間二人をたおして安心したのか、追ってこないようだ。四人は「これで5対3だ」とニヤリとする。走ってくる一人に呼びかけ、「こいつらを殺して敵討ちだ」と騒ぐ。

「向こうで何かあったのか……? 一匹増えた」

 背後が見えないコーヘイは、結果としてゴブリンが一人増えたと思うほかない。ますますの不利と、残した仲間たちの安否が気になり、集中力が落ちてきていた。

「ショウのやつ、くたばったとかないよな」

 マルは歯を食いしばった。これでショウたちが死んでいたら、ぜんぶ自分のせいとなる。無自覚の事故だとしても、それで済む問題ではない。

 ゴブリンの一人が調子に乗って跳びかかってきた。サトが盾でその一撃を受け、マルを守る。

 攻撃が失敗したゴブリンは尻餅をつき、はやし立てる仲間の列に笑いながら戻った。

「完全に遊んでやがる……」

 怒りがわくが、マルにはどうにもできない。

「このまま下がるって選択肢はなくなったみたいですね」

 サトは状況を分析した。後方の仲間たちに何かあったのは疑いなく、敵が一人増えている。このままでは自分たちの命すら危ない状況だった。

「まず一匹、確実にたおすか」

「そうですね。守っていても調子づくだけです」

「オレも賛成。こいつらいいかげん、頭きた」

 マルは短剣を強く握った。その怒気は殺気となり、ゴブリンたちに向けられる。

 コーヘイとサトも戦う覚悟を決め、腹の底から声を出した。

 ゴブリンは今までと違う人間に一瞬、脅えた。だが、数の有利が彼らを退かせなかった。

「一人一匹だ。そうしたら残り二匹。逆転だ」

「おう!」

 マルたちが一歩踏み出す。今度はゴブリンが半歩退いた。

 剣を掲げる人間に、ゴブリンも笑みを消して得物を構えた。

「行くぞ!」

 コーヘイの号令に、三人は一斉に正面のゴブリンめがけて突進した。

 しかしそんな単調な攻撃をバカ正直に受け止めるわけもなく、ゴブリンたちは散開し、すばやく背後に回った。

「フッ、背中がガラあきだぜ。まぁ、なかなか楽しませてもらったよ。人間にしてはなかなかだった。だが、貴様らが悪いのだよ。人間の分際で我らの領土に踏み入った愚かさを呪うがいいさ。さらばだ、人間」

 ゴブリンの一人が余裕の笑みを浮かべた。あとは刺すだけだった。

 が、そうはならなかった。

「避けることくらい想定している!」

 コーヘイは金属篭手で覆われた左腕を、サトは右手の剣を横なぎに振りぬく。予想外の攻撃に、避けそこなったゴブリン二人が弾き飛ばされた。

 しかし、後背に回っていたゴブリンの一人は、すでに攻撃準備を完了していた。三人の中でもっとも弱そうなマルを狙い、槍を突き立てる。

 鈍い音がした。

 それはマルを貫いた音ではない。彼を狙っていたゴブリンの、右肩甲骨に石が当たった音だった。

「マル、大丈夫か!」

 マルはその声に体が震えた。一瞬、自分の立場を忘れて喜び、涙が出そうになった。

「あ、あったりまえだろぉ! おっせーよ、ショウ!」

「いや、おまえが早く戻って来いよな」

 ショウは呆れながら、右手で石ころを掴みなおした。

 「せいっ!」セットポジションから、クイックで投石する。今度はコーヘイを狙っていたゴブリンの背中に命中した。

「すごーい。ショウ、ピッチャーだったの?」

 場違いなシーナの質問に、ショウは苦笑いが出た。

「……万年補欠でさ、自分に向くポジションを探していろいろ試したんだよ。結局、器用貧乏で終わったけど」

 次の一投がサトのそばのゴブリンを掠める。

 ゴブリンたちは人間の増援を見て戦意を失った。サトの横なぎ攻撃を受けた一人は当たり所が悪かったのか即死しており、状況は完全に不利だった。ゴブリンたちは負傷箇所を押さえて逃げていった。

「あ、テメェら、逃がすかよ!」

「待て、追うな! こっちもギリギリだ」

 逸るマルをコーヘイがとめた。マルは不満だったが、あきらめた。

「全員、無事なのか?」

「はい。案内人さんはクロビスさんとレイジさんに守られてもう来ると思います。オレとシーナだけ先行しました」

 コーヘイに答え、それからショウはマルを見た。

「おまえ、みんなにすげぇ迷惑かけたって自覚あるんだろうな?」

「ンなっ。……あるよ、ありますよ。今回は完全にオレのミスだ。悪かったよ……」

「それ、みんなにちゃんと言うんだぞ」

「へいへい。まずはここにいるみんなに謝るよ。ごめんなさい。ありがとうございました!」

 心がこもっているようには見えないが、ショウたちは許した。

 その後、最大の被害者である案内役兼依頼者のクーリスには全員で謝罪した。彼に何かあれば、召喚労働者全員にとばっちりがいったであろう。そうならなかっただけ幸運だった。

「ある程度は覚悟の上だからね、仕方がないよ。それに全員無事だったのだから、おたがいによかったじゃないか。もっとも、採取はうまくいかなかったがね」

 割れたガラス瓶を前に彼は笑った。こちらは弁償することになったが、お金を出すのは管理局である。このような物損などには保険が適用される。

「今日のところはもう引き上げよう」

 コーヘイがメンバーを促した。軽傷ではあるが負傷者もいる。ゴブリンの残党が襲ってこないとも限らない。早めの撤収は正しいと全員が賛同した。

「その前に――」

 コーヘイはまとめておいたゴブリンの死体から、手の親指を切断した。

「ゲッ、なにしてんですか?」

 ショウは顔をしかめた。

「退治した証だよ。検分役がいないから、こうして証拠を持っていくんだ。これで賞金がもらえる」

「ああ、そうなんですか」

「相手によって部位は違うが、人型はだいたい手の親指だよ。二つ一組が基本だ」

 コーヘイは一組をタコ糸のような物で縛り、ショウに差し出した。

「なんです?」

「君がたおしたんだろ? 君の物だよ」

「いえ、オレはトドメをさしただけで、きっかけはシーナが……」

「あんなのたまたま先に当たっただけじゃない。キミがもらっておいてよ」

 シーナはニッコリと拒絶した。

「それなら、これはレイジさんの活躍があってこそじゃないですか。レイジさんががんばってくれたから、オレたち助かったんです」

「そういってくれるのは嬉しいけど、オレはただガムシャラに剣を振り回しただけで結局は助けてもらったと思ってるよ。それに一匹は討伐したし、それで充分だよ」

 レイジはもう一組の指を振ってみせた。

「もらっておきなよ。でも、調子には乗らないようにね。今回は運がよかった。それを忘れないで」

「はい」

 ショウはゴブリンの指を手に入れた。もし日記をつけていれば、今日だけで20ページは書けそうなほど、濃密な日であった。

「……そうは言ったが、護衛隊でオレだけ手ぶらっていうのは何とも情けないな」

 サトもレイジもゴブリンを一人ずつたおしている。一番レベルの高いコーヘイだけが星をあげていなかった。

「まぁまぁ、今夜はおごりますから、隊長」

 サトがコーヘイの背中を叩く。

「誰が隊長だっ」

「いいじゃないですか、隊長。指揮官は部下に手柄を立てさせるものですよ」

「レイジ!」

 からかっているのか、慰めているのか、コーヘイは二人の仲間に囲まれた。どちらにしろ、三人の表情は柔らかかった。

「いいなぁ、ああいう仲間」

 ポツリと漏らすショウに、シーナが笑いかけてきた。

「わたしがいるじゃない」

「おまえ、今日会ったばっかでよく言えるな」

 そうツッコんだのはマルだ。

「キミにはわからないだろうねー、あのときのわたしとショウのコンビネーションは最高だったんだよ?」

 シーナは胸を張って得意顔をする。

「なんだよっ、オレだけ仲間はずれにしやがって」

「いや待て、誰のせいでコンビになったと思ってんだ!」

 そんな掛け合いを聞きながら、クロビスはつぶやいた。

「すでにトリオになってるじゃないか」


 異世界人管理局に戻ると、ショウたちにはいくつかの書類作成が待っていた。ゴブリンとの遭遇戦や、依頼者を危険に合わせた謝罪文、物損の報告書、ゴブリン討伐報酬の申請書などだ。おかげで夕食の時間までずれるハメになり、コープマン食堂へ着いたのは19時を回っていた。

 ショウたち採取組三人とルカが食事をしていると、パン屋業務が終わったアカリとアキトシがやってきた。二人はショウの隣にいる見知らぬ女性が気になったが、訊こうとはしなかった。おそらく今日の野外作業でいっしょだった者だろうとは推測がつく。

「聞いたわよ。あんたたち、ゴブリンたおしたんだって?」

 アカリがショウの反対隣に着いた。その正面にアキトシが座る。

「おう! 見せてやりたかったぜ!」

 マルが自慢げに語るが、彼は一切討伐に寄与していない。

「わたしとショウのコンビネーション・アタックでね!」

 シーナがVサインを突きつける。

「で、彼女は?」

「わたしはシーナ。今日、ショウとマルといっしょに森に行った仲間」

「ふ~ん……」

 アカリは何となく面白くない。馴れ馴れし過ぎるのが余計イラついた。

「ボクはアキトシ。よろしく」

 そんなアカリの心情など知ることもなく、アキトシが新しい仲間に挨拶する。

「よろしくー」

 彼女は物怖じも遠慮もなく笑顔で応えた。

「今日はショウの奢りだから、好きなモン頼めよ」

 マルが調子に乗って二人にメニューを渡す。

「ゴブリン退治の特別報酬でも出たの?」

 アカリは遠慮するつもりもないので、メニューを開いた。

「まぁ。銀貨20枚だけど」

「命がけの割りに安いわね」

「だよな。一万円だもんな……」

 ショウはため息をついた。

「ちな、あたしの日勤給与とたいして変わらない」

「マジか」

 ショウはさらに落ち込んだ。

「一匹二匹だから安く感じるんだ。今度はドバッと10匹くらい狩ろうぜ」

「調子に乗るなよ、マル。誰のせいでこうなったか、反省しろよな」

「それはそれだろ? ダセーこと言ってんなよ」

 不平をこぼすが、さすがに思うところはあるらしく、マルは大人しく引き下がった。

「明日も行くの?」

 アカリはメニューを眺めてはいたが、頭に入ってこなかった。なぜかモヤモヤする。

「ああ。定番レギュラーで入れてもらうことにした」

「いっしょにがんばろうね」

 シーナが拳をにぎる。

「やっぱ、外のほうが気持ちいいもんな」

 マルも同様に、採取作業定番の申し込みを済ませている。

「雨が降ると大変なんだけどね。服もぐちゃぐちゃになるし、着替えとか外套とかあったほうがいいよ」

「そうか。きのう一着ダメにしちゃったし、買っておかないとな」

「わたしも付き合うよ」

 そんな会話を聞かされ、アカリのイライラは募っていった。我慢ならず声を上げようとしたところ、その前に代弁者が現れた。

「いいかげんにしてくれないかな」

 ルカが不機嫌な声を出した。

「なにが?」

 シーナもショウもキョトンとしている。

「ショウはボクと冒険に出るんだ。あまり馴れ馴れしくしないで欲しいね」

 「は?」シーナはさらにポカーンとした。

「……恋人?」

「ちがうっ」

 シーナの問いに、ショウは即答した。

「よくわかんないけど、キミはまだレベル1なんだよね? 冒険も何も、まずはレベル2になって、外へ出るのが先決じゃないかな」

「わかってるさ。ボクだってさっさと外に出たいよ。ホント、このレベル制度はめんどくさい」

「それは言えるねー。わたしもさっさと3になって、いろいろ覚えたい。でも今はちょっと楽しいから、いいかなー」

 と、ショウの腕を取る。

「おい、放せ!」

 ルカが突っかかる。

「別にいいじゃない。男なのにヤキモチ焼いてんの?」

「ショウの一番の友達はボクだ。キミには譲らないぞ」

 「何の話だ、いったい」ショウはシーナを引き剥がし、アカリに向き直った。

「注文決まったか? ホントになに頼んでもいいからな。アキトシも」

「うん、ありがとう。ボクは決まったよ」

 アキトシはメニューを閉じた。

「アカリ、店員呼ぶぞ?」

 再度確認する。が、アカリは勢いよく席を立った。

「……いい。食欲失せた」

 アカリはそう言って、店を出て行った。

「なんだ、あいつ」

 ショウが仲間を見渡すが、誰も答えられなかった。マルにいたっては「腹でも壊してんじゃねーの」と適当である。

 店を飛び出しても、アカリには行くべき場所がなかった。自宅もない。友人もいない。一人になれる場所すら思い浮かばなかった。

「なんであたし、こんな世界にいるんだろ……」

 そんな疑問が口から出たのは寂しさからだった。うるさい両親から離れられたのは嬉しかった。わずらわしい勉強もしなくてよくなった。マルマ(ここ)は好きに生きてもいい場所だった。でも、それは自由ではない。自由だと思っていた世界は、自分しだいの面倒くさいところだった。誰も与えてはくれない。誰も助けてはくれない。誰も甘えさせてはくれない。自分一人でできて、はじめて自由を考えられる世界だった。

 けれど唯一、自分らしくいてもいい場所ができた。仲間ができた。それが、今は見えない。

「……そっか。あの子の言うとおりだ。あたし、嫉妬してたんだ……」

 それは自分に向けられた言葉ではなかったが、アカリはたしかにヤキモチを焼いていたと自覚した。やっとできた居場所が奪われたような気がしたのだ。自分は安全で安定した生活を望み、仲間は外へと去っていく。置いていかれた気分だった。自分で選んだはずなのに、いっしょにいてくれない仲間に身勝手な憤りを覚えた。

「ヤバ、あたし実はスッゴイ『かまってちゃん』だったんだ……」

 アカリは気付いて顔が熱くなった。

「自覚なかったのかよ」

 「マル!?」バッと声のしたほうへ向くと、今、もっともいて欲しくない人間がいた。

「なんであんた、ここにいるのよ!」

「あー? ションベンだよ。てか、おまえこそ店の前でなに悶えてんだよ。気持ちワリー」

 鼻をほじりながら、白けた顔で赤毛女を見る。

「う、うるさいわね! さっさと行きなさいよ!」

「言われるまでもねーよ、ひねくれ女」

 捨てゼリフを残して立ち去ろうとするマルに、「誰がひねくれ女よ!」とアカリが突っかかった。

「あー? おまえしかいねーだろ? それとも寂しがり女か? やだやだ、真性のかまってちゃんは」

「あんたに何がわかるってのよ!」

「わかるか、わかってたまるか、わかろうとも思わねーよっ」

 マルはアカリを挑発するように言い放った。ご丁寧に小バカにした表情とポーズまでとって。

「このガキ……!」

 怒りに共振するように、アカリの赤毛が逆立っていく。

 マルは臆せず鼻を鳴らした。

「アイリのときも言ったけどよ、それがそいつの生き方なんだろ? 他人にとやかく言われてーのか? オレはヤだね。ゴチャゴチャ考えてなんて生きてられっかよ。やりてーことをやるためにオレはここにいんだよ、クソ女」

「……!」

 アカリはピンク髪の少女を思い出した。そう、あれがきっかけなのかもしれない。誰かが自分から離れていくのを恐れるようになったのは。いくら仲がよくなっても、いつか離れる日がくる。それを実感したのはあのときではないだろうか。だから必要以上に誰かとつながっていたかったのかもしれない。切れない絆を求めていたのかもしれない。安定した平穏のなかに、それがあるのだと思った。

 けれど、安定した日々を求めても、自分以外のすべては流れていく。一日としてとまってはくれないのだ。安定なんてない。安心なんて続かない。ならばどうすればいいのだろう……?

「ワガママ上等だ。いーじゃねーか、それで」

 マルは胸を張って言い切り、トイレに向かって肩をいからせ歩いていった。

 アカリは小さなムカつく背中を見送り、大きく深呼吸した。

「よし、まずはできること!」

 アカリは自分の頬を叩いて、コープマン食堂へ戻った。

 ショウたちのテーブルでは、彼を巡ってルカとシーナのやりとりが続いていた。アキトシは一人、黙々と食事をとっている。

「ショウ、やっぱり奢ってもらうわ」

「なんだ急に。……いいけどさ」

 となりにドッカリと座るアカリにショウは驚いたが、そこにいるのがいつもの彼女なのでなせか安心した。

「ショウ、ルカ、それとシーナだっけ? あたし決めたわ。レベル3になったらあんたらとパーティ組むから」

「「はぁ?」」

 三人は異口同音でアカリの発言に疑問を呈した。

「どうせこの腐れ縁から離れられないなら、今のうちに決めちゃったほうがいいのよ。アキトシは、パン屋でがんばるんでしょ?」

「え、うん……」

 急に話を振られ、アキトシのスプーンが止まった。

「ならそれがいいわ。あんたの生き方、間違ってないと思うから。がんばりなさい」

「……うん」

 気弱な少年は、自分を認められて嬉しかった。勇者の道を捨てパン屋を選ぶのは臆病者とそしられるであろうと、ありもしない陰口に脅えていた少年にとって、それは希望の言葉だった。

「なんでそんな結論に……?」

 ショウが恐るおそる訊いた。

「だって、ルカはショウといっしょに冒険したいんでしょ?」

「うん、もちろん」

 ルカが爽やかにうなずく。

シーナ(あんた)もなんか知らないけど、ショウ(こいつ)が気に入ったんでしょ?」

「うんうん」

 シーナが力強く同意する。

「で、あたしは他に知り合いもいないし、かといってパン屋でくすぶるつもりもないし、そしたら選択の余地ないじゃない」

「いやいやいやいや、他でも仲間は探せるだろ!」

「なにあんた、あたしがキライなの?」

「それは、ないけど……」

 必要以上に顔を近づけられ、ショウはたじろいだ。アカリは性格を抜きにすればカワイイと素直に思う。

「なら、いいじゃない。あたしもあんた、キライじゃないわ」

「そりゃどうも……」

 ショウは真っ赤になった。

「てわけで、よろしく。あ、もちろん、あのサルは除外だからね」

「ちょっと待て、クソ女!」

 トイレから帰ったマルが早速アカリに噛み付いた。

「なによ、サルマル」

「なんでオレが抜けるんだよ!」

「あんたは絶対、害悪にしかならないからよ。勝手に暴走してみんなを危険に巻き込むに決まってるわ」

 「たしかに」ショウたちは深く納得した。

「おまえのほうがワガママ放題で場を乱すに決まってるだろ!」

 「たしかに」ショウたちはその光景が想像できた。

「つまり、二人ともいらないってことかな」

 シーナがニコやかに言うと、アカリとマルが「おい!」とツッコんだ。

「それをいうならキミもだよ」

「どういう意味かなー?」

 ルカとシーナが火花を散らす。

 「ショウくん」アキトシが斜向かいの彼に、ひそやかに声をかけた。

「いろいろがんばってね」

「……ありがとう」

 今のショウの望みはただ一つ。ゆっくり落ち着いてご飯が食べたい、それだけであった。

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