XCVI.Mare Nostrum
※注釈
・Mare Nostrum
ラテン語です。
発音はそのままローマ字読みです。多分ね。
地中海の事を昔々のローマの人々はこの様に呼んだそうです。
綴りを忘れてしまったのでググったのですが、ウィキペディアを見てみると…
「我らが海(われらがうみ、羅: Mare Nostrum)とは、古代ローマにおける地中海の呼称。1861年のイタリア統一後、イタリアをローマ帝国の後継者だと信じるイタリアのナショナリストによって盛んに用いられた[1]。我らの海[2]や我々の海[3]とも訳される。」(原文ママ)
…などと書かれておりました。
酷い言われ様です。(笑)
まあでも仕方ないですよね…イタリアってホントに何故かナショナリストが多いからなぁ…複雑な歴史のせいでもあるのでしょうが。
その割に南北で分d…ゴホゴホ…
・シュヴァン
メーヴェの首都。
・カンツォーネ
イタリアのお歌全般を指す。
カンツォーネ・ナポリターナなんて風にもっと狭義の意味で言う事もあります。
有名どころだとSanta Luciaとか。
・カチューシャ
頭に着けるアレの事でもなければミサイルを背負った車の事でもなく…
知る人ぞ知るロ◯アのお歌。
戦争に行く愛する人を見送る女の子の歌。
・お扶桑さん
扶桑型戦艦。
色々と問題があり過ぎて何処からツッコメば良いのか分からないレベルのジャパニーズバトルシップ。
かの有名な金剛型戦艦の後、帝国海軍の人々が頑張って戦艦を自前で造ってみたらコレができました。
自他共に認める失敗作であり、本当はもっと建造されるはずだったのに二番艦の山城までで打ち切られ、扶桑型として造られる予定だった伊勢・日向は扶桑型の問題点を修正しまくって別物として建造されました。
この扶桑型戦艦は度重なる改修の結果、艦橋がとんでもない事になっていたためよくネタにされております。(知らない人はググってみると面白いかも)
日本の戦艦はどれも艦橋が他国と比べて物凄い事になっているのが特徴ですが扶桑型は特に顕著で、作中での“違法建築”とはこの扶桑型の特徴的な艦橋の事を指します。
・ロールストン級重巡洋艦
メーヴェの巡洋艦。
火力と防御はショボいけどその代わりサポート能力が高いという裏方的性能のお船。
・ボストンのティーパーティー
ボストンティーパーティーの事。
ボストン茶会事件とも。
戦争ばっかりして金欠状態になっていたイギリス本国が植民地に税(印紙法だとか茶法だとか流石にやり過ぎです)をかけまくったせいでアメリカ殖民地の人々がお怒りになりまして、茶葉を積んでやって来た本国の船にインディアンに扮した人々が押し入り、積み荷を海にぽいぽいっと棄てまくった事により海が巨大な紅茶と化し、近海の生態系が乱れてしまったという事件で、怒れるイギリスの自然愛護団体主導で戦争が起こるきっかけとなり、それが後にアメリカ独立戦争と呼ばれる事となります。
この約一世紀程後になって大西洋で野生のウーボートが釣れるようになったのもこの事件のせいだと主張する論文がネイチャーに掲載されました。
まあ、イギリス本国も悪いけどアメリカの方も大概ですよね。
フランスがアメリカ大陸で跳梁跋扈していた頃には本国に守ってもらっていたのにフランスがいなくなったら手の平クルーですからね。
〜八月五日 メーヴェ国営放送昼のニュース〜
──嗚呼、この光景を何と言い表せば良いのでしょうか…
船、船、船、船、船、船、船…全て船です。
ラジオではこの様子を映像として皆さんにお届け出来ないのが残念でなりません。
メーヴェの全てのお茶の間に情報を伝えるべく私は今までに様々なものを見て参りましたが、それでも今なら断言出来ます。
…私は未だかつてこれ程までに驚異的かつ素晴らしく、誇らしい光景を見た事がありません。
海が…海が船で埋め尽くされているのです。
青色よりも灰色の方が多い、異様な光景です。
私は今、港を見渡せる高台からこの様子を中継しておりますが、自分の目が未だに信じられずにいます。
水平線の向こうまで、あちらからこちらまで、我らがメーヴェ王立海軍の軍艦と討伐大同盟参加を志願した多数の民間船が溢れかえっております。
これは大袈裟でも何でもありません。事実です!
私の目の前に今実際にとんでもない景色が確かにあるのです。
ただただ圧倒されます。
王立海軍の発表では、この作戦に参加する王立海軍所属艦は合わせてなんと約九百隻にも達するとの事です!
戦艦から魚雷艇に至るまで高射砲を積むほぼ全ての所属艦が総動員される事となります。
今私がこうして眺めているシュヴァン港の他、国内各地の港、植民地、果ては海外の停泊地でも同じ様な光景が見られるとの事。
また、王立海軍所属艦の他にも国家の一大事に今こそ立ち上がれとばかりに非常に多くの志願があり、今回の討伐大同盟には民間船が合計約四百隻も参加しているそうです。
実際には更に多くの志願があったのですが、皆さんご存知の通り余りにも多過ぎた事から王立海軍が厳しい参加条件を設け、こうして四百隻にまで減らしたのです。
そして驚くべきは、我らが女王陛下に共感した他の多くの国々も参加を申し出てきたという事です。
王立海軍の発表では、参加国はパスタ共和国、カスティーリャ連合王国、オデッサ民主共和国、プラトーク帝国、フォーアツァイト帝国、ヴァルト王国の六カ国。
また、エクテラミュジーク=セドゥイゾント連邦を含む数カ国が資金や物資等の援助を快く申し出てきており、全ての参加国は我が国を含めて十カ国以上となります!
メーヴェだけでもこの規模だと言うのに、それらの国々も参加するとなるともう想像もつきません。
各国に散っている報道員からの情報では、それらの国々から参加する船もメーヴェに負けず劣らずの規模になるだろうとの事。
誰から見ても明らかに!間違いなく!歴史上類を見ない規模の大海戦が始まろうとしています!
そしてこの──あー…たった今情報が入りました。
今までにお伝えした情報だけでも興奮するには十分なものだったのですが、私はスタッフから今手渡されたメモを見て更に興奮しております。
読み上げます。
本日十二時三十分、政府は緊急記者会見を開き、防衛軍も本件に関わる事を発表致しました。
繰り返します、本日十二時三十分、政府は緊急記者会見を開き、防衛軍も本件に関わる事を発表致しました。
敵が本土近くまで接近した場合に艦隊を援護出来るよう防衛空軍の戦闘機部隊は既に戦闘準備完了、臨戦態勢で命令を今か今かと待ちわびているとの事です。
防衛陸軍は各地の海岸砲や対空火器に急遽兵員を増派し、万が一敵が沿岸部にまで迫った場合に備えてこちらも待機中。
政府の公式声明では、国民の安全を第一に考えた末の決定だと強調。
万全に万全を期した結果であると言えるでしょう。
まさに挙国一致といった様相となってきました。
これだけの戦力を揃えた事にはどの様な意図があるのでしょうか?
それだけ敵は強大なのでしょうか?
そして最も重要なのは、果たして、勝利出来るのかという事。
コマーシャルの後、専門家の方に詳しく解説して頂きたいと思います。
本日は軍事ジャーナリストのベイカーさんにお越し頂きました、どうぞそのままお待ち下さい。
✳︎
海。
ツァーレの海。
嗚呼、私はこの海に戻って来た。
ツァーレに。
我らが海に。
私はかつていた場所にまた舞い戻って来ていた。
艦橋から見渡すこの美しく青い海は間違い無く私のいるべき場所。
歓びに震えるこの様を武者震いとでも呼ぶのだろうか。
そう言えば、ヴァルトにいた頃に街角で耳にした歌がある。
旅芸人の一座だったか何だったのかは分からないが、普段なら気にもかけないところだが、その時は綺麗な女性が歌っていたので彼女の顔と共に歌詞もある程度覚えている。
元の世界でのカンツォーネに似ていたが微妙に異なる独特のリズムだった。
「ツァーレは神の恵みにして──蒼波に揺られる恋心…君の背に…えーっと…」
歌詞はうろ覚えだがこんな感じで、船乗りの彼氏を見送る女の子の気持ちを歌っていた気がする。
旅立つ男を見送る女性の歌というのは何処にでもあるものだが、その内容もやはり文化によって変わってくるのだと実感した。
貿易の盛んで平和なヴァルトらしい歌だなぁ、と感心したものだ。
これがソヴィエトになったりすると、カチューシャになるのだから。
「その歌、ご存知だったんですか。懐かしいですね〜昔流行ったんですよそれ」
「知ってるのか?」
何処からともなくローザがひょっこりとやって来る。
見慣れたヴァルト王国海軍の服ではなく、メーヴェ王立海軍指定の白っぽい軍服。
私は着慣れぬこの格好に落ち着けないでいるのに、彼女はまるで生まれた時から着ていたかの様に自然に着こなしている。
私はこの船の艦長兼この艦隊の司令官に任命され、彼女は副艦長。
上司がまるで天使の如く優しい人格者であるのを良い事に、彼女は好き放題やっていた。
機関室にアロマオイルをぶち撒けた時には流石に叱ったが。
そんな彼女は暇なのか艦内をぶらぶらと徘徊し、今はこうしてわざわざブリッジにまで上がって来た訳である。
この船──メーヴェ王立海軍所属重巡洋艦マクドナルド──のブリッジは旗艦としての能力向上のためにかなり巨大に改造されており、横にも縦にも大きい。
無論、大きいとは言っても所詮は巡洋艦であり、何処ぞの島国のお扶桑さんの様な違法建築と比べれば遥かに安心感のある設計だが。
そしてこの船はロールストン級重巡洋艦二番艦マクドナルド。
どうしても例のファストフード店が思い浮かんでしまうが勿論無関係なので悪しからず。
ロールストン級はメーヴェの軍艦の中でも比較的新しい部類で、艦隊旗艦として運用する事を想定された船である。
艦隊の目となり耳となるための各種索敵用装備やそれに伴う比較的大きな艦橋、小型艦中心の艦隊で足手まといにならないための高速力、艦隊を守る強力な対空火器、比較的貧弱なシールド、比較的火力不足な主砲、という特徴を持つ。
要は重巡という区分でありながら軽巡にサポート能力を付加した様な船なのだ。
それの最上階たるこの指揮所は結構高い。
エレベーターなど付いていないから上り下りは大変だ。
彼女はポケットから焼き菓子を二つ取り出し、一つをこちらにぽいっと投げて寄越す。
「有名な歌ですからみんな知ってますよ。歌詞は兎も角リズムは悪くないでしょう?」
「歌詞も気に入っているのだが。ロマンチックじゃないか」
そう言うと、彼女は合点がいったとばかりに小さく頷くとにやりと笑う。
「ああ艦長…もしかして一番しか知らないんですか?その歌、三番まであるんですよ」
「へえ、そうなのか…」
それは知らなかった。
「その歌、ストーリー仕立てになってるんですよ。一番は愛しの彼を見送る女の子なんてロマンチックな内容ですがね、二番でその娘が寝取られて、三番では一番で出てきた男がその事実を知って自殺して終了っていう後味の悪い歌なんです」
「何というか…凄いな…」
「でしょ?まあ、その一番とその後のギャップがウケて一時期流行ったんです。最近ではあまり歌われなくなったんですけどね。一番だけはまだ歌われているんでしょうかね」
前言撤回だ。
ソヴィエトよりもヴァルトの方が凄えや。
「ところで、わざわざここまで来たからには何か理由があるんだろ?どうした?」
副艦長のクセにサボってばかりいる彼女がわざわざここまで上がって来るからには何か理由があるのだろうと思われた。
「ええ。まあ、ちょっとお伝えしておかねばならない事案が…えっと、そこまで重大な問題って訳でもないんですけど…ある意味では超一大事と言いますか…ええ、そんな感じです」
「はっきりせんな。結局どうなんだよ」
「えー…まあ、百聞は一見に如かずという事でご本人をお連れしました」
ご本人…?
その言い回しに嫌な予感がしたのも束の間…直ぐに彼女は待ってましたとばかりに階段を駆け上がって来る。
「やあオガナ君、初めまして。ご存知の通りかと思うが君の上司のエリザベスだ。宜しく頼むぞ」
ニッコリ満面の笑みと共に親しみやすそうな雰囲気で近寄って来たその人物こそ…
メーヴェの女王にして王立海軍の主、つまり私の上司、エリザベス女王だった。
「はっ…?!はいっ…??」
…何故ここに?
自分でも呆れる様な間の抜けた声しか出なかった。
何故メーヴェの女王がこの船の上にいる?
こうして私の前に立ってにこやかに握手を求めている?
全て、理解出来なかった。
「ほ、本物…?」
私は間に人を介して彼女に作戦案だとか何だとかを提出してやり取りした事はあったが、こうして直接まみえるのは初めてだった。
黄金の様に輝く髪にボンキュッボンなナイスバディー。
それでいて上品な仕草に、好感の持てる腰の低さ。
動きやすい格好を、という事なのか変装しているつもりなのか不明だがローザが今着ているのと同じ軍服姿。
しかしローザが着るのと彼女が着るのとでは根本的に色気が違う。
同じ服のはずなのに全く異なるものの様に思えた。
つまり──噂通りの美女である。
これが偽物ならそれはそれで驚きだが、それでも疑わずにはいられなかった。
「本物だ。何だ、信じられんか?それなら証明してやっても良いぞ?」
彼女はわざとらしく胸ポケットをポンポンと叩く。
中に何か入っている様で、少し膨らんでいる。
まあ、何も入っていなかったとしてもぱんぱんに膨らんでいるのだが。主にぱいぱいのせいで。
「いえ、結構です。信じましょう。ローザも確認したんだろ?」
「はい…」
ローザが本物だと確認したのならきっと正真正銘の本物だ。
少なくとも私が自分で確認するよりは信用出来る。
「どうやってこの船に…?」
「何か問題でも?王立海軍だぞ、一応名目上は王立海軍所属艦は全て私の持ち物だ。自分の船に乗って何が悪い。ちょっと荷物に紛れてこっそり乗り込んだだけではないか」
いや、何処からツッコメば良いんだか…
「乗船するのは構いませんが、自分の所有物だと言うのならもっと堂々と乗ってくれませんかね?」
「冷たいなぁ…ほら、サプライズ乗船だよ。積み荷を確認してみたら中から美女が出てきました〜みたいな」
クレオパトラでもあるまいし…
「はあ…兎も角、場合によっては送り返す事も考えねばなりません。何てったってこれから戦闘になるんですからね。女王陛下にもしもの事があっては困るんです」
「えー…いや、それは困るな。送り返すのはやめてくれ。事情があるのだよ、事情が」
「事情?それは勿論あなたが危険を冒すに足るものなのでしょうね?」
「まあ、そう興奮するな。ゆっくりお茶でも飲みながら我々の今後について話し合おうじゃないか」
彼女はヘラヘラと笑いつつ私の腕に縋ってくる。
むにゅっと柔らかい感触が…
恐らくはご自慢の巨乳を使った色仕掛けのつもりなのだろうがその手には乗らない。
出来る限り無表情に努めつつ突き放す様に返答する。
「例えば、どの船に乗ってお帰り頂くか、とか?」
色仕掛けが効かないと見るや、彼女は少し嬉しそうな様子でバシバシと私の背中を叩き、今度は肩を組んでくる。
何とまあボディータッチがお好きな女王様だろうか。
「刺激的なジョークだな、気に入ったぞオガナ君。ならば上司として命令だ、お茶でも飲んで話し合おう。従わないとファイアーにするぞ。だって、王立海軍の軍人は皆私に雇われる身だからな。そうだろう?」
「はあ…」
そうして私は半ば無理矢理に彼女と楽しいティーパーティーをする羽目になったのだった。
まだボストンのティーパーティーに仮装して参加しろとでも言われた方がまだ気分が良かっただろうと思われる程に、この女王の相手をするのは憂鬱だったが、当の女王はそんな私の気も知らずローザに紅茶を淹れてくるように要求するのだった。
…よっしゃ!
やっとこさここまで漕ぎ着けましたねー!
さあ鳥人間だか空飛ぶスパゲッティーボールモンスターだか知りませんが、さっさと倒してさっさとプラトークに帰りましょう!
流石に(何処かの阿呆な女王様を除いて)皇族・王族が軍艦に乗っていたりはしないので次回からは主にオガナ君やその他軍人さん視点になる事が多いかと思われます。