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XCIV.Join me!

 フォーアツァイト帝国にとって、メーヴェが味方に加わるのかそれとも敵に回るのか、などという事は正直なところあまり関係の無い話であった。


 メーヴェと敵対した瞬間に西大陸にある植民地との間で物や情報をやり取りする事など不可能になるし、最悪、手が出せない間に誰かに奪われてしまうかもしれない。

 当然、敵対するよりは味方になってくれた方が良いに決まっているのだが、それでもフォーアツァイトにとってメーヴェはどうでも良い存在だった。

 何故なら、メーヴェはその海軍こそ海に覇を唱える強大なものであったが、陸軍や空軍に関してはてんで駄目。

 そもそもメーヴェは島国の常として内向的であり十分な利益が見込めもしないのに他国をわざわざ骨を折って侵略しようとは思っていない。

 立場上敵対こそすれ、メーヴェがフォーアツァイトに対して与えられる損害など知れたものだし、その逆もまた然りだった。


 それに、メーヴェとて本気でフォーアツァイトを敵視していた訳でもない。

 他国とのお付き合いの一環として半ば義務的に敵対しているだけであり、最近ではフォーアツァイトともちょこちょこ小規模ではあるが貿易をしていたりする。

 フォーアツァイトの側からしても、何処ぞの島国が一々大陸の揉め事に口を挟んできて鬱陶しいなぁ、あっち行けよ…といった程度のものであった。


 斯くして、陸上で最強のフォーアツァイトと海上で最強のメーヴェはこうして長年何だかんだで目立って争う事なくやってきた。

 メーヴェが他国を支援して間接的に争う事は幾度もあったとしても、直接的に争う事はほぼ無かったのである。


 これらの点から、このフォーアツァイト・プラトーク・メーヴェ三国の同盟はあり得なさそうに思えてその実十分あり得る事であった。

 ヴァルトに関してもメーヴェに従う他無いから問題無い。


 しかしそこで一つ浮かぶ疑問は…“何故フォーアツァイトはヴァルトにも事前に同盟の事を打ち明ける事に拘ったのか”という事。


 上述の通り、メーヴェがこちら側に回れば自動的にヴァルトも付いてくる。

 何もわざわざ情報が漏れるリスクを背負ってまで今ヴァルトに告げる必要性が無いのだ。

 しかしフォーアツァイトが意味も無くその様な不可解な事をするとも思えない。

 何らかの理由があるはずだ。


 そして私のその様な疑問はフランツによって直ぐに晴らされる事となった。

 それは──


「──我々はヴァルト王国に同盟三国を攻めて頂きたいと思っています」


 彼はポツリと呟く様に語り始めた。


「お察しの通り、我が国とプラトークは共同で連邦に奇襲を掛けるつもりです。二国で挟み撃ちし、プラトークが迅速に敵の首を狩る…そういう作戦です。僕も詳しく聞かされている訳ではありませんが、簡単に言えばそういう事らしいです。もしお二方がこの計画を外に漏らさなければきっと連邦は我々の支配下となるでしょう。それくらい完璧な計画です」


 彼は一瞬だけ黙り、こちらに目線を遣る。

 小さく頷いて促してやると、彼は再び語り出した。


「しかしこの計画には当然ながら問題があります。それは──()()()()です。連邦を無事に降伏させる事は可能だとしても、その後が余りにも危険過ぎる。フォーアツァイトはここぞとばかりに周辺国家から一斉に同時侵攻を受けるでしょうし、プラトークは、連邦との盟約に従ってメーヴェが動けば首都が瓦礫の山と化す…事実上の敗北状態となるでしょう。故にメーヴェとヴァルトにこうして危険を承知でこの計画を打ち明けた訳ですが…メーヴェとの交渉はプラトークに──ニコライ皇太子殿下に──お任せする約束です。ですから、僕からはヴァルト王国への要求を述べたいと思います。実はフォーアツァイトはプラトークからの提案を受ける前に既にヴァルト王国を引き込もうと画策しておりました。ここに、陛下(父上)からの親書を預かっております」


 流石はヴィルヘルム…侮れぬ(いや、元からこれっぽっちも侮ってなどいないのだが)男だ。

 我々がメーヴェを仲間に引き込もうと思い至る前に既に手を打ってあったとは。

 …それによく考えたら我々のメーヴェと組む案だって元はと言えばルイーゼ考案のもの。

 兄妹揃ってコレとはホーエンツォリルン家恐るべし。


 それに比べて我が家は…何故か色々と残念なのだ…

 ううっ…


 まあ、それは兎も角フォーアツァイトの真意を知りたい。


「フランツ、その内容は勿論我々にも…」


「勿論です。プラトークに内緒にしておく訳にはいきません。では読み上げても?」


 これはヴィクトリア女王への質問である。


「…構いません。聴くだけ聴きましょう」


 フランツ自身には全く罪は無いのだが、これもまた世の不条理というか何というか…ヴィクトリア女王は彼を親の仇の如く恨めしそうに睨みつけ、その様に返事する。

 可哀想なフランツは深々と頭を下げて感謝の言葉を述べると手際良く開封し、くるりと巻かれた紙をばさっと広げる。


「あ…えっと…」


 しかし先程までの勢いは何処へやら。

 フランツは親書に目を通すや否やバツが悪そうにこちらをチラリと窺う。


「どうしたの?」


 ルイーゼが問うと、彼は無言でその紙を彼女に手渡す。

 私も横からそれを覗き込む。


 すると…


 そこには子供の落書きの様な絵がドンと描かれていて、「ヴァルト」とか「フォーアツァイト」とか書かれた文字から辛うじてこの辺りの地図なのだと分かった。


「これは…兄上の絵ですね」


「どうりで素晴らしい絵だと思ったよ。この絵からは只ならぬオーラを感じる。君のお兄さんは才能に満ち溢れていらっしゃるな」


 流石はヴィルヘルム、親書などと言ってこの様なふざけた落書きを寄越すとは…


「結局これは何が言いたかったんでしょうかね?」


 よくよく見れば、同盟三国やフォーアツァイト、ヴァルトの上にいくつか矢印が描かれている。

 同盟三国からは北──フォーアツァイト──に向けて。

 ヴァルトからは東──同盟三国──に向けて。

 そしてフォーアツァイトからは同盟三国へ。


 他にそれらしい説明の文章も書かれてはいない。

 全くもって何がしたかったのやら。


「まあ、大体…大体だが主張したかったのであろう事は理解出来なくもないな…」


 この矢印が意味するのは、恐らく「フォーアツァイトとヴァルトで同盟三国を挟み撃ちしようぜ!」という事であろう。

 それ以外の意味に取れぬ事もないが。


 一方で、ルイーゼは何やら余白をまじまじと見つめている。


「どうした?」


「この不自然に空いた余白…怪しくありませんか?」


「そうか?」


「そうですよ」


 彼女は試しにクンクンと紙に鼻を近付けて匂いを嗅ぐ。


「やっぱり…シトラス系の香りです。誰か、ライターか何か持ってません?!」


「あ、私が」


 ナーシャがぽいっと金属製の金ピカのライターを放ってくる。

 煙草を吸う訳でもないのに何故持っているのか…まあ、訊かない方が良いだろう…


 カチカチッと火を点け、ルイーゼがそれを紙にかざすと…


「ほら、思った通り。炙り出しでしたね」


 みるみるうちに汚い字がぼうっと現れる。

 柑橘系の果汁で炙り出しとは…仮にもフォーアツァイトの皇帝からの親書とは思えない。

 機密保持とかそういった必要性があるのは分からんでもないが、もう少し何か方法があっただろう…


 更に字が汚いから結局読めないし。


「流石は君の兄上だ。達筆だな」


「ええ、まあ…これ、いつも見慣れている人か家族でもないと解読出来ませんね…」


「セキュリティーは完璧だな」


 そして肝心のその文章の内容はと言うと、非常に長ったらしい。

 汚いは長いはで、ルイーゼも途中でうんざりした様な面持ちになる。


「これは…前半は殆ど時候の挨拶ですね…ひたすら夏の雲がどうたらこうたらと面白くも何ともない事が書かれてます」


「で、後半は?」


「ちょっと待って下さい。まだそこまで読み切れてないんです」


 彼女はそれから数分間うーん…と頭を押さえながら文字と睨めっこし続け、皆の注目が集まる中、一つ溜め息を吐いて読み終えた。


「どうだった?」


「えーと…要約すると、開戦直後が最も肝要だと言いたい様です。連邦との戦争が始まれば直ぐに周辺各国が攻め入ってくるでしょうが、基本的に同盟三国以外は遅滞戦術で乗り切れると。国境から帝都まではかなり距離がありますし、全方向からの同時攻勢は以前から想定出来ていた事。既に防衛線が至る所に築かれ、ちょっとやそっとでは突破されないだろうとの事です。ただその例外である同盟三国が厄介で…各方面に割り当てねばならない最低限の兵力の他、連邦との国境線沿いに陽動として大部隊を置かねばなりませんから、同盟三国と対峙する我が軍は極めて貧弱なものとならざるを得ません。考えるまでもなくいとも容易く突破されてしまうでしょう」


「だが、同盟三国との国境も帝都からは離れているだろう?」


「ええ。しかしながら同盟三国が脅威たる所以は、帝都との距離ではなく…連邦との距離です」


 そうか…

 フォーアツァイトが陽動として大兵力を連邦との国境に張り付かせれば、必然的に連邦もそれに見合った兵力を用意してくる。

 プラトークにとってそれは有り難い事に他ならないが、フォーアツァイトにとってはそうではない。

 プラトーク帝国軍が連邦の首を無事に刈り取るまでの間、正面の連邦軍をいなさねばならないし、それがてこずれば後背から同盟三国軍が襲い掛かってきて見事に挟み撃ちだ。


「成る程な…それで、ヴァルトが重要なのだな」


「はい。同盟三国の軍は完全に機械化されており、機動力も凄まじい。恐らく何の手も打たなければ挟み撃ちで連邦方面の軍は全滅です。プラトークも機械化された部隊で連邦を叩くつもりですが、それよりもあちらの方が早いでしょう。それに頭が吹っ飛んだからと言って連邦軍が都合良く混乱してくれるとも限りません。有能な指揮官の一人でもいれば上の指示が無くとも現場だけで十分対応可能でしょう。そうなると同盟三国を巧みに足止めするか、あるいは…彼等を倒せるだけの味方が必要です。前者は現実的でないとくれば後者しかない。そして最大の足止め方法とは…後ろ髪引かせる事でしょう。同盟三国軍が出て行った隙に彼等の国土をヴァルト王国軍が蹂躙する…これ程までに有効な足止めはないでしょう。仲間だとばかり思っていた国の軍隊が山を越えて後ろから現れ、故郷に迫るのですからインパクトは絶大。彼等は国土が狭い分自分達の土地という意識も強いので相当な衝撃となる事間違い無し。故にヴァルトには協力して頂きたい、とここには書かれております」


「そしてそれは開戦直後になる。事前の準備は不可欠…だからこそ今、ヴァルトもお誘い申し上げたという訳か」


「そういう事です」


 今の簡単な説明だけで私にも理解出来た。

 ヴァルトの重要性と、事前にこうして話しておく必要性が。


「フォーアツァイトの意向は分かりました…」


 ヴィクトリア女王は小さく溜め息を吐くと、皮肉げな笑みを浮かべる。


「…しかし、それに関してはご存知の通り、我々に決定権はありません。ヴァルトはメーヴェの組す側に従うだけ。ただそれだけです」


 独立した一つの国家が、重要な決定事項でも他の国家にその決定を委ねる…

 そんなアイロニーに満ちた現状に遣る瀬無い気持ちなのだろう。


「心中お察しします。されどそういった事は宗主国(メーヴェ)にどうぞ。ではニコライさん、お願いしますね」


 ルイーゼの笑顔が恨めしい。


「はあ…では、私か──」


「──待て、コーリャ」


 そこにエリザベス女王が割り込む。


「今までの話からすると…我が国がプラトークとフォーアツァイトと組むかどうかで全てが決まるのだな?」


「そうです。正しくは()()()()()ではなく()()がですが。メーヴェという国家に対して協力を求めているのではありません。あなた個人に求めているのです」


「同じ事ではないか」


「結果的には同じかもしれませんが…それでも違うでしょう?」


「では、もし仮に私が首を縦に振らなければどうなる?」


「プラトークが滅ぶか消えるか落ちぶれるか…まあ少なからず望ましい結果には繋がらないでしょう。フォーアツァイトもタダでは済まない、下手すれば地図をもう一度描き直す羽目になるかも」


「そうか…そうだなぁ…」


 彼女は不敵な笑みを浮かべつつ何やら小さく独り言ちていたかと思えば、急に真面目な表情になる。


「──良いだろう、他ならぬコーリャの頼みだ。条件次第では協力してやらんでもないぞ?()()()()()()な」

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